今という永遠

新ゲ達竜R18

達人が生き残っている世界線。つきあいたて。初夜です。
竜馬が達人の部屋を訪ねてきます。2人とも赤面したりモジモジもちゃもちゃするシーンがあるので、ゆっくりな展開を楽しめる方向け。
イメージとしては『イコール必然』のようにお互い突然告白に至った後の初夜、です(直接の続きではないので、こちらは読まなくても話は通じるようには書いてます)。竜馬寄り視点。
・パイロットは全員揃っているので、達人は後方支援メイン。
・達人の身体には過去の戦闘でついたたくさんの傷痕があります。
・攻め受け両方のフェラシーンあります。受け側がするシーンのが長め。
・竜馬を好きなあまり、挿入寸前で達人が萎れてしまいますが、竜馬が進んでフェラします。
・基本いちゃラブ甘々ですが、達人が「こんな世界じゃなかったら」と嘆くシーンもあります。
約22,000文字。2022/10/23

※分割しています


◆◆◆

 

 受話器を手にして固まる。
「あー……」
 天井を見上げてから五秒後、受話器を戻す。
 番号を知らない。内線番号の一覧表はもらった覚えはあるが、どこかへ消えてしまった。デスクの引き出しの奥に眠っているかもしれないが、捨ててしまった可能性もある。すぐには絶対、出てこない。
 そもそも、ビジネスホンの使い方も知らない。
「うーん」
 ガラにもなく、腕を組んで唸る。
「……ダメだ。行ったほうが早えだろ」
 首を振ってから、がりがりと頭をかいた。

 

 インターホンを押して待つ。
 じっとしていられない。人の気配はないのに、しきりに周囲を見回しては扉に視線を戻す。胸の中に何か固いものがつっかえている気がする。さっきまで何ともなかったのに、これが緊張というものなのだろうか。
 ——落ち着かねえ。
 そんなに時間も経っていないはずなのに、妙に帰りたくなってきた。ブーツの中で足の指を丸めては伸ばす。両手の指が忙しなく動き、最終的に自分を引き留めるようにズボンをぎゅっと握りしめた。
 扉が開く。
「竜馬」
 眼鏡姿の達人が現れた。レンズ越しの瞳は柔らかい。
「——っ、あのよ」
 いつもと違う達人に面食らい、発声のタイミングが遅れる。おまけに、声がうわずった。
 ——くっそ、最悪。
 目を伏せ、ぐいと口を結ぶ。視線は床をさまよったのち達人の胸元辺りを所在なく行き来して、着地点を見出せずにネクタイの輪郭をなぞった。
 我ながら、あきれてしまう。
 自分がこんなふうになってしまうなんて、想像もできなかった。
「遊びに来てくれたのか?」
 次の言葉を探せないでいると助け舟が出された。穏やかな響きに誘われて顔を上げる。
 ——あ。
 達人がにっこり笑った。
「……っ」
 胸の内で固いものが震える。
「まだ仕事が残っているからすぐには構ってやれないけど」
 身体をはすにし、スペースを空ける。
「よかったら、どうぞ」
 少しおどけて、右手で部屋の奥へいざなった。

「終わるまで待ってる」
 ソファに腰掛け、マガジンラックから一冊取り出してパラパラとめくる。流し見しては時折、達人の横顔を盗み見る。
 眼鏡姿は初めてだった。集中して書類を捌くときにだけかけるのだろうか。真摯な眼差しにはいつも目を奪われる。眼鏡が生真面目さをより強調して、近寄り難い雰囲気が出る。それなのにどことなく色っぽくて、どきどきする。
 目に焼きつけるようにじっと見つめ、真正面にある大きな本棚を眺めてからまた達人の姿を確認する。雑誌に目を落としては達人を見やる。そんなことを繰り返し、気づくと一時間が経過していた。
「お待たせ」
 達人が冷蔵庫から缶ビールを二本、取り出す。眼鏡は外され、見慣れた風貌に戻っていた。
「退屈だったろ」
 一本を竜馬に差し出し、左隣に座ってプルトップを開けた。竜馬は達人が喉を潤すのを待って口を開く。
「そうでもねえさ」
 バイク雑誌もあるし、DIY特集の雑誌もあった。写真が多くて眺めるだけでもよかったし、達人はどのバイクが好みだろうか、大工の真似事もするのだろうか、などと考えるのは楽しかった。それに、
「あれも」
 竜馬は目線で正面を指す。びっちりと本が詰まっていた。普段から書物に縁はなくピンとはこなかったが、それでも娯楽で読むような小説や雑学集とはまったく違う部類なのだろうとはわかった。
「何の本かもわかンねえけど、達人が読んでるとこ想像してた」
 てにをはと片仮名が混じっていることでかろうじて日本語なのだとわかる本。アルファベットだらけの本に、どこの国の言葉かもわからない本。背表紙だけでも眩暈がしそうだった。
「あの本は量子……まあ、いろいろと必要だから」
「達人って、難しい本が似合うよな」
「そうか?」
 達人が苦笑する。
「俺は物理学は専門じゃないから、ひいひい言って目を回してるばかりだけどな。何とか父さんについていこうと、必死なだけだ」
「けど、みんな『達人さん、達人さん』って」
「それはお前、父さんには話しかけづらいだろ」
 竜馬がきょとんとし、それから吹き出した。
「違えねえ」
「そうだろ」
 達人も笑う。
「でもよ、やっぱ『達人だから』だろ」
「ん?」
「『代わり』じゃなくて、『達人だから』」
 く、と近づき、見上げる。
「おめえが頼れるから」
「……竜馬」
「それに、かっこいい」
「——な」
 もう少しだけ近づく。その分だけ、達人が仰け反る。
「さっきのメガネ」
「……え」
 竜馬がいたずらな目つきで「へへ」と笑う。
「メガネの達人もかっこよかった」
「……お前」
 呟くと、達人は右手で目元を覆ってしまった。
「達人?」
 覗き込む。よく見ればその下の肌が赤く染まっていた。気づいた竜馬の頬にも赤みが差す。
「……あ」
 思わず身体を引く。
「……お前は、本当に」
 困った顔が現れて、視線をさまよわせた。そして、開けられないままの缶ビールをとらえる。
「飲まないのか?」
「あ、ああ」
 妙に浮ついた返事に首を傾げる。
「どうした」
 身体ごと竜馬に向ける。竜馬は小さく「んん」と唸った。
「竜馬」途端に心配の色が濃くなる。
「直接俺のところに来たってことは何か」
 ほかの人には言えない不調が——達人の眉が深刻そうに歪む。
「あ、いや、内線かけようとしたンだけど、使い方がわかンなくて」
「え」
「……具合悪ぃとかそんな、心配されるようなことじゃなくて」
「ああ」
 間が空く。
「……なあ、その」
 座り直し、背筋を伸ばす。悪い知らせではないと気づいた達人が眉を開いた。
「この前」
 瞳がきょろきょろと動いて、ちら、と達人を見上げる。目が合うとすぐに逃げて、それからまたそろりと見る。
「竜馬?」
 竜馬の右手が伸びて、
「……この前」
 白衣の袖口をそっと引っ張る。
「——あ」
 達人が悟る。
「あれ……夢じゃねえ……よな」
 頭の中が真っ白になるという経験を初めてした。記憶に残るキスも、夢か妄想だったのではないかと疑ってしまう。
「……夢じゃない」
 達人の手が竜馬の手に重ねられた。
「俺が『好きだ』と言って……そうしたら、竜馬、お前も」
 告白はどちらにとっても予期せぬ出来事だった。不意に指が触れ、竜馬が弾かれるように手を引っ込めた。振り払われたと思い込んだ達人は狼狽し、自分の行為に驚愕した竜馬は茫然と達人を仰ぎ見た。やがて竜馬の顔が真っ赤になって十秒後、目を見張っていた達人の唇から「好きだ」と零れた。
「普段はどうってことなかったのに」
 竜馬がはにかむ。
 達人には幾度も頭を撫でられたり肩を組まれたりした。ふざけて膝の上に乗ったり背中に飛びかかったりと、竜馬から触れることも多かった。いつもは兄を慕うような気持ちだったし、胸の奥に芽生えた思いに気づいてはいたが、うまく隠せていたはずだった。
 なのに、なぜかあのときは仕舞っていた心が表に出てしまった。
「俺は……お前にあんな顔されたら、たまらなくなった」
 達人が微笑む。
 突然の告白を受けた竜馬は赤い顔のまま、微かな声で「俺も好きだ」と返した。ふたりは自然に近づき、どちらからともなくキスを交わしていた。
 そのあとで互いに盛大に照れて、どうしていいかわからず「またな」と言って終わった。翌日からもそれまでと変わらない日々を過ごしていた——時折、密やかに見つめ合う以外は。
「俺たち、そ、その、つ、つきあってるってことで……いい、のか……?」
 かつてないほど遠慮しながら竜馬が訊く。
「その」
 きゅ、と白衣を握りしめる。
「思ってンのって、俺だけ……か?」
 瞳が揺れる。達人の目が細められた。
「いや、俺もそう思っている」
 重ねた手に力を込める。
「思っている……けど」
「けど?」
「……俺、つきあおうって言ったか?」
 竜馬はしばし考えたのち、どうしても思い出せなくて首を傾げた。
「……わかンねえ」
 緊張なのか舞い上がってなのか、まったく覚えていない。
「情けないが……俺も覚えていない」
 達人が溜息をつく。
「大事なことなのに。……全部、覚えていたいのに」
 実直そのものの太い眉が下がる。
「……なあ」
 竜馬が身を乗り出す。
「言い忘れたのか、ふたりして覚えてねえのかわかンねえけど……その、もう一回……」
 ひと呼吸して、瞳を覗き込んだ。
「…………好きだ」
「竜馬……」
 達人もひとつ呼吸をして応える。
「竜馬。大好きだ」
「…………へへ」
 慣れない状況に、困ったような笑顔になってしまう。達人の右手が頬に触れた。竜馬はくすぐったそうに首をすくめる。
「竜馬」
「ン」
「俺と、つきあってくれ」
 竜馬の目が見開かれる。達人の言葉が重なる。
「俺の、恋人になってくれ」
 ——恋人。
 生まれて初めての乞い。きっともう、二度とない瞬間。
 ——達人。
 見つめ合う。
 答えは未来永劫、ひとつしかない。
 唇を開く。また胸がつかえた。嬉しいのに、なぜか息苦しい。
 それでも、
「……おう」
 浅い呼吸の下から押し出して、大きく頷いた。

「あの、よ」
 竜馬が再び改まる。
「明日、非番だったろ」
「ああ」
「それで、その、今日は」
 この部屋を訪ねてきたときと同じように声がうわずった。
 息を吸い、一気に告げる。
「泊まりに来た」
 数秒、間が生まれる。
 竜馬はしきりにまばたきを繰り返す。達人は固まったまま、竜馬のうかがうような眼差しを浴びていた。
 やがて。
 達人がテーブルに正対し、無言で缶に手を伸ばした。
「…………達人?」
 ぐっと指先に力が入り、ぺこんと音が鳴る。そのまま勢いよくあおると、口元からビールが零れた。
「んっ!」
 缶を置き、左腕で口元を拭う。顎から伝った液体はすでにワイシャツの襟を濡らしていた。竜馬が笑う。
「あにしてンだよ。あーあ、タオルねえのかよ」
 見回すと、デスクの上にハンドタオルがあった。
「お、あるじゃねえ——」
 立ち上がった竜馬を、大きな手がつかまえる。
「——っ」
「……竜馬」
 左手首を軽く引っ張られる。
「…………あ」
 その熱さに胸が鳴る。振り向くと、いつもの柔和な表情が強張っていた。
「…………達人」
 怖いくらいの鋭い眼差し。けれども真摯さが溢れている。その瞳に吸い寄せられるように、竜馬はソファに戻った。
 竜馬の視線が上がる。達人の顔が近づき——唇が触れた。
「……ン」
 舌を軽く合わせる。
にげぇ……」
 離れると、思わず口に出た。
「ビールの味」
 顔を見合わせ、くすりと笑う。それからまた見つめ合って、キスをした。
「…………ン」
 竜馬の黒髪を達人がそっと撫でる。
「その……いい、のか?」
 遠慮がちに問う。
「い、いいに決まってるだろ」
 答える竜馬の視線も声も揺れている。
「だっ……だって、よぉ……キスもして、その、俺」
 もじ、と身体を小さく揺する。そういうこと・・・・・・をするのだと、してもいいと覚悟を決めて部屋ここに来た。
「シャワー、浴びてきた、し……」
 消え入りそうにささやき、俯く。
「りょう、ま」
 その形のいい頭を、達人が引き寄せる。こつりと額が触れ合う。
「……綺麗なホテルでもないし、ムードもないし……その、何にもしてやれないけど……」
 自信なさげな声音に、竜馬が首を横に振る。
「知らねえ場所より、達人の部屋がいい」
 抱きつく。
「俺は達人がいればいい」
「竜馬」
「それに、明日はどうなってるかわかンねえし」
 瞬間、達人の表情が固くなった。
「だから……互いに気持ちがわかってンなら、することは決まってる」
 達人の顔を覗き込み「だろ?」と笑う。明け透けな、けれども竜馬らしい物言いに達人の頬が少しだけゆるんだ。
「……ああ、そうだな」
 背中に回した手に力を込める。互いの胸が合わさる。
「じゃあ、今日がそういう日だ」
 竜馬が頷いた。
 それより、と今度は竜馬が不安そうな声をあげる。
「その」
 普段はあんなにもベラベラと言葉が出てくるのに、今夜はうまくいかない。部屋を訪ねたときから「あの」「その」ばかり出てきて、自分でも嫌になる。
「どうした」
「その、俺、人とつきあったことなんてねえから……正直、どうしたらいいのかわかンねえ。だから」
「ああ」
「……だから、その」
 首元に顔を埋める。
「……そのうち、あ、飽きたり……嫌ンなったり、しねえか……?」
 竜馬、と呼ぶ声に驚きが滲む。だがすぐに、
「それはない」
 と力強く返ってきた。
「ずっと見ていたいし、一緒にいたい。今も、こうやって訊いてくるお前が可愛くて仕方がない」
 なだめるように、背中をさする。
「お前は今のお前のままでいい。何も変える必要はない」
「……達人」
「竜馬」
 達人が頬ずりをする。
「こっち向いたらどうだ」
「…………ん」
 ゆっくりと竜馬が顔を向ける。
「そんな不安そうな顔と声、俺以外は知らないんだな」
「……だって、よぉ」
「嬉しい」
 丸みを帯びた頬に、達人の唇が触れる。そこからぽっと赤い色が広がる。
「可愛い」
 触れられるたび、身体が熱くなっていく。
「……可愛いとか、言うな」
 ふるふると震えながら、竜馬が唇を尖らせる。そこにも口づけられる。
「んっ…………ン、ん」
 ぎゅっと目を瞑り、達人に任せる。実際、どうしていいのかわからなかった。
「……竜馬」
 目蓋にも柔らかいキスが降ってきた。
「このままベッドに、と行きたいところなんだが……すまん」
「……え?」
「シャワーを浴びてきたい」
 達人が申し訳なさそうな顔をした。
「別に俺、その、このままでも」
「いや」苦笑する。
「さすがに一日動いていたし、お前もシャワー浴びてきてくれたんだから、俺も」
「あ、ああ、そうだよな」
 達人が耳元に口を寄せる。
「お互い、シャワーもすっ飛ばしてがっつくのは、また今度な」
「ンなっ⁉︎」
「照れてる。可愛い」
「たつひ、んっ」
 キスで止められる。その言葉にも口づけにも、心をくすぐられっぱなしだった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「……ン」
「いなくなるなよ」
「だ、大丈夫。ちゃんと待ってるから、よ」
「ああ」
 大きな手が頭を撫でた。
「達人」
 ソファから離れる背中に呼びかける。
「ふ、服」
「え」
「その、俺」
 視線の先が定まらない。身体を前後に揺らし、竜馬は完全に挙動不審になる。
「竜馬?」
「そのっ」一際大きな声があがった。
「服は脱いでたほうがいいのか?」
「はあっ⁉︎」
 えらく甲高い声をあげて達人が硬直した。
「パ、パンツ一枚になってたほうが、その」
 湯気が出そうなほどに竜馬の顔が真っ赤になっていく。
「いや、待て……っ」
 つられて達人の顔も赤くなる。
「待て、待て待て……!」
 首をぶんぶんと横に振って、
「だっ、駄目だ!」
 竜馬の肩をがっしとつかんだ。重大な局面に対峙するかのような真剣な眼差しになる。
「このままだ、いいな!」
「お、おう」
「俺が、脱がす」
 噛んで含めるように言う。
「わかったな」
 勢いに圧され、竜馬はこくこくと何度も頷いた。

   †   †   †

「竜馬」
 優しい声がする。それから、ほのかな石けんの香りも。
「竜馬」
「ン……」
 ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした画像が焦点を結び、達人の顔が現れた。
「たつ……ひ、と」
 大好きな笑顔が近づき、キスに変わる。
「……ン、ん」
 柔らかい口づけは夢のようだった。けれども、夢ではない。目が覚めても確かにここにある。
「だいぶ待たせたかな」
「ん、いや。……俺こそ、寝ちまって悪ぃ」
 やはり緊張していたのだろう。達人がバスルームに消えると、風船が[[rb:萎 > しぼ]]むように気が抜けた。ソファに倒れ込んで目を閉じ、深呼吸を繰り返しているうちにそのまま寝入ったらしかった。
「つーか、そのカッコ」
 上になっている達人の身体を視線でなぞる。パリッとしたワイシャツにネクタイ。スラックスにもしわひとつなくて、ベルトまできっちり締めている。白衣にもハリがあって、おろしたてに見える。
「へ、変か……?」
 達人はネクタイの結び目に手をやり、正面を向いているか確認する。視線を泳がせては顎を撫で回し、落ち着かない。まるでこの部屋を訪ねてきたときの竜馬のようだった。
「変じゃねえよ、全然」
 むしろ、格好いい。
「ほ、本当か?」
「ああ。けど、シャワーのあとなンだから、もっと楽なカッコすればよかっただろ」
「ん、そうかもしれないけど」
 眉を上げ下げし、達人がこちらをうかがう。
「その、最初だし」
「え」
「あの、こういうときはきちんとしたほうがいいかなって」
「……」
「だから、俺なりの正装なんだ」
 いかにも達人らしい。それだけ真剣に向き合ってくれているのが嬉しい。
「……ああ、あンがとな」
 そっと胸板に触れる。すると、達人からふう、と小さな息が漏れた。
「……よかった」
「ン?」
「その……もしかして重いって引かれるかもなって、ちょっと心配で」
 まだわずかに不安げな笑みを浮かべる達人は、自分たちはつきあっているのかと確認したときの竜馬のようで、さらには「あの」「その」と何度も言い淀む様も同じだった。
 ぷふ、と竜馬が吹き出す。
「な、竜馬ぁ⁉︎」
「悪ぃ」
 だが浮かんだ笑みは消えない。
「俺ら、似てンなって思って」
「え?」
「いや、似てねえ——いいや、やっぱ似てるかな」
 鳶色の瞳をくるりと巡らせる。
「俺、達人みてえに頭はよくねえけどもさ。親父が融通の利かねえ頑固者だってのは同じだよな」
「……ああ」
 達人もくすりと笑う。
「おかげで結構とんでもねえ目に遭ったりしたけど、その割にまっすぐ育ったよな」
「ふふ」
ツラだって悪かねえだろ」
「そうだな」
 達人の手が優しく頬を撫でて、それに、と引き継ぐ。
「頑固なところはしっかり受け継いで、自分を曲げない」
「だな」
「だから一途。でも、ちょっと不器用」
 竜馬の鼻先を人差し指でちょん、とつつく。指先を追って寄り目になったあとで、竜馬は「へへ」と照れ笑いした。
「竜馬」
「ん?」
「もう一度、名前を呼んでくれないか」
 額にキスをして、達人がねだる。
「…………たつひと」
 ゆっくり呼ぶと、達人のまっすぐな瞳が嬉しそうに和らいだ。
「竜馬…………好きだ」
「……ン、俺も」
 こんなにも満たされる言葉の交換があるだろうか。心の内から込み上げるものがある。
「りょうま」
 全身を抱きしめるような響きに、竜馬の鼓動が跳ねた。
 達人の唇が下りてくる。
 ——達人。
 頭の中が熱くなる。初めてキスを交わしたときと同じだった。
「…………っ」
 目を閉じ、受けとめる。唇が触れ合うだけでも頭の奥底が痺れた。

「……ところで」
 唇が離れると達人が切り出した。
「これは抱きかかえて行くべきかな?」
 困ったように竜馬を見、ソファの向こうにあるベッドを見やる。
「どうされたい?」
「達人がしたいほうでいいぜ」
「ん……」
 ほんの少しの距離なのに行き方を迷っている。きっと、たった一度の「初めて」だからだ。自分がどうしたいかより、竜馬の望みを叶えたがっている。その思いに胸が熱くなる。
「んん」
 眉間の皺が深くなった。
「達人」
 竜馬が首元に抱きつく。
「そんなンじゃ、朝になっちまう」
 両脚を達人の腰に絡め、真正面から「抱っこ」の形でしがみつく。
「え、おい」
「じゃあ、これでベッドまで連れてってくれよ」
 耳元でささやいた。
「——」
 達人がぎゅっと抱きしめる。
「達人?」
「わかった」
 抱き起こし、キスをしてから持ち上げた。ふたりきりだからこその距離。
「あー、竜馬」
「ン?」
「……この体勢は、その……かなり」
「重いってか」
「いや」
「あン?」
「かなりというか……ものすごく刺激的だ」
 尻を支えている手に力が込められた。
「——ッ」
 服越しに達人の股間が密着する。
「……ッ、ばっ、な、あ」
 思わず身をすくめる。同時にその部分・・・・も窄められる。しかし逃げるような素振りとは裏腹に、竜馬自身には熱が流れ込んでいく。
 身体の正直さが伝わってしまう。戸惑っていると下腹部をさらに押しつけられた。はっきりと達人を感じる。
「あ……っ」
 自分のものも硬くなっていく。絶対にばれた。
 そう思った途端、羞恥でどうしようもなくなる。
「ば、ばっきゃ、ろ……っ」
 声を震わせ、あとは達人にしがみつくばかりだった。

 ふたりとも無言でベッドに辿り着く。瞳を合わせ、そうするのが当然のようにキスをした。
 白衣を脱いで、またキスをする。達人の右手がネクタイにかけられる。
「……ぁ」
 視線が引きつけられた。人差し指が結び目に入れられる。
 ——達人の、手。
 ごつごつとした男らしい手。研究と過酷な闘いの日々でついた傷がたくさんある。いつもは皆のために働くその手が、今夜は竜馬だけのものになる。
 ネクタイがゆるめられるのをじっと見つめる。
「……竜馬?」
「え、あ」
「どうした?」
「ん、いや」
「俺の手がどうかしたか」
「……うん」
 流れるようにネクタイをほどく手つきに見惚れてしまう。
「……達人の手、かっこよくて好きだなって」
 言いながら、顔が熱くなる。達人は一瞬呆けたように口を開け、それからはにかんで首を傾げた。
「それは……嬉しいけど、何だか照れるな」
 ベルトを引き抜き、スラックスの前をくつろげる。ワイシャツのボタンがひとつずつ外されていく。竜馬はその手と達人の顔を交互に見ていた。
 ピンと立った襟の下から首元が現れる。初めて目にするわけではない。それでも、一番見慣れたワイシャツ姿から肌が露わになると鼓動が速くなる。竜馬のためにまとった服が、竜馬のために脱がれていく。昂らないほうがどうかしている。
 アンダーシャツの裾がまくり上げられると、鍛えられた腹筋が見えた。次いで厚い胸板、がっしりとした肩——。
 竜馬の息が止まる。
 傷だらけの身体。
「————」
 言葉が出てこない。
「竜馬?」
 達人が不思議そうにこちらを見て、竜馬の表情に気づく。
「ああ、これ」
 へその上にも、脇腹にも、胸にも手術痕がある。右肩は火傷痕だろうか、皮膚の色が違う。この分だと背中も下肢も無傷ではないだろう。
「ひとつ治ると、ひとつ増える。ここなんか特に見た目はよくないけど、今はどこも何ともない」
 笑って肩の引きれを撫でる。
「そういや、見るのは初めてか」
 竜馬が頷く。思い返せば、浴場で一緒になったことがない。ラフな格好をしていてもTシャツくらいで、それ以上肌が見える服装は覚えがなかった。
 ちらと覗く首元や上腕に傷痕があるのは当然気づいていた。だがここまでひどい状態だったとは知らなかった。
「これだと、どうしたって見るほうが気を遣うだろ? だからできるだけ隠している。大浴場ももう行ってない」
「……」
「おい竜馬」
「……」
「竜馬」
「え」
「何て顔してる」
 ぺち、と頬を両手で挟まれる。
「お前のせいじゃないし、何ともないと言っただろう?」
「俺……知らなくて」
「これは過去のことだから」
 親指で肌をくすぐる。
「お前が気にする必要なんかない」
 鼻先を合わせる。
「な?」
「……ああ」
 ちゅ、と軽いキス。
「ほら、もうこの話は終わり。……続きをしよう」
「…………ン」
 返事を聞いて達人の指がもう一度、頬を撫でた。
「この手でたくさん触るからな」
 いろんなとこ、と付け足して唇を重ねた。

 

 

 熱と感情が口づけで交わる。
「……っ、ン」
 触れられた場所からぞく、とした感覚が生まれる。次々と零れては集まり、腰や首の後ろ側をくすぐる。あちこちで飛び跳ねる小さな快感に声が漏れた。
「んぅ……っ、ん」
 口づけが深くなる。竜馬からくぐもった鼻声があがり、呼応するかのように達人の指先が動いた。
「う……ン、あっ……」
 大きな手が前に回り、竜馬の胸をすっぽり覆う。くすぐったくて身体を引く。その拍子に唇が外れ、達人から吐息が零れる。それすらも肌を撫で、竜馬を感じさせた。
「た……たつ、ひ……あっ」
 右の耳にキスをされる。首をすくめれば丸まった背中を撫でられ、びくりと反れば、今度は胸をまさぐられる。
「あっ、あ——」
 顔を上げれば、再び達人の唇が待ち受けていた。
「んうっ」
 達人の舌が、無防備な竜馬を愛撫する。今日は全部を覚えていたいのに、どんどん頭の中が痺れて霞がかっていく。
「……乳首、勃ってきたな」
「ンなっ、言う、な……あっ」
 タンクトップの上から爪でかり、と乳首を引っかかれる。
「んっ、んっ」
 下唇を噛み、こらえる。
「竜馬」
「〜〜っ」
 首筋に口づけられる。そちらに意識が向いた隙に、達人の手がタンクトップの中に潜り込んできた。手のひらから熱さが染みてくる。
「あ……っ」
「……竜馬」
「——ッ」
 恥ずかしさと嬉しさ。胸の奥から溢れてくる、もっと触って欲しいという願い。
「ふ……っ、ん、んあ、あ……っ」
 身体を走る淡い快感に、自然に零れてしまう。
「っん、ン……」
「竜馬、俺を見て」
「……っ、あ、はぁ……っ、ン」
 そろそろと顔を上げる。泣き出しそうな表情に達人の目が見張られ、それから細められた。
「竜馬」
「ン、ん……」
 唇が細波さざなみのように軽く触れては離れ、また触れて竜馬の緊張を削っていく。
「は、はぁ……っ」
 きつく寄せられていた眉根は開き、今は慎ましくも悩ましげに動いていた。達人の手が竜馬の肌をまさぐりながらタンクトップをずり上げていく。心の奥底までも裸に剥かれていくようで、気恥ずかしい。それでも、達人に見て欲しかった。
「竜馬、手を」
 促され、両腕を上げる。達人がタンクトップを脱がせていく。ちょうど肘を抜けようとする辺りで、達人の右手が軌道を変えた。
「え——」
 タンクトップに両腕を搦められた状態で、手が頭の後ろに回る。
「な、え」
 問う間もなく達人の顔が近づいた。
「……あ」
 キスに目を閉じると、右肘の先に手の感触があった。
「ン!」
 指先が滑り、脇をくすぐる。胸を撫で、脇腹へ下りていく。
「——ッ!」
 全部、初めての感覚だった。
 キスが横に逸れる。
「——あっ」
 唇が左の二の腕に触れる。それから下がって、脇のくぼみに。
「ちょっ、待っ、ひゃっ!」
 舌が皮膚をなぞる。想定外の刺激についていけず、身をよじった。
「あっ、ひあっ!」
「竜馬」
 達人の左手が腰をつかむ。
「駄目だ、逃がさない」
「……ッ」
 さっきまでの達人ではなかった。欲がちらちらと覗く目つきに息を呑む。
「ンッ」
 舌先でまさぐられ、吸われる。ひくつく腹を左手が這い上がり、乳首を弄び始めた。
「あっ、あっあっ」
 触れられるたび、腰がもじもじと動く。胸の先がじんと痺れて、初めてなのに、どうしてかその刺激がもっと欲しくなってしまう。
「あっ、や、あ——」
 く、と顎の先が上がる。達人の唇が追う。顎のラインに口づけながら、ようやくタンクトップを腕から引き抜いた。そのまま右手も竜馬の胸に向かう。
「んあッ」
 両の親指が同時に乳首を刺激する。
「あっあっ」
「……気持ちいいのか?」
「んっ、あっ、……あぁっ」
 言い出せない。
「じゃあ、やめるか?」
 指が止まる。
「あっ、……っや」
「うん?」
 きゅ、と軽く乳首をつねられ、身体が小さく跳ねる。
「……や、やだ」
「やだ?」
「ンっ、あっ、も……と」
 微かな声に、達人が耳を寄せる。竜馬はその耳に口づけるようにしてささやく。
「もっと…………して」
 告げて、震える睫毛を伏せた。
「……ああ」
 達人は愛おしげに竜馬を見つめ、口づける。
「っん」
 キスの下で指が再び動き始めた。乳首はすっかり勃って、達人の思うままとなる。
「ん、んぅ……あ……あ、ン」
 指を替えて四方から触れ続けると、声の甘さが増していった。
「乳首だけじゃなく、ここも膨らむんだな」
 感心の声があがる。
「ん、……え?」
「ほら、ここ」
 達人の視線はぷっくりとした胸の先に注がれていた。
「あ……」
 自分の身体なのに、知らない姿。達人に操られ、暴かれていく。恋人同士なら当然の営みのはずなのに、いけない遊戯に耽っているような背徳感があった。
「可愛い」
 膨らんだ乳輪をなぞられる。
「……っ!」
 眼差しが熱くて、恥ずかしい。
「あっ、ばっきゃろ……っ、見、見ンなぁ……っ、あ、あっ」
「それなら」
「へっ?」
 口に含まれる。
「あんっ、ンッ!」
 舌の柔らかさと弾力、指とは違う熱さ。
「あっ、あっあ、っン、んん……っ!」
 舐められ、吸われ、勝手に声があがる。すぐに唇を引き結んでこらえるが、上目遣いに見つめられて制御できなくなる。
「ンあぁッ!」
 強い眼差しに煽られて、たが・・が外れていく。
「あ……あっ!」
 達人の手がズボンにかかる。竜馬はされるがままで、あっという間に下着一枚にされていた。
 足の先から手が這い上がってくる。腿の付け根まで辿り着くと、膝まで戻る。そこから内側に滑り落ちてまた上がり、前の膨らみを避けて腹をまさぐり、再び下りていく。
「はあ……っ、あっ、あっ……」
 うっとりするほど心地いいのに、肌の奥からじわじわと淫らさが滲んでくる。直に愛撫されていないのに、竜馬のペニスも湧き上がる快感に震えていた。
「ン……んっ」
 目が合うとキスが降ってきた。達人の舌先に弄ばれるのが、嬉しくて気持ちいい。
 身を任せていると、内腿を撫でていた手がそれまでとは違う向きに動いた。
「——っ」
 指の先がそこ・・に触れる。
「あ……っ!」
 ぎゅっと力が入って、達人にしがみつく。
「……っ、っん!」
 指は優しく窄まりの上で踊る。わずかな時間だけそうして留まると、最後に軽くなぞり上げて離れていった。
「……ぁ、ン」
 手が離れても余韻は肌をくすぐり続け、身体をひくつかせた。達人はスラックスを脱ぎ、竜馬と同じ姿になる。
「——」
 目が釘付けになった。
 ひと目でわかる昂り。
 ——あれ、が。
 顔中にカッと血が回る。
 あれが自分の中に挿入はいってくる。今、指が触れていったあの場所に。
「……っ」
 まだその感覚を知らないはずなのに、竜馬の秘所は待ち焦がれてきゅうっと疼いた。

 

 名前を呼び合う間も惜しいとばかりに、ふたりは唇を貪る。聞こえるのはキスと互いの息遣いだけ。口づけるほどに身体の境界が溶け、一体になっていく気がしていた。
 達人の肌の熱さと汗の匂いにあてられて気が遠くなりそうだった。夢中でしがみつくと、指先に背中の手術痕があたった。肉の盛り上がりをなぞる。痛々しくはあるが、生身の達人がここにいる証拠だった。
 達人の手も竜馬の存在を確かめるように動く。頭、首の後ろ、背中、腰——順に撫でていた手が脇腹を通って下腹部に伸びる。
「——ッ」
 びくん、と腰が揺れる。ペニスはすでに勃ちきり、布の上からでも先端が濡れているのがわかった。
 達人の指が一番敏感な部分を弄ぶ。キスと抱擁でくねっていた身体が強張る。だがその誘惑を跳ねのけられるものではない。すぐにそれまで以上に四肢を震わせ始めた。
「……っふ、ん、あぁっ、あ……!」
 竜馬から艶めかしい声が零れ落ちる。優位に立っているはずの達人が苦しそうに喘ぎながら口づけを降らせた。
「はあ……っ、りょう、ま……、竜馬……!」
 さすられて、腰の奥から快感が流れ出てくる。暗い色のボクサーパンツは溢れる雫を受け、さらに濃く彩られていく。
「は……っ、あ、はぁ……っ、たつ、ひ……と……」
「りょ……ま……っ」
 互いしか見えない。
「あッ!」
 達人がショーツを剥ぎ取りにかかる。くい、と引きずり下ろすと、ぱんぱんに張り詰めたペニスが飛び出した。
「……ッ‼︎」
 太い指がすぐさま絡みつく。亀頭を撫で回し、竿をこする。先走りが溢れて達人の手にまとわりついた。
「あっ、ああ、っあ!」
 手の動きに合わせて竜馬の腰が突き出される。身体中が熱くてどうしようもない。それなのに達人の手からも熱が伝わってくる。身を灼くような熱は渦巻いて、竜馬の中をかき回し続けた。
 荒い息の下でまた口づけが交わされる。竜馬は無意識のうちに全身で達人に縋りつく。達人の表情が大きく歪んだ。
「りょ……ま……ぁっ」
「ッ‼︎」
 指が下へ向かう。
「うぁ……っ」
 誰にも許していなかった場所に達人が到達する。
「ンっ……んぁっ」
「はあっ——はっ、りょう、ま……っ」
 達人は身体を起こし、竜馬の膝頭に手をかけ——ぐっと押し上げた。
「————ッ‼︎」
 緊張に固くなる。
「あっ……、た、たつ、ひと……っ!」
 反射的に膝が閉じようとする。だが達人の顔つきに竜馬の動きが止まった。
「…………達……人……」
 く、と息を呑む。
 ——達人。
 自ら膝裏に手を回し、脚を持ち上げる。
「りょ……ま……」
「…………いい、ぜ」
 つらそうな顔は、それだけ竜馬を求めているからだとわかる。
「……おめえに」
 だから。

「おめえに全部、やる」

 すべてをあげたい。

「————竜馬」
 達人の顔がさらに歪み——泣き出しそうになる。
「……ばぁろ。あに泣いてンだよ」
「泣いて……ない」
 口元が笑おうとする。しかしすぐに一文字に結ばれてしまった。
「泣いて、る」
 くす、と竜馬が笑う。けれども自分も同じように眉根が寄っているのがわかった。少しだけ達人がぼやけて見える。
 もしかしたら、泣いているのは自分のほうかもしれなかった。

   †   †   †

 達人の指が竜馬の秘所を何度も撫でる。柔く押し、揉んで、くすぐる。刺激に合わせて竜馬のそこは窄まり、足の指が恥ずかしげにきゅっと丸まった。
「う、あ……、あっあっ……」
 目を固く瞑り、必死に未知の感覚と向き合う。脚が震え、勝手に閉じられていく。しかしこらえるように自らの手で広げ、さらけ出す。繰り返される健気さに、達人の口元がようやくゆるんだ。
「竜馬」
 優しく肉を押し揉んではさすると、締まっては弛緩する。控えめながらも時折ひくつき、指を咥えたがっているようにも見えた。
「ふ、……うぅ、う、ぁ……っ!」
 達人のキスが触れる。思わず目を開けると、視線がかち合った。
「————ッ!」
 男の目つきで射られ、瞬間的に熱いものが身体の中を走った。意識が飛びそうになる。
「……っふ、んあっ!」
 脳の奥が焦げつく。
「うあっ……あっ、あっ」
 竜馬が真っ赤な顔で身をよじる。だが達人の手は離れることを許さない。
「竜馬……、好きだ」
「んんっ! ン、あ……っ」
 熱い吐息と唇が繰り返し竜馬の肌に落ちていく。
「ひあっ……、あっ、ああっ!」
 普段は隠されている場所全部が、達人のものになる。胸の奥は嬉しさでいっぱいなのに、反射的に身体を揺すって逃れようとしてしまう。それを引き留められると、今度は求められる歓びに震えてしまう。
「あ…………あ、あぁっ」
 達人によって徐々に開かれていく。竜馬はただ流されて悶えるしかできない。ペニスは硬く勃ち上がったまま、欲を吐き出す先を求めて充血していた。
「つらそうだな」
 左手で握り込まれ、こすり上げられる。
「あっあっ、ひ、んん……っ」
「ん、可愛い」
「あんッ」
 亀頭を舐められ、口に含まれる。
「あっあっああ」
 自分のペニスが達人に咥えられている。その光景だけでもとんでもないのに、耳にはちゅくちゅくと水音まで響く。加えて口腔内の温度と柔らかさ、肌から立ち昇る互いの匂い——全部が混じり合って脳髄を低く強く叩き続ける。ぐらぐらとした眩暈に、今にもノックアウトされそうだった。
「りょう、ま」
「……っぁ、あっ!」
 再び尻穴を揉まれる。さっきよりも、もっと先を狙うように。
「あっあっ、そこ、や、あっ……!」
「だいぶ……柔らかくなってきた」
 指が沈みそうだった。中指の腹が圧力をかける。
「ンあっ」
 尻が浮き、達人のほうへ押し出されてくる。弾みで指がつぷりと挿入された。
「——ッ⁉︎」
 竜馬の全身が強張る。
「りょ……ま……」
「…………あ、あぁ、あ」
 達人が凝視しているのがわかる。喉の奥から情けない声が漏れた。こんな声を出したのは生まれて初めてだった。
「……痛くないか」
 指先がそっと動く。
「っ……、痛く……ねえ……ンっ」
 一旦、指が抜かれる。
「竜馬……っ」
「ン、あっ」
 くぷ、と指が再び挿入はいってくる感触がした。ずっと内側まで進んでくる。
「——っ、あ」
 思わず顔を背ける。初めての行為にどう向き合っていいのかわからない。指はゆっくり、だが休みなく蠢いて竜馬の中を探っている。
「あ、あ……」
 違和感に順応しようと尻がもじもじと揺れる。
「竜馬……」
 く、と指が曲げられた。押された箇所から鈍くて奇妙な感覚が腰の奥一帯に広がる。
「お前の中……すごく熱い」
「……ッ!」
 達人に身体を許しているのだと実感する。羞恥と興奮が一気に噴き上がり脳内を駆け巡った。
「竜馬のここ、熱くて……柔ら、かい……」
 圧はそのまま、ずず、と肉壁を撫でられる。
「……ッ、ッ!」
 ぞくぞくとした感覚が湧き上がり、全身を支配する。指がねじられる。すると、まるでスイッチが入ったように身体が跳ねた。
「——あっ! あぁっ、あっ‼︎」
 抑えきれない。
「竜馬……」
「んあッ!」
 尻穴が拡がるのを感じた。先程よりも圧迫感が増す。
「うあ……っ、あっあっ」
 脚を支えている手に力が込められ、指の関節が白くなる。足の親指が反り返る。
「竜馬……竜馬」
 達人がうわ言のように呼びながら、二本の指でかき混ぜる。肉は慣れない営みに戸惑い、締まる。だが柔くこねて揺らしてやると、少しずつとろけて達人にまとわりついた。
「ふっ……ぅ、あ、あっ」
 腹の奥に生まれる感覚が、肉体が受けている快感なのかは正直わからなかった。けれども心から思う相手と触れ合って、愛されている事実に満たされる。
「た、たつ、ひ……」
 おかしくなりそうだった。頭の中も、胸の中も、それから身体の中も、ただ苦しい。
「は、はや、く……、達、人」
 このままだと意識が消し飛んでしまいそうだった。その前に達人の顔を見て、ひとつになりたかった。
「もう、いい……から……っ、は、早く……」
 たつひと、と乞う。
「……竜馬」
 見つめ合う。瞳は寸分もぶれず、互いの意志を確認する。
「ん、わかった」
 達人の微笑みが合図だった。
「…………っあ」
 脚の間に達人の身体が割り入ってくる。その手のひらがそっと腹を撫でて離れた。
「——っ」
 思わず目を閉じ、唇を噛みしめた。全身に力が入る。達人の姿を心に焼きつけておきたいのに、いざとなるとだめだった。
 息を止めて待つ。
 しかし、そのときは訪れない。気配はするのに、達人は触れてこようとはしなかった。
「…………?」
 そろそろと目を開ける。確かにそこにいる。だが達人の視線は竜馬にではなく、別の箇所に向いていた。
「達人……?」
「あ、ああ」
 戸惑うような声。
「すまん、そ、その」目を泳がせて、
「ちょっと待ってくれ」
 また視線を戻した。竜馬も目を転じる。
「……ぁ」
 達人のペニスが手の中でおとなしくなっていた。
「ちょっと緊張し過ぎたみたいで。さっきまでは元気だったんだけど」
 困り顔で笑う。手を動かすも反応はない。
「ん、格好悪いとこ見られたな」
 横を向いて竜馬の目から隠す——と、竜馬が起き上がり、達人の右腿に手を置いた。
「達人」
 すり、と腿を撫でる。
「おめえって、緊張しなさそうなのにな」
「馬鹿言うな。俺だって緊張ぐらいする」
「けど、ビビったりしねえだろ」
 出会いのときも、そのあとも。幾度もの闘いでその統率力と胆力はわかっていた。怯む達人は見たことがない。
「買い被り過ぎだ。ビビるし、迷うし、不安にもなる。そう見せないようにしているだけだ」
 達人が苦笑する。
「ああ、でも」
 普段は理知的な瞳が歪む。
「今が一番、怖い」
「……」
「竜馬が好きだから、したい。……だけど、俺が触れてしまっていいのか」
 手から微かな震えが伝わってきた。
「俺なんかが」
 竜馬が抱きつく。
「りょ——」
「ンなこと言うなよ」
「……りょう、ま」
「達人だからいいに決まってンだろ」
 腕に力を込める。
「俺、達人がいいンだ」
「……っ」
 大きな手に抱きしめられる。このぬくもりが、ずっと欲しかった。竜馬は首元に頬を押しつける。
「そんなに不安になるぐれえ……俺のこと、好きなンだな」
「ああ、好きだ」
「へへ……」
 竜馬の眉の角度は泣き出しそうだった。それでも真底嬉しそうに笑う。
「……何か、やべえな」
 うっすらと瞳に涙が浮いてくる。達人からは見えない。
「竜馬……?」
「ン……」
 目を閉じて噛みしめる。
「俺も、達人がすっげえ好きだ」
 顔を上げ、キスをする。
「ん!」
 達人が身を強張らせた。竜馬の右手がその股間に伸びていた。
 唇が一センチ、離れる。
「俺がする」
 ちゅ、と軽くついばむようなキスを置き、竜馬の頭が沈んだ。
「え、竜馬? あっ——」
 ぶる、と達人が震える。
「ン……ん、ん」
 ペニスに吸いつく。
「りょ……ま……」
「…………ン」
 指を動かしながら舐め上げ、口づけた。
 唇で食んで舌を押しつける。先端を軽く口に含んではきゅう、と吸う。繰り返すと手の中の存在が確実に増した。
「でかくなって、きた……ン、ん」
 しつこいほどに愛撫する。それでも拙さで時折、舌先が行き場に迷う。そのたびに達人の身体がくすぐったそうに揺れた。
「ン、これ、完勃ちだろ」
 やがて、嬉しそうに竜馬が声をあげた。
「なあ、ほれ」
 竿の根元を握って見上げる。
「——っ」
 達人は慌てて逸らす。
「達人?」
「お前」
 戸惑うように左手で口元を覆う。顔が赤い。
「そんなに得意げに言わなくても」
「あンだよ」
「っん!」
「ン、俺で勃ってくれたンだから、ん、む、得意にもならあ。……ン」
 先端にキスをし、口を離した。しげしげとペニスを見つめる。
「……裏側って、こんななンだな」
 亀頭と竿の境目に触れてみる。
「う……」
 達人の声が漏れると、呼応するかのようにペニスもひくりと動いた。竜馬はペニスを軽く握り、親指の腹で裏筋を撫でる。
「自分のだとこっち側はよく見えねえし、そもそもこんなに見ることねえモンな。……何か、やらしいな」
 とん、とタップしたり、くいくいと押してみる。
「竜馬……その、あんまり」
「あンだよ。俺の乳首とケツはじっくり見てたクセに」
 むすりと拗ねてみせる。そのまま、突き出した唇を陰茎に押しつけた。ちゅ、と吸っては唇を滑らせて愛撫する。
「竜……馬……」
 大きな手のひらが頬に触れる。
「ン……ふ」
 視線を上げると、目が合った。
「……ッ」
 ——達人に、見られてる。
 頭の芯が熱くなる。
 達人の指先が首筋を這い、耳の裏側を撫でる。そこからも新しく熱が生まれる。
「ん、はぁ……っ」
 カリ首に舌先をあて、縁に沿ってなぞる。
「うっ……」
 反射的な声と身じろぐ姿に、竜馬の興奮も高まっていく。ちゅぷ、と口元から小さな音が鳴ると、触れている肉茎がさらに膨らんだ。
「なぁ……気持ちいい、か……?」
「ああ、すごく……気持ち、いい」
「……へへ、やりぃ」
 零れる吐息も、苦しそうに揺れるペニスも、先端から溢れてくるものも。
 全部が嬉しくて、張り詰めた肉を今までよりも深く迎え入れた。
「あ——っ」
 くん、と達人の腰が突き出される。口腔内いっぱいに熱が広がった。
「ん゛ッ!」
 慣れない感覚に動きが止まる。
「りょ……竜馬……っ」
「……ン、ンんっ」
 舌の表面で裏筋を撫でながら、歯を立てないようにゆっくりと頭を動かす。
「う、あ……っ」
 達人がこらえる。鼻腔からなだれ込んだ雄の香りは頭の芯に溶け込み、竜馬を大胆にさせていく。
「ン、んっ」
 できる限り奥まで咥え込む。
「く……っ、りょう、ま……!」
「ん、ぐ……ん゛ぅ」
 喉の粘膜から、脈動が直に伝わってくる。苦しいけれどもその分、達人が気持ちよくなれているのなら嬉しかった。
「竜馬、んっ、もう——」
 頬を軽く押し返される。
「もう……大丈夫だ」
 指先で促され、竜馬は顔を上げた。
「————ッ」
 どくんっ、と心臓が大きく跳ねる。
 その表情。
「……たつ、ひと」
 自分を見つめる瞳の熱さ。
「……竜馬」
 自分の名前を紡ぐ唇。
「竜馬」
 今は自分だけの達人。
「……ぁ」
 胸がぎゅうっと締めつけられた。こんなに近くで触れ合っているのに。
 ひどく切なくて泣きそうだった。胸のつかえの正体に気づく。
「竜馬」
 達人の指が唇をなぞる。

 ——たつひと。

 涙が一緒に零れてしまいそうで、声にならない。「好き」という感情は、嬉しくて、胸が高鳴って舞い上がる気持ちだと思っていた。けれども、それだけではないのだとやっと知った。
「たつ、ひと」
 掠れる声でようやく呼ぶ。
「好き……だ……」
 胸の一番深いところから溢れてくる。
「……竜馬」
 達人のキスが下りてくるのと同時に、竜馬の目から涙が落ちた。

 

 

 熱い塊が少しずつ挿入はいってくる。この先に互いの気持ちが完全に重なる瞬間があるのだと思うと、恐怖も不安も、微塵も感じなかった。
 ただ、嬉しい。
 ——達人。
 視線が絡み合う。
「竜馬……ん、もう……少し」
「ン、んあ……っ」
 身体の内側が全部、押し上げられていくようだった。正直、快いものではない。けれどもこれが痛みであっても耐えられる。それだけ、達人への思いが何よりも強かった。
「た、たつ、ひと……っ」
 短く浅い呼吸の下で呼ぶ。達人の手のひらが肌を撫でて応える。
「……竜馬」
「う、あ……っ」
「全部……挿入った」
「ほ、ほんと……か……?」
「ああ」
「……ッ」
 身体を撫で上げていく感覚、達人のペニスから伝わる熱、胸の中から湧いてくる感情。それらがい交ぜになって頭の奥底に響く。
「き、キス、して……」
「竜馬」
「んっ……ん、ンッ」
 キスも一層、熱い。
 竜馬が抱きつく。達人もたくましい腕で頭を抱え込むように抱きしめ返す。
「竜馬……、ずっと……こうしたかった」
 耳元でのささやきは竜馬の理性をほどくのに充分だった。
「たつひと……っ、好き、す、き……っ」
 もっと近づこうと、竜馬がぎゅうっとしがみつく。互いの肉が押しつけ合って、もう少しだけ深く達人が挿入ってきた。
「ンあッ」
 竜馬の中がうねり、大きくびくついた。達人の腰が震えて、竜馬を揺らす。
「あっ……あっ」
「動く、ぞ」
「あッ!」
 ゆっくりと達人の腰が引いていく。挿入ってきたときとは反対に、身体の内側が全部引っ張られる気がする。
「ひっ、あ、あぁ……っ」
 繋がっている場所を目掛け、ぞくぞくとした感覚が流れ込んでいく。
 そしてまた、達人が進んでくる。
「あっあっ——ああっ」
「りょう、ま……、んっ」
 締めつけられ、時折動きが止まる。苦しそうに息をついては奥に向かう。
「あ、あっ」
 じっくりと繰り返すと、竜馬の身体から徐々に力が抜けていった。
「ん、あ……あぁ……っ」
 声の尖りが消え、甘えるような鼻声に変わる。達人は短いストロークに切り替えた。
「あっ、あっ」
 浅いところを軽く突かれると、柔らかな痺れが広がる。圧迫感は消えないが、その向こう側に不思議な心地よさを感じられるようになっていた。
「はぁっ……ん、ンあ……!」
 ペニスを迎え入れるように竜馬の腰が動き出す。達人が合わせる。
「うあっ、あっ——んあっ!」
 突かれ、零れ落ちる。
「あっ、ど、どうしよ……っ」
 声が震える。
「んっ……あっ、た、たつひ、と」
 腕をつかむが、力が入らない。達人が動きを止めた。
「きついのか」
「……っ、っく……」
 呼吸がうまくできない。
「竜馬? 少し、休もうか」
「ン、っく、ちが……う……っ」
 軽くしゃくり上げながら、イヤイヤをするように首を振った。
「き、気持ち、いい……」
「——竜馬」
「動いて、いい、か……ら」
「……ああ」
 再びペニスが中をこする。
「は、あ……、あっ……」
 達人の手が竜馬の腰を押さえる。じわじわと肉が拡がっていく。
「うあ……っ、あっあっ」
 触れられたところから熱が膨張し、放たれる。次第にその間隔が狭まり、身体の中いっぱいに満ちていく。
「ああっ! あっ、あっ、あっ」
「……竜馬」
 奥までは挿れずに止めて、ゆっくりと抜く。
「ンあッ、あっ、ああぁ……っ」
 それからまた、形を覚え込ませるようにじっくりと分け入った。
「あっ! ああっ」
「もっと、聞きたい」
 円を描くように腰を動かし、ぐっと奥まで突く。
「……ッ! ゔ、あぁっ……!」
 優しく、しつこく、達人のペニスが竜馬の中をかき回す。そのたびに竜馬の下腹が波打ち、切ない鳴き声があがった。煽られるように、達人の動きが速く、深くなる。
「あ、はぁっ、あ゛、ンッ!」
「竜馬……竜馬……っ」
「たつ——っあ、ああッ!」
 いつしか竜馬の中も達人に吸いつくようにうねっていた。互いの動きが大きくなるほどに、肉が交わる音が跳ねる。
「りょう、ま……っ!」
「あっ、ああっ、ン゛あっ!」
 揺さぶられ、唇から嬌声が零れる。その声さえも逃すまいと達人のキスが塞ぐ。
 ふたりはまっすぐに高みへと向かう。抱き合いながら、幾度もキスをし、熱を交わす。
「んっ、りょ……まぁっ……!」
「あ、あ——あぁッ」
 達人の腰が強く打ちつけられ、下肢が跳ね上がる。上向きになったアナルのより深くまでペニスが押し込まれた。
「————ッ‼︎」
 もう一度、最奥まで穿たれる。
「——ッあ‼︎」
 熱い塊が生まれ、弾ける。
「りょ……ま……っ」
 抱きしめられる。密着したたくましい身体がびく、と震えた。直後、また熱を感じた。
「……あ、あぁ」
 それで、達人のすべてを受けとめているのだとわかった。
「……たつ……ひ、と……」
 もっと強く抱きしめられる。
「…………っ」
 達人も、自分の全部を受けとめてくれている。
 胸の内がいっぱいで、何も言葉が出てこなかった。無理に声をあげようとすれば涙が溢れてきそうで、竜馬はただ目を閉じて、達人の肌に縋った。

   †   †   †

 あたたかい。
 達人の胸に耳を押しつけて、鼓動を聞く。右手が伸びてきて、竜馬の頭を撫でた。
「大丈夫か」
 そろりと頭を起こし、声のほうを向く。
 いちばん好きなひとが目の前にいる。優しい眼差しが少しだけくすぐったい。
「ン」
 竜馬は小さく頷いた。
「つーか、途中から、その」
 瞳をきょろきょろとさせてから上目遣いになる。
「…………気持ちよかった」
 不服の言葉ではないはずなのに、唇が尖った。達人が笑う。
「なっ、おめえ」
「悪い、あんまり可愛くて」
「だ、だから可愛いとか言うな」
 また唇をつんとさせる。
「ふふっ、そうやって照れるのが可愛いって言ってる」
「わっ」
 ぎゅうっと抱きすくめられる。
「竜馬」
「…………達人」
 身体を預け、目を閉じた。
 トクトクと騒ぐふたり分の鼓動は時間とともに混じり合い、やがてひとつに重なった。背中に回された達人の手もすっかり竜馬の肌と馴染んで溶け合っている。
「達人」
「うん?」
 顔を上げる。
「俺、嬉しい」
 瞳を覗き込む。
「何だかまだ信じらンねえとこもあるけどよ。……すげえ嬉しい」
 顔いっぱいに笑みが広がった。
「な、こっちの手」
 達人の左腕を取り——手のひらに右手を合わせ、指を握り込む。
「へへっ、今日は達人を独り占めだな」
 頬を胸元にすりつけた。
 すう、と大きく息を吸う。達人の匂いが竜馬を包む。
 たぶん、これが倖せというものなのだ。ひとりで生きる自由と、そこに感じる歓びとは違う。誰か——無性に、どうしようもなく欲しいと乞い願うただひとりの人——といるときにだけ感じるもの。
 竜馬はもう一度、達人の肌に頬を押しつけた。
「…………竜、馬」
 わずかに強張った声が下りてくる。
 ——え。
 違和感に目をやる。達人の表情はかげっていた。
「達……人?」
 哀しそうな瞳。
「な——」
「竜馬」
 達人が目を閉じる。眉間に深い皺が刻まれた。
「……こんな世界じゃなかったら」
 ぎゅっと竜馬の手を握り返す。
「もっと……もっといろいろできたのにな」
 目蓋が震えていた。
 ——達人。
 お前の行きたいところに行って、したいことも全部できたのに。
 そう、絞り出すように言った。
「達人」
 ゆっくりと目蓋を持ち上げる。微笑むが、それは儚くて、今にも消えてしまいそうだった。
 竜馬は唇をギッと噛む。
「…………竜馬?」
「そういうの、これっきりにしろよ」
 硬い声だった。
「こんな世界じゃなかったら……ゲッターロボがなかったら、達人と会えてなかった」
 達人がはっとする。
「俺は……今がいい」
「——」
「人が死なねえのがいいに決まってるけど」
「……そうだな」
「俺は、今の達人がいい」
 目の前にある傷痕に口づける。
「だから、ンなこと、もう言うな」
「ああ。……悪かった」
 大きな手が竜馬の頭を撫でた。
「約束したかンな」
「…………ああ」
 落ちる声はもう、穏やかだった。
「達人……、好きだ」
 静かに零れる。
 奇跡だとか運命だとか、道を簡単に括れるような言葉によすがを求めたくはない。選んだのは自分だ。
「竜馬、俺も好きだよ。……大好きだ」
 達人の思いが降ってくる。目を閉じて身を任せる。
 この世界は、きっと等しく残酷だ。明日のことなんて誰にもわからない。同じように抱き合えるかなんて、もっとわからない。
 けれども、と思う。
 達人と自分の人生の軌跡がここで交わった。この瞬間は確かなもので、誰にも、何にも阻まれることはない。
 がある。
 この一瞬一瞬は、永遠だ。

 だからもう一度、思いの丈を込めて告げた。

 

「達人、好きだ」

 

 ふたりだけの瞬間いまを永遠に閉じ込めるために——。