達人が生き残っている世界線。つきあってます。バレンタインのお話。
売店で達人へあげるチョコを買うも、商品が入れ替わっていてウイスキーボンボンを渡してしまう竜馬。チョコの中身に気づくけど竜馬に気を遣って平気なふりをして食べちゃう達人。酔っ払った達人が欲求駄々漏れで竜馬にキスしまくり、竜馬が翻弄されます。
エッチ未遂、ご了承ください。
・達人はお酒が飲めない、飲むと少量で酔っ払って寝てしまう設定。
・キスと服の上からのお触りまでですが、性行為へ誘う描写なので念のためのR-18です。
約5,000文字。2023/2/14
◆◆◆
一挙手一投足を見守るとはこのことだ。
竜馬はじいっと、それこそ穴のあくほど達人を見つめている。もはや、睨んでいると言ってもいいほどに。
「ちょっと、緊張するな」
妙な雰囲気に達人が苦笑する。
「気にすンな」
「そう言われても」
「いいから、ほれ」
「……じゃあ、せっかくだから」
丸いチョコをひとつ。竜馬に軽く掲げて見せて、ぱくりと食べる。
直後、
「ん‼︎」
身体がぴくりと揺れ、固まった。
「え? 達人?」
達人は右手で口元を覆う。
「おい、どうした? なあ、マズかったか?」
竜馬がうろたえ——達人以外は見たことがない表情で——駆け寄る。達人はふるふると首を横に振って否定した。
「ん、んん……」
手の下で顎が動いている。竜馬はもどかしそうにまばたきを繰り返しながら返答を待った。
「——ん、驚かせてすまない」
「……」
「大丈夫、不味いとかじゃないから」
「けど」
もうひとつつまんで口に入れる。
「思ってた味と少し違ったから、びっくりしただけだ」
「……なら、いいンだけど」
まだ心配そうに見上げている竜馬に向かって、さらにひとつ食べてみせる。
「うん、美味しいよ」
にっこり笑う。それが見慣れた笑みで無理が透けて見えるようなものでないから、竜馬は詰めていた息をようやく吐き出した。達人が目を細める。
「お前にもらえると思ってなかったから、余計にびっくりした」
「……悪かったな。ガラじゃなくて」
つん、と声音も唇も尖る。嫌みではないとわかっている。ふたりだけの距離だから通じる、素直さにほんの少しだけからかいが混じった言葉だった。同じように明るく返そうと思っていても、どうしてか反射的に拗ねてしまう。そんな竜馬に、達人はいつも優しかった。
「嬉しいよ」
左の頬に達人の唇が触れる。
あっという間に赤くなった肌に、もう一度キスが贈られた。
「竜馬」
瞑られた目蓋に力が入る。数えきれないほどキスをしているのに、未だに緊張してしまう。強張った唇に達人の熱が触れた。
「——」
唇が合わさるだけの可愛らしいキスが終わり、ゆっくりと達人が離れる。
次の瞬間。
竜馬がハッと気づく。
「酒臭え」
「どうした?」
達人はにこにこと笑いつつ、ひょい、とまたチョコをつまむ。
「おい、それ寄越せ」
言うなり手を伸ばし、チョコを口に放り込む。
「ンんっ⁉︎」
そして、先程の達人とまったく同じように身体をぴくりとさせ、固まった。
「な、美味しいだろ」
達人が覗き込む。
「——んぐ」
喉が動くと、竜馬の顔が険しくなった。
「達人、このチョコはダメだ」
「あ、何するんだよ」
「いいから」
「竜馬、おい」
「あとで別のモン持ってきてやるから、これはちょっと返してもらうぜ」
残り一個になっていたチョコを奪い取り、口の中で物理的に処分する。
「竜馬、どうして」
「酒が入ってる」
「うん、入ってたよ」
「ンな笑って言うモンじゃねえだろ。おめえ、酒ダメだろが」
売店で見本をレジに持っていき、酒が入っていないかちゃんと確認した。そのうえで見本の下に積まれていた包装済みのものを買ってきたのだ。たぶん、見本か売り物の一部が別の商品と入れ替わっていたのだ。
不可抗力とはいえ、まずいことをした。
「おい、水飲ンどけ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃねえ。おめえ、ちっと飲ンだだけでも酔っ払って次の日も頭痛えとか言ってたろ」
「……うん」
「待ってろ、今持ってく——」
背中を向けた途端、後ろから抱きすくめられる。
「竜馬」
右肩に重みを感じた。そこから吐息と、甘えるような声が落ちてくる。
「竜馬」
「……酔っ払ってンな」
ふう、と息をつく。悪いことをしたと思う。一方で、こういう不意打ちを嬉しいとも思ってしまう。右手を上げて、達人の頭を優しく撫でる。
「竜馬……、行くな」
「そこから水持ってくるだけだ」
「ん。でも離れるな」
「しょうがねえな。なら一緒に——おい、歩けよ」
「やだ」
「やだって、おめえ」
「水じゃなくて竜馬がいい」
「俺は水じゃね——」
くるりと身体を回されて、達人と向き合う。いつも朗らかだけれども、今は一段とその表情がゆるんでいた。
「あー……、達人」
「何だ」
「うん、もう寝ようぜ」
「寝る?」
「ああ。おめえ、すげえ酔ってる」
チョコの中にはウィスキーが入っていた。それを立て続けに四個も食べた。達人がどれだけ酒に弱いのかは知っている。無理はさせたくない。
達人は不思議そうに竜馬を見つめる。
五秒、十秒と過ぎる。
変わらぬ状況に竜馬が「達人」と口を開こうとしたときだった。
「そうか、わかった」
へにゃりと倖せそうに達人の表情が崩れた。
「一緒に寝よう」
「へっ?」
竜馬に抱きつく。
「あっ、おい、こら」
みっちりと筋肉のついた成人男性を軽々と抱き上げ、ベッドに連れ込む。
「ほら、着いたぞ」
「わっ」
ぼすん、と竜馬の身体がベッドの上で跳ねた。体勢を立て直す間を与えず、達人が覆いかぶさる。
「竜馬」
「う、わっ」
「——竜馬」
キスが容赦なく降り注ぐ。
「なっ、ンっ……てめ、ん……っ」
「竜馬、可愛い」
「は、あ……っ、ンっ」
がっちりと押さえ込まれて身動きが取れない。
「甘くて、いい匂いがする」
「そ、それ、チョコ……食った、から……、ん、あ」
「そうだ、最後の一個、返してもらうぞ」
「っ!」
舌が差し込まれた。強張る竜馬の中をさらりと撫でていく。
「ん、竜馬の味」
「…………ばか」
赤い顔で睨む竜馬に微笑み返す。
「竜馬、しよう」
「え、し、しよう、って……?」
「決まってるだろ」
白衣が脱ぎ捨てられる。笑顔だけれども、その奥にある目は座っていた。竜馬の左耳に唇が寄せられる。
「……エッチしよう」
「ン⁉︎」
甘い低音と吐息がかかる。竜馬の内側にぞくぞくとした電流が走った。
「な、しよう。……りょうま」
「……ッ!」
嬌声が溢れ出てきそうで、咄嗟に唇を結ぶ。
「……っん、ン!」
熱い息とキスが耳から頬、首筋へ伝い落ちていく。竜馬は必死に目を閉じ、達人にしがみついてこらえた。
「竜馬」
再び唇にキスをされる。まだ混乱が残っているのにその下から嬉しさと気持ちよさが込み上げてきて、もう身を任せるしかできない。
「ン、む……っ」
達人の口づけが深くなる。先刻の軽やかさとは異なり、身体の奥をこじ開けては煽るように舌が動く。
「ふ……っ、ン、……んぅ……っ」
竜馬がひくひくと震える。
「……りょうま」
「あ……、た、たつひ……と……」
瞳はすでにとろけて、達人しか映っていない。続きを求めて喘ぐ唇はふたり分の劣情で濡れていた。
「その顔……、たまらないな」
ぺろ、と舌舐めずりをして、達人はさらに竜馬を堕としにかかる。
「あっ」
胸の先にキスをくれて——。
「んあっ!」
ちゅ、と軽いリップ音のあとで布地ごと左の乳首を口に含んだ。
「や、あっ、そ、それ、ンっ!」
達人の舌がべろりと舐め上げる。竜馬の腰が浮く。
「ん、気持ちいいか?」
「あっあっ、ん、……あっ」
反応に合わせ、舌先が器用に乳首を弄ぶ。そのたびに竜馬からは浮ついた声が零れ、瞳は熱に揺れた。
「そ、それ、ひっ——あ、だ、だめ……っ、ああぁっ」
「ここ、いいのか?」
なぶり上げて吸いつく。竜馬の身体が跳ねた。
「……このくらい、強いほうが好きだったのか?」
達人の指が右の乳首をぎゅっとつまみ上げる。
「んあッ!」
「な、竜馬」
タンクトップ越しに乳首を指の腹で刺激する。無理強いではないが、いつもの優しさに少しだけわがままな強さが乗っていた。それが竜馬の欲を刺激する。
「竜馬、好きだよ。大好きだ。……ん、可愛い」
「あ、あっ、き、気持ち、い……っ、や、だ……!」
「んっ、気持ちいいなら、いいだろ?」
大きな手がタンクトップの裾から侵入してくる。
「んはっ! あ、んッ」
うねる腹筋をなぞり、脇腹を撫でていく。布が押し上げられて肌が露わになった。
「ここ、消えそうになってる」
「え——ひゃあっ⁉︎」
達人が左の脇腹に吸いつく。
「あっあっ」
「……ほら、またついた」
数日が経過して薄くなっていたキスの痕に再びくっきりとした輪郭が与えられた。
「今日はどこにつけて欲しい? キスマーク」
「ああ……っ、あっ」
達人の熱が肌をくすぐる。
「……竜馬」
「たつ……ンッ……んんっ」
キスで声を封じられる。いよいよ何も考えられなくなって、竜馬は達人の首に抱きついた。そこが疼いて、自然に脚も絡みつく。応えるように、達人が腰を軽く押しつけた。
唇が再び下へ向かう。顎から首、鎖骨、それからまた、胸の先へ——。
竜馬はうっとりと目を閉じ、その先を達人に委ねた。
「……ん?」
時が止まる。
「え…………、あ?」
熱の移動も止まっていた。代わりに、ずっしりとした重みを感じる。
「たつひと……?」
そうっと目を開ける——達人は竜馬の胸元に頭を預け、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「は? え?」
思わず声があがる。
「お、おい、達人? 達人……っ」
身体を揺すってみるも目覚める気配はまったくなかった。
「…………」
やがて、
「…………くくっ」
戸惑いの形だった口元がゆるむ。
「おい、達人! ったく、しょうがねえなあ」
ぎゅうっと抱きしめ、思いきり達人の匂いを吸い込む。そのあとで右半身を起こして達人の身体を反転させた。
「おめえ、誘っといてそれかよ」
体位を入れ替え、上から見つめる。
「なあ、達人」
当然、返事はない。上体をよじ登り、耳元に近づく。
「どうしてくれンだよ。勃っちまったじゃねえかよ」
文句を投げかけられても、その寝顔は平和そうだった。竜馬は小さく笑って、達人の頬にキスをする。
「……悪かったな」
途中になってしまったのは正直残念だった。だが元が元だっただけに、仕方がない。
気を取り直してベッドを降りる。水を用意し、もう一度呼びかけてみるが駄目だった。
「ここに水、置くからな」
かすかに「うん」と聞こえたが、それだけだった。顔色は悪くないし、呼吸も問題ないように見える。このまま少し休ませても大丈夫だろう。サイドテーブルにコップを置くと、竜馬は達人に跨った。ネクタイを外してベルトを引き抜いて、それから靴も脱がせる。
「しねえのに脱がせるって、ヘンな感じだな」
ワイシャツとスラックスはうまく脱がせられる自信がなかったのでボタンを外すだけに留めた。それでも苦しくはないだろう。
「これでよし」
達人の隣に寝転がる。
横から寝顔を見る。それから肘をついて上体を起こして。
さらには達人の胸に顎を乗せて、間近から。
真面目で頭がよくて、タフで射撃の腕も抜群。けれども堅物ではなく、明るくて優しいうえに茶目っ気があって——たまにダジャレは滑っているけれど——、気配りもできる。だから人気者で、所内のどこに行っても「達人さん」と声をかけられる。
「……たつひと」
唇を人差し指でつついてみる。
柔らかい声で竜馬を「可愛い」と言う。恥ずかしいからやめろと言えば、「照れてる竜馬も可愛い」なんて返してくる。
「……」
こんなことを言ったら、達人は気を悪くするだろうか。
けど——。
実は結構なうっかり屋で、靴下の片方が裏返しになっていたり、クリーニングのタグを外し忘れたまま服を着ていて、仕事が終わるまで気づかないことがある。シュークリームが大好きで、竜馬のほかに人の目がないときは思いきりかぶりついて、幼い子供のように口の周りに粉砂糖をつけている。それに、膝枕をねだってきたり、おはようとおやすみのキスをせがんできたり、割と甘えん坊なところがある。
今夜だって。
酔っ払って見せたふにゃふにゃの笑顔を思い出す。
——達人だって、可愛い。
竜馬の顔が自然にほころぶ。寝顔ですらこんなふうに心をあたたかくさせる。もっと見ていたいと、傍にいたいと素直に思う。
だから今夜のことは申し訳なさもあるが、普段と違う達人が見られて嬉しかった。
明日、どのくらい覚えているのだろうか。いつもよりちょっと強引に迫ったこと、いいところで寝てしまったことを思い出したら、どのくらい慌てるのだろうか。
竜馬をからかう達人のように、「おめえ、俺のこと大好きでたまらねえンだな」と、そんな口を利いてみたい。達人はどんな反応をするだろうか。できるなら竜馬と同じく唇をつんとさせて、「しょうがないだろう」なんて拗ねてみてくれないだろうか。
きっと、可愛い。
「達人。……俺も、大好きだぜ」
竜馬は飽くことなく、ずっと達人の寝顔を見つめていた。