歪はいつしか円に向かいて

新ゲ

訓練前、待機室でゲットマシンの整備を待ちながら会話をする隼人と弁慶のお話です。
話すのは弁慶がメイン。仏様のお話から発展していきます。竜馬は博士に呼び出されていて不在です。4話辺りの、まとまりきらない3人について。視点は隼人寄りです。
約3,500文字。あとでpixivにもあげます。

◆◆◆

 知っているか、と水を向けられ、隼人は「知らんな」と素直に返した。自分にとって必要なもの、役に立つことなら知っている。仏に関する知識など、無縁の最たるものだった。
「そうか」弁慶の表情が輝く。隼人は内心「しまった」と舌打ちをした。
 弁慶とふたり、ゲットマシンの整備待ちでパイロットスーツのまま待機室に詰め込まれている。竜馬は早乙女博士に呼び出されているし、必然一対一になる。逃げ場がない。興味のないことをくどくどと展開されるのか、とわずかに身を引く。弁慶はその様子には気づかず、自分の手のひらを使って話し出した。

 仏の手にはいわゆる水かきがある。これは衆生しゅじょうを漏らさずすくい、あまねく救済を与えるためにあるものだ。

 想定していたよりもあっさりとした説明に、構えていた隼人は肩透かしを食らう。
「もう終わりか」
 そう、口を衝いて出てしまった。
「ははっ、これ以上長くなると俺が保たねえ」
 弁慶はつるりとした頭を撫で回す。人によっては嫌みと受け取るだろうに、大らかと言えばいいのか。たとえば竜馬なら「あ? だったらどうなんだよ。文句あっか」とまくしたてるだろうが、弁慶は妙に照れくさそうに、巨体を揺すって笑う。こういうところがいわゆる「憎めない奴」の部類なのかもしれなかった。
 隼人が表情を変えずに考えていると、弁慶が「それでな」と続けた。
「俺はよう、水かきはねえが、手は大きいんだ」
 視線をやろうとした矢先、両の手を突き出された。ぐばっと十指が広がる。確かに片手だけで団扇くらいはありそうだった。メロンどころか、大玉の西瓜も難なく掴めそうだった。
「な、大きいだろ。それに、腕も長いし身体も大きい。力も強い。だからな」
 話の行方がわからなくて、隼人はつい耳を貸す。
「お前らふたりくらい、受けとめられる」
「……受けとめる?」
 思ってもみなかった言葉に、隼人はまじまじと弁慶を見やった。黒々とした特徴的な眉と大きな目はキリッとしていて、ふざけているようには見えなかった。
「竜馬は——あいつは前しか見てなくて、周りはお構いなしに無茶苦茶やりやがる。おかげでこっちは振り回されて、いい迷惑だ」
「……まったくだ」
「だろ?」
 弁慶は我が意を得たり、と頷く。
「ちょっと言ったところで聞きやしねえ。一発ガツンとお見舞いしてもよ、次になったらあいつケロリとしてまたひとりで暴れ始める」
 隼人も苦々しく思っていた。何度となく指摘したけれども改まりはしない。せめてもう少しこちらに歩み寄ってくれれば——あの竜馬がすんなり従うとも到底思えないが——もっと余裕を持ちながら無駄を省いて闘えるのに。
 しかしそう思う一方で。
「けどよ」
 耳に届いた逆接にどきりとした。心を読まれたかと一瞬、隼人の目が泳ぐ。
「ああいう闘い方も必要なときってあるよな」
「…………ああ」
 正攻法だけでは埒があかない場合がある。考えるより先に手を出し続けなければ勝機を逸することもある。未知を相手にするには定石を手離す必要もあった。固執すれば、破滅しか残らない。だから竜馬のような存在は時には必要だ——あくまでも時には・・・・
「だが、闇雲に暴れりゃいいってものじゃねえ」
 隼人の声に刺が滲んだ。弁慶が苦笑する。
「そうだよな。……何であいつ、あんなに頑固なんだろうな」
「さあな」
「自分ひとりで何でもできる、邪魔するなって感じだもんなぁ」
「……」
 最初は、単に手に入れた玩具を得意げに振り回しているだけだと思った。だが見ているうちにどうも違う気もしてきた。闘いを好んでいるのは間違いない。すぐにカッとなる性格も単純このうえない。
 しかし、いつも決着を急いでいるようにも思えた。個々の戦闘も、この闘いそのものも。
 何を目指しているのだろうか。竜馬はいったい、何を目的にゲッターに乗っているのだろうか。
 いや、と隼人はすぐに打ち消す。きっと考え過ぎだ。竜馬は誰が、何が相手だろうと、後塵を拝するのがただ耐えられないだけ——。
 そう納得させる。現に朝の訓練でも「俺にやらせろ」とひとり好き勝手をしたために、こうしてゲットマシンの負荷の確認と調整が必要な羽目になったのだ。
「あいつ今頃、博士にこってり絞られてんのかな」
 竜馬の拗ねるようなへの字口でも思い浮かべたのか、弁慶が小さく吹き出した。
「これで少しは懲りりゃあいいけどよ。でも竜馬だからなぁ、これからもきっとあのまんまなんだろうな。まったく世話が焼けるぜ」
「鬼以上に厄介かもしれんな」
「はははっ! 確かにそうかもな」
 弁慶が豪快に笑う。正直、笑い事ではない。振り回されるのは不愉快だった。
 いずれにしろ、はやる竜馬を抑える必要がこれからも度々あるだろう。一蓮托生の身となっては仕方がない。少々うんざりしつつも、あの手の負けず嫌いは煽り方次第で役に立つと気を取り直す。そこへ、弁慶の奇妙な科白が降ってきた。
「——だからよ、落ちそうになったら、つかまえて引っ張り上げてやらないとな」
「……何?」
 落ちる・・・
 いったい、どこに落ちるというのか。
「あのな」
 目が合った。ひと呼吸の間を置いて、穏やかな、それでいてしっかりとした声が流れ出る。
「自分の力に夢中になってると周りが見えなくてな、立っている場所がわからなくなるんだ。大きな穴があったり、崖っぷちになっていてもわからねえ。だからそのうちストンと落ちる。簡単に『あっち側』に落ちて行っちまう。……あいつ、何だか危なっかしいんだよな」
 抽象的だったが、言わんとしていることはわかった。
「……『あっち側』か。なかなかうまいことを言う」
 一線を越える。戻れない境。
 かつての自分も落ちる寸前だったかもしれない、とふと思った。社会的、道徳的にはとっくに道を踏み外していた。油断はしていないつもりだったが、計画の失敗、部下の裏切りなどによっていつ落ちたとしても——隼人の場合は「死」が向こう側だった——不思議ではなかった。
「まあ偉そうに言ったけどよ、元は俺が和尚様から言われたことなんだけどな」
「そうか」
「俺も自分が一番強くて偉いんだ、何してもいいんだって思ってたときがあったからよ」
 そういう意味では、三人は似た者同士なのかもしれなかった。
 隼人は時計を確認する。予定ではあと五分、整備にかかる。まだ時間があった。
「……ところで」
「ん?」
「俺はどうなんだ?」
「どうって?」
「お前が言っただろう。『ふたりくらい』と」
「え——あ、ああ!」
「自分で言っておいて、それか」
「悪い悪い」
「俺も、どこかに落ちるか?」
 薄い唇を自虐的に歪ませて、隼人が訊ねる。
「お前は……隼人は周りを気にし過ぎる」
 しかし、意外な言葉が返ってきた。
「——俺が?」
 冷血漢だのひとでなしだの、狂人だのと言われたことならある。だが、そんなふうに評した人は誰もいなかった。
「おまえはいつも竜馬を気にして、周りを確認して、博士からの指示も守ろうとする。竜馬とは違った意味で、ひとりで全部やろうとする」
「必要だからだ」
「お前、テロリストの親分だったんだろ?」
「まあな」
「お前のことだ。きっと今と同じように、全部やってたんだろ? 計画立てるとか、必要なもん集める指示出すとか」
「当然だ」
「それって……部下はいても、仲間はいなかったってことじゃねえのか」
「——」
 再び、かつての自分がよぎる。
「ひとりは、つらいよな」
「…………だから、周りを気にすると?」
「信じて任せられる人がいないから」
 弁慶の言葉はちくりと隼人の心を刺した。不意に訪れた胸の痛みに、隼人は困惑する。
「……ひとりは、寂しいよなあ」
 やけにしんみりと聞こえたのは、自分自身へ向けられていた言葉だったからかもしれない。
「だからよ、隼人はもっと、力を抜いてやればいいと思うぜ」
「……生きるか死ぬかを、か?」
「まあ……そういうことになるのかな」
 弁慶は坊主頭を撫でて肩を揺らした。
 目の前の大男は何を言っているのだろうか。肝が据わっているのか、はたまた竜馬以上の考えなしなのか。
「……」
 坊主になる前は手のつけられない暴れ者だったというが、こうしてとっくりと見てみれば、なかなか愛敬のある顔だった。毒気のないその表情を見ているうちに、さっきまで小さく疼いていた痛みは消え、代わりに胸の内側から素直な笑いが込み上げてきた。
「ずいぶんと簡単に言ってくれるな。それで死にそうになったらどうしてくれる」
「助けるさ。だって、仲間だろ」
 事も無げに弁慶が言う。
「……仲間……か」
 生まれて初めて聞くような響きだった。
「そうだろ? 俺がいつでも、後ろにいるからさ」
 弁慶が腕を広げてみせる。自分で言うだけあって、竜馬と隼人をしっかりと抱きかかえられるほどの、たくましい腕だった。
「な?」
 堂々と胸を張り、弁慶が人懐こく笑った。