真夜中ロマンス

ネオゲ隼號

ピクスクで開催のネオゲ隼號WEBオンリー『8月5日は隼號の日! 2』参加作品です。
真夜中に見回りをしている隼人と、眠れない號君がばったり出くわすお話です。キスまで。約7,000文字。

【注意書き】
・まだ恐竜帝国と決着はついていません。
・ネーサー基地内でのお話。
・少しだけ號君が過去の出来事を思い出してつらそうにするシーンがあります。
・隼號、つきあってはいるけど多忙、闘い優先でのんびりデートやお泊り旅行はまだお預け中。することはしてるけど、ふたりきりの時間もなかなかままならない状況です。

◆◆◆

 ゲッター線が妙な夢や幻覚を見せるのはわかっていた。だがネーサーここでは違う。プラズマエネルギーのせいではないのは明白だ。
 となると。
 隼人は首を傾げ、考える。
 自分の脳内が作り出している幻影だ。自覚しているよりもずっと疲れているらしい。現に號は普段なら絶対に飲まない缶コーヒーを手にしている。しかもブラック。
 確かに会いたいと思った。悪夢よりは百億倍もマシだが、こんなにもはっきりと見えるものだろうか。昼間なら白昼夢と呼ぶのだろうが、こんな深夜の場合は何と呼べばいいのか。
 嬉しさよりも疑問が募る。號の表情は驚きから人懐こい笑顔に変わっていく。都合が良過ぎる。やはり悪夢で、三秒後には愛嬌に満ちた顔がパカリと割れて、下からハチュウ人類が現れるかもしれない。
 まったく、逢瀬もへったくれもない。どうせならもっとロマンチックにいきたい。いや、自分たちには似合わない——次から次へ、ぼんやりと浮かんでは消える。そんな思考の隙間を縫い、
「よっ」
 と、軽快な声があがった。あざやかな笑顔を目にした途端、心に細波さざなみが押し寄せる。鼓動が一段、高くなった。
「……號」
 胸の奥に灯る熱で、これは現実なのだとやっと把握した。
 呆けたていで名前を呼ばれた本人は、普段と様子の違う隼人を不思議そうに見る。
「神さん?」
 すぐの返事はない。號の全身が緊張する。
「神さ——」
「いや、大丈夫だ」
 駆け寄ろうとする號を手で制し、ようやく隼人は表情をゆるめた。
「幻覚だと思った」
「へ?」
「疲れ過ぎて、お前の幻を見ていると思った」
「疲れす……」
 一瞬きょとんとして、號の身体から緊張が抜けていく。
「なぁんだ。どっか悪いのかと思って、ビックリしたぜ」
 ふうっと息を吐き出してから笑った。
「驚いたのはこっちのほうだ」
「だろうな。神さんにしちゃマヌケな顔してたぜ」
「まさかこんな時間に、ここでお前に会うとは思わないだろ」
 腕時計を確認する。もうすぐ深夜三時という頃合いだった。
 性質上、基地は眠らない。だが昼間に比べれば稼働の規模は小さくなる。パイロットは夜間訓練もあるが、基本的に日勤扱いだった。いつもなら、號はぐっすり眠っている時間帯だ。
「まあ、な。ちょっと目が覚めちまって」
 太い眉が少しだけ下がる。どうやらあまり触れて欲しくないらしい。問題さえ起こさなければ、部屋に戻ったあとの行動をとやかく言うつもりもない。隼人は「そうか」とだけ軽く言い、追及はしなかった。
「神さんは?」
「気分転換に見回りしていた」
「何だそりゃ」
 號が吹き出す。
「気分転換はわかるけどよ、見回りか」
「おかしいか」
「そりゃあ」
 大きな目がくるりとこちらを見る。
「見回りも仕事だろが。仕事の合間に仕事して、それで気分転換になんのかよ」
「ああ、そういうことか」
「『そういうことか』って……なーんか、他人事ひとごとみてえ」
「いや、もうずっとこんな生活だったから」
 もっと大変な時期があった。それに比べれば、まだ限界ではない。
「まあ、部屋にこもって味気ない書類仕事を延々するよりは、見回りのほうがよほどいい。仕事だとしてもな」
 職務を全うせんと働く皆の姿は、隼人の心を奮い立たせる。まだやれる、やらねば、と背筋が伸びる。
「俺だけ疲れたの何だのと言ってられないからな」
 もしかしたら、力を分けてもらいたくて徘徊しているのかもしれなかった。號が下から覗き込み、溜息をつく。
「ったく。……『休むのも仕事のうち』って言われねえと、ゆっくり休みもしねえんだろ」
 しょうがねえな、と続く。からかいとあきれに縁取られてはいるが、心配する優しさも潜んでいた。
「休んでられないってのはわかるけどよ。でも、ぶっ倒れちまったらみんなが困る」
「大丈夫だから安心しろ」
「その顔で言われても説得力ねえんだよなあ」
 號は自分の目元を指差し、それから隼人の目元を指差す。察した隼人が苦笑した。
「自覚はあるみてえだな」
「まあな」
 濃いクマが浮き出た肌を撫でる。かさついた感触がした。
「そんなんじゃ、せっかくの男前が台無しだぜ」
「……俺は男前か?」
「クマが取れたらな」
「今は?」
「ヨレヨレにくたびれた、ただのオッサン」
「言うじゃないか。まあ、事実ではあるがな」
「元はいいんだからよ。ちゃんと食って、ちゃんと寝ろよ。そうしたらいい男のまんま、もっとバリバリ働けるだろ。な?」
 諭すように言う。これではどちらが上官かわからなかった。
「……ああ、そうだな。なるべく気をつける」
 実際は、時間なんていくらあっても足りない。仮眠する間も惜しい。けれども気遣いが嬉しくて、隼人は素直に頷いた。
「そーそー。部下の意見をちゃんと聞いてこそ、いい上司ってなもんだ」
 號の白い歯が零れた。
「……んで、見回りって?」
「ああ」
 食堂に行って、整備室に行って、格納庫に行って——。
 隼人は見聞きしたことを教える。
「来週から新メニューが出るらしいぞ。頼まれて試食したがな、美味かった」
「敷島博士が言っていた例のミサイルは、誘導装置の最終テストがまだ済んでいない。装備は予定より少し遅れるだろう」
「格納庫奥の倉庫にタヌキが住み着いてるらしい。外に放したほうがいいから、手の空いたときに捕獲を手伝ってやってくれないか」
 號はひとつひとつに相槌を打ち、勢いよく返事をする。
 堅苦しい業務連絡とは違う。緊張を崩せない指揮とも、政府との陰鬱な交渉とも異なる。気兼ねなく話せる相手との何気ない時間がただ心地よかった。さらい出すのも億劫で堆積するに任せていた疲れが、溶けてどこかへ消えていくようだった。
「あとは? どこ見回りしたんだ?」
「あとは——これで全部だな」
 本当はパイロットの部屋がある区画まで足を伸ばした。会えないとわかっていても、號の傍まで行きたかった。それは「見回り」ではなく、ごく個人的な感情から生まれた行動だったから、隼人は口をつぐんだ。
 嘘はついていない、と心の中で言い訳をしながら。
「それで、お前は?」
「え、俺?」
「何かあったのか」
「——何も」
 いつものように號は笑う。
 だが一瞬の間が「違う」と隼人に教える。
 さっきは単に夜中にうろついているところを見られて気まずかったのだと思った。しかしそうではないらしい。
「そうは見えないがな」
 さりげなく視線で探る。わずかに息を呑む時間が生まれ、そのあとで「どこが?」と返ってきた。平静のようでいて、どことなくうわずっている。やはり違和感があった。
「そうだな。まず第一に」
 隼人は天井を指す。
「お前の部屋は三フロア上」
 職員の居住区域とは別で、パイロットの部屋は格納庫と同じ棟に造られている。
「遠くはないが、かといって夜中にぶらつくには少し距離がある」
 自動販売機も各フロアにあるし、狭いながらも休憩スペースは二フロアごとに設けられていた。自室以外の場でも、ひとりになれる場所はいくつもあった。
「第二に、お前、普段からコーヒーは飲まんだろう。しかもブラックときた」
「……」
「第三は、俺の勘」
 ぴり、と號の頬に緊張が走ったように見えた。
「じっとしていられなかったんだろう?」
 さっきまでの自分がそうだった。すり減った己を感じて、居ても立ってもいられなくなった。どうにかして心を元の形に戻したくて、あちこちをさまよった。
 もしかしたら、號も——。
「……どうだろうな」
 號が手すりに近づき、広い格納庫をゆっくりと見渡す。
「あったって言やぁあったし、何でもねえって言ったらそうだし」
 隼人は傍らに立ち、同じように格納庫を眺めた。一日の訓練とメンテナンスを終えたゲットマシンが、次の出動に備えて密やかに待機している。
「無理に言わなくてもいいさ」
 身体を反転させ、手すりに寄りかかる。
「ただ、思考の整理をしたり心を落ち着かせたいなら——聞き役が必要なら、立候補するぞ」
「……それって、上司として?」
 號が丸い目で見上げる。
「それとも……恋人……として?」
 恋人、のところで視線が揺らぎ、言い淀む。普段は遠慮がないくせに、ときどき甘えてもいいのか確認してくる。気遣っているのか、照れているのか。
「お前が望むほうで」
 聞くと號はもっと目を丸くして、それからくしゃりと笑った。
「それ、ずりぃ」
「何がだ」
「だってよ」
 愉快げに空気が揺れる。笑い声に嬉しさが滲んでいた。
 ひとしきり笑ったあとで、號の眼差しがふと遠くなる。隼人はその先を追う。格納庫の端よりももっと向こう、この基地を飛び越えて、夜の真ん中を見つめているようだった。
「……夢を……見たんだ」
 ぽつりと落ちる。
「夢?」
「ああ。あんま、楽しくねえ夢」
 そこで途切れる。口が真横に引き結ばれた。
「……」
 眉根が一瞬、きつく寄る。一文字だった口元が歪み、手すりを握っていた指の関節が白くなる。
 どんな夢か、隼人は訊ねない。ただじっと待つ。
「だから」
 かすれた声はわずかに震えていた。隼人は一歩近づき、寄り添う。
「だから……」
「部屋にいたくなかった?」
 號がぎこちなく頷いた。
「……前よりはずいぶんマシだけどな。まだ、夢に見ちまう」
 はあ、と震えが混じった息が吐き出される。それは隼人にも覚えのある経験だった。
 眠れない。脳内で勝手に記憶が再生され続けて、感情を抑えるのが難しくなる。かと思えばあらゆるものが抜け落ちていくようで、何かを考えたり感じることが難しくなる。眠れるようになっても、悪夢を見る。そうして、言いようのない孤独と喪失感に苛まれる。
 忘れようとしても忘れられない。過去には戻れないし変えられない。だから、這いつくばってでも前に進むしかない。
「……號」
 苦しさを知っているからこそ、慰めでも励ましでも、號が望むものを差し出してやりたかった。隼人が手を伸ばそうとした瞬間、
「——大丈夫」
 はっきりと聞こえた。
「もう、大丈夫だ」
 一際大きく息を吐き出すと、號の表情はいつも通りの明るさを取り戻していた。少しだけ縮こまって見えた背中もシャンとしている。
「……そう、か」
「何か、悪かったな。ヘンなとこ見せちまった」
 ばつが悪そうに鼻の頭をかく。
「神さんが優しいこと言うから」
「どうせなら、もっと甘えてもよかったんだぞ」
「へ」
「何せ今は恋人だからな」
「……」
 號は自分の御し方を知っている。ぶれない強さを頼もしく思う一方で、そうならざるを得なかった運命に胸が痛む。今は何もかもをひとりで抱え込む必要はない。だからもっと頼って欲しかった。
「……神さんって」
 號がちろりと見上げる。
「いっちゃん最初に会ったときは『地獄を見せる男だ』とか言ってたクセに、ずいぶんな変わり様じゃねえか」
「——」
「釣った魚には、ちゃんとエサをやるタイプってか。へへっ」
 言葉に詰まった隼人に、満足げに笑ってみせる。
「俺、あの・・神さんに心配してもらってる」
「最近、忙しくて構ってやれてないからな」
「だから罪滅ぼしにってか」
「そういうわけでも、ないが」
「ふうん?」
 笑みを含んだ視線から目を逸らす。それでもくすぐったさを肌に感じた。
「あー、その、何だ。……そう、お前が寂しいかと思って」
 言ってから、歯切れの悪さと科白のチョイスに困惑する。かといって「ああ、いや、これはだな」と始めると、たぶん収拾がつかなくなる。からかわれる覚悟を決めると、意外にも號はおとなしかった。
「寂しいっていうか……ちょっとつまんねえっては思うけど」
「……そうか」
「でも、神さんは忙しいから仕方ねえだろ」
「ずいぶんと聞き分けがいいな」
「だってよ、ワガママ言ったってしょうがねえじゃねえか」
「ああ」
「だろ? それとも何か、『仕事とワタシ、どっちが大事なの〜』とか拗ねて欲しいか」
 裏声を使い、突然おどけてみせる。唇をつんと突き出した茶目っ気のある表情につられ、隼人が吹き出した。
「『ねえ神さん〜! こっちはマジメに訊いてるの!』」
「ふっ——ははっ」
「へへっ。なぁ、もしそう訊かれたら、神さんは何て答える気だ?」
「俺か? 俺は……」
 薄紫の瞳が、號の姿をつかまえる。號はまばたきもせず、隼人を見つめ返す。

 ——俺は。

 やっと見つけた、三つ目の希望だった。希望は、どの一片も欠けさせてはならない。
「俺は——」
 言葉を紡ごうと息を吸い込む。
「神さんは」
 隼人よりも早く、號が発した。
「全部だろ」
「……」
「全部、大事。ネーサーここも、日本も、世界も。翔も、剴も——もちろん、俺も」
 自信たっぷりの笑顔が眩しかった。喉が締まって、うまく声が出てこない。隼人はかろうじて「ああ」と押し出した。
「だからそっちが引け目感じることなんてねえのに」
「ああ……そう、だな」
「けど、そういう神さんも好きだぜ」
 ——號。
 胸の中が熱くなる。
 癒されて、慰められたのは隼人のほうだった。
 號といると、心の奥に押し込めた様々な感情が湧き上がってくる。今はまだ仮初めであっても、この平和なひとときを一秒でも長く享受していたかった。

「ところで、飲まないのか」
 そう言われ、號は思い出したかのように手の中の缶コーヒーを見る。
「ああ……、どうしよっかな」
「俺のと取り替えるか?」
「取り替えるって——あ」
 隼人の右手がズボンのポケットから出てくる。號が思わず声をあげた。
「それ」
「お前がコーヒーなら、俺はこれだ」
 號がよく飲んでいる炭酸飲料だった。
「めっずらし」
「お互い様だ」
 隼人は苦笑し、缶を差し出す。號は「そんなら」とコーヒーと交換した。
「カフェオレならまだしも、ブラックコーヒーとはな」
「何かよ、無性に飲みたくて。苦いのが意外とイケるかもって思っちまったんだよな」
「眠れなくなったらどうしてた」
「そんときゃ基地内走り回って、それから筋トレでもして朝んなるの待ってた」
「そうか」
「神さんは?」
「俺は……俺も、何だか急に炭酸が飲みたくなってな」
「へえ」
「たまには、そういうときもあるだろう?」
「……だな」
 號は手元の缶を見つめ、それから隼人の手に握られた缶に視線を移した。
「號?」
「ん……」
 何か言いたげに、しかしためらうように身体が揺れる。もじもじと繰り返して、ようやく口を開く。
「……ほんと言うとな」
「ああ」
「自販機の前で……神さんのこと考えた」
「俺のこと?」
「ん。……いっつも、これ飲んでるから」
 そういえば、と缶を見やる。ほかのメーカーのものもあるが、いつからか同じものを選ぶようになっていた。
「だから——」
 そこまで言って鼻の下を指でこする。それきり黙って、地蔵のように動かなくなってしまった。
 號、と呼びかけようとして、目の前の頬が赤くなっていくのに気づく。隼人の鼓動も速くなる。
 ——ああ、同じか。
 ふと號を感じたくなった。だから部屋の前まで行って、扉の向こうで寝息を立てているだろう號を思った。同じものに触れて、同じ景色が見たくなった。だから彼がよく飲んでいたものを選んだ。
 たかだか缶ジュース一本。隼人と同じように、號もそこまでこだわっていないのかもしれない。けれども、何気なくとも、そこにあるのが当たり前になっているもの——手の届く日常に號がいて、ひとりきりではないからこそできた選択だった。心が跳ねる。一方で、穏やかな凪も感じていた。
「コーヒーを見ていて、俺に会いたくなったか?」
 訊くと號の肩がぴくりと動いた。それから、口がへの字に結ばれて、そっぽを向く。
 肌の赤みがもっとはっきりとしてきて、耳の縁までもが色づいた。隼人の目が愛おしげに細められる。やがて、
「……まあ、な」
 もごもごと小さな声が聞こえてきた。
「なら、こっちを向いたらどうだ」
「……っ」
「せっかく広い基地内で会えたんだからな」
 示し合わせたわけでもない。自然に足が向いて、偶然に出会った。
「號」
 そろそろとこちらを見る。むくれたような顔つきは、照れているからだ。隼人の頬がゆるむ。
「ほら、乾杯」
 飲み口を開け、缶を差し出す。
 號はコーヒーと隼人を何度も交互に見つめ——いつものように笑った。
「乾杯」
 プルトップを開け、倣う。缶の縁が合わさってカチリ、と音が鳴る。
 夜景もディナーもない。ロマンチックな音楽も、歌も。號の短い髪の毛には寝癖がついている。格好も、ぶかぶかのTシャツにハーフパンツ、サンダル。隼人はクマも無精髭も蓄えて、くたくたのワイシャツ姿。靴にはどこでつけたのかもわからない機械油のシミがあった。ふたりとも正装とは程遠い。
 それでも。
 號が缶に口をつける。
「……こういうのって、何かいいな」
 じんわりと噛みしめるように言う。
「俺らっぽいよな。……夜中の逢引きにしちゃあ全然、色っぽくはねえけど」
 零れた笑顔が、まっすぐに隼人の胸に響いた。
 めかし込んだ號はきっと目を引く。だがどこまでも自然体で飾らない姿はもっと魅力的だった。
 だから、触れたくなる。
「そっちのほうがいいのか」
 距離を詰める。號がぽかんとした顔を上げる。その頬に触れる。
「え」
 肌を撫でると、戸惑いの声があがった。隼人はすかさず耳元に口を寄せ、ささやいた。
「お前が望むなら、もう少し色っぽい乾杯にしようか」
 唇が頬をかすめ、口元に迫る。
「じ、神さ——」
「どうした」
「だ、誰か見て……」
「誰もいないさ」
「けど」
 號の目が泳ぐ。眼下には格納庫。確かに人の気配はない。けれども誰がどう動くかなどわからない。ブリッジにだって今にも誰かが現れるかもしれない。
「なら、こうしよう」
 隼人は號と手すりの間に身体を割り込ませた。これなら、向こう側からは隼人の背中しか見えない。
 號の顔が真っ赤になる。

 深夜の偶然。恋人同士。十分だった。そこにキスが加われば、いつだってロマンスは完成だった。