知るは、倖せ

ネオゲ隼號

ピクスクで開催のネオゲ隼號WEBオンリー『8月5日は隼號の日!3』参加作品です。
本編後まもなく、同棲中のはやご。少しずついろんな隼人を知っていく號くんのお話です。約3,500文字。

【注意書き】
・ネーサーは諸々の事後処理のため当面名称据え置きで、隼人も指揮を執る立場として継続勤務の設定。
・ネーサー本部の近くに部屋を借りて同棲中。
・事に及ぼうとする寸前、隼人の携帯に仕事の連絡が入って中断します。
・ちゃんとハピエン。

◆◆◆

 邪魔が入るのは慣れている。
 けれども——と、號の唇が不満げに尖る。
 キスをして、舌先と指先で互いの熱を確かめ合いながらシャツを脱いで、「さあこれから」というときに携帯が鳴るのは結構こたえる。
 隼人のところにまで回ってくるのは、それだけ大事な用件だからだ。わかってはいる。それでも邪魔に感じてしまう。もちろん、隼人には絶対にそんな言葉を言わないけれども。
「ああ、そうだ。それは次の閣議で」
 ついさっきまで甘さの滲む声で號の名前を呼んでいたのに、もうエッジの立った声音になっている。瞬時に仕事モードに切り替わるのはさすがだった。
 號はベッドサイドに立つ隼人を見上げる。
 ルームランプのほのかな明かりとは対照的に、携帯電話のディスプレイから放たれる光量は相当なもので、隼人の横顔から首筋、肩口、胸の辺りまでの輪郭を拾い上げていた。筋肉の陰影がくっきりと見える。ゲッターロボの負荷に耐えるのは難しくなっても体躯のたくましさは未だ健在で、抱きしめられると號の身体はすっぽりと囲われてしまうのだった。
 隼人の肌に浮かびかけていた傷痕が溶けるように消えていく。號は恨めしげに見つめながら、剥き出しになった己の肌からも熱が放出され、少しずつ冷えていくのを感じていた。
 仕方がない。でも、残念。そう思ってはいけない。けど、寂しい。感情がぐるぐると胸の中に渦巻く。その力に引きずられるように睫毛が伏せられ、項垂れていく。
「その件だが——」
 ふと、隼人の声が途切れる。號が顔を上げると、視線がかち合った。
 恐竜帝国の脅威は去ったとはいえ、いわゆる「後処理」は山積みだった。この話も、きっと思考を全部傾けるような大事な話だろう。自分がいては邪魔になる。
 號は大丈夫、と言う代わりに小さく笑んで視線を外した。
 お湯を沸かして、何か温かいものを飲もう。そういえば、まだ開けていないポップコーンの袋があったはず。隼人は仕事に戻るかもしれない。もしそうなら、今夜は独り寝は勘弁だ。こういうとき、大きくて座り心地のいいソファを買っておいてよかったと思う。ゲームの続きをしようか。それとも映画にしようか。なるべく難しくないものがいい。いや、逆に小難しいほうがいいかもしれない。
 あれこれ考えながら回れ右をし、ベッドから降りようとしたときだった。
 くん、と身体が引っ張られた。
「……?」
 左腕が熱くなって、隼人に掴まれているのだとわかった。さらに軽く引かれる——まるで「行くな」と言われているようだった。
 振り向く。ディスプレイの明かりに照らされて、隼人の表情がはっきりと見えた。
 優しい眼差しだった。電話に応じる硬い声とは結びつかない。號の目が一瞬にして囚われる。
 隼人は號にだけ見せる柔らかな視線のままで再び会話を続けた。
「それは私が引き受ける。ああ、そうだ。明日、詳しい説明をしよう」
 奇妙な感覚だった。ネーサー内で見る「公」の隼人と、仕事を離れた「私」の隼人。両方が同時に存在している——特に「私」は、ふたりきりのときだけに現れる隼人が。
 もちろん、どちらも隼人だし、どちらの隼人も好きだ。けれどもこれは想定外だった。
 かあっと號の頭の中が熱くなる。別人格の、もうひとりの隼人が急に現れたようで、変にどぎまぎする。
 隼人がなおも手を引いて、わずかに顎をしゃくる。やはりここにいていいと、むしろいるように、と言っている。號は遠慮がちに頷き返し、おとなしく隼人の隣に座り直した。
 隼人の声が降ってくる。冷静に、的確に、次々と仕事を捌いていく頼れる声だ。迷いのない調子を聞いているうちに、跳ねた鼓動も落ち着いてくる。
 ——神さんの声、好きだな。
 淡々としているようで、深みがある。耳に馴染んで心地いいのに隙はない。凛とした声も、力強い声も好きだった。隼人の声で鼓舞されたら、やる気が何倍にもなる。
 いつもならたくさんの職員の気配と話し声、通信機からの音声、さまざまな機械音に混じって発せられる隼人の声だが、今はひっそりとした室内に響き、號ひとりだけがその音を聞いていた。
 ちら、と覗き見する。正面を見つめている瞳は、すっかり昼間の隼人に戻っていた。見慣れた、仕事中の隼人。
 ——格好は全然違うけど。
 ワイシャツ姿で真剣な表情をしている隼人は[[rb:様 > さま]]になる。たとえ徹夜続きでシャツがくたびれていても。
 その顔つきのまま、今は上半身裸という格好だ。ちょっと間抜けな気もするのだが、珍しい姿を特等席で見られるのは優越感があった。
 號は改めて隼人を見つめる。
「……」
 輪郭を目でなぞっていく。
 理性的で堂々としている。危ういときでも己を見失わない。経験と知識に裏付けられた自信と余裕があって、独特の風格がある。
 號の視線が何度も行き来する。飽きない。いつまでも見ていたい。独り占めしたい。
 ——今は、それができるんだよな。
 気づいたときには目で追っていた。姿が見えなくても、声で居場所がわかった。隼人の声で「號」と呼ばれるたびに嬉しくて、胸の中が騒がしくなって、頭の中が熱くなった。懸命に隠していたつもりが、いつの間にか隼人に伝わっていた。
 今は晴れて恋人同士だ。
 ——[[rb:恋 > ﹅]][[rb:人 > ﹅]]。
 その響きは特別で、胸の奥をじわりとあたたかくする。
 手を繋いで、デートをして、キスをして、夜を過ごして、隼人といくつもの初めてを経験した。無防備な起き抜けの表情も、首元がちょっとヨレたスウェット姿も、風呂上がりのリラックスした格好も知っている。ネーサーの皆が知らない隼人だ。全部、恋人だからこそ信頼して見せてくれる素の顔だ。
 それでもまだ、知らない隼人がいる。もっと、知りたい。
 號は自然と息を詰め、隼人の横顔に見入っていた。
 不意に隼人の瞳がこちらを向く。號は反射的に俯いた。
 ——やべっ。
 見惚れていたと気づかれただろうか。きっと、気づかれた。そう思うと顔が一気に熱くなった。じっとしていられなくて、號は肩をすぼめ、モジモジと身体を揺らし始めた。
 何かが號の髪に触れる。
「——」
 緊張に身が固くなる。動かなくなった號の頭を、その何か——隼人の手が優しく撫でた。
「…………ぅ」
 隼人の熱が伝わってくる。恥ずかしさと緊張でいっぱいの心に嬉しさが加わり、はち切れそうになる。そんな號の胸中を知ってか知らでか、隼人の大きな手は短い髪の毛をしょりしょりと弄んだ。電話の相手に状況を気取られたくないのもあって、號はじっと耐える。
 ——う、嬉しいけど、困る……っ。
 この状態が続くのはキツい、と思っていたところに、
「ひとまず、これでどうだろうか」
 と、終わりの兆しが訪れた。號は聞き耳を立てる。
「少しは安心して進められそうか?」
 はい、と明るい声が漏れ聞こえてきた。
「そうか。それならよかった」
 硬い声が和らぐ。つられて顔を上げると、ほっとしたような表情が目に入った。號もほっとする。心配事がなくなったのなら何よりだった。それから、この緊張感からも解放されるのなら。
「ああ。ではまた明日」
 微かに反響を残して隼人の声が途切れ、通話が終わる。室内に静けさと薄暗さが戻った。
「……すまなかった」
 目はすぐに暗がりに慣れて、本当に申し訳なさそうな表情の隼人を捉える。號は黙って首を横に振った。
 気にかけてくれるのは嬉しいけれども、隼人でなければ務まらない仕事をしているのだから仕方がない。感情をうまく制御できなかったとしたらそれは自分自身の問題なのだから、隼人が負担に思う必要はない。思って欲しくなかった。
 隼人の手が再び號の頭を撫でる。それから、ありがとうと言うようにポンポンと軽く弾んで離れていった。
 指先が遠ざかる。號は思わず手を伸ばした。
「號?」
 触れた熱を逃さないように、小指をきゅっと握る。隼人の目が驚きに大きくなって、そのあとで柔らかく微笑む。
「……號」
 声がわずかに浮いて揺れる。電話に応じていた硬い声とまったく違う。嬉しさと照れくささが入り混じった、「公」では見られない姿だった。
 恋人の言葉や動作ひとつで感情が動く。表情が変わる。頭を撫でられたさっきの自分のように、今は隼人の心が動いている。自分がそうさせている——そう思うと、號の中に歓びが湧いてきた。
 指を伸ばし、ほかの指も捕まえる。宝物を閉じ込めるように、握りしめる。すぐに隼人の手が握り返してきた。
「……続きをしようか」
 そっと伺うような隼人のささやきが肌をくすぐる。奥のほうで[[rb:燻 > くすぶ]]っていた火があっという間に大きくなり、身体が火照りを感じ出す。触れ合った手から飛び火したのか、隼人の身体に傷痕が浮かび上がってきたのが見えた。
 鼓動が速くなる。號は「ん」と頷いて、隼人の目を仰ぎ見た。
 號を優しく包み込むような眼差し。けれどもそれだけではない。
 ふたりきりのときだけに現れる、號を求める視線。
 その目つきだけで触られている感覚になる。立ち上がってくる気持ちよさに身体が震えた。
 隼人の顔が近づいてくる。
「號」
 声も視線も、いつもより熱を含んでいる気がした。
 また、新しい隼人を知ることができる。
 湧き上がる予感に、號の唇から吐息が零れた。隼人のキスがそこに触れる。
 熱い唇だった。その熱は一瞬のうちに、號の全身を倖せで満たした。