毒と衝動

新ゲ隼竜R18

【閲覧注意】
つきあってません。自由勝手に振る舞う竜馬に苛立ちながらも無視まではできず、逆に竜馬を支配できれば下駄線も下駄ロボも手中にできると思い込んでいる隼人の執着のお話。竜馬を屈服させたい、自分のほうが上なのだとわからせたい、露悪的で鬼畜気味な隼人で、無理やり要素あり。
飲酒後、酔った竜馬の口に指を突っ込んで指フェラさせる描写があります。本番なし。
隼人は無自覚ですが、嫉妬や苛立ちの底に竜馬を欲する気持ちがあります。まだ全然好きにも愛にも到達しないけど。竜馬は隼人への気持ちあり。矢印は←竜馬のほうが明確ですが、発展して⇄になっていくため、両片思い扱い。隼人⇄竜馬。約27,000文字。
たぶん7月の下駄webオンリーでpixivに公開します。
・弁慶の部屋で三人で飲み会中、飲み過ぎた竜馬が隼人にうざ絡みした挙げ句、寝落ちします。
・竜馬は習慣で朝早いので、夜はある程度の時間になればがっつり眠くなる設定。
・隼人は竜馬の明確な意思を確認せず、自分の部屋に連れ込みます。
・口に指を突っ込まれ、竜馬が涙、涎、鼻水を出す描写があります(マイルド気味)。咳き込みはしますが、嘔吐や出血の描写はなし。ちょびっと尿道に爪を立てられたりします。
・逃げられないように隼人が馬乗りになり、キスしたり胸をいじったりします。
・隼人が竜馬に手コキします。竜馬がイッたあと、隼人は手についた精液を自分の局部に塗りたくって竜馬の眼前でオナニーします。
・竜馬は隼人への好意はあるものの、無理やり身体をいじられたことへの反発・怒りもあります。

時間と気力があればいつか続きを書きたいとは思っています。その場合、たぶん竜馬は喉奥でイッちゃう身体になってる。隼人からはもっとちゃんと明確な矢印が出るのだろうか…?

※飛べるようにしておきます。
一(導入パート)
二(すけべパート)
三(事後パート)

◆◆◆

 

「懐かれたみてえだな」
 弁慶が片眉を上げてニヤリとする。
「喧嘩おっぱじ[[rb:始 > ぱじ]]められるよりよっぽどいいや。よかったな」
「よくねえ」
 隼人のドスの効いた声が返ってくる。
「何でだよ。ちょっと暑苦しいけどよ、おとなしくなっていいじゃねえか」
「ちょっと?」
 前髪の隙間から鋭い目つきが覗く。いつもにも増して不機嫌そうな細い目が、さらに細くなった。
「ちょっとどころじゃねえ。かなり——いや、とんでもなく不愉快だ」
 ぞんざいな口調とともに、鼻の頭にギッとしわが寄る。小さな瞳が獲物を素早く捉えるかの如く動く。照準を当てられた本人は隼人の気持ちなどお構いなしに、厚い胸板に頭を預けて夢の世界を漂っていた。
「竜馬ぁ」
 弁慶が呼ぶ。
「隼人がな、甘えてくれて嬉しいってよ」
「おい、やめろ」
「いいじゃねえか。なあおい、竜馬」
「……ン」
 竜馬の顔がしかめられる。呼び掛けを嫌がるようにもぞもぞと身じろぎをして——いっそう強く隼人に抱きつく。
「おい」
 たまらず、隼人が引き剥がそうとする。だが竜馬は「う゛う゛」と野良犬ばりに唸り、顔を完全に隼人の肩口にうずめてしまった。弁慶がクックッと笑いを噛み殺す。
「お前と仲良くしたかったんだろ」
「そんなわけあるか」
 気怠げに息を吐き、右手を伸ばす。左半身は抱きついてきた竜馬のために塞がっている。おかげで隼人は右手一本で飲み食いを強いられていた。
 缶ビールをあおる。
「俺が気に食わないんだろ。こいつを見ていればわかる。俺とは合わない」
「そうかなぁ」
「さっきもそうだ」
 チ、と舌打ちが出る。
はやと・・・ってよぉ」と普段よりもずっと鼻にかかった声で話を振ってきて、
「すけべ、ヘタクソそうだよな」
 いきなり言っては白い歯を見せた。そちら・・・の話と聞くや否や、弁慶が身を乗り出す。
「竜馬ぁ、何でそう思うんだよ」
「だってコイツだぜ? 自分のことしか考えてねえようなヤツだぜ? 相手を気持ちよくさせるなんて絶対ぇ考えねえだろ」
「お前、よく言うなあ」
「あ?」
「『自分のことしか考えてない』って、鬼と闘うときのお前まんまじゃないか」
「うるっせえ」
 酒で滑らかになった舌がいつもより巻き気味になる。
「それとこれとは別だろォ。鬼とよろしくするワケじゃねえンだし」
「まあ、そりゃあそうだけど」
「なら、俺の悪口はそこまでだ。今はコイツのこと言ってンだからよ」
 顔を近づけ、下から覗き上げてはニッと笑う。濃い日本酒の匂いがした。
「おめえ、ナニはでかそうだけどよ、ガツガツ腰振ってさっさと出して終わりっつうタイプだろ。すぐ背中向けてタバコふかすタイプ」
 ちらと隼人の股間を見たあとで、くひひと笑う。飲みの席での他愛のない話に苛つくほど愚かなことはない。隼人は無視して酒を口に運んだ。
「あっれえ」
 竜馬に胡乱げな表情が浮かぶ。
「言い返さねえとこ見ると、図星ってか」
 じっとりとした目つきで隼人の顔を舐め回す。しかしいくら眺め回したところで隼人が一切の反応を示さずにいたので、とうとう「ちぇっ」と唇を尖らせて顔を引っ込めた。
「あンだよ、つまんね」
 ぷいと横を向き、目の前に置かれた酒を手当たり次第に飲み始めた。あとはもう、
「隼人のばーか」
 と言い捨てて寝落ちしたのだった——隼人にもたれかかって。
「日頃の鬱憤ばらしをしようとして、俺が乗らなかったから不機嫌になった、というところだろう」
 だが弁慶は腕組みをし、「うぅ〜ん」と首を傾げた。
「……何が言いたい」
「あれは、竜馬なりのコミュニケーションってやつだろ」
「どこが」
「竜馬も、お前と話したがってたように見えたけどな」
「喧嘩したい、の間違いじゃねえのか」
 ふん、と鼻息であしらう。 
 煽って、隼人の表情が不愉快さに歪むのを期待していた。あるいは、拳が飛んでくるのを待って、お返しをするつもりでいた。竜馬の性格ならそんなところだろう。普段から隼人のことを「スカしてやがる」「自分だけ正しいみてえなツラしやがって」と言っているのだから。
 その狙いは外れたにしろ、あながち大外れともならなかった。隼人は面倒臭そうに竜馬を一瞥した。
 元は左肩にもたれかかる程度だった。振り払おうとすればもっと寄ってくるだろう。煩わしいけれどもこれくらいなら、と放置したのが間違いだった。途中、目を覚ましたかと思えば身体の向きを不意に変え、左半身に抱きついてきた。脚の間、腕と胴の間に器用に割り込んできて、木にしがみつく昆虫のような体勢になる。本当に虫の大きさなら気にならないのだが、竜馬はそうではない。隼人は文字通り、竜馬にからめ捕られてしまったのだった。
「……違うと思うけどな」
 弁慶がコップを傾ける。その顔つきは穏やかで、からかいには見えなかった。
「……なぜそう思う」
 自然と、隼人のトーンも落ち着く。弁慶が笑う。
「嫌いな人間にこいつがベタベタすると思うか」
「……」
 思わない。隼人の口がへの字に曲がる。
「だろ? つるむのは嫌いだと、前はあんなにツンケンしてたじゃねえか」
 悪態をつくだけでは収まらず、拳も蹴りも遠慮なく繰り出してきた。
「それが今じゃ——いや、今もまだツンケンしてるけどよ、でも、感じが変わったよな」
「……」
「前よりは人の話を聞くようになった。まあ、突っ走るところは全然変わんねえけど、少なくとも『三人』っていうのは意識してるよな」
「……ああ」
 いつの間にか食堂でも同じテーブルにつくようになった。たまにはこうして酒盛りもする。隼人はいつだってふたりに引っ張り出される側ではあったが、この頃はそう悪くないと思うようになっていた。慣れたのか、己が腑抜けたのかはわからない。
「俺はこんな性格だからよ、竜馬とはいくら怒鳴り合ってもブン殴り合ってもそれで終わっちまうんだよな。ちょっと長引いたところで、飯食って風呂でも入っちまえば、綺麗さっぱり流れちまう」
 竜馬も同じようだった。些細な理由からであっても全力でやり合っている。そして気づけばくだらないことで笑い合っている。それが竜馬と弁慶の関係だった。
 自分はどうだろうか、と顧みる。正直、ふたりとの距離を測りかねていた。闘いにおいては問題ない。「鬼を倒す」という方向性は一致していた。そうではなく、戦闘から一歩引いた位置に立ったときにどう振る舞うべきなのか。
「竜馬がお前とコミュニケーションを取りたがってんのは本当だろうよ。ただ、距離の詰め方とかやり方が不器用なんだろ」
 弁慶は丸い頭をひと撫でした。
「それにしたって、今日はやけに絡み酒だったけどな」
「……」
 隼人はちらと竜馬に視線をやる。
 継いだ道場は閑古鳥、会いに来るのはどうやら借金取り立てのヤクザばかり。顔見知りはいるものの、親しい友、というわけでもないらしい。
 心を許せる相手がいなかった——もとい、必要なかったのなら、それは隼人と同じだった。
 これまで「仲間」はいたが、あくまでも隼人の立てた計画を遂行するために必要な「駒」であり、弁慶が寺で生活を共にしていた「仲間」とは質が違う。心のひだに入り込むような存在は、未だいない。
 いつか、目の前のふたりがそういう存在となるのだろうか、と隼人はおぼろげに考えながら、缶ビールを飲み干した。
「次、どうする?」
 弁慶が一升瓶を軽く掲げてみせる。
「いや、まだ空いてないのが——ああ、これでいい」
 缶酎ハイを手に取る。冷蔵庫から出したて、とはいかないが、飲めないほどぬるくもない。右手だけで器用にプルトップを開け、流し込む。
「コップと氷、持ってこようか」
「いや、このままでいい」
「そうか」
 弁慶は手にした一升瓶をそのまま傾け、自分のコップに注いだ。
 隼人はテーブルの向こうの巨漢を見る。
 寺での共同生活のせいか、少々お節介なところはある。だがそれは今のようなやりとりで、ほかに挙げるとすれば「飯ちゃんと食ってるか」「今なら大浴場空いてたぜ」といった程度のもので、必要以上に踏み込んではこない。こちらを無視することもない。食い気と色気、眠気を人より持ち合わせていてやり過ぎな面もあるが、腹の底が読めない者よりはよほどつきあいやすい。
 一方で、竜馬は。
「…………」
 時間があると余計・・なことばかり考える。隼人は俯き、弁慶から見えない角度で苦笑した。
 缶をあおる。突然、竜馬が頭をもたげた。
「…………ン゛」
 眩しいのか、ぎゅっと顔をしかめる。隼人の身体に押しつけていたせいで、その頬は赤くなってシャツのしわがくっきりとついていた。
「竜馬?」
 弁慶が声を掛ける。竜馬はほとんど目を閉じたまま振り向き、「便所」と小さな声で言った。
「ああ、立てるか」
「ン」
 隼人の肩に掴まり立ちをし、目をこする。
「一緒に行ってやろうか」
 竜馬が首を横に振る。
「そうか。ほら、あっちだ。行ってこい」
 弁慶が丁寧に右手で行く先を示す。竜馬はいとけない子供のように寝ぼけ眼で「ン」と頷き、ふらふらと歩いていった。
「……ずいぶんと面倒見がいいんだな」
「そうか?」
「ああ」
 洗面所の扉がきちんと閉まったのを見届け、弁慶がコップを手に取る。
「酔っ払いはな、気をつけてねえと便所に来たと思い込んでそこらで小便することがあるからな」
「——」
「あれ、お前経験ないか」
「……ないが」
「そうかぁ。まあ、そういう酔っ払いもいるってことで」
 でへ、と弁慶が舌を出した。
「……面倒見がいい、か」
 丸っこい目が細くなる。
「まあ……寺ではみんなで声掛け合って助け合って、だったからな。余計なお世話って言われるとこもあるかもしんねえけど」
 懐かしい日々を思い出したのか、口元が柔らかくなった。
「けど、隼人だって優しいじゃねえか」
「は?」
 一瞬、何を言われたのかわからなくなり、そのあとで隼人の顔が強張った。弁慶が吹き出す。
「そんなにおっかない顔すんなよ」
「何を言っているのか本気でわからん」
「竜馬だよ、竜馬」
「竜馬? なぜ竜馬の話になる」
「だってよ」
 洗面所の扉を見る。つられて隼人も横を向く。まだ竜馬は出てこない。
「嫌ならお前、帰るだろ」
「……」
「いくら竜馬が嫌がったって、お前が本気になりゃ引っぺがすくらいできるだろ。なんだかんだで竜馬の好きにさせてる辺り、お前だって優しいよな」
 表情を変えぬまま、隼人は酎ハイを流し込む。
「そういうことだ」
「……」
 言葉はわかる。だが、何を言われたのかは理解できなかった。優しさなど必要ない。持ち合わせてもいない。あるとすれば、他人を懐柔する手段としてのであり、自分が優位に事を運ぶための方便でしかなかった。
 それを。
 ——「優しい」だと?
 隼人の計算高いやり口は、仏に仕えて育った心根からすればそう感じるのだろうか。
「冷たい」とはよく言われた。目的地まで最短距離を走ろうとするならば、不要なものを削ぎ落とさなければいけない。最小の労力で最大の効率化を図らなければいけない。そこで切り捨てたものが、おそらくは人の言う「優しさ」だの「情」だの「心」なのだろう。
 それが自分の中にもあるのだと弁慶は言うのか。
 隼人は缶の飲み口を見つめた。
 扉の向こうで水の流れる音がした。やがて洗面所のドアが開く。
「お、帰ってきた」
 竜馬の目蓋は半分、というよりほとんど塞がっていた。
「竜馬」
 弁慶が両腕を広げ、呼ぶ。
「ほら、俺のほうがおっきくてあったかいぞ」
 満面の笑みで腕を差し出し、胸を張る。竜馬は「あ゛?」と怪訝な声を漏らす。
「隼人より俺のほうがいいだろ。な?」
 竜馬は首を傾げる。ぼうっとした顔つきのまま数秒固まり、それから覚束ない足取りで進み出した。
「お、そうそう。そのまま、そのまま」
 弁慶が「どうだ」と言わんばかりに隼人にウインクを投げた。竜馬は弁慶の両腕に吸い込まれていく。あぐらをかいている丸太のような腿に座ると、これまた巨木の体をなす胴体に抱きついた。
 瞬間、隼人の胸に違和感が生じた。
「……?」
 酒を流し込む。
 だが奇妙な気配は消えない。明らかな不快、とまでは言えない。おそらくほかに気を向ければ忘れてしまうだろう、些細な違和感だった。もうひと口、酒を飲み込む。
 しかし、消えない。それどころか徐々に塊となって存在を増し始めた。
 目の前には弁慶の腹に身を寄せた竜馬がいる。一番落ち着く場所を探しているのか、腕の位置をしきりに変えては抱きついていた。そのたびに頬を押しつけ、こすりつける。まるで、甘えているように。
 塊の形が変わっていく。くるくると回っては硬くなり、角のようにあちこちからトゲが生じる。尖った先が胸の中に引っ掛かる。細かな引っかき傷が次第に増えていくようで、今は不快だった。
「——」
 苛立ちだった。そしてようやく、「どうやら嫉妬しているらしい」と気づいた。
 とはいえ、その元がわからない。さっきまでは自分があの立場にあった。拒否の意を示しても竜馬は隼人を選んで離さなかった。それなのに、今は弁慶を選んでいる。
 あっさりと鞍替えされたことが嫌だったのか。にされたと感じているのか。
 厄介払いできて結構。そのはずなのに。
 あるいは竜馬だから——。
「お?」
 弁慶の声で我に返る。竜馬が立ち上がり、こちらを向いていた。目が合う。
「——」
 どきりとする。わずかに表情が動いてしまった。見られただろうか、と身体に力が入る。竜馬は眠たげな目で弁慶を見て、再び隼人を見る。焦点が合っているのかわからない。それでも瞳の奥からじっと見つめられている気がした。
「竜馬?」
 弁慶の呼び掛けにちらりと視線をやり、またすぐに隼人に戻す。それからふらふらと歩き出した。弁慶が残念そうに溜息をついた。
「俺はダメかぁ」
 竜馬は数分前を逆になぞるように、隼人の肩に手を置き、身体を沈めた。少しの時間、もぞもぞと尻を動かして落ち着く場所を探し、完全に元通りになった——寝息を立てるところまでも。
「やっぱりそっちかぁ」
 弁慶が右手を坊主頭にやる。ぺち、と情けなくも可愛らしい音が鳴った。
「女の取り合いじゃあ負けねえんだがな、竜馬は負けちまった。……隼人ぉ、お前のほうがカラダの相性がいいんだとよ」
「おい」
「へへっ」
 隼人のムッとした顔が想像通りだったのか、弁慶は満足げに笑い、立ち上がる。
「俺もちょっと便所」
 大きく伸びをし、のそのそと洗面所に消えていった。
 静かになると、左の肩口から寝息がはっきりと聞こえてきた。
「……おい」
 反応はない。
 右手を顎に掛ける。く、と持ち上げると寝顔が現れた。口元が濡れて光っている。密着していた隼人のシャツも当然、涎で湿っていた。
「チッ」
 舌打ちが飛び出る。
「竜馬、この——」
 顎を鷲掴もうとして、親指の付け根を噛まれる。
「——っ」
 痛みに一瞬、思考が止まる。直後、皮膚を突き破るほどの強さではないと判断し、そのまま竜馬の出方を待った。
「……ん゛」
 目蓋がひくひくと動いている。猛獣よろしく鼻の頭にぎゅっと寄ったしわが少しずつ伸びていき、口元も緊張から弛緩に変わっていく。
 噛んでいた力が弱まる。隼人が手を引こうとしたときだった。
 唇が吸いついた。
「な——」
 生ぬるく柔らかい感触を割って、熱くくねるものが押しつけられる。
「…………っ」
 ぞく、と腰の奥から背中に抜ける感覚があった。
「……竜…………馬」
 ちゅ、と小さなリップ音が鳴る。反射で動いた手を舌が追いかけて、まとわりついた甘い蜜を舐め取るように動く。
 喉の奥から奇妙な声が出そうで、隼人は口元に力を入れる。
「……っ、ふ」
 歯の隙間から零れる。不意に与えられた刺激をかわせない。竜馬の唇と舌によって、皮膚の下にあっという間にくすぐったさが溜まっていく。そこから細いつるが全身に伸びる。蔓はちりちりと体内をつつき、やがて腰の奥に集結していく。
「竜、馬」
 瞬時、竜馬の動きが止まる。
 唇が開かれる。
「——」
 艶やかで鮮やかな肉の色が隼人の目を奪った。まるで熟れて溶けかけた果肉のようだった。
 知らず、隼人の喉が鳴る。密着した身体が熱く感じる。竜馬に触れている肌が汗ばんでいく。
 信じられなかった。
 竜馬相手に昂りを感じている。心臓がやたらと鼓動をいて、自分の胸が震えているのがわかった。
 動揺と、欲求がせめぎ合う。唾を飲み込もうとして、口の中がカラカラに干上がっているのに気づく。
「…………竜、馬」
 声が喉に張りつく。竜馬の舌は赤く濡れていて、その滴りはとても甘そうに見えた。
「……」
 触れたい、と思った。
 喉の奥と頭の中が熱で重くなってくる。触れたなら、この渇きが癒されるのではないか。自然とそんな考えがよぎる。
 今なら、この距離なら、触れられる。
 指先で唇をそっと撫でてみる。柔らかい唇から、ふ、と微かな吐息が漏れた。つい先刻、猛々たけだけしく噛みついた口元が、今は隼人を誘っているかのようだった。
「……りょうま」
 親指の先を口の中に差し入れる。皮膚が竜馬の熱に包まれる————と、扉の向こうから弁慶の気配がした。
 浮腫むくんだ脳の端に残っていた冷静さが瞬時に顔を出す。泳ぐ視線を落ち着かせる先を探しながら、隼人はぎこちなく息を整えた。
「はあ〜、すっきりすっきり」
 鼻歌混じりで巨体が現れる。
「次は何飲もう……あ」
 座るなり表情が崩れた。
「やられたのか」
 自分の左肩を指差し、トントンと叩いてみせる。隼人はぶっきらぼうに「ああ」と返す——いつもよりさらに不機嫌そうに。「まったくしょうがねえな」と笑う弁慶とは対照的だった。

 一本、二本、と隼人の前に空の缶が増えていく。確実に酒は回っているはずなのに、酔った感覚がなかった。早く酔って竜馬から気を逸らしてしまいたかった。
「隼人は?」
「それを頼む」
「お? ああ」
 弁慶がウイスキーの瓶を取った。隼人は目の前にあった竜馬の飲み残しに手をつけ、コップを空にする。
「これに」
「氷は?」
「いらねえ」
「ストレートか。大丈夫か」
「問題ない」
「ほらよ。俺は……またこっちかな。もう全部飲んじまおう」
 一升瓶を傾ける。今日、封を切ったばかりだが、すでに残りわずかになっていた。竜馬が調子に乗って弁慶と飲み比べをしたせいだった。
 おかげで——。
 隼人はウイスキーを口に含む。飲み下すと、鼻からアルコールが抜けていく。続けてもうひと口飲み込む。意識が浮く感じがした。これなら酔えそうだった。
 残りをあおり、二杯目に口をつける。
「……」
 盗み見る。竜馬はまだ気持ちよさそうに寝入っていた。隼人の喉が動いた。
「ところでよ、どうする?」
 弁慶が竜馬を指差す。
「まあ、こいつなら風邪引くってこともねえだろうけどよ。腹に掛けるもんならあるから、置いていってもいいぜ」
「——いや、いい」
「そうか?」
「どうせ帰り道だ。ベッドに放り投げるくらい構わん」
「せっかくなら添い寝してやりゃあいいのに」
「何だと」
「だってよ、そんなに懐かれたら悪い気はしねえだろ」
 弁慶が頬づえをついて楽しげに言う。
「ギャンギャンうるさい犬っころを手懐けた感想はどうよ」
「……」
「朝、目が覚めて隣にお前がいたらよ、竜馬、どんな顔すっかな。てっきりヤッちまったと思って泡食った顔するんだろうな」
 ぐふ、と笑う。隼人は苦虫を百匹まとめて噛み潰したような形相になる。気づいた弁慶が「あっ、いや」とパタパタと右手を振った。
「冗談だよ、冗談」
「当たり前だ」
 むっすりとした隼人がそっぽを向く。
「誰が、こんな奴——」
 言いさした途端、竜馬の寝顔がフラッシュバックした。急いでウイスキーで押しやる。空いたコップと入れ替えにウイスキーの瓶を引っ掴む。
「お、おい」
 弁慶の戸惑いをよそに、隼人は瓶に口をつける。ゴッ、と自分の喉が鳴る音が聞こえた。
 喉が鳴るたびに口の中も食道も熱くなって、酒が通り過ぎたあともジリジリとむ。頭の底が重くなってきて、ゆらりと揺れた。これなら、余計・・なことは考えなくて済むだろう。
 隼人は酒臭い溜息を吐いて、ようやく酒瓶を手離した。

   †   †   †

「大丈夫か。俺が運ぼうか」
「いや、問題ない」
「そうか」
 弁慶は竜馬の寝顔を覗き込み、
「遊び疲れて親に抱っこされてる子供みたいだな」
 笑いながら頬をつついた。竜馬が少しだけ眉をしかめる。その口元は濡れていた。
「あー、こいつ、また涎垂らしてるぞ」
 顎を乗せている隼人の右肩に染みができていた。
「どうせ洗う。一箇所も二箇所も同じだ」
「そうだけどよぉ。まあ、吐かれるよりマシか」
「……もう行く」
「おう。じゃあまた訓練でな」
「ああ」
 挨拶代わりに軽く視線をやり、隼人は歩き出した。
 小さな子供なら愛らしくてさまになる。だが竜馬は大の大人だ。真正面から抱きついて運ばれている姿は滑稽だったし、抱きかかえている隼人の不格好さも言わずもがなだった。
 一歩進むごとに振動で竜馬の身体がずり落ちていく。支えている手に、どんどん体重が乗っていく。重心が外れてしまう手前で足を止めては腕で持ち上げ、抱きしめ直す。それでも崩れ落ちていこうとする。
「竜馬」
 呼んで、身体を持ち上げる。竜馬は小さく「ン」と鳴いて、両足を隼人の腰にしっかりと巻きつけ直す。首に回された腕にも力が入った。
 通路がひんやりとしているからだろう、弁慶の部屋にいたときよりも竜馬の肌の熱さを感じた。
 それだけではなく、匂いも。
 頬に触れる首筋から、風呂上がりの匂いとアルコールと竜馬の汗が混じった香りがした。体温で溶けて広がり、隼人を包む。
「……」
 胸がざわつき出す。
 竜馬が離れてくれなかった。だから仕方がなかった。内心そんな言い訳をしながら、服越しにも伝わってくる竜馬の身体の弾力に、また余計・・なことを考えている自分に苦笑いする。
 まったく、と口の中でつぶやく。弁慶の言う『優しさ』ではない。それは自分自身がよく知っていた。
「着いたぞ」
 なるべく格納庫に近い場所を、という早乙女博士の指示で、書庫や物置を改装してそれぞれの部屋が用意された。居住区ではないうえに日付けが変わりそうな時刻もあって人の気配はしない。幸い、間抜けな格好を誰にも見られずに済んだ。
「竜馬」
 応答はない。背中を軽く叩く。それでも反応はなかった。隼人はひと息の間をおいて、ドアパネルの開閉ボタンを押した。
「竜馬、起きろ」
「……ン」
 部屋に踏み入る。目線の先にはベッドがある。あそこまで行き、この厄介な荷物を放って出ていく。往復十歩もあれば、面倒事は終わる。
「それとも」
 隼人の唇に笑みが浮かんだ。
「——俺の部屋に来るか」
 抱きとめている手に力を入れる。
「なあ、竜馬」
 人差し指を背中に立てて、なぞり下ろす。わずかに竜馬が動いた。
「竜馬?」
「ン……」
「行くか?」
「ん」
 微かに頷いた——気がした。隼人の口の端がつり上がる。聞こえているか、理解したか、そのうえでの明確な返事だったか。それらはどうでもよかった。隼人が訊ねた。竜馬は断らなかった。その事実があるだけで十分だった。
 踵を返す。背後で扉が閉まる。足は自室へまっすぐに向かう。心なしか先ほどよりも足早に。荷物・・の重さとは反対に、ブーツの音が軽快に響いた。
 今度は無言でドアを開ける。薄い唇からこらえ切れずにクッと笑いが漏れた。
 当然だ。ここは隼人の部屋なのだから、竜馬にうかがいを立てるまでもない——。
 部屋の明かりはつけない。そのままベッド前に進み、竜馬を下ろす。首に絡まった腕を引き剥がすと、不満気な呻き声があがった。
 ベッドサイドのライトをつける。眩しさに竜馬の眉間にしわが寄る。だがベッドの感触が心地いいのか、すぐに穏やかな顔に戻る。まもなく、すう、と呑気な寝息が聞こえてきた。
「いい気なものだな」
 隼人は息がかかるほどの間近でじっと見つめる。細い目の奥に、ぎらつきと仄昏ほのぐらさが同居している。竜馬は知らない。弁慶も、もちろん。
 隼人だけが自覚している濁った感情だった。
 竜馬の頬を撫で、唇を撫でる。竜馬は深く寝入ったのか、睫毛を震わすこともない。
「……」
 隼人はしばらくその感覚を弄んでから、柔い淵の中へ人差し指の頭を差し込んだ。唇がくにゅりと形を変える。
 湿っている唇の裏側を撫でる。竜馬が「ン」と鼻息を漏らし、眉が動いた。隼人は指を引き、観察する。
 起きる気配はない。隼人はベッドに腰掛ける。り上がっては胸の中でわだかまっている欲求を再確認する。そして、呑み込むよりも吐き出してしまうことを選択した。

 

 

『噛みついてやろうか』
 あの夜。ふざけた科白を抜かし、自信満々に笑った。結局、邪魔・・が入って一対一のやりとりで決着がついたわけではなかった。それがずっと心に引っ掛かっていた。
 そこに、毎日のおりが積もっていく。
 ゲッターロボを我が物のように扱い、身勝手に振る舞う竜馬。己が一番強くて、己が選び取ったものが正義と信じて突っ走る。迷惑だった。
 だが同時に、嫉妬を感じてもいた。
 ゲッターチームとして形が作られていくほどに澱は吐き出される機会を失い、濃く厚くなっていく。ゲッター線の謎を拾い上げ、暴き、支配下に置くのは自分だ。当然、ゲッターロボも——流竜馬も。
 できないはずがない。
 冷たい殺戮者のように、隼人の表情は動かない。しかし胸の奥のわだかまりはとぐろを巻いて、中心部から不穏な熱を産み続けていた。
 指で竜馬の下唇を押し下げる。ライトに照らされ生々しいピンク色が剥き出しになる。唾液に濡れててらり・・・と光っていて、細くて赤い毛細血管の筋がはっきりと見えた。この肉の色と艶が竜馬の内側に張り巡らされ、蠢いている。
 想像するだけで身体の中に淫靡な甘さが湧いてきて、隼人の喉を動かした。
 強制的に開かされている口腔内には、じわじわと唾液が溜まってきていた。唇と歯茎の間にも染み出してくる。隼人は指先でその水気を塗り広げる。
「ン……っ」
 ひく、と上体が動く。綺麗に並び揃った歯の向こう側で、赤々しい舌がくねるのが見えた。隼人は押し黙ったまま、舌の上に指を進める。柔らかくて、熱い。竜馬の眉根がぎゅっと寄る。構わず舌をなぞり上げる。
「は、あ」
 何か夢を見ているのだろうか。だとすればそれはどんな夢だろうか。隼人は竜馬の表情の一切を見逃さないように小さな瞳を凝らす。
「は……ふ……っ」
 舌を二本の指の先で挟んでしごく。柔いくせにしっかりとした厚みと弾力がある。やがて、口の端から涎が零れた。
「ン、は……っ、んあ」
 竜馬が顔を左右に振る。指が追い出され、その先から滴った唾液が竜馬の頬に垂れた。
「は、あ……?」
 ひくひくと震えていた睫毛が持ち上がる。現れた鳶色の瞳は呆けて、焦点を結んでいなかった。
「……あ、れ」
 揺れ動く瞳が徐々に真ん中に戻ってくる。
「……はや……と……?」
 無防備に開かれた口が、隼人の名前をなぞった。
 瞬間、隼人は理解する——というより、本能で感じた。心臓の裏側を撫で上げられるような、奇妙で不思議で、得難い感覚。すぐさま鼓動が興奮を刻み出す。
 始まってしまった・・・・・・・・
 もう、戻れない。自分自身の理性だけでは押し留められない。
 腹の上に体重を乗せる。竜馬が意図に気づく前にその口の中に指を突っ込んだ。
「ふ、あ……っ!」
 濡れた粘膜を押し揉み、くすぐる。
「ふあ、あン……っ、あっ、うあ……っ」
 竜馬がばたつく。隼人は両膝を支点に腿を締め、腰を落とし、竜馬の胴体を固定する。同時に左手で利き手を封じる。いかに竜馬でも、不意打ちで酔った挙げ句の拘束には抵抗し切れない。しかも隼人が相手なのだから、逃れる術はなかった。
「う゛、え゛……っ」
 ぬめぬめとした口の奥に指を挿れ、探る。大きくえづきそうな気配のあるときは指を引き、収まるとすぐさま押し進む。
「あっ……ふぁっ」
 竜馬の頭が反らされた。隼人は人差し指と中指の腹で、たった今触れた場所を追いかける。
「ふっ、あ゛っ……」
 竜馬の肢体がひくつく。隼人は執拗にそのポイントを責める。責めながらも時折指をねじっては舌を弄び、頬の内側の粘膜をこすり上げる。
「ん、んう゛っ」
 ぴちゃ、という可愛らしい音ではない。淫猥な欲そのものから滴り落ちるような、ぐちゅりとした音が竜馬の口腔内から溢れてくる。
「……はっ」
 隼人の唇からは、興奮に煽られた吐息が零れる。竜馬の目を覗く。酔いの下に苦しさと困惑、焦りが見える。それらが混じり合い、涙になって滲み出ている。
 だが果たしてそれだけだろうか——と、隼人はぎらついた瞳で撫で回す。ひくん、と竜馬の身体が揺れる。喉の奥がガラ空きになる。隼人は二本の指をすぼめ、喘いでいるそこへ挿入した。
「ん゛ごッ! ん゛、お゛あッ……」
 竜馬の目が見開かれる。
「え゛……っ」
 左拳が力無く隼人を叩く。もちろん、隼人には効かない。それどころか、征服欲を加速させるだけだった。
「ん゛お゛、あ゛……っ、え゛ふっ」
 咳き込んで開いた場所をもまさぐる。竜馬の目尻からは身じろぎのたびに涙の粒が流れ出た。
「あ゛……あ゛、はっ、がはっ……」
 ようやく隼人が指を引き抜く。竜馬は喉の異物感から逃れようと咳き込んだ。
「は……ぁっ、はっ」
 まだ酔いで覚束ない。それでも己の身に起こったことを把握はできるし、ギロリと睨む力もあった。隼人は微塵も動かぬ表情で受けとめる。
「て、てめ……ぐっ、ふっ——あっ⁉︎」
 隼人の左手が竜馬の顎を掴む。ぎり、と指先に力が込められ、竜馬は口を閉じることもできず[[rb:磔 > はりつけ]]になる。薄明かりに照らされる鳶色の瞳に、驚愕か、狼狽か、それともまさかに恐怖か、いずれにしても動揺に押し上げられた感情が浮かぶ。
 隼人の目に薄い笑みが現れた。
 組み敷かれて為す術がない憐れな男を見下ろす。己のほうが強いのだと、すべてを思い通りにできるのだと過信して、隼人に絡んだ挙げ句にこのザマ・・だ。竜馬の心中を考えるほどに、滑稽で愉快だった。
 熱い血と欲が隼人の体内を駆け巡る。衝動に任せ、右手を竜馬の肌に伸ばす。
 ——と、そのとき。
 竜馬の瞳が煌めく。
 理不尽さに抗う光だった。突き刺すような、そしてえぐるような尖った眼差しが向けられる。
「————」
 隼人の手が止まる。
 鳶色の瞳が微かに揺らいでいるのは酔いのせいだろう。それでも逸らすことなく、隼人を睨みつける。これ以上の勝手は許さないという宣戦布告の代わりにも見えた。
 瞬間的に苛立ちが芽生える。同時に、口の端が上がり、隼人のおもていびつな笑みが形作られた。
 物事は、多少の難があったほうが面白い。簡単に済むのなら、手間が省けて楽ではある。だがそれは心臓を細く鋭く貫く緊張感を与えてはくれない。ゾクゾクとした恍惚感と達成感を与えてはくれない。竜馬はそれらをもたらす存在に思えた。
「——竜馬」
 小さく低く呼ぶ。竜馬の意識がわずかに受け身に傾く。隼人は上体を屈め、顔を近づける。続く声を聞き取ろうと、竜馬の首が自然に伸びようとする。
「竜馬」
 その耳朶に、隼人の声が吸い込まれていく。吐息で耳の中を撫でられて、竜馬の身体がひくりと動く。わずかな蠢きであっても、馬乗りになった隼人にはすべて伝わった。
 ニイッ、と隼人の唇が笑う。竜馬が察知する。しかし、遅い。
「——がっ」
 文句も言えない。抵抗もできない。竜馬の口腔内は再び、隼人の指に犯される。
「……っん゛、お、ご……っ」
 ぬめった粘膜をこね回し、奥に入り込み、何も知らない竜馬の口の中に、隼人の指の形を教え込む。
「んう゛っ……っん、ん……っ!」
 肩口が跳ねる。足先が蹴り上がる。懸命に逃れようともがく。けれども暴れるほどに隼人の執着心は強くなり、決して放すまいと押さえ込む力が増す。身動きすればするほど絞まっていく罠のようだった。
「——暴れるな」
 隼人の声が降る。静かで、無感情な声だった。竜馬がぴたりと動きを止める。逆らうのは不利だと直感したに違いなかった。
「それでいい。いい子だ、褒めてやる」
 思わず隼人の口から零れる。
「暴れれば苦しいだけだ。俺も、お前の喉笛をかき切るのは趣味じゃない」
 予期しない攻撃に遭えば反射的に手が出てしまう。せっかくの獲物を使い物にできずに潰してしまうのは本意ではなかった。
 ぐ、と竜馬の喉が上下する。その眼差しは鋭さを残しつつも、状況を受け入れるしかないと悟ったのがわかった。
「力を抜け」
 隼人の身体の下で、竜馬の肉体から強張りが消えていく。
「喉の奥を開け」
「……ふ、う」
 ゆっくりと隼人の指が蠢く。
「うっ……う、え……っ」
「締めるな。ここの力を抜け——そうだ」
 喉仏を潰せる位置にある左手が、狂気の代わりに愛撫を選択する。
「んあ……っ」
 首を柔く撫でられたからか、竜馬からわずかに甘さが混じったような声があがった。
 上顎の内側を指の腹でさする。
「あ……」
 隼人の尻の下で、竜馬の腹筋がキュッと盛り上がった。
「あ……あ、あ……っ」
 細い声とともに、眉尻が心許なく下がる。目元が歪み、開いた口の中では舌が戸惑いにひくひくと揺れていた。
 最初の蹂躙とも言えるような侵入とは異なっていた。隼人の酷薄そうな声と表情の割に、竜馬の粘膜は傷つけられることもない。だからといって逃げられるわけでもなく、ただ異物が好き勝手に振る舞うのを受け入れるしかない現実は変わりようがなかった。
 不意に、兆しが現れる。
「んっ」
 鼻から声が抜けていく。
 隼人の細い眉がわずかに上がる。丹念にその場所を探る。
「んっ、ん!」
 苦しそうな反応とは違う。先に竜馬が頭を仰け反らせた場所と同じだった。
 ぐにゅ、と押す。
「……ッ!」
 竜馬の上体が浮き上がろうとする。間髪を容れず指を動かし、くすぐる。
「んあっ、あ、ふぁっ」
 明らかに声の色も違う。竜馬の顎が上がった。その身体の中をぞくんとした感触が走ったのを、隼人は見逃さなかった。
「あっ……あっ、はあっ」
 いつしか竜馬の表情は陶然とし、口内からは湧くように唾液が染み出しては唇の端から零れていた。
「あ……っ」
 指を引き抜いても、竜馬はまだ別の世界にいるかのように口を開け、小さくわなないていた。
 震える舌先がゆっくりと、今までそこにあった指を探すように動く。恐る恐ると、それでもどこか求めるふうに蠢く肉の艶かしさに、隼人の視界がぐらりと揺れた。
 竜馬、と薄い唇から零れていたかもしれない。竜馬の瞳が隼人に向いて、その唇の輪郭をなぞった——実際はわからない。けれども隼人にはそう見えた。次の瞬間、隼人は竜馬に覆いかぶさっていた。
「……ッ」
 声の代わりに脚が跳ね上がる。隼人は全身に力を込め、竜馬の身体を押さえつける。唇を貪り、ぬめる口内に舌をねじ込む。
 竜馬の肢体がびくつく。指に続いて、竜馬の口腔内は隼人の舌と唾液でかき回された。
「……っ、んっ、ん……!」
 呻きと、苦しげな鼻息が繰り返される。しかしその中には粘膜をなぞり上げられて漏れる快感の響きがまぎれていた。
 唇が離れ——隼人はひと呼吸すると、再び竜馬の唇に吸いついた。

 甘い。

 甘ったるい味が隼人の口腔内に広がる。その味は香りとなって鼻から抜けていく。鼻から吸い込む空気にもまた、もったりとした甘さが溶け込んでいた。
 不思議だった。
 日本酒を飲んでいたとはいえ、今の今まで口中に留まっているはずもない。それなのに確かに日本酒のような、濃縮された甘さが竜馬から放たれていた。
 舌で隅々まで触れて、さらう。竜馬の反応がダイレクトに伝わってきて、アルコールのように脳に浸透していく。一方で、絡み合っているはずの口づけはまだ、足りない。
 もっと深く、深く。
「ン…………ッ」
 翻弄される姿が、隼人に衝動をもたらす。
「ん、んぐ……っ!」
 竜馬が何かを叫ぶ。言葉は隼人のキスに蹴散らされる。
「んんっ! んっ⁉︎」
 腹を這い上がった隼人の手が繊細さの欠片もなく無造作に、タンクトップごと竜馬の胸を鷲掴んだ。
「ん——っ」
 ぐに、と胸筋を押し揉む。竜馬の目に驚愕と混乱が浮かぶ。もちろん、隼人は気にも留めない。大きな手のひらで引き締まった胸筋を弄び——当然の帰結として、乳首をいじくり始める。
「っふ、んっ」
 竜馬の身体が強張る。初めての状況に、感覚が追いついていないのは明らかだった。
「んっ、あっ」
 頭を振った弾みにキスが解ける。
「ま、待てっ……、ま……っ、んっ、さ、さわン、なあ……ぁっ、ひっ」
 じた、と身をよじる。
「あっ、くすぐっ……んっ、はあっ」
 逃れようと上体が振られる。背中が反ると却って胸元が浮いて、隼人に都合のいい角度になった。両の親指で、左右それぞれの先端をこすり上げる。
「——ひあっ⁉︎」
 竜馬の腰が跳ねて、隼人の身体に押しつけられる。
「あ、あ……っ」
 乳首をこすり上げてはその周りをなぞる。
「ん……っ、ん、あっ」
 押して、揺らして、爪の先で柔くかいてやる。ほのかな明かりだけでもわかる。混乱と羞恥に覆われて、竜馬の顔は真っ赤になっていた。
「ひゃあッ」
 一段と高い声があがった。
「あ、な、な、に……あっ」
 隼人がタンクトップごと胸の先を口に含んでいた。
「んんッ⁉︎」
 吸われ、舌先で乳首をつつかれ、竜馬が悶える。
「んっ、あっ」
 いじられて硬くなった乳首が舌先を押し返してくる。隼人はその縁をなぞり、先端をくすぐる。
「ひっ、あっ、あっあっ」
 きゅうっと強く吸うと、頭が反って喉仏が剥き出しになった。舌でこね、吸うたびに喉仏が上下する。
「ンッ、んあっ」
 タンクトップの色が唾液で濃く染まっていく。それでも隼人はやめなかった。片方の胸の先がすっかり濡れて肌に張りつく。いっそう、乳首の膨らみが露わになった。
「ふ、う……っ、あっ」
 隼人がようやく唇を離し——もう片方の胸の先に舌を伸ばす。まだ、終わらない。
「もう……っ、んんっ、や、やめ……っ、ああっ」
 逃れようとするほどに身体がこすれ合う。隼人は気づいていた。徐々に硬くなってきている竜馬のそこを、服越しにはっきりと感じ取ることができた。
 再び、指先で乳首を弄ぶ。こすり上げ、指で挟んではこねくり回す。ぶるぶると竜馬が小刻みに震え出した。
「——竜馬」
 きゅ、と軽くつまむ。
「あっ……あ、あぁ……っ」
 驚くほど柔らかな声が零れてきた。
 竜馬、と呼ぶと視線が合う。身体の中に生まれた感覚を図りかねているような、戸惑っているような顔つきは、初めて目にするものだった。
 隼人の手つきが変わる。現れ始めた快感の芽を潰さないように、ゆっくりと重さをかけずに揉みしだく。
「ん、ふ……ふ、う……っ」
 じわりと浮かび上がってくる声は湿度を含んでいる。もっと満たして、滴るほどの嬌声を引きずり出してやりたい——隼人は仕掛ける。
「りょうま」
 口を半開きにして、舌を覗かせる。鏡合わせのように、竜馬も真似て唇を開く。舌先を差し出すと、竜馬も浅い呼吸を繰り返しながら、迎え入れるように舌を伸ばした。
「は、あ、あっ……」
 もう少しで触れ合う。
「あ……」
 れたように、竜馬が頭をもたげる。くち、と濡れた舌先同士が合わさる。
 竜馬の瞳が嬉しそうに細くなった。
「んうっ」
 舌の上をくすぐる。竜馬の眉がしどけなく形を変える。舌先を唇で喰み、しごく。だらしない吐息が開きっぱなしの口元から溢れてきた。
「はっ……は、はっ、あっ」
 渇いて水を求めるように喘ぐ。そこに、隼人の唾液が混じり合っていく。竜馬の指が隼人のシャツを握りしめる。無意識なのか、先を求めるように引き寄せる。
 隼人はまた深い口づけを与える。
「んんッ——」
 今度はもっと優しく触れる。刺激が足りないと感じたのか、竜馬の舌がくねって隼人に絡みついてきた。舌だけではなく、腕も。
 隼人の指がタンクトップの上を滑る。竜馬の身体は控えめに、それでも指の軌跡を追うようにひくひくと反応した。
「——っん」
 布の上から乳首をこする。案の定、最初とまったく違った。強張りは消え、初めての感覚への戸惑いも消え、むしろ覚えたての感覚への欲求が生まれてきている。警戒はすっかりどこかへ行ってしまったようだった。
「ン、ン」
 どうやら竜馬はキスが気に入ったらしい。隼人は恋人にするように、口腔内の肉を撫でる。くぐもった鼻声がそのたびにあがる。愛撫に追い縋ってくる反応は面白く、愉快ですらあった。
「はあ……っ、は、あ、はぁっ」
 十分に濡れた声だった。湿度を含んだ喘ぎが隼人の耳にひたりと張りつく。もう竜馬は、隼人の意志ひとつで自由になる玩具のようだった。
 まるで、竜馬にとってのゲッターロボのように。
 ふと思い返し、隼人の目つきに不機嫌さが滲んだ。
 ——自由にできるのは、俺だけだ。

 ゲッターロボも、流竜馬も。

 この男をほしいままにできれば、何もかもが思い通りになる。
「竜馬がお前とコミュニケーションを取りたがっている」と弁慶は言った。当たっているのかはわからない。ただ、竜馬が自分を毛嫌いしているわけではないのは理解した。
 己を嫌っている人間を力ずくで屈服させるほうがまだ優しいのだろう——そう思い、隼人の唇が卑屈に曲がった。
「悪いな」
「……へ?」
 竜馬がとろりとした目で見上げてくる。無防備で、無邪気な白だ。いくらこちらに文句をつけてきても、喧嘩を吹っ掛けてきても、本質は隼人とは違う。
 だからこそ、汚して、ぐちゃぐちゃにして、真ん中で切り裂いて、すべてを取り込んでしまいたかった。
 自分は、それができる残酷な男なのだ。
 退屈に惓んだ末に露わになった征服欲と嗜虐性は消えることはない。今も隼人の中に確かに在る。早乙女研究所に来てからは鳴りを潜めていたが、対象が現れればいつでも姿を剥き出しにする。
 知識欲、選民欲、所有欲——隼人の征服欲を満たすのはゲッター線と、ゲッターロボだ。その謎を紐解いて組み伏せるには、竜馬がいる。竜馬のすべてを奪ってしまえば、求める答えに近づける。
 竜馬は何も知らない。
 だからこそ、思い知らせたい。竜馬が思い描いている「神隼人」とここにいる「神隼人」は別モノなのだと。その感情に傷をつけて、現実を見せつけてやりたい。
 ——そうだ。
 流竜馬は決して神隼人と「対等の存在」ではない。そうあってはならない。隼人の人生に勝手に横入りしてきたのは竜馬のほうなのだ。
「悪いって……な、に……」
 隼人はフン、と鼻を鳴らす。
「俺が、こういう人間だってことさ」
 薄い唇が禍々しい弧を描いた。
「ン、がっ——」
 またしても竜馬の口の中へ指がねじ込まれた。
「あ゛ッ」
 奥の粘膜をぞろりと撫でる。反射が起きる前に指を引き抜き、竜馬の気が逸れているうちにズボンの前をはだける。
「う゛、え゛っ……えふっ、は、あ——⁉︎」
 竜馬が気づいたときにはすでに、その陰茎はひやりとした夜気にさらされていた。
「ばっ、な、なっ、てめ……っ」
 闇雲に伸ばされた手など隼人にとっては造作もない。叩いて弾き飛ばす。そのまま右手でペニスを握る。
「あっ……ば、ばか、あっ」
 逃げ場はない。それでも逃れようと懸命に腰が動く。引いて、揺れて、それは隼人の手の動きと重なって、却って竜馬の力を奪うことになった。
「あぁっ、あっ、やっ」
 五感は酒に浸されて過敏と鈍感が混ぜこぜになっている。脱力に傾いている肉体は、普段よりも火がつきにくい。けれども一度熱くなったら、種火が残っている。隼人のキスと指先の愛撫を知った身体は、ためらいの時間こそあったが次第に快感を受け入れ始めた。
「あ——あっ」
 淫猥に蠢く長い指に先走りがまとわりついていく。完全に、とまではいかないが、竜馬の肉竿は十分に硬くなる。
「ふう……っ、うっ」
 迫り上がって来る快感に腰が震える。だが刺激が足りないのか、竜馬がもどかしそうに尻を振った。
「は……っ、あっ、あ」
「足りないのか」
 隼人の細い目が、唇と同じく三日月型に歪んだ。
「お前は、どれだけ与えられれば満足するんだ」
 竜馬がその言葉に反応する前に、隼人は手に力を込める。陰茎の根元をぎゅっと握られ、竜馬の腰が浮く。
「ひっ……う」
 快感がき止められる。乱れた前髪の下から恨みがましそうな目つきで睨むと、隼人の酷薄な笑みは顔面いっぱいに広がった。
 親指の腹で鈴口をぐにりと押す。竜馬が短く鳴いて仰け反った。
「あれだけ飲んだんだからな。そりゃあ軽くこすっただけじゃイケねえか」
「んあ゛ッ」
「これなら足りるか?」
「お゛、あ、あ——ひっ」
 ぐりぐりとなぶったあとで人差し指の爪の先をあてがう。尿道の先端に触れると、竜馬の全身が硬直した。鳶色の瞳にも強張りが浮いている。
「なんだ、ここは初めてか? ああ、そういやここ・・も、初めてだったか」
 空いた左手が伸びて竜馬の喉仏に触れる。
「——っ」
 反射的に上下した喉仏をすり撫でる。優しい仕種とは対照的に、隼人の顔には不穏な笑みが張りついていた。
「知っているか」
 急所を二箇所も抑えられては何もできない。わかっているからこそ、隼人からは余裕が漂う。
「口の中から……喉の奥」
 隼人の指が顎裏に上がり、ゆっくり下がって骨の出っ張りをくすぐる。
「それから、ここも」
「——ひっ」
 ペニスの先端を爪でつつく。竜馬は全身に走る電気のような刺激に身震いする。
「そのうち、ここだけでイケるようになるぞ」
「…………は?」
「お前が足りないというなら」
「あ゛ッ⁉︎」
「好きなだけ喰わせてやろう」
「ひっ、やっ、やめっ——ン゛ッ」
「安心しろ、ちゃんと教えてやる」
「あ……あ゛っ」
「まあ、いい。今日は挨拶代わりだ」
 フン、と鼻先で笑い、隼人は爪の先を引く。竜馬の緊張がわずかにゆるんだ。もちろん、隼人にはそこでやめる気はなかった。
 再びペニスの根元を掴み、上下にしごき始める。一気に緊張にさらされたペニスは硬さを失いつつあった。それが再度の刺激を得て膨らみ出す。
「ふ、う……う、っん」
 竜馬がまた小さく喘ぎ出す。
 身体のあちこちをいじられ、嬲られ、そのたびに戸惑い、嬌声をあげ、本能的な緊張と快感にさらされ——翻弄されていた。
「——ふ、ふふっ」
 隼人は腹の奥から込み上げてくるものを感じていた。それが笑い声となって転げ落ちてくる。
 竜馬を手中にしている。内側から湧き上がり、満たされていくこの感覚は、生まれて初めてのものだった。これまで欲しいもの、壊したいものはすべて思い通りになった。けれどもどこかで足りなさを感じてもいた。「何が」と問われてもわからない。強いて言うならば、きっと真に望んだものではなかったのだ。
 隼人が今、本当に望むものは——。
「うっ……、うあっ」
 竜馬が声をあげる。
 先走りでぬめる隼人の手に、とうとう竜馬の精が放たれた。
「……っ、う、は、あ……っ」
 一度大きく震えた腰は、次々に寄せる後追いの波に揉まれ小刻みに痙攣する。そのたびに白濁が押し出されてくる。
「ふ…………、あ……っ」
 びゅく、と吐き出された白い精が糸を引いて隼人の手から滴り落ちていく。陰茎を軽く握り込んで上下させると、ぐちゅぐちゅと水音が鳴った。白濁は空気と混ざり、小さな泡を作っては隼人の指に絡みつく。泡同士はくっつき、割れ、雄の匂いを振り撒きながら竜馬の肌へ垂れていった。
「……はっ」
 昂った気に圧され、隼人から吐息が零れる。
 熱と感触と匂い。それから、竜馬の声と姿。合わさって、隼人の口の中に甘さを思い出させる。それは、竜馬の甘さだった。
「……」
 ぬらつく右手を見つめ——べろりと舐め取る。
「な……っ、な」
 竜馬の顔が驚愕に彩られる。
「なに、考えて……っ」
 隼人は目を細めると、手のひらの精液をもう一度舐めた。竜馬に見せつけるように、舌先で[[rb:掬 > すく]]って口に含む。青臭い、それでいて隼人の求める甘さが溶けて奥に潜んでいるような味がした。
「おめえ——って、ば、ばか、何して……っ」
 竜馬の声が引きる。隼人はベルトを外しズボンの前を広げる。淀みのない動きに、竜馬が身構える。
「て、てめえ……」
 肘をついてずり上がる。しかしすぐに上部のベッドフレームに阻まれる。片側は壁。竜馬がいよいよ焦って逃げ道を探す。その目に硬くなった隼人のペニスが映った。
「な゛ッ」
 ふうっと大きく息を吐き出し、隼人は右手を滑らす。まだ残っている竜馬の精液が、隼人のペニスに塗りたくられた。
「……ッ」
 竜馬は息を詰め、動かない。
 動けない。
 わかった途端、隼人のそこが硬さを増した。屹立したモノを、隼人はしごき始める。
「ク——ククッ」
 先走りと混じり、くちゅりと音を立てる。竜馬の体液でマスターベーションをしているという状況に、隼人の喉奥から愉悦が込み上げた。
 目の前で先走りが溢れ、竜馬の肌にぱたぱたと落ちていく。竜馬はただ亜然として、傍観者となっていた。
「はあ——、はっ」
 隼人の薄い唇が、酸素を求めて半開きになる。手の動きに合わせて腰が振られる。淫らな音と熱が竜馬の上に降り積もっていく。
 いつでも喰える。竜馬を縛る鎖を手に入れた。その思いが熱となって煮えたぎり、限界まで張り詰めたペニスからほとばしる。竜馬は怯えたように身体をわななかせただけで、その唇からは最早ひと言も零れ落ちてはこなかった。
 室内には隼人の荒い息遣いが響く。呼吸のたび身体が揺れ動く。膝に体重がかかり、スプリングがか細くキィキィと鳴った。
「——りょうま」
 隼人の唇の両端がつり上がる。たった今まで陰茎をしごいていた右手を伸ばし、竜馬の下腹を撫で回す。
「……ッ」
 瞬間的に力が入り、腹の筋肉が盛り上がる。そこを、隼人の精液が犯していく。竜馬の体液と混じり合い、皮膚に染み込んでいく。
「……ッ、ゃ、め……っ」
 竜馬から弱々しい声があがる。まるで喉元に分厚くて頑丈な鉄の首輪がめられ、締め上げられているようだった。
 まだ、身体の芯から熱は去っていない。隼人はその熱をどこに向けようか、と指先を滑らす。ひくつく腹筋をくすぐって胸筋をなぞる。微かに震えている喉仏を撫で——竜馬の唇に押し当てた。
 竜馬の瞳に不安の色が広がる。理解が及ばない隼人の行動、次々に起きる想定外の出来事、勝手に反応する肉体。酒が見せる幻影ではない。全部が現実であるとわかっているはずだ。だからこその瞳のかげりを見て、隼人は満足する。
「続きがしたいなら、いつでもいいぞ」
 唇を撫で、人差し指を口腔内に差し込む。一瞬、唇に力が入り、隼人の侵入を拒む。しかし二秒後には服従を表すようにそっと開かれた。隼人は中指も添えて滑り込ませる。
「……っう、ぁ……」
 舌の表面をいたぶり、こする。反撃をすれば、さらなる攻撃・・が待っている。それだけは、竜馬は本能で理解している。だから従うしかない。
 ずぬりと指を差し込む。
「……ッ」
 竜馬の全身が震える。懸命に奥を開いて、隼人の指を受け入れようとしている。粘膜の呻きが指に伝わってくる。隼人はそろりと喉奥を撫で、指を引き抜いた。
「ぐ——え゛ほっ、ぐっ、ゔ」
 竜馬が一気に咳き込んだ。これまで溜め込んだ澱を吐き出すように、身体をふたつに折り曲げ、悶える。
「ゔっ……ぐ、げほっ……ふ、ぐ……っ」
「……」
 隼人は竜馬の顎に指を掛け、上を向かせる。その肌は涙と鼻水、涎で濡れていた。
 鳶色の瞳が居場所を探してさまよう。
「——可哀想に」
 隼人が呟く。ひく、と、しゃくり上げる頬を左手で優しく撫でて、新たに零れてきた涙を拭ってやる。竜馬はただ置き物のようにされるがままだった。
「さて、どうする?」
「…………ぇ」
「今日は挨拶代わりだと言ったがな。お前がもっと欲しいと言うなら、もう少ししてやってもいいぞ」
 竜馬はぽかんと腑抜けた顔で隼人を見た。何を指す言葉なのか、まったく理解できていないようだった。
「どうする?」
 隼人が唇を近づける。竜馬と自分の雄の匂いが入り混じって鼻の奥をつく。生臭くて、独特の倦んだ熱を孕んだ匂いだ。この体液で竜馬の全身を汚すのは、自分の中の汚泥に竜馬を沈める行為と同じだった。
 ——早く。
 快感が脊髄を駆け上がっていく。
 早く、竜馬を引きずり下ろしたい。目指すは完全な従属関係。道筋はついた。あとはゆっくりでもいい。竜馬の首に繋がった鎖を手繰っていくだけ。
 つ、と竜馬の腹を撫でる。
 途端に、竜馬が我に返る。
 身体をひねり、隼人の下から逃げる。うまく身体をコントロールできず、どたりと間抜けな音を立ててベッドから落ちる。それでも這って逃げる。隼人の気配が覆いかぶさってこないと気づき、震える手で下着とズボンをずり上げた。
 振り返った竜馬の顔つきに、隼人の鋭い双眸がたわむ。勝ちが見えた者の笑みと余裕だった。
「…………くそ……た、れ」
 竜馬が口の中で呟いた。たくし上がっているタンクトップの裾を直す。指が強張っている。まだ身体が思い通りに動かない。動ければ——と鳶色の瞳の奥に微かに灯る。
 涙の跡を頬に残しながらの怒りの灯火に、隼人はさらにニヤついた。それでこそ、堕とす価値がある。
 囚われている、と思う。
 竜馬など、歯牙にもかけず無視をすればいい。さもなくば壊してしまえばいい。たったそれだけで、隼人を煩わせ、おびやかす存在はなくなる。
 だがそれでは永遠に満たされない。竜馬の首の根を押さえつけ、こちらを向かせる。そのうえで己の存在を刻みつけ、どちらが支配者であるかをわからせる。
 そうしなければならない。使命感にも似た執着が隼人の中に巣食っていた。
「くそ……くそ、覚えてやが、れ」
 鳶色の瞳は隼人の姿を捉えたまま、後ろに退がっていく。竜馬にとっては屈辱だろう。
「ぜってえ……絶対ぇ、タダじゃすまさ、ねえ」
 張りのない声は迫力も何もあったものではない。しかし浮かんだ怒りと闘争心は消えていない。むしろ、わだかまって煽り合って、じりじりと大きくなっていく。
「いつでもいいと、俺は言った」
 竜馬の中に残っている力——理不尽さに抗う光がまた、隼人を昂らせる。
「——てめ、え」
 再び兆しを見せる隼人のそこに、竜馬の顔が引き攣る。瞳の奥に湧いたのは嫌悪か侮蔑か。
 どちらにしても、隼人の存在感を植えつけたには違いない。竜馬の感情に黒い染みをつけただろう。
 達成感に、身体が熱くなってくる。まだ先はある。けれども「始まり」としては上々だった。
「——チッ」
 ニタリと笑った隼人に、唾を吐きかけるように竜馬が舌打ちを投げた。今の隼人にとっては、それすらも心地いい。竜馬の感情が濁って逆巻くほどに、己の力になっていく。
 みるみるうちに隼人のそこがみなぎっていく。とうとう竜馬は顔を背け、よろめきながら立ち上がった。一歩、二歩、後退る。
「お前が」
 隼人の声に、竜馬の足が止まる。俯きかけた顔に、ほのかに不安が過ったように見えた。
「お前が先に、俺に手を出した」
「…………ッ」
 勝手に近寄ってきたのは竜馬のほうなのだ。
 絡んで、もたれかかって、噛みついて——隼人の中を先にかき回したのは竜馬のほうなのだ。
 言い返そうとして自分の絡み酒を思い出したのか、竜馬が口惜しそうに唇を曲げた。
「俺という人間を見誤ったな」
 御せるはずと慢心したか、友の距離になったと勘違いしたのか。「連むのは嫌いだ」と言っていた割には、自ら踏み込む範囲を間違えた。お粗末な線引きだった。
 それとも——。
「そんなに俺と近づきたかったのか」
 瞬時に、竜馬の発する気配が緊張した。
 隼人は目を細める。弁慶の説はある意味・・・・、正しかった。
「そうか」
 なおさら、ねじ伏せたくなった。
「……ッ、な、ワケねえだろ!」
 固く握られた竜馬の拳も声も震えが滲んでいた。どこまでもわかりやすく、直情的な男だと思った。その反逆心が強がりに変わり、やがて折れていくのを見てみたかった。
「てめえ——クソッ」
 悔し紛れに隼人を睨みつけ——竜馬は身をひるがえした。隼人は追わない。
 逃げ出した・・・・・
 その事実は、間もなく怒りの矛先を隼人から自分自身へ向けることになるだろう。吐き出そうにも行き場に困り、かといって飲み込んで消化できるわけもなく、抱え込んだ感情を手離すために、きっと隼人に挑んでくる。
 確信があった。竜馬はそういう男だ。
 ——そのときこそ。
 胸の奥から溢れてくる。その熱は鈴口からも滴って、先刻まで竜馬の肢体を受けとめていたシーツの上にぽたりと落ちた。

 

 

 後頭部から首にかけて、刺さる視線が快感だった。
 ちろりと目線をやって応える。竜馬はいたずらを見咎められた子供のように、さっと目を逸らす。そうして何でもないフリをして、弁慶に近づいていく。弁慶が気づいて菓子袋に突っ込んだ手を止めた。
「そういや竜馬、あれからどうしたんだ」
「あ?」
「『あ?』じゃなくてよお。お前、ベロベロだったじゃねえか」
「あ——ああ、別に。もう酒は抜けたし、どうってことねえ。この訓練だって問題ねえよ」
「そうじゃなくてよ」
 弁慶は身体を揺すって座り直す。待機室のソファは硬くて、座り心地が悪かった。
「隼人に送ってもらって、無事だったかって」
「——」
 竜馬が息を呑む。ただそれはほんの一瞬で、そこに潜む戸惑いも動揺も、裏側を知っている隼人だけが感じ取れるものだった。
「無事って、何が」
 平静を装っているのも、わざといつもよりぶっきらぼうに喋っているのも、隼人にはわかった。
「決まってるだろ。隼人に襲われなかったかってこと」
 弁慶がニヤけた響きで言い、ぐふ、と笑った。くりくりとした目がなくなる。そのせいで、抑え切れずに竜馬の頬に浮き出た狼狽を見逃した。
 そのとき、
「俺が襲われた」
 と、隼人の声が飛んだ。
「え」
 竜馬と弁慶の声が重なる。隼人は手にしていたゲットマシンの整備記録のファイルを棚に戻し、振り向く。
「こいつに噛まれた」
 右手のグローブを外す。親指の付け根がうっすら紫色に変わっていた。
「うわ」
 弁慶が目を見開く。
「お前、隼人の服に涎垂らしただけじゃなく、噛みついたのか」
「——知らねえよ」
 気まずさなのか、本当に覚えていないのか。竜馬が嫌そうな顔でそっぽを向いた。
「俺、噛まれなくてよかった〜」
 弁慶の口調はどことなく呑気だった。だから竜馬も、
「おめえの肉なんざブヨブヨしてて、噛めたモンじゃねえだろ」
 軽口で乗っかる。それでこの話が流れることを期待しているのだろう。もう少しつついてやろうか、と隼人が口を開きかけたとき、ブツ、とマイクが入った音がした。三人がスピーカーを見る。その下のモニタはオフのままだった。
『武蔵坊君、いる?』
 スピーカーからミチルが呼び掛けた。「はいっ!」と弁慶が威勢よく立ち上がる。
『機材を移動したいんだけど、手を貸してくれないかしら』
 今日の飛行訓練では新しいデータを採ると言っていた。おそらくそのための機材なのだろう。できれば時間ぴったりに開始して欲しいものだが、満遍なく人員を投入できるわけでもない。時間が押してしまうのは仕方のないことだった。
「任せてください! ミチルさん!」
 弁慶は袋に残ったスナック菓子を一気に口に流し込み、どたどたと足音を立てて待機室を出ていった。
 隼人と竜馬が残される。
「……チッ」
 扉が締まったあとで、竜馬が舌打ちをした。
「どういうつもりだよ」
 目を合わせず、問う。だから隼人も目を合わせない。
「何が」
「……」
 竜馬が言い淀み、空気が揺れた。
 弁慶との会話に割って入ったこと。竜馬に「襲われた」と表現したこと。わざわざ見せつけてきた内出血は、本当に竜馬が噛んだ痕だったのか。それに何より、昨夜のこと。
 どれを指しているのか。
 きっと、全部なのだろう。
 さりげなく盗み見る。ぴたりとしたパイロットスーツに包まれた肉体。もっと硬質な手触りだと思っていたが、意外にも手に吸いつくような柔さと滑らかさだった。
 よみがえる記憶に、ふつ、と、血液の温度が上がった。
「知りたいなら、教えてやろうか」
 一夜明けて、今はどんな反応をするだろうか。隼人が半歩、近づく。
 途端に、空気が尖った。
「……ざけンな」
 低い声には怒りが満ちて、隠そうともしない。その目を見れば、ギラついた光が浮かんでいた。今にも爆発しそうな強さを秘めて隼人を睨みつけている。
 さっきよりも深く肌を刺す視線。昨夜、苦しさと混乱から涙が零れたのと同じ瞳で見返してくる。その気丈さとのギャップは隼人だけが知っている。
 隼人の口角が上がる。竜馬がまた、舌打ちをした。
「勝った気になってンじゃねえぞ」
 唇が歪み、犬歯が覗く。ずい、と半歩踏み込む。今にも噛みつきそうな勢いだった。隼人が鼻で笑ってあしらう。
「負けた気になったのか?」
 竜馬の血相が変わった。
「ああ⁉︎ ンだと!」
 その頬に血が上る。同時に右拳が放たれた。隼人は顔面目掛けて飛んできた拳を最小限の動きで躱し、流れのままにカウンターを入れる。
「……ッ」
 隼人の左手が竜馬の首を掴んでいた。竜馬が唾を飲む。筋肉が上下に動いたのが、手のひらから伝わってきた。
 ギリ、と歯を噛み締める音が聞こえる。
「残念だったなァ」
 ねっとりとした声でささやく。竜馬が反撃のために息を止める——隼人は指先をわずかに動かすだけで、竜馬の攻撃を封じ込めてしまった。
「……ふ、……っ」
 竜馬の身体が微細に震えた。怒りに燃える鳶色の瞳。その奥に差す、別の色。
「……どうした」
 隼人の声はさらに粘度を増す。
「今日は噛みついてこないのか——ククッ」
 指を滑らす。竜馬の首筋を撫でて、皮膚の下に潜む感覚を起こそうとする。
「……っ、ん」
 喉を潰されかねない体勢に、竜馬はじっと耐える。チームとなった今、そこまではしないはずだとは思っていても、肉体は本能で危機を嗅ぎ取る。隼人の力量を理解しているからこそ、竜馬の身体は抵抗しなかった。
 その姿はまるきり。
「……昨夜ゆうべと同じだなァ」
 隼人の声が、竜馬の耳朶を舐めた。
「——っ」
 びく、と竜馬の身体が揺れる。
 隼人が喉仏の出っ張りを優しく撫でる。ふ、う、と竜馬からくぐもった呻きが漏れた。
 覗き込む。
 鳶色の目に差した色が揺れる。揺れて、少しずつ濃くなって、艶になっていく。
 隼人の中に衝動が湧き上がる。突き動かされて、竜馬の顎を掴む。
「……ッ!」
 竜馬の目に、怒りを押し退けて困惑が浮かんだ。
 何しやがる。こんなところで。バカヤロウ。てめえ、ふざけンな。
 いつもなら機関銃のように次々と投げられる文句も、さすがに出ない。もちろん、竜馬の口が動かなかったのは、記憶の根底に昨夜の行為が横たわっているからだろう。
「……は」
 竜馬の口腔から漏れた息は湿度と熱を含んでいた。隼人の手に落ち、皮膚をじり、と灼く。息だけではない。パイロットスーツを通して指先に当たる体温も上がっていた。
「……ぁ」
 顎を固定された竜馬は喘ぐように呼吸をする。そのたびに、記憶が熱に変換されて滲み出る。
 熱は思考を鈍らせる。判断力を削り、冷静さを奪い、欲を増幅させる。竜馬から伝わってくる熱と己の中から湧き出る熱に、隼人は気づかぬうちに搦め取られようとしていた。
 薄く開いた竜馬の唇から熱が溢れてくる。隼人の目に濡れた舌が飛び込んできた。
「————」
 ぞく、と背筋を駆け抜けていく。昨夜の光景がありありとよみがえる。蠢く舌、指を包む粘膜の感触、熟れた肉の味が、隼人を吸い寄せる。
 竜馬、と唇が動きかけたとき——。
『お前たち、何をじゃれている』
 ブツリとした無粋な音に続き、早乙女博士の低い声がスピーカーから聞こえてきた。
『そろそろセッティングが終わる。同期を確認したらすぐに訓練だ。遊んでいる暇はないぞ』
 淡々とした声で告げられ、急に現実に引き戻される。まだふたりの間には熱の余韻が浮いていた。その空気を隠すように、
「わかっている」
 隼人は首だけで振り向き、答えた。
「訓練前の、ほんの準備運動だ」
『ふん』
 モニタは早乙女博士の無愛想な表情を三秒間映し続け、オフになった。
 隼人は竜馬を掴んでいる手を離す。竜馬はようやく自由を取り戻し、拳を繰り出しかけて——やめる。
「……チッ」
 いったい、何に対しての舌打ちか。それぎり、竜馬は顔を背けてしまった。
 隼人はしばしの間、竜馬を見つめる。竜馬はもう、こちらを向かなかった。
「……俺ァ先に行くぜ」
 まとわりつく視線を払うように左手で空気を薙ぎ、竜馬が出ていく。隼人は扉が閉まるまで、その後ろ姿を見つめていた。
「……」
 ゆっくりと息を吸い、まだ奥のほうに[[rb:燻 > くすぶ]]っている火種を揉み消す。危うく我を忘れるところだった。昨日なら、まだ酒のせいにできる。
 ——今日なら、何のせいというのだ。
 竜馬の表情に、口元に、体温に。その反応に蠱惑的なものを感じたのか。
 竜馬が抗えないように、隼人もまた、抗えない。
 ——馬鹿な。
 自分は操る側だ。支配する側だ。自我を保ったまま、竜馬を作り変えていくのだ。しかし、竜馬を前にするとどこかたがが外れる気がするのは確かだった。
 まるで熱に浮かされて——流竜馬という毒に冒されて、腹の底に溜まっている欲を引きずり出されるような感覚だった。
「馬鹿な」
 そんなはずはない。自分に言い聞かせるために、隼人は声にする。ただ竜馬を従属させたいだけだ。そこに、竜馬自身を欲する気持ちなどない。竜馬に惹かれているなど、決して。
 ——あるはずがない。
「チッ」
 思わず舌打ちをし、それがつい先刻の竜馬と同じ仕種だったことに気づいて——。
「……チッ」
 もう一度、隼人は己に向かって舌打ちをした。