残響

新ゲ

竜馬が早乙女博士に会いに地下の炉心制御室を訪れるお話。
11話、竜馬が出戻って、弁慶がゲッ〇ーの破壊行動に出るまでの間の設定。期間が3日前後あったら、こんなこともあったりして、と思い書きました。約2,000文字。2021/8/1

◆◆◆

 早乙女が驚きで目を大きく見開いたのを確認し、竜馬はしてやったりと笑った。
「よお」
「……隼人か」
 セキュリティコードを知っている人間は限られる。
「ミチルかもよ」
 楽しげに、竜馬は言う。しかし早乙女は乗らない。
「どちらでも構わん」
 背中を向けた。コンソールパネルを操作する。
「こんな地下で何やってンだよ」
 薄暗い部屋。青白い揺らめきがほのかに室内を照らしている。
 隼人はきっといろんなことを知っている。訊いたら答えてくれるものもあるだろう。だが理解できないのはわかっていた。
 同じ「わからない」なら、まだ早乙女の口から聞きたかった。
「籠りっぱなしじゃ、頭がおかしくなっちまうンじゃねえか」
 返事はない。
「なあ、おい」
「見てわからんか、忙しい」
「そうかよ」
 歩を進め、並ぶ。巨大な水槽が眼前に広がった。早乙女は手を休めることなくキーボードを打ち、コードを入力していく。
「……」
 手元を眺める。
 その手はひどく老けていた。
 爪はぼろぼろで、傷と、染みと、皺と、節くれが相まってまるで八十の老人のようだった。
 ゲッター線が満ち満ちた部屋にひとりきり。昼も夜もなく研究に没頭するのは、肉体的にも精神的にもいいわけがない。
「ジジイ」
「何だ」
 ——変な夢を見ねえか。
「…………」
 口を開くが、言葉が出てこない。
 ——訊いて、どうする。
 あれは夢だ。
 ただの悪夢だ。
 ——けど。
 きっと、未来だ。
 口を引き結ぶ。
「……ゲッターロボって、何なんだよ」
 知りたかった別の問いを投げた。
 早乙女は答えない。
「おめえ、ミチルとうまくいってねえンだろ。達人だって——」
 皆、ゲッターに翻弄されている。
 いや、翻弄という言葉ではぬるすぎる。
 ——俺たちは、ゲッターに。
 狂わされている。
「……そこまでする必要があったのかよ」
 何もかもを犠牲にして。
 早乙女はゲッターに何を見て、何を求めているのか。
 [[rb:あ > ﹅]][[rb:の > ﹅]][[rb:世 > ﹅]][[rb:界 > ﹅]]を望んでいるのだろうか。
 キーボードを叩く音が途切れた。
「お前がわかる必要はない」
 変わらない、抑揚のない声だった。
「…………そうかよ」
 初めから、早乙女の答えはわかっていた。だが直接、訊かずにはいられなかった。同じ調子で早乙女が続けた。
「お前の役目は、ゲッターに乗って、闘うことだ」
「……勝つこと、だろ」
「フン」
 早乙女は鼻で笑う。
「お前は……そういう男だったな」
「ああ?」
 竜馬は不機嫌そうに顔をしかめ、首をひねった。
「わかってて、おめえが[[rb:研究所 > ここ]]に連れてきたンじゃねえか」
「……ああ、そうだな」
 早乙女はぼそりと呟き、顔を上げた。
 わずかな時間、目が合う。
 すぐに早乙女は目を逸らした。
 あとには、沈黙。
「……」
 竜馬が間を持て余し「なあ」と呼びかけた。
「おめえ、それで倖せなのかよ」
 今度は何も返ってはこなかった。再びキーボードが鳴り出す——まるで会話の終わりを告げるように。
 竜馬は正面を向く。水面が穏やかに揺らめいていた。
 と、ざわりと妙な気配を感じた。身体が緊張する。
 ——何だ?
 咄嗟に身構え、視線で探る。
 ——気の……せい……か。
 いや、違う。
「——ッ」
 床から緑色の光の粒が湧き出してきた。
 無数の蛍が一斉に生命を燃やしているようだった。
 ——ゲッター……線……。
 もう、何を言っても訊いても、早乙女は振り向かないだろう。
 ——俺は。
 闘うだけだった。そのために戻ってきたのだから。
 竜馬は深呼吸する。
「……じゃあな、ジジイ——またな」
 返事はない。
 ——いつも通り、だな。
 早乙女を横目で見やってから、部屋を出る。
 背後で扉が閉まっていく音がする。立ち止まり、振り返った。
 白衣の背中が見えた。
「……」
 誰の助けも必要としない、孤独で厳しい背中。
 脳裏に父親の背中が浮かぶ。
 甘えを一切許さない——道着の裾を握ることさえ——男だった。背格好も違うのに、早乙女博士と重なる。
 ——オヤジも、ジジイも。
 甘えられるのも嫌だったのだろうか。寂しいと感じることはなかったのか。
 ふとそんなことを思った。他愛のない、それこそ早乙女から「どうでもいい」と言われることだ。
「……へっ」
 甘えられるとしても、自分は甘え方を知らない。二十歳にもなった男が、いまさら何をどう甘えるというのか。
 ——甘えるだって? この、俺が?
 自嘲めいて唇の端を上げた。
 その時、早乙女の顔が少しだけこちらを向いた。
 何も言葉はない。代わりに、口元が微かに笑ったように見えて。
「——」
 竜馬が一歩、踏み出す。
 だが扉は閉じられていく。
 ——ジジイ。
 早乙女の表情はすぐに見えなくなる。扉が閉まる寸前、声が聞こえた。
「達人、今夜も来たのか」
「な……」
 完全に扉が閉じられた。
「おい、ジジイ!」
 扉を叩く。急いでドアパネルにロック解除のコードを入力する。
 しかし反応はない。コードは無効化され、内側からでないと開かないようになっていた。
「ジジイ!」
 扉に拳をぶつける。竜馬の声と拳の音だけが虚しく響いた。
 ——何だ、今の。
 達人と言った。
 ——何が。
 起きているのか。

 そして。

 あの微笑みの真意は。

「…………ジジイ」
 竜馬はずっと、立ち尽くしていた。