達人が生き残っている世界線。つきあってます。
敵襲もなく、早乙女研究所としては何もかもが平和な1日に特別感を抱く達人のお話。
キスまでですが、服の上から胸への軽いキスや、性行為を誘う表現があります。約2,000文字。2022/2/3
◆◆◆
達人がにんまり顔で歩いている。
今日はいい日だ。
そう思わずにはいられない。
目覚めもよかったし一晩かけて取ったデータも不備は見当たらない。昼食の八宝菜には二個あれば大当たりのうずらの卵が三個も入っていたし、ゲットマシンの調整もうまくいった。パイロットたちの喧嘩もなかった。今のところ敵襲もないしミチルの小言もない。早乙女博士から何の連絡もないのは問題がない証拠だ。
夕食のカツカレーも旨かったし、夜番への引き継ぎも滞りなく終わった。あとは無事に朝日を拝めれば文句なしだ。
毎日生命を張っているのだから、たまにはこんな平和な一日があってもいい。
自室のロックを解除する。扉が開くと電気がついていた。
「よう」
奥から聞き慣れた声があがる。
「——竜馬」
「今日は予定表通りだな」
珍しい、と笑う。達人も笑顔で答える。
「そうだな。今日は朝からこんな感じで、全部がうまくいっている。このまま何事も起きなければ、特別な日だ」
「特別?」
「そう、特別」
ネクタイをゆるめながら、ベッドに寝転がっている竜馬に近づく。竜馬は眺めていた達人のバイク雑誌を閉じて身体を起こした。その傍らに腰を下ろす。
「ただいま」
「おかえり」
竜馬のキスが出迎える。
「へへ」
目を細め、竜馬がもう一度キスをした。
「じゃあ今日はあまり待たなかったな?」
「ああ。俺もさっき来たばかりだ」
「それなら、よかった」
頭を撫でると、竜馬はくすぐったそうに首をすくめた。
「ところでさっきの」
「うん?」
「特別って、どういう意味だ?」
竜馬が見上げる。
「ああ。……誰も死なない、何も起きない、とにかく平和な日ってことだ」
「それ、確かに研究所じゃ珍しいかも」
鬼の襲撃に加え、犠牲者が出ないまでも機体テストや実験にトラブルはつきものだし、ときには老朽化した配管からガス漏れやら水漏れやらが発生する。居住区で乾燥機が壊れることもあるし、本当に何もない日は珍しかった。
「いいこともあったから、もう少しだけ特別感があるかな」
「いいこと?」
うずらの卵のこと、ミチルの小言がなかったことを教えると、竜馬が盛大に笑い出した。
「そんなに笑うところか?」
「だって、だってよぉ——くははっ」
心底楽しそうに大口を開ける。
「どっちもわかる!」
小言のない日は何だか妙に嬉しいし、チャーシューが一枚多いラーメンが出てきたら宝くじに当たったみたいに気分が上がる。そう言って達人を和ませた。
「じゃあ、もうちっとばかし特別な日にしてやるよ」
ひとしきり笑ったあと、竜馬が両腕を前に差し出した。
「……?」
達人が首を傾げる。
「仕事、お疲れ様。よしよししてやる」
小さくはにかんで、腕を広げる。
「……竜、馬ぁ」
感激に詰まって、少しだけ甘い声。達人が竜馬の胸に飛び込んだ。
「うおわっ!」
そのまま勢いに押され、ぼすっとベッドに倒れ込む。
「うはっ、でっけえ犬に飛びつかれたみてえだな」
竜馬が満面の笑みで達人の頭をきゅっと抱きしめる。
「よしよし」
ぐりぐりと、短髪の頭を撫で回す。
「りょうまぁ」
達人は頬をすりすりと押しつけ、身体にしがみつく。尻尾があれば、千切れんばかりに振っていただろう。
「竜馬の匂いがする」
「石けんの匂いだろ? 風呂入ってきたし」
「それもするけど、竜馬の匂いだ」
すう、と息を吸い込む。
「倖せで落ち着くけど、ムラムラして襲いたくなる匂い」
タンクトップの上から胸の先にキスをする。
「んっ」
竜馬の身体がひくんと反応した。
「……達人」
その額にキスをする。普段は高い位置にあって、こうして抱きしめ合わないと竜馬の唇が触れられない場所。
そのあとで大きな背中を抱きしめる。
「…………達人の匂いがする」
「あ——悪い、汗くさいだろ」
達人が離れようとする。だが竜馬はきゅっと抱え込んで離さない。
「全然。……男くさくて、かっこよくて、その……くらくらする匂い。大人の男ってカンジがする」
「……竜馬」
「な、このまましようぜ」
「このまま?」
竜馬が頷く。瞳に熱が灯っている。
「今すぐしたくなっちまった」
達人の鼻先にキスをする。
「特別ついでに、サービスしてやるから」
「サービス?」
「ン」
今度は唇にキスをして誘う。
「俺がたくさん舐めて、そんで上に乗って動いてやるよ。『ご奉仕』ってヤツだ」
達人の目が丸くなる。
「いっつも気持ちよくしてもらってるから、お返し」
「……俺は、いつも気持ちいいんだけどな」
「そんならいいンだけど。何か俺ばっかり気持ちよくなってる気がして」
達人がかぶりを振る。
「十分気持ちいい」
「けど俺がするって言っても、いつの間にか、その」
愛撫をしていても気がつけば立場が逆転している。そしてされるがままになってしまう。
思い浮かべて、竜馬の頬がうっすらと赤くなった。
「あー、それはしょうがない」
達人は竜馬の鼻の頭を人差し指でちょん、とつつく。
「お前が可愛いやらスケベやらで我慢できなくなってしまうから」
「——」
かああっと顔中に赤みが広がる。
「ほら、そういうところ」
めいっぱい倖せそうに達人が笑った。
「竜馬」
達人の手が竜馬の頬を撫でる。
「そうか。お前が傍にいるだけで、毎日特別なんだな」
「……」
「竜馬……好きだよ」
「……ン、俺も」
照れくさそうに、そして泣きそうにも見える表情で竜馬がゆっくりと答えた。