君が望むなら

新ゲ隼竜

つきあってます。黒平安京後、新炉心テスト前。
【注意】新ゲのこのふたりが「愛してる」って言い合ったとしても楽しめる人向け。ふたりとも割とウエットでシリアス寄り。
セックスしたあとで隼人に「愛してる」って言ってとねだる竜馬、前は言ってたけど黒平安京後は故あって言いたくない隼人のお話。
行為後のピロートークという設定。キスまで。隼人の一人称。約4,000文字。2022/3/27

◆◆◆

 もともと、言わせたがりだった。
 普段の言動とはまったく結びつかないほどに叙情的で感傷的。
『愛してる』
 短い言葉。
 行為が終わると、聞きたがった。
 俺にとっても、柄にもない言葉。最初こそ面食らったが、からかっているわけではないと——本気なのだと気づいて腹を決めた。
 もちろん告げる。
 本心だから。

 だが今はもう、言いたくない——。

   †   †   †

 背中に体温を感じる。
 竜馬の顔は見ない。
 ねだられるとわかっていたから、背中を向けていた。
 きっと、見ないほうがいい。
 もしも哀しそうな表情をされたら、言ってしまいそうになるから。
 胸に回された竜馬の手に、きゅっと力が込められた。
 続けて、小さな溜息も。
「……」
 まさか、泣き出しはしないだろう。
 もしそうなら、俺は——。
「何でか、訊いてもいいか」
 早くも後悔し始めたとき、いつもと変わらない調子で竜馬が問うてきた。
「殴ったりしねえから、こっち向けよ」
 泣くどころか、怒るでも震えるでもない。
 意外さに戸惑いながらもゆっくり身体を反転させる。左腕を竜馬の頭の下に入れて迎え入れた。
 竜馬がそろりと俺を見る。静かで、凪いだ瞳——いたく冷静だった。
「何で、言いたくないンだよ」
「逆に訊きたい。どうしてそんなに聞きたがるんだ」
 頬を撫でる。指先の感触を確かめるように竜馬が目を閉じる。まるで安心しきって飼い主に身体を触らせる猫のようだった。
 やがて、俺にだけ懐いた獣が口を開く。
「俺がちゃんと生きてここにいて、必要とされてるって思うから」
「——」
 想定していたよりも重かった。
「俺、今までダチらしいダチもいなかったし、当然、こんな関係の人間もいなかった」
 長い睫毛の下から鳶色の瞳が現れる。ぶれないふたつの目は、俺をじっと見る。わずかな変化もつかまえようとするかのように。
新宿マチの顔見知り連中は俺がしょっちゅうヤクザとやり合ってたのを知ってるから、一箇月ぐれえ見なくなったら俺は死んだってたぶん思うだろうな。そんでもって半年もすりゃ、忘れちまう」
「……」
「今帰ってみろ。きっとみんな俺のことは忘れちまってるだろうから、思い出すまで何秒か何十秒かな——しばらく時間がかかって、それから俺に足がついてるか見て、目と口がっぽり開けて、それで腰抜かすンだぜ」
 具体的に誰かを思い浮かべているのか、楽しそうにケラケラと笑う。
「もしかしたらそうじゃねえかもしンねえ。まだちゃんと覚えててくれてる人もいるかもしンねえけど……けど俺がそう思っちまってる」
 諦めに似た響き。
「…………でも隼人は違う」
 胸元に額を押しつけてくる。形のいい頭をそっと撫でてやる。
「『愛してる』って言ってくれンだから、俺が死んだら本気で哀しンでくれる」
 ぞくりとした。
 黒髪を弄んでいる指が止まる。
「それで、うまくいったら一生、忘れねえでいてもらえる。もっと短くても、きっと半年よりかはずっとずっと、長い」
 額をこすりつけてくる。
「わかるだろ? 人ってなぁ結構呆気なく死んで、いつの間にかキレイさっぱり忘れられちまう」
「…………ああ」
 捨て駒のように生命を動かしてきたから、そこいらの奴よりわかっているつもりだった。
 だから、と竜馬が続ける。
「たったひとりでも、自分を覚えていてくれて、ときどきでもいいから哀しンでくれて——そんな人間がいるなンて、倖せだろ? だからいつも思いきり闘えるし、やべえかもって思うときがあっても、まだやれるって自分を信じられる」
 一瞬、目の前が真っ暗になった。
「——っ」
 思わず竜馬を抱きしめる。
 つかまえていないと、消えてしまいそうな錯覚に陥る。鼻の奥に微かに血の匂いが漂ってくる気がした。
 根拠のない、だが一笑に付すには近過ぎる不安。
 竜馬が抱きしめ返してくる。
「隼人は何で、言いたくなくなったンだよ」
 苦しくなり、息を止める。
「……隼人?」
 少しだけ震えていたのかもしれない。
「どうしたンだよ」
 竜馬の声が揺れる。
「……なあ、隼人」
「たぶん」
 小さく息を吐く。
「根は、お前と同じだ」
「え?」
 もうひとつ息をして自分を落ち着かせる。
「黒平安京に行ったとき」
 それでも、あのときの思いが心をひりつかせる。あんな思いは二度としたくない。
「俺たち、ばらばらになったろう?」
 ふとよぎった。
 もしこのまま会えなかったら、と。
「会えるだろうとは思っていた。ただ、万が一の可能性が捨てきれなくて……不安だった」
 ひとつのゲッターロボで闘っていても、離ればなれになるのだと実感した。自分は見えない力に翻弄されるただの人間なのだと肌で知った。
 だからこそ竜馬を見つけて——心底、嬉しかった。やっと会えたと安心した。
 そのあとで我に返り、竜馬がひとり生身で死地に身を置いていた現実に慄いた。
 それで悟った。

 竜馬は待たない・・・・
 たとえひとりでも、進む。

 必ず俺たちが探して追いつくと思っていたのか。
 本当に自分ひとりでも勝てると思っていたのか。
 おそらく、どちらも本音だろう。
 俺と弁慶を「必要としていない」のではなく、自分の進むべき道が見えたら迷いなく進む。
 ただそれだけなのだろう。

 そんな男だから、俺は。

「ひとりで闘っていたお前を見て、ぞっとした」
 不安が恐怖に変わった。
「……言ったら、お前がもう帰ってこない気がしたから」
 だから、言いたくなかった。
「どういうことだよ」
「俺や弁慶がいなくても、ゲッターロボがなくても、お前は闘っていた」
「ああ」
「ただでさえそうなのだから……死にそうになったとしても、俺の言葉を抱えて前のめりで突っ込んで行きそうで——」
 聞くと、竜馬が吹き出した。
「俺のことよくわかってンな」
 嬉しそうに笑う。もしひとり先に逝くとしても、きっとこんなふうに笑っている。
 俺は、笑えない。
「冗談じゃない」
「え——」
 ぴり、と竜馬の頬に緊張が走る。
「退くのも強さだ。けれども竜馬、お前はそうじゃない」
 その表情から笑みが消える。
「お前は最後まで自分を貫いて、死んでも前に進む。ひとりでさっさと行ってしまう」
「……」
 振り向きもしないで。
「竜馬」
 こんなにも近くにいるのに、確かに触れ合って、繋がっているのに、胸の深い場所は黒くわだかまっている。その闇に引きずり込まれそうになる。
「俺の言葉は、お前が気持ちよく死ぬための呪文じゃない」
 竜馬が息を呑んだ。
「そうだろう?」
 まばたきもせず、俺の目をまっすぐに見つめてきた。何にも汚されないで、自分自身を信じて生きる、綺麗な瞳。
 そのままでいて欲しい——俺の好きな竜馬のままで。
 竜馬が望むなら、どんな言葉もくれてやる。真実、そう思っている。
 けれども。
「俺は、お前の覚悟になりたくない」
「————覚悟」
 唇が繰り返す。
「ああ」
 頷いて、背中をそっと撫でる。
「……俺は覚悟なんかより……戻ってくる理由になりたい」
 口づける。
「……はや、と」
「俺がいるから、死にたくない、と思われたい」
 もう一度、口づける。
「ン…………はやと」
 竜馬の指が俺の頬に触れる。
「……『戻ってくる理由』」
「そうだ」
 研究所ここに来る前は、いつ死んだって構わなかった。それが今ではとんだお笑い種だ。死にたくないと思っている。生きて——竜馬の傍にいたいと願っている。
「生きて、帰ってくるんだ。どんなときも、何があっても」
 竜馬より、先には死ねない。
 死ぬものか。
「そうしたら、必ず言ってやる。好きなだけ、言ってやる」
 抱きしめる——強く。
 腕の中で、小さく「ン」と応じる声が聞こえた。それから「苦しい」と。
「あ、ああ」
 腕の力をゆるめる。竜馬が「ぷあ」と水面から顔を出すように呼吸をした。
「…………じゃあ、よ」
 子供のように無邪気な目が見上げてきた。
「じゃあ、帰ってくるためによ、先に言ってくンねえか」
「何」
「言われねえで次に出撃たら、俺、パワー不足になっちまう」
「お前、俺の話を聞いていたか」
「聞いてたさ」
 笑う。
「最初に隼人が言ってから、それからよーいどん、だ」
「……あきれた奴だな」
 額をこつん、と合わせる。
「へへ。……どうせ死ぬンなら、一緒にってのがいいンだけどな」
「……そうだな」
 きっと、それが理想なのだろう。俺は竜馬と一緒なら、どこへでも喜んで行く。地獄でも、この世の果てでも。
「もしまたバラバラになっちまったら……そう、なっちまっても……」
 大きな瞳がきゅっと歪んだ。俯いて俺の首元に顔を埋める。
「いつでも隼人が待っててくれるって思うと、俺」
 その表情は見えない。
「きっと、俺——」
 言葉が消える。
 ——竜馬。
 それで十分だった。
「竜馬」
「……ッ」
 しがみつく指先が微かに震えていた。自信たっぷりに鬼をなぎ倒していく男とは思えないほどの繊細さ。
 これも竜馬だ。
 俺だけが知っている竜馬。

 本当は、わかっている。
 誰も、何も竜馬を縛れない。
 それでも、俺は竜馬を繋ぎとめておきたい。だから心の全部を込める。

「————」

 耳元でささやく。

 俺には、そうすることしかできないから——。