いわゆる初夜やり直し系。
隼人(強い自覚)⇄竜馬(無自覚)
竜馬から告白して初夜を迎えるも、その時の記憶がないと発覚、ずっと好きだったがゆえにショックから竜馬を避けるようになる隼人。そんな隼人を見て気持ちが乱れる竜馬。自分の心に気づき始める竜馬と、忘れようとする隼人がちゃんと向き合って改めて初夜を迎える話。これからつきあいます。竜馬寄り視点。約27,000文字。2022/7/11
【注意】
・つきあってからの邪魔が入る、挿れる直前に萎えるなどの失敗からのやり直しではなく、記憶がないまま初夜を済ませた後に、再度セックスするというやり直し話。
・隼人を好きなんじゃないかと思うようになり、確かめるためにも竜馬が隼人にもう一度抱いてくれないかと頼みます。
・自棄になった隼人が竜馬の後頭部の髪の毛を引っ掴んで無理矢理キスをするシーンがあります。竜馬に抵抗されちゃんと正気に戻るので、それ以上ひどいことはしません。
・挿入中、我慢できずに一度隼人がイッてしまいます。
・致している最中に竜馬の感情が極まってしまい、結構泣きます。
◆◆◆
誰でもいいから説明してくれ。絶対に茶化さないし、そっぽも向かないし寝ないから——。
竜馬は胸の内で声をあげる。だが実際には「んぐ」という情けない鳴き声しか出てこなかった。
——何だ、これ。
視界には黒髪と、あまり色つやがいいとはいえない地肌。それらが一旦離れ、隼人の顔形が現れる。唇は自由になったものの、いざとなると言葉が見つからない。
再び、隼人の顔が近づく。
「——え」
ベッドに押し倒され、また唇を塞がれる。
「ン⁉︎」
胸に置かれた手がゆっくり動き出した。
「っ!」
胸筋を確かめるようになぞり、脇腹を撫でて下へ向かう。
——おい!
撥ねのけて叫びたい。しかし唇を開くと、ぬめりとしたあたたかいものが侵入してきて機会を奪った。
「ン! ンん……っ!」
咥内を舐められ、奇妙な感覚に背中が震える。隼人の両手が身体の上を行き来するとその感覚が増幅し、腰の奥と後頭部がゾクゾクし始めた。
——あ、やべえ。
直感する。なりふり構っていられなくなる。
左手で隼人の後ろ髪を引っ掴む。頭が浮いた隙に右手を額にあて、力を込めて押し返した。
「痛っ! お、前……!」
ようやく隼人が離れる。
「何をする」
舌打ちをして竜馬の右手を払う。
「後ろも放せ」
手を回し、指を剥がした。
「くそっ、思いきり引っ張りやがって」
こんな訳のわからない状況なのに、強く押されてボリュームを失った前髪が面白い。思わず竜馬が吹き出した。
「……何を笑っている」
ムッとした顔で隼人がのしかかる。
「へ、お、おい! あ、ちょっ、待っ」
「今度は何だ」
唇が迫る。竜馬は慌てて四方を見やった。
何か、何か隼人を止めるもの——。
「く、靴!」
ブーツが目に入り、口走る。
「あ、ああ、そうか」
隼人は珍しく素直に身体を起こし、ブーツを脱ぎ始めた。
「お前も履いたままだぞ」
ちろりと視線を投げられ、飛び起きる。
——お、おめえが!
「何だ、その顔」
じっと見つめられる。そう言われてもどんな顔をしているのかまったくわからない。竜馬は途方に暮れて俯いた。
「……竜馬?」
爪先に鉄板の入ったブーツが鈍い音を立てて床に落ちた。
「お前」
視界に指先が入ってきて、顎を持ち上げられる。
——あ。
心配そうな表情。にわかには信じられなくて竜馬はまばたきを忘れる。
「竜馬」
「ッ!」
肌を撫でられ、竜馬は反射的に目をきつく閉じた。身体がうまく動いてくれなくて、そうするのが精一杯だった。
「今夜、十時に」
左耳に口づけるほどの距離で隼人がぼそりと言った。
「——な」
突然の出来事に反応が遅れる。腰に添えられた右手が背中をひと撫でして離れる。竜馬がそちらを向いたのは、隼人が歩き出したあとだった。
「——」
何のことかさっぱりだった。
ただ、隼人が訪ねてくるならロクな理由ではないだろう。尖った空気は感じられなかったが、油断させるつもりかもしれない。何を企んでいるのか知らないが、そっちがその気ならと迎え撃つ心積もりをした。
時間ぴったりに部屋のインターホンが鳴った。扉を開けると果たして隼人で、許可を待たずに入室してきた。そのまま奥まで行き、竜馬のベッドに腰掛ける。そこでようやく、ケンカが目的ではないと気づいた。
——相変わらず、ワケわかンねえ男。
近づき「隼人」と言い終わるかどうか。
左手を引っ張られ、抱き寄せられる。驚いて顔を上げた途端、キスをされた。
「……!」
思い出すと、かあっと顔が熱くなった。
なぜか、隼人が竜馬の身体を求めている。
「竜馬」
そろそろと睫毛を上げると目が合う。
「どうした」
本当に心配そうな、隼人の眼差し。こんな表情もできるのか。
「あ……い、や…………その」
頭の中がこんがらがっている。隼人の態度があまりにも想定外過ぎて、どう応えていいのかわからない。だから視線を外した。
「竜馬」
刺のない、柔らかな声。隼人の指がそっと頬をさすった。
「——っ⁉︎」
びくりと身を強張らせ、また目を瞑る。
「……竜馬」
何度も頬を撫でられる。あたたかい。血が通っている隼人自身を感じた。
「何が心配だ」
声の穏やかさと指の心地よさに誘われて隼人を見る。まっすぐな視線に絡め取られた。
——あれ……、隼人って。
こんなふうに人を見る男だったろうか。
「……」
じいっと瞳の奥を覗き返す。
——そういや。
真正面からじっくり向き合うのは初めての気がする。もっと黒いと思っていた瞳は茶色がかっていて、照明の角度なのだろうか、深く澄んでいた。陽の下で見たなら、もっと綺麗なのだろう。
「——はや」
口づけられる。
今度は、そっと、そっと。
「…………ン」
——何で。
まったく状況がわからないのに、混乱しているのに、ちっとも嫌な気持ちにはならなかった。普段の自分ならとっくに殴っているはずだ。
唇が離れる。隼人の瞳が探るように揺れる。切り出すなら今しかなかった。小さく息を吸い込む。
「俺、その」
手元に視線を落とす。
「その」
落ち着かなくて、指先をしきりに動かす。隼人は黙って待っていた。それも意外としか言いようがない。
「あの、よ」
思いきって目を合わせる。
「そもそも、何で隼人とこんなふうになってンのか……わかンねえ」
もしも空気が硬くて触れるなら、ピシリとひび割れた音が聞こえたのではないか。
それほどに、隼人から発せられる気が瞬時に緊張した。
「はや——」
背筋に冷たいものが走る。声をかけるのもためらわれて、竜馬は口をつぐんだ。
隼人はまるで人形だった。呼吸が止まっているのか、胸の上下もない。唾を飲む音もしない。見開かれたままの瞳も、嵌め込まれた硝子玉のようだった。
「……なあ」
沈黙が不安にさせる。こんなことは生まれて初めてだった。
「……なあ、隼人」
微動だにしない男にささやきかける。その手に触れてみようかと一瞬だけ考えて——やめる。
「…………は?」
やがて、微かに瞳が揺れ、首がほんの少し傾げられた。本当に人形がギギ、と動くような音が聞こえた気がした。
酷いことを言っているのではないか。
——いや、言っている。
隼人は自分を求めている。そして、たぶん自分も了承したのだ。それなのに、これは拒んでいるのと一緒だ。
けれども自分だって何が何だかわからない。このまま流されるのだけは絶対に嫌だった。
「俺……いつの間におめえとキスするような間になったンだよ」
「…………な、に……?」
「……おめえがふざけたことをするヤツじゃねえのはわかってる。たぶん、何かあったンだろ? けど…………覚えてねえンだ」
「——」
隼人の唇が開く。だが言葉はない。
「その、隼人」
「……あ」
しきりに目を泳がせ、右手で口元を覆う。すらりとした指は震えていた。さっきまで優しく竜馬の肌に触れていた指。こんなにも動揺している隼人は見たことがない。
息が詰まった。
「……一昨日の……夜」
「え……」
「覚えて……いないのか」
いつもより声が弱々しい。
「一昨日……?」
「…………ああ」
「一昨日って確か」
昼下がりのだれたような空気を裂いて鬼獣が現れた。久しぶりの襲撃だった。竜馬は張り切って出撃して、イーグル号で先制攻撃を仕掛け——まともに返り討ちに遭った。
「俺、ここ切ったンだよな」
激しい攻撃にさらされ、コックピット内でしたたかに頭を打ちつけた。衝撃でヘルメットにヒビが入り、額から出血した。縫うほどではなかったが、戦闘後に入念なメディカルチェックを受けたのだった。
「寝っ転がって、変なでかい機械に入れられて」
脳に異常は見られない、とミチルが安心したように息をついていたのが記憶に残っている。他にもいろいろな検査をされ、すべて終わったのがもうすぐ夕飯という頃合いだった。
「それで——それで」
今度は竜馬が固まる番だった。
「…………あれ」
部屋に戻ったあとは? 夕飯のメニューは? その夜は、何をしていた?
「…………嘘だろ」
いくら同じような日々で混同しやすい部分があるとはいえ、何がしかの記憶は残っているものだ。しかし今はすっぽりと抜け落ちている事実を確認するだけの行為だった。
昨日の朝、自分の部屋で目覚めたのは間違いない。身体はいつもより重だるく、ところどころ痛んだ。だが前日のケガと、長く慣れない検査のせいだと思っていた。
「……なあ」
隼人を見る。
「俺……何したンだよ」
ふいと視線を逸らされる。
「隼人」
目を合わせず、隼人が立ち上がった。裸足のままデスクに向かうと受話器を取る。
「至急、早乙女博士を」
沈黙ののち、電話口から女性の声が聞こえた。恐らくミチルだろう。
「一昨日の検査後から夜にかけて竜馬の記憶がない。……ああ、今のところ、それだけだ。…………わかった」
受話器を置くと深い溜息を吐いた。離れている竜馬にも届く。
デスクに両手をついて、動かない。
——隼人。
いたたまれなさを感じ、竜馬は右手を伸ばす。唇は「はやと」と呼ぼうと形を作る。だが悄然とした背中は近寄り難く、拳を握って下ろしただけだった。
再びふう、と息を吐く音とともに隼人の頭がもたげられた。
「今から再度CTスキャンを撮るぞ」
振り向いた顔は見慣れたものだった。ベッド際に戻るとおもむろにブーツを履き出す。それから竜馬の左腕を取った。
「え、はや——」
「行くぞ」
本当に一瞬だけ、間があった。
その瞬間の哀しそうな瞳が、竜馬の目に焼きついた。
「なあ、隼人」
廊下を歩きながら何度目かの問いを投げる。
「俺……何したンだよ」
幾度も訊ねるのは正直気が引けた。それでも知りたさに変わりはない。竜馬にしては根気よく、控えめに訊いていた。
しかし固く閉ざされた口元にいい加減限界がきて、竜馬は前を歩く男の肩に手を掛けた——と、思いきり振り払われる。
「な……ッ」
驚きに足が止まる。やや遅れて隼人も立ち止まった。
「……ッ」
言葉が出てこない。強く弾かれた右手がじんじんしていた。隼人がわずかに項垂れる。
「……悪、い」
やがて小さな謝罪が聞こえた。
「…………いや」
竜馬もそう答えるしかない。
「……」
気まずい空気の中、隼人がちらりと振り返った。
「……?」
ゆっくり近づく。隼人は床に視線を落とし、億劫そうに口を開いた。
「ミチルには何を聞かれてもわからない、覚えていないと言え。それ以外、余計なことは言うな。俺が何とかする。いいな」
「お、おう……」
切れ長の目が伏せられた。続けて、ふう、と溜息が零れる。
「……な、んだよ」
妙な間に耐えきれず、竜馬が訊ねた。
「……一昨日の夜」
ぽそりと落ちる。抑揚のない、というよりは感情のない響き。
「一昨日の夜、お前が突然やってきて、俺を『好きだ』と言った」
「——」
「……それから『抱いてくれ』と」
前半は予想していた。だが。
「そ、それ、で」
それきり隼人は黙り込んでしまった。答えがないのが答えだった。
「あ——、そ、そうか」
隼人の姿を見ていられなくて視線を外す。どうするのが正解なのかわからなくて、竜馬も黙るしかなかった。
実際に覚えていないものはどうひねったところで絞り出せない。すぐに悟ったミチルの疑問は隼人に向かった。隼人は淀みなく説明する。
鬼獣戦について隼人が嫌みを言った。そのことへの怒りが収まらず、夜になって竜馬が隼人の部屋に訪ねてきた。
時刻はごまかさない。仮に目撃者がいても監視カメラを確認されても問題ないように答える。隼人は食えない男には違いないが、こういったときには信用がある。だから誰も本当に録画データを調べはしなかった。もし調べられても、竜馬が自室に戻る際の映像までは確認されないだろうという算段からだった。
検査には隼人も立ち会った。おかげで着替えの際は腿の裏や背中についたキスマークを誰にも見られずに済んだし、竜馬も「気づいたらついてた。何だコレ」と不用意な問いをミチルに投げずに済んだ。
結果としては異常なし。イレギュラーな事態に疲れた表情は隠さなかったが、それでもミチルは隼人に礼を述べ、安堵の息をついた。それは隼人も同じだった。
夜が更けるとともに研究所は落ち着きを取り戻した。
検査を終えた竜馬は、先刻とは違いしおらしく隼人の後ろをついていく。だが静かなのは上辺だけで、心の中はずっと波立っていた。
こつこつとふたりの靴音だけが廊下に響いた。
竜馬の部屋まで来る。
「おとなしく寝るんだな」
隼人は無愛想に言い、すぐさま身を翻す。それ以上、言葉も心も残さないように。
——あ。
ちり、と胸の内に妙な痛みが生まれる。隼人の背中が遠ざかるにつれ、痛みが大きくなった。
「……隼人!」
思いきって呼びかける。歩みは止まるが、振り向きはしない。
追いかけ、あと二歩のところまで近づく。手を振り払われた記憶が鮮明過ぎて、傍らまでは行けなかった。
「その、助かった」
もし脳内出血を引き起こしていたら、下手をすれば死んでいたと聞かされた。
「ああ」
隼人がいてくれたおかげでふたりのことを気取られなかった。
「それと……その」
——言うべきなのか。
『悪かった』と。
——何に対して?
言ったら、もっと隼人を傷つけはしないだろうか。
「その、俺」
「無理しなくていい」
「——」
「もし身体や記憶におかしいところがあったら、教えてくれ」
「あ、ああ」
それで終わりだった。隼人が歩き出す。
竜馬はただ黙って、その背中が通路の角に消えていくのを見つめていた。
† † †
もし『悪かった』と謝るのならば、どう言えばいいのだろうか。
その気がなかったのに。
——ほんとに?
隼人のことは嫌いではない。ただ、馬は合わない。闘いのスタイルも物事への向き合い方も。いちいち行儀のいい正論をかざして竜馬を縛ろうとしてくるのは腹が立つ。だが負けるのは大嫌いで、逃げるのはもっと嫌いだという点は同じで、自分と近い存在だと思っていた。
それに、素直に褒めるのは癪だが、頭もいいしタフだし、戦闘力もずば抜けている。ゲッターロボのパイロットにふさわしいだろう。顔立ちも、目つきこそ悪いが黙っていれば「とびきり」がつくほど整っていると思う。こそこそと隼人を盗み見ている女性所員は多かったし、竜馬も横顔の造形に見惚れ、そのラインを視線でなぞったことがある。
キスをされて嫌悪感は湧かなかったし、すらりと形のいい指は綺麗だとずっと思ってはいた。けれども、自分からキスをしたい、手を繋ぎたいと思ったことはない——ように思う。
恋愛感情があるかと問われれば、正直わからない、考えたこともなかった、というのが正解だった。
——それなら。
隼人を振り回して『悪かった』と言うべきか。戸惑わせ、時間を取らせたのは確かだろう。
それに。
その気にさせてしまった。
いたずら心か断りきれなかったのか、それとも本気で竜馬を好きだったからか。
——あの目。
言葉も態度もぬくもりも、からかいや嘘が潜んでいるとは感じられなかった。もし竜馬を密かに思っていたのなら、自分はその心を弄んだことになる。
それは、謝ったら許してくれるようなものなのか。隼人に恥をかかせて傷つけたのではないか。自分が逆の立場なら、謝られたら、惨めな気持ちにならないか。
——どうすりゃ、いいンだよ。
考え過ぎて、頭がパンクしそうだった。
もともと表情が豊かではないせいもあり、誰も隼人の変化に気がつかなかった。
「……なあ」
胸の奥がずっとちりちりとしていた。生傷が癒えず、常に血が滲み出ているような痛みと不快さ。四六時中、責められていた。
くすぶっている思いに耐えきれず竜馬が口を開く。
「隼人のヤツ……その、何かヘンじゃねえか」
弁慶は呆けたように「はあ?」と声をあげた。
「そうかな? どの辺がだ?」
俺を見ない、とはさすがに言えなかった。
「ン、その、おとなしいっていうか、自分の世界に閉じ籠ってるっていうか」
「……」
弁慶は大きな目を空に向けて考える。
「いつもの隼人じゃねえか」
不思議そうに首を傾げた。
「さてはお前、またくだらないことを吹っかけて喧嘩したんだろう」
横目でからかう。
「どうせお前が悪いんだろう?」
「な、決めつけンなよ」
竜馬が唇を尖らせた。
——たぶん、そうだ。
言えない。
「……うーん、やっぱり別に変だとは思わないな。お前がそう感じるなら、きっとやましいことがあるからだぞ」
——そう、だろうな。
「気になるんなら、いっそ謝ってから話し合ったらどうだ」
——だから、何をどう謝ればいいのか。
誰でもいいから教えて欲しかった。
「竜馬?」
「あ? ああ、いや」
「そんなに隼人のことが気になるのか?」
「気になるっつーか……何か、ケンカ相手になンねえなと思って。張り合いがねえっつーか」
ギラギラとした、食いつくような鋭さとしつこさがない。感覚的な部分だから、これ以上はうまく言えない。
ただ、意図的に無視をされていると感じていた。いくら見つめてもこちらを一瞥もしない。視界の端には入っているはずなのに。必要にかられ会話をするときも、竜馬の目を見ようとはしなかった。
「そんなに構って欲しいなら、俺が相手になってやってもいいぞ」
弁慶が左腕を首に巻きつけてきた。
「ぐ、お、やめろ」
「隼人が相手してくれなくて寂しいのかぁ。お前、案外可愛いとこあるな」
「んなっ、ざけンなっ! そんなンじゃねえよ」
「ほれほれ」
ぐい、と腕を引き寄せ、大きな手で頭をわしゃわしゃとやる。
「お、俺はガキじゃねえ!」
竜馬がじたばたと暴れる。
「喧嘩相手がいなくて寂しいんだろ? ガキじゃねえか」
「うるせえっ」
「一緒に風呂入ってやろうかぁ?」
「バカにすンな!」
太い腕に噛みつく。
「あだだだっ! おい、竜馬ぁ⁉︎」
「放しやがれ!」
いつものように弁慶とじゃれ合う。このときばかりはほんの少し、心が軽くなった。
† † †
まったく「らしく」なかった。
隼人に突っかかることがなくなったし、隼人も文句を言ってこない。遠慮か負い目か、口から言葉が出る前に一旦呑み込むようになり、竜馬の調子は狂いっぱなしだった。
鬼獣戦ではその消極性が先走る癖を抑え、結果、隼人の指示がスムーズに実行されるという皮肉な状態を作っていた。幸いこれといった危機も訪れず、早乙女博士も弁慶も不満を感じている様子はなかった。ミチルに至っては「ようやく少しは協力するってことを覚えたみたいね」と褒めているのか嫌みなのかわからない評価をしてきた。
——そんなンじゃ、ねえ。
たとえ素直な褒め言葉だとしても、満足感はちっとも得られなかった。不完全燃焼の気持ち悪さだけが積み上がっていく。
自分らしくない。
それに何より。
隼人が、隼人らしくない。
たぶん、自分が一番よくわかる。
初めて会った夜を思い出す。
自分への自信に溢れ、さらなる力を求めていた。邪魔をするものはすべてなぎ倒そうとする狂気じみた強さを持っていて、迷いは感じられなかった。研究所の一員になって表面上は落ち着いたが、本質はそのままに、ゲッターの真実を追い求めている。ずっと、一途に。
それが今は、自ら踏み込んでいく自信と力強さを感じない。まるで世界のすべてを壁の陰から覗いているような隔たり。熱を失い、伴う感情までもがパサついている印象だった。
——俺のせいだ。
俯き加減の視線を見るたびに息が詰まる。胸を強く押さえつけられているようで、重くて痛い。
どうすればいいのか。延々と考えてしまう。自分には他人に惑わされない芯があったはずだ。それが出会って一年も経っていない男ひとりによってぐらついている。こんなにも乱されるとは思いもしなかった。
「いい加減にしろ」でも「勝手な真似ばかりしやがって」でも、何でもいい。こちらをまっすぐに見て、言って欲しかった。
もし、このままだったら?
「————」
すれ違いとも呼べない関係。思わず左手で胸元を押さえる。
「……隼人」
しかし、自分ひとりではどうすることもできない。それだけはわかっていた。
気配に顔を上げると、隼人が呆然とした顔つきで立っていた。目が合う。
——隼人。
自分を見て、まだそんなふうに感情を出してくれるのか。
流れる思いの種類は何であれ、嬉しかった。
「遅かったじゃねえか」
平静を装って立ち上がる。
「……お前には関係ないだろう?」
「おめえに用があって来たンだから、関係ある」
「それで、わざわざ人の部屋の前で座り込みか。いい迷惑だ」
そんな憎まれ口すら懐かしくて心地いい。
「……」
パネルに暗証番号を打ち込む横顔をじっと見つめる。こんなにも間近で見るのは久しぶりだった。
扉が開く。隼人がちらりと視線を寄越した。いつもにも増して鋭い目つき。
「入るか」
「……ああ」
だが追い返さないのは隼人の優しさだと思えた。
椅子に座り、黙って背中を見つめる。
日課であろうデータチェックが終わるまで待つ。それが竜馬にできる最大の気遣いだった。
やがて、隼人が振り向く。
「それで?」
端的に問うてきた。
竜馬は唾を飲み込む。
「あの、よ」
隼人を見る。まだ距離があるせいなのか隼人もこちらを見てくれている。立ち上がり、一歩だけ近づいた。
「何があったか……俺、知りてえンだ」
長い前髪の下で、形のいい眉がひそめられた。
「なあ、俺にだって……知るケンリはあるだろが」
「権利、か」
隼人が鼻で笑う。
「この前、言っただろう? あれがすべてだ」
「もっと、ちゃんと聞きてえ」
「あれ以上、何を——」
見つめていると、隼人の言葉が止まった。
「…………っ」
迷うように、その瞳が揺れる。
「なあ、隼人」
また一歩、近づく。
「俺……隼人に告白して、それで、おめえはどうしたンだよ」
「……」
「何て答えたンだよ」
想像はできているが信じられない。だから隼人の口から聞きたかった。
「覚えてねえってのが嫌なンだよ。自分の知らねえところで何かが勝手に始まって、勝手に終わって。そんなの嫌なンだよ」
「…………知らなくてもいいことだってある」
「俺自身のことなのに、ンなことあっかよ」
「俺はもう、思い出したくない」
ふいと横を向く。
「聞かなくてもだいたい、わかるだろう? お前だってそこまで頭の中が空っぽじゃないだろう?」
「——だから、隼人からちゃんと聞きてえ」
目の前まで寄り、袖口を引く。隼人が目を瞑る。
何かと天秤にかけているのか。何かを諦める理由を探しているのか。微かに目蓋が震えていた。
「……隼人」
先日も聞いた、深い溜息。
「お前はしつこいな……」
かぶりを振って目を開けると、竜馬を見ずに話し出した。
「あの夜……お前が突然訪ねてきて、いきなり抱きついて『好きだ』と言ってきた。それから『抱いてくれ』と言われたから——抱いた」
「…………それで?」
「……ひと眠りしたあと、ふたりでシャワーを浴びて、お前は明け方に戻った」
「隼人は、俺でよかったってことか」
「…………」
「『好きだ』って言われたら……その…………誰でもよかったのか」
「馬鹿な!」
キッと竜馬を見据える。
「お前、俺をからかうのも大概にしろよ!」
一瞬にして燃え上がる勢いに、竜馬がはっと息を呑む。
「——からかってねえ、よ」
「どこが⁉︎」間髪入れず隼人が怒鳴る。
「心の中では嗤っているんだろう? 馬鹿な男だと」
ずい、と足を踏み出す。
「なあ、竜馬? 愉しいか? 俺を苦しめて愉しいか?」
「……え」
「…………そうだな、愉しいよな。俺はいつもお前がやろうとすることを止めて、縛りつけようとしていたもんな。『スカしたうえに偉そうに』って、むかっ腹が立って仕方がなかったんだろう?」
自嘲に満ちた響きだった。
「やり返したくなるよな、ククッ」
「俺は、そんな」
「表ではそう思っててもナァ」
す、と顎に左手の指が添えられる。くいと持ち上げられ、至近距離で目が合った。
「本当は、どこかでそう思っているだろ? 『ザマアミロ』って」
「なん、で……」
「『好きだ』『抱いてくれ』と言われてホイホイ誘いに乗った挙げ句、すっかり恋人面しているんだもんナァ」
右手で自分の髪をかき上げ、ぐしゃりと握り込む。
「……そうか。そもそも『恋人になりたい』なんて言われてなかったし、な」
皮肉めいた唇の角度。しかしどこか苦しそうに見える。
「竜馬、不幸な事故だ。互いに」
「おめえ……」
竜馬の唇がためらいに閉じられる。だがすぐに思い直したように開かれた。
「なあ、そんなに俺のこと……好き、だったのか……?」
指先がぴくりと動き、顎から離れる。
「隼人」
それなら、竜馬が思うより何倍も深く傷つけてしまったのか。
「隼人、その……悪か——」
「やめろ!」
隼人は顔を背け、
「…………忘れろ。そのほうが、いい」
また長い髪をくしゃりとやって、目を閉じた。
「……これでいいだろ。もう、帰れ」
溜息のあとの、淡々とした声。
「聞こえただろ、帰れ」
消えない気配に催促する。対し、竜馬が答える。
「嫌だ」
キッパリとした否定に隼人の目が開く。
「俺の話も最後まで聞けよ」
「……記憶のないお前に、話すことがあるのか」
「ある」
隼人はゆっくりと首を巡らせ、竜馬を見る。視線がかち合うのを待って、竜馬が切り出した。
「もう一回、してくれねえか」
双眸が大きくなり、そして歪む。
「…………俺にもう一度、お前を抱けと?」
竜馬がこくりと頷く。隼人の唇の片側だけが器用に上がる。
「はん、何を」
あしらわれても、竜馬は引かない。
「俺……おめえが」
手を伸ばし、隼人の上着を握る。わずかに隼人が身を強張らせた。
「俺」
軽く上着を引いた。
「……まさか、好きだとでもいうのか?」
問いに「たぶん」と二度目の頷きを返す。
「馬鹿な」
「マジメに話してンだ」
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか」
「ああ」
「簡単に言ってくれるな、おい。それで、違ったらどうする? やっぱり好きじゃなかった、寝るんじゃなかったってならない保証がどこにある?」
「隼人」
「笑い話にもならん。わざわざ確かめるまでもない」
「なあ、隼人」
「同情か」
「……は?」
「嘲りに来たんじゃないなら、憐れに思ったか」
昏い瞳。
「違う、聞けよ」
「俺もなめなれたもんだな」
——ンだよ、それ。
口に出す前に頭を引き寄せられ、キスをされる。
「……ッ」
舌が唇を割ってねじ込まれた。乱暴に咥内をかき回す。
「——っ、っ!」
唇が離れると、唾液が糸を引いた。
「じゃあ、してやるよ」
隼人の目が鋭く尖る。
怒りなのか哀しみなのか。荒んで重苦しい感情が隼人を覆っている。竜馬の言葉が届かない。
「隼人!」
後頭部の髪を掴まれ、ぐ、と下に引っ張られる。開いた唇に再び舌が差し込まれた。
「……っ!」
こんな触れられ方は、ちっとも嬉しくない。
無性に腹が立った。
「ン——ンんっ!」
左拳で隼人の胸を叩く。舌が止まった隙に唇に噛みつき、肩を押し返した。
「っンだよ、てめえッ!」
思いきり睨みつける。隼人の血の味がした。
「なん、で」声が震えてしまう。
「何で……何でそんなヒネた考えすンだよ……!」
感情の名前はわからない。湧き上がってくるものをこらえられず、涙が滲む。
「————」
浮いた血もそのままに、隼人は竜馬の瞳を凝視する。
「俺だって……わかンねえのに……!」
隼人の肩を掴む指先に力がこもる。
「なあ…………最後まで聞けよ…………隼人」
悔しそうに搾り出された声に、隼人の雰囲気が変わった。緊張が和らぎ、刺々しさが消えていく。
「…………竜、馬」
幾度かまばたきを繰り返すと、乱暴に握っていた髪の毛をゆっくりと解放した。
「……俺、その」
すう、と竜馬が深呼吸する。
「よくわかンねえけど……きっと、おめえならわかるだろ」
「……何が」
「おめえ、頭いいじゃねえか」
「だから、何が」
「ン。……その、頭打ってフツーじゃねえなら、もしかしてその……ほんとのこと言った、かも」
「…………」
「よく酔っ払って本音が出たとか言うだろ。あれと同じで」
隼人の目が見開かれた。
「だから」
「……だから?」
ぐ、と隼人が前に出る。
「——っ」
「それで?」
左手が頬に触れる。
「あ——」
竜馬は思わず目を逸らす。
「その、だから」
指のあたたかさに鼓動が大きくなる。
「おめえが俺を見なくなって、言い合いもしなくなって……ずっと、何つーか、お、落ち着かなくて」
竜馬の指先も落ち着かない。ズボンに爪を立てたり、つまんだりする。
「おめえも、いつものおめえじゃねえから余計に胸ン中がヘンで……そんな姿、見たくねえし、だから俺……隼人のことが……好き……なのか、も」
心がざわついて、俯く。受け入れてもらえるか不安だった。
「だから——」
両頬を手で包まれ、上を向かせられる。
「……竜馬」
もう、隼人の瞳に卑屈さや凶暴さはなかった。澄んだ色が竜馬を見つめる。
「隼人……俺」
きゅ、と一度、唇を噛む。
「……もし、俺のことが嫌いになってなけりゃ……もう一回……して……くれねえか」
隼人の指が、竜馬の決意を確認するかのように頬をさする。
「その、これが他のヤツだったら……きっとどんなに落ち込ンだ姿を見たってこんなことしねえし……同情で男と寝るワケ……ねえだろ」
再び涙が浮いてくる。
——隼人だから。
だから、いいと思った。
好きだとはっきり言えるわけではない。それでも、隼人となら構わないと思った。
「これだけじゃ、いけねえのかよ」
まばたきをすると、縁に溜まった涙が粒になって零れた。
† † †
「力を抜け」
歯を食いしばっている竜馬に微笑む。
——あ。
これも、初めて見る隼人だった。
「……」
少し強張りがほどける。
「ずいぶんとおとなしいじゃないか」
指の背で頬を撫でながら目を覗き込んでくる。優しげな表情を間近にして、また緊張する。
「ふ、普段はうるさくて悪かったな。……その」
「うん?」
「その、俺……最初のとき、も……そんなンだったのか、よ」
ぎこちなさに隼人が小さく吹き出した。
「気になるのか」
「だ、だから覚えてねえンだよ……っ」
「うるさくて、積極的だった」
「——」
知りたいが、具体的に訊くのは怖かった。自分の知らない本性が暴かれそうで、それに——。
「い、嫌じゃ、なかったか……?」
「嫌? なぜ」
隼人の唇が額に触れる。
「たくさんキスをせがんできて、可愛かった」
「な、ンなっ⁉︎」
一気に顔が赤くなる。
「どこも感じやすくて、素直で」
左手の親指が、竜馬の唇をそっとなぞる。
「ン……」
ひく、と竜馬が身じろぐ。
「そ、その」
「何だ」
そのときの自分と違ったら。
「お、俺、そんなふうに、できねえ」
とてもじゃないが、無理だ。
「前の俺と……違う。…………だから」
隼人は幻滅しないだろうか。
哀しそうな瞳を思い出し、息苦しさを覚える。あの夜のように背中を見送りたくない。竜馬の目が泳ぎ、次いで視線が落ちた。
「……だから」
「竜馬」
「え——あ」
抱きしめられる。
「どっちもお前だろ。だから」
嬉しい、とささやきが静かに降ってきた。
——……隼人。
胸の中が熱くなり、息苦しさが消えていく。恐る恐る手を伸ばし、背中にしがみついた。隼人の腕に力が込められる。
抱きしめるのも、抱きしめられるのも初めてだった。
「…………俺も」
嬉しい。
密やかに告げて、頬を押しつけた。
腫れている下唇をそっと撫でる。
「悪ぃ……」
もう血は出ていないが、痛むだろう。
「そう思うなら、キスしてくれ」
隼人が笑う。
「え、な」
「舐めときゃ治るから」
「あ……」
自分でも顔が赤くなったとわかる。いたずらな目つきで見つめられ、耳にも首筋にも熱が広がった。
微かに震えているのが情けない。心臓がばくばくして破裂しそうだった。気取られないよう、目から視線を外す。腰を浮かせて身を乗り出すと、平気な振りをして隼人の顔を両手で挟み込んだ。
「…………ん」
唇を押しあてる。ほんの少しだけ離れては触れる。羽根でくすぐるような軽いキス。それから舌先で傷口を軽く舐め、またキスをした。
「……これで治るだろ」
真っ赤な顔でぼやいて、手を下ろす。
「まだだ」
隼人が追いかける。竜馬の手を掴み、自分の頬に持ってくる。
「もっとだ」
「……っ」
「もっと、キスしてくれ」
さっきまでとは違う、強く真剣な眼差し。
「竜馬」
まっすぐな乞いに胸が震えた。
「……はや……と……」
ゆっくりと顔を近づける。息がかかる距離でためらうが、そのあとは吸い寄せられるように隼人の唇を塞いだ。
「……ン」
短い口づけを繰り返す。鼓動はずっと速いままで竜馬の中を叩き続ける。自分からキスをする状況に神経が昂り一向に収まらない。緊張しているのに身体の力がどんどん抜けていくようで、不思議だった。
「竜馬……ここに」
隼人に導かれ、腰を下ろす。腿に跨り、ちょうど隼人と向き合う格好になった。
「こ、これ、何か」
隼人の上に乗っている。これからすることが急速に現実味を帯びて、竜馬に目眩をもたらす。
もう、逃げられない。心を決めて触れているのに、どこかまだ惑う気持ちがあった。
「お前のそんな顔、滅多に拝めるものじゃないな」
不安げな竜馬の頬を、今度は隼人の手が包み込む。
「う、その、イヤってワケじゃなくて」
隼人がキスで封じる。
「わかっている」
「…………ん」
小さく頷く。隼人を拒む気はまったくない。それだけわかってもらえたらいい。あとは竜馬自身の問題だった。
見つめ合う。
どちらからともなく、顔を寄せる。
幾度か軽いキスを交わすと、隼人の唇が脇に逸れた。優しさは変わらず、口元から左頬へ、それから耳たぶへ向かう。
「っん!」
くすぐったさに首をすくめる。隼人は竜馬を抱きしめ、逃がさない。
「……竜馬」
「ッ‼︎」
吐息混じりに名を呼ばれ、ひくんと全身が反応した。
「竜馬」
耳にも口づけが繰り返される。
「んっ……は、はあ……っん」
身体が小さく跳ねるのを止められない。くすぐったさは余韻を残してほのかな快感に変わる。その心地のいい痺れは消える前にどんどん積み上がり、次第に竜馬の肢体を間断なく震わせ始めた。
「あっ、あっ……ん、あんっ」
声が勝手に溢れ出てくる。隼人の肩に口を押しつけてやり過ごそうとしても甘い鼻声が漏れてしまう。やがて唇が首筋に触れると、それはまったく無駄な抵抗となった。
「んあんっ」
こらえきれず、しがみつく。
「ふっ……う、はあっ、ンっ、んん……!」
声も唇も体温も、微かな汗の匂いも後ろ髪をかき分ける指の感触も、隼人の全部が竜馬を覆う。今でさえこうなのに、この先どうなってしまうのか。
考えようとしても想像できなくて、それでも頭を働かせようとすると隼人のキスで溶けてしまう。竜馬はただ目を閉じて隼人に掴まるしかなかった。
「……ふ……あぁ」
「竜馬……舌を出せ」
「……っ、ン、あっ」
そろりと舌先を差し出す。くにゅっとした感触とともに、熱が伝わってきた。
「んあ、んっ」
隼人の舌だとわかった。身体が震える。
舌先をつつかれ、吸われ、裏側を舐められる。
「ふ、んっ……ン」
徐々に舌が深く入り込んでくる。触れ合うだけから、もっと繋がろうとするキスへ。与えられる熱に浮かされるように、竜馬の舌も自然に隼人を求め出す。
吐息と口づけの音が絶え間なくふたりを昂らせていく。
隼人の手が背中に回される。なだめるようにさすり、煽るように指先が動いた。
「んっ! ン、あふっ」
隼人の手が滑るたびに、ゾクゾクとした感覚が上体を遡り頭の先へ抜けていく。
「はあ、竜馬……っ、んっ」
咥内への愛撫がもっと濃くなり、隼人の息遣いが荒くなる。
「竜馬……竜馬」
「んうっ」
右手が脇腹を撫で、這い上がる。長い指の先が乳首に到達した。
「んっんっ」
タンクトップの上からこすられ、く、と押し込まれる。乳首が勃っているのが自分でもわかった。いじられると膨らむ気がする。じんじんとして、苦しくなっていく。それなのにもっと触って欲しくて、隼人の指にすりつけた。
すぐに隼人が意図に気づく。
「ひあ……っ」
乳首をつままれる。
「あ、あっ……」
「気持ちいいのか?」
「ふっ……あっ、わ、わかンねえ、けど……っ、これ、っあ、いい……もっと……触っ……て、ん!」
隼人の指が応える。乳首を下から押し上げては揺らし、弾いてはこねる。
「あっあっ、や、あぁっ」
びくりと離れては、自分からまた胸をすりつける。繰り返される刺激は竜馬を大胆にしていく。
「あっ……あっ、はや、と……ぉ」
隼人の首元に抱きつく。
「はあ、んっ!」
「竜馬」
強く抱きしめられる。ふたりの身体がぴたりと合わさる。どちらのものかわからない鼓動の響き。
「…………隼人」
離れがたい。もっと、素肌で触れ合いたい。
隼人の手が尻に伸びてくる。ぎゅっと掴まれると、奥に快感の芽が生まれた。
「あ、ン……!」
「ここは?」
両の手で尻を揉まれる。
「うあ、っん……!」
ぶる、と全身が歓びを伝える。
「あ……ぁ」
とろりとした瞳。はあ、と熱い吐息が零れる。唇が「はやと」と象り、その名を持つ唇に吸いついた。隼人はわかった、とばかりに形のいい尻を揉みしだく。
「ンッ……ん、んぅ!」
身じろぐたびに勃った乳首がタンクトップにこすれる。あちこちで異なる感覚が跳ねて、竜馬の肉欲を煽っていく。
「……ン、はあっ……、んむ、気持ち、いい……」
「そりゃ、ん、よかった」
「んんッ!」
ぐにぐにと尻を揉まれるたびに下半身が熱くなる。
「あ、あっ……お、俺ぇ……」
もじもじと腰を動かす。その中心に変化が訪れているのは自覚していたが、言い出せない。キスを繰り返しながらを尻を揺すって示すのが精一杯だった。
「ン、はあっ……」
「……竜馬」
隼人の手がタンクトップの下に差し込まれる。
「……っ!」
「服は邪魔だな」
「あ、あ……」
指の熱さが直に伝わってくる。竜馬の身体が期待に震えた。
「脱がしてやるから、暴れるなよ」
「ン……ひあ、あ……ふっ……」
肌のあちこちにキスをしながら、隼人の指は器用に竜馬の着衣を剥ぎ取っていった。
† † †
手の刺激だけで十分だった。
「ひっ、や、やめっ……俺、もう——」
間に合わない。
「あっ、あっ!」
そのまま、隼人の手の中で果てる。
「ふっ、ふうっ——んあっ」
腰の震えと射精を止められない。気持ちよさにくらくらしながらも、短い時間で、しかも隼人の前でイッたことへの羞恥が綯い交ぜになって頭の中をかき混ぜる。
「ずいぶん出たな」
隼人の指から白濁が伝い、その手のひらに溜まっていた。
「わ、悪ぃ……」
自分から出たものが隼人の指を汚している。妙に申し訳なさが湧いて、竜馬にしては珍しくすぐに謝った。
「おめえのも、抜いてやっから」
隼人の下半身に手を伸ばす。
「いや、いい」
「え」
親指の腹についた欲を舐め取ると、隼人はその手で竜馬の陰茎を握り込んだ。
「えっ、ま、待てっ」
無視してペニスをしごく。静まる暇もなく、たちまち張り詰める。
「ちょ……っ、んあっ!」
我慢汁が再び溢れ出し、亀頭をぬらつかせる。
「ンッ、ンんッ! あっ、だめ、だって……!」
口では言いながら、隼人に合わせて竜馬の腰が浮く。
「あっあっあっ」
腰が勝手に動く。気持ちよすぎてやめられない。
「竜馬」
「——っ⁉︎」
隼人がペニスに舌を這わせた。
「なっ、やめっ、あ、ああぁっ」
口に含まれ、一際大きな声があがる。亀頭を幾度も舌で撫でられ、吸われる。
「だめっ……あっ、あっ、いいっ、あ、頭ン中っ、おかしく、なるっ」
隼人の口からはちゅくちゅくといやらしい音が鳴り続けている。その原因が自分のペニスなのだと思うと、とてつもなく恥ずかしくて、押し寄せる快感と合わさって意識が焼き切れてしまいそうだった。
「ひあっ……」
ペニスのもっと下のほうに、奇妙な感覚を覚える。
「えっ、は、はやと? んっ——」
反射的に尻が上がる。
「んっ、そこ……っ」
隼人の指が、触れていた。
「ッ⁉︎ やめっ、ばかっ!」
「もう一回しようと言ったのはお前だ」
「ふあっ」
言葉とともに吐き出される息さえ快感の元になる。隼人が気づき、ふうっとペニスに息を吹きかける。
「んっ」
ひくりと揺れる竿を舐め上げる。唇で挟み、軽く吸っては竜馬に聞かせるように音を立てた。竜馬がその感覚にとらわれている間に、秘所を撫でる。
「っ! ンんっ」
指の背で軽く触れ、手を返しては柔い腹の部分で押す。竜馬自身の体液をすりつけながら、じっくりと慣らしていく。時折リズムを変え、焦らすように誘った。
「んあ……っ、はあっ」
緊張に身を強張らせながらも、竜馬の秘門は指先に操られるように徐々に開いていく。
「竜馬……わかるか」
「ン、え……?」
「もう、挿入る」
「——っ」
身体の中をなぞられた。
「……っぁ、あぁ……」
どうしていいかわからず、右腕で顔を覆う。
「痛くないか」
隼人は優しくほぐしながら二本目の指が挿入らないか探る。
「竜馬……」
「う、あ……あっ、だい、じょぶ……んっ」
痛くはない。尻の中に違和感があるだけだ。だが隼人に触れられているという事実がゾクゾクとした感覚に変わる。脳の中と腰の奥をざらりとした大きな手で撫で回されているようだった。その細かな突起に冷静な自分が削られていく気がする。
「ふっ、ふあっ……あぁっ!」
穴が拡がる。ぐち、と粘膜がこじ開けられるのを感じた。
「うあっ、は、はやと……!」
「二本目だ」
中でねじられ、少しずつ奥に侵入される。抜いてまた差し込まれるときにはくぷ、と小さな音が聞こえ、耐えきれず身をよじった。
「や、やだ……こんな……」
「竜馬……?」
「は、恥ずか、し……っ、死ンじ、まう……っ」
震えながら脚を閉じる。身体をずり上げて隼人の指から逃れた。
「——だめだ」
隼人が遮る。
「手を焼かせるな」
ぐ、と膝を押し上げられ、隠部がさらされる。
「……っ」
「俺は今、おかしくなる寸前なんだ。なるべく優しくしてやりたい。だが」
整った顔が苦しそうに歪む。
「はや……と……」
「もう、待たない」
再び指が挿入される。
「——んあッ、あっあっ」
感じる。長い指が二本、肉壁の中をくねりながら進んでくる。さっきよりも、もっと深く。
「ひあ……っ、あ、あっあっあっ」
怖気とは違う。快感と名づけていいものか、まだわからない。けれども隼人の指によって確かに刻まれる。
「う……あ、あ……っ」
全部、竜馬の中に埋まった。アナルがきゅうきゅうと締まる。
「あっ……あっ!」
「竜馬——竜馬っ」
隼人が覆いかぶさる。その荒い息が耳朶を襲う。
「無理、だ……、竜馬、好きだ……っ」
「ンッ……」
激しい口づけ。
「はあっ……んっ、りょう、まぁ……っ」
「……ッ!」
喘ぎ声も、吐息さえも奪われる。隼人の指が竜馬の内側すべてに触れる。その刺激が、一度受け入れた事実を呼び起こした。
「……っ⁉︎」
急に腹の奥から湧き上がる。びくんっ、と竜馬の身体が大きく跳ねた。
「竜馬……ああ、竜馬」
指を締めつける力に、隼人が微笑む。
「前に、ここでイッたろ?」
く、と肉を押す。
「——ひッ⁉︎」
「時間をかけたもんな。お前、気持ちよさそうによがってたぞ」
「……あっ……あっ」
「なあ、ここ、ゾクゾクするんだろ?」
指の腹できゅううっとなぞる。
「あ゛ッ⁉︎」
そのあとで小刻みに揺らす。引き抜いてはまた撫で上げて中を満たす。繰り返すうちに竜馬の全身が震え出した。
「竜馬……俺の指でイッてくれよ、なあ」
「ッ⁉︎ あ゛ッ、あ゛ッ!」
「ほら……ほらっ」
わざとそうしているかのように、ぐぷ、と音が鳴る。淫らな響きが興奮を一気に押し上げる。
「やめっ、何だこれっ⁉︎ あ゛っあ゛っ、ん゛あ゛ッ」
「イケよ、りょうま……っ」
「ひっ、や、あ゛ぁッ⁉︎」
身体の中で、何かが弾けた。
「——ッ‼︎」
全身を硬直させ、竜馬が達する。意識のある竜馬としては初めての感覚。けれどもすでに肉体はその道筋を知っていた。
「……イッたのか」
隼人は嬉しそうに笑いながら指を動かす。肉壺は竜馬の意志とは無関係にひくつき、指を迎え入れる。熱く絡んで取り憑く。
「……っあ、だめ、またキちまう……っ、ああぁ、や、だっ」
ぶるぶると震えながら、竜馬がシーツを握り締める。
「大丈夫だ。何度でもイッていい。全部見せてくれ……竜馬」
隼人の指が柔い肉をこねる。
「ふう……っン、あっあっあぁ……っ」
「竜馬……りょうま、好きだ……好きだ」
腹にキスマークをつけ、膨らんだ乳首を舌で愛撫する。
「りょうま」
そして快感に翻弄される唇を貪った。
「ン、ん——んふッ!」
また、指で達する。そこでようやく隼人が指を引き抜いた。
「あぁ……っ、ふ、あ……っ」
ひくひくと竜馬の身体が痙攣を続ける。まだ肉の奥をいじられているようで、波がいくつも内側から寄せてきた。
カメラのフラッシュをまともに浴びたように目の前がちかちかしていた。身体も意識も浮遊感に包まれている。
「あ、ん……んぅ」
視線がしばらく天井をさまよい、そろそろと隼人の顔へ下りる。次第に焦点が合い、胸、腹へゆっくりと移動し、そして、
「…………あ」
昂りをとらえた。
——はやと。
それから、顔に戻る。
一途に竜馬を見つめている。竜馬だけをひたすらに欲しているのだとわかる。
——そんなに、俺を。
ぐ、と胸が詰まった。
「……竜馬」
隼人の手が腿に触れる。
「んぅ……っ」
熱い手のひらで撫で上げられ、全身にまた波が広がる。達したはずの身体が、もう一度欲しいと疼き出す。
「…………はや、と」
まっすぐに目を見返して頷く。
「いい……ぜ」
「待たない」と言っていたのに、最後は待ってくれた。隼人の心が伝わってきて、ただ嬉しかった。自分も応えたい。
「——竜馬」
腿を撫でていた手が膝を押し上げた。
「なら、挿れるぞ」
「ん……っ」
尻に熱いもの当たった。本能的に腰が引けるが、逃れられるものでもない。続けてぐち、と肉を拡げられる感触があった。
「……ッ」
思わず尻穴に力が入る。ゆるめようとしても、うまくいかない。
「竜馬」
ペニスの先がすりつけられる。
「あっ……あ、あっ」
隼人から溢れてくるもので濡れていく。優しくつつかれ、強張りが少しずつほどけていく。
「あっ」
再び、肉が拡がる。
熱い塊がじりじりと圧力をかけてきた。
「う、う……あ……っ」
自分の中心がこじ開けられていく。意識がまたふわりと飛び始めた。
「あっ……あぁ」
「くっ」
隼人の眉間に皺が寄る。
「は、はや……と……っ」
「もう、少し……」
「うあ……っ」
ギリギリまで拡げられた場所が、ぐぷりと肉を飲み込んだ。
「ンッ‼︎」
想像していたような痛みはない。代わりに、竜馬のそこは元に戻ろうと懸命に収縮する。しかし隼人の剣先に阻まれ、最後まで力が入りきらない。内側から絶えず圧されて、自分の身体なのにコントロールを徐々に奪われていくようだった。初めての感覚に戸惑う。
「こ、これ……今……」
「ん……先が、挿入った」
隼人は目を瞑って大きく息を吐いた。
「は、はや、と……?」
「……気を抜く、と……ヤバい」
くっと息を止め、ペニスを沈める。
「んあっ」
竜馬の肢体がびくりと揺れる。
「あっあっ……あ、ああっ」
じぶじぶと熱が突き進んでくる。
「これ……っ、は、はやと、の……っ」
異物であるはずなのに嫌悪感はない。むしろ互いの肉が引き合っているようだった。
「あ、あ、あ」
下腹の奥が溶けそうに熱い。
——俺の中に、隼人が。
自分の中に別の人間がいる。
不思議としか言いようがなかった。
「もう……すこ、し」
「んっ!」
身体の奥にぴったりと熱がはまり込んだ感覚があった。息が止まる。
「……ッ、く、あ……ッ」
「りょう、ま……っ」
隼人が前傾姿勢になる。下肢が圧迫され、もっと熱が広がった。
「ぐ、あっ……ひ、ひぁ……っ」
「……竜馬」
隼人の指先が竜馬の肌を撫で、びくつく下腹部に辿り着く。
「ふ、あ……っ」
「全部……挿入った」
締めつけがきついのか、まだ眉をしかめながら隼人がささやく。
「ぜ、ぜん、ぶ……?」
「ああ。お前の……ここに、全部」
手のひらが竜馬の下腹を優しくさすった。
「……ッ」
撫でられると、直に刺激を受けているかのように竜馬の中がひくんと動いた。
肌の上と肉の中、双方から隼人を感じている。
見開かれた竜馬の瞳から大粒の涙が零れた。
この瞬間、竜馬の一番深い場所で、ふたりは触れ合っている。世界中のどんな存在よりも近く、重なっている。
他の誰でもない、隼人が。
「は、はや、と」
ぼろぼろと涙が落ちる。
「竜馬……っ、りょう、ま……!」
隼人が苦しそうに喘ぎながら腰を引き——突き入れた。
「ひあッ——あッ!」
灼熱の塊が腹の中をかき回す。
「あっあっあっ」
「……りょう……ま!」
どちらにも余裕はない。
「あっあっ、ああっ!」
竜馬はただ揺さぶられる。ぐぷぐぷと隼人のペニスで突かれるたびに、大きな声が押し出される。
「ぐ……あっ、あっ、あっ、はや——あぁッ!」
今は恥ずかしいとも、情けないとも思わなかった。アナルが拡がっては締まる。隼人をしっかりと咥え込んでいるのがわかる。離したくないと、もっと繋がっていたいと身体がねだっている。
「あっ! も、もっと、はやと……っ!」
隼人の形を感じたい。隼人の熱に触れたい。
「ひっ——あ、ああぁッ!」
右手を伸ばす。
「ンんっ! んあっ!」
右膝を押さえている手の先に触れる。
「——っ」
隼人の動きが一瞬止まり——指が、竜馬の指先をつかまえた。
「……竜馬」
指を絡め合う。
——はやと。
胸の中に込み上げてくるものがあった。肉体の圧迫感とは明らかに違うもの。
「りょうま」
熱が込められた響きが耳を撫でる。
「あ……あぁ……」
隼人に触れられて、名前を呼ばれている。
「は、はやと……」
握り合った指からも、繋がっている場所からも、名前を呼ぶ唇からも、熱さが滲む。
——はやと、はやと。
乞う気持ちがとめどなく湧いて渦巻いていく。思いは知らず知らずのうちに溢れそうになっていた。
「はや、——え」
次のひと刺しを受けとめた瞬間、竜馬の内側が一気に開かれた。
「う、あ……っ⁉︎」
痙攣したように肉壁が蠢く。ペニスの先が口づけた奥が発火しそうなほどに熱い。その熱が勢いよく膨らみ、放射状に身体の隅々まで押し寄せた。
「……っ⁉︎ え、あ……っ」
下半身に力が入らない。カクン、と下肢が浮いた気がして思わず目を向ける。腰が沈み——というより溶けて消える感覚。反対に足先が宙に放り出されるような浮遊感があった。
——何だ、これ。
また突かれる。
「んあッ⁉︎」
熱が迫り上がってくる。下から押し上げられ、脳の底が揺れた。つられるように身体も仰け反る。
「……ッ⁉︎」
ただ内臓を圧されるだけではない。腹の奥に巣食い、暴れているものがある。小刻みに竜馬の身体を揺らしては貪り、狂わせようとしていた。
「な、なんっ……ひ、ひあぁっ⁉︎」
反射的にシーツをきつく握りしめ、流されないようにこらえる。
「う……っあ、あっ……!」
「……りょう、ま?」
「……っ、……っく、あっ……」
引き締まった肢体がびくびくと跳ねた。
「お、俺ぇ……っ、もう……ワケ、わかンね……っ」
涙が次々に零れてくる。
「っく、ふ、う……っ、は、はや、と……っ」
「——」
「お、俺ぇ……おかしくっ、な……っ、う、うぁ……」
隼人の指がそっと触れ、涙でぐしゃぐしゃの顔を優しく撫でる——何度も。
「は……はやと……っ」
「竜馬」
隼人が微笑む。
「あ、あ……はやと、はやと……」
手を重ねる。
——はやとの、手。
まばたきをするとまた、涙が溢れた。頬を伝い、隼人の指を濡らす。
「俺……っ、は、はやとが……、はやとが」
触れていられることが、嬉しい。
もっと、触れて欲しい。
心の奥でくすぶっていた惑う気持ちが溶けていく。
——そういうこと、なんだ。
「……っ、好き……だ……」
涙が止まらない。隼人の顔もぼやけて見えない。それでも伝えたかった。
「好きだ、はやと……っ」
「…………りょ、うま」
「だから……はやと……」
笑おうとする。
「……ああ、竜馬」
隼人の指が涙を拭う。唇が下りてきて、キスに変わる。それから、
「好きだ、竜馬」
迷いのない、愛の言葉。
——……ああ、これって。
あたたかいもので胸が満たされる。
生まれて初めての感情。こんな心が、自分の中に芽生えて育つとは思わなかった。
『倖せ』は幻想ではなく、確かに在るのだと初めて知った。
——もっと。
もっと、繋がりたい。
「さ、触って……」
「うん?」
見つめられ、羞恥に睫毛を伏せる。
「もう一度、言ってくれ」
「……その」
全部が裸なのに、もっとその奥を切り開いて見せる恥ずかしさ。それでも、隼人にだけは見て欲しい。
「その……もっと……」
「もっと?」
「……な、中、も」
消え入りそうになりながら、言葉を押し出す。
「お、奥まで、その……もっと、触って」
隼人の下肢に脚を巻きつけ、ぐ、と誘い込む。肉壁が隼人に吸いついた。
「——っ!」
「……はやと」
ねだるように見上げ、名前を呼ぶ。隼人の眉がぎゅっと寄せられた。
「……っ、馬鹿……!」
「え」
肉の間でペニスが膨らむ。反射的に竜馬の中が締まる。隼人が「う」と小さく呻くと、そのたくましい身体が震えた。
「あっ……⁉︎」
腹の奥に熱が広がる。隼人のペニスが脈打ち、熱さを吐き出しているのを感じた。
「も、もしか……して」
「——ふ、くっ……」
隼人が腰を押しつける。
「ふあっ」
一番深い場所に先端が触れ、印が刻まれた。
「は、はやと……ん、んっ……」
脈動が重なる。ふたりが混じり合い、ひとつになる。
——……嬉しい。
ずっとこのままなら、どんなにかいいだろう。
「はやと……」
胸元に触れる。隼人はキスで応える。
「ん……ン」
首に腕を回し、引き寄せる。離れたくない。
「ん……竜馬……、お前のせいだぞ」
「え……」
「あんなことを言って、あんな目で俺を見て。おかげで、不本意なイキ方をした」
言葉だけなら非難しているようだったが、その瞳は柔らかく、優しく竜馬を包み込む。
「だから、もう少し」
このままで、と耳元でささやいた。
「はや——あっ」
ずぷ、と中を突かれる。
「あっ……あっ」
ペニスは硬さを保ち、ゆっくりと竜馬をこすり上げる。その形に慣れた肉が愛撫に身悶え始める。
「んあっ、あっ」
じわりと広がる。
「あ、あ、気持ち、いい……っ」
中で膨れていく快感とは逆に、全身の力が抜けていく。
「んっ、俺、も……だ」
はあ、と熱い吐息が隼人から零れる。肉棒が吐精したものをかき回してグチュグチュと音を立てた。竜馬が顔をしかめる。
「あ、やだ、ン、んあっ」
首を振って、嫌がる。
「音、立てン、なっ……あっ」
隼人は一度ペニスを抜き、また挿入した。肉と肉、精液と空気が交わって淫らな音が鳴る。
「ひあっ……や、あっ、あんっ」
「俺にだけ……竜馬、聞かせてくれ。その声も、もっと」
「うあっ……」
抗えない。
求められるのが嬉しくてたまらない。けれども恥ずかしくて素直になりきれない。きゅっと唇を噛む。
隼人は見透かしているかのように責め始める。
「んッ!」
突き上げられ、身をよじる。
「竜馬」
「あっ……あぁっ」
「ここは? 気持ちいいか」
抽挿を続けながら、隼人が胸を撫で、乳首をこねる。
「はあっ、んっ! あっあっ」
「なあ、竜馬?」
「んっ……き、気持ち……い、い……あっ」
隼人が満足げに目を細めた。
「もっと、気持ちよくなってくれ」
「ひ、あっ——あ、あぁっ」
隼人によって誘われる。
「竜馬……りょうま、好きだ」
その言葉が、竜馬を心ごと抱きしめる。
「うぁっ、あっ……お、俺、も……っ」
身も心も満たされている。きっと、これ以上の倖せはない。
隼人になら自分を全部見せられる。信じられる。
「はやとが……っ、好き、だ……」
思いと一緒に、涙が零れた。
† † †
人肌が心地いいと、初めて知った。
——……俺。
隼人に抱かれたのだ。
今度は覚えている。キスも、吐息も、告白も。指先の優しさも、身体の熱さも。
——嘘みてえだな。
普段の隼人からは想像もつかないほど激しく求められた。誰も知らない隼人をたくさん知った。
そっと瞳を上げる。
目が合った。もう逸らさずに受けとめられる。
「竜馬」
丸くて、柔らかい響き。今は心が落ち着く。
誰かの存在でこんなにも乱されて、こんなにも満ち足りるなんて思ってもみなかった。
いつから好きだったのかはわからない。けれども、今は隼人が好きなのだとはっきりと言える。抱きしめられ、肩口に頭を乗せているこの瞬間をずっと感じていたかった。
「すまない」
隼人が頭を撫でる。
「……あンだよ」
何を謝ることがあるのだろうか。
「ここ」
髪の間に指を差し込み、後頭部に触れる。
「……ああ」
そういえば強く引っ張られたな、と思い出す。何本かは千切れたかもしれない。
「丸ハゲになったらキレるかもしンねえけど、たいしたことねえし。それに」
「それに?」
「俺も隼人の髪の毛引っ掴んだから、おあいこだ」
頬を肌にすりつける。
「……それより」
「うん?」
「俺のほうが……悪かった」
告げると、隼人が怪訝そうな顔をした。
「ほんとは、こうなる前に自分で気づくことだったンだよな——おめえが好きだって」
「……竜馬」
「けどよ、言い訳になっちまうけど、その……俺、人を好きになったことなンてねえから、わかンなかったンだよ」
気恥ずかしさに俯く。
「自分の気持ちを確かめるためにおめえを使っちまったみてえで……悪かった」
「……いや」
隼人の腕に力がこもる。
「お前に言われなければ、諦めてそのままだった」
額に唇の感触がした。
「だが、もう諦めない」
「——」
「ずっとだ。もしお前が覚えていないと言っても——俺を忘れたとしても」
「……ずっと?」
「ああ、ずっと」
仰ぎ見る。
その瞳の色も、情の深さも、もう知っている。溢れ出る自信と力強さはいつもの——竜馬が好きになった——隼人だった。
「へ、へへ……、こりゃあタチの悪ぃ野郎に引っかかっちまったな」
照れくさくて、軽口を投げる。
「逃げられると思うなよ」
「……じゃあ、どこまで追ってきてくれるか、試してみっかな」
「やってみろ。必ず、追いかけてつかまえてやる」
小さく笑い合う。
執着ですら、愛しい。
「なあ、隼人」
「何だ」
「俺たち、その……恋人ってことでいいンだよな?」
「俺はそう思っているが——いや」
「え」
隼人がゆっくりとまばたきをする。
「隼人?」
じっと竜馬を見つめ、
「……竜馬、好きだ。つきあってくれ」
噛みしめるように告白した。
竜馬の目が見開かれ、まじまじと隼人を凝視し——それからすっと閉じられた。
『好きだ』
思いを乗せた響きを耳の奥で繰り返す。行為の最中も、幾度となく告げてくれた。この声と真摯な表情は、きっと一生、忘れない。
「……ああ」
頷き、目蓋を開ける。
「俺も好きだ。だから、恋人同士ってヤツだ」
もうひとりの自分が見ていた隼人を思い出せないのは残念に思う。けれども、今の自分だから見られた隼人もいたはずだ。
それに、これからも。
「ああ」
隼人の唇が近づく。だがそれよりも早く、竜馬が首を伸ばしてキスをした。
「——ン」
加減がわからずにカチリと歯がぶつかる。唇が離れると、隼人が愉快そうに笑った。
「下手くそ」
「なっ、てめ、このっ」
「何度もしただろう」
「ンなホイホイうまくできるワケねえだろ!」
「こうするんだ」
唇が触れる。
「……っ」
甘くて、溶けるようなキス。
「ん……っ、あ……ん」
唇を軽く食まれ、舐められる。舌を弄ばれると、たちまち頭の中に霞がかかったようになる。身体がふわふわとし始めて、また、あちこちに触れて欲しくなる。
「……ふ、あ……ぁ」
引いていく隼人の舌を追う。
「ン、ん」
何度でもしたい。舌を吸われると、頭の奥にぴりぴりと電流が流れるようだった。
「ン…………」
「すっかり、キス好きだな」
「……おめえのせいだからな」
睨むと、もう一度キスが降ってきた。
ちゅ、と音が鳴る。
「ねだられるのは、いい気分だ」
本心から機嫌がよさそうで、そんな隼人の顔も今夜、初めて知った。
「こっちは大丈夫か」
隼人の手が竜馬の腰をさする。不意の感触に、ひく、と身体が震えた。
「ん……平気だ。思ったほど痛くなかったし」
二回目というのももちろんあるだろう。けれども、隼人が無理強いをしなかったから、という理由も大きいはずだ。
「最初のときは……翌日は、違和感はなかったのか?」
「んー……、ダルいしちっとばかり痛むところはあったけど」
頬を撫でてくれた指先の優しさを思い出す。今も腰に触れている。何も覚えていないけれど、きっと同じように触れてくれたのだろう。
「男と寝ていたとは思わなかった」
いや、初めてだから、もっと優しかったのだろう。
「……おめえがうまかったンじゃねえの」
聞こえるかどうかのボリュームで呟き、胸元に顔を埋めた。
「褒めてくれるのか」
隼人の手が下に伸びて尻を包む。
「——ッ⁉︎ ほ、褒めてねえからっ!」
慌てて顔を離す。
「褒めただろ? 俺が巧いって」
「お、俺の身体が頑丈だったからだろ!」
隼人がくすりと笑う。
「な、何笑ってンだよ! 俺の身体に感謝しろよ!」
「ああ、感謝する」
さわさわと尻を撫で回した。
「〜〜っ」
さっきまで素直に身を委ねていたのに、どうにも決まらない。
好きだけれども、手放しで褒めるのは癪だし、主導権を握られるのも妙に気に障る。ただの天の邪鬼と知ってはいるけれど、咄嗟に軽口憎まれ口が出てきてしまう癖はきっと直せない。ましてや途端にベタベタと甘えられるほど器用でもない。
隼人も竜馬の性格を理解しているはずだ——それも何だか腹が立つけれども。
「感謝ついでに、もう一回したい」
「はぁっ⁉︎」
「そろそろ慣れただろうし、頑丈なんだろ?」
頬にキスをしようとするのを手を滑り込ませて阻止する。
「調子乗ンな!」
「乗ってない」
隼人は代わりに手の甲にキスをする。
「竜馬が好きだから、セックスしたい」
「——っ」
あからさまな願望に言葉を失う。
「お前はどうしたい?」
「……っ」
「なあ」
再び、手に口づける。
「りょうま」
竜馬をとろけさせる、声。
「〜〜〜〜ッ」
顔が熱くなる。耐えきれず、がば、と起き上がった。
「竜馬?」
隼人から見えないように顔を背ける。
「どうした?」
「——うるせえ、黙ってろ」
たぶん、赤面している。今更だとしてもそんな顔を見られたくはない。
すう、はあ、と呼吸を繰り返す。
背中に視線を感じる。隼人はどんな表情をしているだろうか。いたずらめいた瞳か、見守るような眼差しか。
それともまだ見たことのない——。
どんな隼人だとしても、見たらもっと好きになってしまう。
——それは、見なくても知っている。
やっぱり、少しだけ悔しい。
だから、嬉しくて照れているこの顔は見せてやらない。
竜馬は勢いよく振り向くと同時に隼人にのしかかった。じっくりと眺める時間を与えず、覆いかぶさる。
キスの下でまたカチリ、と歯がぶつかった音がした。だが隼人は何も言わず、竜馬の頭を優しく撫でた。