2025/6/21~22開催ゲッターロボwebオンリー【Get a Destiny2025 on web】で展示。
カムイが母親につげの櫛を送りたいと願う話。約1,400文字。
鏡に映る髪の色でお母さんを思い出したりするのかな、と思ったことからできたお話です。
◆◆◆
鏡の向こうに母がいる。
カムイは目を見開き、じっと鏡面を見つめる。
たった一度だけ、ハン博士がぽつりと零したことがあった。
「よく似ている」
誰が、誰に、とは聞かずともわかった。博士はすぐにハッとして口を噤み、視線を逸らした。そしてほかに誰も聞いた者がいないかを確認して小さく溜息をついた。
嬉しかった。自分ではわからない。誰も言ってくれない。訊いてもいけないのだといつしか悟っていた。
だから、嬉しかった。
小物入れの引き出しを開け、赤い巾着を手に取る。ちりめんの生地に爪を引っ掛けないよう、ゆっくりと丁寧に扱う。中には同じ生地で作られた平たいケースが入っていた。
そこから、つげの櫛を取り出す。
カムイの手のひらに収まる櫛は飴色に光って、つやつやとしていた。
指先で木の表面をそっと撫でる。何年も椿油を塗って手入れをしてきた櫛は、どことなく柔らかで、あたたかい。
——いつか。
そう、思い続けてきた。
カムイは顔を上げ、鏡と向き合う。黄金色の髪の毛に櫛を入れる。
毎月の給料と呼べるほどしっかりしたものではないが、早乙女研究所からは現金を支給されている。幼いカムイは最初の支給金を受け取ってすぐに「母への贈り物を買いたい」と口にした。
いつ渡せるかもわからない。けれども、いつでも渡せるようにしていたい。そう伝えると、隼人は驚きつつも相談に乗ってくれた。
櫛がいいと決めていた。触れることは叶わなかったけれども、片手で間に合うほどの面会しか許されなかったけれども、あの黄金色の髪はずっと目に焼きついていた。毛先はもつれ、表面は乾いて艶もなく、痛んでいるとわかった。それでもなぜか、美しかった。優雅でまばゆく感じた。
毎日くしけずり、輝く太陽の下に出たならば、もっともっと美しいだろう。
いつかそんな日が来ればいいと、夢見ていた。
隼人は「それなら」とつげの櫛を勧めた。櫛の良いもの、と言えばつげで決まりらしかった。とかく良いものは時間も手間もかかるし、値も張る。荒廃を経験した世界に最早そんな高級品も職人も存在しないと思われたが、あるところにはあるもので、隼人が渡りをつけてくれた。ただし一回の支給金では賄い切れず、足りない分は隼人に前借りをした。そうまでしても欲しかった。
黄金色の髪を梳いていく。
つげの櫛は、使って、椿油で手入れをすることで育つのだという。買ったまま仕舞い込んでいると乾燥や湿気で劣化してしまうらしい。はじめは贈り物を自分が使ってしまうことに大きな抵抗があった。だが隼人の、
「お前が育てた櫛なら、なおさら喜ぶと思うがな」
という言葉で心を決めた。
髪がさらりと揺れ動く。
カムイの髪が1センチ伸びれば、鏡の中の髪も同じだけ伸びる。カムイが髪を梳くたびに、鏡の中の髪も艶やかになる。髪を切るときは何だかとても寂しい。
遠く隔てられているけれども、母の面影は常に傍にあった。
そういえば、と思い出す。
研究所に来た頃は髪の毛の癖が強くて、毛先が自由に跳ね回っていた。成長するにつれて次第に落ち着いた髪質に変化していったが、母もそうだったのだろうか。
いつか母が髪をくしけずるその隣で——叶うものならこの手で梳きながら——訊ねてみたい。
カムイの目つきと口元が少しだけ、ゆるむ。
鏡の向こうの母が、穏やかに微笑んだ。