はやごの休日

ネオゲ隼號

ピクスクで開催のネオゲ隼號WEBオンリー『8月5日は隼號の日!3』参加作品です。
イベントに滾って書きたくなったので、短い場面ですが書き上がったらページを追加、という方式で同棲中のはやごの休日を書きました。イベント中に最後まで書き切れなくて夕方の17時台のところでストップしていたのですが、予定していた夜の場面までできたのでこちらにアップします。
pixivにも載せています。
個別のタイトルは時刻です。〔0642〕は6:42です。本編終了後、號くん一人称視点。1話1,000~2,000文字程度。場面ごとにリンク貼っておきます。最後だけ食事シーンを挟んでの場面転換があるので時刻が2つとなっております。
ちなみに、午後にホームセンターに出かけていますが、自家用車ではなく、バスで行っている設定です。そこからさらにまた出かけますのでね。駐車場に車止めたままではないです、一応。

〔0642〕
〔0938〕
〔1502〕
〔1728〕
〔2019-2107〕

◆◆◆

〔0642〕

 朝は得意だ。夜更かししても、五時には自然と目が覚める。
 ひとりだったときは起き出してストレッチをして、走り込みに出たり筋力トレーニングをしていた。でも今はふたり暮らしだから、隣で寝ている神さんを起こさないように、そのまま二度寝をすることが多い——別にトレーニングをサボる言い訳じゃねえ。あとでちゃんとやってる。ごそごそしてると神さんはすぐに起きちまうから、もう少し寝かせておいてやりたいってだけだ。
 せいぜい、そろっとベッドから抜け出て、水分補給してトイレに行くぐらい。あとはまたこそっと戻って、ベッドを軋ませないように気をつけて、神さんの隣でもうひと眠りする。
 今朝もそう。夕べは神さんの仕事がいつもより長引いて、休日前のふたりの夜が吹っ飛んだ。それ自体はしょうがねえ。問題なのは、ここ数日、神さんがろくに寝てねえってことだ。平和になったってのに、神さんの仕事は山積みで、退勤時間なんてあってないようなものだった。
 だから今日はもう少しゆっくりさせてあげたい——体感だと七時前くらいだ。時計を確認するくらいならたぶん、起きない。けど、できるだけじっとしておこう。
 もうひと眠りして、起きたらきっと九時くらい。それから朝メシを作って、一緒に食って、そのあとはどうしようか。一緒にゲームでもしようか。ソファでごろごろしながらのんびりするのもいい。昼メシは外に行くか、それともまた何か作ろうか。
 午後はどうする? 家メシにしたら眠くなって昼寝しちまうかもしれない。でもそれもいいな。せっかくなら神さんに膝枕してやろうか。「してやるぜ」って誘ったら、神さんどんな顔するんだろうな。照れるとこは見てみたい。
 それとも神さんはどっか行きてえかな。グダグダしてるより動き回ってたほうが落ち着くんなら、それでもいい。今日は一日天気がいいはずだ。チャリでちょっと遠出もいいな。気分転換できそう。
 あー、でも「美術館にでも行こうか」って言われたらどうする? 神さん、頭いいから芸術とかそういうの好きそう。俺、なんもわかんねえぞ。それに、あんま静かなとこは得意じゃねえかも。おとなしくしてねえとって思えば思うほど、むずむずしてくるっていうか。
 けど、神さんが行きてえってとこなら俺も行ってみたいとは思う。神さんの好きなもの、もっといろいろ知りたい。
 ——あ。
 思わず声をあげそうになって飲み込む。
 それよりも、大事なことがあった。
 俺はそろりと目だけ動かして、左隣を見る。こんもりとした山のような肩から腰までのライン——神さんがこっち向きで寝てる。顎の先までしか視界に入らない。
 もし、仕事だったら。
 ありえる。昨日遅くなったのも、終わらなかったからかも。それで、今日も休日出勤。
 神さん、何も言わなかったけど、言いにくかったのかも。
 もしそうだったとしても、ガッカリすんなよ。「しょうがねえな」ぐらいは言ったっていいけど、ちゃんと笑って見送るんだぞ。
 俺は大きく息を吸い、呼吸を止める。それからたっぷり二十秒はそのまま、天井を睨む。
 大丈夫。
 ゆっくりと鼻から息を吐き出す。身体から緊張が抜けていく。
 時間はまだある。今日は一緒に過ごせなくても、休みはまた来る。それに。
 すぐそこに神さんがいる。
 俺はそろそろと横を向く。神さんの寝顔が見られるなんて、めちゃくちゃ倖せだと思う。神さん、睫毛が結構長くてキレイなんだよな。鼻だって高くて羨ましい。
 首元から視線を上げていく。少しだけ笑ってる口元。何の夢見てんのかな。つられて俺もちょっと笑う。それから、すっと通った鼻筋を目でなぞって、
「——」
 時間が止まる。
 すぐそこに、神さんの顔がある。目は開いていて、こっちをじっと見てる。
 俺は目をくわっと見開いて、地蔵になる。
 いったい、いつから——。

「おはよう、號」

 それはロマンチックな甘い声じゃなくて、笑いを噛み殺しているような声だった。

 

〔0938〕

 居間のドアが開く。俺は振り向いて出迎える。
「おかえり」
 顔は自然に笑顔——というよりニヤけてくる。けどあんまりふやけたツラしてるのもちょっと恥ずかしいし、ということで口元を引き締める。
「ただいま」
 仕事から帰ってきたわけじゃないけど、神さんが俺につきあって返してくれる。意外とそういうノリはいいんだよな。
「へへ」
 おかげですぐに口元はゆるんじまう。朝っぱらから俺の百面相を十分見たはずなのに、それでも神さんは面白そうに俺の顔を眺めてくる。そんなんだからまた恥ずかしくなってきて、俺はフライパンに目を戻した。
「いい匂いだな」
 神さんが近づいてくる。何か妙にドキドキする。俺は内心を悟られないように声を少しだけ張る。
「だろ? やっぱ肉は偉大だぜ」
 フライパンの中ではごろごろとしたサイズのベーコンがジュージュー鳴いている。
「夏バテしねえように、がっつり食わな——」
 言いながら隣を見上げる。フライパンを覗き込んでいた神さんが俺を見る。
「……きゃ、な」
 勝手に言葉が途切れて、俺は見惚れる。
 神さんは優しげに笑って、それから、
「キスは?」
 と訊いてきた。一瞬、聞き間違えたかと思ってぽかんとしていると、
「おかえりのキス」
 と言い直した。
「はあっ⁉︎」
 ベーコンじゃなくキスをねだられて、思わず変な声が出る。けど神さんは慌てるふうもなく、笑った顔を近づけてきて、
「してくれないのか」
 なんて言ってくる。
「え、と」
 神さんの唇に目が行って——その感触とさっきまでの出来事を思い出す。
 俺が気づかなかっただけで、神さんはとっくに起きていて、俺がにんまりしたり眉間にシワ寄せたりしてるのをずっと見てた。それを「何だよ、黙って見てるなんて」「すまない、面白くてつい」「ついじゃねえよ、ヒキョーモノ」「それは悪かった」「ほんとにそう思ってんのかぁ?」「本当だ」「なら詫びのキスでもしてくれよ」なんて言ってじゃれているうちにそういう・・・・雰囲気になって、その。
 それから一緒に風呂に入って、神さんは髪の毛乾かすのに時間かかるから俺が先に着替え終わって——。
 バチンッと勢いよく脂が跳ねる。我に返り、慌ててフライパンを炎から遠ざける。
「號、火傷は」
 神さんは俺の邪魔にならないようにって一歩下がる。
「大丈夫。神さんは?」
「俺も大丈夫だ」
「あー、下のほう、ちょっと焦げちまった」
「ん゛」
 神さんは喉の奥から潰れたような声を出して、バツの悪そうな顔つきになった。
「悪かった」
 口元を押さえ、頼りなげに視線をさまよわせる。おまけに、
「……ちょっと、調子に乗り過ぎた」
 って、シュンとしてる。いつも俺が料理してるときは——火を使ってるときなんか特に——まとわりついてこないのに。
 これって。
「……なあ、神さん」
 コンロの火を止め、チラッと神さんを見る。文句でも言われると思ったのか、きまりが悪そうだった。そうじゃねえ。
「神さんも、その」
 ——浮かれてたのか。
 訊こうとして、咄嗟にやめる。
 神さん、なんて言っちまった。これじゃ俺も浮かれてたって丸わかりじゃねえか……って、最初に「おかえり」って言い出したのはこっちのほうだった。もしかしたら鼻歌も聞かれてたかもしれない。
「いや、まあ、うん」
 言いながら、顔が熱くなってくる。ベーコンはフライパンにくっついていて、揺すっても転がらない。俺はどっちがフライパンでどっちがベーコンなんだろ、なんてヘンなこと考えながら、菜箸でベーコンを突っついた。

 

〔1502〕

 バスが到着する。ソフトクリームを舐めながら何気なく眺めていると、釣り竿を持ったおっさんや浮き輪を抱えた子供たちが次々と降りてきた。
「なあ、神さん」
 隣に話しかける。
「何だ」
「あれ」
「うん?」
 神さんは俺の視線の先に目をやる。
「海からの帰りか」
「あのバス、海のほうを回るのか」
「そうみたいだな。あそこに行き先と経由地が書いてある」
 ドアの横に表示されているバス停の名前を見る。海とでかい団地、それとここのホームセンターが書かれていた。
「海か。そういやまだ行ったことねえな」
 海水浴場があるのは知っている。でも、車でないとちょっと行けない距離だった。
 引き寄せられるように足が動いた。
「えーと」
 人の群れに混じってバス停に寄っていく。
「……次は二十分か」
 後ろから神さんもついてきて、時刻表を覗き込んでいた。
「行くか?」
 その声に振り向く。
 神さんの顔に「いいぞ」って書いてあった。
「行く!」
 俺は勢いよく返事して、まだ半分あるソフトクリームを急いで食い始める。そうと決まったらやっぱアレだ。
「な、神さん、トイレ行って、それから飲み物とアレ買おうぜ!」
「あれ?」
「さっき見たヤツ!」
 いいな、どうしようかな、と思いつつ、結局買わなかったヤツ。
 俺が左手を頭に置くジェスチャーをすると、神さんはすぐにわかったみたいだった。
「それなら俺が買ってこよう。お前は先にトイレを済ませて、自販機で好きな飲み物を買っておけ。あそこの出入り口で待ち合わせだ」
「え、俺も一緒に行く」
「レジもトイレも、いつ混むかわからんからな。別行動のほうがいいだろ」
「あ、そっか。ふたりしてトイレ行けなかったら悲劇だもんな」
 揺れるバスの中で緊張したツラで座ってる神さんと俺。笑えるけど、よく考えると笑えない。やっと海に着いたって、すぐそこにトイレがあるかもわかんねえし、あったって混んでたらやばい。
 それでもやっぱり面白い。俺は笑いながらOKのハンドサインを出した。神さんが腕時計を確認する。
「まだ十五分はあるから大丈夫だろうがな、念のためだ」
「おう。あ、俺は青いほうがいいな」
「わかった。それじゃ」
「ん」
 ホームセンターの入り口まで戻り、手を振り合って一旦別れる。俺はちょっとだけ残ったコーンの先をぽいっと口に放り込んでトイレに向かう。
 ああ、楽しみだ。出かけた先で見かけたバスにひょいって乗って、知らない道を通って、初めての場所に行く。
 これってなかなかできねえ体験だよな。
 しかも神さんと。
「——へへへ」
 嬉しくって、ニヤける。うきうきして落ち着かねえ。もういつもの休みの五倍ぐらい楽しい。この時間がまだ続く。それも嬉しい。
 夏休みってこんな感じだったよなって、俺はふと思い出して、懐かしく思った。

 

〔1728〕

「すっげえ楽しい」
 そう言って笑うと、神さんも笑う。本当に楽しい。
 バスは意外と空いていて、余裕で座れた。それに、三時も回ってから海に行こう、なんて人は少なくて、ほとんど途中のバス停で降りていった。だから海沿いの国道を走っているときはバスのエンジン音とタイヤの音だけが聞こえてくる時間もあって、窓の外では海がきらきらしてて、何だか別世界に入り込んだみてえだった。
 いつもなら俺がたくさん話しかける。今日もそんな感じでバスに乗り込んだけど、初めて通る道と景色に気を取られて、結局初ドライブで窓にほっぺをくっつけて興奮してる子供みてえになっちまった。
 ときどき振り向くと、神さんは俺の顔を見て眩しそうに目を細める。俺は何だか胸の辺りがくすぐったくなって、照れ笑いする。まるで初デートだった。
 四時過ぎの海はまだ明るくて、帰り支度をしている人たちを気にしなければ、十分に楽しめそうだった。
 現に、海の家で売ってるかき氷は値引きされていたし、目を焼きそうなほどの日差しはちょっと弱くなって、夕方の海風はすごく気持ちよかった。砂浜や防波堤沿いを手を繋いでゆっくり歩いて、ときどき座って海を眺めて。波の音を聞きながら過ごすのはいい気分だった。
 何つったって、お揃いの帽子だし。
 家の細々としたものを買いにホームセンターに行った。そこでこの帽子を見つけた。いろんな形のものがあって、巻かれているリボンの色もたくさんあった。麦わら帽子っていういかにも「夏!」なんてもの、見つけたら欲しくなっちまう。アレコレかぶってたら、神さんが「一番似合う」って言ってくれたのがコレだった。
 欲しい、けど。と迷って、結局出番がなさそうだったからと見送った。でも、海に行くんなら話は別。
 そんなこんなで、俺は青いリボン、神さんは赤いリボンが巻いてある麦わら帽子を買った。カンカン帽っていうらしい。
「アロハシャツでも着てくりゃよかったな」
 そうしたら完璧だった。足元は神さんが帽子と一緒に買ってきてくれたビーチサンダル。でもまあ、これでも十分に夏満喫スタイルだよな。
「それなら、次はお揃いのアロハシャツを買おうか」
 隣に座っている神さんがすぐに提案してくる。
「それで、もう一回海に来よう」
「だったら、今度は朝からにしようぜ。ひと泳ぎして、海の家でじゃがバターとラーメンとイカ焼き食って、あと焼きそばも食いてえな」
「……そんなに食えるか?」
「おう! 泳いでたらすぐ腹減るって。何なら焼きそばとラーメン別々に頼んで、半分こしようぜ。それで、食後はかき氷だろ」
「食い物ばっかりだな」
「海とかキャンプとか、夏に外で食うと何でか全部うまいよな!」
 神さんがとうとう吹き出す。俺は当たり前のことを言っただけなんだけど。
「ああ、そうだな」
 なんて、まだ妙な笑いを残して神さんが俺の頬を指で撫でてきた。その指が唇のすぐ脇に下りてくる。
「あ、かき氷のシロップでもついてたか?」
 てっきり口元を拭われたと思って見上げる。カサ、と音がして、カンカン帽のつばの先がぶつかる。
「え、あ——」
 神さんの帽子のつばで、俺の帽子のつばが押し上げられる。帽子が落ちちまう、けど。

 身動きするのがもったいなくて、俺は神さんの唇が近づいてくるのをじっと待っていた。

 

〔2019-2107〕

「あ」
 遅めの夕飯を並べていて声が出た。神さんはすぐに気づいてこっちに左手首を返して見せてきた。
「意外に焼けた」
 腕時計の形。毎日少しずつ日焼けしていたのはわかっていたけど、昨日までのぼんやりとした跡とは明らかに違う。
「昼もそこそこ外にいたしな」
「だな」
 そう。あそこのホームセンターの駐車場には、だいたいキッチンカーがいる。今日みたいな休日にはアイスやクレープやホットドッグ、ハンバーガー、カレーや焼き鳥その他いろいろ、いい匂いをさせた車がずらっと並ぶ。だから神さんが「午後からホームセンターに行こうか」と言ってきたときはすぐに「昼メシはそこで食おうぜ」と返事した。
 屋外の休憩スペースには日除けのテントも張られていたけど、あっちに並んで、こっちに並んでってしてたし、バスの中にも陽は射し込んでいた。日焼け止めなんて塗ってなかったから、そりゃ焼ける。
「痛くねえの?」
 肌もちょっと赤い。触ると熱っぽい感じがした。
「痛くはない。多少熱を持ってはいるが、明日になれば治まるだろう」
「そっか。俺は時計してねえからなあ。日焼けかあ」
 俺はTシャツの袖を肩までまくり上げて自分の腕を見る。肘から下はおんなじだけど、そこから上は長めの半袖シャツのライン、普通の半袖シャツのライン、タンクトップの肩んとこ、でちょっとずつ焼けて色が違ってる。今日は普通の袖丈だったから、そこから下が少しだけ濃くなったはずだ。皮膚が丈夫なのか、俺のほうは赤くなってねえし、ヒリヒリもしていなかった。
「腕って、いつの間にか焼けてるよなあ。いち、に、さん……俺なんか四色だぜ」
 ボディビルダーのポーズみたく左腕を前に出してクッと曲げると、神さんはまじまじと見て、その真面目な顔つきのまま言った。
「三色アイスじゃなくて、四色號か」
「ははっ、何だよそれ。んじゃあ……焼けてねえとこがバニラで、一番焼けてるとこがチョコ、あとは何だろ……ん、神さんのお好みで」
 アイスに引っかけて返してやると、神さんは「ふむ」って妙に感心したみてえな声を出す。
「神さん?」
「……いや、お前がそう言うなら、味見してみないとな、と思って」
 今度はニヤッとして——俺をからかう。神さんの場合、あとでほんとに味見・・してきそう、ってか……してくる。
 顔がボッと熱くなる。神さん、俺の反応見たさに絶対ぇしてくる。
 そんなことを考えて、からかわれたときのくすぐったさやもどかしさ、ちょっとした悔しさなんかより、からかわれたい気持ちのほうが大きいことに気づいて、首まで熱くなってくる。
「な、何ヘンなこと言ってんだよ。それより今はこっちだろ」
 並んでる料理を指差す。
「早く食おうぜ」
 何考えてたかきっとバレバレなんだろうけど、それでも誤魔化そうとして目を逸らす。神さんの視線を感じながら、俺は急かすように取り皿や箸を並べていった。

   †   †   †

 台所の明るい電気の下だと、神さんの日焼け跡はもっとくっきりと見えた。
「時計してたらわかんねえけど、外してたら目立つよなあ」
 茶碗をすすぎながら左隣を覗き込む。洗い終わった皿を拭いていた神さんは日焼けした手首を見る。
「まだ八月の頭だからな。もう少し焼けるだろうな」
「今から日焼け止め塗ってもな」
「俺は別に気にならないが、そんなに気になるか」
「気になるっていうか」
 すすぎ終わった茶碗を水切りかごに置いて手を拭く。それから左腕を神さんの身体の前に持っていった。
「俺も今から腕時計しよっかな」
「突然どうした」
「ん、だってよ」
 自分と神さんの左手首を見比べる。神さんも不思議そうな顔して見比べてる。
「俺たち、いろいろお揃いにしてるだろ」
 歯ブラシ、マグカップ、茶碗、スリッパ、枕カバー、その他いろいろ。色違いだけど同じものを並べている。
「今日なんか帽子とビーサンもお揃いにしたし、アロハシャツ揃える予定もあるし」
「ああ」
「日焼け跡もお揃いって、何かすげえいい感じじゃね? 一緒にあちこち出かけたんだなって」
 左手をグーパーしながら腕時計の日焼け跡を想像する。
「でも今からじゃ追いつけねえかな」
 それなりに日焼けしているし、神さんみたいにキレイに焼けないかもしれない。
「なるほど」
 神さんの右手が俺の左手の下に潜り込んでくる。すくい上げられて、手のひらが合わさって——上からだと、大きな手のひらが俺の手からはみ出して見えた。
「おっきい手」
 笑うと神さんの指が俺の指の間に入ってきて、きゅっと握られた。俺の心臓も一緒にきゅっとなる。
「お揃い、か」
 声の感じがいつもと違う気がして、俺は神さんの横顔を見上げる。
 神さんの目は、俺の左手をじっと見つめている。
 何か、すげえ考えてる。
「……何だよ」
 するとまた、左手をきゅっと握られた。神さんの目が細くなる。
「今度、買いに行かないとな」
「腕時計を?」
「まあ、そんなところだな」
「? そんなところ? 何だ、それ」
 首を傾げると、神さんは含み笑いをする。
「その前に、アロハシャツを買ってもう一回、海だな」
「おう!」
 よくわかんねえけど、お揃いは嬉しい。隣にいないときも、神さんと一緒だなって感じられる。
 くっついた腕から神さんの体温がじわじわと俺の中に染み込んでくる。日焼けの火照りでちょっとだけ熱い。今日の太陽のかけらがここに残っているみたいだった。

 

<了>