つきあってます。
何度目かの弁慶浮気発覚後のお話。静かにブチ切れて2話テイストになるちょっと危ない隼人がいます。要するに強火弁慶担。好きゆえに多少過激・下品な口調になる隼人ですがラブラブハピエンです。弁慶寄り視点。
【注意】研究所の女性と肉体関係を持った設定。服の上からですが受けが攻めの局部へ触れる・性行為を誘うなどの描写があります。また、人体の一部の切除に関する話が含まれますので、念のためR-18Gです。がっつりR-18G目的の方のご希望には添えません。なお、受けが攻めの乳首をいじる描写があります。
約5,600文字。2022/6/20
◆◆◆
「どうだ?」と訊ねられても、何も言えない。
弁慶は不安そうに見上げる。
恋人に押し倒された。しかも相手は興奮している。状況だけなら最高においしい。
だが今の弁慶には情欲の欠片も湧いてこなかった。
——どうしよう。
そればかりが頭をぐるぐるしていた。
時間を巻き戻せたらいいのに。
切に願うと同時に、上からクヒ、と奇妙な笑い声が降ってきた。
† † †
ほんの数分前。
「隼人!」
弁慶が菓子の袋を抱えてやって来る。隼人はデスクについてモニタ画面を見つめている。ちょうど扉側に背を向けている格好で、いつもの景色だった。弁慶は笑顔を浮かべて近づく。
「な、訓練まで時間があるし、ちょっとお茶でも」
しようぜ、までは出てこなかった。
ちらとモニタに視線をやった弁慶が石になる。
「————」
モニタには通路に設置されている監視カメラの画像が映し出されていた。三時間ばかり前の時刻が表示されている。
鬼ではなく、弁慶と女性所員。
隼人の指がカタ、とキーボードを押した。画像が動き出す。
何事かを話しかける弁慶。女性は小首を傾げ、楽しそうに笑う。その肩に大きな手がさりげなく触れる。が、嫌がる様子はない。
また、乾いた打鍵音がひとつ。映像が少し飛び、女性の腰に左手を添える弁慶。見つめ合いながらフレームアウトしていくふたり。
カチャ、カチャリ。
隼人の指先から発せられるのは、今や弁慶にとって地獄の門扉の鍵が開けられる音だった。
時間が進み、画面奥から弁慶がひとりで歩いてくる。足取りも軽く、にへにへと溶けるような表情。音声はなくとも何があったかは察しがつく映像だった。
「…………っ」
動けない。
まさしく、音を立てて血の気が引いた。腹が減って目が回るよりも激しい眩暈に襲われる。その手から菓子の袋が滑り落ちた。
——ど、どうしよう。
隼人、と呼びかけようとする。しかし声が出なかった。
椅子が軋む。
瞬間、弾かれたように弁慶の巨体が飛び退った。そのまま土下座の体勢になる。
ギイィ、と古い椅子が不快な音色を立てる。隼人が立ち上がった気配がした。
「はっ、隼人ぉっ!」
額が床に触れた。
「わ、悪かった! この通りだっ!」
ぐい、と額を押しつける。
「本当にすまないっ!」
ひたすら謝るしかできない。
「隼人ぉ……」
コツ、と靴音がした。こちらに近づいてくる。
「——っ」
頭の先で止まる。弁慶は息を詰める。
ぞく、と悪寒が走った。
隼人の視線が後頭部に刺さる。だが、何も言葉は降ってこない。
「……隼人ぉ、すまない」
何も聞こえない。舌打ちも、溜息さえも。
沈黙が痛かった。この時間が長ければ長いほど己の所業と向き合わざるを得なくなり、愚かさが浮き彫りになる。
隼人には幾度も浮気を咎められてきた。そのたびに心から詫びては反省した。それなのに、繰り返してしまう。隠し通せたことなどないし、本気で思う相手は隼人だけなのに、やめられない。
——情けない。
教えを守れず、それこそ数えきれないほど和尚にも頭を下げてきた。変わっていない自分が腹立たしいし、和尚にも申し訳なくて泣きそうだった。
——もし。
恋人は親でもないし、師でもない。弁慶を諭し導く縁も理由もない。合わないと思えば別れるだけのつきあいだ。
——もし、隼人に見放されたら。
心臓の辺りがぎゅっとした。
——……いや。
怒りを覚えるのも、哀しく感じるのも、痛みを抱えるのも、全部隼人のほうだ。自分が悪いのだから、嘆くのはお門違いというものだった。
「弁慶」
ようやく声が聞こえた。
「俺を見ろ」
「…………はい」
恐る恐る顔を上げる。隼人の身体が視界に入る。爪先、脛、膝、腿——徐々に視線を上げていく。しかし胸から先は見られなかった。
弁慶は目を閉じ、深呼吸する。
そろりと目蓋を持ち上げると、しゃがんだ隼人と目線が合った。
「弁慶」
「はっ、はい……!」
その目つきは鋭い。思わずびっと姿勢を正す。何を言われても受けとめるしかない。
「俺のことは好きか?」
「っ! すっ、好きだ!」
隼人は表情を崩さない。
「浮気相手も好きだろう?」
「——っ」
一瞬、誤魔化そうと思った。けれども隼人はきっとお見通しだし、嘘をつくことで状況が悪化するのは確実だ。
それに——。
和尚に顔向けできなくなる。ちらとでも邪な考えをしてしまった自分を恥じる。
「好きだ。それは否定しない」
「じゃあ、俺のことは愛しているか?」
もちろん。
弁慶は大きく頷いて、
「愛している」
目を見て神妙に告げた。
「浮気相手は?」
「それは……好きだけど、俺が愛しているのは隼人だけだ」
隼人の瞳も表情も動かない。ただ「ふん」といつものように鼻を鳴らしただけだった。
弁慶は裁定を待つ。
許してくれるかはわからない。それでも真摯に、受け入れてくれるまで謝る覚悟はしていた。隼人と別れたくない。その一心だった。
ふと、隼人の眼光がゆるんだ。
「……」
弁慶は目を見張り、固唾を呑む。続く変化を待つ。
薄い唇が歪んだ。
「……は、隼人」
笑った。
許してくれたのか。
表情を崩そうとして、次の瞬間、違和感に気づいた。妙な気配がする。
「なあ」
隼人の口が動く。喉の奥からキヒ、と聞こえた。
「お前、チンポ切り落とすか」
「…………はひ?」
「いっそのこと」
「は……? え、き、切り……?」
聞き違いであればいい、と弁慶は笑みを作る。隼人も笑う——それはそれは残酷そうに。
「お前もそう思うだろ。そうしたら誰にも挿れられねえもんな」
瞳孔が開いている。小さな瞳がぎらぎらと光を放っていて不気味だった。
「……え?」
静かな、だが強烈な圧に、弁慶の頬が勝手に痙攣した。
「中国に宦官ってあったろ。あれと同じだよ」
「あ、ああ……」
先日、テレビで中国の時代映画を放送していた。何となく眺めていたので細かいところは覚えていない。ただ、宮廷に仕える宦官と呼ばれる者たちの存在は記憶に残っていた。男性器を切除するという点が衝撃的だったのだ。
しかし「切り落とすか」と言われてもどこか他人事だった。映画でも手術のシーンはなかったし、具体的に想像できない。だから余計に自分と紐づけられない。
カクン、と隼人の首が傾いだ。まばたきもせず、じいっと弁慶の瞳を睨め上げる。
「……」
気まずさに耐え切れず、弁慶の視線が泳ぎ出す。大きな身体がもじもじと揺すられ出した。隼人は不実な恋人へ語りかける。
「男を封じられるとな、声が高くなって、髭も生えなくなるらしいぜ。性欲はどうなんだろうナァ?」
「さ、さあ……」
「やってみりゃわかるよナァ」
ぐ、と隼人が前傾姿勢になる。
「切り落としたチンポをな、ご丁寧に壺に入れて保管しておくんだとよ」
言い終わるなり飛びかかった。体格・腕力の差はあったが、不意を突かれてはさすがにたまらない。弁慶は呆気なく仰向けに転がされた。
「どうだ?」
覆いかぶさった隼人が、小さな菓子をひとつ勧めるような気軽さで訊ねた。
† † †
「ナァ、弁慶ェ」
隼人が粘っこい口調で上から呼びかける。
「研究所にゃ鬼の瓶詰めもあるしな、お前のチンポの瓶詰めもあってもいいだろ——キヒ、ヒヒッ」
まさか本当に。
「あっ、あのっ、隼人!」
「何だァ?」
見下ろす瞳は完全にイッているように思えた。やっと洒落にならない事態だと感じ始める。
「……っ、そんなことしたら、お前もっ! 俺といいコトできなくなるだろ!」
大きな手のひらで隼人をどうどうと宥める。
「…………」
「なっ、なっ、隼人!」
「構わねえさ」
「はっ⁉︎」
「切ってもまだ口も指もあるだろうがよ。何ならぶっといディルドでも使おうぜ。そうすりゃ何時間でも愉しめるじゃねえか」
隼人の右手が下に伸びた。
「え——」
股間を鷲掴みにされる。
「ふひょ……っ」
指先に力を込められて、本能的な恐怖に怯える。
「それとも潰されるほうがいいかァ?」
隼人は上体を倒し、ぴたりと密着した。すん、と形のいい小鼻がひくつく。
「……女臭えナァ」
ぎゅう、と握られる。
「おっ! あ、やめ、隼人……っ!」
腰を揺すってはねじり、何とか逃れようとする。
「逃げんなよ」
ドスの効いた声で隼人が牽制する。
「タマいじられんの、好きだろ」
「そっ、それとこれとは……ああっ」
「あぁん?」
「隼人っ! それ以上はっ、つぶっ、潰れっ——」
ここまでされたのは初めてだった。よほど腹に据えかねたのだろう。
「悪かった! もうしねえ!」
脂汗が吹き出てきた。半べそをかきながら謝る。
「絶対しねえから!」
「てめえ、いつもそれだろ。信用できねえんだよ」
「ほっ、本当だ! 今度こそ約束する! なあ、隼人ぉ!」
「てめえ」呼びする隼人の本気度に生きた心地がしなかった。
「もうしねえ! 本当だ!」
「……」
柳眉が不審げに動いた。手の力がゆるむ。
「本当だよう! 信じてくれよぉ!」
縋る気持ちで目を見る。隼人も見つめ返す——ぎろりと睨んで。
「なっ、隼人!」
「……こいつが大したモノじゃなけりゃ、俺だって放っておくさ」
鼻の頭に皺を寄せ、面白くなさそうに隼人が吐き捨てる。
「ろくに満足もさせてくれねえモノだったら、誰とナニしたって構わねえさ。けどな」
再びぎゅっと握る。
「うぉっ‼︎」
弁慶が目を見開いて、ひょっとこのような顔つきになる。緊張で全身が突っ張った。
「ほかの奴もこれで満足してると思うとな、憎くてしょうがねえ」
今度は力を抜き、優しく撫でる。
「……は……はや……と?」
「俺を『愛している』クセに、浮気相手と同列の扱いってのが気に入らねえ。俺だけのモノにならねえんだったら、いっそのことないほうがいい。だから」
長い指が誘うように蠢き出す。下からこすり上げては指の腹でくにくにと押す。
「切っちまおうぜ」
ニタリと笑う。
「はや、と」
「ナァ、弁慶」
ふうっ、と熱い吐息を零しながら、隼人が身体をこすりつける。
「お、あ」
緊張とは裏腹に、弁慶の身体が欲を感じ始める。浮気を責められ、大事なイチモツも危機に瀕しているというのに因果なものである。隼人は指を押し返してくる感触に目を細めた。
「これからオサラバだっていうのに、しょうがねえチンポだな」
いよいよ背筋が凍る。それなのにペニスは勃起していく。隼人の面に喜色が広がった。
「こういうのが好きなのかよ」
先程の渋い顔、低い声とは比べ物にならない。愉しくて仕方がないといった表情だった。
「切るってんのに、まったくよォ」
左手が弁慶の胸に触れる。二、三度さすると、乳首の辺りを爪でカリカリとやり出した。
「っ!」
不意の刺激に巨体がびくりと反応する。隼人の瞳が満足げに歪んだ。
「ヒヒッ」
反対側の胸を舌先でまさぐる。次第に唾液が染みてシャツのからし色が濃くなっていく。布地が肌に張り付き、ピンと勃った乳首の形がくっきりと見て取れた。
「あっちもこっちもおっ勃てやがって。本当に好きモノだな」
吸いつくと、弁慶の身体がぶるりと震えた。
「お、お……」
「……もったいねえからな、切っちまう前に愉しませてもらうか。最後の晩餐ならぬ、最後のチンポだ」
ぺろりと舌舐めずりをする。唾液に濡れた唇が艶かしかった。弁慶は思わず見惚れるが、はっと我に返る。
「きっ、切ったら絶対に後悔するからな!」
「そうかァ?」
「絶対そうだって! なあ隼人! 俺のモノ挿れたら気が変わるって!」
ふん、と一蹴される。
「やれるもんなら、やってみろ」
もう一度唇を舐める。目つきも笑みも扇情的で、その様に弁慶のペニスが完全に勃起する。
「おうっ! 望むところだ!」
隼人の腰に手を回し、ぐっと引き寄せる。押し当てられた隼人の下腹部も硬くなっていた。
「お前の気が済むまでヤッてやる。俺のモノなしじゃ生きられねえって鳴かせてやるよ」
返事の代わりに、またクヒ、と笑い声が聞こえた。
それから、「けどな」と。
「……?」
隼人が身体をずり上げる。顔がつく距離まで寄る。
「満足したらその分だけ、浮気されると憎くなるんだぜ」
声は淡々としていた。それなのに押し寄せる迫力。弁慶が息を止めた。
「『次』なんて、ねえからな」
獰猛な獣の目。射すくめられ、弁慶は慌ててこくこくと頷くしかなかった。
「わかりゃいいさ」
唇が近づく。
「弁慶」
打って変わって、甘い声。
隼人の双眸が笑う。
「はや——」
名前を呼ぶ前に唇が触れてすぐに離れる。続いて、
「ナァ、弁慶ェ」
もったいぶった響き。見せつけるようにゆっくりと口が開いた。
「俺はとっくにお前のものなんだから……お前も早く、俺だけのものになれよ」
「え」
弁慶が目を丸くする。
「そ、それ……」
驚きに、二の句が継げない。
——それって。
隼人の瞳の奥を見つめる。燃えたぎるように輝いていた。
絡みついて二度と離れない、苛烈な情念。
そんな愛の告白は生まれて初めてだった。重くて身動きが取れなくなるほどなのに、心の底から嬉しいと思ってしまった。
「隼人……!」
抱きしめる。すると、意地が悪そうに隼人の唇の端が上がった。
「今頃、わかったのかよ」
そのあとで、噛みつくようなキスが下りてきた。