セックスの時に前髪が邪魔なんだけど、と物申した竜馬に配慮して、解決方法を提案してくれる優しい隼人さん。倖せなふたり。約2,000文字弱。2021/1/17
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ひとつキスした後で竜馬が気怠げに言う。
「その前髪、何とかなンねえのか」
「『何とか』とは」
隼人は訊き返す。
「してる時、こっちに垂れてきて邪魔なンだよな。あと、あちこちでサワサワするからくすぐってえ」
本心だが、隼人の顔が隠れてよく見えないからという一番の理由は言わない。アドバンテージを与えたくない、竜馬のちょっとしたプライドだ。
「その、切——」
「無理だ」
隼人はぴしゃりと遮る。
「まだ全部言ってねえだろ」
「言われなくても、お前のことぐらいわかる」
シチュエーションからしてひとつの解しかないのに、隼人は甘い言葉にすり替えた。
案の定、竜馬は気を取られ、トーンが下がる。
「……なら結ぶかピンで留めりゃあいいンじゃねえのか?」
「前髪をか」
「ああ」
オールバックには長さが足りない。竜馬は指で隼人の前髪を横に流してみた。
「ぶふっ」
やたら目つきの悪い6:4分けの男の顔が現れて、思わず吹き出す。
「失礼な奴だな」
「いや、悪い——でも、ぐふっ」
こらえようとして、変な笑い声になる。隼人は呆れたように「もういいだろう」と手を下ろさせた。
「俺の髪が邪魔なら、簡単な解決方法がある」
「何だよ、じゃあ最初っからそれにしたらよかったンじゃねえか」
竜馬の声が明るく跳ねた。
「じゃあ、お前の気が済むようにしてやろう」
ニヤリと隼人の口角が上がった。
「う……ン、ンッ」
竜馬はゆっくりと腰を沈めていく。隼人が挿入ってきた分だけ、小さな喘ぎが押し出されていく。
「は、挿入……た、よな……?」
初めての騎乗位で勝手がわからない。
「大丈夫だ。好きに動け」
隼人が答える。
できるか馬鹿、という言葉はじわじわと広がっていく肉欲にさらわれる。
「ふ、ン、ンあっ……」
拙い動きだったが、それでも自然に声が漏れ出てしまう。
そっと薄目で隼人を見る——と、獲物を捉えた猟犬のように鋭い眼光でこちらを凝視していた。
「あ、あ——」
瞬時に全身が熱くなる。すべてを晒していると思うと、恥ずかしさで逃げ出したくなる。だが心とは裏腹に、隼人を飲み込んだ秘部はきゅうきゅうと収縮を強くして嫌がった。それで一層、快感が沸き立つ。
隼人は視線で竜馬を犯す。ゆっくりと、執拗に。
「……はやと、はや、と……あっ、あ」
竜馬の鳴き声は、隼人の嗜虐性を呼び起こす。羞恥と、悦楽に耽る後ろめたさが滲む「はやと」という囁きは抗えない媚薬だった。
たまらず、隼人は下から突き上げる——思い切り。
「あっ——、あ、やっ」
竜馬が仰反り、その身体が浮く。隼人は腰を鷲掴み、引き戻す。同時に、乱暴に突き刺す。
「——っ」
初めての感覚が竜馬を貫く。
「あ、あああっ、ひぐっ……う」
深く奥まで開かれると、竜馬の体内がすべてを受け入れるように震えた。
「ああっ……ナカで、こ、ン……なぁっ」
いつもより、隼人の形を感じる。
「っは……やと、気持ち、イイっ、あ、あぐっ——、もっ……と!」
竜馬の口から悦びが迸る。
「ふ、ぐ……うっ、ああっ、あ、あぁあンッ」
結合部から溶け合い、脳の中をもペニスでぐちゅぐちゅと蹂躙されるような、意識を掻き回されるような痺れる快楽。
「あっ、あっ、イイっ、あ、ンン——ん!」
「竜馬、竜馬……!」
隼人が身体を起こし、更に腰を穿つ。竜馬はしがみつき、撃ち込まれる肉棒を貪り喰う。
ふたりの昂りが重なり、やがて果てる——。
「お前、とんでもないな」
言って隼人は竜馬の額にキスをした。
「……何がだよ」
まだ余韻に揺さぶられながら竜馬が小さく返す。
「凄まじい乱れ様だった。……最高だった」
「——っ」
竜馬の顔が赤く染まる。先刻まであられもない痴態を披露しておいてからの初心さに、隼人が笑う。
「それで、前髪は邪魔だったか?」
竜馬は少し考えて「いいや」と答えた。
「じゃあ次からもお前が上になればいい」
竜馬は夢心地のまま「また、勝手なことを言っている」とボヤいた。
しかし、悪くない話だとも思った。
自分も気持ちいい。滅多なことは言わない隼人が「最高だった」と漏らした。それだけの快感を与えられたのだとしたら、恋人冥利に尽きる、と。
——それに。
竜馬は思い返す。
対面座位で見つめ合う。いつもは隼人の感情までも覆い隠さんとする前髪の、その隙間から差し向けられた瞳があまりに淫靡で。
間近で射抜かれると、全身の毛穴から官能が這い出してくるようだった。そしてぞわぞわとした愉悦が、一斉に脳髄へ押し寄せるのだ。
記憶をなぞるだけで、再び身体の奥の奥がずくり、と疼く。
表情をよく見たいなら、確かに前髪は邪魔だった。だが、隼人の色気を一番際立たせているのはその髪型なのではないか。
不意に覗く眼差しの熱さは自分を求めてのことだと気づくのも、衝動に汗ばみ額に張りつく幾筋かの髪の毛も、この上もなく刺激的だ。
「……たまになら、考えてやってもいいぜ」
こんな言い方しかできない。
「……ああ」
隼人は竜馬を見つめ、ゆっくりと相槌を打った。
その間は竜馬にとって「お前のことぐらいわかる」とまた言われたと同じで、少し悔しく——嬉しい。
「また、な」
隼人は優しく口づける。その前髪がさわり、と竜馬の顔を撫でた。
「……ちぇっ」
悪戯が失敗した子供さながら、軽く拗ねる。
結局、いつもこうなる。隼人の思い通りに事が運ぶ。
竜馬にしてみれば癪である。けれども自分が隼人によってしか満たされないように、隼人の心に応えられるのは世界中でただひとり、自分だけなのだという自覚があるのも事実だ。
隼人に選ばれた優越感と、傍にいられる充足感がとめどなく胸に溢れてくる。
これがきっと倖せの証なのだろうと、竜馬は思った。