好きと嫌いのあいだ

新ゲ隼竜R18

【閲覧注意】
竜馬が幼児返りっぽくなります。
正気の状態での合意がないままのセックスなので、無理矢理感が苦手な方にはお勧めできません。
優しいところもあるけれど、結局は鬼畜隼人なのでご理解ください。
ミチルが鬼用に改造した脳波ヘルメット(失敗作)をうっかり被って更にアホの子になってしまい、隼人にベタベタくっつく竜馬。好き好き攻撃を受けてうっかりその気になって我を忘れてしまう隼人。竜馬はちゃんと元に戻ります。約1万文字。2021/2/14
※科学的な部分に関しては、厳しいツッコミご容赦ください。

◆◆◆

 ミチルと弁慶は揃って目を剥いた。
「どういうこと?」
 ミチルの問いに「こっちが訊きたい」と隼人が答える。
 隼人の後ろに竜馬がぴったりとくっつき、腰に手を回してしがみついている。
「行き合った途端に引っつかれた」
 背後を一瞥する。竜馬は隼人の視線に気づき、にっこりとした。
「おわ、竜馬ぁ」
 いつもの、隼人に因縁をつけて不敵に笑う竜馬ではない。いかにも人好きのする相好で、弁慶は思わず声をあげた。
「竜馬がおかしくなっちまった!」
「お前もそう思うか」
「だって、思うだろ?」
「ああ」
 うんざりしたように隼人が同意する。
「まあ、あれのせいだろうが、外していいものか迷ってな」
 言われてやっと竜馬の頭部に注意が向く。
「いやだ、流君——」
「知っているのか」
 ミチルは一瞬、言い淀んだ。
「……私が作った……脳波ヘルメットよ」
「……あれか」
 隼人に苦い思い出が蘇った。
 だがデザインも違うし竜馬がつける理由も思い当たらない。
「鬼に流用できないかと思って、改造したの。でも実験が思うようにいかなくて……改良も時間がかかりそうだったから資料庫の奥にしまったのよ」
「じゃあ、何かの弾みにこれを見つけて、戯れに被ったと」
「……そうでしょうね」
「どういう細工をした?」
「前頭前野に電気信号を流すの。攻撃的な感情を抑えるために」
「鬼を生捕にでもするつもりだったのか」
「研究にサンプルは必須だもの」
 淡々とした口調は「当然のことだ」という響きを伴っていた。しかし今の状況には関係がないので、隼人はそれ以上は触れない。
「なら、外しても問題ないか。ランプが点灯しているが」
「そこにスイッチがあるから、押して、切ってからにして」
 ミチルが示した箇所に電源ボタンと思われる突起があった。隼人は押し込んでランプが消えたのを確認し、竜馬の頭に嵌っている輪を外した。形はヘッドギアというより、孫悟空の頭につけられた緊箍児きんこじに近い。
 外した器具を軽く調べて隼人が舌打ちをする。
「これ、出力が最大なんじゃないか」
 ミチルは覗き込み、珍しくばつの悪そうな顔をした。
「……最大ね。バッテリーを空にしておかなかったのは、私の落ち度よ」
「な、なあ、竜馬はどうなるんだよ……?」
 さっきまで寝ていた弁慶が心配そうに割り込んできた。
「……しばらく、感情の振れ幅が大きくなると思うけど、多分、大丈夫だと思う」
 ミチルの意見を聞いて、隼人と弁慶は顔を見合わせた。
「いつもと何が違うんだ?」
 弁慶の疑問はもっともだった。
「ここでの振れ幅っていうのは、実際の感情と真逆に発露するということね。つまり——」
 不快な感情を持つものに対しては好意的になる。攻撃衝動を反転させられないか、そこまで至らなくとも、少しでも抑えられないか、と考えたのだという。
「生体で実験した訳じゃないけど、効果が薄そうなのよね。予測だけど、鬼には『人間らしさ』を司る脳の部位がないか退化している。鬼化した場合もきっと機能しなくなるんだわ。でも、流君はちゃんと人間だから、こうなってる。……武蔵坊君」
「……はっ」
 呼ばれて弁慶がぱちりと目を開ける。かろうじて最初の説明は耳に入っていたため何となく理解できたようだった。隼人の腰から生えている竜馬の腕を見る。
「……じゃあ、こんなにくっついてるってことは、それだけ竜馬が隼人を好いてないってことか」
「そうね。いつも反発してるもの」
「……納得するな」
 隼人は大きな溜息をついた。
「竜馬」
 おもむろに弁慶は持っていたポテトチップスの袋をシャカシャカと振った。
「……!」
 まるで遊園地のパレードの音色に誘われた子供のように、ひょっこりと隼人の背から面を覗かせる。
「お、興味あるみてえだな」
 チップスを取り出し、竜馬の鼻先にかざす。
 竜馬は弁慶と菓子を交互に見て、やがてぱくりと咥えた。
「これは食うのか。……何か、平和だなぁ」
 弁慶の間延びした口調は、すぐに「それはお前だけだ」と棘を含んだ隼人の声に打ち消された。
「とりあえず外したんだから、もう少し様子を見てちょうだい」
 ミチルは切り上げようとした。
「待て」
 隼人が呼び止める。
「これでは困る」
「おとなしくなる分にはいいでしょう」
「鬼獣が現れたら——」
 闘争心が削がれた竜馬が役に立つのか。
「オートパイロットモードもあるから大丈夫よ」
「……乗るにしろ待機するにしろ、ひとりで可能だと思うか?」
 親指で背後を示す。ミチルが顔を向けると竜馬と目が合った。
 瞬間、竜馬は隼人の陰に隠れる。腰に回された腕にぎゅっと力が込められた。
「なら、あなたが躾ければいいじゃない」
「俺がか⁉︎」
「今はあなたに懐いてるんだから、それが合理的でしょ。何なら、一緒にイーグル号に乗って、ゲッター2の時はそっちからあなたが操縦したっていいんだし」 
「おい」
 男ふたりで乗るのは無理だろう。まともに返しかけて、論点が違うと思い直す。その隙を見逃さずにミチルは会話を終わらせる。
「悪いけど、本当に手が離せないの」
 すげなく投げて去っていった。
 後には。
「……隼人、ポテチ、食うか」
 弁慶が困ったように太い眉を下げて笑った。

 どこにいても過剰な好奇の視線に晒され、隼人はいい加減うんざりして自室に引き篭もることにした。最低限ではあるが調べ物のためのツールは揃っている。あとは敵の襲来がないことを祈るばかりだ。
「おい」
 上着の裾を掴んだままの竜馬に抗議の声をあげる。
「隼人、ぶっ殺す」
 すぐさま笑顔で言われ、隼人は何度目かの溜息をついた。
 何かと噛みつき波風を立てようとする竜馬は正直、面倒臭い。けれども憎い訳ではないし、消えたら困る——ゲッターロボのパイロットとしても、ゲッター線の謎を解く鍵としても。
 ただ、それほどまでに嫌われているというのは心外だった。確かに反りは合わない。だが隼人も本来は人に指図されるのを好まず、自分だけのやり方を貫き、敵対者には怯まない。根は竜馬と同じだと、どこかで通じ合えていると——今はまだだとしてもいつかは——そう、思うようになっていた。
「……まあ、俺の気持ちは俺の問題ってなだけだ」
 竜馬が隼人を嫌っていてもそれは彼の自由であり、ゲッターチームの一員であることに変わりはない。
 ひとつ深呼吸をし、意識を切り替える。
 とにかく、竜馬を元に戻す手立てを考えるのが先だ。この状態の竜馬は隼人の調子をひどく狂わせるだけだった。
「……ふむ」
 外部からの強制力は取り除いた。徐々に戻りはするだろう。問題はそれがいつか、だ。今日、明日に影響が消えるならそれでいい。しかしさすがに一週間もかかるようなら心許ない。隼人にすれば悔しいが、ゲッターロボには竜馬の力が必要なのは事実だった。
 発生する感情自体は正常なのだから、電気信号をより多く流し、早く本来の道筋に修正させることで解決できるのではないか。感情を刺激させ、要は寝ぼけている脳を叩き起こすのだ。
 問題は、小さく反復させるか、強烈な刺激を与えるか。
 思案しつつ竜馬を眺める。竜馬は小首を傾げ、それから勢いよく隼人に抱きついてきた。
「ぐっ」
 成人男性に正面からタックルされ、肺の空気が押し出される。
「……参ったな」
 さすがに、今は無抵抗の人間を殴ろうとは思わない。竜馬なら人一倍頑丈なはずなので多少なら差し支えないだろう。だが正気に戻れば間違いなく根に持って執着してくるだろうし、何より、鳥の雛のようにまとわりついてくる彼を殴る気にはなれなかった。
 これまでの様子を思い返す。
 弁慶の差し出した菓子は食べた。ミチルの言うように感情が反転して表面化するのなら、そもそも嫌がって食べないのではないか。
「試してみるか。……竜馬、ちょっと放してくれないか」
 肩をそっと押しやり、抱擁を剥がす。部屋の隅に移動しようとするが、またしても上着の裾を握られた。
「……竜馬、いいか」
 椅子に座らせ、ゆっくり手を解く。竜馬はすぐに不安そうな、哀しそうな瞳で見上げてきた。
 ——離れてくれて嬉しいってことか。
 本心はそうだとしても、目の前で心細そうな表情をされると、自分が悪さをしている気になる。
「俺はこの部屋から出ない。あそこに行くだけだ。だから、ここで待っていろ」
 幼い子供にするように、目線を合わせて頭を撫でた。幸い、おとなしくなる。
 ポットの場所まで行く。竜馬を気にかけながら手際よく飲み物を作り、紙コップをふたつ持って戻ってきた。
「飲むか」ブラックコーヒーを差し出す。
 竜馬は香りを嗅いでから一口飲んで、突き返した。次いでココアを勧める。同じ動作をし、今度は嬉しそうな顔をした。もう一度コーヒーを差し出すが、あからさまに眉をしかめて受け取ろうとしなかった。
「少し我慢しろ」
 隼人は右の中指で竜馬の額を軽く弾いた。
「——っ」
 竜馬が目を見開く。そして、
「いや……」
 怯えたように身を竦ませた。
「……済まなかった」
 隼人は額を親指で軽くさすり、できるだけ優しく謝った。どうやらそれだけで竜馬の機嫌は直ったようだった。
「逆じゃないのか」
 竜馬はブラックコーヒーの味が苦手だ。わかっていれば飲まない。仮に香りで無糖と気づき、苦い、嫌なものだと先に認識し、それが反転したからこそ口をつけたとする。そうだとしたら二回目も飲むはずではないのか。ブラックと気づかず飲んだとしても、同じことではないのか。
 ココアの甘い匂いを心地よく感じるなら、飲まないはずだろう。額に与えられた痛みにも喜ぶだろう。
 知覚によって発生した感情は、そのまま表れていると思われる。感情に基づく欲求と行動にも不自然さは見られない。
「竜馬、ゲッターロボは好きか」
「ン! すっげー好き。めっちゃ好き!」
 目を輝かせる。
「ゲッターロボが壊れたらどうする」
 たちまち怒気が膨れて空気がひりつく。
「……壊すヤツ、許さねえ。あれは、俺のゲッターだ」
 鋭い眼差しで宙を睨む。隼人は竜馬の頭に手を置き、落ち着かせるようにぽんぽんと軽く叩いた。
「弁慶は好きか」
「おう、好き! でもあのデブ、くっそ暑苦しい」
 表情がくるくると変化した。不覚にも面白さを感じ、隼人の口元が少しだけ緩んだ。
 随分と幼く率直ではあるが、どれも感情に即した言葉だった。
 ミチルの認識と、脳波ヘルメットの実際の効果がずれているとしか思えなかった。これは感情を増幅、もしくは解放させている。
 つまりは「やたらと素直なだけ」の、いつもの竜馬だ。
「……ということは」
 ひとつ、腑に落ちない。
「隼人はぶっ殺すのか」訊くと、
「ぶっ殺す! ムカつく!」
 威勢よく返ってきた。竜馬はニコニコと無邪気さを振り撒く。不穏な科白と噛み合わない。
 だが竜馬は闘いを好む。楽しんでいる。快の感情を伴う殺意なら、この明るさでも納得がいく。
 ——俺を。
 殺したくてたまらないということか。だから傍に縛りつけておきたいのか。

 そんなにも、打ちのめしたいのか——。

「なあ、竜馬」
 呼びかけて、黙る。
 雰囲気の変化を察知したのか、竜馬がすうっと神妙な面持ちになる。
「竜馬、俺は……」
 一息に言えず、目を逸らす。竜馬は不審げに隼人の唇を見つめた。
「……俺は……隼人は、……好きか?」
 ゆっくりと視線を合わせ、問う。竜馬は三度分のまばたきを要して意味を理解したようだった。
 こくりと頷き、一転、華やかな笑みを顔一面に咲かせた。
「——」
 純粋な陽の気をまともに浴びせられ、隼人は息を呑む。
 ——こいつ、こんな顔で笑うのか。
 もう世の中の大抵のことには動じないと思っていた隼人だが、眼前の笑顔に動揺させられていた。常に喰い千切る獲物を探して飢えている男の、この無防備すぎる姿とのギャップが埋められない。
 そして衝撃が襲う。

「好き。一番、隼人が好き」

 隼人の思考が弾けて、真っ白な世界に投げ出される——おそらく、生まれて初めて。
「隼人、好きだからぶっ殺す。そうしたら、俺だけのもの」
「いーっつもカッコいいから、ムカつく」
「すっげーいい匂いがするから、ずうっとくっついてたい」
 繰り出される言葉は凶器だった。
「隼人が好き。……はやと、大好き!」
 打算も作為もない。この告白を目の当たりにして、とんでもない、ふざけるな、と怒る人間がいるだろうか。邪険にあしらえる人間がいるだろうか。
「…………」
 隼人は思わず左手で口元を覆い、固まっていた。赤面していることにも気づいていない。
 本気で、どうしたらいいかわからなかった。
 竜馬はココアを飲み干し満悦の様相で、鼻歌交じりに脚をぶらつかせている。
「な、ん……?」
 ——まさか、俺を?
 いや、きっと間違いだ。
 自分の立てた説が誤っているのだろう、と咄嗟に思う。そんなはずがないと。
 ——しかし。
「…………」
 息を詰め手を伸ばし、その頬に触れてみる。
 竜馬は猫がするように、隼人の掌に顔をこすりつけてきた。
 隼人の心に初めての感情が灯り、立ち昇る。
 ——何だ、これは。
 目の前の男が愛おしい。
 いつも、この男は。

 ——俺を掻き乱す。

「……恨むなら、自分の馬鹿さ加減を恨むんだな」
 言って、キスをした。

  †   †   †

 腕の中で身じろぐ竜馬は、まるで処女おとめだった。
 唇を啄み、咥内に押し入る。優しく歯茎を舐め、うろたえて逃げる舌を絡め取る。
「う……ン、んっ」
 初めはぎこちなかった竜馬も、次第に従順に舌を差し出す。
「ンむ……ふ……ン、ンッ」 
 吸われる度に可愛らしく音をあげた。
 まずい、と隼人は本能的に感じ取る。
 ——俺が、喰われる。
 思わず唇を離す。この竜馬は「危険」だ。
「……?」
 竜馬が惚けた瞳で隼人を見上げた。
「はやと……? もっと……」
 はあ、と切なそうに息を吐く。それから隼人の顔を両手で包み込み引き寄せて、自分から唇を重ねた。
 隼人の頭の奥、ちかちかと明滅していた警告灯が割れて霧散する。情欲の渦が巻き、理性を押し流していく。竜馬を強く抱きしめ、深く、奪うように口づけた。
「ン、あ……はや——ン」
 竜馬は身体を預け、注がれる熱を健気に受け止める。時折、空気を求めるように喘ぐが、すぐに隼人に塞がれる。
「ンンッ——ん、んぁっ」
 耳やうなじに触れると、跳ねて震えた。とろりと弛緩した表情が隼人を昂らせる。竜馬を愛らしいと覚えることへの戸惑いはもうなかった。
 もつれ合いながらベッドに転がり込む。
「はあっ……は、竜馬……ん」
 名を呼び口づけるほどに竜馬の感度が上がるようだった。
 隼人はシャツを脱ぎ捨てる。続けてベルトに手をかけるが、竜馬に押し倒されて阻まれた。
「はやと、ン、ンッ……」
 キスがよほど気に入ったと見え、馬乗りになり夢中で唇を貪る——快楽の求め方を他に知らないように。
「そう……がっつくなよ」
 竜馬の乱れる様は実に愉快だった。 
「もっと、気持ちよくしてやろう」
 身体をまさぐる。腿の裏側を撫で上げ、尻を掴む。揉みしだき、脇腹へ手を滑らす。その度にキスの雨は中断され、代わりに吐息と甘い声が降り注ぐ。布越しでも十分に感じているようだった。指を背中や首のあちこちで遊ばせてから、髪に差し入れる。地肌に優しく這わせると、竜馬はうっとりと目を細めた。
「ここも」
 乳首を下からこすりあげると、ひゃう、と小さく叫ぶ。ふたつの膨らみはすぐに存在を主張して親指の腹を押し返してきた。しばしその感触と戯れてから、竜馬の服を脱がす。
 剥き出しになった肌は上気し、汗ばんでいた。竜馬の匂いが汗と混じり、広がる。間近で放たれる男の色気に操られるように、隼人が手を伸ばす。
 首筋から胸元へ筋肉に沿ってゆっくりと手を下ろしていく。割れた腹筋をなぞってから焦らすように下腹を撫で回し、陰毛を弄ぶ。髪の毛と同様に意外と柔い手触りだった。
 その、更に先。
 言動も顔つきも幼児返りさながらだったが、竜馬のそこは元の性格のままにギラついて屹立していた。
 膝立ちをさせ、左手で腰を引き寄せる。右手で触れると反射的に竜馬が身をよじって逃げようとした。もちろん、許す気はない。
「あっ——あ、あ」
 乳首を吸いながら、しごく。竜馬のペニスは咥内と同じ熱さで隼人に吸いついた。既に先端からは雫が溢れて、指が動く度にねちねちと音を立てる。
「気持ち、いいか」
「ンッ、あ、あ、気持ち、いいっ」
 隼人のリズムに合わせ、腰が自然に突き出される。
「ああ……っ! う、ンンッ」
 浅く荒い呼吸が隼人の耳朶をくすぐり、劣情を絶えず煽り立てていく。それがまた隼人の指から竜馬に与えられる。
「ひ、あ、あっ‼︎」
 竜馬が隼人にしがみつく。指先に力が込められて白く染まる。きつく閉じられた目蓋から涙が零れ、全身がぶるぶると震えて——そのまま隼人の手の中で果てた。
 一瞬の後、濃い、男の匂いが隼人の鼻腔になだれ込んでくる。隼人は粘膜にへばりつく粒子を深く吸い込み、息を吐いた。
 よもや他人の精液の匂いでこんなにも興奮するとは——。
 親指に付着した竜馬の精をべろりと舐める。舌の上で溶けた白濁は、頭の芯を更に麻痺させる甘い薬のようだった。
 欲に任せて今すぐ竜馬の中に押し入りたい。だがこのままでは難しいことも理解していた。
「……竜馬、もう少し、つきあえよ」
 脇腹を吸い、キスマークをつける。ようやく自らも裸になると、竜馬をうつ伏せにして尻を上げさせた。
 誰の侵入も許していない場所が晒される。吐精したものがここまで垂れて白い筋を作っていた。隼人は指の腹で精液をすくい、密やかな窄まりをなぞりながら塗りつける。濡れた部分が誘うように淫らに光った。く、と軽く押すと、竜馬が違和感に呻く。
 両の指を使い後孔を押し広げる。ゆっくりと円状に撫でながら、少しずつ頑なさをなだめていく。時折、腰や背中に優しく触れると吐息と一緒に控えめにひくついた。
 頃合いを計り小指でそっと圧をかけてみる。柔くなった小さな口は自然と開き、包むように隼人を飲み込んだ。指を回しながらほぐす。
「痛くないか?」
「い、痛くねえ……けど、ン、むずむずするぅ……」
 腰をくねらせて竜馬が答えた。
「お前、可愛いな」
 隼人の口に笑みが浮く。もう片方の手で形のいい小さな尻の曲線を辿る。そこにキスをしてから、差し込んだ指と舌を入れ替えた。
「ひゃ——」
 竜馬の身体がぴん、と跳ねる。
「あ、あうっ……、な、に……?」
 構わず舌で愛撫を続ける。舐めて、吸って、内側からつついて、押して。
「ンッ、あ、あッ——」
 明らかに声に色が混じった。舌を入れたまま、今度は人差し指を挿れる。
「ふ、あ、ああっ……!」
 舌と指でいじると竜馬の声は艶を増した。乱れていく呼吸に合わせて秘所がぱくぱくと喘ぎ出し、中の隼人を締めつける。
「はや……と……ッ、あ、あ、何ッ、これ——っ」
 竜馬のペニスは再び勃ち上がっていた。隼人は舌を抜いて中指を押し込む。唾液を送り込まれた穴からは、くちゅりと濡れた響きと共に泡が流れ出た。
「ふ、うッ……」
 竜馬、と呼ぶときゅっと締まった。
「俺の指が、お前の中に挿入はいってるぞ」
 緩やかにねじり、開く。捏ねて細かく揺さぶる。深さと向きを変えては往復させる。
「あっ、んンッ……! 指……うれし、いっ——好きぃ……はやとの、ゆび——ンッ」
「なあ、お前、才能あるんじゃないのか」
 初めてだっていうのに、こんなにひくついている——。
 正気の竜馬に投げつけたら、どう反応するだろうか。ふと思う。あの勝ち気な男は同じように甘い声で鳴くのだろうか。それとも歯を食いしばり最後まで抵抗するのだろうか。
 ——俺に組み伏せられて。
 異なる快楽の予感にぞくりとする。
「ククッ……」
 愉しみがひとつ増えた。
「は、はやとぉ……もっと……指、んあッ」
 竜馬が尻を振ってねだる。
「ああ、そうだな。……俺をこんなにして、責任は取ってもらうぞ」
 今はこの竜馬と溺れよう。
 指を進め、求める位置に辿り着く。硝子細工を取り扱うようにそっと触れる。
「——ッ⁉︎」
 瞬間、竜馬の息が止まる。もう一度、指を動かす。 
「ひッッ!」
 竜馬の喉の奥から引きつれるような声が発せられた。隼人は少しずつ力を加えて同じ場所を繰り返し刺激した。
「あッ——あ、ぁぁああッ‼︎」
 嬌声が一際大きくなる。
「あひッ‼︎ はっ——あ、ああんンンッ‼︎」
 己の指が竜馬をよがり狂わせているのだとはっきり自覚する。

 あの・・竜馬を。

 そのいやらしい様は、いつしか芽生えていた隼人の独占欲を満たした。
 一旦、指を引き抜いて今度は三本で試してみる。さすがにすんなりとはいかず、圧迫感に竜馬が詰まった声を出した。それでも徐々に指は沈んだ。
「竜馬、もう——挿れるぞ」
 これ以上は待てない。
 竜馬を仰向けにし、膝を曲げて押し上げる。その部分にペニスをあてがうと先端から温かい肉の感触が伝わり、蕩けそうな感覚に思わず息が漏れた。ほんの少し口を突くと柔らかく蠢いて広がり、隼人に吸いついてきた。待ちわびた、竜馬の熱さが隼人を飲み込んでいく。
「ン、ぐッ……あッ」
 竜馬が苦しそうに喘ぐ。先刻のいとけない姿がちらつき多少の罪悪感はあったが、だからといってやめるつもりは更々なかった。
「ふ、うっ……竜、馬……」
 じりじりと分け入る。
「は、あ——あッ!」
 腰をぐっと進めると竜馬が叫び、大きく身体を震わせてからベッドに沈んだ。
「……竜馬?」
 気を失ったようだった。隼人は「まったく」と笑いながら張りつめた陰茎を軽く抜き差しした。
「このままで、終われないからな」
 脚を大きく開かせて覆い被さり、肉壺を突く。
 その時、竜馬の眉根に皺が寄り、目蓋がひくひくと動いた。
「……ン、あ……」
 掠れた声があがる。
「う……っ、痛……え」
 竜馬がゆっくり目を開けた。
「何……だ……? はや……と?」
「——」
「隼人じゃね……か。クソ……痛え」
 だらしなく熱に浮かされた瞳ではない。
「ン、な……だよ……? ケツが……」
 逃れるように身体をずりあげる。隼人のモノが僅かにずぬりと引き抜かれた。
「⁉︎」
 違和感に目を見張る。瞳孔が開く。
「な、え? はや、おめえ、裸——」
 視線が下に落ち、絶句する。
「————」
 再び、隼人の顔を見る。
「はや、え? な、あ」
 言葉にならない。しきりに眼球だけがぐりぐりと動き、映る景色を何度もなぞっていることがわかった。
 隼人は無言で腰に力を込める。
「ひぁっ!」
 貫かれる痛みに竜馬が仰け反り、喉が天を向く。隼人はそこに軽く噛みついた。
「う、ン……!」
 口の中で喉仏が上下し、震えが舌に伝わる。
「な……ンで……は、や……と……?」
 普段の竜馬からは想像もできない、細い声。
 口を離し、竜馬の顔をこちらに向かせる。
「あ……う、……や……と……」 
 隼人は瞳を覗き込む。
 驚愕と、困惑と、少しの恐怖が滲んでいた。定まらない感情は竜馬を混乱の極みに追い立てているだろう。
 ニイィ、と隼人の唇が歪んだ。
 この奥に自分への期待が潜んでいる。

 ——俺だけが、知っている。

 従順な竜馬も甘美な刺激を与えてくれたが、己の欲望すら無自覚な竜馬を徐々に開かせるのもまた一興だった——とてつもなく。
 またぞろ、仄暗い快楽の気配が吹き上がって隼人にまとわりつく。

 流竜馬。まったく。

 何て男だ。
 ——とことん俺を振り回しやがる。
 何て一日だ。
 ——愉しくて、たまらない。

「竜馬、抱いてやるよ」
 竜馬の口が動きかける。だが隼人は気にも留めない。ペニスが抜ける寸前まで腰を引き戻し、それから奥深くを満たすようにずぶりと突き入れた。