意地っ張り

新ゲ隼竜R18

つきあってません。隼⇄竜。
弁慶の部屋で酒盛りして雑魚寝、からの気づいたら隼人に腕枕されてて動揺しつつもこっそりキスしようか迷う竜馬のお話。
結局隼人からキスします。ただし人様のお部屋なので最後までは致しません。
【注意】
途中、竜馬が調子に乗って隼人を煽って逆にグイグイ責められます。のしかかられディープキスされて、隼人への気持ちはあるけれど一時的な盛り上がりと性欲だけで関係が進むのを竜馬が嫌がって本気で拒むシーンがあります。隼人はちゃんと我に返ってやめます。
微妙な雰囲気にはなるけれど、ちゃんとハピエンに向かいます。
脱がないし出さないけど、服の上から局部を触ったりタンクトップの下に手を入れる描写があるので念のためR18です。
つきあうまでのカウントダウンが発動する夜。約10,000文字。2022/5/2

続編はこちらから(R18)→『好きのち素直

◆◆◆

 よくこらえたと思う。
 すぐ目の前に隼人の寝顔がある。反射的に大声を出していたら、隼人どころか弁慶も起こしてしまっただろう。
 そうなると、困るのはたぶん——。
「…………」
 息をひそめてうかがう。
 隼人が起きる気配はない。弁慶のいびきは相変わらずだ。
 大丈夫。
 静かに息を吐く。酒臭かった。
 冷静さが戻ってくるにつれ、いろいろと思い出す。
 弁慶の部屋で酒盛りをして、全員したたかに酔っ払った。簡易とはいえ畳が敷かれているから寝転ぶと気持ちいい。最初に弁慶が横になり、次いで竜馬が転がった。伸びをして隼人と二言三言交わし、弁慶のいきびに文句をつけながら目を閉じた。どうやらそのまま寝入ったらしい。
 やけに酒臭いのは飲んだ量だけでなく、あおった勢いで日本酒を零したからだ。風呂上がりに着替えたばかりのタンクトップが即洗い物行きになるのは気分が悪かった。
 ——ツイてねえ。
 一枚だけ洗うのも何かもったいねえな、と妙に現実的なことを考えながら、眼前の光景を眺める。
 目はすでにナツメ球の明るさに慣れていた。隼人はタオルケットを折りたたんで枕にしている。どうせなら横に長くして竜馬も寝かせてくれたらいいものを、なぜか占領し、竜馬を腕枕していた。
 左腕、肩口に近いところに竜馬の頭が乗っている。おまけに右手は腰に添えられている。向かい合い、まるで恋人同士の親密さだった。本当に、これでよく騒ぎ立てなかったものだと自分に感心する。
 ふたりは一枚の毛布にくるまっていた。所内は標高も相まって夜は冷える。隼人の体温と毛布のあたたかさが心地よかった。ぬくもりが緊張感をほぐし、心に余裕が生まれていく。
 そうなると、滅多にない機会なのだから、と隼人の顔をとっくりと観察したくなる。
「……」
 竜馬は幾度も隼人の顔かたちを目線でなぞった。
 平素はしつこそうに、嫌みったらしく歪められる双眸。それが閉じられているだけで、こんなにも穏やかな雰囲気になるとは。
 ——モテるだろな。
 ふと思った。
 歌舞伎町で見かけたどのホストよりも整った顔立ちをしている。上背もあるし肉体も鍛えられている。それに、声もいい。もし夜の店に勤めたら、多少ツンケンしていてもすぐに引っ張りだこになりそうだと思った。
 ——コイツ、ほんとはどんな顔で笑うンだろ。
 ニヤリ、ニタリ、以外のバリエーションはあるのだろうか。たとえば好きな相手を前にして、どんなふうに笑いかけるのだろうか。
 ——したところで、不気味かもな。
 想像しようとしたが無理だった。そもそも「好きな人の前で笑う」状況がありえなさ過ぎる。仏頂面や人を食ったような表情ならいくらでも思い出せるのに。
 ——ま、コイツにゃゲッターがありゃそれでいいンだろうがよ。
 すうすうと寝息を立てている隼人をじいっと見つめる。
 ——……あれ?
 ふと気づく。
 雑魚寝すれば寝相によっては顔が近づくこともあるだろう。一枚の毛布に潜り込んでいたら尚更そうかもしれない。だが寝相の延長で腕枕に辿り着くだろうか。頭の下に腕を差し入れるのだ。する側に「しよう」という意志が働かなければ、自然には難しい体勢ではないのか。
 まさかな、と打ち消す。あの隼人が自分に腕枕をしようだなんて、思うはずがない。
 ——……けど。
 寝転んだ位置から竜馬はほとんど動いていない。隼人が毛布を持って寄ってきたということだ。
 なぜか。
 目覚めたときの狼狽っぷりを観察しようとしてそのまま眠ってしまった、という可能性はある。
 もしくは、ほかの誰かと間違えたか。
「……あ」
 その考えに至ったあとで、胸の奥がもやついた。
「……」
 唇を軽く噛む。
 他人ひとの心を読もうとするとロクなことにならない——今のように。
 隼人の心の中は誰にもわからない。竜馬にはどうしようもないことだ。
 きっともう二度とないのだから、隼人に腕枕をされている現実だけでいい。
 目を閉じ、小さく溜息をついた。
 すると、敷かれている腕がぴくりと動いた。竜馬がはっと目を開け、緊張に息を止める。
 肘が曲げられて、その先の手が竜馬の頭を包み込んだ。同時に右手が背中に回され、引き寄せられる。
「——ッ」
 頭の中が真っ白になった。今回は「こらえる」という問題ではない。第一、声が出なかった。
 ——な、な、なん……っ?
 抱きしめられている。
「心臓が破裂しそう」とは、まさにこの状態を指すのだろう。鼓動が勢いよく身体の内側を揺さぶり、胸に痛みを感じるほどだった。耳の奥で脈動が大きな音となって木霊こだましていた。

 熱い。

 隼人の呼気も、体温も。それから、自分の身体も。
 ——なん……だよ、これ。
 アルコールと汗と、それからほんの少しだけ甘い香りがする。
 ——隼人の……匂い?
 甘いものをつまんでいただろうか。思い出そうとしても何も考えられない。密着している肌から熱が絶え間なく送り込まれ、呑まれていく。
「……っ」
 くらくらする。
 急に酔いが復活したように、視界がぶれる。
 起こすことになっても、早く離れたほうがいい。この状況を弁慶に見られたら後々までからかわれるだろうし、隼人だってぬくもりにつられて無意識に抱きしめているのだろう。あとから嫌みや拳をもらうのは御免だった。
 それなのに、できなかった。
 身体が思い通りにならない。隼人の熱と香りが力を吸い取っていくようだった。
 恐る恐る目線を上げる。
「——」
 隼人の唇が間近にあった。鼓動がいっそう大きく跳ねる。
 ——……どうし、よう。
 目を伏せる。
 いつも見ている顔なのに。
 まだ酔っているのだ。だから動悸が激しいのも当然だ。それに、普段ならこんなふうに人肌を感じることもない。きっとその不思議な心地よさにとらわれてしまっているのだ。
 だから。
「…………」
 ごくん、と唾を飲み込む。
 また、そっと上を見る。
 もし触れたいと思ってしまったとしても、これは不可抗力だ。
 ——隼人の、くちびる。
 どんな感触なのだろうか。
 ゆっくり首を伸ばす。
 隼人の鼻息が鼻梁にあたって滑り落ちてくる。
 息を止める。
 けれども身体が鼓動に合わせて動いている気がする。早くしないとバレてしまう。
「……ッ」
 もう少し。
 あとほんの少しだけ顎を上げれば、唇に触れられる。
 竜馬は目を閉じた。

 

 そろそろと顎を引く。
 ——……できねえ。
 吐き出された息は震えていた。
 キスをしてどうなるのだろうか。
 胸の中でほのかに揺らめいているものが何なのか、わかっていた。今ここで隼人に口づけたら、淡い思いにはっきりとした形を与えることになるだろう。
 ——それから?
 つきあいたいと、恋人同士になりたいと言うのか。もしそう告げたなら、隼人は何と答えるだろう。
 ひどく冷めた目で見下ろしてくるだろうか。それとも理由は何であれ、自分の優位さに満足して薄く笑うだろうか。
 どちらにしろ、竜馬にいいことはない。
 それに、眠っているうちにキスしてしまおうなんて卑怯な気がする。
「……」
 なら、せめてもう一度間近で見ておこう。そう思い顔を上げ——世界が停止した。

 隼人の視線に射抜かれる。

「…………ぁ」
 竜馬の目はまばたきを忘れ、釘付けになる。
 ぐ、と隼人の顔が近づく。
「——ッ⁉︎」
 ぴくりとも反応できない。すぐにキスの手前まで迫られる。
「しないのか」
 ささやきが唇に触れた。
「……は、…………え」
 何を、とたったひと言も訊けない。
 隼人の左手が動いて、その指が竜馬の黒髪を撫でた。
「…………ぇ、な、な……に……」
 答えはない。
「え」
 唇に感触があった。
「……ッ⁉︎」
 柔らかいものがそっと押してくる。
 ——こっ、これっ、これって……。
 二度、三度。
 それから柔らかさが下唇を軽くついばんだ。
 続けて上唇を。
「……ぁ、ん」
 くすぐったさに声が漏れた。すると呼応するかのように隼人からも微かな吐息が零れた。
「っン……!」
 もっと強く唇が押しあてられる。
「てめ……っ、ンッん……」
 頭を引こうにも、隼人の左腕がしっかりと竜馬をつかまえて許さない。
「……ふ、ぁ」
 何度も唇を撫でられる。次第に緊張と混乱が和らぎ、すり替わるように現実を認識していく。
「ふ、…………っ、ン」
 あたたかさに包まれる。奪うのではなく、優しさが与えられるような口づけだった。
 ——隼人とキス……してる……。
 竜馬の目がとろりとして、唇が開いていく。
 やがて、自分から唇を押しつけ始める。だがそこで隼人はキスをやめてしまった。
「……あ」
 急に熱を失い、竜馬の唇が戸惑う。
「こういうことだろ」
「え……」
 隼人を見る——その口元がニヤリと笑った。
「俺とキス、したかったんだろ」
「……!」
 我に返り、罵倒のために息を吸い込む。
「弁慶が起きるぞ」
「——ッ」
 しかしながら反撃は即座に封印され、また口づけられた。
「……っン!」
 今度は悔しさが生まれる。
「……ざけン……な、……ン、てめ……っ、んっ」
 声を抑えての非難はまるで役に立たない。唇を食まれ、舌先でなぞられ、吸われる。触れ合うだけではないキス。
「ふざけて、ない……」
「んっ」
 繰り返される口づけの音が羞恥を招いては煽っていく。
「はあ……っ、ん、ぅ……っ」
「竜馬」
「……っん!」
 不意に名前を呼ばれ、びくりと強張る。直後、頭の中が熱くなる。
「…………竜馬」
 低い声でささやかれる。熱が広がる。奥底のほうがじんと痺れて、身体が浮く感じがした。
「竜馬」
 隼人の右手に力が込められる。ぐ、と腰が押し出されて、下半身同士が密着した。
「なっ、えっ、あ……っ」
 唇から熱が入り込んでくる。
「——ッ!」
 くちゅ、と濡れた音がした。
「ッッ⁉︎」
 舌が竜馬の内側を撫でる。どうしていいのかわからず、好きにさせてしまう。
「……ッ」
 隼人の右手が腰と背中を行き来する。さすられるたびに皮膚の下からゾクゾクとした気持ちよさが湧いてきて、竜馬の身体が小刻みに震えた。
「……ふ、あっ」
 わななく唇からは唾液が零れる。
「……っ、は、……りょう、ま……っ」
 熱い吐息。名前を呼んだその唇と舌が、自分の中に触れている。
 ——あ、これ……。
 やべえ、と直感する。だが、それだけだった。
 頭も働かないし身体も動かない。反対に、隼人の舌が咥内を動き回るほどに肉体の芯が熱くなっていく。深いキスが続いたら、間違いなく発火する。
 どうすンだよ、と溶けていく意識に呼びかける。すでに下半身が反応を始めている。押しつけられている分、早々に気づかれてしまうだろう。
 そうしたら——。
 予感が背筋を駆け上がる。
 ダメだ、と言う自分と、気持ちを見透かされたい自分。
「んっ……は、ぁ」
 身体は勝手に流されていく。
 舌先が迷いながらも隼人に触れる。すぐに察した隼人が初心うぶな舌を吸った。期待と快感に涙が浮いてくる。
 舌が絡まり合う。ちゅぷ、と音が聞こえ、竜馬の理性は飛ぶ寸前だった。
「…………はや……ん、……はや、と……あ、ン……」
 泣き出しそうに瞳が歪む。隼人のシャツをきゅっと握り、しがみつく。
 ——ああ、もうムリ……だ。
 逆らいようがない。
 観念し、竜馬が目を閉じた。隼人はもっと強く竜馬を抱きしめる。そのまま覆いかぶさろうとして——。

 突如、弁慶が上半身を起こした。

 隼人は瞬時に唇を離し、竜馬の頭を左手で胸元へ押し下げた。同時に右手で毛布を引っ張り上げ、竜馬の姿を完全に覆う。
「……ッ」
 急に真っ暗な中に追いやられ、竜馬がもがく。だがすぐに「黙ってろ」と降ってきた。
「…………ふぁ」
 弁慶の間の抜けた声が聞こえた。竜馬は身を固くし、息を殺す。
「……お? うーむ」
 寝ぼけているのか。唸り声が聞こえてくる。
「うう……ん、ミチルさぁん、どこ……どこ、に……ふが」
 続けて、どすん、と重たい音が。
 ふたりはそのまま待つ。
 ——っくしょう、まだかよ。
 隼人の胸に顔を押しつけたまま身動きが取れない。やけに自分の心臓の音がうるさく響く。
 ——……何だよ、これ。
 腹が立ってきた。
 どきどきして、何も考えられなくなって、流される選択をした自分に。
 それと、遠慮なしにあんなキスをしてきた隼人に。
「…………」
 やがて、ふごぉ、と大きないびきがあがった。対照的に隼人が小さく息をつく。もう一度ゆっくり呼吸をしてから、毛布越しに竜馬の頭頂部を指先でとんとん、と軽く叩いた。
「…………竜馬?」
 胸元に引っついて動かない竜馬に、隼人が再び指先でとん、と合図を送った。
 もこ、と毛布が動く。
 丸い塊がずず、と上方にずれていき、ようやく竜馬が顔を出した。ぷう、と息を吐く。
「……ったく、驚かせやがって」
 正直、助かった。
 あのまま弄ばれていたら、どうなってしまったのか。
 恥ずかしいから、もう考えたくない。
 ——それよりも。
「おめえ」
 隼人を見上げる。正気に戻ったのか、ぐ、と息を詰まらせたのがわかった。その瞳に戸惑うような、ためらうような色が微かに浮いたのを、竜馬は見逃さない。
「隠してくれたのはあンがとな。けどよ」
 今度は竜馬から唇が触れるほどに近づく。
「ずいぶんと余裕ぶっこいてンなと思ったけど、違うンだな」
 竜馬の右手が隼人の胸にあてられた。
「何、を」
 隼人にしては珍しい、うわずった声。
「ここ、すっげえバクバクしてたぞ」
 にしし、と歯を見せて笑う。
「今もな」
 泣き出しそうな表情はどこへやら、竜馬の面には一転、不敵さが浮かんでいた。
「——!」
 もう片方の手が隼人の股間に伸びる。
「……へへ、勃ってンじゃねえか」
「りょ……う……」
 服の上から軽くひと撫ですると、隼人の腰が引けた。
「キスだけで勃つなンて、ガキじゃねえか。それともナニか」
 竜馬から口づける。
「そんなに俺とキスしたかったのかよ」
 勝ち誇ったように笑いかけた。
「————っ」
 一瞬、隼人の顔が強張る。驚きか、悔しさか、怒りか。
 とにかく、竜馬にとってはこれ以上ないほどに愉快な素の表情だった。
「にっへへ」
 溜飲が下がる。嬉しさも後押しして、また唇に軽くキスをする。
 隼人の眉根が不快そうに寄せられた。竜馬にはそれすらも楽しい。
 お返しだ。ザマアミロ。
 目で伝える。幼い子供の負けず嫌いと同じだった——年嵩としかさの分、竜馬のほうがタチが悪いとも言えるが。
 だが、余裕もそこまでだった。
 隼人が素早く覆いかぶさる。
「な」
 大きくなった竜馬の瞳をじっと覗き込んで、
「そうだ」
 ぼそりと言うと、キスをしてきた。今度は最初から舌が入り込んでくる。
「——ッ!」
 びくん、と竜馬の肢体が跳ねる。しかし隼人が逃すはずもなかった。
「っん! んぐ」
 両手でがっちりと頭を押さえ込まれる。脚の間に身体を入れられ体重をかけられると反転もできなかった。
 隼人のキスが理性を削ぎにかかる。さっきまでの口づけとは別物だった。
「……ッ! ッん!」
 強く目を閉じて拒むが、通じるはずもない。
 はあ、はあっ、と荒い息が合間に漏れてくる。明らかに興奮を抑えられない様子で、隼人の舌が本気で竜馬をかき回す。
「ん……ッ!」
 隼人の唾液が流れ込んでは竜馬のものと混じり、溢れていく。その中で唇と舌が絡み合うと、竜馬が耳にしたことのない卑猥な水音があがる。それはピチャピチャという可愛いものではなく、もっと肉の交わりを想起させるようなものだった。
「————ッ⁉︎」
 股間に刺激を感じた。
 ——な……⁉︎
 上に乗った隼人が腰を動かすと、ズボン越しにペニスが触れ合う。
「りょ……ま……っ」
 隼人の唇が顎の先にも、頬にも、耳たぶにもキスを降らせる。
「やっ……やめ……っ」
 動けない。尚も隼人の下半身が押しつけられる。ぐい、と腰が入れられて、硬くなっているペニスにこすり上げられた。
「……っ! あぁっ!」
 声をあげてから、竜馬が急いで口を引き結ぶ。
「んぐ……っ、うっ……ン……!」
 否応なしに与えられる物理的な快感に、竜馬の身体がびくびくと反応する。
 ——気持ち……いい……!
 ひとりでするのとはまったく違う。直に触れられているわけでも、繊細にいじられているわけでもない。隼人は勢いに任せて腰をすりつけているだけなのに、重なった部分から痺れてとろけていくようだった。
「りょう……っ、りょう、ま……!」
 首筋を舌が這い下りる。
「ンッ! ンんんっ‼︎」
 キスを繰り返し、首元を強く吸った。
「や……っ、あっ⁉︎」
 タンクトップの裾に指が入り込む。
「ッ‼︎」
 肌の上を滑る。腹筋の割れ目をなぞり、徐々に身体を上っていく。
「ひっ……!」
 剥き出しの欲に気圧され、竜馬の喉から引き攣れた声が漏れた。本能的な恐怖が現実に引き戻す。これ以上は本当に洒落にならない。すぐさま隼人を押しのけようとする。
「やっ、やめっ」
 指は躊躇しない。もうすぐ乳首に到達する。
「あ……っ、ほんとに、や、だ……っ!」
 全力で抵抗する。隼人が怯んだわずかな隙に思いきり身をよじった。
 やっと、隼人が止まる。
「……っ、う、……っく」
 叫びが噴き出そうで、竜馬は唇を噛んで耐える。涙を一粒でも落としてしまえばとめどなくなりそうで、きつく目を閉じる。
 ——くそ……、くそっ!
 まだ思いを伝えていないし、告げられてもいない。
 不意の始まりは気にしない。物事にはどうしようもないこともあるし、生きていれば誰にだってそんなことはあるから。
 だが、それは今ではない。
 隼人に、竜馬への何らかの気持ちがあるのは間違いない。けれども本心は掴めないままだし、ここは弁慶の部屋だ。最初にキスをしようとしたのも、調子づいて煽ったのも自分だった。それでも、悪ふざけの延長のような成り行きで、起きたらゴミ箱に放り捨てられるティッシュと同じ軽さに扱われるのは嫌だった。
「……ッ」
 身体を丸めて守る。隼人は構わずに右頬にキスをする——が、震えに気づいてやめる。
「りょ——」
 頭を撫でようとして、それもやめる。
「…………」
 りょうま、と隼人の唇が動く。しかし、音にはならなかった。
 竜馬はカタカタと震えていた。ぎゅっとしかめられた眉と、固く閉ざされた目蓋。こらえきれず、しゃくり上げるような声が漏れ出ていた。
 誰の目にもわかる。全身で拒否されていると悟った隼人が身を引いた。
 一メートルほど距離を取り、背中を向けて横になる。
「……っく、ぅ……」
 竜馬も隼人に背中を向けたまま、溢れそうな感情を懸命に抑えていた。

 

 五分も経ったろうか。
 ようやく竜馬の呼吸が落ち着く。折り悪く、弁慶のいびきは少し前からやんでいた。しんとした中で微かとはいえ嗚咽のような息づかいと、ぐしぐしと鼻をすする音が続いたのだから、泣いていると気づかれているはずだ。
 ——……くそったれ。
 自分に毒づく。
 情けなくて、惨めだった。
 本当は嬉しかった。
 腕枕も、抱きしめられたのも、口づけも。
 それなのに、隼人を振り回した挙げ句に突き放してしまった。
「……っ」
 馬鹿だと思う。
 素直に「好きだ」も言えない。「悪ぃ」も口にできない。
 どちらも、たったひと言なのに。
 背後の気配を探る。まだ手を伸ばせば触れられる距離にいる。ここにいたくないなら、とっくに出ていったはずだ。
 けれども、夜が明けてしまったら全部終わる。もう二度とは触れられない。
 ——……隼人。
 熱い唇だった。
 ふざけてないと言った。竜馬とキスがしたかったと肯定した。
 あの言葉が本物で、自分と同じ気持ちだったらいいのに。
 竜馬と同じで、普段は踏み出せない境界をやっと越えようとしたのだとしたら——。

 このままにしたくない。

 竜馬はむくりと起き上がり、ぐちゃぐちゃになっている毛布を掴む。それから隼人の元に這い寄ると毛布をかぶせた。
 もちろん、一緒に潜り込んで。
 丸まった背中がぴくりと動いた。
「…………隼人」
 横向きになり、背中を見つめる。返事はない。だが起きているのはわかっていたから続けた。
「今度……おめえの部屋で飲んでやってもいいぜ」
 少しの沈黙のあと、「ふたりきりでか」と問いが返ってきた。
「おめえがどうしても、ってンならな」
 いつものように竜馬が軽口を叩く。
「ふん」
 これも変わらない、隼人の反応。
 竜馬は目の前の背中にとすりと額をつけた。
「……俺はどうやら酒癖が悪いらしい」
 ぶっきらぼうに隼人が零す。
「俺もそこそこ酒癖悪ぃみたいだぜ」
 すぐさま竜馬が合わせる。
「……後悔しても知らないぞ」
「おめえこそな」
「…………ふん」
 普段と変わらないやりとり。
 だが、確実にふたりの関係は変わった。この先もきっと、もっと変わる。
 竜馬が額をぐい、と押しつける。隼人の背中はあたたかかった。
「もう寝るぞ」
 隼人の言葉が聞こえたかのように、弁慶のいびきが再開する。
「アイツ——」
 思わず竜馬がくっと吹き出した。
「間がいいンだか悪ぃンだか、わかンねえな」
「……そうだな」
 隼人の声も、小さく笑っているようだった。

   †   †   †

 くあ、と大口を開けてあくびをする。
「すごい寝癖だな」
 弁慶が笑う。癖の強い髪の毛の先がもっと縦横無尽に跳ね回り、ところどころはペタリとつぶれていた。
「よっぽど寝相悪かったんだな」
「——」
 寝相ではないと知っているから咄嗟に口をつぐんだ。弁慶の背後から隼人がこちらに視線を寄越す。目を合わせないようにする。
「いっそのこと坊主にしちまえよ。俺みたいに寝癖も癖っ毛も気にしなくてよくなるぞ」
「……バカ言え、誰がするかよ」
 またあくびをして、頭をがりがりとやる。だが今度は別の指摘をされた。
「目ぇ赤いな」
「あ?」
 これには内心ぎょっとする。しかしすぐに言い返す。
「おめえのいびきがあんまりうるせえンでよ、寝不足だ寝不足」
 まるっきりの嘘でもない。弁慶は自覚があるのだろう、「たはは」と愛想笑いでごまかした。
 部屋の中は酒臭い。弁慶は換気のために空調を強くし、後片付けを始めた。隼人はあちこちに転がっている瓶や缶を分別しながらゴミ袋に入れていく。竜馬は億劫そうに立ち上がるとひとつ伸びをして、毛布をたたみ出した。
 三人で働けば、あっという間に終わる。
「昨日もだいぶ飲んだな」
 するめをかじりながら弁慶がゴミ袋を眺めた。酒はもちろん、つまみ類もたくさん消費する。売店の売り上げにだいぶ貢献しているはずだ。
「飲むたびにこれだけ買ってるんだから、今度おまけして欲しいよな」
「焼酎一本ぐれえは……って、てめえだけナニ食ってやがる」
「底にな、少しだけ残ってた」
 するめの袋を差し出す。
「切れっ端じゃねえか」
 それでも竜馬は手を突っ込んで欠片を取った。
「ときどき、すっげえ食いたくなるよな。顎が疲れっけど」
 口に放り込む。
「それな。……あれ? 竜馬、ここ」
「んあ?」
 弁慶が自分の首に右手をあてて示す。
「赤くなってる」
「え——」
「もしかしてダニか?」
 きょろきょろと畳を見回して、弁慶が首を傾げる。
「山の上だけど、いるんだな。食われちまった・・・・・・・のか」
「……ッ」
 その言葉に息が止まる。
 これ以上見られたくなくて、勢いよく手で首元を覆った。唇の感触がよみがえり、心臓がばくばくと騒ぎ始める。
 ——ああ、もう。
 こんなにもすぐ動揺するなんて。隼人のせいで心臓がどうにかなってしまったに違いない。
 ——全部、隼人のせいだ。
 弁慶に気取られないように、けれども犯人・・にはわかるように嫌みを言う。
「ああ、しつこい虫かもな」
 二、三日は絆創膏でも貼ってやり過ごすことにしよう。
 竜馬はむすっとして首をさすった。
「竜馬、お前」
「あ? まだ何かあンのかよ」
 悪気がない分、素直で何でも口にする弁慶はこんなときは厄介でしかない。無視をすれば事が大きくなりかねないから、尚更。
「まだ酒が残ってんのか? 顔赤いぞ」
 本当に目敏い。
「う、うるせえっ」
 フンッ! と思いきり鼻を鳴らし、背中を向ける。
「水いっぱい飲んどけよ」
「うるせえよ!」
 顔をくしゃりとしかめて叫ぶ。
 まったく何なんだ。今日も朝っぱらからツイてない。
 腹に据えかねて、「フン」とおまけにもうひとつ。
 すると、くっくっと小さな笑い声がした。視線をやると隼人が口元を隠して笑っていた。
 どうせ小馬鹿にしたような笑い方に決まってる。
 睨みつける。こちらを向いた隼人と目が合った。
「————」
 竜馬の面に驚きが浮く。目の前にはついぞ見たことのない表情があった。
 優しげに、愛おしげに竜馬を見つめる。その瞳が穏やかに微笑んでいた。
 初めて見る笑顔。
 けれども、すぐにその時間は終わる。普段通りの素っ気ない隼人に戻ってしまう。
「……」
 本当は、もっと見ていたかった。だから竜馬は、

 ——やっぱりツイてねえ。

 胸の中で呟いた。