2022年5月に公開した『意地っ張り』の続編で、隼⇄竜が初夜に至るまでのお話。
できれば前作を読んで頂いた方が「あの夜」とか「あんなこと」とかの意味がわかるかと思います。
キスした後も態度が変わらない隼人に段々と苛立っていく竜馬。その気持ちのまま出撃して、チームを危険に晒してしまいます。隼人に言われた言葉で自分と向き合い、告白することを決意します。
・イーグル号の装備でミサイルではない攻撃を「ビーム砲」と呼称しています。
・竜馬が心を落ち着かせるために空手の形の練習をするシーンがありますが、某流派の基本形をベースにしています。
・心を決めても、告白寸前はもだもだ言い淀んだりします。
・告白の後は照れながらも竜馬の方から誘ったり馬乗りになるシーンがあります。
約30,000文字。2022/12/31
前作はこちらから(R18)→『意地っ張り』
◆◆◆
どうってことない。そう思っていても、翌日は気恥ずかしくなって顔もまともに見られなかった。その次の日はまだ目を合わせづらかったが、眺めるくらいはできるようになっていた。
隼人は至って普段通りで、ともすれば前よりも素っ気なくなったようにも思えた。
だから三日目には竜馬のほうから視線を投げかけることになった。その翌日には時折、睨みつけるような眼差しに。
——何か、腹立つ。
それからまた数日。
竜馬は目の前の男をじっと見つめる。当の本人は刺すような視線はどこ吹く風と食事を続けていた。
頰づえをついて観察する。
箸の持ち方も捌き方も綺麗。食べ方も上品さがうかがえる。竜馬も父親に厳しく注意されたので、ひと通りのマナーはわかる。隼人もきっと、小さい頃から躾けられていたのだろう。
「……なあ」
味噌汁の椀越しに目が合う。
「隼人って、フランス料理もちゃんと食えンのか」
コト、と椀を置いてから口が開かれた。
「『ちゃんと』とは」
「あれってよぉ、ナイフとフォーク、いっぱいあンだろ?」
「そういう意味なら、ちゃんと食える」
「そんなら、カイセキ料理っての? ちびちび出てくるヤツ。あれは?」
「懐石か? 会席か?」
「へ?」
竜馬がぽかんとする。
「え? 何個もあンのか?」
それには答えず、隼人が淡々と続ける。
「どちらにしろ、何も難しくはない」
「へ、へえ」
「出された順番に食っていけばいいだけだ」
そう言うからには、経験があるのだろう。
「……ふーん。テロリストって、儲かるンだな」
「指摘するのも面倒だが、一応答えてやる。それなりにつきあいもあるし、取引がそういう場で行われることもある。最低限の立ち居振る舞いは知っているってだけだ」
茄子の煮浸しに箸をつける。
「あー、ヤクザの組長といいとこで飯食うみたいなモンか。そこでオドオドしてたら足元見られるモンな」
「そんなところだ。お前にしちゃ、いい例えだな」
「るせえ。褒めるンなら、もっとマシな言い方しろよ」
「なぜ俺が」
「だって——」
俺のことが好きなンだろ?
衆人の真ん中でも、からかうだけならどうってことのない言葉だ。竜馬を知っている人間なら、誰も本気にしない。ほかのパイロットに突っかかっていく竜馬を「またやっているな」と遠巻きに眺める。隼人は涼しい顔をして否定するだろう。もしくは、肯定して竜馬をからかい返す。周囲もそれをわかっている。
けれども、今訊いたら。
「違う」と言われたらショックを受けそうだった。「そうだ」と返されたら舞い上がってしまいそうだった。
訊きたいけれども、訊きたくない。
所詮、他人の心の中はわからない。放っておけばいいものを、完全に無視を決め込むこともできなくて、こうして妙な距離にいる。
「……」
唇をただ眺める。
まだ十日も経っていない。
あれは夢だったのか。
ついていた肘がずりずりと滑り、身体から離れていく。やがてテーブルに寝そべる状態にまで姿勢が崩れる。それでも視線は隼人の唇に注がれていた。
「…………」
薄くて、形の綺麗な唇。顔色と同様に、血色はあまりよくない。感触はたぶん、今は自分だけが知っている。
その唇が「りょうま」と発した。
「い゛ッ⁉︎」
完全に油断していた。びくりと起き上がる。奇怪な音に周囲の所員が振り返る。竜馬は慌てて口を結んで知らんぷりをした。
——ああ、くそっ。
もう平気だと思ったのに。
これじゃ意識しているとバレてしまう——いや、バレた。
「ちっ」
隼人の目は見ずにそそくさと立ち上がる。背中に視線を感じながら、足早に離れた。
「竜馬」
食堂の出入り口で弁慶と鉢合わせになる。顔を向けると、呑気そうな表情が真面目なものに変わった。
「……あンだよ」
まじまじと見つめられてきまりが悪い。自然と目を逸らしてしまう。
「どうかしたのか?」
「……何が」
「いつもと感じが違うから」
「……っ」
弁慶にまでそんなことを言われるのか。いったい今の自分はどんな顔をしているというのか。
「隼人か?」
テーブル席の奥に見慣れた後ろ姿を認めて弁慶が訊いた。竜馬は思わず舌打ちをする。
「何かあったのか」
「何にもねえよ」
反射的に答えたあとで、しばし考える。
そう。文字通り、何もない。だからこんなことになっているのだ。
ぶう、と頬を膨らませる。
——何にも。
頭をがりがりとかいて、竜馬は食堂を後にした。
隼人のどこに惹かれたのか。
好きだという気持ちはあるけれど、何がどうなってそうなったのか。
ベッドに寝転び、ぼんやりと考える。
愛想は悪い。愛嬌もない。というか、欠片もない。いつも不機嫌そうだ。誰かに「好きだ」とささやく隼人は想像ができない。
戦闘力はかなり高い。頬に傷をつけられた。でもたぶん、本気でやり合ったら自分のほうが強いに決まってる。
上背は自分よりある。脚もちょっとだけ、長い。ちょっとだけ。
顔はいい。自分だってそう悪くない造形をしていると思うが、視線を集める回数は隼人がダントツだ。一緒にいればわかる。口数も動きも少ないのに、どうしてか目立つのだ。
頭のよさは敵わない。こればかりはしょうがない。隼人の助言で乗り切れた局面は少なくない。けれども、いけ好かない。
声は——悪くない。それでも嫌みを言われたら腹が立つ。
「あンだよ」
ごろんと横向きになる。
自分にあきれる。心の中でさえ、素直になれないのか。
「……」
目つきは最悪だが、真剣に考え事をしているときは妙にカッコいい。手は大きいし、指も長くて器用だ。
そういえば、立ち姿が綺麗だ。いつも背筋がピシッと決まっていて気持ちがいい。座っているときもそうだ。
筋肉のつき方もいいし、動きもキレがあって無駄がない。鬼とやり合っているときは空手の演武のようで、ずっと見ていたくなる。一瞬の勝負のあとでふわりと落ちてくる髪の毛までも含んで形のようで、好きだった。
「あー」
今度はどれだけ目で追っていたのかを自覚して赤面する。
「ちくしょう」
身体を丸める。
何で隼人が好きなのか、これだという決定的なところが思い当たらない。別に優しくされたこともないし、何かを丁寧に教えてもらったこともない。むしろ嫌みを言われるほうが多い。からかわれることも、あしらわれることもよくある。
そもそもチームに加わってすぐに「竜馬」と呼び捨てにしてきた。まるで最初からいたかのように、ともすれば最古参のように振る舞う。当然の如く指図をしてきて、そのくせ説明が足りない。威張るわけではないけれども、偉そうだ。
——何で。
だんだん苛ついてきた。
何で、こんなに振り回されないといけないのか。
あのときだって、キスしてきたのは隼人のほうだ。自分はしようとしたけれど、途中でやめた。それを煽ってきたのは向こうだ。自分はこんなにも悶々としているのに、隼人はけろりとして過ごしている。
——ああ、むしゃくしゃする。
無性に暴れ回りたかった。
† † †
警報音が鳴り響く。鬼獣の気配を察知したのだ。
「ッしゃぁっ‼︎」
あっという間に身体中に熱い血が回る。ギン、と瞳孔が開く。
駆けて、一番乗りでスフィアに滑り込む。やや遅れて隼人と弁慶が。
「てめえら遅えぞ!」
「ほとんど変わらないだろうが!」
弁慶の返しをフン、と鼻であしらう。
「ぼやぼやしてると、てめえらの出番はねえからな」
力が噴き出す先を探して身体の中でのたうっている。早く敵を叩き潰してすっきりしたかった。
ゲットマシンを発進させる。竜馬がいち早く鬼獣を捉えた。見た目は細長い蛇のようで、どうやら飛行能力はない。研究所を目指して山腹をぐねぐねと這い登っていた。
ジャガー号とベアー号が旋回に合流する。
「あれか」
「蛇……みたいだな」
「ここから変化するかもしれん。そういうタイプが今までも——」
「グダグダ言う前に試してみりゃわかるだろ!」
イーグル号がビームを放つ。腹部に命中し、鬼獣がおぞましい鳴き声を発した。
「もう一丁!」
「待て、一度離れろ!」
「イーグルミサイル!」
隼人の声は無視する。二発のミサイルを食らった鬼獣が黒い身をくねらせた。効いているようだった。
「へっ、ヒョロヒョロしやがって、もう死にそうじゃねえか。準備運動にもならねえンじゃねえのか」
「竜馬」
すぐさまの嗜めに舌打ちを返す。
「『油断するな』って言いたいンだろ」
通信モニタ越しに声の主が睨みつけてきた。わかっているならその口を閉じて操縦桿を握れ、と聞こえてきそうだった。
「油断も何も、その前に叩き潰しゃいいだけだろが」
隼人の視線を振り払うかのように急降下する。
「もう一発食らいやがれ!」
ミサイルを撃つと同時に上昇する。隼人と弁慶が続く。
「チェンジゲッター、1!」
合体と同時に再び鬼獣目掛けて突進する。
「ゲッタートマホーク!」
鬼獣が頭をもたげる。大きな口がばかりと開いた。その奥に光が生じる。しかしゲッターロボのほうが速かった。
「くたばれ、ヘビ野郎!」
まるで一瞬の居合切りだった。エネルギー光弾は放たれることなく、速度と質量とが乗った巨大な斧で胴体がまっぷたつになる。断末魔が響いた。
「とどめだ! ゲッタービーム!」
呆気ない終わりだった。
「けっ、ざまあねえぜ」
勢い込んで出撃したのに、肩慣らしにもならない。それでも敵を早々と封じ込められたのは気分がよかった。黒い塊を満足げに見下ろす。
「これで一件落着ってな」
顎をぐい、と上げ、モニタ越しにふたりに見せつける。だがすぐに、
「気を抜くな」
咎めるような隼人の声が耳に飛び込んできた。
「——うるせえ!」
弾き返す。
「生き返ってきたらまたぶっ潰しゃあいいだけだろ!」
「竜馬!」
「あぁン? てめえもお小言かよ! まっぴらだ!」
弁慶の呼びかけも無視する。
「違う、よく見ろ! 何か変だぞ!」
「ああ?」
食い下がられて目を向ける——と消し炭になった鬼獣の体表が蠢いているように見えた。
「何だ、ありゃあ」
目を細めるが、黒くてよくわからない。
「竜馬、一旦下がれ」
普段よりも隼人の指図が癇に障った。
「いちいちうるっせえンだよ!」
モニタに悪態をつく。ほんの少し、目を離しただけだった。
「竜馬!」
弁慶の声に再び目を転じる。鬼獣の屍体が様変わりしていた。
「なっ⁉︎」
分断された胴体が膨れ上がっている。ふたつの黒い塊は悪夢を体現するかのように不気味に震えた。
位置が悪かった。自爆なら死にはしないまでも、爆発の影響をもろに受ける。竜馬は舌打ちをしながら操縦桿を引く。屍骸が弾け、猛烈な勢いで黒い霧が噴き出るのと同時だった。一瞬のうちに視界が奪われる。その霧を貫いていくつもの漆黒の帯が一直線に向かってきた。
「オープンゲット‼︎」
四肢に巻きつかれる寸前に離脱する。三機の翼に切り裂かれ、黒い物体がばらばらと落ちていく。
「ンなろぉ、往生際が悪いぜ!」
黒い空を抜け、竜馬が毒づいた直後だった。
「隼人! 翼にくっついてる!」
弁慶の叫びに目をやると、ジャガー号の両翼に千切れた物体がへばりついていた。白い翼にそぐわぬ、真っ黒な染み。
「チッ」
ジャガー号が加速する。黒い塊はびくりともしない。それどころか柔らかいゴムのように形を変え、翼の上に広がり始めた。
「隼人、まだ引っついてる!」
弁慶が言い終わらぬうちに白い機体が更に加速する。急旋回、上昇をして垂直降下ののち、きりもみ回転を試みる。
「左は取れた! 右はまだ!」
「しつこいな」
「弁慶、後ろ‼︎」
「え——おわっ!」
鬼獣の腹部から尚も黒い帯状のものが射出され、ベアー号に巻きつこうとしていた。弁慶が機体を傾け、躱す。イーグル号が三時の方角からまっすぐに突っ込んできて砲撃すると、得体の知れない黒は爆散して青空に溶けていった。
「竜馬、助かったぜ!」
「あのくたばり損ないをやっちまうぞ! 左側のヤツを狙え!」
「おう!」
散開し、左右それぞれに攻撃する。射出された黒い物体は中身だったのか、塊は簡単に粉々になった。
「クソッ、驚かせやがって」
「ひとまず、これで安心——」
弁慶が言いかけて止まる。
「隼人‼︎」
ふたりで空を探す。
肉眼では見えない。レーダーには猛スピードで北上する光の粒が映っていた。高度も上がっている。
「隼人⁉︎」
「竜馬! 一度だけ言う!」
「あ⁉︎」
モニタに座標が送られてきた。問う前に隼人の声が飛ぶ。
「一万五千メートルまで上昇、高度を維持。南に向かえ」
隼人が何かしようとしている。瞬時に覚悟が決まる。
「——おう」
すでに南へ針路をとっていた。鮮やかな赤がまっすぐに昇っていく。
「今から送る座標を通過したら旋回、最初に送った座標を真北に据えて全速で突っ込め」
「それで?」
細胞の隅々にまで緊張が走る。全身の神経が剥き出しになったかのようなひりひりする感覚。
「俺は同じ——いや、少しだけ下の高度で北から全速で突っ込む」
隼人の呼吸のリズムすら逃すまいと竜馬はじっと耳を傾ける。
「俺がカウントダウンする。ゼロと同時に右翼の表面ギリギリをビームで撃て」
「ミサイルじゃなくて、ビーム砲だな」
「ああ。撃ったら即上昇しろ。俺は下降する」
「おう」
「お、おい、ふたりとも、どういうことだよ」
「イーグル号に、タダ乗りしてる奴をこそぎ落としてもらうのさ」
「え……」
「多少なら上に逸れても衝撃波で切り裂けるだろう。そうすれば抗力で剥がれるはずだ」
「し、失敗したら……?」
「俺ひとりか竜馬とふたりでお陀仏ってところだ」
弁慶が息を呑む。
「そんな危ないこと——ほかに方法は」
「ねえな」
隼人より先に竜馬が答える。
「……竜馬」
「ンな心配すンなって。隼人が計算間違いするワケねえし、俺が失敗するワケねえだろ」
「そうは言っても」
「隼人! 一万!」
「わかった」
タイミングを誤れば機体もろともふたりは四散する。衝突を避けられても狙いを外せばジャガー号がダメージを受ける。コックピットを直撃すれば最悪の事態も考えられるし、そうでなくても墜落する可能性がある。そもそも当てられなければ、あの黒い物体によっておそらくジャガー号は息の根を止められる。
前に進み続けるしかない。
「位置についた。フルスロットルだぜ!」
大気が震える。異様な緊張感は離れている弁慶にも伝わった。
「南無——」
「弁慶! 念仏なんか唱えンじゃねえぞ! 縁起悪ぃかンな!」
「——っ」
「ドンピシャで撃ち落としてやる。心配すンだけ損だぜ!」
こんな状況なのに——だからこそ——竜馬の気勢は十分だった。
「……竜馬、隼人」
弁慶は見守るしかなかった。
ただ、隼人の気配にだけ集中する。全身の細胞が覚醒している。ひりつく緊張感は嫌いじゃない。
「————」
耳から音が消える。操縦桿に指先の神経が潜り込んで、ゲットマシンと一体化しているような感覚。
隼人がまっすぐこちらに向かってくるのがレーダーなしにわかった。
——イケる。
自信があった。
「竜馬!」
発射ボタンに指をかける。
「5、4」
隼人のカウントダウンが始まる。ひとつ呼吸をし、余計な力を抜く。
「3、2、1——」
肉眼でジャガー号を捉えた。
ゼロ、の発声と竜馬の挙動がぴたりと重なる。刹那、成功したと確信した。
上昇する機体の下で爆発が起きる。規模からしてあの鬼獣の欠片に違いなかった。
「隼人!」
急速旋回し、ジャガー号を探す。だが雲の下に潜ったようで、竜馬からは確認できなかった。
「竜馬!」
弁慶の声に、竜馬は息を止める。
「隼人は無事だ! ジャガー号も!」
「——」
わかっていたが、言葉で聞いてほっとした。通信機に拾われないように息を吐き出す。それからなるべく軽く言い放った。
「な、失敗するワケねえだろ」
「——この、竜馬ぁ‼︎」
ベアー号から怒号が飛ぶ。
「元はと言えば、お前が不用意に近づいたからだろうがぁ!」
コックピット内は大音声でいっぱいになった。
翼は溶けかかっていた。もう少し遅ければ空気抵抗に負けて翼がもぎ取られていた。速度を落とせばまだ飛べただろうが、そうなればもっと侵食を許し、結局は翼をへし折られて墜落するか自爆攻撃を受けただろう。危機的状況だった。
竜馬が口を開く。けれども、喉がつかえて声が出てこなかった。
隼人の視線がこちらを向く。
「お前が好き勝手やるとどうなるか、わかっただろう」
淡々と告げると、竜馬の横を通り過ぎた。
「隼人ぉ!」
弁慶が駆け寄る。
「それだけかよ! もっとガツンとやらねえと、あいつ懲りてないかもしれねえぞ」
「竜馬のはただのくだらん意地でしかない。いくら言っても、聞くだけの脳味噌がなければ無駄だ」
「ンだとぉ?」
さすがに悪かったと思っている。だがどう切り出せばいいか迷っているうちにそこまで言われ、カチンときた。
「やい隼人!」
しかし振り向いた隼人を見、口をつぐんでしまう。
ただ静かな目。
それは非難するようでもあり、突き放すようでもあり、諭すようでもあり——。
たぶん、自分の心で受け取り方は違う。後ろめたい思いがあるから、落ち着かなくていたたまれなく感じる。
「…………悪かった」
顔を背けてぼそりと呟いた。隼人が近づく。
「何のためにゲットマシンが三機ある? 何のためにパイロットが三人いる?」
思わず隼人を見る。
「それすらわからんようなら、遅かれ早かれ全員あの世行きだ」
隼人が踵を返す。竜馬は目で追う。前を行く背中は立ち止まりも振り向きもしなかった。
† † †
速くて悪いことはひとつもない。時間も被害も少なくて済む。多少やり口は強引でも、鬼を潰すのが先に決まっている。そのほうが、
——誰も死ななくて済む。
そう思えばこそだった。それに、実行できるだけの力がゲッター1にはあるし、自分は操縦できる。
——けど。
寝返りを打つとベッドが小さく軋んだ。
苛立っていたのは事実だ。勝負を急いだのも、油断したのも。
隼人の言葉が耳に残っている。
「……ゲットマシンが三機、パイロットが三人」
ゲッターロボも三形態に変化する。そのときの闘い方に最も適した姿をとる。
「……」
最短、最速、最大の効果を目指す。
いかに一番有効な技を瞬時に選択し、無駄なく急所に極められるかが大事だ。
空手の肝だと、父親にそう教わった。
状況を見極めず闇雲に技を出すのは悪手だ。速さだけに囚われると精度が落ちる。大技狙いは隙を生む。何度も言われたことだ。
だからこそ形を繰り返す。常時、正しい形を繰り出せるように稽古する。積み重ねは、そのまま己への信頼となる。結果、最適な闘い方を選び取れるようになる。
——正しい形。
きっと、ゲッターで闘うのも同じことなのだ。
「くだらん意地」だと隼人に言われた。あれは確かにそうだ。意地は、張らなくてもいいものと、貫き通さなければならないものがある。
——今の俺は。
つまらない意地ばかり張っている。本当はわかっている。けれども、素直になりきれなかった。それが原因で隼人を失ったかもしれなかったのに。
——隼人を。
今になって背筋を怖気が駆け上った。
もう、繰り返してはいけない。
天井を見上げる。
「…………」
自分は、隼人のことを何にも知らない。ひと通りの経歴はもちろん知っている。チームを組んでそれなりの時間を一緒に過ごしてきたから、考え方や闘い方、癖のひとつやふたつはわかる。だが、それだけだ。「神隼人」自身を、まだ知らない。
それでも、隼人が好きだという気持ちがある。
初めて目が合ったとき、ぞくりとした。やっと、思いきりやり合える相手だと直感した。それは技の応酬で確信に変わった。
——あの感覚。
右拳を見つめる。
あの感覚は知っている。ジャガー号の翼を狙い撃ったときよりももう少しその先にある、極めて鋭敏な世界。
その場所を思い描く。
期待で胸が震えて身体が熱くなる。それとは反対に頭は冴えていく。五感が限界まで研ぎ澄まされ、意識が肉体を超えてそこら中に張り巡らされる。空気の流れ、硬さ、味、震え、温度。そういったものがわかるようになる。相手がいれば、空気のちょっとした変化でどんな攻撃が飛んでくるか把握できる。
空手の技を放つとき、心身ともに「ここしかない」という場所に極まることがある。幼い頃から厳しい鍛錬をしてきた竜馬でさえ、常に行ける場所ではない。肉体は届いても、なかなか心まで噛み合うことがない。だからこそ、到達した瞬間は言葉にできない幸福感と恍惚感に満たされる。
隼人との対峙で、あの世界と似たものを感じた。相当にイカれた男だったが、ひとりでは辿り着けない景色を見せてくれると思った。
「————ッ」
ベッドから飛び起きる。裸足のまま、部屋の中央まで足早に移動する。
壁際の大きな姿見に映った自分をまっすぐに見つめた。
一分、二分。
深呼吸をして、足を開く。
構えから左へ九十度回転し、左手で下段受けをする。右足を一歩先へ、右手で中段突き。身体を正反対へ返して右手で下段受け、左足を一歩前へ出し、左手で中段突きをする。
わずかの間を置いて再び身体を回転させる。鏡と正体し、左下段受け。そこから前進しながら上段受けを繰り返す。
あの夜——。
唇まで一秒もかからない距離からじっと自分を見つめる瞳を思い出す。背中がゾクゾクとして、胸の中がざわめいた。「竜馬」と呼ばれると身体の芯が熱くなって、キスをされると内側から溶けてしまいそうなほど、気持ちが昂った。
隼人の本気に怯み拒んでしまったけれども、行為自体が嫌だったわけではない。ただ、自分の心が追いついていかなかった。
もし、隼人にも同じような思いがあるのだとしたら。
「このままにしたくない」
そう思ったのは自分だ。それなら、自分で動かなくてはいけない。待っていても、欲しいものが天から降ってくるわけではない。
額に汗が滲んでくる。基本の挙動を精確になぞる。もう身体が覚えている。目を瞑っていても角度は狂わない。それでも慣れに身を任せることはしない。ひとつひとつ、気の流れと筋肉の動きを丁寧に意識する。
肉体の精錬は、心の中も清しくさせていく。
——そうだ。
苛立っていたのは、隼人の気持ちが見えなかったから。好きな理由を探していたのは、自分の気持ちに自信が持てなかったからだ。
左回りに二百七十度、素早く身体を回転させる。襟足から汗が跳ねる。動くたびにタンクトップの下、筋肉の盛り上がりに沿って汗が落ちていく。
隼人が好きだ。
なぜ好きなのか。
正直、わからない。
強いて言えば、
『隼人だから』
これしか思い浮かばない。
そして、もう心で好きになってしまったのだから、無理に理由をつける必要はない。大事なのはこの気持ちだ。
もっと素直になりたい。本当は好きなのだと、隼人に伝えたい。
いつもなら前のめりで進んでいくはずの自分が二の足を踏んでいる。情けなくあるが、これも自分の一部分なのだとようやく思えた。
蹴り上げ、手刀で受け、貫手を放つ。愚直に挙動を重ねていく。
——もう少し、もう一歩、前へ。
足を踏み込む。腰が入り、技が極まる。
「————」
踵を揃えてしっかりと立つ。息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
鏡の中の自分を見つめる。
もう、大丈夫だ。
「うしっ!」
パン! と頬を両手で叩く。
「やってやらあ!」
気を吐くと、竜馬はシャワールームへと向かった。
† † †
インターホンを押しても反応はない。試しに開閉ボタンを押してみる。ロックはかかっておらず、竜馬をすんなりと迎え入れた。
「やっぱいねえか」
生活感がない部屋なのは知っている。それが更にひっそりとしていた。
弁慶と違い、隼人の生活パターンは読めない。訓練でしか見かけない日もあった。誘えば食事も飲みもつきあいはするし、くだけた雰囲気になることもあるが、一定のラインからは踏み込んで来ない。空いた時間さえあればゲッターロボについてひたすら調べ回っているようだった。
今夜は戻らないのかもしれない。それでも待つ気でいた。
「うわ」
さほど大きくはない冷蔵庫には同じ銘柄のミネラルウォーターとエネルギー飲料ばかり入っていた。売店のケースのように整然と並んでいる。必要なものだけを傍に置いておく隼人らしい。
じっとラベルを見つめる。隼人に選別されたもの。
「……」
変化は面白くて飽きない。その一方で、変わらないものは安心する。それは竜馬にもよくわかる。
「……もっと変わったモン買ってくりゃよかったかな」
レジ袋を覗き込んで呟く。
進んで手にしないようなもの。それが突然目の前に現れたら、隼人は何を考えるだろうか。どうするだろうか。
冷蔵庫の中身を取り出してデスクに置くと、替わりに買ってきた酒を押し込む。
「別に悪くなるモンでもねえしな」
しかし全部、となるとさすがに悪い気もする。
竜馬は五秒ほど考え、水のボトルとエネルギー飲料を一本ずつ冷蔵庫に戻した。
二度目はインターホンも使わなかった。やはり扉は何なく開く。すると、デスクについていた隼人が振り向いた。
ひどく不機嫌そうな顔だった。
「どういうつもりだ」
「どうって?」
「これに決まっているだろう」
親指で背後を指し示す。パソコンをぐるりと取り囲むようにペットボトルとパウチ型飲料が林立していた。竜馬が呑気に「ああ」と返すと眉間にきつく皺が寄る。
「ここは俺の部屋で、あの冷蔵庫は俺のだ。お前の酒を入れるためのものじゃない」
「わあってるよ」
竜馬は悪びれない。
「けど中身出さねえと、酒が入ンねえだろ」
「入れてどうする」
「ぬるくなったらマズイだろうがよ」
「俺の分はどうでもいいってことか」
「だから一本ずつ残してあったろ」
「持ち主に断りもなく」
「だって、おめえがいねえから」
徐々に唇が尖り、むすりとした顔つきになる。隼人の表情もことさらに険しくなっていく。
「俺にも都合がある」
「俺にだって都合ってモンがあンだよ」
むくれたまま、ぷいと横を向く。子供じみた態度に隼人の溜息が零れた。
「連絡もせずに押しかけて——これはまだいい。ロックをかけていないのだから、出入りは自由だ。だが人の冷蔵庫を勝手に漁る、自分はいなくなる、挙げ句その言い種か」
「晩飯食ってたンだよ」
「呑気なもんだな」
隼人はフン、と鼻を鳴らす。
「それがいったい何の都合だというんだ。つまらない用事なら叩き出してやる」
「……」
「何とか言え」
「…………飲みに来た」
ぼそりと答えると、隼人の口が止まった。竜馬は目線を外したまま続ける。
「おめえと、飲もうかと思って」
「——」
隼人の気配が揺れる。
「…………嫌なら帰る」
踵を返し歩き出す——と、靴音が追いかけてきて左の手首を掴まれた。
「…………」
立ち止まる。
どちらも無言で動かない。
——手が。
掴まれた肌が熱い。
手を引き戻そうと少しだけ力を入れると、くい、と引っ張られた。竜馬の視線がしきりにさまよう。
「……放せ、よ」
逆にもっと強く握られた。
「——ッ」
全身が硬直する。身体中に熱が回る。そこに隼人のささやきが降ってきた。
「……いてくれ」
隼人はどんな顔をしているのだろうか。見たい衝動に駆られるが、今の自分の顔を見られたくなくて振り向けない。
「竜馬」
引き止める手と声に、竜馬は黙って小さく頷いた。
本当に、他愛のない話。食堂の新メニューの味、大浴場のシャワーのぬるさ、居住エリアの空調の悪さ。竜馬が話を振っては隼人が二言三言発する。普段と同じ取り留めのない会話だった。
けれども、ふたりともいつもとは違う。竜馬のトーンはより高めで、隼人の視線は俯き気味で、時折会話がふつりと切れては妙な沈黙が生まれた。
「……この部屋、相変わらずだな」
三人で飲むときは持ち回りで部屋を提供していた。だが結局、畳があって楽ちんだから、と今は専ら弁慶の部屋に集まるようになっていた。ここで飲むのは久しぶりだったし、ふたりきりは初めてだった。
デスクに冷蔵庫、ロッカー、酒の卓になっているサイドテーブルと竜馬が座っている丸椅子、隼人が腰掛けているベッドはそもそも備え付けのものだ。個人的な持ち物と呼べそうなのは二台のノートパソコンだけだった。
「お前の部屋だって、似たようなものだろう?」
「ン、まあそうだけどよ」
それでも何となく眺めるための雑誌やマンガはあるし、ラジオもある。形の確認をするための姿見もある。隼人の部屋はものが少ない、ではなく、生活の痕跡がない無機質な印象だった。
そろりと隼人を盗み見る。
一見、隼人の性質もこの部屋のように無機質だ。本当に必要なものだけを傍に置いて、あらゆる無駄を省く——というよりも、切り捨てるタイプ。そんな隼人が竜馬を必要としてくれるだろうか。
たぶん、俗に言う「恋愛感情」は隼人にとっては余計なものだろう。進んで手にしないようなもの。溺れたところでゲッターの秘密は解けないのだから、隼人には何のメリットもない。もしかしたら、要・不要の判断を下すまでもない事柄なのかもしれない。
やはりあの夜は、酒の勢いに任せた一時の戯れだったのではないか——。
「……っ」
胸の奥が何だか痛い。自分の気持ちと向き合って、ひとつの答えを出してここに来たはずなのに。
目の前の缶を見つめる。
いち、にい、さん。
これだけ飲んでいるのに、酔えない。隼人ももう三本目の缶を空にしてテーブルに置いたところだった。
ふたりとも、ずっと探っている。気を張り巡らし、どうしたらいいのか迷っている。ぎこちない時間だった。
ギ、とベッドフレームが軋む音があがった。隼人の右手が動く。
「……ッ」
竜馬の身体がびくりと動いた。その拍子にサイドテーブルに脚が当たり、空になった缶が一斉にぐらついた。
「う、わ」
咄嗟に手を伸ばす。だがその手が却って缶をなぎ倒した。
「しまっ——」
缶は竜馬の膝元に落ち、あるいはテーブルの上で転がり、別のものは軽い音とともに床に着地した。
「……あーあ」
幸い、中身が残っているものはなかった。竜馬は右手の親指に跳ねたビールの粒を吸い、ゆっくりとした動きで缶を拾い集めた。
「これは倒すなよ」
隼人が日本酒のワンカップを開け、ひと口飲んでテーブルに置く。竜馬は椅子を引いて距離を取った。
竜馬の手の中で缶がへこむ。
「……俺、便所」
調子が狂う。このままだと、いつか緊張が途切れたときにおかしなことになりそうだった。ひとりになって気持ちを立て直す時間が必要だった。
隼人の視線が自分を追いかけている気がして、テーブルの向こうは見ずに席を立った。
元の席に戻らず、無言で隼人の右隣に座る。古臭いベッドに男ふたり分の荷重で、ギギッと耳障りな音がした。
「……その」
口を開くと、周囲の空気が硬くなったのがわかった。
「昼間は悪かった」
「……謝罪はすでに受け取っている」
「ああ。けど、聞こえなかったかもしンねえからよ」
「問題ない。済んだことだ。それより」
「あンだよ」
「今日のことであまり萎縮されるのもそれはそれで困る」
「イシュク?」
聞き慣れない単語に隼人を見る。隼人はちらりと横目を向ける。
「まあ、お前ならそんなことはないだろうがな」
「だから、何だっつってンだよ」
むう、と隼人を睨む。
「それ」
「へ?」
「闘いにおいては、それでいいということだ」
竜馬が不思議そうにまばたきをする。
「あまりに自分勝手なのは困るが、お前のその負けん気の強さが突破口になることもあるからな」
「……褒められてンのか貶されてンのか、わかンねえな」
隼人の顔がこちらを向く。竜馬は瞬間的に息を詰めた。
「褒めている」
きっぱりとした言葉にどきりとする。
「そ、そうかよ」
目線を外し、正面を向く。まだ見られている気がして、顔が熱くなってきた。半分まで減った隼人のワンカップを横取りし、ぐい、と流し込む。
「……俺の酒だぞ」
「いいじゃねえか」
目を見ずに答える。
「ビール、飽きちまったし」
またひと口。
冷蔵庫の中にはまだ酎ハイとウイスキーのハイボールが残っている。飲む酒がない、というわけではなかった。
それきり、部屋が静まり返る。
「……」
少しだけ背中を向け、隼人の肩に寄り掛かった。
日本酒をもうひと口含む。
「お前、甘えるのも素直にできないのか」
「んぐっ⁉︎」
ごきゅ、と喉が鳴る。直後、竜馬が咳き込んだ。
「零すなよ」
隼人の左手が伸びて酒を取り上げる。竜馬は一瞬だけ睨みつけるが、また咳き込んで顔をしかめた。
「持ったままだと零すだろ」
カップをテーブルに置くと、隼人は右手を竜馬の背中に添えた。竜馬の身体がぴくんと揺れる。
「ぐ——けほっ」
咳が落ち着くまで、隼人はそっと背中をさすり続けた。
「……ン、もう何ともねえ」
隼人の手が止まる。だがいつまで経っても離れなかった。
「……」
手のひらの熱がじわじわと染みてくる。そこから次第に全身に広がり、火照りを感じ始める。自分から隣に座っておいて「離れろ」も言えない。けれども何か言わなければ間が保てない——というより、余裕がなくなっていく。
「お、おめえが、変なこと言うから」
しかし、責める言葉はすぐに封じられた。
「本当のことだろ」
「ンなっ⁉︎」
反射的に顔を上げる。言い返そうとして、隼人の顔が思ったよりも間近にあるのに驚く。
「——ぁ」
「引っついてきたのはお前のほうだぞ」
「…………ッ」
唇に目が釘付けになる。それ以上、竜馬から文句が落ちることはなかった。
「……」
視線がわずかに上向く。目が合う。
キスに近い距離。唇の柔らかさと熱さがよみがえってきた。
「は、はや——」
名を呼び終わる前に隼人の右手がぴくりと動いた。竜馬は弾かれたように顔を背ける。
「あ……」
どうしたらいいかわからない。所在なげに腿の上で遊ぶ己の指を見やる。
「……竜馬」
まるで言葉を促すように、す、と右手が背中をひと撫でした。
「——っ!」
答えは初めから決まっている。それなのに、まだ素直に口にできない。ぎゅっと拳を握る。
「……なあ」
ちらと胸元の辺りに視線を投げ、すぐに手元に戻す。
「その、は、隼人ってよぉ」
細切れにしか言葉が出てこない。気づけば、心臓がばくんばくんと大きく跳ねている。
「その……お、俺のこと……」
——ああ、心臓の音、うるせえ。
ぎゅっと目を瞑り、鼓動の音を追い出そうとする。
「俺のこと」
こんなにもうるさいなら、隼人にも聞こえてしまいそうだ。少なくとも、右手にはもう伝わってしまっているだろう。
「その、好き、なのかよ……」
自分で訊ねておいて、恥ずかしい。
「わからないか」
「——」
背中の手に力が込められた。
隼人を見る。
まばたきもせず、竜馬を見つめている。その奥に宿ったものが流れ込んでくる気がした。
——隼人。
たぶん、わかる。けれども言い切る自信がなかった。言葉が欲しかった。
「わ、わかンねえよ!」
勢いよく答えて再び俯く。
「お前はどうなんだ」
隼人の声が近づく。心臓が一瞬、止まった気がした。
「い……い、嫌なら来るワケ、ねえだろ……っ!」
あんなことを言ったのだから。
背中に触れていた手が腰に回る。く、と引き寄せられる。
「……ッ」
頭の中が熱くなる。急激に酔いが回ったような浮遊感と痺れが襲う。服越しに伝わる隼人の体温が、更に竜馬を揺さぶった。
——しっかりしろよ。
言葉を求めているくせに、自分から言わないのは卑怯だ。
自分を鼓舞する。
「……っ」
息を吸い込む。小さな震えを感じていた。
——ひと言だけなのに。
「あ……、その……っ」
こんな体たらく、情けなさ過ぎる。下唇を噛む。せめて俯くのをやめたい。
竜馬はキッと顔を上げた。
ふと、冷蔵庫が目に入った。それから、デスクの上にずらりと並んでいる飲み物。我ながら無茶苦茶だとぼんやり思う。
そりゃ隼人もあきれるだろな——。
——……あれ?
何かが引っ掛かった。
「……」
あのとき、隼人は何と言った?
「どういうつもりだ」
「お前の酒を入れるためのものじゃない」
そう言っていた。竜馬がしたことだとわかっていた。竜馬が酒を持って訪ねてきたのなら、答えはひとつしかない。それなのに、わざわざ訊ねてきた。
隼人を見上げる。
——もしかして、隼人も。
「……何だ?」
隼人が顔を引く。竜馬はじいっと見つめる。視線がくすぐったいのか、隼人がつと目を逸らした。
珍しい、というより初めてのことだった。戸惑うようにその身体が揺れる。落ち着かない様はまるでさっきまでの自分だった。
「…………そうか」
ふ、と心が軽くなった。
——同じじゃねえか。
隼人もきっと、不安だったのだ。平気なフリをしていただけなのだろう。だから、竜馬の口から聞きたがった。
——そうだったンだ。
一瞬のうちに胸の中が凪ぐ。
「……ン。やっとわかった」
「……?」
「隼人」
ぎこちなく隼人の視線が応える。竜馬は深呼吸をひとつ。長い睫毛がゆっくりと上下した。
まっすぐに見つめる。心の奥底が届くように。
「好きだ」
この前は、自分とも、隼人とも、こんなふうに向き合えていなかった。だから、たったのひと言も口にできなかった。
今なら言える。
「俺、隼人が好きだ」
自然と口元が笑む。自分の中から湧き出るものがそうさせた。混じり気のない、思い。
「…………竜馬」
隼人はまばたきもせずに告白を聞いていた。見開かれた瞳は、竜馬の姿を記憶に留めようとしているのか。
やがて端正な顔が傾いで、唇が近づく。竜馬は身じろぎもせずに待つ。
キスまであと、ほんの少し。
「竜馬」
隼人がささやく。息がかかり、竜馬は思わず呼吸を止めた。熱を感じる距離。目の前で、唇が再び「りょうま」と動いた。
「お前が、好きだ」
一音ずつ、しっかりと象られた。
——隼人。
押し黙ったまま見つめ合い、唇を重ねる。
以前のように、始まりは小さくて軽い口づけ。唇をそっと押しつけ合う。キスは繰り返されるたびに深く、長くなっていった。
竜馬の指が隼人の膝に触れる。隼人は竜馬の頬に手を伸ばす。
「……ン」
竜馬がわずかに首をすくめた。普段はキーボードばかり叩いている指がそろりと肌を撫でる。二度、三度。柔らかさを確かめるように動いて、下へ向かう。首筋をなぞり、鎖骨へ。それから胸に差し掛かり——すぐに引き戻された。
「……っ」
今度は隼人のほうが俯く。
「……隼人?」
「この前は……悪かった」
行き場に迷うように拳が握られた。
「何も、考えられなくなった。それで」
「……隼人」
隼人の重さ、耳にかかる吐息、すりつけられた肉の感触を思い出す。それから、素肌に触れた指の熱さも。
「俺も、その」
一気に身体が汗ばむ。
「……煽って悪かった」
揉め事の原因だとわかっている。それでも反射的にムキになるし、隙を見つけたらからかいたくなってしまう——相手が隼人なら、特に。隼人との関係が始まる前に終わらずに済んで、幸運だったとしか言いようがなかった。
向かい合う隼人の右手を掴んで、自分の胸元に導く。
「りょ——」
隼人の指が触れまいと浮く。竜馬は力を込めて引き寄せた。右の手のひらで押さえ、ぴたりと胸につける。
「——っ」
「……もう、逃げねえから」
声が震えてしまう。
「だから」
「……竜馬」
「触って……くれよ」
こく、と隼人の喉が動いた。
「——ン」
タンクトップ越しに指の腹が押し当てられる。
「竜、馬」
指がそろそろと動き、胸を這う。
「ん……っ」
竜馬は下唇を噛む。顔が真っ赤になっていた。
指が少しずつ横に動いていく。こらえきれず、竜馬の口から短い吐息が落ちていく。やがて、薬指が乳首に触れた。
「……っ!」
びくりと反応する。隼人の唇から熱い息が零れた。
指の腹がゆっくりと乳輪をなぞり始める。時折、爪や指の側部が乳首をかすめる。そのたびに竜馬は小さく身を震わせた。
「……ン、ん」
消え入りそうなほど、微かな声。懸命に抑えていても、漏れてしまう。
「竜馬……」
指の先で乳首の縁を軽くつつかれる。勃っているのが自分でもわかった。恥ずかしくて仕方がない。
「う……ぅ」
くにゅ、と押される。
「んあっ」
自分でも驚くほどの声に、咄嗟に口をつぐむ。だが下から乳首を弾かれ、再び喘いでしまう。
「あ……あっ」
「竜馬」
「んっ、ン!」
キスで唇を塞がれる。胸からの刺激と咥内に滑り込んできた舌の感触に思考が奪われていく。
「ふ……っ、ン……!」
唇が離れるとふたりの吐息が混じり合う。視線を交わし、すぐにまた口づけ合う。竜馬が隼人の下唇を食む。隼人は竜馬の口腔内を舐めて上唇を吸う。互いの熱を求め、キスを繰り返した。
「ん、あ……はや、と……」
首元に抱きつく。鼻腔に隼人の匂いが流れてくる。長い後ろ髪からほのかにシャンプーの香りがして、その下から雄の気配が立ち昇る。もっと奥に、微かに甘い匂い。
——ああ、これ……。
頭に霞がかかるような感覚は経験済みだった。
くらくらするのはアルコールのせいではない。竜馬を酔わせているのは、隼人の存在そのものだった。
——もっと。
もっと、溺れたい。
「隼人……っ」
口づけて、押し倒す。
「んっ……!」
馬乗りになり、頭を押さえ込む。不器用なのはわかっていた。きっと満足させられないだろう。それでも触れていたくて、懸命に舌を絡ませる。隼人は舌先を器用にくねらせ、竜馬の好きにさせたり、時折意地悪く逃げてみせる。
「ん、ンん……っ、はっ……あ、んっ」
隼人の指が太腿を撫で上げ、腰を通って背中に辿り着く。その手からもたらされる感覚に身体がひくついた。
「はや、と……、はあっ、ン……っ」
ぎこちなく竜馬の手が滑り落ちてきて、シャツの上から筋肉をなぞる。どこをどういう力加減で触れば悦んでもらえるのかわからない。自然、そこに向かう。
「——っ」
隼人の動きが止まった。竜馬は無防備になった舌を吸い、股間を撫でた。
「……やっぱ、キスだけで勃つンじゃねえか」
この前触れたときよりも硬く、大きい。
「……すけべ」
言って、目を細める。隼人はむっとして、
「当たり前だろう」
ぶっきらぼうに返した。
「お前だって、人のことは言えないだろう?」
「——っ!」
竜馬の尻を掴み、腰を押しつける。
「んあっ! あ、あっ」
腿を広げた状態で下からぐりぐりと局部を刺激され、身体の力が抜けていく。隼人と同じように、すでに勃起していた。
「あっ……あっ!」
隼人に合わせ、腰が勝手に動く。
「今日は声を我慢しなくていいぞ」
「なっ、んぅ……っ」
そう言われると、唇を噛みしめてこらえてしまう。
「……竜馬っ」
「んッ!」
隼人の腰つきが粘っこくなる。意固地な竜馬の口からどうにかして快感の音を引き出そうとするかのようだった。
「てめっ、あっあっ、やめっ……ンッ」
逃げる腰を押さえつけられ、竜馬の眉間にぎゅうっと皺が寄った。
「待て……! っあ、あ」
つらそうに頭を振る。
「このまんまじゃ……っ、キツ、い……っ」
強く押しつけ合うたびにジッパー部分が当たって不快だった。
「ちっと、痛ぇ、から……っ」
「それなら、脱がしてやる」
「え、な——うわっ」
抱きつかれ、あっという間に体勢が入れ替わった。
「ん……っ」
今度は隼人から口づける。舌の裏側をなぶられ、竜馬がひくつく。その隙にズボンの前がはだけられていた。
「え、あ——」
太腿が剥き出しになる。隼人の唇が吸いつく。
「んあッ」
身動きが取れないのをいいことに、腿の付け根から際どいところにキスをされる。下着越しとはいえ誤魔化しようもないくらいに勃起したペニスも見られていると思うと、恥ずかしさで叫び出しそうだった。
「ンっ」
ズボンがずり下げられていく。じりじりと追い詰められていく気分に膝を閉じて抵抗する。
「竜馬」
「——っ!」
唇が滑り落ちる。膝の内側に吸いつかれると、竜馬の脚は抵抗する力を失った。
「ふ、あ…………あぁっ」
しかしブーツが邪魔をして脛でズボンが止まる。間髪入れず隼人の手がブーツに伸びた。
「ちょっ」
慌てて脚を引く。
「そ、そンぐれえ自分でやる」
ガキじゃあるまいし、と口を尖らせる。何もかもを隼人に任せてしまったら格好がつかない。
「ん、くそっ」
ぐしゃりと溜まっている布の下に手を入れる。焦りと恥ずかしさ、普段と異なる状態でもたついてしまう。やっと脚が自由になった頃には、隼人はとっくにブーツもズボンも脱ぎ捨てていた。
「あっ、おめえ、いつの間——」
唇をキスで塞がれる。
「ン……んっ」
身体はすぐに迎え入れる。隼人はキスに震える竜馬を抱きしめ、ベッドに横たえた。
「……竜馬」
たくましい体躯を引き立たせているシャツにはうっすらと汗が滲んでいる。自分との絡み合いでそうなったのだと思うと、ひどく扇情的に映った。
そのシャツが脱ぎ捨てられる。
「——ッ」
現れた肉体に見惚れ——我に返り顔を背けた。
今からこの男に抱かれる。
「……竜馬?」
「……ぅ」
心臓が跳ね回っている。首まで赤くなりながら、竜馬が睫毛を伏せた。
「竜馬」
「……っ」
隼人の匂いに包まれる。
「ンっ」
右の頬に柔らかさを感じた。耳元で「竜馬」とささやかれる。指が腰骨に下り立ち、タンクトップの裾に潜り込む。長い指はそのまま腹筋をなぞりながら胸へ向かった。
「ッン! ふっ、んあ……っ!」
指先の軌跡も、繰り返される肌への口づけも、この前の荒々しさとはまったく違う。それなのにより熱く感じる。隼人の思いがそこに宿り、溢れて流れ込んでくるようだった。
† † †
「……っあ! ン!」
膨らんだ乳首をつままれ、声が弾ける。
「う、あっ……、あっあっ」
隼人の手が動くたびに、どうやっても零れてしまう。
「だ、だめ、だ……」
一生分の鼓動がこの瞬間に集まっているようで、胸の中が騒がしくて息苦しい。心臓が壊れてしまいそうだった。
「ひ、あ——っ⁉︎」
腹を滑り落ちた手が股間を撫で回す。ぴたりとしたボクサーショーツに浮き出た形を手のひらが覆う。
「あっあっ——あっ」
熱さが滲んでくる。
隼人の指先が火種を煽る。竜馬の身体は簡単に悶え始めた。
「ン、ン……ん、あっ」
するりと下りた指先がその場所を確かめる。
「ンっ⁉︎」
そこがぎゅっと窄められる。
「〜〜〜〜ッ」
竜馬の顔も恥ずかしげにきゅっとしかめられた。
指先はとんとん、と軽くノックするように触れ、そっとさする。繰り返すと、徐々に強張りがゆるんでいく。
「ん、……あっ」
物足りなく感じてきて、竜馬の脚が次第に開き始める。隼人はすかさず手のひら全体で隠部を撫で上げた。
「っン‼︎」
ぞくん、と快感が駆け上がる。
「竜馬」
「……ん!」
口づけられると意識はすぐにそちらに向かう。けれども次の瞬間には股間をまさぐられ、引っ張られる。かと思うと隼人の左手によって胸の先を煽られる。
いいように翻弄される、という表現が最適だった。
「はや、あ、ンっ」
ぼうっとしてくる。その中を割って下半身からの快感が突き上げてくる。隼人の指がさっきよりも強く竜馬の秘所を探った。
「あ!」
すっかり大胆な角度に開いた両腿はもう閉じない。それどころかもっと、と開き、腰を突き出す。尻が浮いて隼人に押しつけられた。
「き、気持ち、いい」
手のひらの熱さも、指先の器用さも。
「も……と、あ、あ……っ」
見つめられると意識が端のほうから溶け落ちていくようだった。
「はやと……っ」
首にしがみつく。熱い吐息が肌にかかった。
「……ッ、あ!」
全部が気持ちいい。自然に腰が動いてすりつけられる。すると、隼人の指の動き方が変わった。ぎゅっと陰茎を握り、亀頭を指の腹でぐりぐりと刺激し始める。
「んあッ⁉︎ ひっ、あ、や……ッ」
咄嗟に腰を引こうとするが、逃げ場はない。
「嫌じゃないだろう?」
「ンッ」
「竜馬」
かすれた声が耳に押し込まれる。
「……竜馬」
「あっ、あっ……」
全身に震えが伝播する。隼人の指に吸い取られるように力が抜けていく。
「あ……っ、え、あ、うわっ⁉︎」
膝の裏を押し上げられ、あられもない姿勢にされた。
「え、ちょっ——あ!」
尚も下肢を押し上げられる。元に戻りたくても、隼人の膝が身体の下に入り込んで無理だった。
「ばっ、バカッ! な、なん——ンあ゛ッ⁉︎」
隼人の唇がそこに吸いつく。
「ッあ!」
布越しに舌の熱さとうねりを感じた。
それと、息遣いも。
「ひ、あ……ン‼︎」
舐め上げられる。舌先で柔いところをつつかれ、吸われる。竜馬がいくら身悶えても、脚を掴んだ手はびくともしない。
「あぁっ、あッ」
触れられたところからまっすぐに快感が伝わってくる。絶えず肉をくすぐられて、痺れと熱さが膨張していく。
唇と舌は強張りをほぐすように、それからなぶるように、幾度も行き来する。陰茎の根本まで辿り着いた頃にはボクサーパンツは隼人の唾液と竜馬の先走りが染みて色が変わっていた。
「……っあ、あ……!」
勃起したペニスが下着の中で窮屈そうにひくつく。
「や、あ……っ、も、もう……っ」
格好はもちろんだが、隼人の視線にさらされるのが恥ずかしい。自分はこんなにもこらえているのに、隼人にはまだ冷静さが残っているように見えた。
目が合うと、隼人が笑った。やっぱり、と思っても、文句が出てこない。そんな竜馬の思考を読み取ったのか、隼人の目が細められ、もう一度唇がそこに吸いついた。
「……ッ」
唇が離れ、竜馬の身体がくたりとベッドに沈む。しかし昂りは収まらず、次の刺激を求めて震えていた。
下着をずり下ろされると、先端から溢れたものが糸を引いた。自覚していた以上の光景に言葉を失う。隼人に直に触れられて、頭の中が一瞬、真っ白になった。
「う、あ……あッ!」
ひとりでするのとはまったく違う。徐々に押し上げられていくのではなく、最初から一番高い場所に連れていかれる。あとひと押しで簡単に達してしまう。その際にかろうじてしがみついている感覚だった。
「ふっ……う、ぐっ……、ふう……っ」
左手で口を押さえる。だが隼人の手によってもたらされる快感が指の隙間から漏れてくる。歯を食いしばるが、それでも留めることはできず、呼気と一緒に涎まで零れ落ちてきた。右手できつくシーツを握り締め、凌ごうとする。
隼人の指先が鈴口を押した。
「ひあっ!」
びり、とペニスから全身に痺れるような刺激が走る。
「あっ、あっ! や、だ……っ」
強烈な感覚に腰をひねって逃れようとする。
「竜、馬」
「んひっ⁉︎」
陰茎を握られ動きが止まる。その隙を見逃さず、隼人の手が再び竜馬を煽り出した。
腰が浮き上がる。
「あっ、だ、だめ……っ、イク、から……っ」
「——イッていいぞ」
手の動きが速くなる。亀頭まで巻き込んでしごかれる。
「んッ、あっ、あっあっ」
まだイキたくない。けれども限界はすぐそこにあった。
「……ンっ! やだ、隼人……っ!」
手を押しのけようとする。
「う、あっ……!」
今にも泣き出さんばかりに顔を歪め、竜馬が首を横に振った。
「お、俺だけ、なンて……っ」
「……竜馬?」
「んあっ、……いっ、嫌、だ……っ」
声が震えている。隼人の手が止まった。
「俺だけ、なンて……や……だ……っ」
「——」
「ン、あ……っ」
腰は快感を求めてまだうねっていた。身体は境界を乗り越えたいと訴えている。だが心は別のことを願っていた。
「は、はや、と」
震える手を伸ばす。
「——竜馬」
隼人が迎えて、しっかりと握る。
「は……はや……とぉ……っ」
きゅっと握り返す。
「い、一緒、に……っ、……ぅ、くっ」
あとは睫毛が伏せられて、言葉にならない。
それは、淡く溶けてしまいそうなほど微かな誘い文句だった。
すべてが未知で想像もできない。だから少しだけ、怯んでいる。生まれて初めて踏み入るのは、もしかしたら最低最悪な世界かもしれない。今までずっとひとりだった場所に他人を迎え入れるのだから。
それでも。
前に進みたい。一秒でも早く隼人と繋がりたい。
すぐ傍にいるのに、胸の内を見せ合ってぬくもりも感じているのに、肉体はまだ隔たっている。それがもどかしくて、寂しかった。隼人に求められていることを確かめたかった。
「てめ……っ、い、いつまでいじって……ン!」
隼人の指が竜馬の中をこすり上げる。
「いい……加減っ……、ん! 挿入る、だろ……っ」
「……もう……少し」
「は、はや、く……んあっ!」
腹の中がざわざわしていた。快楽にも遠い違和感だけが膨らんでいく。
「んッ!」
根元まで差し込まれた二本の指がねじられる。痛みはない。
「……挿れるぞ」
「あ、ああ……」
違和感が引いていく。入れ違いに指とは異なる肉の塊を感じた。
「……ッ」
「竜馬」
亀頭がこすりつけられる。そのたびに柔い痺れが生まれ、口がひくつく。さっきまで違和感しかなかったくせに、もう咥えるものを探しているようだった。
「ンあ……っ、あ、あ」
隼人の先走りが溢れ、肌とこすれてぬちぬちと音を立てる。しかし一向に突き立てられる気配はなかった。
「はやと……っ!」
煽られ、焦らされ、おかしくなりそうだった。
「さっさと……挿れろ、よ……!」
尻をこすりつける。瞬間、隼人がわずかに腰を引いた。
「——え」
目を上げると、思い詰めたような眼差しがこちらを見つめていた。
「…………竜、馬」
おおよそ、隼人らしくない弱い響き。
——あ。
わざとではなく、ためらっていたのだと気づく。
「……ッ」
胸の中がいっぱいになる。
「て、め……」
「竜馬……?」
「てめ……っ、遠慮、すンな……っ」
揺れ動く瞳に笑いかけた。
「言った、だろ? 逃げねえ、し……おめえが好きだ……て」
「————」
「……なあ、しようぜ」
少しだけ、泣きそうになった。隼人がこんなにも真剣に向き合ってくれている。その心の中に、ちゃんと自分がいるのだと思うと、嬉しくてたまらない。
「……隼人」
思いを込めて名を呼ぶ。
やがて、隼人の目から惑いが消える。
「竜馬」
静かな、だが強い声。
「わかった」
すう、と息を吸い込み、ペニスをその場所へあてがう。
「あ……っ!」
身体の中心が拓かれる。
「————ッ」
心がすくむ。けれども、隼人への思いが勝った。ずっと奥のほうから歓びが湧き上がってくる。
——隼人。
まばたきもせず、見つめる。
初めて好きになった男を。
その人が自分を求める姿を。
ずく、と隼人のペニスが挿入ってくる。
「あ……っ、あ、あ……」
押し出されるように竜馬の唇から零れる。
「は、はや、と」
「……もう少し、挿れるぞ」
「う、あ……っ」
わかっていても、現実についていくのが精一杯だった。強気に返すこともできずに、竜馬はただ頷く。
「ひあ——」
熱くて、竜馬の中に吸いつくような塊が進んでくる。肉が押しのけられると重苦しさが生まれる。身体の内側が膨らむ気がする。肺が圧迫されるようで、自由に呼吸ができない。
「は、あっ、あっ……!」
喘ぎが吐き出される一方だった。
「竜馬、息をしろ」
「あ……っ、ンなこ、と……っく、はあっ……!」
「ほら」
大きな手が下腹を撫で、胸元まで上がる。緊張をほぐすようにゆっくりとさする。
「う、はあ……っ」
息を吐き切った反動で、ようやく息を吸う。それから吐き出す。幾度か繰り返す間、隼人は腰の動きを止めて竜馬の肌を撫で続けた。
「ん、もう……平気、だ」
呼吸が落ち着くと、重苦しい圧迫感もかなり薄れていた。繋がった部分の強張りは完全に消え、隼人との境目がないほど馴染んでいた。指を迎え入れたときの違和感はまったくなかった。
「……悪ぃ、待たせたな」
にっと笑う。いつもの竜馬だった。
隼人の瞳が柔らかく微笑んだ——ように見えた。
——隼人。
今のはきっと、自分だけが見られる隼人の表情だ。
「……隼人」
また、胸がいっぱいになった。
「竜馬」
「あっ」
小さく揺らされ、思わず声が出た。さっきまでの感覚と違う。
「え? え、な——」
ペニスが少しだけ引かれ、押し込まれる。
「んうッ⁉︎」
「竜馬?」
「な、何でも、ね——あっ」
隼人が動くと、その道筋に沿って柔らかくてあたたかいものが広がった。圧迫感がまったく消え失せたわけではない。未だ残るものはある。けれども我慢を強いられるようなものではなく、むしろ、ゆるい圧迫感は隼人とぴったり合わさっていると実感させてくれた。
「あっ……あっあっ」
じわりと内から押される。ペニスの裏側が熱い。そこから震えが駆け上る。
「ま、待て、こ、これ……」
だが隼人の肉塊は待たない。
「ン! っあ!」
肉が締まり、隼人の形をもっと感じた。竜馬の右手が己の下腹に伸びる。
「は、はやと」
戸惑いつつも、うっとりとしたような眼差し。
「こ、これ……あっ、ここの奥、が、……っん! じんじんし、て……っ、あ、あっ」
手で押さえた内側の肉がまた、締まる。竜馬の身体が小さく跳ねた。
「んぅ……っ」
悩ましげな眉の角度に気づいた隼人が腰をゆっくり動かす。竜馬の全身がひくひくと震え、甘えるような鼻声が漏れ続けた。
「ン、んあ、あっ、ああぁ」
次第にその表情がゆるんでいく。隼人は奥まで突き入れると、更に腰をすりつけて揺すった。
「あっ! あ、あぁっ!」
引き締まった下肢がうねる。隼人に食いつき、収縮する。
「あっ、はや、と! あっあっ」
「竜馬……!」
全部を攫おうとするかのようなキス。竜馬は必死でしがみつく。もう自分からどうこうできるような状態ではなかった。
「ンっ……あ、あっ、お、俺ぇ……っ、く、あぁ——っ」
腹の奥がおかしい。勝手に隼人に吸いついて、勝手に震えて溶け落ちそうになっている。
「ひ……っ」
「りょう、ま……」
隼人が苦しそうに喘ぐ。
「……手加減、できそうに、ない……っ」
腰が引かれ、ひと呼吸ののち、そのペニスが一気に押し込まれてきた。急激に迫り上がる力に竜馬の息が止まる。
「竜馬……、竜馬……っ!」
「——ッ、ッあ゛‼︎」
繋がった場所から生じた熱が腹の中を満たす。穿たれるたびに膨らみ、溢れ返る。
「あっ! お、奥……っ、あ゛っ、あ゛っ」
灼けるような熱さだった。
「ああっ!」
抜けるギリギリまで引かれたペニスが、ためらいもなく肉の間を進んでくる。かき分けられる感触の向こうに全身がぎゅうっと収縮するようなポイントがあった。二度、三度、竜馬の身体が震える。
「竜馬——りょうま……!」
隼人の苦しそうな顔が目に飛び込んでくる。
余裕のない表情。
「…………ッ」
それほどまでに求めてくれているのかと、嬉しさでおかしくなりそうだった。その感情はすぐさま肉体に伝わり、竜馬を溺れさせていく。
「あっ」
左脚を内側に倒され、横向きにさせられる。背後に隼人が回り込んだ。後ろから抱きしめられる。
「ンあッ! あッ!」
正面のときよりも深く密着する。
「はあっ、は、あ……っ、りょう、まっ」
「ンんッ‼︎」
首元に回された右腕にしがみつく。
「りょうま……っ」
うなじに舌が這い、吸われる。荒い息遣いだけでも感じるのに、名前を呼ばれると頭の中がぐずぐずになっていく。そこを容赦なく突き上げられて背中が反った。尻を突き出す格好になったところをぐっと引き寄せられる。
「……お゛、……あっ」
竜馬が大きくびくつく。
「あ゛……あ゛……っ」
腹の中が悦びに震えている。呼応するかのように、涙が浮いてきた。
「は、はや……と……」
振り向き、キスをせがむ。隼人がすぐに気づいて応えた。
「ん、ンん……っ」
隼人にすっぽりと包まれている。その肌の熱さと、身体の中心で感じる脈動が恍惚をもたらす。
ずっとこうしていたい。抱きしめられて、繋がっていたい。
「……竜馬」
「んっ」
隼人がゆっくりと腰を押しつけるように動かす。ペニスは奥に留まって、竜馬の肉と絡み合う。
「あ……あぁ」
「竜馬……」
「ふぁ……、あっ、これ、気持ちい……っ」
隼人を飲み込んでいる口、そのすぐ内側、真ん中、奥——それぞれ違う感覚を竜馬の中に吐き出す。それが合わさり全身に広がる。あちこちをくすぐって最後には頭の芯に集まり、快感の層が積み重なっていった。
「ンっ、ん」
もっと強い刺激が欲しくなる。竜馬の腰が誘うように動き始めた。
「あっ……あっあっ、ん!」
自分から尻を押しつけ、こする。
「はやとの……っ、ンっ、あっ」
「気持ちいいか?」
「んっ、きもち、いい……」
「ここか?」
「あ゛ッ」
「なあ」
「あっ! あ、あッ」
隼人は竜馬の反応を見逃さない。腕の中に閉じ込め、乱れていく様を凝視する。
「——っあ!」
一際高く竜馬が鳴いた。隼人の腰が後ろに引かれ、ペニスが抜ける。
「あ、や、なん、で……」
急に途切れた感触に、思わず抗議する。熱と涙が浮いた目で隼人を睨んだ瞬間、肉門が拡がった。容赦なくペニスが挿入ってくる。
「ゔあ゛ッ‼︎」
弾みで跳ねた身体を、抱きとめている右腕が押さえ込む。反動で太いペニスが根元まで埋まった。隼人は竜馬の左脚をぐっと抱え上げる。
「え——あ゛ッ⁉︎」
突き抜ける衝撃に絡め取られる。
「ん゛あッ‼︎ あ゛あ゛ッ!」
腰から下が溶けてなくなってしまったようだった。熱い塊が身体の真ん中をかき回す。激しくはあるが、乱暴とは違う。煽られて吹き上がった快感が広がる。
「やべっ、あ゛ッ、あ゛ッ、ひ、んあ゛——ッ」
何も制御できない。ただ揺すぶられて、流される。現実から切り離されて、隼人だけが世界のすべてになってしまったようだった。
「あ゛ッ……」
大きく穿たれたあと、がくりと隼人の上に落ちる。体重をすべて預け、びくつく以外に何もできなかった。
「りょう、ま……!」
隼人の左手が前に回る。
「あっ、ばか……っ」
数度しごかれるだけでペニスが張り詰める。すぐにでも射精しそうに震えていた。
「あ、あっ」
身悶えると挿入されたままの隼人自身に中をこすられる。どこもかしこも熱い。
「んあ゛っ、あ゛っ、これ、イクッ、だ——だめ、あ、あ、ああっ!」
竜馬の肢体が硬直した。びゅく、と白いものが吐き出される。
「ゔ、あ……っ」
隼人が根元からしごき上げると再び精液が迸った。
「あっ…………あぁっ」
頭の中がぼうっとして眩暈がする。
「…………は……はや……と」
濡れた瞳でそろそろと振り向く。
「あ……ぁ、んっ」
腰が震え、残った白濁がまた吐き出された。
「お、俺……」
唇がわななく。隼人は何かを紡ごうとする口元をじっと見つめる。
「わ、悪、ぃ……」
「……竜馬?」
竜馬はまだ燻っている火種の下から懸命に言葉を押し出した。
「で、出ちま……た……」
一緒に、と言ったのに。
申し訳なさそうに睫毛を伏せる。
「——竜馬」
隼人がぎゅっと抱きしめた。挿入ったままのペニスがまた竜馬を揺らす。
「んあ……っ」
「竜馬」
「……は……はや……ン」
口づけを交わす。
「ンぁ…………んっ」
射精そのものの解放感こそあるが、まだ熱は一向に収まらない。
それに——。
はやと、とささやく。
「好きに動いて……いい、から」
「——」
「……もっと、して、くれ……よ」
もっと隼人を感じたかった。
熱い塊がずるりと抜ける。余韻に揺さぶられ、竜馬の身体がひくついた。
再び、真正面で向き合う。
「ンあっ……」
軽く押しつけるだけで、竜馬の口は自ら肉を拡げてペニスを迎え入れた。
「ふあっ、あ——あぁっ」
覚えたばかりの快感に身体中の感覚が群がる。自分の中が隼人に絡みついている。悦んでのたうっているのがわかる。
「これ、すげ……っ、あっ、きもちい……っ」
もっと、と腰をうねらす。その動きに誘われるように、ずぶずぶとペニスが沈んでいく。
「あっあっあっ」
「りょう、ま……っ」
隼人の顔が歪む。
「く……」
腰を止めて息をつく。
「あ……ん……、はや……と……?」
「この分だと、俺もすぐにイキそうだ」
困ったように笑う。
「……あ」
その意味に気づいて、竜馬の顔が赤くなった。
「あ……え、と……その、悪ぃ、お、俺だけ……」
隼人の表情が今度は柔らかくなる。
「大丈夫だ。俺も、気持ちいい」
「ほ、ほんとか……?」
「ああ。それに」
「——ンうッ⁉︎」
腰を引き寄せる。
「——ッあ゛!」
竜馬の背が弓形に反る。
「お前が感じてくれて、嬉しい」
「……あ、あっ」
しなる身体と肉のひくつきで明らかだった。隼人の手が竜馬の肌を慈しむように撫で上げる。
「ふ……、んあ、あ……」
甘い声があがり、竜馬の瞳がうっとりと細められた。頬まで辿り着いた隼人の左手が、竜馬の唇に触れる。竜馬は自分を愛撫する手にそっとキスをした。
「竜馬」
「ン……」
「少し、我慢しろ」
「え?」
素早く竜馬の唇にキスを置き、隼人はぐっと腰を入れる。
「ん゛ッ!」
跳ねる肢体をしっかりとつかまえる。そして、竜馬が許したように自由に動く。
「あ゛——あ゛ッ」
間断なく責め立てられ、竜馬の表情が歪む。だが隼人の欲を受けとめようと、四肢を突っ張らせて健気に耐える。その姿が隼人をいっそう昂らせた。
「りょう……ま……っ!」
「ひっ、あっ……あぁッ!」
激しさに意識が削られていく。
「……ッ‼︎」
下から思いきり突き上げられ、世界が瞬間的に途切れた。
隼人にきつく抱きしめられていた。押しつけ合う肌から熱と鼓動が伝わってくる。
そして。
——隼人。
自分の中に注がれている思いを直に感じていた。
「…………はやと」
全身でしがみつく。荒い呼吸の下から、
「りょうま」
と返ってくる。
「はやと」
息の熱さを頼りに唇を探る。
「はやと」
軽く口づけると隼人も「りょうま」と呼んで唇をついばんだ。
「……」
唇が離れ、見つめ合う。その瞳には互いしか映っていない。
——隼人。
今はもう、言葉はいらない。
唇を寄せる。
「りょう——」
キスで互いの名前が溶けていく。ふたりは抱き合ったまま、幾度も口づけを繰り返した。
† † †
心地よいだるさと眠気に身を任せていると、首に人肌を感じた。
「ン…………あれ?」
目の前に隼人の左腕が突き出ていた。
「……」
もぞもぞと寝返りを打つ。反対を向くと隼人と顔を合わせる形になった。
「…………これ」
竜馬の不思議そうな顔を見て、隼人も同じような表情になる。
「何だ」
「なあ、どうやったンだよ」
「どう?」
「頭上げたワケじゃねえのに、何でこんなすんなり腕枕になってンだ?」
「何でと言われてもだな、ここに隙間ができるだろう?」
隼人が左腕をわずかに持ち上げると、一緒に竜馬の頭も動いた。
「横向きだけじゃなく、真上を向いていても頭と首のラインには隙間ができる。そこに手を差し込むだけだ」
「けど、ここの隙間よりおめえの腕のほうが太えだろ。眠っててもすぐ気づきそうなンだけどな」
「違和感があれば身体が勝手に落ち着く場所を探して動くから、手の先が入れば簡単だ。自分からこっちの胸に向かって転がってきてくれる奴もいるからな」
「え」
「一度寝入ってしまえば、意外と起きないものだ。酒が入っていれば尚更」
肘が曲げられて、その先の手が竜馬の頭を包み込んだ。
「——っ」
あのときと同じだった。鼓動が一瞬で跳ねる。
「え、と、その、あ、あれって」
「うん?」
「あ、あのとき」
同じように、隼人の唇が近くにある。
「その、やっぱ……、俺に腕枕しよう……として」
徐々に語尾が消えていく。好きだと言い合ったあとでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。我慢できずに視線を外す。
「そうだ」
右手が背中に回され、引き寄せられる。
「あ——」
額に隼人の唇を感じた。
「お前に触れたかった」
「そ……そうか、よ」
竜馬はおずおずと肌に触れ、抱きついた。胸の中にまであたたかさが広がる。隼人の左手が動いて、その指が竜馬の黒髪を撫でた。
竜馬にだけ向けられる眼差し、声、指先。その思いは想像以上に激しく、優しかった。心と身体が重なった嬉しさがふつふつと湧いてくる。
「……なあ」
余韻に浸りながら、少しだけ甘えた鼻声があがる。
「……もう一個、訊いていいか」
「何だ」
「ン。その……俺のこと」
「ああ」
「……いつから……好き、だったンだよ……?」
そろりと目線を上げる。
「ノーコメント」
「は? ンだよ、それ」
柔らかな雰囲気が急に尖る。竜馬の唇もつんと突き出る。
「ここまで好きだの何だの言っておいて、そりゃねえだろ」
「なら、お前から先に言えよ」
「はぁ⁉︎ やなこった」
「なぜ言えない?」
「あ⁉︎ 俺が先に訊いたンだろが」
「さてはひと目惚れか」
「……ッ」
「だから、負けた気になって言えないんだろう」
「なっ……なっ……」
竜馬の顔が真っ赤に染め上げられていく。
「そうなんだろう?」
隼人は笑いを噛み殺す。
「て……っ、てめ、え」
左足の踵で隼人のふくらはぎを蹴る。
「い、いい加減なこと抜かすな!」
更にもう二発、蹴りを入れる。だが体勢ゆえにあまり効いていないようだった。
「おめえのほうが先にひと目惚れしたンだろが」
「——」
「絶対ぇそうだろ」
「ノーコメントだ」
「涼しい面したってダメだかンな。余裕ねえからそうやって誤魔化そうとしてンだろ。絶対ぇおめえのほうが先だ」
「意地っ張り」
「う、うるせえっ!」
「さっきまで素直だったのにな」
「自分だって意地っ張りだろが! おまけにひねくれてて負けず嫌いでむっつりじゃねえか!」
一気に並べたて、上目遣いで睨む。
「もし俺がひと目惚れだったとしても、隼人よりあとだかンな!」
「俺よりも、あと?」
「おうよ!」
ふす、と鼻息が荒くなる。
「俺がいつおめえに惚れたとしても、おめえはそれより前に俺に惚れてンだよ! 絶対ぇそうに決まってる!」
一瞬きょとんとした隼人だったが、すぐに口の端に笑みを浮かべた。
「そういうことにしておいてやろう」
「わっ」
竜馬を強く抱きしめる。
「こんな意地っ張りなら、そう悪くもない」
そうして、何か言い返そうとしている唇をキスで塞いだ。