口は××の元

新ゲ隼竜R18

隼⇄竜。つきあってません。
シャワー上がりにロッカールームで隼人に迫られる竜馬のお話。
・ロッカールームは四方に扉があり、それぞれ研究棟・スフィア・格納庫に繋がっており、一方はシャワールームという設定。パイロット以外も使えますが、何となく他の所員はあんまり使ってないイメージ。
・隼人が竜馬のマフラーを嗅いでいるシーンがあります。マフラーは萌黄色と表記しております。
・竜馬はシャワー上がりのため、素っ裸です。隼人に身体を押しつけられて腿で局部を刺激されるシーンがあるためR18です。あからさまな性描写はないのでご了承ください。
・キスしたか未遂かはお任せします。
・タイトルの「××」は「バツバツ」でも「ぺけぺけ」「うにゃうにゃ」とかでもいいです。また、「好き」「キス」「負け」など話のイメージに合いそうな言葉があれば読み替えていただくのも大歓迎です。
約6,000文字。2023/4/29

◆◆◆

 シャワールームから出た竜馬は置き物と化す。跳ねた髪の先から雫が落ち、筋肉に沿って流れていく。首に掛けられたタオルは役目を失っていた。
「……な」
 全裸であんぐりと口を開け驚愕している竜馬に比べ、パイロットスーツに身を包んだ隼人の顔色はまったく変わらない。まるで阿呆の様子を観察するように、冷静な流し目をくれていた。

 ただし、竜馬のマフラーに鼻先をうずめて。

「て、てめえ——」
 数秒ののち、ようやく竜馬が気色ばむ。一歩踏み込んで声を荒らげた。
「ふ、ふざけンな! 何しやがる!」
「……何、とは」
 事もなげに返され、完全に頭に血が上る。
「それだよ!」
「人を指差すな」
「う、うるせえっ! てめえこそ人のマフラーに何しやがる! ヘンタイ!」
「何もしていないだろう」
「しっ、してるじゃねえか! 返せ! 泥棒!」
「人のロッカーに勝手に入れておいて、泥棒呼ばわりとはな」
「はあっ⁉︎ そっちこそ人のロッカー勝手に開けて、何言って——」
 肩をいからせ、萌黄色の相棒を取り返すべくずんずんと歩く。だがネームプレートを見て勢いは止まってしまった。
「…………」
 マフラーの端はまだロッカーの中にあった。『神隼人』のロッカーの中に。
「わかったか」
 隼人の淡々とした声が流れる。むしろ勝ち誇った言い方と表情をしてくれたほうがやり合えるのに、感情が見えないせいで怒鳴り返す一瞬の機会を逃す。
「…………返せよ」
 マフラーをひったくる。
「……だからって、ニオイ嗅いでンじゃねえよ」
「確認しただけだ」
「何のだよ」
「汗臭いと、俺のに移るだろ」
「てめえ、次から次へよくベラベラと」
「自己紹介か?」
「うるせえ! 間違って入ってたからって、勝手に嗅ぐンじゃねえよ!」
 隣り合うロッカーを開ける。クリーニング済みの作業着が予備を含め二着、吊るされていた。網棚の籠にはタオル、替えの下着とシャツが二組。これで部屋まで戻ることなく帰投後すぐにシャワーを浴びられる。インナーなど個人的な衣類は自分で洗うためにランドリーバッグに入れるようにしていた。
 目線を下げて気づく。
「あ——」
 慌てて隣を覗き込む。無造作に脱ぎ捨てられたパイロットスーツが入っていた。それから、下着も。
「……ッ!」
 隼人を押し退け、回収する。急いで自分のロッカーに放り込み、封印するように勢いよく扉を閉めた。
「くそっ!」
 きょろきょろと辺りを見回す。回収用のボックスはやはり見当たらなかった。
 いつもなら作業着など支給物の洗い物と、パイロットスーツ専用のランドリーボックスがある。それらはクリーニングに回され、パイロットスーツは摩耗のチェックを受けて再び出撃を待つ。ところが今日に限っては通常のランドリーボックスしかセットされていなかった。たまにはそういう日もあるだろうし、なくても重大な影響が出るものでもない。さっさと汗を流したい気もあり、脱いだものをロッカーに突っ込んでシャワールームへ急いだのだった。
「……まさか」
 隼人を睨む。
 ——コイツならありえる。
 竜馬の目つきが何を言い表しているのか伝わったのだろう、隼人はニヤリと笑う。
 ——だったら?
 そう、聞こえてくるようだった。
「ガキみてえなことしてンじゃねえぞ」
「何が?」
「どうせおめえが——」
 言いかけて、やめる。
 隠して何になるというのだ。竜馬がここのシャワールームを使う確率は百パーセントではない。それに、ボックスがなかったといって必ずロッカーを間違えるものでもない。確かに、ロッカーはずらりと並んで竜馬が一番端でもないから、間違える可能性はある。ただ、反対側のロッカーを使うかもしれなかった。
 やりかねないと思ってはみたものの、よくよく考えてみれば偶然の重なりに過ぎない。
「……チッ」
 全部を無理に繋いでまで責める気はなかった。
「それより」
「あン?」
 急に隼人が間合いを詰める。顔がぶつかりそうなほどの遠慮のなさに、竜馬は思わず半歩下がる。
「——ンだよ」
「勝手に、でなければいいんだな?」
「…………は?」
「竜馬」
 声が近づく。おかしな空気を感じて身体を引くと、背中にスチールの冷たさが当たった。素早く隼人の腕が逃げ道を塞ぐ。
「な——」
「竜馬」
 動きにためらいは見えない。竜馬の首からタオルを取り去り、床に放る。
「え……」
 首元に隼人の髪の毛と鼻先が触れた。竜馬の身体がびくりと跳ねる。
「は……っ? え、あ?」
「お前がどんな匂いか、知りたかった」
「……ッ⁉︎」
「だから、我慢できなかった」
 言葉が発せられるたびに唇が肩に触れる。
「くすぐっ……、あ、やめっ」
 怒鳴ろうと息を吸い込む。
 同時に、隼人の匂いに襲われる。
「…………っ」
 眩暈がした。
 いつも思っていた。

 隼人はどんな匂いがするのだろうかと。

 すれ違うときに感じていたほのかな香りは、経歴とは違って穏やかで、見た目とも違って優しかった。ただ、それがシャンプーのものなのか、衣類からのものなのか、それとも隼人自身からなのか、まったくわからなかった。
 今はその香りが密度を増して——さらには汗と混じり合って——自分を包んでいる。淡いどころか力強くて、搦めとられる。オスの匂いだと本能的に悟った。
「知りたい。……匂いも、味も、形も」
「……っ⁉︎」
 ふ、と隼人の唇から零れる。妙に熱のある吐息は竜馬の肌を撫でて、その下にぞわりとした感覚を植えつけていく。
「や、やめ……、ン!」
 鼻先ではない。唇の柔らかさだった。竜馬の顎が上がる。身体をよじると、隼人が追いかけてきた。
「あ……っ」
 首筋に、明らかにキスとわかる感触。瞬間、竜馬の腰の奥が小さく疼く。
「く、ン……ぁ」
 ちゅ、とすぐ間近から聞こえた。
 ——なん……だ、よ、これ……。
 隼人が、自分にキスをしている。あの隼人が。
 現実とは思えずに、自由を許してしまう。すかさず隼人が身体を押しつけてきた。
「ん、な」
 直後、竜馬の目が見開かれる。
「……っ、な、な」
 わなわなと震える。だが隼人は意に介さず、さらに腰をすりつけてきた。
「てめ……っ、なんてモン、や、やめ」
 右の下腹付近に違和感があった。
「……ッ!」
 間違いない。意識した途端、当たっているそれも硬度を増す。
「……竜馬」
「ひっ……」
 腿の間に隼人の右脚が割り込んで、ぐい、と竜馬を煽った。
「あ、やめ……っ」
 パイロットスーツの滑らかな生地は、シャワー上がりの汗ばんだ肌と接してもほとんど摩擦を起こさない。竜馬の肌を無理に引っ張ることなく、隼人の動きを伝えてくる。
「待て、っふ、あぁ……っ」
 声をあげてからギッと噛み殺す。しかし聞こえていないはずもなく、隼人からくぐもった笑い声が漏れた。
「お前が、引鉄ひきがねを引いたんだぞ」
 吐息と低い声に撫でられて、ぢり、と脳の奥が痺れる。
「りょうま」
「——ッあ!」
 耳の縁を食まれる。状況を追うのが精一杯で、抵抗も逃走も選択できない——選択肢すら頭に浮かぶ余裕はなかった。
「……あ、や、やめ……、んっ」
 完全にロッカーに磔にされる。ひやりとして固い扉と筋肉質な隼人の身体に挟まれる。パイロットスーツを通して体温が染みてきた。
「あ、あし……っ、動かす、な……ぁ、あっ、あっ」
 反射的に爪先立ちで腰を浮かせ、逃れようとする。だが隙間ができると容赦なく隼人の脚がねじ込まれてきた。
「あ、あ」
 ——やべ……え。
 隼人の匂いと、吐息と、唇。それに体温と、直に伝わる筋肉の動き。十分過ぎた。
 竜馬のそこも反応を始める。隼人の脚がぴたりと止まり様子をうかがうと、すぐにまた刺激を与えるように動き出した。
「ンあっ、あっ」
 震えが大きくなる。腰が落ちそうになり、隼人にしがみつきたいのを必死でこらえる。
「竜馬、ここに——キスしたい」
 唇に隼人の指が触れた。
「…………竜馬」
「——っ!」
 頬にキスが降る。そこから徐々に滑り落ちてくる。
「……っ、ぁ、あ……っ」
 くすぐったさと淡い快感が広がる。もう隼人の口づけはすぐそこにあった。わずかでも顔を右側に向けたならば、唇の端が触れ合う。
 竜馬は息を止め、目蓋を固く閉じる。動けない。「竜馬」と呼ばれるたびに、身体が熱くなって、その熱で頭の中が溶けていくようだった。
「竜馬」
 幾度目だったろうか。時間の経過もわからない。下腹部から迫り上がる甘い痺れにくずおれてしまいそうな頃だった。
 ふと、隼人の唇が離れた。冷めた空気が頬を撫でる。
「…………?」
 続きはない。
 恐る恐る睫毛を上げる。強く瞑り過ぎていたせいで視界がぼやけていた。短い間隔でまばたきを繰り返し、ようやく焦点が合う。
 竜馬の洗い髪から伝わったのだろう、隼人の前髪は濡れていた。その髪の隙間から視線を感じ、目を合わせ——ぎょっとする。
 ——な……。
 初めて見る表情だった。
 わずかに困ったような顔つき。不安、迷い、自信のなさ。
 そういった言葉がまさしく合致する。
「…………はや……と……?」
 ——もしかして。
 本当に、許しを待っていたのか。
 からかいや気まぐれなどではなく、本気で竜馬を求めているのか。
 ——嘘……だろ?
 目的のためには手段を選ばない。強引なのは竜馬も同じだったが、隼人は真正面からではなく、その頭脳ゆえにときには小狡いやり方も躊躇なく推し進めるような人間だと思っていた。もちろん、強引さで押し切る場合は竜馬よりも容赦のない手口を選択する非情さを持っていると思っていた。
 それなのに。
 竜馬が「いい」と言わないから、諦めたのだろうか。
「……」
 自覚しているのかいないのか。先程と変わらない、乞うような眼差しで竜馬を見つめている。欲しいなら、簡単に奪える立場にいるはずなのに。
 ぞくり、と脳の裏側に震えが走る。
「……は」
 追い詰められて速くなっていた鼓動が、今度は興奮で沸き立つ。自分が隼人の手綱を握っているのだとわかり、悪戯心が目覚めた。
 瞳が開き、自然と口元がほころぶ。隼人の表情に不審げなものが加わった。
「……なあ」
 逆に、視線で隼人を縫いつける。
「俺が『嫌だ』って言ったら?」
 くふ、と思わず笑う。
「おめえ、それで引き下がるような野郎だったっけ」
 焚きつける。
「——」
 一瞬の間ののち、隼人の瞳に次々に現れる感情。
「へ、へへ……」
 ぞくぞくする。
 揺らいでいる。あの隼人が竜馬の言葉に心を乱されている。
 ——これ、たまンねえ。
 いつも冷ややかな目と態度で上から指図してくる。もっと近づきたいと思う反面、スカした態度は気に入らなかった。頭脳では敵わないから、どうにかして高慢な鼻っ柱をへし折ってやりたかった。けれども、いくら煽っても乗ってこない。今、目の前にいるのはその隼人とは別人だった。
「あンだよ、普段はクールぶってやがっただけの、小心者かよ」
 わかっている。これは挑発だ。隼人は必ず乗ってくる。こうまで言われて、引き下がれるわけがない。根は自分と同じ負けず嫌いなのだ。
 単にやり込めたいだけなら、隼人を真似て淡々と「やめろ」でも「放せ」でも言えばいい。拒絶になす術をなくして引き下がるだろう。
 けれども、仕返しをしないではいられない。
 煽って、その気にさせて、それから——。
 ——されっぱなしは好きじゃねえ。
 好戦的な言葉と目つきに、隼人の瞳にもギラつきが宿る。
「……言ったな」
「だったら、どうすンだよ」
 互いに視線を外さない。ターゲットを見定めた証にニヤリと笑い合う。

 まるで初めて会ったあの夜のように。

「決まってるだろ」
 隼人の唇が近づく。
「——」
 竜馬は身じろぎもしない。隼人から零れた微かな吐息が先に唇を奪う。次いで、空気を伝わって熱が。
 それからふたりの唇が重なる瞬間——。

   †   †   †

「入るぞー」
 ノックと呑気な掛け声のあとで扉が開く。
「あれ? 何だ、おまえらまだ入ってなかったのか?」
「俺はもう上がっ——」
 キュルキュルとした妙な音に、ボクサーパンツ姿の竜馬が振り向いた。
「……それ」
 鳴っているのはランドリーボックスのキャスターだった。
「さっきから聞こえてた変な音って、これか」
「セットすんの忘れたから持っていってくれって言われてよぉ」
 弁慶はボックスをいつもの場所にセットする。
「これでいいな」
「ったく、これのせいで」
「ん?」
「……何でもねえ」
 むすりとしながら服を着る。それから丸めた戦闘服一式を回収ボックスに放り込んだ。弁慶はその様子を黙って眺め、隼人をちらと見、また竜馬の表情をうかがった。
「お前、また隼人と喧嘩してたのか」
「はあ⁉︎ ンで俺なんだよ!」
「だって、けしかけるのはいつもお前だろうが」
 さも当然のように言われ、竜馬はもっと不機嫌な顔つきになる。
「図星だろ」
「ちっげえよ! 元はと言えば隼人が——」
 続きを呑み込む。発端を探られたら「やっぱりお前が原因じゃないか」と言われるのは目に見えていた。それに、話せそうな部分を拾ったとしても、どこでボロが出るかわからない。今は口をつぐむのが正解だった。

 あのやりとりは秘め事でなければいけない。

 視線を感じて顔を向ける。
 隼人の眼差しがまっすぐに竜馬をとらえていた。
「……あンだよ」
「いいや」
 ふ、と余裕のある笑みが隼人の唇に浮かんだ。ふたりきりのときに見せた、許しを乞うような切なさの滲む隼人はもういなかった。
「てめえ、いい気になンじゃねえぞ」
 黙っていられなくて突っかかる。
「だったら、どうする?」
「……っ!」
 自分が放った言葉と同じに返されて、カッとなる。
「ンなろぉ! 吠え面かかせてやるからな、覚えてやがれ!」
 指差しで啖呵を切って踵を返す——と隼人が愉快そうに笑った。
 振り向けば、とらまえた獲物を吟味するような視線にぶつかる。
「…………っ」
 舐めるように見つめられ、やっと静まろうとしていた熱が再びうねり出す。

「忘れるものか」

 隼人は竜馬にしか通じない執着のこもった声で、ひと言呟いた。