7Days Distance

新ゲ隼竜R18

つきあってます。
今一つ踏み出せないでいる竜馬が7日かけて初夜に辿り着くお話。
つきあい始めてまだ日が浅く、ぎこちなさが勝ってなかなか初夜に至らないふたり。
竜馬は「初めてでうまくいかないと隼人に悪いし」と変な気を回してこっそり大人のおもちゃを購入してひとりで慣らそうとします。でも隼人に見つかり道具を取り上げられ「代わりに俺がしてやる」と言われます。
キス、ボディタッチから指で慣らして最終的に挿入に至るまでの7日間です。竜馬寄り視点。約42,000文字。

以下を確認のうえ、楽しめそうな方はどうぞ。
【注意】
・隼人から告白した前提。もともと両片思い。
・竜馬が割と緊張しいで恥ずかしがり屋です。そのため、初めてアナル舐めされた夜は記憶飛ばします。
・竜馬からフェラするシーンがあります。
・短めだけど竜馬の自慰シーンあり。数行程度ですがベッドに体をこすりつける床オナニーもどきの描写あり。前も少しだけ触るけどアナニーメイン。
・感度のよさ、隼人とすけべなことをしている事実、隼人のテクニックが合わさって、最終的に竜馬は中でイキ散らかします。
・トコロテンあり。
・隼人優しめ。ただし状況により多少のS味あり。基本的に慣らし最中の隼人はTシャツに作業着ズボンの格好。
・挿入はゴムあり設定。
・プレイ内容はスタンダードですが、括りとしては広義の開発モノかと思います。
・前立腺を刺激する道具の総称として「エネマグラ」と呼称しております。なお、作中ではディルドやエネマグラの使用はありません。
・日によって文章量にバラつきがあります。
・冒頭部分とDAY1は同日です。

※1/26 自慰のシーン、竜馬の体勢がわかりにくいと思ったので「身体の前から手を回し、」と付け足しました。

※長めなのでジャンプできるようにしました。
Close Yet Far
DAY 1
DAY 2
DAY 3
DAY 4
DAY 5
DAY 6
DAY 7
Zero Distance

◆◆◆

 Close Yet Far

 竜馬はベッドの上に並んでいる「大人のおもちゃ」を前に、難しい顔をしていた。
「ンなモンほんとに挿入はいるのかよ」
 男性器を模したあからさまな道具。形状は自分のモノで見慣れてはいるが、それが自分の尻に埋まるところは想像ができなかった。
「……まあ、こんぐれえならありだよな」
 唇を尖らせながらエネマグラを手に取る。Tの文字を逆さまにしたような形で、ディルドよりも小さい。全体的に丸っこく、見た目にもハードルが下がる。すんなりとはいかずとも、こちらはどうにか挿入りそうだとは思った。
「んで、気持ちよくなるってか?」
 複数の通販サイト、アダルト系動画サイトで使い方をチェックしてみた。パフォーマンスも混じっていたかもしれないが、あれらが全部演技とも思えない。ただ、感じるためのコツは必要そうだった。
「どんなモンか知らねえけど……慣らす分にはいいか」
 アナル用ローション二本とコンドーム一箱も一緒に購入した。なくなる前には慣れるだろう。というか、慣れなければ。行為に及ぶ前にしなければいけないことも、ひと通り確認したし試してもみた。正直、面倒ではある。だが何も準備がないままだと、きっと困らせる。
 あまり煩わせたくない。
「……」
 何もかもが初めてだと知ったら引くだろうか。ぼんやりと想像する。こちらを向いている目が、だんだんと冷めていくところは見たくなかった。
「ああ、やめだ、やめ!」
 面白くないことを考えてもしょうがない。ひとまずこれを試してみよう。
 竜馬がその気になった瞬間だった。突如、インターホンが鳴る。
「い゛ッ⁉︎」
 心臓が跳ね上がり、危うくエネマグラを放ってしまいそうになった。
「う……な、誰だよ……!」
 が悪いとはこのことだ。竜馬はベッドから降り、扉に近づく。その目が大きくなった。
「げっ」
 振り向き、視線をさまよわせる。デスクの引き出し、衣装ケース、ベッドの下、洗面所、シャワールーム。
「あっ、あ、くそっ」
 いつになく狼狽する。タオルケットをまくり上げ中に隠すが、不自然に盛り上がってしまう。慌てて箱類をデスクの一番大きな引き出しに投げ込む。続いて道具本体を入れようとしたが、剥き出しでいいものかと一瞬迷う。逡巡していると再びインターホンが鳴った。仕方がないのでおもちゃはそのままベッドの中に隠し、念のため上着をかぶせた。だがどうも「覆っています」感が拭えない。作業着をぐしゃりとやり、さりげなく脱ぎ捨てたように装った。
 ドアパネルに駆け寄りながらタンクトップの裾をズボンから引っ張り出す。そうしてふたつ深呼吸をしてからロックを解除した。
「よ、よお」
 隼人の首がわずかに傾ぐ。
「え、と、便所にいたからよ」
 頭をかいてへへ、と笑ってみせる。これなら不自然ではないだろう。
「そうか。入るぞ」
「おう」
 たぶん、誤魔化せた。ふう、と小さく息を吐く。
 滲み出る焦りも気まずさも恥ずかしさも、おかしくないはずだ。恋人が訪ねてきたときにトイレにこもっていた間の悪さは印象づいてしまうが、そんなのはこれからつきあっていけばいくらでも起きる。どうってことない。
 それよりも——。
 部屋の奥に視線を走らせる。竜馬の部屋にはくつろげるスペースはベッドの上しかない。あそこに座られては困る。
「とりあえず、これにでも座ってろ」
 小走りで追い越し、さりげなくデスクチェアを引っ張って押しつける。
「何か飲むか……って、コーラと牛乳しかねえけど」
「いや、いい」
「おう」
 自分は上着を避けてベッドの端に座る。椅子に座った隼人と向かい合う。何だか奇妙な光景だった。
「え、と」
 何をどう切り出せばいいのか。直視できない。
「その……どっちの用だ?」
 落ち着かない視線で、竜馬にしては曖昧な言い方をする。
「どっち?」
 鸚鵡返しにしてから意味に気づいたようで、隼人は同じように目を泳がせた。
「……プライ……ベートなほうで」
 遠慮がちに言い淀む隼人は滅多に見られない——というよりも、竜馬のほかに知る人はいない。
 最初に好きだと告げたのは隼人のほうだった。つきあってくれと続けて言われ、現実感のなさと密やかな恋が成就する瞬間を目の当たりにし、ぼうっとしている間に口から「いいぜ」と勝手に零れていた。隼人は断られるとでも思っていたのか、驚きに切れ長の目を見開いて、
「その……本当にいい、のか……?」
 と、らしくなく動揺した姿をさらしたのだった。
 それから二週間が経とうとしていた。キスもして抱きしめ合ったけれども、そこから先へは進んでいなかった。どちらかの部屋に行きはするものの、そういう雰囲気・・・・・・・になると互いに動きが止まり、遠慮してしまう。気まずさに竜馬がもじもじし始めた辺りに、隼人が「また今度にするか」と言うのが決まりになってきていた。
 ——たぶん、俺のせいだよな。
 隼人に気を遣わせている。他人に遣うような気を隼人が持ち合わせているか、というのはさておき、竜馬に対しては少なからずその意志を尊重してくれているようだった。
 ちろりと目線だけを動かす。
 ——あ。
 前髪の隙間から目が合う。感情を含んだ瞳。その眼差しにあてられて、竜馬の心も波打ち始める。
 どきどきと速いテンポの鼓動を抱え、何を話そうと思案していると隼人から切り出してきた。
「一度、今後のことについて話しておいたほうがいいと思ってな」
「え……」
 どくん、と鼓動が大きくなった。
「そ、それって」
「俺はお前を抱きたいと思っている」
「は……」
「セックスしたいと言っている」
「セッ——」
 直球な物言いに一瞬、息が止まる。緊張にまばたきを繰り返しながらも、心の中でほっとする。
 ——別れ話じゃなかった。
 なかなか進まない関係に「距離を置きたい」とでも言われるかと身構えた。そうでなくてよかった。
 安心すると同時に、本来の問題に直面する。
「えっと、その」
「お前がその気になるまで待つ」
 隼人の視線を浴び、再び胸が鳴る。
「だから、無理はしなくていい」
「お、おう」
 ——やっぱ、俺に遠慮してたンだ。
 大事にしてくれるのは嬉しかったが、その心を見ないふりをしているようでもあり、どことなく居心地が悪い。せめて今の心を伝えておこうと、竜馬も口を開いた。
「俺も……俺も隼人と……したいと思ってる」
 顔が熱くなる。もじ、と指が動く。どのくらい待って欲しいと言えばいいのだろうか。
「だから、その」
 ふと俯くと、隼人が立ち上がった。
「竜馬」
 右頬にぬくもりが触れる。誘われるように顔を上げると、唇が近づいてきた。
「あ……」
 柔らかな感触に目を閉じる。もう何度もしていたキス。その中でも、最初のキスと同じくらいに優しかった。
「……」
 軽い口づけだけでぬくもりは離れていく。すぐに訪れる小さな寂しさに思わず竜馬の目が縋る。その表情に隼人は息を呑み、もう一度キスをくれた。
「ん……ん」
 微かな甘え声が漏れる。隼人はその音も逃がさないようにキスを深くしていく。
「んっ……ふ、んぅ」
 隼人の舌の感触がする。下唇の内側を舐められて、舌先をくすぐられる。ふる、と身じろぐと、もっと舌が入り込んできた。
「——っん!」
 くちゅくちゅと自分の中から聞こえてくる。まだキスだけなのに、十分に刺激的だった。
 ——気持ちいい……。
 身体の力が抜けていく。ふわりと浮いた気がして隼人の上着をつかむ。両肩に手を感じたのも束の間、ベッドに押し倒された。
「……まだだったら、言ってくれ」
 ——どうする?
 一週間もあればいいだろうか。いや、長過ぎるだろうか。
 考えているうちに沈黙は許しだととらえたのか、隼人の唇が下りてきた。
 ——やべ。
 全身が緊張する。左手のすぐ先に例のブツがある。
 ——何とかしねえと。
 今はまだ準備ができていないと追い返したほうがいいだろうか。それが一番自然で、隼人を傷つける可能性が低い。
 ——そうしよう。
「あ、あのよ」
 声を発したのと、隼人の右手が竜馬の左手を覆ったのは同時だった。
 隼人の動きが止まる。
「俺、今日はまだ準備ができてねえ……って……隼人?」
 その目は竜馬を向いていなかった。
 ——え?
 視線を追って行き止まった瞬間、心臓がひゅっと縮み上がった。たとえ相手が抜き身の刀を持っていたとしても、異形の鬼が迫ってきても、そんなことはただの一度もなかったのに。
「————ッ」
 隼人の指先が上着に隠された形状をなぞっていた。竜馬は何もできず固まっている。
 指は往復を繰り返したあと、もっとはっきりとした形を求めて握られた。手が動いて全体を探る。それから作業着の下に潜り込み、同じように動いた。
「……これは?」
 訝しい、というには険し過ぎる表情だった。
「……ぅ」
 咄嗟に目を逸らすこともできず、かといって誤魔化す言葉も持たず、竜馬はただ呻く。
「見させてもらうぞ」
 身体を起こすと素早くタオルケットをめくり上げる。竜馬が起き上がる間もなかった。顔つきがさらに険しさを増す。眉間には深い縦じわまで刻まれた。
「……」
 無言で黒色のディルドを取る。なぞって形状を確認し、さっき触れたのはこれだと確信を持ったようだった。
「これをどうするつもりだった?」
「——そっ、そのっ」
 声が裏返る。
「俺がこれを、お前に使えばいいのか?」
「い、いや、そういうことじゃなくてよ」
「なら、どういうことだ」
「ゔ……」
 隼人の目が向けられる。張り詰めて、静かに青い炎が燃え盛っているような迫力だった。

「この前、おめえの部屋で」
 帰りを待っていた。暇で身の置き方がわからず、悪いとは思いつつもヘッドボードの小物入れやらサイドテーブルの引き出しやらを覗いていた。そのときコンドームとローションを見つけて、頭の中が真っ白になって逃げ帰ってきたのだった。
「わ、悪かった」
 勝手に漁ったことも、内緒にしていたことも。だが隼人は「問題ない」と受けとめた。
「お、おう」
「それで、これとどういう関係が?」
「う、ええと……その」
 言いにくいし言いたくないけれども、こうなってしまった以上はきちんと説明しなくてはならない。
「は、初めてでうまくいくかわかンなくてよ、その、ネットでいろいろ調べてて」
 言葉を切り、ごく、と唾を飲む。
「……その、キツいと挿れるほうも痛えし気持ちよくねえって…………それで、は……挿入らねえと悪ぃし」
「……」
「だから、その……」
 並んでいる道具にちらりと視線をやって、睫毛を伏せた。
「じ、自分で慣らしておこうと思って」
 ぎゅっと口を引き結ぶ。ここまで言えばいくら何でもわかってくれるはずだ。
 しんとした時間が流れる。
 ——こ、これ。
 どうにもいたたまれない。
 耐えきれずそろそろと目蓋を開け、視線を上へ向ける。
 ——あ。
「ふざけるな」
 隼人の目がつり上がっていた。
「勝手な真似をするな」
「なっ」
「俺に黙って——」
「勝手って何だよ! お、俺の勝手だろうが! 俺の身体だ!」
「それで恋人に黙って、ひとりで尻の穴を開発しようってか」
「なっ、ンな⁉︎」
 身も蓋もない言い方に竜馬の顔が赤くなった。
「べっ、別にカイハツとかそういうんじゃねえし!」
「俺がしてやる」
「え」
「お前が挿れていいと言うまで——怖いなら、怖くなくなるまで、時間をかけてほぐしてやる」
「は? え? そ、それって」
「知らない間に、あんなオモチャにお前の初めてを奪われてたまるか」
「え、な——」
 竜馬が固まる。
「は、初めてって……」
 耳も首筋も真っ赤になる。隼人の右手が尻に伸びてきた。
「ン゛ッ⁉︎」
 中指が割れ目に押し込まれ、その部分を服の上からこすられる。
「あ、ちょっ……ンっ!」
「このオモチャは俺が預かる」
 左耳に吐息がかかる。
「て、てめ……っ、道具に嫉妬して……っ、ん!」
 肌に唇が触れる。
「ん、ん……っ」
 隼人の唇が滑り、キスが落とされていく。くすぐったくて、あたたかくて、気持ちいい。その唇が動きを止めて、
「そうだ」
 とささやいた。
「——」
 隼人の目を見る。竜馬だけを一途に見つめている瞳。強い眼差しが苦しげに細められた。まるで「俺だけを見ていろ」と言われているようで、胸の中がぎゅっとした。
「あ……」
 思わずしがみつく。
「——竜馬?」
「な、何か、やべえ」
 さらに強く抱きつく。隼人の腕が抱きしめ返してきた。
「どうした?」
「い、今の……」
 胸が高鳴っている。
「……すげえ……嬉しい」
 独占欲を隠そうともしない。まっすぐに求められるのがこんなにも嬉しいとは思いもしなかった。
「隼人、好きだ」
「…………竜馬」
「だから……おめえに任せる」
 たくましい身体が一瞬、怯むようにびくりと震えた。それが誠実の証に思えて、嬉しい。
「……いいんだな」
 大きな手のひらが背中を撫でる。竜馬はその熱を感じながら頷いた。
「隼人」
 顔を引いて、恋人の表情を確かめる——と、竜馬の目に驚きが浮かんだ。
「おめえ」
 隼人が顔を背ける。
「照れてンのかよ」
 返事はない。だがほんの少しだけ肌に赤みが差しているのを見つけて、竜馬が微笑む。
「……好きだぜ」
 それから頬にキスをした。

   †   †   †

 後ろから抱きしめられ、竜馬は柄にもなく隼人の脚の間で縮こまっていた。
「毎晩、少しずつ慣らしていくからな」
 そう言われ、嬉しいのと申し訳なさと不安が混じり合ってどうしていいかわからなかった。
「あっ、あのよ……っ」
「何だ」
「や、やっぱ時間もかかって面倒だしよ、痛くても死ぬワケじゃねえし、も、もうヤッちまおうぜ」
 面倒だろ、と訊けば絶対に「面倒じゃない」と返ってくる。竜馬がしたいのだと伝えれば、きっと納得してくれる。
「な。まどろっこしいことしてねえで、せっかくつきあってンだから、さっさとヤッちまおうぜ」
 身体に回されている隼人の腕に自分の手を重ねる。
「な」
 指先で撫でて誘う。だが「駄目だ」とぴしゃりと返ってくる。
「『任せる』と言ったのはお前だ」
「けど」
「不安を感じているなら、取り除いてやる。それに」
 襟足の隙間を縫って、唇がうなじに触れる。
「ンっ」
「……お前がどんなふうに乱れていくのか、じっくり見たい」
「ん、ん……っ」
 隼人の指が服の上を滑る。
「気持ちよくしてやるから、俺に任せろ」
 強引ではないが、迷いなく導く明確さで言い切った。
「は……隼人……」
 右手に、自分の右手を重ねる。
 ——あ。
 違和感に気づく。慌てて目線を落とす。
「……っ」
 爪が切り揃えられていた。
「竜馬?」
「…………これ」
 竜馬にとっての拳と同じく、信頼できる自慢の武器だったはずだ。それが深爪と呼べるほどに短く、爪の先も丸く滑らかになっていた。皮膚を切り裂くどころか薄布ですら毛羽立たせることも難しいのではないか。
「もしかして、俺のために」
 拳が握られて、竜馬の視線から爪が隠される。
「——」
 両の手で隼人の右拳を包み込む。
 いつからだったのか。今の今まで気づかなかった。
 ——隼人。
 さっきから感情が波打ったり膨らんだり震えたりしている。気を張っていないと溢れ出てきてしまいそうだった。
「……竜馬」
 また、うなじにキスが触れる。ふ、と竜馬から吐息が落ちた。
 首から肩口にかけて小さな口づけが繰り返される。今から新しい関係が始まるのだと思うとためらいがある。けれどもそれはもちろん嫌悪や拒絶ではなく、未踏ゆえの一歩目だからだ。その証拠に、ためらいの向こうに期待がある。鼓動が騒がしい。
 隼人、と恋人の名前を呼び、竜馬は目を閉じた。

 

 DAY 1

 緩急と強弱を自在に操る隼人の手によって、服の上からでも気持ちよさを感じていた。腿と腰を何度も撫でた手は今は上肢に伸びている。
「ふ……、ン、……ん」
 ほとんど脂肪のない肉体は刺激をダイレクトに受ける。布に覆われていてもひくついているさまは隼人にも伝わっているだろう。
「ン、あ」
 全身が敏感になっている。薄い快感のヴェールをまとっているようで、隼人が触れると細波さざなみが立ち、柔らかく流れ、心地よかった。こんなふうになら、ずっと触られていたい。そう思っていると隼人が身体をずらしてきた。
 今度は横向きに、隼人の両脚の間に挟まれる。くっついていた背中が少し寂しくなったが、その分唇が近くなった。
 ——隼人。
 見上げる。すぐに唇が下りてきた。
「ん、ん……」
 キスをしながら隼人の指先を感じる。腕を優しく撫で、鎖骨をなぞっては首筋をくすぐる。ひくりと反応するとその場所を何度も行き来した。
 時折、竜馬の表情を確かめるために隼人が顔を引く。真剣な眼差しが竜馬を搦めとる。
 そして、
「りょうま」
「……っ」
 声でとろけさせる。
 はあ、と竜馬の口元から吐息が零れた。隼人は見逃さず、唇を重ねる。
「ん、ン」
 竜馬の手が恐る恐る伸びて、隼人の腿に置かれた。ぎこちなくさする。もっと触れていいと、そして自分も触れたいのだと告げるように。
 隼人の手が重ねられる。
 それからまた、肌の上を移動していく。気持ちよくて、もどかしい。
「そ、その」
 竜馬が言いかけて口を噤む。
「……ン」
 視線が俯いた。隼人が頬にキスをして促す。
「その」
 肩をすぼめる。顔が赤らんでいた。
「ン、その…………ふ、服、は」
 首筋まで真っ赤になってしまう。まるで脱がされないのを不満だと主張している気になって、続きは言えそうになかった。
 普段はあんなにも強気な言葉の応酬をしているのに。恥ずかしくて情けなくて、目を閉じてしまう。
「脱がしていいのか」
 隼人の口元に笑みが浮かぶ。竜馬は逡巡のあとで小さくこくりと頷いた。
 タンクトップの裾から熱が入り込んでくる。
「……っ」
 脇腹に触れられて反射的に筋肉が締まる。せいぜい拳が入ったときくらいしか他人が触れない場所。そこに隼人の指が直にあたっている。
「…………ふ、……ぅ」
 服の上からなら何度も抱きしめられている。けれども、普段は隠されている部分を隼人の指にさらすのは初めてだった。
 まだ目を開けられない。間近で自分を見つめる眼差しと向き合う準備ができていなかった。
「ん」
 腹がひやりとする。タンクトップがまくり上げられていく。せめて脱がせやすいようにと両腕を軽く浮かせて隼人に任せた。
 どうってことのない布切れ一枚。それなのに心臓がバクバクと激しく動いていた。
「竜馬」
 ささやかれて、薄目を開ける。瞬間、黒い瞳に捕まる。
「————ッ」
 時間が止まる。隼人はその唇にキスをして、竜馬が固まっている間にタンクトップを脱がせた。
 一対一で向き合うにはエネルギーが必要だ。喧嘩も、空手も。
 これは、それ以上だった。
 心まで剥き出しにされた感覚だった。自分を守るものが何もない。
「あ……」
 柄にもなくうろたえ、視線がさまよう。
 ——何で。
 幾度も互いに目の前で着替えていたし、何ならシャワールームで裸体までさらしている。それなのに、どうしてこんなに心許ないのか。
「竜馬」
 不安げに小さく揺れる身体を隼人が抱きしめた。
「竜馬」
 呼ばれ、全身が熱くなる。自分の心と身体なのに、制御できない。再びぎゅっと目を閉じる。隼人の手がズボンにかかる。
 竜馬は息を詰め、次を待つしかできなかった。

 

「ふ、あっ」
 手が通った箇所を、今度は唇が辿っていく。指先よりももっと柔らかくて繊細な感触だった。けれども羽根ほどに軽くもない。確かな熱を伴って、竜馬の肌に痕跡を残していく。
「……んっ、ひゃっ」
 うなじから背中へ下りて、また肩先に上がってくる。そのまま腕に口づけていく。
「あっ……」
 指先にキスをされ口に含まれる。舌のくねりを感じ、一気に顔が熱くなった。視線が合うと、隼人の目が笑う。竜馬の反応を楽しんでいる。それでいて少し煽るような眼差しだった。
「……っ」
 目つきだけで抱きしめられている気になる。見えないいくつもの隼人の手が全身を撫でていくようだった。
 うつ伏せにされると、再び背中へのキスが始まった。今度は左手とともに下へ、下へ向かっていく。右手は反対にふくらはぎから上がってくる。内腿をさすられたときには、竜馬は完全に勃起しているのを自覚していた。
 幾度か手がかすめてはいったが、直接的な愛撫はまだだった。それなのに、肉体はすっかり期待している。仕方がないと思う反面、まだ隼人には知られたくない。うつ伏せなのを幸いに竜馬はシーツに顔を押しつけ、ほどけていく表情を隠した。
 両手が尻に到達する。ぴたりとしたボクサーパンツがより形のよさを際立たせている。隼人は綺麗な丸みを確かめるように手のひらで覆うと、ゆっくりと揉みしだき始めた。
「う……ん、あ……」
 布越しに熱がじわりと染みてくる。下から肉を押し上げられ、こねられる。快感を引き出すというよりは、リラックスさせようとしている触り方に思えた。十指がそれぞれ違う角度と力加減で動いて、マッサージに似た心地よさに包まれる。
「ん、ふ……あ」
 自然に声が漏れる。
 ——気持ちいい……。
 はあ、と思わず零れた。直後、きゅっと尻たぶをつかまれて全身が緊張する。
「んうっ⁉︎」
 左右に押し開かれる。
「えっ、あっ」
 閉じようとしてもどうにもならない。布の下でそこが剥き出しになっているのがわかる。いくら下着を穿いているとはいえ、これでは裸を凝視されているのと変わらなかった。
「あっ、や、あ……っ」
 だが却って誘うように下肢が揺れるだけだった。隼人の指はがっちりと尻を押さえ込んで離さない。
「ひあっ」
 やがて、両の親指が下から撫で上げてきた。
「あ……あっ……」
 尻と局部のきわをさすられる。時折、そこ・・の上を指が滑っては爪の先で軽くこすっていく。ぞわりとした感覚が一瞬で全身を駆け抜け、そのあとでくすぐったさが残った。
 密やかな場所を撫でられ、緊張と弛緩を繰り返す。
 ——ここに……隼人のが。
 幾度も触れられて、ひくついているのがわかる。
 ここで隼人を受けとめるのだと思うと、ずっと奥のほうに微かな疼きが生まれた。
「んっ、う……」
 嬉しい。早く繋がりたい。そのはずなのに、まだ不安がくすぶっている。隼人に言われたように、どこかで怖いと感じているのかもしれなかった。
 ——俺が……怖えだなんて。
 左手がシーツを握りしめる。
「竜馬」
 不意に背中から抱きしめられた。
「……竜馬」
 隼人の手が伸びて、竜馬の左拳に重ねられた。あたたかさに包まれる。
「…………隼人」
 まるで胸の内が読まれているようだった。隼人は約束してくれた。竜馬が怖くなくなるまで、不安が取り除かれるまで、向き合ってくれると。
 強張る拳をゆっくりと開いていく。指の隙間ができると隼人の指が入り込んできた。固く握られる。
 ——隼人。
 肩先にかかる吐息を辿って首をめぐらせる。すぐ傍に唇があった。目が合うと、何も言わずにキスが降りてきた。
 胸の中がずっとおかしい。熱い火が渦巻いて、激しく高鳴って、かと思えば締めつけられるように軋む。
 ——ああ、俺。
 自覚しているよりもずっと、隼人が好きなのだとわかった。

 

 ボクサーパンツも脱がされ、文字通り丸裸にされる。竜馬は羞恥と快感の狭間で身体を震わせる。隼人の手の熱が増したように感じられた。
 だがその手は意図的にペニスへの刺激を避けているようだった。
「……っ」
 触って欲しい。
 内腿がもじもじとこすり合わされる。隼人から注がれた熱が集まって、苦しささえ感じていた。このまま放っておいたら暴発しそうだった。
「うぅ……」
 さりげなく身体をすり寄せる。けれども隼人の手と唇はそこを素通りするだけだった。
 たまらなくなり、ペニスに手を伸ばす。
「ん、あ」
 きゅっと握り込もうとした途端、手首をつかまれた。
「駄目だ」手をどかされる。
「自分でするのは禁止だ」
「はえ?」
 何を言われたのかわからず、間抜けな声を発する。
「ひとりでいじるのは禁止だと言っている」
「え」
 代わりに隼人の手が竜馬のそこに触れた。
「んあんっ」
 竜馬がしたかったように竿をこすっていく。一気に湧き上がる快感に、竜馬の腰が震えた。
「あっ、あっ」
「俺との時間も、ひとりきりのときもだ。いいな?」
 人差し指がくにくにと亀頭を揺らす。
「んんっ……あ、ン」
「射精は厳禁だ。こっちで満足されても困るからな」
「っ、ンなこと、あ、言った……て」
「猿じゃないんだからそれぐらい我慢しろ。その代わり」
「ンッ!」
「どうしても我慢できないときは俺がしてやるから、声をかけろ」
 親指と人差し指で作った輪を滑らす。くすぐったさに腰がわずかに引ける。けれどもすぐにもう少しの刺激を求めて、ペニスがひくりと動いた。
「ふ、あ……」
「……竜馬」
「ン……ん、っふ」
 キスも愛撫も熱い。触れ合っている隼人の体温よりも熱くて、竜馬の意識はあっという間に霞みの中に連れ込まれる。
 その反応を確認しながら、隼人の指が優しく上下する。竜馬の目はうっとりと快感を追いかけていて、隼人がわずかな変化も逃すまいとじいっと見つめているのには気がつかなかった。
「んうっ」
 指先がカリ首をなぞって鈴口に近づく。
「う、あ……っ、は、あっ……あ!」
 声が跳ねる。
「あっ、そっ、それ……っあ、あ、んあっ!」
 隼人の肩口に顔を押しつけ、悶える。亀頭を弄ぶ指は溢れる雫で濡れきっていた。
「あ、はあっ、あっ、んうっ!」
 しつこく鈴口を弄ばれ、竜馬が逃げ腰になる。隼人は腰に回した手に力を込め、放さない。
「逃げたら気持ちよくなれないだろ」
「んっ、あっ、あ、け、けど……っ」
「けど?」
「んああっ」
「竜馬?」
「きもち、いくて……っ、あ、あ、あ」
「気持ちいいのに逃げるのか?」
「あっ、だ……って、んっ、こ、これだけでヘ、ヘンになりそ……っ、ひあっ」
「……竜馬」
「んあっ」
 耳元で名前を呼ばれて、それだけでイキそうになる。
「ひ……っ、あ、あ」
「竜馬……、今日はイッていいぞ」
「あっ、あっ、や、ん……っ!」
「りょうま」
「っあ!」
 耳たぶを甘噛みされ、こらえきれなかった。隼人の手の中に、溜まった熱が吐き出された。

 くらくらと眩暈に覆われる。隼人の浅く短い呼吸が聞こえてくる。それから、くちゅくちゅとした水音。
 それが自分の股の間から湧き上がっているのだと我に返り、竜馬から羞恥の鳴き声があがった。
「っん、あ、やっ……」
 しかし裏筋の一番敏感な部分を舐められ、いとも容易く力を奪われる。ふうっと隼人からひと息が零れた次の瞬間。
「んあッ‼︎」
 ペニスに吸いつかれ、竜馬の表情が切羽詰まったものに変わった。
「あっ、あっ——ひあっ!」
 ベッドを必死でずり上がろうとする。だが拳ひとつ分逃げれば、腿を抱えられて引き戻される。そのたびに愛撫はしつこく、強くなっていった。
 竜馬はいやいやをするように首を振る。けれども身体は裏腹に、隼人の舌先に誘われてうねる。気づかぬうちに腰が揺れていた。
「あッ」
 全体が柔く熱いものに包まれる。
「や、あ……、はや……と……っ!」
 強く吸い上げられる。達したばかりなのに、我慢できそうになかった。
「や、あっ、出るっ……出ち、まう……っ」
 咄嗟に腕で顔を覆う。隼人を押しのける余裕まではない。
「あ、あ、あ——っ」
 ぎゅ、と下腹の筋肉が締まった。腰に溜まった熱が一気に解放される。
「く、あ、あぁ……っ、んう……っ」
 小さな嗚咽にも似た嬌声が喉の奥から絞り出されてくる。
「ふぁ……っ、あ、あぁ……っ」
「——竜馬」
 口元を拭い、隼人の手が再び竜馬の肌を這う。二度も達したあとの皮膚は敏感で、軽く触れるだけで大げさなほどびくついた。
「あ、んっ……」
 顔を隠している手をどける——頬を紅潮させ、ぼうっと夢を見ているような表情が現れる。隼人の目が細められた。
「……はや……と」
 笑みにつられて手を伸ばす。隼人はその指先を迎え、しっかりと握り返した。

 

 DAY 2

 キスはもう何度もしていた。頬に触れられるのも腰に手を回されるのも。
 だから感触も匂いも知っている。その指がどんなふうに身体の稜線をなぞっていくのかも、昨日知った。
 知ったはずだった。
 だが、その夜はまるで違った。
 昨夜の出来事はほんの挨拶程度だったとわかるしつこさで隼人の唇と舌が竜馬の肌をねぶっていく。その下に潜んでいるものを丹念に探り、掘り起こすように。
 竜馬は湧き上がる感覚にさらわれないように、懸命に声を噛み殺していた。しかし身体はそうもいかない。ひくひくと小刻みに震え、時折こらえきれずに大きくびくついた。時間が経つにつれ、徐々に綻びが現れる。
「ふぁ、あっ……んっ、んっ……」
 すでに竜馬のペニスは勃ちきっていた。下着を押しのけるようにくっきりと形が浮き上がっている。最初に軽く煽られただけで、あとは触れてもらえなかった。けれどもねだる余裕もない。
 耳の裏側も脇の窪みも、肩甲骨の内側も。ふくらはぎの曲線も、皮膚の薄い足の甲も。そして指の間さえも暴かれていく。
「んあ゛ッ」
 脇腹を強く吸われ、迸る。竜馬はすぐに自らの口を右手で塞いだ。隼人は動じることもなく竜馬の腰を押さえると、そこを重点的に責め始めた。
「……っひあ! あっ!」
 熱い舌が肌をくすぐって、そのあとでやけに大きなリップ音があがる。
「あっ、くすぐっ……ひっ、あ!」
 腰をくねらせ、逃れようとする。だが隼人にがっしりとつかまれているためにままならず、あちこちの筋肉が暴れるようにうねるだけだった。
「……っふ、あっ、ッン!」
 触れられたところから熱さが一瞬で広がる。呼応するように、隼人の唇が通っていった肌がちりちりと疼き出す——もう一度触ってくれと言わんばかりに。けれどもまだ、ねだることができない。
「う……、は、あ……っ、あっ、ン」
「……竜馬」
「ひうっ!」
 熱を持った手のひらが腹の上を滑る。迷いなく胸に到達すると、盛り上がった胸筋に沿って往復を始めた。
「ああっ、は、あっ、んんっ」
 昨日はここまで感じなかった。触り方が変わったのか——竜馬の身体が変わったのか。
「あっ、ああっ」
 ぞくぞくする。ペニスの先から興奮の証が染み出していくのがわかった。
 隼人の手がするりと下腹まで行き、また上がってくる。胸筋をなぞり、今度は乳首に触れた。
「んっ!」
 ここも、昨夜とは違う感覚がした。より敏感になっているのがわかる。ぴりぴりとした心地いい痺れが乳首にまとわりついて、また触って欲しくなる。
「あ……っ、あっ」
 悩ましげな表情に、隼人の目が細くなった。
「あっ——ンあッ!」
 つままれ、一際大きく竜馬の肢体がひくついた。隼人は指で乳首を優しくしごく。嬌声を抑える竜馬の顔が真っ赤になっていく。
「我慢しているのか」
「……っあ、だっ、て……、あっ」
「だって?」
 尖らせた舌先で乳首をつついて、吸う。
「————んうっ!」
 密かに植えつけられた快感が一斉に芽吹く。内側から押し上げられて、竜馬の唇は門扉の役目をとうとう放棄した。
「あ——ああっ」
 一度零れてしまえば、あとは歯止めが効かなかった。隼人の愛撫で際限なく声が溢れてくる。その反応に煽られ、隼人の唇からは執着のこもった吐息が落ちた。
「……竜馬」
「んあっ、そっ、それっ、や、あっ!」
 少しだけ強く乳首を吸うとわかりやすく顔が歪んだ。
「は、あっ、あっ、や……っ」
「気持ちよくないか?」
「あっ、……ンああッ」
 蛇のように蠢く舌先が、竜馬の乳首を弄ぶ。ぴんと勃ったその部分が赤みを増していく。
「ふっ、あ、あっ」
「今でこれだけ感じられるなら、そのうちここでイケるようになるぞ」
「〜〜〜〜ッ」
 どう反応していいかわからない。隼人の手によってもたらされる快感は嬉しい。けれども素直に翻弄されるのもどこか悔しい。
「竜馬」
 泣きそうになりながらも睨みつけてくる眼差しに隼人の表情がゆるむ。
「我慢しなくていい。気持ちよかったら教えてくれ。——よくなければ、なおさら」
 乳首をなぶっていたとは思えない穏やかな口づけで甘やかす。
「ん、ン……っ」
 顔が赤いのは酸素を奪われているからだけではない。
 隼人から与えられる全部が——。
「き……」
 気持ちいい。
 それに、隼人に触れられるのは、おかしくなりそうなほど嬉しい。
「……ぅ」
 恥ずかしくて到底口にはできなかった。
「……お前が言ってくれるようになるまでもう少ししてみないとな」
「へ? あ——んうッ!」
 浮いた腰を隼人が抱え込む。空いたほうの手で肌の表面を撫で下ろしていく。
「ああっ」
 皮膚の感覚とは真逆に腰から頭へ、ぞくぞくする気配が抜けていく。
「うあっ、や、あっ」
 隼人の舌が胸の先を弄ぶ。吸われるたびに腰が跳ね、足先がぴんと突っ張る。隼人はもっと踊れと煽るように、しつこく愛撫を繰り返した。

 

 緊張と弛緩の連続で、何も考えられなくなってきた頃だった。
「な、なあ」
 いつになく弱々しい声があがる。振り向く瞳も、所在なさげに揺れていた。
「何だ」
「こ、これ——」
 目が瞑られると同時に、ベッドについていた両の手も拳が握られる。
 四つん這いになって尻を上げている。一糸纏わぬ姿で、そこを見てくれと言わんばかりに。
 隼人の手に導かれ、気づけばこの体勢だった。さっきまでふわふわと宙を漂っているようだった意識が急速に輪郭を取り戻していく。
「う……」
 外気と人目にさらされている現実に、そこがすぼまる。
「お前でも緊張するのか」
「う、うるせえよっ」
 検査や治療など必要に駆られてであればこれほどまで緊張はしないだろう。そういう行為・・・・・・をする前提で、好きな相手にすべてをさらけ出しているというシチュエーションだからこそ、ひどく神経が昂っていた。
 隼人の手が触れる。
「ン……っ」
 尻の丸みに沿って手のひらが動く。竜馬の身体が小刻みに震え出す。
「う……は、ぁ……っ」
 昨日とは明らかに異なる。直に触られているからなのか。
「……ッ‼︎」
 双丘が押し広げられる。微かに空気の流れを感じた。
 ——あ、あ……。
 頭の中がカッと熱くなる。前回はまだ布切れ一枚とはいえ、覆うものがあった。今は何もない。
 ——全部、見られて……。
 隼人の手がそこをかすめる。びくりと背中が揺れる。もう一度、指が微かに触れた。
「ふ、ぅ……んぁ」
 気持ちよさと自覚できない。だが反射的に声が漏れてしまった。それを受け、隼人の指がさっきよりも確かな質量を持って触れてきた。
「——っ」
 なだめるように指が動く。人肌よりも高くなった隼人の熱に、少しずつ強張りがゆるみ出していく。
「……は、あ……あ」
 独特のくすぐったさ、むず痒さが皮膚の上で転がる。それがまた不思議と続きを求める。指の感触が心地よく思えてきた頃だった。
「ンッ!」
 ぐにぐにとした熱い塊を感じた。正体を一瞬で悟る。
「……ッあ‼︎」
 頭の中が熱で塗り潰されていく。
「もう少し力を抜け」
「……ッ、ひっ」
 シーツを握り締めた拳が震える。きつく閉じられた目蓋の端に涙が溜まった。
「あぁ……っ、あっ」
 か細く、いとも簡単に溶けていくような声だった。隼人の舌が動くたびに淡く出でて、そのまま消えていく。
「竜馬」
 左手が尻を撫で上げ、仙骨の辺りをそっとさする。
「もっと楽にしろ」
「ん、ンなこと、い、言ったって」
 隼人の目つきは想像できる。きっといつもコンピュータを睨みつけているのと同じに、とことん冷静に自分のそこを観察しているのだろう。
 ——やっぱ、ムリ……!
「は、隼人、あの——んうっ!」
 身体の中に熱が入り込んできた。
「ひあっ」
 ぞく、と背筋を疾る。思わず逃げる。だが隼人の手が許してくれなかった。
「あっ、あっ」
 塊がぐにりと蠢く。
「……っあ‼︎」
 探られている。熱さがじわじわと内壁を侵食していく。奥まっていくそのたびに、ペニスの先から熱く溢れていくものを感じていた。止めたくても止まらない。
「……っ! あ、それ、やめ……っ」
 中の形をなぞるだけではなく、舌先が肉を弄び始めた。
「んああっ、あっ、やっ」
 次第にねっとりと張りつくような感触に変わっていく。時折ひやりとするのは唇が離れて空気が触れるからだろう。だからこそまた次の瞬間、灼けるほどの熱を感じる。
 ——は、隼人が、俺ン中……っ!
 身体も、頭も。熱に蹂躙されていく。
 じゅく、と音が響いた。
「……ッ‼︎」
 そうならざるを得ないのか、わざとなのか。隼人の唇から行為を突きつけられて、竜馬の意識が限界を飛び越えた。

 

「…………ぁ」
 気づけば、隼人に抱きしめられていた。
「え……、あ、俺……」
「急過ぎたか?」
 声のあとで額に唇を感じた。目を上げると、どことなく不安げな瞳がこちらを見つめていた。
「え、えと……」
 身体の隅々にまで煮えたぎった熱をぶち撒けられたようだった。途中からふつりと記憶がなくなっている。
「……その、は、初めてで何か、すげえ……恥ずかしくなっちまって……よ」
 腕の中で身を縮こまらせる。
「い、嫌じゃねえンだけど、その、わかってンだけど、よ……」
「もういい」
 大きな手が頭を撫でる。
「気にするな」
「その、大丈夫だからもう一回——」
「今日はもう終わりにしよう」
「——」
 強く抱きしめられる。
「…………悪ぃ」
 微かな声で呟き、竜馬は隼人にしがみついた。

 

 DAY 3

 二十一時。夕食も風呂も済ませ、落ち着いた頃合いに隼人はやってくる。だから竜馬もそれに合わせて出迎える。
 ベッドの上から下着姿の竜馬が横目をくれた。恥じらいと微かに憂えるような表情。瞳はわずかに揺れている。
「——」
 いつもの勝ち気さとのギャップに劣情を刺激されるのか、隼人の目つきがより鋭くなる。その喉仏が上下した。
「き、昨日は悪かった」
 もじ、と竜馬が身体をゆする。隼人は上着を脱ぎながら近づいていく。
「え、と……、もう準備してるから、その」
 忙しなく鳶色の瞳が動く。
「……その、このまま、大丈夫だ」
 ふう、と思い切るように息を吐き、背中を向けた。膝立ちになりボクサーパンツをずり下ろす。ベッドに手をつき、尻を高く上げようとしたところで隼人に制止された。
 ベッドに上がり込んだ隼人が竜馬を抱き起こす。
「は、隼人」
 戸惑いながらも催促する。
「俺、大丈夫だから」
「何が」
「何って……その」
 昨夜は情けない姿をさらしてしまった。たかがセックスくらいで——そう、たかが・・・
 別に死ぬわけじゃない。でも、するなら絶対に隼人とがいい。
 頭では理解している。けれども心のどこかでまだ踏み切れずにいる。不安の正体が何なのかわからないまま、どうにかして向き合おうとしていた。
 隼人が小さく息をついた。
「昨日のことは一旦忘れろ」
「けど——」
 まだ何か言おうとしていた唇をキスが塞ぐ。「ン」と抗議の鼻声があがるが、すぐに心地よさに喘ぐ響きに変わった。

 

 身体中を撫でられて、心の強張りがほどけていく。それどころか、ふわふわと浮く感覚になる。
「……なん、かよ」
 次々と湧き上がる淡い快感に搦めとられ、竜馬が吐息を零す。
「おめえ……、ン、想像と違……っ」
「どういうところが?」
「んっ」
 唇の感触だけではなく、ささやきとともに溢れる息がくすぐったい。
「その、すげえ……や、優し……ん、んっ」
「それを言うなら、お前も大概だ」
「んあっ、あ、ど、どこが」
 隼人が頭をもたげ、竜馬の顔を見つめる。
「……っ」
 間近で視線を浴び、どうしていいかわからなくなる。ふいと目を逸らす。
「竜馬」
 頬に触れられ、思わず目を閉じる。
「こんなお前を誰も知らない。……俺以外は」
 声が近づき、身じろぐ——と、唇が重なった。舌が忍び入る。
「……っん、は……、んう……」
 優しくなぞられ、漏れる。唇が離れてはすぐにまた合わさる。幾度も繰り返すうちにたまらなくなり、しがみついた。
「ンっ」
 竜馬から貪る。隼人は不意の出来事に動きを止めたが、すぐに竜馬以上の貪欲さで応え始めた。竜馬が負けじと深く口づける。
「ん、ん……っ、は、あっ——んむ」
「りょ……ん、りょう、ま」
「んぅ……ン、ん」
 粘膜と唾液が絡みつく。互いに舐って、吸って、与える。このまま何時間でもくっついていたくなるような口づけに竜馬は夢中になった。無意識に身体をすりつけ、もっと隼人を迎え入れようとする。
「ん……っ」
 隼人の手が尻に伸びる。丸く整った曲線を辿っては手のひらで押し揉むと、咥内でくねっていた舌が止まった。さらに肉を撫で上げる。すると舌先がひくひくと喘ぎ出した。隼人は吸いつき、唇で挟んでしごく。腕の中で竜馬の身体が跳ねた。
「ふぁ、あ、ん……っ」
 重なった唇の隙間から喘ぎが零れる。竜馬は少しずつ、確実に開かれていく自分を感じていた。

 

 透明な液体が隼人の指を覆っていく。
「——」
 目が釘付けになった。
 ——隼人の、指。
 竜馬のためだけに整えられた指先。それが、今から自分に触れる。嬉しさと期待が湧き上がる。まだ不安は残っている。それでも隼人が相手なら大丈夫だと思えた。
 指の腹が幾度もそこを撫でる。直に刺激するだけでなく、周囲の肌にも指の感触を覚え込ませるように触れていく。竜馬は全部をさらけ出す。一度は経験したからか、それとも互いを確認できる正面からだからなのか、かろうじて羞恥を抑え込めていた。
「んっ」
 すぼまりがゆっくりと押し揉まれ、拡げられていく。丁寧に触れられて、自分でもそこの肉が柔く崩されていくのを感じていた。
 やがて、
「挿れるぞ」
 そうは言いながらも許しを乞うような響きが降ってきた。竜馬は目をやり——頷く。
 ひたりと指があてがわれた。
「ン」
 唾を飲む。指先がもう一度、優しく滑って緊張をほぐしていく。
「ん、あ」
 自然にゆるんで、ひとつ呼吸を終えたところで体内が開かれたのがわかった。
「ん、んう……っ」
 目が合う。竜馬はもう一度頷き、大丈夫だと伝える。隼人も小さく頷き返した。
「ふ……う、あ……」
 指がゆっくりと動く。異物感はあるが痛みはなかった。それだけで幾分か心が軽くなった。
 なるべく煩わせないように、とは思うものの、力の抜き加減も入れどころもわからない。じっと動かないようにして、できるだけ締めつけないようにと気をやる。挿入自体には問題ないと判断したのか、隼人の指が潜り込んできた。
「——ンッ」
 身体が強張り、眉がしかめられる。瞬時に隼人の動きが止まった。
「痛かったか」
「ん、全然痛くねえ、けど」
「けど?」
「何か……もやもやして気持ち悪ぃ。あんま強くされると痛え気がする」
「わかった」
 指が一旦引き抜かれる。それからゆっくりと再び侵入してきた。
「ん、ん……」
 竜馬は目を閉じ、隼人に委ねた。

「ん、は……は、あ……、あ」
 徐々に綻んでいく。
「あっ」
 短い鳴き声に隼人が手を止める。
「な、何か、奥、奥のほう、が」
「やめるか?」
 指を抜きかけると、竜馬は首を横に振った。
「だ、だい、じょぶ……、なん、か……ちっと、きゅうってして」
 下腹を押さえ、ゆっくりと息を吐く。
「身体の中……が、引っ張られるみてえ、な。痛くはねえ、から」
「……なら、続けていいか」
「ン」
「もし嫌な感じがしたらすぐ言ってくれ」
「おう」
 深呼吸をして、できるだけ身体の力を抜く。体内でまた指が蠢き始めた。
 はじめはただの異物感だった。今は「隼人の指」をはっきりと感じる。
 ——ヘンな感じ……。
 研究所ここに来る前は誰かや何かを壊すことばかりしていた男のはずなのに、今、自分に触れる手は穏やかで優しい。
 隼人の思いと、自分の思い。
 寸分違わぬ、とはいかないのはわかっている。それでも、同じ重さの思いであればいいと願った。

 

 DAY 4

 期待で皮膚がちりちりと疼き出す。視線で舐められるだけで、身体の奥からじわりと熱が滲み出てくる。
「ン……っ」
 自然にぶる、と震えてしまう。
「……隼人」
 熱に彩られた声が落ちる。はじまりは触れる必要もなくなっていた。
 はあ、と切なげな吐息が零れる。竜馬の瞳がねだる。隼人はその姿を確かめてからキスをする。待ち望んでいた感触に、竜馬からは「んう」と小さくよろこびが漏れた。
 静かな部屋に口づけの音が響く。それから興奮が混じった呼吸、竜馬がシーツの上で身悶えする気配が立ち上り始める。最初のキスでは控えめだった悦びの声は、いつの間にかリズムを刻んで、官能的な旋律となって部屋中に流れていた。
「あっ、はやと……っ、んあ、あっ」
 皮膚の表面を軽く撫でるだけでも竜馬は感じて喘いだ。
「どこが気持ちいい?」
「ンっ、あ」
「ここか?」
「んんっ!」
「それとも、こっちのほうが好きか?」
「はあっ! あっあっ」
「竜馬、教えてくれ。……もっと気持ちよくさせたい」
「ん……」
 紅潮した肌が震える。うっすらと涙に濡れた睫毛が伏せられ、沈黙のあとに詰まったような声で「胸」と発せられた。
 隼人の頬がゆるみ、言葉が紡がれるより前にその手が竜馬の胸元に伸びた。
「ふ、あ——っ」
 十指が肌の上に広がる。下から撫で上げ、指の腹を散らすように動かす。手のひら全体を使い胸筋を揉み上げると、竜馬の腰が反らされた。
「これは?」
「う、あ……っ、ぞくぞく、する……っ」
「なら、これは?」
 少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべ、隼人は人差し指の先で勃った乳首をくにゅりと押した。
「んあっ!」
 ゆっくりとこね回す。竜馬の表情がとろけていく。
「……竜馬」
「あっ……は、はや……ン、ん!」
 繰り返されるキスと愛撫で感度が際限なく上がっていくようだった。

 

 身体がすっかり快感を受け入れる段階になると、昨夜の続きが始まった。隼人の指に乗せられたローションが竜馬の肌を滑る。
「んっ」
 指一本だとしても挿入の瞬間は緊張する。それでも隼人が相手なのは嬉しいし、竜馬を気遣う心が伝わってきて安心できた。
「……ふ、う」
 無理をしない指だというのはわかっているから、息をゆっくり吐いて落ち着く。肉体もすぐに弛緩する。それを感じ取って隼人の指が動き出す。
「……ん、あ」
 違和感は残るが、不快感はまったくない。むしろ、指から伝わる熱が心地いいとさえ思う。粘膜がじわじわと隼人の指と馴染んでいく気がした。
「——大丈夫、だから」
 じっとこちらを見つめている瞳に告げる。心配そうな——そう判別できるのは竜馬だけだろう——眼差しだった。竜馬の言葉に、浮いていた緊張が和らぐ。
 引き抜かれた指が、今度は二本になって侵入してきた。
「ンっ」
 明らかに拡げられる感覚に全身が強張った。指はすぐに止まる。竜馬はこれまでと同じように呼吸を整え、受け入れようとする。
 そのとき、
「ん゛ッ⁉︎」
 竜馬の肢体が再び硬くなった。
「あっ、あぁっ、んあっ!」
 喘ぎと同時に顎が上がる。隼人の左手がペニスをしごいていた。
「あっ、あ、それ、今……だめっ、あっ」
 一気に腰の中から快感が溢れ出す。完全に無防備だったうえに竜馬自身も触れるのを我慢していたから、突然の感覚に抗えなかった。
「ああっ、はやとっ、だ、だめっ」
 このままだとすぐに達してしまいそうだった。意識が完全にそちらに集中する——と不意に尻の奥のほうで蠢くものがあった。
「ひっ」
 腰が浮く。隼人の手が止まった。
「あ、あ……」
 ペニスにはまだじんじんとした感覚が残る。その下から、腹の奥にわだかまっている塊が徐々に存在感を現し出した。
「きついか」
「う、ん……っ」
 竜馬は首を横に振る。けれども鈍い圧迫感がある。当然だ。いくらすらりとしていても男の指が二本、挿入っている。少しは遠慮をしながらも、もっと深く潜り込めないか探っている。
「んう゛」
 四肢に力が入る。すぐに隼人の指が下がる。
「だ、大丈夫……だ」
 ふう、と息を吐き、身体をゆるめようとする。助けるように隼人の左手が動いて、再び竜馬のペニスをこすった。
「ふ、あっ、あっ」
 緊張でくたりとしかけていたペニスは若さの分だけ早く勃ち上がる。隼人の指は軽やかに竿をこすり、亀頭部分を焦らすようになぶる。
「んっ、ンん……っ!」
 少しずつ竜馬の腰がうねり出す。動きに合わせて隼人の指がまた内部をまさぐり始めた。
「あ……、これ……っ、んっ」
 中で指がねじられる。柔くこすられ、ほんのわずか奥を突かれると淡い疼きが生まれた。ぶる、と小さく身震いする。
「あっ、なん、か……あ、あっ」
「少しはいいか」
「んっ、いい……っ、こ、これ、あっ、中から押されて……っ、き、気持ち、いい……」
「じゃあ、これは?」
「んんッ⁉︎」
「まだきついか?」
「んっ、ち、ちが——あっ」
「締めつけてくる」
「あっ、ま、待っ、あんっ」
 嬌声と呼べるほどには色が滲んでいるのを察知し、隼人は周囲の肉壁に触れる。
 竜馬の眉根が歪む。
「あっあっあっ」
 しかし押し出される喘ぎは艶に彩られていた。
「ふあっ、あ」
 その目も唇も半開きになる。もっととろけさせようと、隼人は同じ力加減でこすり続けた。
「は、はや、と……っ、あ、ああっ、や、やべ、え……んうっ、うあ……」
 まだほのかに遠慮が残りながらも、指に縋るように腰が揺れる。弾みで奥まで突き入れてしまわないように、隼人は微妙な調整をしながら肉を撫でる。
「はやと……っ、お、俺……たぶん、これ、イキ、そぉ……っ、あっ」
 さっきから「向こう側」に引っ張られている気がする。はっきりとしたものではなく、すぐに消えてしまいそうな細い糸で繋がっている感覚。竜馬は目を閉じ、糸の端を手離すまいと集中する。むずむずと湧き上がるくすぐったさと身体が浮き上がるような心地よさに覆われて、引き締まった腿はすっかり広げられ、まるで見せつけるように蠢いていた。
「ン……! あ、あ……!」
 突然、四肢がきゅっと硬くなった。
「あっ……」
 あと少し。突っ張った筋肉がぴくぴくと動く。
「……っく、う、あ」
 高いところまで押し上げられる。だがまだ最後のひと波を越えられない。もどかしそうに腰が揺れた。隼人の指が応える。
「んっ、ん、あ」
 竜馬の肉体が再びしなる。
「イ……ク……っ」
 もう少し。
「く、あ……あっ!」
 一瞬、身体が宙に浮く。目の前で小さな光の球が弾ける。
「……う、あ…………っ」
 中から突き上げられるように、竜馬の腰がびくりと跳ねた。

 

 DAY 5

「なあ」
 下着姿の竜馬がTシャツの裾を引っ張る。唇に触れようとしていた隼人が不思議そうな顔をした。
「その」
 上目遣いで切り出し、すぐに視線を落とす。それからまばたきを繰り返してようやく再び隼人を見る。
「……おめえは脱がねえのかよ」
それ・・」と続け、目で示す。隼人は竜馬の目線を辿り、何を指しているか理解したようだった。
「気になるか」
「ん、その、ちっとゴワゴワするし、汚れるだろ。それに」
「……それに?」
「いつも俺だけっつうのも、何か、よ」
 そこまで言って、もう一度シャツの裾を引っ張った。

 

 ズボンを脱ぐよう促したのは自分なのに、直視できない。ちらと盗み見するたびに鼓動が跳ねる。
 シャツと同様、身体にフィットする下着だから隼人の昂りも丸わかりだった。竜馬が高めてやったわけではない。それなのに、竜馬と同じくらいに張り詰めていた。
「ン……っ!」
 腿に硬さを感じる。それに、熱い。いつもズボンの下でこんなふうだったかと思い出そうとするが、キスと一緒に隼人の身体が密着してきて思考をかき乱す。
「……ん、ふ」
 指とともに硬いモノが竜馬の肌をなぞっていく。繊細に、ときにいたずらに動く手と違い、隼人のそこは存在感をこれでもかと知らしめてきた。
「う、あ……っ、あ——」
 隼人の身体がずれていき、すっかり勃ったペニスが竜馬の昂りに押しあてられた。亀頭に刺激が走る。
「あっ、あ、ンッ!」
 ずり、と下から持ち上げられるようにこすられる。
「んひッ」
 ——気持ちいい……!
 互いに布越しとはいえペニスを押しつけ合っている事実に、先端からじくりと先走りが滲み出る。
「あ、あ、あ」
「りょう、ま……」
 隼人の唇から赤い舌が伸びる。竜馬も応えて、舌を絡ませ合う。
「は、あ、あっ、んっ、んぅっ」
 性急で欲に忠実なキスが繰り返される。口の端からも昂りの先からも涎が溢れて、それがさらに気持ちを押し上げていく。
 ふたりは腰を動かしてたぎった場所を合わせる。布の染みが次第に広がり、やがては溢れ出した互いの粘液が交わり、ふと離れた瞬間には細い糸を引いた。
「……んっ、はやと……っ、きもち、い……っあ、あ、はあっ」
「竜馬」と耳元でささやかれ、勃った乳首をつままれる。竜馬はいとけない仔犬のように短く鳴いて身体を仰け反らせた。当然、そこでやめる隼人ではない。自分だけの特権とばかりにいじくる。こねて、撫でて、弾いて、口に含んでは吸って弄んだ。
「んうっ、あっ、あんっ」
 熱くて弾力のある舌が這い回る。隼人の口元からリップ音があがるたびに胸の先が痺れて、身体中の力までも吸い取られていくようだった。
「ふ、あ」
 とろりとした目で感じている間にボクサーパンツが剥ぎ取られた。
「竜馬」
「え、あ……あ」
 弛緩した下肢を押し上げられる。
「んっ、あ……ん」
「少しこうしていろ」
 されるがまま、脚を広げるポーズを取らされる。
「……っ」
 思い切り、自分でさらしている。恥ずかしさが一瞬で湧き上がってくるが、その中を割って昨夜の快感が浮かんでくる。肉が指を思い出して蠢いた。
「……ぅ、ぁ」
 早く飲み込みたがって、気づかぬうちに尻が揺れる。誘われるように隼人の指がすぼまりを撫でた。
「……ン、うっ」
 指の腹でくすぐられると、皮膚のすぐ真下にぞくぞくとした感覚が生まれる。刺激を受けた肌の奥がもっと、もっと、とさざめき出す。隼人は指を離し、とん、と軽くタップする。そしてまたくすぐる。ゆっくり縁をなぞると、指を追いかけるように竜馬の尻が動いた。
「んう、ンん……」
 竜馬が不満げに鼻を鳴らす。もう少し、強くして欲しい。指で内側を優しく引っかいて欲しい。それからもっと中のほうまで——。
 先を求めてそこが収縮する。だが願いとは逆に隼人の指が上へずれていく。
「あ……っ」
 ——そっちじゃなく……!
 ペニスからは先走りがじくじくと溢れていた。そちらも間違いなく気持ちいい。ただ今は肉をかき回されたい欲が勝っていた。
「あ、ん、はやと……」
 ——……どうしよ。
 中がいい、と言うだけなのに。
「ン……」
 頭に血が上っていく。
「どうした」
 隼人の指が会陰部を行きつ戻りつさする。
「ん、その」
「その?」
 指が止まって、柔い部分を押し込む。
「んっ⁉︎」
 下腹部にじわりと熱さが広がった。
「え? あ、こ、これ、あっ⁉︎」
 もう一度、くっと押し込まれ、小刻みに揺らされる。まるで内側からこすられているような快感が湧いてきた。
「あっあっ——ああっ」
「ここも気持ちいいんじゃないか?」
「っん、あっ、き、気持ち……い、あっ」
「中と繋がっているからな」
「ひ、あ、あ……っ」
「それで、さっき言おうとしたことは?」
「あっ、ん、んっ」
「竜馬?」
「んあっ」
 芽生えた神経に繰り返し信号が送られ、次第に受け取る感覚が強くなっていく。自分の身体が作り替えられていくようだった。
「う……、な……なか……、中……っ」
「中?」
「——んあッ」
 きゅ、と一点を押され、びくんと腰が上がる。隼人の手に力が込められて、腿を押さえつけられる。逃げられない。
「あっ……」
 とうとう、その場所に隼人の唇が触れる。
「は、はやとぉ……っ、あっ、あっあぁ……っ」
 舌の表面でべろりと舐められ、吸いつかれる。キスに舌の動きが合わさって、隼人の口元から音があがる。その淫らさに応えるように、竜馬のそこが開いていく。
 舌がずぬりと挿入り込んできた。
「んっ、んひ、あ゛、あっ……あ、はっ、あぁっ」
 指とはまた違う感触。柔らかく、弾力がある。その塊が竜馬の内側を舐っていく。
 ——き、きもち、いい……っ。
 残っていた恥ずかしさが肉体の快感にうずもれていく。
「う、あ……っ、だ、だめ、それ……っ、は、あ、ああっ」
 だめ、と言いながら隼人の愛撫に合わせて尻が揺れる。にゅくにゅくと舌が動いて、すっかり無防備になった場所をつつき回す。竜馬の唇とシンクロするように、下の口・・・も騒がしく喘ぐ。
「んっ、いい……っ、は、あっ……」
「もっとして欲しいか」
「……っ」
「りょうま」
「……っん! ん、あ、あ……っ」
「『中』はこうだと思ったんだがな。違うなら、やめようか」
「う、……そ、その……」
「どうしたい?」
 ぺろりと縁を舐め、唇を押しつける。
「んあっ、……そのっ、ん」
「その?」
「あっ! あっ……、も、もっと……し、…………して」
 ささやくような声が落ちた。
「わかった」
「——ッ、あ゛ッ‼︎」
 ぢゅく、と肉の吸われる音が響く。あられもない姿だと自覚している。けれども止めることはできなかった。もちろん、引き返すことも。
「うあっ」
 隼人の舌が自分の中を探って、味わって、悦ばせようとしている。興奮で脳の回路がぢりぢりと焦げついていくようだった。
「は、はやとっ、いい……っ、あっ、きもちい……っ」
 内腿がガクガクと震え出す。舌先がねじ込まれて拡げられる感触、くねる肉が粘膜に密着して伝わる振動、熱の塊がずるりと引いていくときにだけ湧いてくる腰が溶けそうな快感。その全部を繰り返し与えられて、竜馬のペニスははち切れそうなほどに勃起していた。充血した亀頭からはカウパー液が溢れ続けている。
「あああっ」
 強く吸われ、竜馬の四肢が強張る。直後、一気に弛緩する。
「あっ……あぁっ、あっ……」
「……こっち・・・でイッたのか?」
 隼人が嬉しそうに含み笑いし、ひくつくアナルに再び舌先を挿入する。
「ひんっ」
 裏側を舐められて、勃起したペニスもひくりと蠢いた。
「あ、あ……っ、はやと、はやとぉ……っ」
 ぐずぐずにとろけた声。隼人の舌からもたらされる熱さが全身に広がって、満たされた気持ちになる。
「お、おれ、もう……、んあ……っ、あ……」
 ペニスは勃っているのに、不思議と射精への欲はなかった。じわじわと体内を刺激し続ける余韻があまりにも心地よくて、このまま眠ってしまってもいいとまで思った。
 熱が離れても、優しく舐められているような気がした。
「……ン、すげえ、気持ちよか……た」
 指先がシーツを這い、隼人の手に触れる。
「……はやと」
 紅潮した肌が目に入った。黒い瞳も普段より大きい。汗ばんで、乱れた髪の先が額や首筋に張りついていた。隼人の興奮の証をひとつひとつ目の当たりにするのは嬉しかった。
「はやと…………好き」
「————っ」
「……へへ」
 まだ身体中の力が入らない。それでも、嬉しさに笑みが零れた。
「……竜馬」
 ギ、とベッドが鳴る。
「……はやと?」
 その切れ長の目が鋭く光る。
「もう少し、気持ちよくなりたいだろう?」
「へ」
 意味を理解する前に隼人がローションボトルを取り出す。
「え」
 ぎゅっと握りつぶし中身を搾り出す。手早く指にまとわりつかせると、未だ夢見心地の竜馬のそこに塗りたくった。
「えっ、あ、あっ」
 柔らかくほぐされた肉の門はすぐに開いて指を飲み込もうとする。隼人は指の先に乗せたローションを押し込み、塗り広げる。
「あ……んあっ、んっ!」
 何度も指が出し入れされるうちに、心地よく広がっていた快感が反転し始める。触れられている部分に急速に集まり凝縮されていく。
「う……、あ、あ、は……っ」
 あっという間に物足りなくなる。
 もっと強く、もっと奥まで、と望んでもその通りにならない。じれったくて、まどろっこしい。「もう十分だろ」と毒づく代わりに、竜馬は呻いて尻を振った。
「ああ。今、挿れてやる」
 まるで竜馬の意を汲んだような返事をし、隼人は中指を潜り込ませた。
「ンあッ!」
 ざわめく肉壁の間を長い指が進んでいく。
「——ああッ‼︎」
 舌では届かない場所に触れられる。びり、と痺れるような刺激が腹の中に生まれた。外から押されていたときよりももっと直接的だった。
「ひっ、う、ひあ……っ」
 かき回され、ぞくりとした感覚が腰から背骨の真ん中を通って頭の先に抜けていく。隼人は指の動きに合わせて悶える竜馬をじっと見つめ——一気にこすり上げた。
「あ゛……ッ」
 さっきとは違う。深さも、刺激の種類も。昨日感じていた「向こう側」の気配が再び現れた。
「あ、あ」
 見る間に竜馬の目に涙が浮かんでくる。は、は、と浅く短い呼吸を繰り返す表情は苦しげだった。
「あ……あっ」
「……竜馬」
「い、イク……っ、これっ、あ゛、あ゛」
 尻が浮く。隼人の指が角度を変えてもっと奥まで侵入してきた。
「イ゛……、う、ひう゛っ!」
 飛び越えるのは一瞬だった。
 頭の中いっぱいに白い光が弾ける。触れられている箇所から熱が噴き出るような感覚がした。
「……ゔ、ぅ…………あ……っ」
 身体が勝手にびくびくと動く。昨日とは明確に違っていた。
 ——い、いま、イッて、る……。
 射精時とは異なる肉体の呻き方に隼人の目が食いつく。締めつけてくる秘所を凝視し——中からそっと揺らす。
「う、あっ」
 ちか、と再び光が明滅する。
「んん、ンッ」
 糸を引っ張られた操り人形のように竜馬の肢体が跳ね、それからベッドに崩れ落ちた。
 室内にふたり分の荒い呼吸が響く。
「……りょう……ま」
「あ……あぁっ」
 隼人の指が熱をはらんだ肉をなぞりながら引き抜かれていく。それすらも過敏になった肉体には刺激が強過ぎて、竜馬はまた白い光のまたたきを浴びた。

 

 DAY 6

 昨日の感覚が忘れられない。舌でまさぐられたことも、中で達したことも。
 それに。
 竜馬の目線が下りていく。
「……」
 ごく、と唾を飲み込む。
「竜馬?」
 隼人が違和感に気づき、口づけをやめる。
「どうした? もし調子が悪いのなら——」
 最後まで言わせない。右手で股間に触れる。隼人の双眸が見開かれた。
「すげ」
 下着の上からさすって、形を確かめる。
「……っ」
 一瞬、隼人の腰が引ける。竜馬の手が追いかける。
「へ、へへ……」
「おい」
「おめえ、昨日もこうだったよな」
 手のひらにはっきりと感じる。ぎゅっと握り込むと、隼人の身体が揺れた。
「ン、また硬くなった」
 指に脈動を感じた。すでに火照っている肉体がもっと熱くなる。
「もしかして……最初の夜からずっとこんなにしてたのかよ」
「……」
「だからズボン穿いたままだった……とか」
 答えを待たず、顔を近づける。
「りょう、おい、竜——っ」
 隼人の顎が上がる。
「う——」
「ン……ふ…………っン」
 布ごと口に含む。鼻で軽く息を吸うと身体の中が隼人の匂いで満ちる。汗と性的な香りで意識が痺れるようだった。
「ん、ン……」
 唇で挟み込み、軽くしごき上げる。亀頭の頂部分に染みが現れる。竜馬はそこを指の腹でくにくにと刺激した。
「う……」
 染みが徐々に広がっていく。
「うは、すっげえ出てきた。……な、このシャツ脱いでくれよ。汚れるだろ?」
 先端部にキスをする。隼人は少しの間ためらっていたが、結局従った。
 ——あ……。
 Tシャツが投げ捨てられると空気が流れ、濃度を増した隼人の匂いがまとわりついてきた。
 ——これ、興奮する……。
 うず、と震えが生まれる。もっと直に浴びたくて、先端部分を口に含む。舌で膨らみをなぞると、布地のざらつきと、滲み出てきた我慢汁のぬらつきとを感じた。
 布地を咥えて引っ張る。下腹との間に隙間ができるとすかさず指を引っ掛け、ずり下ろす。隼人の声が落ちてくる前に、張り詰めた陰茎にしゃぶりついた。
「りょう、ま……っ」
 隼人の手が竜馬の頭を押しのけようとする。竜馬は離すまいとしがみつき、咥内に迎え入れた。
「うっ」
 反射的に隼人から零れる。竜馬がしてやったり、と言わんばかりに上目遣いで笑った。

「ン、んう……っ」
 頭を動かすたびに甘い鼻声が竜馬からあがる。舌先を滑らせると、隼人自身の熱さと弾力が直に伝わる。なぶろうと思っても、張りに押し負けそうだった。
「……ん、ふ」
 口の中いっぱいに隼人の味がする。とめどなく溢れ出てくる雫を吸った分だけ自分のペニスからも滴る。明確に淫らな行為をしているという認識がまた、竜馬の感度を高めた。
「はあっ……んっ、はやとのチンポ……ん、すげえ、な……」
 ちらりと目をやる。少し乱れた前髪の隙間から、じとりとした目つきが降ってきた。
「……りょうま」
「へへ……」
 鍛えられた腹筋に手を伸ばす。しっかりと触るのは初めてだった。その形と肌の熱さを確かめていると、隼人の手が頬に触れてきた。
「ン……」
 指先が滑り、顎の縁を撫でる。首から耳へ上がり、耳介の凹凸を柔くなぞっていく。くすぐったさに竜馬の肩がぴくりと動いた。指先は髪に差し込まれ、地肌を優しく撫でる。
「あ、ふ……」
 自然に声が溶けてしまう。身体のどこでもいい。隼人に触れられると、気持ちよくて満たされる。それなのに、もっと触って欲しくて仕方がなくなる。隼人に触れたくてたまらなくなる。
 竜馬はペニスを舐め上げ、吸いつく。唇の隙間から舌先をちろちろと遊ばせ、肉茎を刺激する。そうして軽く煽ってから口に含む。己の行為に応えてひくひくと悶える肉棒が何とも可愛らしく感じた。
「ん、ぐ……っ」
 深く咥えてストロークを始める。包まれる感覚に隼人の身体が大きく震えた。
「……っ、ふ、く……」
 我慢の末に零れ落ちるような吐息が聞こえる。耳に心地よくて、官能をそそられる。誘われて目を向けると、険しさを増した隼人の面があった。
 ——あ。
 迫り上がる快感をねじ伏せんとするかのような表情に、胸が高鳴る。アナルが疼いた。
 ——やべ。
 自分の愛撫で隼人が感じている。その姿で肉欲が湧き上がるなんて。
 もしかして、隼人もこうだったのか。己の手で乱れていく竜馬を見て、興奮してくれていたのか。
「——」
 好きだから触れたい。気持ちよくなって欲しい。
 きっと同じ心を持っている。そう思うと胸の中がいっぱいになった。
「ン、ン」
 もっと感じて欲しい。いつもしてくれていることを返してやりたい。
 吸い上げながら頭を引いていく。唇をカリ首に引っ掛けると舌先で亀頭を撫で回し、また深く咥え込む。脈打つ様が粘膜に伝わってきた。
「う……、りょ、りょう……っ」
 切羽詰まった声に聞こえた。竜馬は竿を手でしごきつつ、口での愛撫をペニスの先へ集中させる。
「ふ——」
 びく、と隼人の身体が震える。
「ン、え?」
 不意に顔を持ち上げられ、ペニスから引き離される。
「てめ、あにすン——わっ」
 手の中の肉棒が精を放つ。白濁は竜馬の頬に飛び散った。
「あ……」
 呆けて隼人を見上げる。相変わらずきつい目つきだったが、口元からは熱を帯びた息が吐き出された。吐精の解放感からか、どことなく気配がゆるんでいた。
「すまない」
「え、あ」
 隼人が肌にかかった精液を拭う。我に返ると鼻腔に隼人の匂いが広がった。
 ——あ。
 身体の奥がむずむずする。
「べ、別に口に出してもよかったンだぜ」
 本心だった。むしろ、自分の中で受けとめたかった。
 隼人は形のいい眉を少しだけ動かし、
「そこまでしてもらう必要はない」
 と答えた。さっきまで間違いなく興奮していたはずなのに、すでに冷静さを取り戻している。それが何だか気に食わなかった。
「ホントは気持ちよかったンだろ?」
 もう少し触れていたかった。隼人が感じているところを見ていたかった。
「おめえ、俺にはしつこくしてくるクセに、自分がされンのは嫌だってか? ンなワケねえよな。あんなにチンポおっ勃ててよ」
「……」
「あ、わかった。すぐイッちまうから恥ずかしいンだろ」
 煽って、再びペニスに舌先を伸ばそうとする。
「へ」
 隼人が覆いかぶさってくる——と身体をひょいと裏返しにされた。
「なん、てめ、怒ったの——ひゃっ!」
 尻に冷たさがあたった。とろりとしたそれはすぐ割れ目に入り込み、敏感な合間を流れ落ちていく。
「てめっ、冷て……ンッ!」
 言葉も動きも止まってしまう。隼人の指がためらいなく触れた。
「ん……っ、あ、ん!」
 全身にぶわりと広がる。
「あ、あ……っ」
 隼人の手が肌の上をくまなく撫でていくような感覚。その下で灯っていた熱が肥大し始めた。
 連日の愛撫に慣れたそこは簡単にほぐれていく。指の先が出入りを繰り返すと、くちくちとおとなしい音はローションと空気を巻き込んで大きくなっていった。
「あっ、あっ」
 少しずつ熱が進んでくる。まだ触れられていない肉が指を求めてざわつく。
 ——は、早く……っ。
 だがなかなか届いてくれない。
「う……っ、んあ、あっ」
 我慢できなくて尻を押しつける。中をかき分けるようにずくりと指が挿入ってきた。
「ふあッ——」
 びく、と身体が固まる。指は一度引き抜かれ、次の瞬間、ひくついている肉の間を突き進んできた。
「んあッ!」
 付け根まで埋まる。隼人がその手を細かく動かすと、挿入口と中の両方が揺さぶられた。下腹部が振動する。気持ちよさが波のように押し寄せてきた。
「あっ、そこっ」
 快感の粒が弾ける。一番触れられたかった場所に、隼人の指があたっていた。嬉しさが込み上げる。と同時に、声も憚らなくなっていく。
「——んああっ、あっ、気持ちいいっ」
「だろうな」
「あっ、あっ」
 ベッドに顔を押しつけ、尻を上げてもっと、とねだる。初めてそこをさらした夜とはまるで違う光景だった。
「あっ、は、あぁっ!」
 隼人の指に合わせてぐちゅ、と聞こえてくる。それが耳から入ってきて、竜馬の脳を揺らす。身体中の細胞が熱くなって、ぴりぴりと痺れるようだった。
「う、うぅ……っ、は、はやと……っ、イクっ、イキそ……っ」
「ああ、イッていいぞ」
「んあっ、あ、あぁっ」
 かき回され、突かれ、ローションが泡立つ。収まりきれずに押し出されてきた潤滑剤は太腿の筋肉に沿って流れ落ちていく。ぐしゃぐしゃに乱れたシーツは、垂れるがままのローションと、とめどなく溢れる竜馬の我慢汁で濡れていた。
「ひっ、あ、あっ——あ、ああッ」
「竜馬」
「んあ゛ッ、あ゛ッ‼︎」
 内側の一点から、瞬時に広がる。快感が皮膚を突き破って全身を覆う。竜馬は快楽の海に引きずり込まれ、窒息寸前でベッドに沈んだ。

 

 DAY 7

 しん・・としていたロッカールームにドカドカと無遠慮な靴音が響く。
「ふいー、腹減ったなあ」
 弁慶が腹を撫ですさる。竜馬はあきれて太い眉を下げた。
「おめえ、訓練前にも食ってたろ」
「あれはおやつみたいなもんだ。うどん一杯で腹は膨れねえよ」
「それで訓練のあとに飯食って、寝る前にももう一食ってか」
「よくわかるな! 俺はこの身体だからな、ゲッターに乗るためにもたらふく食わないといけないんだ」
「ただ食い意地張ってるだけじゃねえか。そのうち腹がつかえて操縦できなくならあ」
「何を!」
「お? 飯の前にもうひと汗といくか」
 竜馬がファイティング・ポーズを取ったところで隼人が入ってきた。
 ふたりを見るなり「やるならほかでやれ」と素っ気なく言い、ロッカーに向かう。竜馬と弁慶は盛り上がった気分を一瞬にして削がれ、互いに「お、おう」と口の中でもごもご答えた。
 弁慶と目配せをし、おとなしく着替え始める。斜め後ろで衣擦れの音がした。さりげなく視線をやり、隼人の横顔に釘付けになる。
 うっすらと汗ばむ首筋に数本の髪の毛が張りついている。は、と微かに零れた吐息がやけに艶っぽくて、キスを終えたあとを連想させた。マフラーに掛けられる指先も、肌にまとわりつく髪をかき分ける仕種も、竜馬をその行為に誘う様を想像させた。
「……っ」
 身体の奥にちり、と火が灯る。ダメだ、と瞬間的に意識を逸らそうとする。だが感覚を思い出した胸の先が反応する。
 と、隼人の視線がこちらに流れてきた。
「——ッ‼︎」
 竜馬は慌てて背中を向けると、急いでパイロットスーツを脱ぎ始めた。

   †   †   †

 やばかった、とベッドの上で溜息をつく。ぴたりとしたパイロットスーツなら乳首が勃っているのも丸わかりだ。見られたら、どうしてそうなったのかを知られたら、とんでもなく恥ずかしい。
「……う」
 まだ隼人の姿がちらついている。あちこちがムズムズしたまま収まらない。
「くっそ、一発抜きてえ……」
 うつ伏せに寝転んで静まるのを待つ。
「…………」
 昨日、素直に言えばよかった。
 もっと隼人に触れたい。そして、もっと触れて欲しい。
 身体は開かれる感覚をもう知っている。あとは隼人自身を受け入れるだけだ。
 きゅっとシーツを握りしめる。
 隼人と一線を越える。
 それも、恋人として。
 ずっとひとりだった自分には考えられないことだ。毎夜、隼人のぬくもりを感じて少しずつわかってきた。
 やはり、怖いのだ。
 もう戻れない予感。自分自身が変わってしまう不安。一度手にしてしまえば、今度は失くす恐怖が芽生えてしまうかもしれない。
 それらは、どれほど竜馬を縛るのだろうか。もっと近づきたいと願っているのに。
「…………はやと」
 鬼を切り裂いた手は優しく、ときに激しく、熱を持って触れてくる。竜馬の奥底にくすぶっている好ましくない火種を取り除こうとしてくれる。そうして、竜馬が身も心も開放するのを待ってくれている。
 昨日触れた隼人の昂り。ずっとあんな状態で、竜馬の許しを待っていたのだ。
 ——隼人が、俺を。
 胸の中がクッと詰まる。
 嬉しくてたまらない。隼人の気持ちは十分に伝わっている。あとは自分自身が飛び込んでいくだけだった。
 ——きっと、大丈夫だ。
 受けとめてくれる。
 ——隼人なら。
 じっと見つめてくる眼差しを思い出す。胸の奥が熱くなって——身体までもが熱くなってくる。
「……ン」
 静まるどころか、皮膚が刺激を求めてざわめき始める。わずかに身じろぐと服で肌がこすれる。竜馬は無意識に身体をベッドに押しつけた。
「ん、ん……っ」
 下腹部にじんとした軽い痺れが現れる。
「あ……、やべ」
 腰を入れる。圧力と布のこすれがペニスに伝わる。直接的ではないからこそ、その淡さともどかしさが次を欲する。もう一度、今度は下腹部と胸を押しつけ、ずり上がる。
「ン……!」
 ペニスと胸の先に摩擦が生じる。洗練された刺激ではない。鈍くてじれったい。
「は……あ、ン」
 ゆっくりと身体を上下に動かす。乳首もペニスも勃ってきた。
「んう……、どうし、よ……んっ、けど、これ」
 じわじわと湧いてくる欲を手放せない。
 ——す、少しだけ……。
 腰を浮かせ、右手を滑り込ませる。
「あ……っ」
 軽く手を上下させると、すぐに硬くなる。ズボンの上からなのに、前にひとりでしていたときよりも気持ちよかった。
「ん、あ」
 胸をベッドにこすりつけながら、膨らみをなぞる。あっという間に物足りなくなってきた。
 ——は、隼人の、指。
 目を閉じて触れられているところを想像する。長くて器用な指が竜馬の下腹をなぞり、竿をこする。裏筋を指の腹で撫で、すぼめた五本の指先で亀頭を包み込んではくすぐる。それから鈴口を少しだけ意地悪をするようにぐりぐりと刺激して——。
「んっ」
 不意に尻の中が疼いて、身体が振れる。
「あ……」
 竜馬の中を満たしてくれる指。想像するともっとアナルがひくつき始めた。
「……」
 時計を確認する。まだ五時前。隼人の訪れを心配する必要もない。
「……しゃあねえよな」
 我慢できない。
 風呂に入ってしまえば痕跡は残らない。竜馬は小さく頷き、サイドテーブルの引き出しからローションのボトルを取り出した。
「あ」
 半分ほどになっている中身を見て気づく。隼人はこういうところはチェックしていそうだ。だが線を引いてあるわけでもない。使い過ぎなければきっと大丈夫だろう。
「……うし」
 もう一度頷き、罪悪感を取り払うように服を脱ぎ捨てた。

 

 身体の前から手を回し、中指を沈めていく。さすがに隼人の指ほどの快感はない。けれども埋めてくれるモノを求めていた肉は一斉にひくつき出した。
「ン……ん、あ」
 ゆっくりと動かし、違和感がないか確かめる。毎日慣らされただけあって平気だった。それでも無理はせずに穴の付近をいじってみる。自分の指がヒトの体内に挿入っているという感触と、尻に指を挿れられている感覚が同時にあるのは奇妙だった。
 だがそれは指を出し入れしているうちに薄くなる。穴の内側からゆるやかな快感が放出され、感度が高まっていく。隼人がしていたように、円を描くように動かしてみたり、壁を軽く押してみる。時折きゅっと電流が走り、身体の中を突き抜けていく。その際に乳首も軽くつままれるような錯覚に陥る。全部、隼人の手で教えられたものだった。
 さらに深く挿入する。
「ふ、あ——」
 肉壁が押し上げられていく。
 ——あ、これイイ……。
 身体がふわりと浮くようだった。
 手のひらを掬うように動かす。親指の下の膨らみが会陰部を刺激する。
「ん、あ、あ」
 隼人に押されたときを思い出す。同じように小刻みに揺らしてみると、中に熱さが広がった。
「あ……あ……、いい、んあ……は」
 腰から下に熱が集まっていく。ざわざわと蠢いて、竜馬の内側を撫で上げる。隼人の指なら、もっとはっきりとした快感をくれるだろう。
 ——隼人、の。
 あの、熱の塊が浮かんでくる。指と口で脈動を感じた。
 竜馬の喉がごく、と鳴った。
 指も欲しい。
 けれども、あの昂りがもっと——。
 はやと、と唇から落ちそうになった瞬間。
「————ッ‼︎」
 インターホンが鳴って、竜馬はそれこそ石のように固まってしまった。
 大きく見開かれた目がそろそろと扉に向く。モニタが人影を映し出していた。
 ——隼人!
 離れていても特徴的な前髪でわかった。
「え、あ、ど、どうし——」
 居留守を使おう、と瞬時に思った。だが隼人はパスコードを知っている。もし留守と判断してもらえても、待つつもりで入ってこられたらまずい。
 ——ど、どうする⁉︎
 出ていくのもリスクがある。隼人は妙に勘がいい。
 ——いや。
 竜馬の脳裏に数日前の出来事が浮かんだ。あのときはうまくいった。同じだ。きっと誤魔化せる。それで少し話し相手になってやって、腹が減ったからと食堂にでも逃げればいい。
 ——そうだ。
 飛び起き、慌ててタオルで肌についたローションを拭う。そのタオルをデスクの空いている引き出しに放り込み、服を着ていく。頼むから今、扉を開けてくれるなと願いながら。
 ドアパネルからパスコードの入力を受け付けている音がしないか気にしながら、髪を撫でつけ乱れを直す。ズボンにローションがついていないか確かめながら扉に近づくと、大きく深呼吸をした。
「よ、よう」
 現れた男にはにかむ。少しうわずった声に、隼人の目が不思議そうに細められた。
「い、いつもより早えから、その」
 肩をすくめてみせる。恋人の不意の訪れに胸を高鳴らせている——そんなふうに受け取ってもらえれば何も不自然ではないはずだ。理由は違っても、状況は同じなのだから。
「その」
 心臓がバクバクしている。どう続けようか頭をフル回転させていると、隼人が抱きついてきた。
「え、はや、え」
 ぎゅっと抱きしめられる。
「あ」
 隼人の香りに包まれ、頭の中が真っ白になる。
「竜馬」
 耳元で呼ばれて、それだけで身体の芯が熱くなった。完全に静まっていないペニスが服の下で再び反応を始める。
 ——あ、や、やべえって。
 隼人の事情は知らないが、どうやら催してしまったらしい。このまま事が始まってしまえば自慰がバレてしまう。
「あっ、あのよっ」
「何だ」
「その、俺」
 上着の背中を軽く引っ張って待ったをかける。
「ちっと腹、減ったから、よ」
「……だから?」
「だから、その、先に飯食ってきてえ」
 これまで竜馬の気持ちを思い、身体を気遣ってくれた隼人だ。きっと一時いっときだけ解放してくれる。
「訓練のあとシャワーも軽くしか浴びてねえから、風呂もちゃんと入りてえ」
「……」
「な、それからじゃダメか」
 少し甘えるように言ってみる。たぶんこれで——。
「駄目だ」
 首筋に唇が触れた。
「ひゃっ」
 腰を引き寄せられる。
「あ——」
 ぐい、と隼人の下半身が押しつけられた。
「は、隼人」
 隼人の、形のいい小鼻がスン、と動く。
「……お前の匂いがする」
「え」
「お前の、いやらしい匂い・・・・・・・
「な——んうっ」
 尻を鷲づかみにされ、反射的に震える。
「お前、オナニーしていたろう」
「……あっ」
「違うか?」
 尻の肉を揉まれ、指先でなぞり上げられる。
「ンッ、あ」
 指は隠している劣情を暴くように動いてから割れ目の中に吸い込まれていく。
「あんっ!」
 口から飛び出てしまう。一瞬ののち、我に返った竜馬が顔を赤くして身をよじった。
「い、いきなり何だって——ンんっ⁉︎」
「ひとりでするなと言っただろう?」
 ズボンの上からそこ・・をぐいぐいと押す。竜馬の身体がピンと伸びて爪先立ちになった。
「あっ、ばか、やっ、あんっ」
 力が抜けていく。立っていられなくて隼人にしがみついた。
「し、して、ねえっ、あっ」
「本当に?」
「ほ、ほんと、あっ、あっ」
 隼人の低い声と、微かに興奮が入り混じった呼吸を耳元に感じながら、竜馬は懸命に首を横に振った。
「なら、確認しても問題はないな」
「へ? な、あ——わっ」
 竜馬を軽々と持ち上げる。
「え、ちょ」
 脚をバタつかせるのも気にせず、そのままベッドへ連れ込む。
「わっ、て、てめっ、あっ」
 竜馬が目を白黒させているうちに、隼人の手は器用に服を剥いでいく。そして——。
「わあっ、ばかッ‼︎」
 身体を丸めて抵抗するも虚しく、竜馬の尻が外気にさらされた。こうなってはもうどうしようもない。背中を向ければ尻は無防備だし、前を向いたら昂りの名残りが見て取れる。竜馬は横向きで必死に身体を隼人の目から隠す。
「抵抗しているつもりか?」
 隼人の目が笑う——欲情のギラつきに竜馬が気を取られる。その隙に隼人の望む姿勢を取らされていた。
「あっ」
 がばと腿を押し広げられ、局部が丸見えになる。緊張にそこがキュッと閉じられた。
 隼人が内腿の際どい部分を撫でる。指先を確かめて、今度は唇が笑った。竜馬の鼻先にその指を近づける。
「え……あ」
 ローションで濡れていた。
「してたな」
 竜馬の顔がこれ以上ないほどに真っ赤になる。
「我慢できないときは声をかけろと言ったはずだ」
「……ぅ」
「言いつけを破ったばかりか嘘までつくとはな」
「……う…………ろ」
「何?」
「……う……だから…………ろ」
「はっきり言ったらどうだ」
 竜馬の口が思いきり歪んで、そして開かれた。
「……う、後ろで……後ろでしてたンだからノーカンだろ‼︎」
「——」
 自棄やけのような叫びを聞き、隼人が珍しく呆ける。
「て、てめえ、『こっちで満足されても困る』って言ったじゃねえか!」
「…………言った」
「『射精は厳禁だ』って、あれはどう考えたって竿のほうをいじるなって意味だろ!」
「……そう言えなくもない」
「あンだよ、その回りくどい言い方! 俺がしてたのは前じゃねえ、後ろだかンな‼︎ だから別に約束破ってねえだろ! それに『言いつけ』っててめえ、俺はガキじゃねえっつうの!」
 一気にまくしたて、睨みつける。
「お、俺は悪くねえからな! おめえがちゃんと言わなかったのが悪ぃンだからな!」
 びっと指を突きつける。隼人は未だ茫然とした様子で竜馬を見下ろしていた。
「わかったか!」
 ぶんぶんと手を振り、自分の正当性を説く。だが隼人は無言で固まってしまっている。次第に裸で大股を広げている自分が恥ずかしくなってきた。
「……わ、わかったら手ぇ離せよ」
 身体を揺すって催促する。しかし隼人は動かなかった。
「ちょ、なあ、おい」
「……悪かった」
「へ」
「俺の言葉が足りなかった。すまない」
 隼人の目は真剣そのものだった。
「お…………おう。わ、わかりゃいいってことよ」
「なら、この話は終わりでいいか」
「ああ」
 何も好んで揚げ足を取りたいわけではない。自分だって自慰行為をしていたのは事実で、しかも隠そうとした。それに言わば逆切れをした。何にでも精確さを求める隼人の性分に付け込んで言い逃れしたに過ぎない。
 ——もしかして、言い過ぎたかも。
 何か考え込んでいるような表情の隼人に、だんだん不安になってくる。
「あ、あのよ」
 自分もひと言、詫びたほうがいいだろうか。そう思って口を開いたときだった。
「竜馬、深呼吸しろ」
 と、妙な指示が飛んできた。
「は?」
「ゆっくり深呼吸をして、身体の力を抜け」
「え、え」
 唐突ではあるが、無理でもないしふざけているようでもない。自分の緊張を和らげてくれているのかと、竜馬は素直に従った。
 やはりかなりの緊張だったのか、深く呼吸をするたびに身体がゆるみ、心が落ち着いていく。
「…………ん」
 すると今度は「いきめ」とさらに奇妙なことを言われた。
「は⁉︎」
「尻の穴に力を入れろ」
「な、何だよ、さっきから力抜けだの入れろだの」
「いいから」
「いいからって、てめ——あ」
 尻の奥にぞろりとした感触があった。
「あ……っ」
 あたたかいものがゆっくりと下ってくる。正体に気づき、竜馬が顔をしかめた。
「竜馬」
「んっ」
「今出しておかないと、食堂で垂れてくるぞ」
「ンなっ」
「ほら、早くしろ」
「く、くそっ」
 やはり隼人を相手にするのは一筋縄ではいかなかった。
 尻穴に力が込められる。隼人の目が満足げに細められた。
「う……ン、んっ」
 ローションが伝い落ちてくる。その感覚に身震いする。
「う、くそ…………ヘンタイ」
 隼人のじっとりとした目つきに投げつける。だがその眼差しで射られ、逆にぞくりとした快感を与えられる。
「ンッ……」
 とろりと溢れてくる。体内であたためられたローションが敏感な縁を舐めながら落ちていく。まるで隼人の指が引き抜かれていくときのようだった。
「あ、あ……っ」
「……」
 まばたきもせず見つめていた隼人の喉が大きく動いた。

 

「あ、あ、あ」
 隼人の指に縋るように腰が動く。自慰で中途半端に高められたそこは嬉々として指二本を飲み込んだ。
「ふ……っ、あっ、あっ」
 脚を広げ、尻を浮かす。指がもっと深くまで挿入ってきた。竜馬自身の指では届かなかった場所だ。
「あぁっ、あっ……あっ!」
 飢えた獣の目つきのくせに、ひどく優しくすぼまりを撫でて「挿れて欲しいか」と訊いてきた。頷く以外に何ができるというのか。
「んあっ」
 隼人の絡みつくような視線を感じる。肉の内側が疼く。かき回されたい衝動が噴き出てくる。
「どこがいい?」
「んっ……、あ、あ」
「竜馬」
「んあっ」
 もう少し奥を、ほんの少しだけ強く。
 言いたいけれど、まだ素直になりきれない。だから自分で迎え入れる。
「——っく」
 腰を突き出して、押しつける。
「っふ、あっ、あっ」
 あたっている。じんじんと痺れるような、それでいて一際気持ちいいところをぎゅっと押されているような感覚。あたりをわずかに弱めると、途端に疼いてもっと欲しくなる。もう一度押しつけると先刻よりも強い刺激が返ってくる。この落差がたまらなくクセになりそうだった。
「はあっ、あっ、あぁんっ」
 目を閉じ、隼人の指を感じる。それでも満足できない。際限なく欲しくなる。
「……竜馬」
 小さく隼人が笑う。だが夢中で腰をうねらせている竜馬には聞こえなかった。指が自発的に動くのをやめているのにも気づかない。
「あっ、き、きもち、いい、っン!」
「そうか」
「んあっ、あっあっ」
「なら、これは?」
「——ひっ!」
 全身が硬直する。
「ここは?」
「あ゛あ゛ッ!」
 竜馬の腰が跳ねる。
「あ、あ……え、あ……?」
「気持ちよくないのか?」
「————ッ‼︎」
 隼人の指が動き出すと、竜馬の反応が変わった。
「あ゛ッ! それ、あ゛、や、あ、あッ!」
 身体ががくがくと震え出す。
「な、なん……っ、ひっ、こ、これ、やべっ、お゛、あ゛ッ」
「やめるか?」
「や、やめっ、あ゛、だめ、もっと、もっとして……っ、ひぁっ、だめっ」
「もっとか? やめたいのか?」
「ん゛ん゛ん゛あっ! きもちいいからぁっ、だめっ、や、やめ……っ」
 指を押し込み、ねじる。指の腹で腸壁をこすり、関節でくっと圧力をかける。繰り返すと、竜馬が鳴きながら涎を垂らし始めた。
「ひっ、ひっ、も、もう、ヘンになる……っからぁっ、あ゛ッ、あ゛んッ」
 じゅく、とローションが泡になって零れ落ちてくる。またばきもせずそこを見つめている隼人から、ふうっと熱い息が吐き出された。
「い゛ッ、イクッ……、あ゛ッ、や、あ゛ッ……お゛っ……」
 隼人が身を乗り出し、指先に軽く力を乗せる。瞬間、竜馬の四肢が硬直し、向こう側に到達したことを伝えてきた。
「……お゛、あ…………あっ……」
「竜馬……」
 長い指を引いて——また押し込む。
「ンあ゛っ!」
 筋肉質の身体が簡単に跳ねる。
「お゛ッ……」
「ここ、イイだろ?」
「ばっ、ばかっ、あ゛っ、イクッ、またイク、か、らぁっ——」
 しかし隼人の手は止まらない。収縮している中をかき分け、熱くとろける肉をこね回す。
「て、てめ、あっ、や、やだっ、イクッ!」
 息をつく時間もなく、竜馬の全身が緊張する。皮膚の下で筋肉が震えて、絶頂の瞬間を教えてきた。

 

 Zero Distance

 うねる波に揉まれ続けて、何回達したのかもうわからなくなっていた。
「……ッ、ひ、あ゛ッ」
 ずっと達したままの気がする。痙攣が収まらない。そこにさらに大きな波が幾度も襲ってくる。
「お……、あ゛、は、はや……と……あ゛ッ」
「ケ、ケツでイク……っ、う゛」
「お、おれ、のカラダに何しやがっ……あ゛っあ゛っ」
「て、てめ……っ、はや——ん゛ひッ⁉︎」
 隼人は無言で竜馬の中をいじり続ける。幾度達しても終わりが見えなかった。
 ——あ。
 一瞬、意識が落ちる。
 恥ずかしさから記憶が飛んだときとは違う。
「や、やめ……っ、あ゛」
 指だけでイカされて気絶した——冗談じゃない。
 息も絶え絶えに喘いでいるのに、負けず嫌いの血が急に沸き立つ。
 竜馬の目つきに気づき、隼人がニヤリと笑った。
「イキ足りないなら、まだしてやるぞ」
 挑戦的な言葉が吐かれる。
「ほら」
「くっ——ぅ、ん゛あッ!」
「ひとりでするより気持ちいいだろ」
「ん゛ゔっ」
 そんなの当たり前だろ。
 言い返したかったが、言葉にならない。自慰はあくまでも隙間を埋める行為だ。そこから嬉しさや歓びが生まれてくるわけではない。
 ——くそっ。
 中途半端な自分のせいだ。自分は、隼人に触れられているからこそ満たされるのに。
「い、いい加減に……っ、しろ、よ……っ」
 表情が歪む。それは自分への叱咤でもあり、責めの手をゆるめようとはしない隼人への抗議でもあった。
「お、俺ばっかずっといじられ、て、……っく、あ、お、おめえはただニヤニヤしてるだけじゃねえか……!」
 力の入らない脚で蹴りを飛ばす。
「てっ、てめえのチンポは何のためにあるンだよ……!」
「——」
「ゆ、指じゃなくて……っ、そ、その……っ」
 ぎゅっと目を瞑ると、端から涙がぽろりと落ちた。
「そのっ」
 隼人の唇が吸い寄せられるように肌に触れて、涙の跡を拭う。そろそろと竜馬の目蓋が開かれた。戸惑いに視線が揺れて、おずおずと隼人を見上げる。
「お、俺……」
 頭の中が熱くなって、言葉が逃げていってしまいそうになる。けれども、ここでちゃんと伝えなくてはいけない。
「俺」
 隼人がまっすぐに見つめてくる。ずっと、こんなふうに自分を見ていてくれたのだ。
「……はやとが……欲しい」
 消え入りそうな、だが隼人にだけはしっかりと聞こえる声で告げる。それから、いつもの竜馬らしくキッと睨みつける。
「…………竜馬」
「本人がいいって言ってンだ」
 半べそをかいているくせに、唇を尖らせる。
「本当にいいのか」
「いい」
 隼人の上着をつかんで、引っ張る。
「待たせて悪かった」
「……」
「だから、さっさと挿れろよ」
 ねやで聞くロマンチックな誘い文句とは程遠い。それでも精一杯の竜馬の心に、隼人の口元に笑みが上った。

 

「……ッ」
 押しあてられた肉の感触に、身体の外も内も歓びに震える。ゴム越しであっても隼人の熱さがはっきりとわかった。
 思わず息を止める。隼人はちらと目線を寄越すと、ペニスの先でそこをこすり始めた。
「んあっ、……あっ」
 すっかり受け入れる柔らかさになっていた口が喘ぐ。張り詰めた肉の先端がからかうようにつついては舐める。押し開かれる覚悟をしていた竜馬はしおらしく待った。
 しかしなかなかその瞬間は訪れない。じれったさに尻が蠢いて熱の在処ありかを追いかける。それでも挿入ってこない。とうとう竜馬は自らの手で腿を押し広げてねだった。
「てめ……この、あ……っ、んあ、早、く……んっ」
 そうして、ふと力が抜けた瞬間。

「————ンあ゛ッ!」

 竜馬が仰け反る。
「……ひっ、お゛、あ゛……ッ」
 達したのは明らかだった。
「……りょう、ま」
 肉棒はまだ埋まりきってはいない。隼人は少し腰を引き、きゅうきゅうと締めつける力から逃れる。ふ、とひと息ついてから、今度はゆっくりと、だが止まらずに突き進んだ。
「ンひ——ッ⁉︎」
 竜馬の全身が硬直し、直後、触れてもいないペニスから達した証が迸った。
「あ゛……ッ、あ゛、や、ンんんッ!」
 竜馬に痛みや不快感が見えないか、隼人の目が素早く動く。
「ん゛っ、あ……っ!」
 その顔には恍惚と少しの混乱。隼人は頬を撫で、傍にいると伝える。竜馬の瞳が揺れ、唇から微かに「はやと」と零れた。
「動くぞ」
 まっすぐに覗き込む瞳を見つめ返し、竜馬は震えながらもはっきりと頷いた。

 

 ベッドが軋む。リズミカルにキシキシと鳴いて、時折大きな音を立てる。ひと息の間が空いて、今度は壊れそうなほどに間断なく。
 その音もかき消すほどに鋭く、甘く、竜馬の嬌声が響く。
「ああッ、あっ、んあ……っ」
「……竜馬、りょうま」
「ひっ……あ゛っ……、ま、また……イグ……んあ゛ッ!」
 全身で隼人にしがみつく。その身体の奥目掛け、幾度も隼人のペニスが突き入れられる。しっかりと抱きしめ合ったまま、ふたりは熱と快感を貪り続ける。
「竜馬」
「ン、あ……」
 隼人を咥え込んだまま抱き起こされる。角度が変わったせいと自分の重みで、さっきまでとは違う圧迫感が生まれた。
「う、ンあ……っ」
 ぶる、と震え、竜馬が思わず腰を浮かせる。
「あ——っ」
 肉棒に内側を引きずられ、動きが止まる。逃げる行為が裏目に出た。
「んっ、ンん……っ」
 内にとどまったままのペニスがじわじわと竜馬の中をかき乱していく。動いていないのに高みに押し上げられていく感覚がした。今ひと突きされたら、あっけなく達してしまいそうだった。
「は、う……、う」
 肩にしがみついたまま、こらえる。隼人がおとなしい間に、と竜馬は急いで呼吸を整えようとした。
「んっ⁉︎」
 竜馬の腰がまた上がる。隼人の指が尻の間に滑り込んでいた。
「え、あ、あ……っ」
 隼人を飲み込んでいる肉の縁ぎりぎりを隼人の指がくすぐっていく。
「あっ、ああ……っ、んはっ」
 竜馬が小刻みに悶える。
「くすぐ……ンっ、あっ、あっ」
 柔い愛撫から逃れようと尻を揺すぶる。しかしそれは隼人のペニスを感じる動きにしかならない。次第に快楽の渦ができあがっていく。
「んっ、ん……っ」
 眉根を寄せ、腰を動かす。いつしか竜馬は自ら隼人を味わっていた。
「んあ、あ、は……っ」
「竜馬」
「ひっ」
 隼人の指が仙骨から腰、背中へと移動していく。皮膚の上に落とされた感覚は、瞬時に竜馬の中にまで伝わる。
「んうっ、あ、あぁ……っ」
 うっとりとその目が細められた。隼人が口づける。
「ン……ん、ん」
 もう、竜馬の頭の中も身体の中心もぐずぐずになっていた。無意識にもっと快感を得ようと、再び尻が沈む。隼人の両手が尻たぶをつかみ——。
「ン゛ン゛ッ⁉︎」
 下から思いきり突き上げられた。
 竜馬の目が見開かれ、硬直する。一瞬、視界が真っ白になる。動けなくなった竜馬と入れ替わるように、今度は隼人が容赦なく責め始めた。
「——あ゛ッ‼︎」
 仰け反る身体を抱きしめ、離さない。腰をがっしりとつかみ固定すると、ペニスをねじ込んだ。
 一度奥まで開かれた道は、容易に、しかも進んで隼人を迎え入れる。浅いところをこすられてばかりいた肉壁が強烈な刺激を浴びる。
「あああっ、ん゛あ゛ッ! あ゛ッ!」
 開かれた肉が熱をはらみ、蠢いては悦びを生み出していく。竜馬はただ、生まれてくる快感に翻弄される。
「あっ、お……っ、あ゛、あ゛あっ……!」
 迸る喘ぎは本能が紡ぎ出す率直な言語だった。
「あ゛あ゛ッ‼︎」
 短い鳴き声のあとで肉壷が収縮する。陰茎全体を締めつけられ、隼人の唇からは「う」と小さくと呻きが漏れた。
「ン゛ッ、あ゛ッ——」
「……りょ……ま……っ」
 再び竜馬をベッドに押し倒し、覆いかぶさる。がっちりとその身体を押さえ込んで一分の隙間もないほどに密着し、腰を突き入れた。
「……ッ! ッ‼︎」
 もはや声も出せずに竜馬が達する。その肉体は完全に隼人のいいなりだった。
「りょうま……っ、く、う……っ」
「……ッ、ぁ、……ゃ、と……、……やと……っ!」
 恍惚を浴びる目の前の表情、それに痙攣を続ける肉の圧は十分過ぎた。隼人も限界を迎える。
「——っ」
 最後に深く貫き、果てる。竜馬は隼人の変化を己の体内で感じ取る。薄いゴムで隔てられてはいたが、隼人の思いが熱となって注がれていた。
「……ふ、あ…………っ」
 込み上げるものがあり、隼人にしがみつく。だが腕に力が入らない。気づいた隼人がその分、強く抱きしめてきた。
 ——隼人。
 ぎゅっと目を瞑る。そうでもしないと、こらえきれない思いが溢れ出してしまいそうだった。

   †   †   †

 目蓋が重い。それから、身体も。
 いつもの目覚めと違う。
「……」
 もったりとした目蓋を持ち上げると隼人の顔が現れた。腕枕をされ、ベッドの中だと思い出す。
「……あ゛」
 ひと声あげて違和感に気づいた。
「ん゛、あ゛」
 やはりれている。
「——あ゛」
 原因がすぐに浮かんできて、竜馬は顔を伏せた。
「だいぶ嗄らしたな」
 隼人の声が降ってくる。次いで頭を引き寄せられて、額に唇の感触がした。
「お、おめえのせいだろ」
 昨日の痴態があれこれとよぎって、掠れ声が揺れた。
「おめえが俺の身体、ヘンにしたクセに」
 言うだけで身体の奥がジク、と疼いた。もうきっと忘れられない。刻みつけられてしまった。
「……隼人のせいだかンな」
 熱がのぼってきた顔を胸元に押しつける。隼人の匂いが鼻腔から流れ込んでくる。ほのかに甘くて、竜馬の心をほどいて撫でていくような、柔らかな香りだった。
「隼人」
「何だ」
「その……俺も悪かった」
『この話は終わり』としたが、やはり言っておこうと思った。
「おめえに黙ってひとりでしてたのはほんとだし、その」
「もういい」
 頭を撫でられる。あたたかくて心地いい。
「それより、どうしてしようと思った?」
「へ? どうして……って」
 顔を上げて間近に隼人の瞳を見て——真っ赤になる。
「う、その、……したくなったから、だからだよっ」
 あたふたと視線をさまよわせる。こう密着していては背も向けられない。いまさらであっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 すると隼人の微笑みが目に入った。
「なん、てめ、笑ってンじゃねえ」
 だが笑みは引かない。
「あンだよ」
 見透かされているようで、落ち着かない。拳でぐい、と胸を押し、不満を表す。隼人は、
「俺と同じか」
 と、もっとくっきりとした笑みを作った。
「え、同じ?」
 むっとしていた表情が不思議そうに変わる。唇が近づいてきて、ささやいた。
「パイロットスーツを脱ぐお前に欲情した」
「え……」
「たまらなく、触れたくなった」
 隼人の指が頬をくすぐる。
「それに……お前に、触れて欲しかった」
「————」
 身体の中全部が熱くなる。ずっとこうだ。竜馬の心を包んで甘やかして、夢見心地にさせる。
「おめえ」
 竜馬がくしゃりと笑う。しかしその表情は泣いているようでもあった。
「……っく」
 思わず俯く。込み上げてくる感情は、何と名付ければいいのだろうか。
「……竜馬?」
 竜馬は首を小さく横に振って何でもない、と伝える。少しだけ震えの混じった息を吐き出して、次に顔を上げたときにはいたずらな目つきで笑っていた。
「おめえ、ほんっとに俺のこと好きなんだな」
 隼人の心配そうだった面差しはきょとんとしたものに変わり、それから穏やかさに満ちていく。竜馬にだけ見せる顔だった。
「ああ、好きだ」
 迷いのない響きが心の奥にまっすぐ届く。
「……隼人」
 竜馬もまた、隼人の頬をそっとくすぐる。
 ——たぶん。
 一番怖かったのは、すべてさらけ出したあとで隼人の目が逸らされてしまうことだった。
 ——ンなこと、ねえのにな。
 今も隼人は傍にいてくれる。前よりももっと近くに。
 ずっとひとりだった人間が、誰かと過ごすことを選択するのは本当に厄介だ。知らなくてもいい、向き合わなくてもいい感情とわざわざ対峙する羽目になる。
 ふと、隼人もこんなふうだったのかと浮かんでくる。竜馬に告白するまで——もしかしたらそのあとも——湧いてくる感情に戸惑ったり持て余したり、怖く思うことがあったのだろうか。
 ——いつか、訊いてみっかな。
 スカした顔で誤魔化すのか、大真面目に答えてくれるのか、楽しみだ。
 面倒で厄介なのに、胸の中は晴れ晴れとしていた。
 竜馬もまっすぐに告げる。
「俺も……すげえ好き」
 そうして今度は竜馬から、思いを込めて口づけた。