竜馬に頼まれて髪の毛をカットしてあげる隼人のお気持ち話。
おつきあい前と、つきあってしばらく経ってからの状態と二本立てです。2021/5/24
馬鹿とハサミと俺の気持ちと
おつきあい前。所内の理容室が長期休業で利用できないので、隼人に髪のカットを頼む竜馬。なんだかんだ言いながら、お願いを聞いてあげる隼人。約1,300文字。
お前専用の
おつきあいしている最中。作品中、具体的な性描写はありませんが、肉体関係はある設定です。相も変わらず髪のカットを頼みに来る竜馬と、切ってあげる隼人。約1,500文字。
◆◆◆
馬鹿とハサミと俺の気持ちと
馬鹿がハサミを持ってやって来た。
何かの逆恨みで前髪を切り落とされるかと思ったが、飛びかかってはこない。
どうやら違う目的のようだった。
「ん」
ハサミを差し出す。一応、ちゃんと持ち手を俺に向けている。
だが意図が読めず、俺は無言で竜馬を見つめる。
「ん!」
更にぐいとハサミを突きつけてくる。
「……お前、口があるだろう」
呆れる。本来なら、ものが言えないレベルだぞ。
睨んでいると、
「髪、切ってくれよ」
唐突だった。
よく見れば、確かにヘアカット用のハサミだった。
「ずっと理容室に行きそびれててよ。さっき行ったら、おっちゃん、来月まで休みらしくてよ」
そういえば連絡板に書いてあったし、同報メールにもあったな。ま、こいつは当然、見ていないだろうさ。
だからといって。
「襟足もちょっと伸びすぎててよ」
つまんで見せる。
「何で俺に」
「だって、おめえ、器用だろ」
頼むんだ、と言う前に返ってきた。
竜馬がにっかり笑う。犬歯が覗く。
「弁慶だって器用だろう」
山奥で暮らしてきたんだ。一通りのことはそこらの女よりできるだろうが。
「あー」
竜馬は頭をかく。
「アイツに頼むと坊主にされそう」
想像したのか、苦笑いする。
「……髪が散らばる」
「そこはおめえ、準備万端よ」
ああ言えばこう言う。
ハサミを俺の手に押しつけ、がさがさとレジ袋から何かを取り出す。
「これ見ろよ」
豪快に包装を剥いで中身を広げる。折りたたみ式のケープだった。
「売店で一緒に買ってきた。これ、端が反ってて、髪が落ちねえようになってンだな。便利ー」
何が便利ー、だ。百均でテンション上がる主婦か。それよりそのゴミ、床に放るな。
「なあ、いいから切ってくれよ」
返事を待たず、椅子を部屋の真ん中に引きずり出す。
「適当でいいからよ。ただし坊主はマジで勘弁しろよな」
ケープを被って座り、背中を向けた。
「……俺に刃物を渡して、そんな無防備でいいのか」
竜馬は振り向いて俺を仰ぎ見た。
「そんなモンなくたって、おめえ、充分強えだろ」
「——」
こいつと話すと、調子が狂う。
時に猛犬のように噛みついてくるクセに、妙に人懐っこいところがある。構えていると肩透かしを喰らって、戸惑っている間に懐に入り込まれる。
なじる気も失せて。
ああ、毒気を抜かれるというヤツか。
「後で缶ビール一本やるからよ」
またしても笑う。無邪気に。
仮にも殺し合いをした相手に。
「……ああ」
そう、答えるしかない。
断る理由はもうなかった。
頭に触れる。小さくて綺麗な形だった。
髪を一筋、掬う。鴉の羽根のように黒く、艶のある髪。さらりと、俺の指を柔く撫でて零れ落ちる。
シャキ、シャキ、と静かな部屋に音が舞う。
ハサミの角度で音も変わる。
ショキショキと、シャクシャクと。
不思議に、心地いい。
竜馬は目を閉じて俺に身を委ねている。
本当に自分勝手な男だ。
人のテリトリーに平気で上がり込み、俺を丸め込んで——誑かす。
まったくもって、タチが悪い。
◆◆◆
お前専用の
いつの間にか、習慣になっている。
「当たり前」を馴れ合いと取るか、寄り添う証と取るかは、人それぞれだ。
「切るの、巧くなったよな」
竜馬が感心する。
「しょっちゅう切っていたら、嫌でも上達する」
「キチガイに刃物なんて言うのにな」
からからと笑う。
「お前が渡してきたんじゃないか」
「あ、それもそうか」
「にしても、ずいぶんと大層な言葉を知っているじゃないか」
気狂い呼ばわりされても、大方間違いではないし、竜馬の軽口もどうということはない。むしろ、大人しい竜馬は却って気持ちが悪い。
「自慢げに自己紹介してたチンピラヤクザがいたンだよ。ナイフの扱いは巧くなかったけどよ」
思い出したのか、吹き出す。そして、
「俺は刃物に頼るより、こっちの方が好きだけどな」
ケープの下から拳を突き出す。
竜馬なら生身でも気狂いに刃物より危険だと思うが、それは黙っておく。
「刃物絡みの言葉なら、馬鹿とハサミは使いよう、なんてのもあるな」
馬鹿、と聞くと竜馬は案の定「あぁン?」と片眉を上げる。
「何だ、馬鹿って自覚があるのか」
「む」
からかうと、膨れる。
「使い方次第で役に立つものもあると、使う側の力量を指している言葉だ。人を馬鹿にしている訳じゃない」
「ふーん。……でも何か、聞くとやっぱこっちが馬鹿にされてる気もするぜ」
「それを言ったら俺たち全員、馬鹿だぜ。ここで、早乙女博士にいいように使われている」
竜馬は「違えねえ」と鼻を鳴らした。
「前髪、もう少し切るか」
「あー、そうだな。もう少し」
正面の鏡を見て、竜馬が答える。
髪を切ってくれと頼まれること三回。これからも続くと思って大きいものを買った。結果、無駄にならずに済んでいる。ハサミと折りたたみ式のケープはずっと俺の部屋に置きっぱなしになっている。
幾度か取り出す間に、俺たちの関係にもちょっとした変化があった。
あと何回、こうして触れ合えるだろうか。
あとどのくらい、ふたりきりの時間を過ごせるだろうか。
気にすると、囚われる。だから考えないようにする。
けれども、朝を迎える度、出撃する度、折りに触れ頭を過ぎる。
そうしていっぱいになった頃に、竜馬が髪を切ってくれとやって来る。
いつ聞いても、ハサミの音は心地いい。
心を覆っていく不安のヴェールをも切り払ってくれるようだ。
きっと俺にこそ必要な、時間。
「……なあ」
不意に呼ばれ、鏡越しに竜馬を見る。
視線は俺の手を追っていた。
「どうした」
「うン……いや、その」
珍しく歯切れが悪い。
「何だ」
今日は気分がいい。頭を撫で、ひとつキスをして訊いてやる。
「おめえの手って、何かその……エロい、よな」
突然——いや、また、か——おかしなことを言う。
「何つーか、男臭くねえっていうか、すらっとして、動きもキレイ……だし、その」
たちまち竜馬の顔が赤くなっていく。俺の指がどう動いているところを想像したのか。
鏡越しに目が合うと、慌てて逸らしやがった。髪の隙間から覗くうなじまでもが赤い。
こいつはいつまで経っても初心《うぶ》だな。
髪を切り終わってハサミを置く。
うなじにキスをする。触れる肌が熱い。
「——っ」
竜馬が吐息を呑み込む。
思い出す。
はじまりの時も吸い寄せられるようにここに口づけて、竜馬が小さく身じろいだのだった——今と同じように。
俺は後ろから首元に抱きつき、
「今晩、来るか」
囁いた。
そっと右の親指で竜馬の唇をなぞる。
竜馬は赤い顔のまま、黙って頷いた。
ああ、俺の方が、お手上げだ。
こいつを心底愛しいと、思っている。