おつきあい中。6/12は「恋と革命のインドカリーの日」だそうです。あまりに衝撃的なネーミングで「革命! 隼竜! 革命! カレー!」と盛り上がった結果です。
竜馬にねだられてカレーを作りながら革命の説明をする隼人のお話。キスまで。
竜馬はベッタベタに甘えるタイプ、隼人はその意外さに戸惑いつつめっちゃ嬉しい、な関係。
飯ネタというより、飯にかこつけていちゃつくふたりを書いた感じです。約5,000文字。2021/6/12
◆◆◆
「インドカリーが食いてえ」
竜馬が突然に発したのは十日前。
食堂のテレビで特集を見たのだという。
「それこそ食堂で食えるだろ」
すげなく隼人が言うと、
「ちっげえよ。インドカリーだ。カ・リ・イ」
得意げに返してきた。隼人はふう、と小さく息を吐く。
「言っておくが、カレーとカリーは言葉としては同じだからな」
「えっ、そうなのか」
竜馬の目が丸くなる。
「ただし中身は相当違うぞ。日本のカレーとは別物だ」
「それ。それが食いてえ。バター……ええと、バターチキンってやつが旨そうだった」
「食いたきゃ自分で作れ」
「俺、料理作れねえし」
「作れる奴がベアー号に乗ってるだろ」
「隼人が作ったインドカリーが食いてえ」
邪気のない笑顔でねだられ、隼人はネット通販でスパイスと食材を調達する羽目になった。
† † †
「今日は誰もいねえな」
調理室はがらんとしていた。
「そうそう呑気に飯を作っていられる環境でもないしな」
隼人は手際よく材料と調理器具を並べていく。
研究所の居住棟には自由に使える調理室がある。元は食堂だったらしい。職員の増員に伴い新しい食堂が完成したと同時に、ちょっとした自炊用の設備に置き換わったのだという。誰も使わないと思いきや、実は料理が趣味だ、煮込み中の鍋を眺めているのがストレス解消だ、蟹を丸ごと一杯買った、こっちは鶏一羽だ、とまあいろんな人間がいるもので、それなりに使われているようだった。
いつの間にか、隼人もここに出入りするようになっていた。
竜馬にあれが食いたい、これが食いたいとせがまれる。自分で作れ、できねえ、他で用立てろ。やりとりはいつも同じだ。
そうして最後は「隼人が作ったものが食いてえ」で終わる。
「我ながら甘い」
口の中で呟く。
「ンあ? 何か言ったか」
たまねぎの外側の皮をぺりぺり剥がしながら、竜馬がこちらを見る。
「いや、何でもない」
答えると「ふうん」と犬のように鳴き、またぺりぺりと始まった。手伝うというよりは、庭で見つけたダンゴムシをいじっている男児だった。
その姿を盗み見る。
意外だった。
群れるのも馴れ合うのも嫌い。クールではないが、マイペースでもっとドライな男だと思っていた。手を繋ぐのさえ億劫がるタイプだと。
それが——。
ボディタッチは当たり前。平気で膝の上に乗ってくる。情事の後には腕枕をねだり、胸に顔をすりつけて眠る。
ふたりのときは際限なく甘えてまとわりついてくる。
それでも時々、急に拗ねたり口を閉ざす。
理由を問えば「呼ンだのにこっち見ねえで返事だけしやがって」「俺ばっか好きみてえじゃねえか」「たまには好きって言えよな」などと、つきあいたての女のようなことを言う——非常にガラは悪いが。
一言「悪かった」とささやいて抱きしめるかキスをすると機嫌が直るのも「手のかかるちょっとワガママな恋人」そのものだった。
隼人からすると、誰が相手でも密すぎる関係は面倒で、向いていないと思っていた。そのうちうんざりするだろうと。
だが、甘えられ、頼られるのは想像以上に心地よかった。求められ、応えることで相手の心を満たしているのだと思うと嬉しかった。
竜馬だから、なのかもしれない。
隼人は手を動かしながら考える。
要は、ベタ惚れである。
ちらりと視線をやれば、今度はトマトをつついてはヘタをむしっていた。
振り回されるのも悪くない。
今ではそんなことまで思うようになっていた。
さすがに料理中は邪魔だとわかっているのか、竜馬はおとなしく座っていた。隼人が持ち込んだタブレット端末で遊んでいる。
「隼人」
つと竜馬が立ち上がり、タブレット片手に近寄ってくる。
「これ見ろよ。ちょうど今日が記念日だってよ」
隼人は覗き込み、読み上げた。
『恋と革命のインドカリーの日』
「何か、並びがすげえな。インド? イギリス? これって、結局どういうことだ?」
竜馬が首をひねる。隼人は鍋をかき混ぜる手を休めずに記事に目を走らせた。
イギリスの植民地支配からの独立を目指したひとりのインド人革命家が関係していた。
彼は祖国インドの独立運動をする中でイギリス政府に目をつけられ、日本に亡命する。日本では、ある商店のオーナー夫妻が匿ってくれた。
やがて夫妻の娘と結婚。残念ながら若い妻は早くに亡くなってしまうが、帰化した彼とオーナーとの交流は続き、本場のカリーを日本に紹介したいという彼の希望から商店に喫茶部を開設。そこで本格的なインドカリーを発売した日をこの記念日とした、とあった。
竜馬に経緯を説明する。
「隼人もこんなンだったのか」
革命、武装、襲撃などのワードが流れて思い出したのか、竜馬が訊く。隼人は苦笑いを浮かべる。
「まさか。この人物は俺よりマトモで、立派だ」
「でもよ、『革命家』なンだろ?」
「この人物はな。同じなのは、お尋ね者だった、っていうぐらいだ」
国のために起つのと、どこまでも自分のために闘うのは違う。
だが竜馬はよくわかっていないようだった。眉間に皺を寄せ、珍しく難しい顔をしている。
「なあ、カクメイって、結局は何なンだよ」
「……一言では説明できん」
「なるべく短くわかるように説明しろよ」
「難しいことを」
隼人は息を吐き出す。
革命は事象であり、概念でもある。明確な定義があるわけでもない。他人からは些細なことに見えても、当人にとって世界が変わるような出来事があれば、それも「革命」と呼べる。
「そうだな、体制が大きく変わることを革命と呼ぶのが一般的だろうな。さっきのインドも、イギリスからの独立を果たせたら『革命が成った』と呼べるだろう」
もうひとつ、フランス革命を例に挙げようとして思いとどまる。
しばし考えてから、
「カツカレー」
と口にした。
唐突に隼人からそぐわない単語が零れ、竜馬がぽかんとする。
「カツカレー?」
間抜けに鸚鵡返しする。
「ああ、カツカレー」
隼人は至って真面目な顔。
「食堂にあるだろ」
「あ、ああ」
「例えば、カツとカレーは別の料理だから、一緒にするのは許せないという反カツカレー派がいたとする」
「お、おう」
「反カツカレー派は何とかしてカツカレーをメニューから消そうとする」
淡々と述べていく。
——手間・コスト・栄養面などから別々であることのメリットを謳い、一緒にすることの愚かさを説く。食いに来る職員や食堂の責任者に対してな。
もちろん、それだけでは決まったメニューは覆らないから、時に裏から手を回し、金を渡す。カツカレーはよくないものだ、と自分たち以外にも主張させるように仕向けるんだ。これが一般的な感覚なんだと他の者にも印象づける。規模が大きい場合は新聞やテレビなどのメディアを利用するんだ。
それから、カツ用の豚肉の搬入を遅らせるように細工を——精肉業者の倉庫を焼くもよし、高速道路が封鎖されるような事故を起こすもよし——物理的にカツカレーを作らせないようにする手もある——。
「それと」
いやに具体的になってくる。隼人が言っているのは「革命を成し遂げるための闘い方」であって、竜馬の「革命とは何ぞや」という問いへの答えではなかった。
しかし竜馬は口を挟めなかった。隼人の顔が思い詰めたような、真剣なものだったから。
「そうして、早乙女研究所の食堂からカツカレーが消えたとする。反カツカレー派は『旧体制の崩壊だ! 革命は成功した!』と雄叫びをあげるわけだ」
視線を受け、竜馬は「へあ」と妙な声を出す。
「……でもよお、それって」
「うん?」
「カツカレーが好きだったヤツらからすると、カレーくらい自由に食わせろってまたケンカになンじゃねえの」
隼人はきょとんとし、その後で目を細めた。
「お前にしちゃ鋭いな」
「一言余計だっつうの」
軽く笑う。
「まあ、当然そうなる。反カツカレー派は旧一派を抑え込もうとするし、カツカレー派の残党も反発する。残っているのは根っからのカツカレー好きだから、一筋縄じゃいかない。中立派はそれぞれの圧力に負けて、あるいは嫌気が差してどちらかに加担することも多い」
「そうすっと……どうなるンだ?」
「また、自分たちの革命を起こそうって奴らがはしゃぎ出す」
「それじゃあ終わらねえじゃねえか」
「そうだ。どちらも自分たちの正義で動いている以上、終わりがない」
竜馬は太い眉毛を上げ下げして言葉を探しあぐねているようだった。
「わからなかったのなら、ヤクザで例えてやろうか」
隼人が訊く。
「いや」竜馬は困ったように首を傾げる。
「だからよお、結局、何かでっけえことが起きて、今までとすっげえ変わったらカクメイってことでいいのか?」
「あ——ああ、そう、だな」
隼人はやっと、自分の話が脱線していたと気づいた。革命、という響きについ口数が増えてしまった。
「……別に世の中の仕組みが大きく変わらなくてもいい。ひとりの人間にとってでも、人生が変わるような出来事があれば、それは革命と呼んでもいい」
「たったひとりでも?」
「ああ。そいつの考え方や人生が一変する——天と地がひっくり返る。そういうことだ」
ありえないことが起きる。
自分の身に降りかかる。
認識が根本から変わる。
「初めて本格的なインドカリーを食って衝撃を受けたら、それは『カリー革命』だぞ」
言うと、竜馬の表情が和らいだ。
「俺は」
初めてジャガー号に乗った時を思い出す。
「ゲッターロボと対峙して、世界が変わった」
竜馬が納得したように「ああ」と頷いた。
「……そうだな。あれが、俺にとっての革命だったのかもな」
それから。
ふ、と微笑む。
竜馬と出会ったことも——。
もしかしたら、ゲッター線との邂逅よりも特別な。
それは、言わない。
隼人の胸に永遠にしまっておくつもりだった。
† † †
「なあ、隼人」
カレーが完成しようかという頃、竜馬が悪戯めかした調子で訊いてきた。
「じゃあ、俺が隼人をものすっげえビックリさせりゃいいンだろ?」
「……?」
「そうすりゃ俺も『革命家』だろ?」
にひひ、と笑う。
隼人は天井を仰いで考え——そうだな、と同意する。
「だが、お前にそんなネタがあるとは思えんな」
少しだけ意地悪そうな目つきでからかってみる。
「俺様を舐めるなよ」
竜馬がふん、と不敵に鼻を鳴らす。
その時、炊飯器が炊き上がりのメロディを奏でた。
「お! 飯!」
ぱっと顔が輝き、すぐに意識が別の場所に飛ぶ。
「炊きたてって、これだけで三杯はいけるよな。今日って日本の米じゃなくて、インドカリー用なンだろ?」
いそいそと炊飯器の蓋を開ける。
「おい、火傷——」
「うあっちゃ‼︎」
気をつけろ、と言う前に大量の湯気が上がる。
「おい」
隼人は素早く左手で腰を抱き寄せる。
「火傷するだろ」
「お、おう、大丈夫だ」
竜馬はほれ、と両手を見せた。
「ならいい」
安堵の息をつく。目が離せない。
やれと言ったくせに、竜馬が自分で料理すると言い出したらきっと、危なっかしくて終始落ち着かないのだろう。
「……さんきゅ」
竜馬が身を寄せてささやく。
「ああ。……ちょうどこっちも食えるぞ」
照れ臭くなり、隼人は鍋の中身に助けを求めた。
「どれ」
隼人に腰を抱かれたまま、竜馬は身体をひねる。
「旨そうだな」
鍋を覗き込んでから、隼人を見上げてにっと笑う。
その無邪気さが隼人は大好きだった。
「じゃあ、食うか。米をよそえ」
腰に回した手を放す。
けれども竜馬は動かない。
「どうした?」
「なあ」
「何だ」
だが、次の言葉がない。
竜馬を見る。
間近で目が合う。
「……なあ」
「どうした」
竜馬は一度、睫毛を伏せて、
「はやと」
甘えるように呼んだ。
「……何だ」
隼人は憑かれたように、その柔らかそうな唇を凝視する。
「愛してる」
告げて、竜馬がはにかんだ。
「————」
形作られた一言は、隼人の時間を止めた。
まばたきも、呼吸さえも忘れて。
やがて竜馬がそっと唇にキスをした。
数秒後、隼人の手からお玉が滑り落ち、カレーの海にどぼりと埋まった。