隼人の片思い、竜馬は達人に心が残ってる状態です。達人は1話通りなので存在だけです。
時折ふらりといなくなる竜馬の後をつけて、竜馬の気持ちを知って嫉妬する隼人のお話。隼竜、肉体関係ないバージョン。タイトルは「はなうずめ」です。
高山植物を手折るシーンがありますが、あくまでも演出上で、ダメなのは承知の上です。2021/7/11
◆◆◆
目で追ううち、気づいてしまっていた。
時折、竜馬はふらりと外出する。間違いないかと問われれば、さすがの隼人も「おそらく」とつけ足すだろうが。
しかし自室と司令室、浴場か食堂、さもなくばドックをぶらつくくらいしかない。しかも行動パターンは単純なので、大方の予測はできる。
必然、見当たらなければ研究所にはいない。
週に一度か十日に一度。五日の間に二度、消えたこともある。およそ二、三時間。
——どうでもいいだろう。
そう思い込みたい気持ちと、勝手にいなくなる竜馬への不満を同時に抱えていた。
いつ敵襲があるかわからないから。
だがそれは建前で、詭弁にすぎないと理解していた。
「自分の知らない竜馬」が存在する事実が許せないのだ。
パイロットは許可なしに研究所からは出られない。もし竜馬が外出しているのなら、早乙女博士の許可があるということだ。
一体、どこで何をしているのか。ゲッターロボに関する実験が秘密裡に行われているのか。
——俺の知らないところで。
竜馬とゲッターロボ。
あっという間に思考が占領される。どちらも、隼人を振り回しては乱す。
チッと舌打ちが漏れる。
隼人がこんなにも「知りたい」と欲している様を、竜馬は知らない。
無関心を決め込みたいのは、みっともない執着心に屈したくないからだともわかっていた。
† † †
その日、珍しい場所で竜馬を見かけた。「調べ物」がある隼人ならまだしも、パイロットにはまったく用のないエリアだった。何の疑問も持たず、気楽にゲッターに乗っているような人間がうろつくのも不自然だ。
——いや、気楽だからこそ、か。
暇を持て余し、ふらふらと迷い込んだのか。それとも、本当に何かあるのか。
「——っ」
一気に胸がざわついて居心地が悪くなる。小さな負の種が感情に揺すぶられて芽吹き出す。
——俺は、どうかしている。
自分を抑えきれない。
隼人は目的を放り出し、後をつけた。
研究所の奥へ、奥へと進む。いくつか角を曲がりながら、分岐のない通路とエレベーターを継いでいく。
——ここは。
旧早乙女研究所への連絡通路だった。
——あそこには何もないだろう?
鬼獣との闘いで廃墟と化し、瓦礫もそのままになっているはずだった。実際の研究は今の研究所で行われていたのだから、重要なものが今更残っているとは思えない。
最下層まで辿り着く。
ゲートがあった。竜馬は警備員に右手を軽く上げる。警備員はさも当然のようにロックを解除し、ボディチェックもなしに竜馬を通した。
——何だ。
気が急いたが、十分に時間をおく。
ゲートに向かうと警備員が気づき、身を強張らせた。だが「竜馬に急ぎの用がある」と告げると、警戒を解いてすんなり通した。
——やはり。
早乙女博士から竜馬の通行許可が出ているのだ。そうでなければあっさり通すはずがなかった。
ますます疑念は膨らむ。
自分のいないところで何をしているのか。疎外感が苛立ちを煽る。
確かめなければならないと、今はそればかりだった。
重々しい扉が開くと青空が飛び込んできた。天井も壁もない、旧研究所内に出たのだった。
探す。竜馬の背中が木立に吸い込まれていくのが見えた。
駆け足で追う。もう、気づかれても構わない。
やがて平原に出た。
——いや、違う。
周辺の木がなぎ倒され、開けているのだ。倒木には焼け焦げたものも混じっている。地の所々に大きな穴が穿たれており、戦闘で荒らされたのだと一目でわかった。
その奥。
地が捲れ上がり、中央部分は抉れて——爆発の跡があった。
「…………竜馬」
竜馬はその穴の縁に腰を下ろしていた。じっと穴の中を見つめている。
ゆっくりと近づく。竜馬が顔を上げた。
「……よう」
ちろりと視線をくれ、また戻す。手には小さな花が握られていた。
隼人は距離を取り、立ち止まった。
竜馬が花を投げ入れる。
「アイツが——ミチルの兄貴が、死んだ場所だ」
ぼそりと言った。
平坦な、声。
「今の花は」問うと、
「知らねえ」
同じ調子で返ってきた。
「そこいらに咲いてるンだ。だから」
隼人を見ずに答えた。
「……早乙女……達人」
隼人が口の中で呟く。事の顛末は知っていた。
「俺が殺した」
乾いた声が発せられた。
竜馬の表情は確認できない。
だから、訊いた。
「死者を弔っているのか。それとも、自分を慰めているのか」
「…………わかンねえ」
それきり、竜馬は沈黙した。
花はハクサンフウロだった。この一帯の気候や動植物の生態は確認していたのでわかる。花言葉は「変わらぬ信頼」。
きっと、花の名も本当に知らないのだろう。竜馬にとって、花は花だ。ただ目についたから手折ったのだろう。そういう男だと、隼人は理解していた。
竜馬の横に立つ。
穴の底に今し方投げ込んだハクサンフウロが見える。その下にも、花。更に下に重なっているものも、褪せて名前は判別できないが、おそらくは。
辺りを見回す。
とても花で埋められるものではない。それにいくら投げ込んだところで、花の群れはやがて朽ちて土に還る。
「……」
隼人はじっと花の重なりを見つめる。
それでもまた、竜馬は花を投げ入れるのだろう。
この空間は、花ではなく竜馬の心で埋められていた。
——早乙女……。
身体がすうっと冷たくなっていく。反対に、頭の中はのぼせたように熱くなる。熱せられた頭の芯が痛み出し、隼人は我知らず唇を噛んでいた。
——早乙女、達人。
流竜馬の心に傷をつけられて。
——羨ましい。
死者には敵わない。
この世に存在しない代わりに、生者の中で鮮やかに生き続ける。触れられない分、心の奥に溶け込んで離れない。
隣ではなく、その胸の内に居場所を与えられるのだから、誰も敵うわけがない。
——俺は。
静かにこぼれた溜息が震えていた。竜馬は身動きもせず、ただ穴の底を見つめている。
だから隼人は待つ。
待つことしかできない。
いつか竜馬が振り返り、差し出した手に気づいてくれるまで。