倖せな退屈

新ゲ隼竜

つきあってます。隼人の作業が終わるのを待っている竜馬のお話。キスまで。約800字。2021/8/26

◆◆◆

 なあ、と呼びかけられたが、隼人は目線もくれない——返事すらしない。
 この部屋にはふたりきりで、腹の音が聞こえるくらい静かだ。誰が誰に話しかけたのかは明白で、耳があるのだから聞こえているのもわかりきっている。
 現に竜馬はまったく気にする様子もなく続ける。
「隼人の指って、長くてキレイだよな」
 出し抜けに発せられた。
 だが隼人がキーボードを打つ音は途切れない。
 むしろ、やや加速したようだった。
「俺はよ、空手やってたせいで節とかちょっと太いンだよな。長くもねえし。そんなの打ってたら、隣のまで一緒に押しちまいそうだ」
 竜馬は自分の手を見やる。そして隼人の指に視線を戻す。
 隼人は黙ったままノートパソコンと向き合っている。竜馬は一呼吸の間だけ隼人の横顔を眺め、それからまた動き続ける指を見つめた。

 五分も経った頃、隼人の手が止まる。立ち上がり、部屋の隅にあるコーヒーメーカーの元へ行く。
「そのコーヒー、いつからあるンだよ」
 竜馬がこの部屋を訪れてからだいぶ経っている。少なくとも一時間は保温プレートに載っているはずだ。
「マズそうだぜ」
 顔をしかめる。
「死にはしないさ。却って眠気が飛ぶ。試してみるか?」
 頬杖をついて退屈そうな姿勢の竜馬に、隼人は笑いかけた。
「俺は苦えのは嫌いだ」
「そうか」
 煮詰まっているであろう液体を紙コップに注ぎ、戻る。
 コーヒーを置き、作業の続きを——せずに、竜馬に近づく。
 竜馬は顔を上げる。拳が押しつけられていた両頬が赤くなっていた。
「……隼人?」
 隼人は無言で竜馬の顎に指をかけた。唇までの最短距離を割り出し、角度をつける。
 軽くキスをすると、何事もなかったかのように隼人はデスクに着いた。また、キーボードがリズミカルに鳴り始める。
 カタカタカタと、速く小気味よく。
 まるで竜馬か隼人か——あるいはふたりの、鼓動が重なったかのように。