それを恋とは知らないで

新ゲ隼竜

つきあってません。
隼←竜(無自覚)
エレベーター閉じ込めアクシデントのお話。いつもの調子で隼人をからかうも返り打ちにあい、思わずうろたえる竜馬。その反応から竜馬の気持ちを意識し始める隼人。竜馬はこれで気持ちを自覚します。始まりの始まり。隼人寄り視点。隼人は腕時計つけてる設定。約4,700文字。2022/2/12

◆◆◆

 乗り込もうとする男を見て隼人は嫌そうに眉をしかめた。
「よう」
 その不機嫌な表情が嬉しいとばかりに竜馬がニヤリとする。先客が降りないのを確認し、エレベーターに乗る。閉まるボタンを押して口を開いた。
「降りると思った」
『俺の顔を見て』が潜む。隼人は答える。
「降りようかとは考えた」
『お前の顔を見て』と。
「降りればよかったじゃねえか」
 鼻を鳴らし、竜馬が煽る。
「エレベーターを待つ時間が無駄だ。それに」
「それに?」
「見慣れてはいるからな。多少、我慢をするだけだ」
 扉を見つめて隼人が言う。竜馬が「けっ」と声をあげ、会話が終わった。
 少しの沈黙。
 エレベーターの駆動音だけ聞こえてくる。
 わずかな時間でも暇を持て余し、竜馬が再び口を開きかけたときだった。
 ガゴン、と大きな音がし、エレベーターが停止した。まだ目的の階ではないし、扉も開かない。
「あ? 何だぁ?」
 操作パネルの明かりが消えていた。降下ボタンを押すが光らない。
「故障かよ」
 ガチャガチャと手当たり次第に押すも反応はない。
「そこの受話器を取れ。制御室に繋がる」
「お? おお」
 隼人の指示に従うも、不通だった。
「ダメだ、繋がンねえ」
 首を横に振る。
「どうす——」
 今度は照明が落ちた。薄暗い非常灯に切り替わる。
「っンだよ」
 頭をがりがりとかいて溜息をついた。直後、
「まさか」
 はっとして隼人を見る。
「鬼じゃねえよな」
 鋭い目つきで問う。すぐ反応できるように、く、と膝を柔らかく曲げる。
 隼人は扉に手をあて、それから耳をあてた。
「……警報は鳴っていない。妙な振動も地響きもない。鬼は関係ないだろう」
「電源をやられたとかねえのか?」
「非常用の電源が複数あるし、一箇所二箇所やられたくらいで警報が鳴らないほど貧弱な施設じゃないさ」
「そう、か」
「お前でも心配なのか」
 ふ、と隼人がからかうように笑う。竜馬はムッとし腕を組む。
「俺様のいねえ間に全滅とか寝覚めが悪ぃからな」
「大丈夫だ。弁慶もいるし、最悪あそこから外に出る」
 天井を指差す。ハッチがあった。
「マジか」
「アスレチックができるぞ。たまにはいいだろう?」
「いっつも鬼相手に暴れてンだから変わンねえだろ」
「ま、それもそうか」
 今度は穏やかに笑った。
「——」
 その表情に竜馬の視線が留まる。
 見られていると気づき、隼人は笑みを仕舞う。
「何だ」
「——いや」
 目を合わせると竜馬はふい、と顔を背けた。
「……とにかく、そこまでの異常事態ではないだろうから、復旧するのを待つか」
 左の壁に寄りかかり、隼人が座る。
「……」
 竜馬は周囲を見やり、少しの間何かを考えてから奥の壁を背にして座った。
「……どんぐれえで直ると思う?」
 目は慣れて不自由はない。幸い、生理的な危機もだいぶ遠い。だが早く直るに越したことはない。
「さあな。非常電源があるにもかかわらず動かないのは、単純な電源のトラブルじゃないってことだ。すぐ誰かが気づくだろうが、イカれているのがどこかにもよるな」
「ふうん」
「訊いてきた割に、素っ気ない返事だな」
「だってよお」
 コン、と頭を壁につける。
「おめえがそう言うンなら、ほんとにいつになるかわかンねえだろうし」
 はあ、と溜息をつく。
「同じ暇でも、多少は寝心地が悪くったって部屋のベッドでごろごろしてるほうがマシだな」
 独り言のように呟いて目を閉じた。
「……」
 続きがないので隼人は自分に意識を戻す。
 天井を見上げ、いざというときのシミュレーションを始めた。いかに少ない手数でフロアに復帰するか。格納庫までの最短ルートを思い描く。
 すると、竜馬が急に立ち上がった。
 無言で近づき、隣に腰を下ろす。人体の熱は感じるが、肩が触れ合わない距離だった。
「あそこ、風が吹いて落ち着かねえ」
 天井に目をやる。
「壁との隙間から冷てえ風がびゅーびゅー吹いてくンだよ」
「だからって、何で俺の隣に座る」
「別にいいじゃねえか。それともナニか? 俺が急に隣に来たモンだから、ドキドキしちまって照れくさいとか」
 にしし、と笑って隼人の顔を覗き込む。
「……そんなわけあるか」
「はん、ノリが悪ぃや」
 つまらなさそうに顔をしかめ、壁に背をつけた。
 そのまま、静かな時間が流れた。
「はあぁ」
 大きく息を吐き、竜馬が隼人の右肩にもたれかかる。
「——」
 隼人の目が大きくなる。だが気取られないようにすぐに隠す。
「背中とケツがな、硬えし冷てえ」
 先刻と同様、問われる前に竜馬が言い訳をした。
「……重い」
 先を越され、隼人は仕方なく別の文句を返す。
「別に体重全部かけてるワケじゃあなし、ちっと頭乗っけて寄っかかってるだけじゃねえか」
「人の頭は重いんだ」
「脳ミソがいっぱい詰まってるからな」
「……いや、例外はあるな」
「は?」
「お前の頭、あんまり入ってないだろ」
 竜馬が舌打ちをする。
「ざけンな」
 しかしそれ以上声を荒らげるわけでも、掴みかかるわけでもなかった。
「……なら、重くねえだろ」
「ふん」
 言ってしまった手前、隼人も振り払わずに竜馬の好きにさせる。
「……眠くなってきた」
 それきり、竜馬が黙った。
 横目でうかがう。上からの角度と前髪に阻まれて、本当に目蓋が閉じられているのかは確認できなかった。

 仄暗さと静けさ。竜馬が言ったように、背中と尻から染みてくる硬さと冷たさ。その中で、触れ合っている右肩の部分だけが柔らかく、あたたかかった。

 しばらく経った頃。
「……なあ」
 ぽつりと竜馬の声。
「……もう一時間ぐれえは経ったかな」
「いや。まだだ」
「んじゃ四十五分ぐれえ」
「三十分も経っていない」
 袖口から腕時計を確認して隼人が答えた。
「え゛」
 竜馬が頭を上げ、隼人を見る。予想を外したのがショックだったのか、呆けた表情だった。
「まぬけな顔だな」すかさず隼人が突っ込む。
「——うるせえ」
「教えてやったのに、ひどい言種だ」
「……っるせえ、こんな男前に向かって」
「自分で言うか」
「だってタダだろ」唇を尖らせた。
「そうだな」
 すっと隼人の右手が伸びる。
「え」
 身構える時間を与えず、竜馬の顎をくい、と持ち上げる。
「な——」
 顔を寄せる。竜馬が息を呑み、大きな目を見開いた。
「な、何、を」
 突然のことに、細切れにしか言葉が出てこない。
「ふん」隼人は小さく鼻で笑う。
「確かに、黙ってりゃ目鼻立ちは整っているし、男前とも言えなくはない」
「……は?」
「黙ってりゃな」
「う、うるせえ」
 その気になれば簡単に口づけられるほどに距離を詰める。
「…………っ」
 反射的に竜馬の目がぎゅっと閉じられた。

 ほんの数秒。

 何も起こらない。
 竜馬の睫毛が震えて、そろそろと目が開く。
 その瞳に動揺が色濃く浮いているのを認め、隼人は満足げに笑った。
「ドキドキしたか」
「え……は?」
「照れくさくなったか」
「な、てめ、え」
 さっきのお返し・・・なのだとわからせる。
「〜〜っ」
 不意打ちの完全な成功だった。減らず口の竜馬から、咄嗟の文句が出てこない。
「ノリが悪いぞ」
 投げられた言葉を返していく。竜馬はキッと上目で睨みつけ、下唇を噛む。ぱしん、と隼人の手を払うと俯いてしまった。
「……ククッ」
 隼人はここぞとばかりに追い打ちをかける。
「お前のほうこそ、俺を好きなんじゃないのか」
 戯れに言う——ついでに、耳に唇をつけるようにして。
「————ッ」
 竜馬の身体がびくりと跳ねた。
「なあ、竜馬」
 やり過ぎだという自覚はまるでなかった。やられたらやり返す。竜馬との関係はそれがセオリーだ。いつだって「お互い様」で、ときにはこんなふうに決着がつく。
「クソ、な、何だよ……っ!」
 竜馬が悪態をつき、立ち上がろうとする。きっと悔しさと腹立たしさで顔を赤くしているのだろう。オレンジ色の非常灯のせいで顔色まではわからない。隼人にはそれが少しだけ残念だった。
 ともあれ、やり込めて気分は上々だった。
 竜馬の横顔を目で追っていると、低音が耳をかすめた。
「……?」
 呼吸を止め、意識を向ける。カゴが微かに振動していた。何かが軋む音もする。
「竜馬」
「え——おあっ⁉︎」
 カゴが揺れる。そして、落ちる。
「ちょ、お」
 中途半端な姿勢の竜馬がバランスを崩した。立て直せず隼人の腕を取ろうとする——が、指は迷うように虚空で止まる。後ろに倒れる前に隼人がその手を強く引き寄せた。
「え、な、な——わぶっ」
 隼人目掛けて飛び込むと、カゴが急停止した。反動で身体が押しつけられ、首元に思いきり抱きつく。隼人は背中に腕を回して受けとめた。
「…………っ」
「まだ立つな」
 もぞ、と身じろいだ竜馬を制止する。エレベーターの挙動がわからないので迂闊に動かないほうがいい。
「お、おう……」
 次第にカゴの揺れが小さくなっていく。
 隼人の手は竜馬の背中に添えられたまま。竜馬の膝は床についているが、上体を投げ出してしがみついているので、完全に抱き合う格好になっていた。
「……もういいだろう」
 隼人の手が離れる。
 そのとき、照明が復旧した。
 竜馬は隼人の肩に手をかけ、ゆっくり身体を起こす。
 明るさに慣れようと、ぱちぱちとまばたきが繰り返される。隼人の角度から長い睫毛が見えた。
 面が上がる。
「————」
 間近で向き合った隼人の目が釘づけになった。
「…………え?」
 その様子に、竜馬から不思議そうな声があがる。
「な……何だよ」
 気づいていないのか、竜馬の頬は赤く染まっていた。それに、隼人が想像していた顔つきではなかった。
 戸惑いと心許なさ、恥じらいさえ滲む表情。
 いつもの強気で人を食ったようなあの竜馬とは別人だった。
 隼人の唇が開く。
「——」
 だが言葉は出なかった。

『お前、本当に俺が好きなんじゃないのか』

 訊くのは簡単だった。応酬の延長で、普段の戯れと何も変わらない。
 しかし、口にしてはいけない予感がした。からかいとは呼べなくなりそうだった。

 それなのに。

「はや……と……?」
 自然に右手が伸びて、左頬に触れる。竜馬が驚きに顎を少し引いた。
 ふっくらとしたその頬をひと撫でする。
「……ッ⁉︎」
 竜馬が強張る。
「あ……」
 直後、肌にもっと強い赤みが広がった。やっと紅潮を自覚したのか、視線が泳ぐ。
「……」
 隼人も困惑していた。
 なぜ、自分から竜馬に触れているのか。
 どうして竜馬は「ふざけンな」「あにすンだよ」と不機嫌そうに逃げ出さないのか。

 今や竜馬は顔のみならず耳まで真っ赤だった。揺れていた瞳が遠慮がちに隼人に向けられる。眉が下がり、口は一文字に結ばれ、何かをこらえているようで、泣き出しそうにも見えた。
 初めて目にする、竜馬。
「……竜……馬」
 熱くなっている頬をもう一度、そっと撫でる。肩にかけられた指がぴくりと動いた。
 目が離れない。
 こんな「お互い様」があるだろうか。
 ここからどうしたらいいのか。
 何も、わからない。
 それもたぶん、竜馬と同じで——。

 静かにエレベーターが動き出す。目的階に着くまでそれから三十秒。ふたりともどうすることもできず、ただ見つめ合っていた。