【閲覧注意】
つきあってます。
猫の日ネタ。竜馬が猫耳カチューシャつけます。隼人も一瞬つけます。
隼人に頼まれて、最初は乗り気でなかったけど結局猫耳を装着する竜馬の話。竜馬寄り視点。
キスまで。約3,000文字。2022/2/22
◆◆◆
驚きが先行して、文句が出てこなかった。
隼人は黙々とベッドの上に猫耳カチューシャを並べていく。
白、黒、灰色、茶トラにキジトラ、三毛、etc.
バッグを持っていたから変だとは思っていた。いったいどんな顔をしてこれらを注文したのか。
——いや。
涼やかな横顔を眺める。
この表情を崩さず、淡々と購入手続きをしたに違いない。
「つけてくれ」
端正な面が、こちらをじっと見つめる。その手の猫耳と釣り合いが取れない。
「これが気に入らないなら、どれでも好きなのを選んでいい」
「選んでいいったって……」
つけるとまだ言っていない。
竜馬は整然と並ぶ猫耳に視線を移す。
「何つーか……意外」
ぼそりと呟く。
「そういうの、興味ねえと思ってたから」
「興味はないさ」
当然と言わんばかりに、隼人がさらりと答える。
「猫の日だの犬の日だの、俺には関係ない。だが」
ギラリと切れ長の目が妖しく光る。
「お前の猫耳姿は見たくて仕方がない」
真顔で告白することではない、と竜馬は思う。
自分を好きだからこそと伝わるから、嬉しくはある。求められれば応えてやりたいといつも思うけれど、それは相手が隼人だからだ。
だが。
渋い顔になる。
「猫耳は嫌いか」
「嫌いも何も」
人生でそんな問いはされたことがない。第一、つける・つけないの選択肢に出会ったこともない。ただ、つけた人間を見たことはある。
「パブとかイメクラの看板でよく見かけたから、女がつけてるイメージしかねえ」
ふわふわの猫耳と、同じようにふわふわのワンピースやビキニを着た女性がポーズを取っていた。
あれを「可愛い」というのかはわからない。耳が可愛いのか、女性の顔が可愛いのかもわからない。ただ、自分がしてもゴツくて不気味なだけではないかと思った。
「……気が進まねえな」
「気に入った色がないか?」
「そういうことじゃねえよ」
装着した姿を褒められても、素直に喜べない気がする。微妙な後味なら、しないほうがいい。
「おめえが見たいっつーのはわかった。けどよ、男がそれつけて『可愛い』とか『似合う』とかあンのかよ」
「猫にも雄はいるぞ」
真顔で返され、
「——ぶっ」
吹き出す。
「何だよ、それ」
くっくっ、と漏れてしまう。
「ああ、もう正直に言うと、俺は似合わねえンじゃねえかと思うから、おめえがもし『似合う』って言ってもビミョーな気分になりそうでよ」
こればかりは自分の感じ方なのでしょうがない。
「つけてやべえモンになったら最悪じゃねえか」
「大丈夫だ」
しかし隼人の表情は変わらない。自信満々に答える。
「可愛いし、似合う」
「……何でだよ」
「お前が可愛いから」
竜馬が固まる。
「…………は? ……え?」
意味がよくわからなくて、呆けた顔でまばたきを繰り返す。
「確かにお前の言うことも一理ある。『可愛い』『似合う』は見る者の主観だからな。だがそれを言うなら、結局は『俺が見たい』というところに帰結する。だから」
すっと猫耳カチューシャを差し出される。
「俺のためにつけてくれないか」
「——」
あたかも指輪を差し出しプロポーズしているようだった。
竜馬の口がぽかんと開く。
「竜馬?」
「え? あ、ああ、ええと——」
目が泳いで咄嗟に俯く。こんなにふざけた光景なのに、隼人の仕種はスマートで格好がいい。
「えっと」
狡い、と思う。
急にどきどきし出す。
しかし、そのまま受け入れたら何だか自分が負けた気がする。明日になれば癪で仕方がなくなりそうだった。
「ど、どうしてもって言うンなら、よ」
「ああ」
「おめえがつけたら……お、俺もつける」
上目遣いでそっとうかがった。声の震えは気づかれただろうか。
「——」
隼人は竜馬と同じように固まった。
だがそれは一瞬で、
「わかった」
即答すると、手にしたカチューシャを装着した。
「え——」
竜馬の目が猫のように丸くなる。
澄ました顔で黒猫に扮している隼人は奇妙だった。
「他の耳のほうがいいか」
「え? あ、いや……」
「何だ、『似合わない』か?」
ニヤリと笑う。
そういう次元ではなかった。
「比べるモンがねえから……それはわかンねえ」
「そうか」
「けど、案外ヘンでもない……かも?」
人に関心を示さず、マイペースで目つきの悪い猫なら見たことがある。どことなく、雰囲気が似ている。
「ふふっ」
「何がおかしい」
「悪ぃ、おめえに目つきが似てる猫を思い出した」
同じようだが、こちらの猫は竜馬にべったりだ——普段は興味なさそうな顔をしているくせに。
「ン、貸せよ」
竜馬が手を差し出す。
「おめえがそこまでしても見たいってンなら、しょうがねえ。それ寄越せよ、つけてやる」
笑って、隼人が外したカチューシャを受け取った。
「ん、ん……これでいいか? 曲がってねえか」
触って確かめる。カチューシャだけでも違和感があるのに、その上に耳が生えているのもおかしな感覚だった。
「大丈夫だ」
隼人が真剣な眼差しでじいっと見つめる。
「ついでに、『にゃあ』と鳴かないか」
「それは嫌だ」
「わかった。そのまま、動くな」
指示をすると黙り込んだ。
「……」
言われた通りにする。隼人は少し横に移動し、同様に竜馬を見つめる。また、横にずれる。
繰り返し、竜馬の姿を全方向から眺め回した。
あまりに凝視されるものだから、首の後ろがむず痒くて居心地が悪かった。
「な、なあ」
隼人の反応が気になる。
「黙ってねえで、何か言えよ」
期待通りではなかったのか。いや、あんなに自信たっぷりに言い切ったのだから、褒め言葉のひとつくらいは欲しかった。
すると、予兆なしに「似合っている」と聞こえた。隼人が傍に寄ってくる。
「お前の黒髪とよく合っている」
不意に髪の毛を一房、指で掬われる。
「——っ」
「お前の髪の毛のほうが、すべすべして触り心地がいいがな」
そうして頭に軽くキスをした。
一気に顔が熱くなる。見られたくなくて俯いた。
「想像していたよりも、可愛い」
「……あ」
言われて、嬉しいと感じる自分がいた。
「俺の言葉で照れる竜馬も、可愛い」
「……っ」
見た目や仕種だけではなく、その唇にも隙がない。このままだと言葉で全身を撫でられて、好き放題にされそうだった。
「だ、黙れ、よ……」
「さっきは『何か言え』で、今度は『黙れ』か。この黒猫はわがままだな」
「んな」
顔を上げるとキスをされた。
「……っん」
唇を優しく吸われ、ふっと力が抜ける。言おうとしていた文句も、はらはらと落ちて消えてしまう。
唇が離れると、隼人が少しだけ意地悪そうに笑った。
「これなら口が封じられるぞ」
「な……」
「だいたい、俺はお前が好きなんだから仕方がないだろう? 諦めろ」
「——」
また、唇を塞がれる。
「ン、ふ…………んっ、ん」
抱きしめられて、もう逃げられない。理性がほどけていく中で竜馬は呟く。
——しょうがねえ。
結局、こうなるのだ。
自分は隼人が好きでしょうがないのだ。
他の色の猫耳をつけろと言われたらそうするだろう。
もう一度『にゃあ』と鳴いてくれと言われたら、恥ずかしさに逡巡はしても、きっと最後には鳴いてしまうのだろう。
——本当に。
どうしようも、ない。