つきあってるけど喧嘩ップル寄りの隼竜。
ミチルさんに頼まれごとをされた隼人がほとんど説明のないままに竜馬を街に連れ出します。最初はモヤモヤするけど隼人の思いに気づいて嬉しいと感じる竜馬のお話。束の間の冬のデートです。約6,200文字。近日中にpixivにもあげます。
※隼人は腕時計をしている設定
※作中、近隣の病院から血液サンプルを回収する描写がありますが、これは住民からゲッター線が検出されるか調べるためで、病院とこっそり繋がっているからです。
◆◆◆
車のトランクには紙袋やコンテナ、温度管理ができる運搬ボックスが並んでいる。隼人はメモと突き合わせ、足りているか確認する。それから腕時計を。
「これで終わりか?」
竜馬が後ろから覗き込んだ。
「いや、もう一軒」
抑揚なく答えながらドアを閉め、さっさと歩き出す。竜馬はしばしその背中を見つめ——小走りで追いかけた。
賑やかな商店街を進んでいく。両サイドの店先からは盛んに呼び込みの声があがる。クリスマス・年末セールだからというだけではない。購入金額によって抽選会に参加できるらしく、景品を紹介する声も聞こえていた。
竜馬はきょろきょろと目をやり、あちこちの店先を覗く。惣菜店だけでもいくつもあるし、衣料品店もあれば眼鏡屋、お茶屋、ドラッグストアもある。研究所に篭りっきりで、こういう賑わいは久しぶりだった。けれども新宿の雑多な感じともまた違う。懐かしさと新鮮さから、ついつい足を止めてしまう。
「なあ隼人」
そこにいるはずの男に話しかける。だが見慣れた背中はずいぶんと先を行っていた。
「ンなろ」
太い眉が不機嫌に動く。ふん、と鼻息をひとつ荒くして追いかけた。ずっとこうだ。荷物持ちでつきあってやっているのに、思いやりが足りない。
——足りない、っつうか、ねえな。
人にぶつからないように急ぎ、やっと追いつく。
「隼人」
切れ長の目がこちらをチラと見る。相変わらず無愛想だ。せっかくふたりきりの外出——見方によってはデート——なのに。
「その店、遠いのかよ」
「いや」
「けど、結構歩いてる気がするぜ」
「嫌なら車に戻っていろ」
「嫌だなんて言ってねえだろ」
「そう聞こえた」
そこまで言われ、竜馬が立ち止まる。文句が返ってこないと気づき、隼人が振り向く。
嫌ならそもそもついて来ねえし。
竜馬が胸の内で毒づく。
——そんぐれえ、わかれよな。
ちくりと刺すように睨みつけ、再び歩みを進める。隼人を追い越して、
「おら、さっさと歩けよ」
ぶっきらぼうに催促した。
——ったく。
素直じゃない。
一緒に出掛けたいならそう言えばいい。店まで距離があるのならそう言えばいい。
ただ、それだけなのに。
自然に唇が突き出てむすっとした表情になる。あそこで言葉を止めた自分を褒めたいくらいだ。研究所でなら確実に言い返していた。それで口論になり、最悪、苛ついて竜馬のほうから手を出していた。
しかし珍しく自制が利いた。
『店内全品半額だよーっ』
『はい、お姉さん! ちょっと見ていって!』
『今日の晩ご飯はこれで決まり!』
『お買い上げ三千円で抽選券一枚! 補助券は三百円ごとに一枚! 補助券十枚で抽選会に参加できるよ!』
『まだ特賞と一等は出てません! 皆さんにチャンスがありますよ!』
呼び込みと抽選会のお知らせ、たくさんの話し声。それに子供のきゃあきゃあとした歓声も混じる。活気に満ちて賑やかなこと、このうえない。
行き交う人々は総じて楽しそうだった。サンタやトナカイが描かれた風船を嬉しそうに持っている子供たち、仲睦まじそうに身を寄せ合う若いカップル、部活の帰りなのかジャージ姿でコロッケを頬張りながら歩く少年たちもいれば一家総出かと思うような老若男女の集団もいる。さすがにこの中で騒ぎは起こせなかった。
——デートっぽいかも、なんて思った俺がバカだったぜ。
竜馬は小さく溜息をついた。
† † †
「午後から出掛けるぞ」
顔を突き合わせるなり当然のように言われ、「は?」と返していた。
「荷物持ちだ」
こちらの都合も確認せず、一方的に指示された。それがまず気に入らなかった。
どこに行くのか訊いても「街だ」としか言わない。目的を問うと「頼まれ用事だ」と漠然と答える。詳しく訊ねようとすると「十三時には部屋にいろ。昼飯は済ませておけ」と言い捨てて去っていった。
午後はもともとゲットマシンのメンテナンスが入っていて時間が空いていた。「頼まれ用事」と言うからにはミチルに何か依頼されたのだろう。理由はどうあれ、せっかくのふたりきりの時間なのだから、何かしら予定があったとしても多少なら融通を利かせた。それなのに、上から言われて腹が立った。
——普通に誘ってくれりゃいいのに。
そういう関係になってそこそこの時間は経っている。けれども甘い雰囲気になんてほとんどならない。たまに夢中でキスをしながら「好きだ」と言い合うことはあっても、ベッドの外ではつきあっているのかすらわからない距離感だった。
大抵は考えや感情が読めない隼人に竜馬が文句をつける。隼人はどこ吹く風で、いくら竜馬が睨んでも堪える様子はない。何なら揚げ足取りのように言い返してくる。竜馬は竜馬で言いたいことを言ってしまえば気持ちが収まってしまうし、足りなければ拳を繰り出した。逆に冗談を投げかけ、からかっては煽ることもある。時には隼人のほうから絡んでくる。それで不思議とバランスは取れていた。
別に不満はない。のべつまくなしにいちゃつきたいわけではない。
それでも、せめてもう少し恋人らしいことをしてみたい願望はあった。
——けど、隼人じゃあなあ。
思いきって言い出したところで「お前が?」と小馬鹿にする目つきになるに決まっている。あとは推して知るべし、だ。
——さっきだって。
浅間山周辺の大きな病院を三軒訪ね「ケンタイ」を受け取った。いつもは研究所からトラックが出るらしいのだが、今回はどうやら手配違いがあったようで、それで隼人が代理で回収しているのだと察した。
「隠すモンでもねえだろ」そう車中で切り出すと、「別に言う必要もないことだ」とすげなく返ってきた。それがまた苛立ちの種になった。
「どこ行くかぐれえ言えよな」
「街だと言ったはずだ」
「そうじゃなくてよ」
「俺は頼まれて血液サンプルを回収しただけだ」
「……」
「不満なら、ミチルに説明された通りに言ってやろうか」
「そういう意味じゃねえよ。じゃあ、このあとは」
「いくつか買い物を頼まれている」
竜馬を見ずに言う。またしても曖昧な答えに竜馬が視線で抗議すると、隼人はそれきり黙ってしまった。ハンドルを握る横顔は普段より無愛想——というより、不機嫌そうだった。
——運転中だったから、俺が引き下がってやったンだぜ。
今日は最後まで文句を吐き出せずにいるせいで、胸の中がすっきりしなかった。
はあ、ともうひとつ、半ば諦めの溜息が落ちた。
† † †
いくつも店を通り過ぎていく。
「ン」
気づけば人の数が増えてきていた。
商店街だから人の多さは理解できる。クリスマス前の土曜日の夕方。確かに人出はあるだろう。だがそれにしても多過ぎではないか。
徐々に人波に押され始め、困惑に隼人を見る。
「なあ、こっちでいいのか」
しかしそこに隼人はいなかった。見知らぬ男が振り向いて竜馬の顔を見、怪訝そうに通り越していった。
「竜馬!」
背後から聞こえる。声を辿ると人混みから頭ひとつ飛び出ているからすぐにわかった。けれども間には数人の壁があった。
身体を斜にして隙間を縫うように隼人が近づいてくる。竜馬はなるべく人の流れを堰き止めないように前進し続ける。なかなかふたりの距離は縮まらない。それどころか幾人も割り込んでくる。そこに見えているのに、もどかしい。
じりじりとした時間を過ごす。ようやく隼人が傍まで来て——。
「竜馬」
左手が握られた。
「え——」
顔を上げると隼人の目が逸らされる。
「迷子になられても面倒だ」
「…………」
思わず口が開いた。横顔をじっと見つめる。そんな竜馬には目もくれず、隼人は短く「行くぞ」とだけ告げて手を引っ張った。
人波に沿ってゆっくりと進む。時折右から後ろから押され、身体が傾いた。足元が見えないから転ばないように歩幅を狭くする。今は隼人も同じ歩調だった。
「……迷子なんて、なるワケねえじゃん」
ぼそりと呟く。聞こえたはずだ。けれども手は離れなかった。竜馬も振りほどかない。人波が揺れ動いていく。
商店街を抜けると、歩道の両側には店の代わりに木立ちが現れた。葉もすっかり落ちていて視界も開ける。どうやら公園の中に入ったようだった。
どこから合流してくるのか、まるで有名な寺社の初詣風景のように続々と人が集まってくる。頬を撫でていく風はひやりとしているのに、人の熱に挟まれて身体はうっすら汗ばんでいた。
「……しっかし、すっげえ人。なあ隼人」
「何だ」
「こっちで何かあんのか?」
クリスマス時期だから催し物があっても不思議ではない。
「芸能人が来てるとか。でかいクリスマスツリーの下でコンサートってとこか?」
公園の奥を見やる。特に目立つようなステージはなかった。
竜馬は空を見上げる。さっきまでまだ明るかったはずだが、いつの間にか日が落ちて冬の夜が始まっていた。ここからは急速に冷え込んでいく。落葉しきった裸の樹木も、ぽつぽつと立っている照明灯の白い光も、こんなに人がいるのに何だか寂しく感じられた。
「なあ、さっさと用事済ませて——」
早く帰ろうぜ、と言いかけたときだった。
照明灯に取り付けられているスピーカーが不意にプツ、と鳴った。マイクがオンになった気配に、竜馬の身体が瞬時に緊張した。
「竜馬」
隼人がくいと手を引っ張る。
「あ——ああ」
それは大抵、敵襲を知らせる放送の前触れだった。もう染みついてしまっている。しかしここは研究所ではない。隼人のおかげで心の強張りもすぐに解ける。
「……さんきゅ」
「ああ」
それきり、黙る。相変わらず無愛想だったが、こういう場面では静けさがありがたかった。
スピーカーは二、三度、ガーガーと耳障りな音を立ててはブツリと途切れて大人しくなった。
「……あン?」
その後、再びついたと思ったら何やら早口でまくしたて、数字をカウントダウンし始めた。周囲の人々も立ち止まり声を合わせ出す。
「え」
急なことに竜馬は面食らう。数字が「3」を刻むと照明が一斉に消えた。
「隼人、これ——」
訊ねようとして顔を向けた瞬間。
「ゼロ!」の声とともに世界が煌めきに包まれた。ワッと歓声が噴き上がる。
「——ぅ、わ」
立ち並ぶ樹木がイルミネーションで彩られていた。視界いっぱいに広がるオレンジ色の光は、それだけであたたかく感じる。
竜馬は口をあんぐりと開けたままゆっくりと辺りを見回す。誰もが笑顔で輝く木立ちを見つめていた。
——……もしかして。
ちらと盗み見る。
柔らかな光に横顔が浮かび上がる。いつもは涼しげで、少し前までは不機嫌そうだった瞳がイルミネーションを反射してきらきらと揺れていた。
「……」
正面に視線を戻す。伸びた枝に巻きついた電球は、まるでたくさんの星だった。竜馬の瞳も、光を受けて煌めいているのだろう。
——これを……俺に見せるために?
隼人のことだ。今日、街で何があるのか調べているはずだ。いつ緊急召集があるかわからない。回る先も優先順位をつけていただろうし、研究所に戻るまでのいくつかのルートも頭に入っているだろう。こんなふうに身動きが取れなくなる状況に進んで入り込むはずがない。
——きっとそうだ。
確信が湧く。瞬間、胸の奥が甘く軋んだ。
「…………っ」
顔が熱くなる。触れ合っている左手も熱い。手のひらに心臓があるみたいで、いつもより速くなった鼓動を悟られてしまいそうで、気恥ずかしくて仕方ない。手を振りほどいてしまいたくなる。
——けど。
離れたくない。
こんな機会は滅多にない。次なんて巡ってこないかもしれない。
隼人がこの時間をともに過ごす選択をしてくれて嬉しい。一緒にこの景色が見たいから——そうだったら、もっと嬉しい。
柔らかく、だがしっかりと闇を照らす灯りは竜馬の心にも差し込んでくる。胸にうっすら積もった澱が消えていくのがわかった。
闘いとは無縁の、騒がしくも平和な空間が広がっていた。
「……隼人」
「何だ」
「おめえの言ってた店、どうしても今日じゃねえといけねえのか」
「……」
「この人混みじゃ、なかなか進まねえぜ。今日じゃなくてもいいンなら、また来ようぜ」
隼人が竜馬を見る。少し驚いたように目を見開いて。
「そうしようぜ。荷物持ちが必要だったら、またつきあってやっからよ」
ニッと笑うと間があって、隼人がぎこちなく「ああ」と頷いた。
おそらく、その店はフェイクだ。「早く行こうぜ」と急かせば困ったに違いない。今日はおとなしく騙されてやろう。
——……待てよ。
念には念を入れて本当に店を決め、買うものも決めてあるのかもしれない。
それでも、ボロが出る可能性が消えてホッとしたはずだ。
「そんならよ」
道の先をうかがい、次いで振り向いて確認する。
「あそこまで行って、それから戻ろうぜ」
少し先で遊歩道が交差していた。人の波もそこで交わっている。急に方向転換するよりも、そこまで行ってから流れに沿って戻ってくるのが安全だった。
「な」
「……ああ」
「それでな」
ふいと顔を近づけ、隼人の目を覗き込む。
「俺、何だか腹ぁ減っちまった。戻る前にどっかで飯食ってこうぜ」
手を引っ張る。混雑にかこつけて身体を寄せる。
——もう少し、一緒にいたい。
素直じゃないのは、自分も同じだ。
「……ああ」
先刻と同様に、間があって隼人が答えた。
たぶん、バレている。しかし竜馬がそうしたように、隼人も何も言わない。
どうやらこの季節は、些細な言い合いがわずかばかり減るらしい。文句をつけたり煽ったり、ああだこうだとやり合うのが自分たちらしいけれども、こういう雰囲気も悪くない。
やがて、隼人が口を開く。
「検体の保冷はあと三時間なら問題ない」
「おう。……それで?」
「……たまには外の飯も食いたい」
促され、隼人がぼそりと呟いた。
「だろぉ?」
竜馬は指を開いて、隼人の指の間に潜り込ませる。
「——」
肌から緊張が伝わってきた。それが嬉しくて楽しくて、竜馬は指をきゅっと握り込む。
「……へへ」
上目遣いで笑いかけると隼人が顔を背けた。ニヤけているのか照れているのか、はたまた余裕のなさを隠しているのか。
正面に回り込んで見てみたい気もしたが、たぶん竜馬も普段とは違う顔をしている。まじまじと見られたら困るのは自分のほうかもしれない。この先ずっと、からかいの種になるのは御免だった。
——でもよ。
隼人だってきっと、自分の心臓の音に惑わされている。この数時間——あるいはもっと前から——、いつもと変わらない表情の下では、感情が忙しなくさざめいていたのかもしれない。
そう思えば、無愛想もとびきりの不器用に見えてくる。隼人はまだ、竜馬から視線を逸らしたままだった。
——慣れねえことすっからだぜ。
けれども言葉になる前に、からかいは隼人の手のあたたかさで溶けていく。
澄んだ空気に華やかな光が踊る。冷たい風も人混みも気にならない。
今は分かち合う沈黙が心地よかった。