犬も喰わない

新ゲ隼竜

隼⇄竜、つきあってません。
ちょっかいを出してくる竜馬に苛ついた隼人がマウントを取ろうとするお話。
「自分のほうが上だとわからせたい隼人」対「隼人が自分を気にしているのが面白い竜馬」。
・隼人からの無理やりキスあります。
・竜馬は最後まで煽り好き。
約3,500文字。あとでpixivにもあげます。

◆◆◆

 場所がよくなかった。
 衆人の目がある食堂や、早乙女博士が近くにいる格納庫でならここまでにはならなかった。
 タイミングも最悪だった。
 数日をかけて分析したデータが予想と大幅に異なっていた。それで隼人は余計に苛々し、普段なら鼻で笑っていなせたものも見過ごせなくなっていた。
 だから——。

「ふっざけンな!」
 せいぜい口先、あっても拳ひとつくらいの反撃を想定していた竜馬は大声で怒鳴る。
「先に仕掛けてきたのはお前のほうだ」
 隼人の視線が鋭く尖る。
「こっちは忙しいのに、わざわざつきあってやってるんだ」
「ぐっ、う」
 壁に強く押しつけられて竜馬が呻く。一瞬歪んだ双眸は、すぐそのあとでギラリと不敵に光る。不利な体勢ではあったが、瞳に浮いた狂暴さは消えなかった。
「クソッ」
 下からめつける。しかし隼人相手では効果がない。萎縮させるどころか、竜馬の眼光が刺すような怒気を孕めば孕むほど、気分を高揚させる材料となった。隼人の唇に薄い笑みが乗る。
「むしろ感謝して欲しいものだ」
「だっ、誰が感謝なんてするかよ!」
 喚く言葉も当然のように。
 ククッ、と隼人から零れる。
「竜馬」
 ねとりとした声が竜馬の耳朶をつかまえる。
「噛みついてさぞいい気分だったろうがな、今の俺は虫の居所が悪い」
 唇が近づく。竜馬の身体がぴくんと跳ねた。隼人は体重をかけて押さえつける。
「ぐ、て、てめえ……っ」
「さあ、どこまで吠えていられる?」
 ぺろりと耳たぶを舐める。
「……ッ⁉︎」
 突然の感触に竜馬が硬直する。ゼロ距離だからこそ咄嗟の反応は丸わかりだった。クヒ、と笑い声を耳に押し込む。そして、
「どうした」
 ささやいてはまた、舌を伸ばした。
「——っん!」
 舌先でなぞり上げられて、竜馬はさらに身を硬くする。薄い耳の縁を唇で食まれると、とうとう目を瞑ってしまった。
「——りょうま」
「ひっ」
 喉の奥から漏れた小さな悲鳴の余韻に、隼人の瞳がギラと輝いた。顎を掴み引き寄せる。目が合う。いつもの強さではなく、不安げな光がちらちらと揺れていた。
「……ふ」
 隼人は無意識に笑う。じわりと悦びが込み上げ、腹の中が熱くなった。
 負けているとは思えなかった。竜馬が優っているのは先にパイロットに選ばれた点でのみと信じていたが、正直それすらも不愉快だった。何かにつけ勘と力押しで済まそうとするやり口も気に食わなかった。
 ひとりで煩くしている分にはまだ見過ごせたものを、何を勘違いしているのか、しつこく絡んでくる。気づけばこうして、部屋の中にまで入り込んで。その無神経さも苛立ちの原因だった。だからいつか、徹底的にやり込めたかった。
 これまで見たどのタイプとも違う。隼人と対峙しても恐れずなびかず、服従せず、それどころか牙を見せて真正面から向かってきた。どうやっても壊れそうにない。そんな男を追い詰めてねじ伏せる。己の力量を刻みつけて、どちらが上かはっきりと知らしめる。そのチャンスが巡ってきたのだ。
 憐れな男・・・・は戸惑っている。鼓動のせいだけではない、微かな震えが伝わってくる。隼人の目に捕食者の傲慢さが滲んで——溢れた。

 唇が離れる。
 呻きひとつも聞こえてこなかった。
キャン・・・と鳴くこともできないのか?」
 隼人の口元に歪んだ笑みが浮く。そのままもう一度、唇を奪う。竜馬は観念したかのように動かない——動けないのだと隼人は判断した。爪の先にまで充足感が広がる。
 場所がよくなかった。
 タイミングも最悪だった。
 いいや、と隼人は否定する。愚痴を零すのは竜馬のほうだ。今は不思議と腹が立たない。
 それどころか。
 無力さと悔しさを噛みしめているだろう男に、妙な情さえも湧いてくる。
 運命を握る側の余裕が駆り立てる。隼人の手が竜馬の身体を滑り落ちて腰に回った。軽く力を込め、抱き寄せる。抵抗は感じない。牙のない野生は愛玩動物と同じだった。思いのほか、呆気なかった。
 それもいい、と瞳の奥を覗き込む。

 瞬間、刃が突きつけられた。

 反射的に顔を引く。しまった、と思ったときにはすでに遅く、襟元を掴まれていた。引っ張られると同時に噛みつくようなキスに襲われる。
「ひひっ」
 笑う竜馬に、さっきまでの弱々しさは微塵もなかった。眼光には消えたはずの闘争心が鋭さを増して宿っている。
「たかがキスだけで、この俺がビビると思ったら大間違いだぜ」
 煽る言葉も当然のように。
「——たかが、だと」
 完全な優位をひっくり返され、まだ静まりきっていない胸の内を隠して隼人が咎める。
「耳を舐められてうろたえていたお前が言うか。強がりもいいところだ」
「さっきのは、ちっと驚いただけだ」
「どうだか」
「これっぽっちも愛想のねえ狂犬に突然舐められたら、誰だってギョッとするだろが」
「狂犬?」
 隼人の眉間に不機嫌なシワが寄る。
「それはお前のほうだろう。勝手に人の部屋にやって来ては煩く吠えやがって」
「てめえこそ」竜馬が鼻で笑う。
「腹が立つなら一発殴るか蹴飛ばしゃあいいのによ、しょうもねえキスなんかしやがって。てめえのほうがよっぽど頭おかしいぜ。だから狂犬ってンだ。ほんとのこと言って何が悪い」
「何だと」
「それともおめえ」
 挑発的な上目遣いが隼人をとらえた。
「俺のこと、好きなのか」
 視線に射抜かれる。次に投げつけるはずだった言葉までをも射落とされ、隼人は目を見開いて固まってしまった。
「へえ」
 竜馬の首が傾ぐ。その目がまっすぐに隼人の瞳に注がれる。裏に潜むものを暴こうと、強い光を放つ。
「……ほんとにそうなのかよ。なら、残念だったな。俺を落とせたと思ってたンだろ」
 ニヤリと勝ち誇る。隼人の頭の中に熱が溢れた。怒りなのか羞恥なのか、それとも悔しさか。判別できないまま咄嗟に「黙れ」と口走る。
「やだね。はっ、普段から他人なんて興味ねえ、俺の邪魔すんなってツラしておいて、それかよ」
「黙れ」
「泣く子も黙るテロリスト——おっと、『元』テロリスト、神隼人も所詮は人の子ってか」
「黙れ!」
「せっかく鳴いてやってンのに、それはねえだろ」
 続けて「キャン・・・」と仔犬の鳴き真似をする。
「へへっ、意外と可愛げあンだろ」
「黙——」
「なら、どうする?」
 目の前で竜馬の唇が動いた。隼人は内側から迫り上がってくる衝動に身を委ねる。執拗に煽ってくる竜馬の口を己の口で塞ぎ、手首を掴んで壁に縫い留めた。竜馬の肢体が蠢く。それが反射であろうと拒否の意思であろうと関係なかった。覆いかぶさり、舌をねじ込む。
「——ッ、ふ、ぐ……」
 竜馬の鼻にかかった声が漏れ出る。初めて聞くそのは甘く、隼人の感情に突き刺さった。泡立ち、揺れ動く心のままに唇を貪る。逃さないように身体をこすりつけて押さえ込むさまはロマンチックとは程遠く、獲物を断末魔ごと喰らい尽くす獣の勢いだった。
「……ン、は、あ……っ」
 長いキスが終わる。喘ぐ竜馬の口元はふたりの唾液が混じり合って濡れていた。乱れた呼吸のたびに照明を受け、ぬらついた軌跡が浮かび上がる。
「……加減しろ、よ。息……できねえ」
 はあ、っと大きく深呼吸する。
「息? 止めているからだろ、馬鹿」
「ああん? バカとは何だよ」
「馬鹿だから馬鹿と言ったまでだ。文句あるか」
「おうよ。アソコおっ勃てながら人にバカって言うヤツがあるか」
「——っ」
「こんだけくっついてて、バレねえワケねえだろ」
 ひゅう、とまた深呼吸をして、竜馬が言った。
「俺を落とせるか、やってみてもいいぜ」
 落ちない自信があるのか、隼人を見くびっているのか。それとも。
「俺に……落とされたいのか?」
「さあね」
 余裕を含んだ笑みが返ってくる。隼人はふつふつと湧き上がってくるものを感じていた。渦巻いて、身体中に巡っていく。一度は完全に勝ったと思った。満ちた心と勝利の余韻は鮮やかに覆され、はじめからやり直す羽目になった。
 それでも、と静かに息を整える。
「……後悔するなよ」
 目の前の男を切り崩してやりたい欲が膨らむ。以前よりも遥かに強く、深く。煮えたぎるほどのこの熱量を前に、いつまで笑っていられるか見ものだった。
 竜馬も視線を外さない。
「——そっちがな」
 顎をくい、とやり、小癪に誘う。
 憐れな男・・・・は果たしてどちらか。
 背筋を駆け上がる緊張と愉悦に、まるで出会いの夜と同じだ、と隼人が目を細めた。