隼⇄竜、つきあってません。
風呂上がりの濡れ髪で遊びに来た竜馬と、苛つきながらもドライヤーをかけてあげる隼人のお話。隼人寄り視点。
この話の中では告白・つきあうには至りませんが、そうなる前提として書いています。約3,000文字。あとでpixivにもあげます。
◆◆◆
竜馬がぽかんとして固まった。
「聞こえなかったか」
隼人はじろりと睨みながらもう一度言った。
「こっちに来い」
あからさまに不機嫌なトーンに、竜馬の表情もムッとしたものになる。
「あンだよ」
「来い」
たちまち太い眉が怒り、唇が曲がる。「てめえ」文句を続けようと竜馬がベッドから降りる。それがまず隼人の目的のひとつだったが、乗せられたことにも気づかず竜馬はデスクに近づいていった。
「偉そうにしやがって。てめえ、言い方ってモンがあ——」
「これに座れ」
デスク脇に立て掛けてある折りたたみ椅子をつかみ、押しつける。竜馬は数十秒前のリプレイの如く、ぽかんとする。だから隼人も、
「聞こえなかったか」
と繰り返す羽目になった。
「……は? 何言って」
「いいから座れ」
ぴしゃりと遮る。竜馬は珍しく、それ以上口答えはしなかった。黙って椅子を受け取る。部屋の主人の機嫌を本気で損ねて追い出されるほうを嫌がったのだろう。
しかし、椅子を広げると同時にチッ、と聞こえた。せめてもの抵抗か、それとも説教でもされるのかとうんざりしているところか。
確かに、そういう意味では言いたいことはあった。昼間の鬼獣戦で、いつものように竜馬は独りよがりの闘い方を押し通そうとした。そのせいで本来かかるであろう倍ほども時間を費やした。無駄を払った。
けれども、それについての文句はすでに言ってあった。念押しするようなものでもない。
「おら、これでいいンだろ」
竜馬がやけくそ気味に言い放ち、どっかと座り込む。むくれた顔を横目で確認すると、隼人は背中を向けた。
「え。……隼人? おい」
何も告げずに去る隼人を、今度は不思議そうな声が追いかける。いちいち忙しい奴だな、と溜息をつきながら、隼人は洗面所に入っていった。
戻ってからも、竜馬はうるさかった。
「あ? 何だよ、それ」
「ガキじゃねえし」
「ちょ、おい、聞いてンのか」
「うわ」
背後の隼人に喚き、身をよじる。隼人は「黙れ」「じっとしてろ」もなく、無言で竜馬の頭をタオルで拭く。そのうち諦めたのか、竜馬がおとなしくなった。
コームが黒髪を通っていく。
「……ったく、俺は犬じゃねえぞ」
癖っ毛を梳かされながら、竜馬がぼそりと言った。すかさず、隼人が返す。
「犬のほうが、よっぽど可愛げがある」
竜馬の唇が尖った。
「悪かったな、可愛げがなくて」
「何だ、可愛くしていたつもりだったのか」
「はあ⁉︎ ンだよ、それ」
「動くな」
「……っ」
頭に手を添え、前を向かせる。
「まあ、お前が可愛くしようが生意気だろうがどうでもいい。遊びに来るのも一向に構わない。だが俺の部屋で水を撒き散らすのは許さない」
「ちゃんと拭いたっつーの」
「どこがだ」
風呂上がりの黒髪は見るからに水分を含んでいた。タンクトップの首回りが点々と濡れているのは、髪の先から水滴が落ちたからだ。そんな状態でベッドを占領され、パソコンの傍をうろつかれるのは迷惑だった。
まだ湿っている黒髪を一房、掬う。想像していたよりも細く、柔らかく感じた。指の腹でそっと撫でる。
「…………」
だったら、追い出せばいい。
もっともだ。それが一番早くて確実だ。だが、素直に従わない可能性が高い。揉み合って無駄な時間を過ごすくらいなら、少しくらい手間をかけてもおとなしくさせるほうがマシだった。
そうに決まっている、と自分に言い聞かせる。
「隼人?」
「——いや、何でもない」
「……おう」
ドライヤーのプラグをコンセントに挿し、再び背後に回る。
「じっとしてろよ」
今度はそう注意し、ドライヤーをつけた。
「お、あったけえ」
竜馬の声が弾んだ。
髪の中に指を差し込み、毛束を持ち上げる。根元に温風を送り、髪の先に向かって指で梳きながら乾かす。引っ張らないように、地肌に爪を立てないように、竜馬相手にしては十分過ぎるほど気を配る。
「これ……気持ちいいな」
やがて、ふやけた声が聞こえた。
「こんなに気持ちいいなら、毎日隼人に乾かしてもらうかな」
「金を払うならやってやる」
「金ぇ? やだよ、おめえプロでもねえだろ」
「俺の貴重な時間だぞ」
「俺に会えるからいいだろ」
ほんの一瞬だけ答えに詰まる。しかしすぐ何事もなかったかのように隼人は続けた。
「嫌でも毎日顔を合わせなきゃならんのに、何がよくて自由な時間までお前の顔を見なけりゃいけないんだ」
「こうやって座ってたら、顔は見えねえじゃねえか」
「減らず口め」
「達者って言ってくれよな」
「フン」
「あ、怒ったのか」
「あきれて物が言えないだけだ」
「ふ、へへっ——あ、おい!」
思い切り髪をぐしゃぐしゃにする。冷風に切り替えると風量を最大まで上げて、顔面に吹きつけた。
「おわっ、おい、やめっ、目ぇ乾く!」
「払うか」
「は、払うっ、ビール一本でいいだろ!」
「発泡酒じゃなくビールだぞ」
「わあった!」
「なら、それで手を打とう」
ドライヤーを止める。冷風が堪えたのか、竜馬から「おわぁ……」と情けない声があがった。
「ま、マジで目と口ん中乾いた」
「俺を軽く見るからだ」
「見てねえだろぉ……」
覗き込むと、竜馬は何度もまばたきをしてはギュッと目を瞑っていた。
「せっかく褒めてやろうと思ったのによぉ」
「何」
「けど、やーめた。こんなグシャグシャにされたら褒めるとこなンてねえっつーの」
「そうか」
隼人はドライヤーを片づけ始める。
「あっ、おい、てめっ、このまんまやめンなよ! おい!」
「半分は乾いただろ」
「バカ野郎、頭爆発してンじゃねえか」
「いつもとそう変わらない」
「何だてめえ、今度は拗ねてンのかよ」
「なぜそうなる」
「俺が褒めねえから拗ねてンだろ」
竜馬が勝ち誇った表情で視線をくれた。隼人は咄嗟に「馬鹿な」と言うしかなかった。
「んへへっ、機嫌直せよ。あとでちゃんと褒めてやっからよ」
「……」
「だからよ、これ何とかしてくれよな」
盛大に跳ねている髪の毛を指差し、竜馬が無邪気に笑った。
ドライヤーの音だけが騒がしかった。竜馬は温風がよほど心地いいらしく、静かにされるがままになっていた。
身体の力が抜けているから、髪を軽く梳くだけで頭がついてくる。まるで酔っ払いのように、ふらふらと。
「竜馬」
「ンあ」
呼びかけるとハッとする。だがすぐにまたゆるむ。ちらと覗き込むと、長い睫毛が安心し切ったように伏せられていた。呑気なものだ、と隼人は唇の端を上げた。
洗い立てだからなのか、元々の髪質なのか。黒髪は元気に跳ね回っている割には、意外なほど滑らかだった。
指が後頭部を滑り落ちる。なだらかな曲線を伝い、襟足に辿り着く。さらりと黒髪を掬い——ふと指先がうなじに触れた。
「……ン」
ひくりと竜馬の肩が揺れ、鼻にかかった声が漏れ出た。
「——」
手を止める。
竜馬は動かない。
隼人はしばし様子をうかがい、何も起きないのを確かめると再び襟足を乾かし始めた。
もうすぐ完全に乾いてしまう。
ドライヤーの風量を下げる。そうしてもっとゆっくりと髪を梳き始めた。竜馬は気づかないようだった。
隼人の手に操られるように、あるいは追いかけるように、形のいい頭が揺れる。
竜馬の心中はわからない。
ただ、自分の心の中はわかる。
ドライヤーを切る。じっと黒髪を見つめ——優しく撫でた。すると手のひらに竜馬が頭をこすりつけてきた。
「……」
もっと、と甘えるような仕種に勘違いしそうになる。
これは違う、と自分に言い聞かせる。
それでもこんな時間を持てるなら悪くはなかった。最初に感じた苛つきも、すっかり消え失せていた。
竜馬、とささやく。
「……ン」
「乾いたぞ」
「…………うん」
ゆら、と身体が揺れて、隼人の胸にもたれかかってくる。
「褒めてくれないのか」
しかし聞こえてきたのは穏やかな寝息だった。
「……それなら」
褒め言葉の代わりをもらうまでだ。
息を詰める。
竜馬が夢の入り口で遊んでいる間に——。
隼人は艶やかな黒髪にそっと口づけた。