隼竜お気持ち話詰め

新ゲ隼竜

つきあってます。
相手に「好き」と伝えてはいるけれど、それ以上に深い思いを自覚している隼竜の、それぞれのお気持ち話2本立て。
各話3,000文字程度。隼人側の話のほうがシリアス傾向が強いです。同軸ではないですが内容的に対になっている感じです。あとでpixivにもあげます。

思いごと

竜馬寄り視点。
情事のあとでこっそりベッドを抜け出してはゲッター線のデータと向き合う隼人に思うこと、言えずにいることのお話。
思いごと=思い事。心の中で思う事。

願いの先に

隼人寄り視点。シリアスめ。
隼人の作業が終わるのを待っていてくれる竜馬への思いと、訊けずにいることのお話。竜馬の様子がどことなく不穏で、隼人が将来の別離の可能性を感じる描写があります。

◆◆◆

思いごと

 こちらをうかがっているのはわかっていた。
 だから竜馬は眠ったフリをする。たぶん、気づかれていない。
 その証拠に、隼人はベッドを抜け出す——息を詰めて、そろりと。狸寝入りとバレていたら抜け出さないはずだ。
 何もそんなに気を遣わなくていいのに。
 ふと思い、「いいや、そうじゃねえな」と打ち消す。隼人の行動を知れば「こんな夜中にやることかよ」とか「俺がせっかく来てやってンのに」と自分が煩いからだ。
 身体を包んでいたあたたかさが離れる。Tシャツを着て、ベッドから遠ざかり、デスクまで行く。竜馬は目を閉じながらその気配を追う。目蓋の裏にほのかな光が届いた。カタ、とキーボードの軽い音がして、それから椅子が体重を受けとめて軋んだ。
 薄く目を開ける。
 隼人の背中が見える。カタカタと控えめに、だが途切れずに鳴る打鍵音。もう少し目を開ける。次第にぼやけた視界がはっきりとしてきて、モニタの黒い画面に白色の英数字や何かのグラフが現れては消えていくのが見えた。デスクライトは光量と向きが調整されていて、竜馬に直接当たらないようになっていた。
 薄明かりに照らされて、隼人の輪郭が浮かび上がる。首筋に噛み痕がうっすらと確認できた。
 少し前に、竜馬がつけた傷。シャツに隠れてはいたが、肩にも背中にも脇腹にもついているはずだ。噛み痕とキスと爪の痕。
「……」
 あんなにも印をつけたのに、すぐに余所見をする。同じようにあちこちに印を刻まれた自分は、こうして囚われているのに。
 まだ、足りないのだろうか。
 きっとそうだ。隼人がこちらの身体につけた痕のほうが多いからだ。なら、次はもっとつけてやろう。
 ——ああ、でも。
 ムキになって印をつけようとすれば、隼人はそれ以上に反撃してくるだろう。負けず嫌いはお互い様で、相手をからかってやりたい気持ちも同じくらいあるはずだ。けれども、自分のほうが分が悪い。
 あの手で撫でられるだけで、肌の上に快感が溢れてくる。あの目で見つめられるだけで、身体の中から熱が湧き上がってくる。あの声で「竜馬」と耳元で呼ばれれば、隼人のことしか考えられなくなる。
 気づいたときには遅過ぎた。どうしようもないほどに惹かれていた。こんなことなら、ずっと気づかないほうがよかった。
 そっと右手を伸ばし、探る。さっきまで隼人のぬくもりがあった場所は、すっかり無機質なベッドに戻っていた。残り香を吸い込む。するとまだ隼人に抱きしめられているような気がした。
 不意によみがえる。行為の終わりに頬を撫でてくれる指先。汗ばんだ竜馬の髪の毛をいて耳たぶを弄び、首筋をくすぐる指先。普段の隼人からは想像もつかないほど愛おしげに、繊細に触れてくる。その感触を思い出して、心地よさに身体が勝手に震えた。何度でも感じたくなる。
 それなのに、あの男の頭の中はもうほかのことで占められている。指先は竜馬ではなく、ゲッター線を求めている。
 自分だけがずっと、こうして隼人の背中とぬくもりを追う羽目になるのだろうか——。
「——ッ」
 瞬間的に胸の中が焦りと苦しさでいっぱいになる。息ができなくなって、竜馬はぎゅっと目を瞑った。

 呼吸を整え、がば、と勢いよく起き上がる。隼人が振り向いた。
「起こしたか」
「ン、いや……便所」
 いかにも今目覚めたとばかりに目元をこする。もう、隼人に気を遣っているのか、自分の気持ちから目を背けたいのかわからない。
 ベッドから出て、足早に洗面所に向かう。
 ——ちっ。
 俯いた影の下で、竜馬の唇が尖った。
 本当は、もっと簡単なはずだと思う。ただ隼人が好きなだけだ。隼人も自分を恋人として見てくれる。夜の時間を逢瀬に割いてくれるし、竜馬を起こさないようにするのは優しさなのだとわかっていた。
 ややこしくしているのは自分自身だ。
 洗面台の鏡を見つめる。
 面白くなさそうに、上目遣いをする男。思う通りにならない現実に不貞腐れて、まるで子供だった。
 もう少し、素直になれたらいいのに。
「好きだ」は言える。軽口も嫌みも、どうってことない。「いいから俺に構えよ」と文句だって言えるし、ベッドにだって当然、誘える。
 それなのに——。

 勢いよく扉を開けて、まっすぐにデスクへ行く。隼人が手を止め、不思議そうに見上げてきた。その左腕を、竜馬は喧嘩でもするときのように鷲掴みにした。
「寝るぞ」
 ぐいと引っ張る。
「竜馬?」
「いいから、寝るぞ」
 さらに引っ張る。竜馬の顔を覗き込んだ隼人の瞳が何か言いたげに大きくなり、すぐに細められる。「これだけ」と右手で短いコマンドをキーボードに打ち込むと、デスクライトを消して腰を上げた。
「どうした」
 問いには答えず、竜馬は黙って身を翻す。隼人の腕は掴んだまま。隼人は素直に従う。
 五歩も進めばベッドに行き着く。振り向いたかと思うと、竜馬は隼人をぐいぐいと押してベッドに追いやった。
「りょ——」
 有無を言わさず、押し倒す。すかさずベッドに上がり込んで隼人の右腕を真横に広げ、自分はその肩口に頭を乗せる。
 あっという間に、隼人がベッドを抜け出す前の態勢に戻る。違うのは、竜馬が背中を向けていることだった。
「……ふ」
 小さな笑みが隼人から零れた。竜馬が眉根を寄せる。
「あンだよ」
「いいや」
 ベッドが軋む。隼人がもぞもぞと動いて、身体をぴたりと寄せてきた。
「俺がいなくて、寂しかったのかと思ってな」
 左腕が身体にかぶさって、巻きつく。きゅっと力が込められて、抱きすくめられる。肌の熱さとまとわりつく香りに、竜馬の鼓動が跳ね上がった。
「べ、別に」
 何でもないフリをする。
「ンないつまでもカタカタやられたらうるさくてしょうがねえ」
「ああ」
「それに、明日の朝は早えし」
「ああ」
 隼人の指先が微かに竜馬の肌をくすぐる。
「……っ、お、俺は別にいいけどよ、寝るンなら、おめえが腕枕してえだろうと思ってだな。その」
 また、ふ、と微かな笑い声が起きて、吐息がうなじを撫でた。
「——ッ」
 ひく、と竜馬の身体が震える。隼人の腕にもう少しだけ力が加わる。それから、
「ああ」
 と、肯定の響きとキスがうなじに降ってきた。
 竜馬はぎゅっと目を瞑った——今度は、嬉しさと生まれくる熱に溺れそうになって。
 ちょっとぐらい、追いかけて欲しい。涼しい顔で前を行く竜馬を、たまには焦って追いかけて、届くかどうかの距離を懸命に腕を伸ばして、引き留めるように力強く「竜馬!」と呼んで欲しい。
 もっと、自分だけを見て欲しい。
 本当はそう伝えたいのに。
 ——やっぱ、ダメだな。
 中途半端に気を引くことしかできない。たとえ隼人がこちらを向いたとしても、今でさえこんなに舞い上がってしまうのだから、振り向かない自信がない。それにきっと、竜馬の魂胆は見抜かれている。
「……ちぇ」
 口の中で呟く。
 すると、慰めのように隼人の唇がもう一度うなじに触れてきた。全身が緊張する。バクバクと心臓が皮膚の下で暴れ回る。
 これでは到底、眠れそうにもなかった。
 ——……それでもいいか。
 竜馬が眠らなければ、隼人もベッドを抜け出しはしないだろう。
 けれども、万が一もある。
 隼人の左腕に手を重ねる。指先でしがみつく。余所見ができないように。勝手にどこかへ行ってしまわないように。
 自分が、振り落とされないように。
「……」

 

 このままずっと、つかまえておけたらいいのに。

 

 溜息ともつかない息を吐き出して、竜馬は心から願った。

◆◆◆

願いの先に

「なあ」は五回目、「まだかよ」は三回目。
 隼人が「まだだ」と答えたのは最初だけ。
 それでも竜馬は怒るでも帰るでもなく、回転式の丸椅子に座って隼人の背後に陣取っていた。だが手持ち無沙汰ゆえに落ち着きがない。身体を前後に揺らし、左右に振り、床を蹴っては座面ごと回転する。時折伸びをする。そのたびに椅子はギィと鳴き、脚先のキャスターもキュッと短い音を発した。
「いつまでかかるンだよ」
 また、竜馬が終わりを訊ねる。
「かける気になれば、一生」
 モニタから目を離さず、ようやく隼人が口を開いた。竜馬の鼻の頭に皺が寄る。
「ケッ、冗談キツいぜ」
「まったくだ。冗談であることを願うな」
「——」
 少しの沈黙ののち、「よく言うぜ」とあきれた声があがった。キーボードを叩く手が止まる。
「何がだ?」
 ちろりと視線を背後に向けると、
「すぐ解けるような謎々はつまンねえ——だろ?」
 キュルキュルという音とともに椅子が動いて、竜馬が視界に滑り込んできた。く、と顔が近づく。
「おめえ、ほんとに一生そうやってゲッターのこと調べてそうだよな」
 言葉だけならからかいだったのに、響きはどこかしんみりとしていた。隼人の胸の奥に、微かな違和感が生まれる。
「頭いいヤツって、大変だな」
 ふざけている様子はなく、嫌みでもなく、本当にそう思っている顔つきだった。ついぞ見慣れぬ表情に、違和感が膨らむ。
「それに」
 モニタを覗き込んだ竜馬の視線がふと遠くなる。「ジジイもな」
 独り言のような呟きが落ちた。隼人の中で、真意を確かめたくて次の言葉を待ちたい気持ちと、違和感が育つ恐れを感じて忌避したい気持ちがぶつかる。
 竜馬の唇が動く。隼人は咄嗟に左手を伸ばした。
「——その点」
「ンあ?」
 顎に指をかけて引き寄せる。瞬間、竜馬の目に艶っぽさが浮き出た。これから起きることを悟った証だった。
 誘うような眼差しが隼人に注がれる。何かを紡ごうとしていた唇は別のものを迎えるためにわずかに開かれる。そして長い睫毛が伏せられた。
 唇に吸い寄せられていく。触れた刹那、竜馬からは「ン」と小さな歓びが漏れた。右手を腰に回して熱を手繰り寄せる。竜馬の腕が首に巻きついてきた。
 単純であって欲しいと思う。それならば、両腕で囲ってのがさない術を知っている。隼人だけが世界のすべてであり果てであるのだと覚え込ませることもできる。
 けれども、そうではないと確信している。
 本当にすべてを把握して、思い通りに制御できるような男であれば、きっとこれほど惹かれない。
「……竜馬」
 背中を撫でる。ぴくりとその肢体が反応する。
 身体は正直だ。誤魔化しようがない。生まれた熱はすぐにその肉体を覆っていく。
「……『その点』、あンだよ」
 咥内をひと舐めして竜馬が睨む。
「俺が単純だって?」
「——」
「そうだな。俺、わかりやすいだろ?」
 隼人の上唇をぺろりと舐める。キッとした目つきが軽やかに——いたずらがバレた子供の含み笑いに——変わる。
「こんな単純な男はつまンねえか? お気楽そうに生きてて、目障りか? ケンカっ早くて、暴れンのが好きで、勝手ばかりやる男」
「……いいや」
 を持たせてから、キスを返す。軽く触れて、離れて、また、煽るように触れる。くすぐったそうに竜馬の指先が遊んで、隼人の作業着を引っ張る。それを合図に、隼人はもう少しだけ口づけを深くした。
「……ン、んぅ」
 竜馬の甘い声が鼻から抜けていく。気持ちいいと、わかりやすく鳴く。背中に回した手に力を込める。
 離したくない。
 違和感の正体はわかっている。竜馬はここにいるのに、その目はちゃんと自分を映しているのに、完全には交わっていない気がした。
 じわりと焦燥感まで湧いてくる。
 竜馬はどこに向かうつもりなのだろうか。
 この先、竜馬が選ぶ運命の中に、自分はいるのだろうか。
 震えて存在感を示そうとする不安を押さえつけるかのようにキスを深くしていく。
「ん、ン……っ」
 竜馬がしがみつき、身体をこすりつけてくる。いつものように求められて、隼人はようやくほっとする。
 唇が離れると、濡れた吐息が零れた。
「キス……やべえ」
 うっとりとした瞳が見上げてくる。今は間違いなく、隼人だけを見つめている。
「なあ」
 隼人の後ろ髪を指先で弄びながら、ささやく。
「勃っちまった」
 扇情的な響きに、隼人の身体も熱を帯びる。
「はやと」
「……ああ、もう終わった」
「ほんとかよ」
 竜馬がモニタ画面を見やる。
「まだ何か流れてきてるぜ」
「問題ない。あとは自動で読み込む」
 それじゃ、とたちまち喜色が滲む。勢いよく立ち上がると、隼人の腕を取ってベッドに誘った。

「なあ」と甘えた声があがる。
「俺、偉えだろ」
 不意に訊かれ、隼人は肌への口づけをやめる。
「何がだ」
 ふふ、と含み笑いが降ってくる。
「おめえの邪魔しねえで、ちゃんと待ってるとこ」
 両の手が隼人の頬を包み込んだ。目が合う。
「な?」
「ああ」
 相槌に、竜馬の表情がゆるむ。無邪気さに隼人の心もゆるむ——そのすぐあとで。
「俺、『ゲッター線と俺と、どっちが大事だ』なんて訊かねえだろ」
「————」
 思わず息を呑む。
 鳶色の瞳が見据えてくる。隼人は囚われたように動けなくなった。
 澄んでいるのに、感情が読めない。押し込めたはずの不安がまたしても蠢き出す。
「竜——」
「だろ?」
 竜馬がひとつ、まばたきをする。次の瞬間にはもう、いたずらめいた顔つきになっていた。
 目を凝らしても奥底は見えない。覗かせてもらえない。
「……」
 さっきは知りたくなくて、咄嗟に目を逸らした。今だってそうだ。不穏がはっきりとした形になるのは嫌だった。それなのに、知りたいとも願っていた。
 竜馬が心の深い場所で何を思っているのか——。
「はやと」
 唇が触れる。
「続き、しようぜ」
 もう一度、口づけられる。
「な」
 はじまりは自ら望んだのではないにしろ、今では一番ゲッターに乗ることを楽しみ、闘いに興じているようにも見える竜馬が、本当はそうでないのだとしたら。
「……ああ」
 隼人はキスを再開する。首筋から胸元へ。口づけては肌を吸う。くすぐったそうに竜馬の肢体がひくりと跳ねた。
「ん、あ」
 竜馬の腕が絡みついてきて、待ち侘びていたのだと伝えてくる。隼人は熱くなった肌を撫でてキスをして、わかっていると答える。
「ふ、……あ、あ、はやと……んっ、はやと……」
 切なく、まるで縋るように恋人の名を呼ぶ。
「……っ、竜馬……」
 たまらなくなり、唇を貪る。竜馬もしがみつく。汗が浮いてきた肌をこすり合わせる。
「りょ、ま……っ」
「はやと……、ン、好き、だ」
「——竜馬」
 目指す先が違うのだと、どこかで感じていた。こればかりはどうしようもないのだと。
「好きだ、はやと」
 強く抱きしめられて、隼人の胸の奥が軋んだ。

 ゲッター線と竜馬。どちらかを選べというのなら。

「お前だ」と言ったら、竜馬はどうするだろうか。
 柄にもなく照れて「嬉しい」とでも返すだろうか。狐につままれたような表情で無防備をさらすだろうか。
 それとも。
「冗談キツいぜ」と眉をしかめて、予期せぬ重さを嫌がるだろうか。
 本心をさらけ出す竜馬が見たい。
 だが訊けなかった。まだ、向き合う覚悟を持てずにいる。
「……竜馬」
 それでも、きっと竜馬は傍にいてくれる。今夜のように、待っていてくれる。
 そう信じたくて。
「竜馬、好きだ」
 せめて嘘偽りのない思いを言葉にした。