誤算の純心

新ゲ隼竜

隼⇄竜で、隼人の部屋に入り浸っていた竜馬が何気なく「俺らつきあわね?」と提案して始まるお話。前作『戸惑いの向こう側』とスタートは同じですが別軸、隼人視点からのお話になります。
隼人は竜馬の真意が掴めないものの渡りに船と提案に同意します。どちらも「好き」の自覚あり。ちゃんとハピエン。約8,000文字。あとでpixivにもあげます。
なお単語としては「純真」が正しいですがあえての「純心」表記です。
【注意】
・キスまでですが、服の上からちょっと下半身擦り付けは発生します。
・行為がエスカレートしていく隼人に、竜馬が張り手を食らわせます。
・竜馬を煽り返して優位に立ったつもりの隼人のほうが、竜馬と自分の気持ちに翻弄されます。
・途中、グイグイ来る隼人に圧されるも最終的には竜馬のほうが少し余裕。
・竜馬が受け側の事前準備についてサラッと言及するシーンがあります。

◆◆◆

 聞き直そうと隼人は顔を上げる。

『いっそのこと、俺らつきあわね?』

 確かに聞こえた。まるで、
「カレーとカツ丼、どっちにする?」
 そう、食堂で訊ねるような何気なさ。気軽に放たれた言葉の裏を探す。しかしすぐに思い直す。
 裏も何も、それ以上に何があるというのか。
「ああ、構わん」
 だから隼人も、顔色も声音も変えずにさらりと返した。
 部屋の中がしんとする。背後から「ン」と一音だけ聞こえてきて、それぎり竜馬はおとなしくなった。隼人は五秒ほど気配をうかがってから、再びキーボードを叩き始めた。

 室内に打鍵音が流れる。時折、ベッドの軋みとシーツの衣擦れ音が混じる。竜馬が体勢を変えてくつろいでいる証拠だった。
 いつもと同じ。
 夕食も風呂も済ませた竜馬がふらりとやってくる。共有スペースのストッカーから古雑誌を見繕っては持ち込み、隼人のベッドに上がり込む。あるいは菓子をいくつも携えてはやってきて、主の許可を得ずにちょっとしたパーティーを始める。おかげでピシリと整ったベッドは、あっという間に一晩分のシワを蓄える。
 それは隼人が不在でも変わらなかった。見られて困るものはない。だから扉は常に開いている。漫画本もゲーム機もない部屋にいて何が楽しいのかわからないが、ベッドに残されたシワとゴミ箱に投げ込まれた菓子のパッケージで行動を把握できた。
 あまりの自由さに、最初の頃は幾度か注意をした。しかし竜馬は「ちゃんと片付けてるだろ」「おめえの邪魔はしてねえし」と口答えするばかりで一向に改めようとはしなかった。確かに、たまにスナック菓子のかけらが落ちているときはあったが目立つ粗相はそれぐらいで、枕カバーをチョコで汚されたり、缶ジュースをひっくり返されることはなかった。それにモニタ画面を覗き込んでもすぐに興味を失うようで、作業を妨害してくるわけでもなかった。だからこれ以上無駄骨を折るよりは、と切り替えて、いつしか注意するのをやめてしまったのだった。
 諦めたのか、許したのか。それとも受け入れたのか。正直、よくわからなかった。ただ、不快ではなかった。
 そして今では、竜馬が隼人の部屋にいるのが当たり前の光景となっていた。
 ベッドが大きく軋む。隼人は手をゆるめ、神経を背後に向ける。密かにうかがっていると、竜馬の気配が近づいてきた。
 デスク脇に立て掛けてある折り畳み椅子を引っ張り出し、隼人の隣に陣取る。ちらりと見ると、どこか楽しげな眼差しをしていた。
「なあ」
 何気ない響き。けれども、いつもと違う。甘さが含まれているような気がした。
 現金なものだな、と隼人は心の中で苦笑する。
「つきあう」という行為が事実として成立した途端、竜馬の行動も視線も声も、特別な感情が潜んでいるのだと思わせる。柄にもなく、期待に浮ついてしまう——隼人がずっと望んでいたものだから。
 冷やかしなのか暇潰しなのかはわからない。それでも、誘ってきたのは竜馬のほうだ。自分はただ、その話に乗ればいい。
「どうした」と、できるだけ平静を保つ。
 竜馬は椅子を引きずり、さらに近づいてきた。身体を寄せてくる。空気が揺れて竜馬の匂いが鼻先に触れる。一瞬、囚われる。その間に竜馬の顎が右腕に乗せられていた。
「ン」
 上目遣いで覗き込んでくる。喧嘩を除けば今までで一番近い距離だった。
「……何だ」
 ぶっきらぼうに問うと、すぐにムッとした表情に変わる。
「何だってこたぁねえだろ」
「わからんものはわからん」
 竜馬は唇を尖らせたあとで、大げさに肩を上下させながら溜息をついた。
「信じらンねえ」
「だから何が」
「俺ら、つきあおうって言った」
「ああ」
「それって恋人同士ってことだろ」
「そう認識している」
「だったらわかれよ」
 ジト目で、また唇を尖らせた。
「……キスでもしたいのか」
 竜馬の瞳孔がわずかに収縮する。触れている箇所から緊張が伝わってきた。隠したいのか、見抜かれたいのか、本心はどちらだろうか。
「違ったか」
「……違わねえって言ったら?」
 仰ぎながら不敵に笑う。当然、隼人も不敵な笑みを浮かべる。
「なら、お前からするんだな」
「あ?」
「言い出したのはお前だろう。そっちからするのが筋というものだ」
 見下ろし、煽り返してやる。
「キスすんのに、ンな筋とか関係あンのかよ」
「嫌ならいい」
「うわ、ひっでえ言い方」
「何とでも言え」
「ムカつく。そんなに言うならしてやるよ」
 竜馬の右手が伸びる。隼人の胸元を掴み、引き寄せる。
「へへん」
 間近で視線がかち合う。竜馬の鳶色の瞳が明るく煌めいた。思わず見惚れた次の瞬間、愉快そうに目が細められる——隼人の心中を見透かしたように。
「——」
 さらに引っ張られる。勢いがついて額がぶつかり、それから唇が重なった。
 乾いた唇が押しつけられる。柔らかな感触と熱。
 隼人は身じろぎせず、次を待つ。だが予想に反し、唇は離れていった。
 竜馬を見る。隼人が不審に思うのとは真逆で、その表情は「どうだ」と言わんばかりの得意さに満ちていた。
「……」
 おかしみと、丸みを帯びた不思議な感情が込み上げてきた。溢れるままに口を開く。
「これだけか?」
「へ?」
 竜馬が惚ける。
「これが『恋人同士』のキスか」
 子供に言い聞かせるように、わざとゆっくり喋る。言い終えて見れば、竜馬の顔が徐々に真っ赤になっていくところだった。胸の奥がくすぐられる。
「ずいぶんと可愛らしいキスだったな」
 顔を寄せ囁くと、目の前で薄い耳の縁までもが赤く変わっていく。また、胸の奥がくすぐったくなった。それでいて心地よさも感じる。
 ——ああ、そうか。
 不意に、広がっている奇妙な感覚の正体がわかった。
 つい触れたくなる。腕に囲って逃したくなくなる。庇護欲に近い独占欲といえばいいのか。綺麗に言い換えるならば、愛しさと呼べるものかもしれない。
 そこに、からかいたい欲が重なる。自分の言葉ひとつでうろたえて顔を赤らめる竜馬など願ってもお目にかかれるものではない。
 笑みが零れて吐息が竜馬の肌を滑る——と、竜馬は弾かれたように勢いよく立ち上がった。
「そ、そんならおめえがやってみろ!」
 よほど癪だったのか、両の手は拳を作っていた。微かに震えながら睨みつけてくる。しかしその表情は怒りではなく、戸惑いや焦りを含んだ不安定なものに見えた。
 また、隼人の中の感情が波打つ。
「——竜馬」
 立ち上がる。ぐっと迫る顔に、竜馬が息を呑んだ。
「え、あ——」
 そのあとはきっと「隼人」と続く。それからたぶん、「待て」と。けれども隼人は全部を言わせない。
「……っ」
 唇に触れる。竜馬がしたように軽く唇を押しつける。何度も繰り返し、ついばむ。
「……ン」
 強張りの下から微かな吐息が聞こえてくる。もっと味わいたくて、唇を食んで吸う。舌先で軽く舐めて、くすぐる。次第に竜馬から零れてくるものが増える。隼人は自分の中に、静かに、だが確実に熱が生まれくるのを感じていた。
「……ッ、ン」
 ひくりと竜馬の肩が上がる。侵入してきた隼人の舌に応じる術を持たず、ただ自分の舌をぎこちなく浮かせる。
「ん、ン……っ」
 隼人の舌がもっと深く分け入る。
「……ッ!」
 引けていく腰を隼人の左手が押さえ、抱き寄せる。すると背中が離れていこうとする。隼人は右手で背中を抱き留めた。これでもう、逃げられない。
「——っふ、ン、んっ」
 キスの隙間から竜馬の声が漏れる。指先が行き場を探してさまよう。隼人に触れては離れ、指を握り込もうとしてはあえなく解ける。そうしてしまいには切羽詰まったように隼人の作業着にしがみついた。
 まだキスは終わらない。
 隼人の指が蠢く。器用にタンクトップの裾を手繰り寄せ、中に滑り込む。
「ンンッ⁉︎」
 突然の刺激に竜馬が跳ねた。その拍子に唇が外れる。
「あ……っ、あっ」
 真っ赤になった顔いっぱいに困惑が浮かぶ。隼人の胸に衝動が一気に広がった。
「ひゃあっ!」
 左手が腰を撫でる。竜馬の熱をじかに、手のひら全面で受け取る。
「竜馬」
「……っン!」
 再び深い口づけが始まる。熱くなった指がタンクトップの中を這う。すぐにどちらのものかわからない汗が滲んできて、肌と肌がひたりとくっつき合った。
 隼人が身体を寄せる。下半身が密着して、竜馬の全身が緊張した。構わず指先が下りていく。ズボンの上から尻の丸みを撫でて、きゅっと鷲掴む。ゴワついた作業着の感触と、その下から指を押し返してくる弾力の落差を確認するように、隼人の手が無遠慮に動いた。
「ッ、ン〜〜〜〜ッ!」
 竜馬が身体を揺すって呻く。しかし抗議は届かない。それどころか、隼人のキスと愛撫は濃くなる一方だった。
「っ⁉︎」
 尻を撫で上げた手が横に滑る。双丘の間を渡るズボンの縫い目をなぞっていく。そして限界まで下りていった指先が、今度は上ってくる。布に隠されている道筋を暴くように、じりじりと。
 傍若無人な手から逃げようと尻が振られる。ますます下半身同士が密着し、こすれ合った。
「……ンっ、て、め……ッ」
 とうとう竜馬が拘束を振り解きにかかる。
「い、いい加減、に……っ」
 胸ぐらを掴み、押しやろうとする。だがその前に隼人が薄く微笑んだ。
「『恋人同士』なんだろ」
「——ッ」
 言葉に詰まる竜馬の目を覗き込み、隼人の口角がさらに上がった。長い指が背中の隙間からズボンの中に侵入していく。アンダーのゴムに触れると爪の先で持ち上げ、肌をくすぐりながらさらに潜り込もうとする。
「なっ⁉︎ ば、ばか、やめっ、タンマッ」
 我に返った竜馬が隼人の手を押さえた。
「い、今はダメだ!」
今は・・?」
 隼人がニヤリとする。
「それなら」形の整った眉が上がる。
「いつならいいんだ」
 じっとりとした視線を向ける。
「なあ、竜馬」
 絡みつく声に竜馬は逃げ道を塞がれたと気づき、目を見張る。
「りょうま」
 吐息が竜馬の唇を撫でる。
「……っ、その……っ」
「その?」
 隼人の唇が軽く触れた。
「……っう」
「まさか、キスだけの関係か?」
 腰を押しつけ、竜馬の中心を刺激する。布越しに微かな兆しが伝わってきた。隼人の中に巣食った熱が高まっていく。
「わ、わあって……る……」
「本当に?」
「わあってるから……!」
 よじる身体を追いかける。腰を入れ、とうに硬くなっている自らのそこでこすり上げる。
「ンっ」
 竜馬の眉根が歪む。隼人が腰を動かすたびに、合わさった場所が少しずつ硬くなっていく。喘ぐように睫毛が伏せられて、は、と短い、けれども熱を秘めた吐息が竜馬の口元から落ちる。その唇は幾度もの口づけを受けて、はじまりのときよりも赤く色づいていた。
 羞恥と焦り、混乱——それから、もしかしたら隼人と同じように期待——がい交ぜとなって、竜馬の表情を形作っていた。
 いつもの跳ねっ返りで人を食ったような竜馬ではない。隼人に気圧され、徐々に湧いてくる肉の快感に翻弄されかかっている。
 間近で見る光景に、隼人の目は釘付けとなった。
 竜馬の体温も質量も確かにここに存在している。それなのに初めて見る姿はあまりにも現実離れしていて、まるで夢のように感じられた。
「——竜馬」
 ドクン、と一際大きく鼓動が鳴る。竜馬の反応を楽しむ余裕が消えていく。身体の芯から突き上げてくる疼きが理性を吹き飛ばそうとしていた。
「竜馬」
「んあっ!」
 すっかり硬くなったそこで竜馬を揺らす。竜馬が思わず仰け反る。赤く濡れた咥内が隼人の視界に飛び込んできた。目が眩む。もう一度、欲しくてたまらなくなる。無防備に開かれたそこに舌をねじ込もうとした瞬間、
「こ、このォッ!」
 バチン、と平べったい音があがった。
 隼人の目の前がかげり、額と鼻が痺れる。張り手を受けたのだと気づくまで二秒かかった。
「さっ、さっきからいい気になりやが……て」
 そのままぐいぐいと顔面を押される。指の隙間から強い瞳が見えた。
 いつもの竜馬だった。まだ赤い顔をしていたが、それでも「何しやがる」と言わんばかりの鋭い眼光で睨みつけてくる。
「ちったあ待ちやがれ!」
 視界が開ける。次の瞬間、もっと強い張り手が飛んできた。密着している状態ではかわしようがなく、さっきよりも綺麗にもらってしまう。
 上体が後ろにぶれる。腕の力がゆるんだ隙を逃さず、竜馬はようやく拘束から抜け出た。すぐに一歩下がり、距離を取る。
「ったく、がっつきやがって……童貞かよ!」
 顔をしかめ、残った羞恥を振り払うように声を張ると、急いでタンクトップの裾をズボンの中に押し込んだ。
「聞いてンのか、ああ⁉︎」
「……ああ」
 隼人は鼻筋をさする。まだピリピリとしていたが、おかげで昂り、乱れていた心が落ち着きを取り戻していく。
「……『今はダメだ』、と」
 低い声でぽつりと呟く。
「おう」
「……」
 まだ「好きだ」と言われていない。自分も伝えていない。告白を飛び越して先走ってしまった。それでも約束をくれるのだろうか。
 次を訊ねる代わりに、じっと待つ。竜馬は距離を保つ隼人をめつける。上から下までじろりと眺め回し、これ以上無理強いはしないと確信したようだった。やっと瞳から刺々しさが消えていく。
「今日は——」
 竜馬が言いかけてやめる。口元が不機嫌そうに曲がった。
「……」
 ぷい、と横を向いてしまう。滑らかなラインを描く頬が再び上気していく。やがて、尖ったままの唇から、
「今日は急で何も……その、準備してねえから……だから」
 小さく零れた。
 隼人が一歩近づく。竜馬の身体がぴくりと揺れて、そろりと視線が流れてきた。
 一切の拒絶ではない。はぐらかそうとしているわけでも、ふざけているわけでもない。
 ただ「時間が欲しい」と訴えている。その眼差しに胸を突かれる。
「……わかった」
 隼人の手が竜馬の頬に触れる。そっと、優しく。
「——」
『待っている』と言いかけ、咄嗟に呑み込む。
 普段ならきっと言えた。焚きつけるには格好の言葉だ。竜馬の負けず嫌いにつけ込んで後戻りできないようにさせるのは簡単だ。そもそも、竜馬が始めたことなのだから。
 けれども——。
「……隼人?」
 目の前で口をつぐんだ男を訝り、竜馬が覗き込んでくる。警戒心もなく、素直に。
 そのまっすぐさは隼人には眩し過ぎた。
 唇に軽いキスを残し、隼人が離れる。竜馬は少しの間不思議そうに隼人を見つめて——はっと正気に返る。
「まっ、また来る!」
 目を逸らし早口で言い置くと、小走りで扉に向かっていった。
「ああ」
 隼人がそう相槌を打ったのは、扉が竜馬の姿を隠して十秒も経ったあとだった。

   †   †   †

 突然現れた壁に弾き返されたような衝撃だった。
「————っ」
 驚愕に、切れ長の目が見開かれる。
「よう、来てやっ……た」
 扉が開く音に顔を上げた竜馬が一瞬ぽかんとし、ふっと笑った。
「あンだよ、そのツラ
 微笑はすぐに大きな笑顔に変わる。
「ひっでえ面」
 屈託なく笑う顔は、間違いなく隼人にだけ向けられていた。
 ベッドの上でくつろいでいるのはいつも通りだった。けれども、まとっている空気が違った。今までよりももっと砕けて柔らかく、近く感じた。
 ——まさか、本当に。
 隼人が思うと同時に、
「今晩俺が来るとは思ってなかった——だろ?」
 竜馬がニヤリとした。
 ああ、と心で返すだけにして、隼人はベッドに近づいていく。これ以上感情を零さないように、慎重に。
 昨夜、約束をした。あれが竜馬の本心から出た言葉だったとしても、はもっと先だろうと考えていた。あるいはそんな未来は来ないかもしれないと、半分ほどは密かに思っていた。隼人がくあまりに竜馬を戸惑わせ、逃れるにはああ答えるしかなかったのでは、と。
 それとも意趣返しか。防戦一方だったお返しに来たのかもしれない。口づけて、肌に触れて、竜馬のことしか考えられなくなった頃に「冗談だぜ」と突き放すつもりだろうか。
 勝手に想像し、胸の中がぐにゃりとひしゃげる。不快感に口元が引きつった。
 静かにひと呼吸し、表情を整える。竜馬に向き合い、見下ろす。竜馬は隼人を見上げ、先を促すように首を傾げた。
「……」
 そっと右手を伸ばす。竜馬は身動きひとつせずに受け入れる。
 手のひらに、竜馬の頬の丸みと感触、体温を感じた。じわじわと存在が染みてくる。
「……本気だったのか」
「は?」
昨夜ゆうべのことは全部、本気だったのか」
 竜馬を怒らせ、可能性を壊すかもしれない。しかし曖昧なままでは進めそうになかった。案の定、竜馬の顔つきが険しくなる。手のひらに強張りが伝わってきた。
「嘘だと思ってたのかよ」
 竜馬の声が尖る。「キスまでしたのに」
「俺をからかっているのかと思ってな」
 聞くなり、竜馬が顔を歪めた。
「てめえ、俺のキスをずいぶん安く見るじゃねえか。っつーかよ、もしかして、今もそう思ってンのか」
 どきりとして隼人は一瞬、言い淀む。だが誤魔化しても仕方がなかった。
「……正直、俺をからかいたいがため、という可能性が捨て切れない」
 昨夜の竜馬の眼差しをはっきりと覚えている。けれども好かれている確信が持てずにいた。
「……はぁ、信じらンねえ」
 竜馬が渋い顔のまま、溜息をつく。
「ったくよぉ」
 もう一度、はあぁ、と溜息が零れた。
「ンなことのためにわざわざケツ洗ってこねえからな」
 暗にキスをねだったときと同じジト目。まったくわかっていない・・・・・・・・・・・、と隼人をチクリと刺す。
 しかし非難の目つきも今の隼人には効果がなかった——というより、耳に流れ込んできた言葉の意味を解するのに集中していて、睨まれていることにも気づいていなかった。
「竜馬、それは……」
 もう一方の手も伸ばす。両手で竜馬の頬を包み込み、柔く撫でる。
「ん……」
 次第に竜馬の目つきが穏やかな角度に変わっていく。隼人は手の中の強張りが解けていくのを感じていた。決して気のせいではない。
「それは……俺のことが……好きだと」
 指の腹で優しく撫でる。竜馬はゆっくりとまばたきをしたあとで、
「それ以外にあンのかよ」
 と、笑った。いつもの自信たっぷりの物言いに、どこか照れくさそうな響きが混じっていた。
「そういうおめえはどうなんだよ」
「俺か。俺は——」
 じっと見つめられ、頭の芯に熱が灯る。竜馬の言葉はすべて本心からだった。その現実に、抑えた気持ちが溢れそうになる。

『好きだ』

 たった一言。今なら言える。
 口を開く。
「——」
 けれどもうまく声が出てこなかった。自分に驚き、戸惑う。
「隼人?」
「……っ」
 思わず唇を引き結ぶ。これまで言いたいことは遠慮なしに言ってきた。それなのにすんなり言葉が出てこない。
 竜馬の前でだけ。
「……もしかして、おめえのほうは違うのかよ」
 竜馬の声が硬くなる。隼人は咄嗟に首を横に振った。
「じゃあ、何で」
「俺は」
 真正面から向き合うのも、感情が動かされたのも、竜馬が初めてだった。
 当然、好きになったのも、告白も。
 ——竜馬。
 手の中のぬくもりをそっと撫でる。「好きだ」という言葉がどんどん隼人の内側で重なり、膨らんでいく。
「……おめえ」
 竜馬の手が隼人の手に重ねられた。
「おめえでも緊張すンのか」
 くす、と小さく笑う。
「なあ、隼人。おめえ今、すげえ面してンぞ」
 茶化すような上目遣い。だがその奥には心を許した相手にだけ見せる無邪気な親密さがあった。
「そんならまあ、俺が言い出しっぺだしな。しょうがねえ」
 ニッと口角を上げ、腰を浮かせる。
「……竜馬?」
「へへっ」
 ギシ、とベッドが鳴る。するりと両腕が隼人の首元に抱きつく。あっという間に竜馬の顔が近づいた。
 隼人の胸が高鳴って軋む。
「りょ——」
「はやと、好きだぜ」
 鳶色の瞳にうっすらと熱が浮いている——隼人がそう気づいた瞬間、竜馬に口づけられてもう何も考えられなくなった。