隼⇄竜、セフレ関係。新炉心テストの日の夜の話。
新炉心テストのトラブルにより竜馬への好意を自覚した隼人が告白するお気持ち話です。竜馬も隼人への思いは自覚しているけど、くっつかない隼竜。シリアス、暗め。約2,000文字。
【注意】
・割り切ったセフレ関係前提の設定。竜馬は黒平安京以前から隼人への思いは自覚しています。
・竜馬が泣いている(ように見える)描写があります。
・隼人の告白を受け入れず、好き合っているのに関係は発展せずにあばダチに向かうパターンです。
・アニメだと鳴っている感じではなかったのですが、トラブルの描写で「様々な警告音」と入れています。
*もしかしたら同系統のお話を書くかもしれず、その場合はまとめてpixivに投稿しようと思うのでしばらくサイト上でのみの公開にします。
◆◆◆
竜馬が泣いている。
そうとしか見えなかった。
俯く角度、震える肩、漏れ出る音をこらえるような呼吸。
隼人は右手を伸ばし——肩に触れる手前で留まる。
静かに呼吸をする。竜馬の邪魔をしないように。
そして考える。
あの竜馬が泣くのだろうか。
もしそうならば、いったいどんな感情からなのだろうか。
竜馬はいつでも強くて、頑なだ。こうと決めたら一歩も退かない。相手が誰であっても、自分の意志を押し通そうとする。だからこそ感情を抑え込まない。ときに淡々と、飄々としているが、それでも己の心には素直だ。「馬鹿」がつくほどに。
心の柔な部分は決して見せない。幾度も肌を合わせ、密やかな時間を共有している隼人にすらも。
人として生きている以上、誰にでも柔な場所はあるはずだった。
現に今、隼人は竜馬に「好きだ」と伝えた。
己が脆く不安定な人間だと、己以外の存在を求めているなどと本当は知られたくなかった。けれども弱さをさらけ出してでも竜馬が欲しかった。
肉体だけの繋がりでは満足できなくなった。竜馬の柔い部分に触れて、本当の体温を感じたくなった。
だから。
微かに震えている背中を見つめる。もしかしたら、もう二度と見られなくなっていたかもしれない背中。
昼間の出来事が脳裏にこびりついていた。様々な警告音、所員たちの怯えが滲む焦った声、弁慶の怒鳴り声。
それから、竜馬の雄叫び。
いつものように敵に向かって「この野郎、負けるか」と吠えていた。その姿がかき消え、あらゆるモニタから竜馬の存在が消えたとわかった瞬間、隼人の中で感情が弾けた。
これまで、意識もしていなかった。そんな感情が芽生えていたとも知らなかった。黒平安京で離れ離れになっても何も感じなかったのに、竜馬が世界から消えたあの瞬間、ナイフで心臓を刺し貫かれて死んだと思った。
失った恐怖で知る慕情など、皮肉でしかない。通常ならばどう足掻いても取り返しはつかない。
だが、俺は違う——。
今、ここにいる。竜馬が目の前にいる。すぐに触れられる距離。竜馬が一言、「好きだ」と応えてくれたら——小さく頷くだけでも——それでいい。
その心に触れたかった。
きっと許されるはずだとどこかで思っていた。そうでなければ竜馬も、死ぬ目に遭ったその日の夜に、わざわざ抱かれには来ないだろう。
いつになく熱のこもった愛撫にも「しつけえな」と笑いながら応えてくれた。心なしか、しがみついてくる力が強かった。隼人の指先には、竜馬の肌のぬくもりがまだ残っていた。
ならば竜馬は今、歓びを感じているのだろうか。それとも安堵だろうか。
鳶色の瞳に何が浮かんでいるのか、確かめたくてならなかった。
だが隼人は踏み留まる。手が届きそうであればあるほど、近づいたら消えてしまいそうな悪い予感もする。
息を潜め、竜馬から明かされるものをじりじりと待ち侘びた。
「…………ったくよぉ」
実際は然程長い時間ではなかったかもしれない。ふうっと息を吐いたあとで、あきれが混じった声があがった。
竜馬の右手が動く。ぐい、と拳で顔を拭う。
「——」
はっとして、隼人の目が見開かれる。唇から竜馬、と零れる寸前。
「あんまり可笑しくって涙が出ちまったぜ」
竜馬がクッと笑う。ほんのわずかだが、声が揺らいで聞こえた。
「つきあう? 俺とおめえが? 恋人同士? 今から?」
まるで自分自身に問いかけるように矢継ぎ早に紡ぐ。
「俺と、隼人が……」
声が宙に溶ける。空間に静寂が満ちたそのあとで。
「へっ、バカバカしい」
竜馬が頭を横に振り、その場の空気をなぎ払った。
「おめえとは肉体だけの関係だ。それ以上でも、以下でもねえ」
きっぱりと言い放つ。
だから隼人も短く、
「そうか」
とだけ返した。
不思議と落ち着いていた。苛立ちも怒りも哀しみも湧いてこなかった。一度も振り向かない背中をただじっと見つめる。
きっと、振り向きたくないのだろう。
——なら、それでいい。
強引にでも抱き寄せ、振り向かせればよかったと後悔するかもしれない。
だが今は竜馬の選択を奪いたくなかった。
振り向かないのは、顔を見られたくないから——心を覗き込まれたくないから。背中を向けることでしか隠せない何かがあるから。
それがわかっただけで十分だった。
「竜馬」
呼びかけに、その肩がぴくりと動く。
「さっき言ったことは、忘れてくれ」
隼人は自ら幕を引く。
柔い心の端を垣間見たと気づかれてはならない。これ以上、竜馬の負担になりたくなかった。
竜馬がゆっくりと頷く。
しかしそれは深く項垂れたようにも見えて、隼人の胸がずきりと痛んだ。
「——ああ、忘れてやる」
乾いた声だった。やはり竜馬は振り向かなかった。
竜馬の背中が遠ざかっていく。
一歩離れるごとに、夜がふたりの間に割り込んでくる。指先に残っていたぬくもりも次第に消えていく。反対に、ずくずくとした胸の痛みは増していく。
当分、この疼きは消えないだろう。
——いや。
ずっと消えなくていい。
竜馬がまだここにいるのなら、それでいい。
そう願いながら、隼人は夜に呑まれていく背中をまばたきもせずに見つめていた。