隼⇄竜、つきあってません。隼人に会いたくなって、夜に所内を探し歩く竜馬のお話。キスまで。竜馬の一人称。約3,500文字。気が向いたらpixivにもあげます。
【注意】
・隼人が「抱かせろ」と迫り、互いに告白せずに一度だけ寝た前提。
・竜馬のほうが若干追いかける形。
◆◆◆
歩くリズムが狂った。
直そうとして軌道がヨレる。歩幅が小さくなる。みっともなく身体が揺れた。
しまった。
舌打ちをこらえる。
意識して足をいつも通りに動かして——って、バカらしい。何だよ、「いつも通り」って。当たり前じゃねえか。
イラッとして、唇が突き出る。
だいたい、あいつのせいだ。
目線の先の背中を睨みつける。
部屋にいなかった。別に約束してたワケじゃねえ。けど、何だか腹が立った。
でかいコンピューターがある部屋にも、何かの装置の根っこにある小部屋にもいなかった。よくわかンねえ機械がブンブン唸ってる薄暗い部屋にもいなかった。
そうなりゃもう、意地だ。見つけねえことには終われねえ。晩飯も風呂も済ませてあるから時間は気にしなくていい。あいつが行きそうなところをあちこち覗いてみたが、それでもどこにも見当たらなかった。
こんなときに限って、そうだ。
だからやっとのことで見つけたら——不意にあの後ろ姿が目に入ったら——胸の中がざわつくに決まってる。
一瞬だけ足がすくんだように動かなくなったのも、そのあとで駆け出したくなったのも、やっぱらしくねえからやめようとしたのも。それで結局歩き方がヘンになっちまったのも、全部、全部あいつのせいだ。
真後ろに立つ。とっくに気づいているはずだ。それなのに、全然振り向きやしねえ。「何にも知りません」って気配をさせてる。
面と同じで、背中までスカしてやがる。そう思うと、余計にムカついてきた。こんなひと気のねえ通路なんだか配管室なんだかわかンねえ場所に座り込んで、ノートパソコンを広げて。カタカタカチカチ鳴らし続けて、いったい何が楽しいんだか。
後ろから目隠しでもしてやろうか。それで、
「だ〜れだ」
なんてワザとらしく訊いてみようか。
きっと眉間にシワ寄せた面が、もっとシワくちゃになるに違えねえ。それならちったあ、すっきりするってなもんだ。
そうしよう、と決めたと同時に、自分の両手が塞がっていたことに気づく。
——ああ、しまった。
今度こそ、舌打ちが飛び出た。
「何だ」
振り向かずに、少しだけトゲのある声が聞こえた。
「……別に」
面白くねえ。
「そうか」
隼人はそれだけ言うと、また黙った。
カタカタと、カチカチと、次々と聞こえてくる。俺を素通りして消えては、また隼人の手元から延々と生まれてくる。
つまンねえ。
けど、これが隼人の求めているものなのかと思えば、覗いてみたい気にもなる。
ほんの少し身をかがめて、左手を伸ばす。
「飲むか」
隼人はようやく顔を向ける。だが肩越しに差し出されたビール缶を見るなり首を横に振った。
「アルコールは脳を鈍らせる」
そうしてすぐに元の姿勢に戻ってしまった。
隼人の前には二台のノートパソコンがあった。繋がっているケーブルは壁に伸びていて、人の頭ぐれえの大きさのハッチが開いていて、その中に入っていってる。パソコンの画面には、何だかよくわかンねえ文字だの数字だのが流れている。隼人の指は別の生き物みてえに素早く動いて、カタカタと音を立てていた。
俺は残り少なくなった右手の缶を一気にあおる。隼人を探している間にぬるくなったビールは、ひと口目よりもずっと苦く感じた。
「んじゃ、俺が飲むわ」
背中を向けて、座る。空いた缶を傍に置き、さっき隼人に差し出した缶を開ける。
最初はキンキンに冷えていた。持った指先がじりじりしてくるくらいに。それから缶の表面には小さな水の粒が浮き出てきて、流れていって、今じゃすっかり乾いてさらさらになっていた。
いらないと言われて「はい、そうですか」とあっさり引き下がるのも癪だ。「せっかく持ってきてやったのに」と押しつけるのも違う。隼人を探しにきたのは俺の勝手だから。
「……」
ぬるいビールが喉を滑り落ちていく。
ふう、とひと息ついて、身体を後ろに倒す。隼人の背中に当たる。そのまま寄り掛かった。
文句を言われたら言い返してやろうと思っていたが、意外にも隼人はおとなしかった。
隼人の立てる音を聞きながら缶を傾ける。空気は少しひんやりしている。だから背中があったかくて、気持ちいい。エアコンの風と違って、肌の内側があったかくなっていく。
静かだった。
カチカチと鳴っているのは相変わらずだったが、ちっとばかし忙しねえ時計の針の音と思えば何のことはねえ。鬼だのゲッターだのの騒ぎなんて、はじめっからなかったみてえだ。
それに。
頭を反らして、もたれる。
隼人を感じる部分が広がった。
目を閉じる。
何だか、世界中に隼人とふたりっきりみてえな感じがした。
——悪くねえ。
正直、ムカつくことも多い。けど、嫌いなワケじゃねえ。
でも、だからって。
「————っ」
ぐいっと缶をあおる。自分の中から湧いてきたものを押し戻す。
だからって、別に好きとかそういうんじゃねえ。ましてや——。
もうひと口、飲み込む。ぬるくなっちまったビールは炭酸の刺激が鈍くて、いくら飲んでも胸の中がすっきりしなかった。
いつまでもここにいたってしょうがねえ。
部屋に戻ろう。
そう思ったときだった。
「竜馬」
今まで黙りこくっていた男からぼそりと聞こえた。
「あ?」
首だけで振り向く。
隼人はこっちを向かねえで、俺の反応を待っているようだった。
「あンだよ」
動きやしねえ。
自分で呼んでおいて何なんだ。
「おい、隼人」
体重をかけて背中を押してやる。
「おい」
「……」
やっとこっちを見る。
隼人のほうがちっとばかりでかいから、目線を上げなきゃなんねえ。ムカつく。目つきも口喧嘩も負けるつもりはねえからな。ギッと睨んでやる。
すると、
「ひと口もらおう」
静かにそう言った。
「あ?」
一瞬、何のことかわからなかった。けど隼人の視線が俺の顔じゃなくてもっと下を向いていたからそれでわかった。
「いらねえんじゃなかったのかよ。『脳が鈍る』とか大層なこと抜かしてよ」
「それはさっきまでの話だ」
「さっきと今とどう違うってんだよ」
「あとはデータの吸い出しだけだ」
「は?」
身体を曲げてノートパソコンを見れば、まだ数字だの何だのが流れていってる。全然終わったようには見えなかった。
「ワケわかンねえ」
渋い顔を作るが、隼人はお構いなしで俺の手からビールを奪っていった。
「あ」
目の前で隼人の喉仏が動く。
「……」
喉仏の出っ張りを目でなぞる。上に行って顎の先から耳元までのライン、頬、口元。
缶から離れた薄い唇はビールで濡れていた。
どく、と心臓が大きく鳴った。目を逸らそうとしても、視線がくっついてどうしようもねえ。
見てるってバレちまう。早く誤魔化さねえと。
視線を引き剥がそうとする。隼人の唇が軽く開く。そこにまた釘付けになって——。
「え……」
唇がやけに近え、と思った瞬間、キスをされた。
柔らかさと、ビールの匂い。
それしか感じなかった。唇はすぐに離れていく。
ぼうっとして目の前の唇を見つめる。その形が変わる。
「ビールの礼だ」
ニヤリと笑う形になった。
数秒遅れて我に返る。頭の中がカッと熱くなった。
「ンな、て、てめえ」
声が震えている。悟られないようにもっと張り上げる。
「キスが礼になると思ってンのかよ!」
「気に入らないのか」
「気に入るとか入らねえとかの問題じゃねえよ! だいたいそういうの、自意識過剰って言うンだぜ!」
ふん、と鼻を鳴らす。だが隼人も同じように鼻を鳴らしてきた。
「なら、返してもらおう」
「は? 返す? どうやっ——」
唇を塞がれる。
「…………っ」
苦え。ビールの味がする。
こいつ、舌入れてきやがっ……。
————。
「……てめえ」
精一杯、睨みつける。息を止めて荒くなった呼吸を隠す。けど、たぶんバレてる。
くそっ。
クッと微かな笑い声が降ってきた。
隼人が、勝ち誇ったように見下ろしてきやがった。
「〜〜〜〜ッ」
ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく。
全身が熱くなってくる。これはキスされたからじゃねえ。顔を撫でられているからでもねえ。
イライラして収まンねえ。
「勝手にやっといて、勝手に取り消すンじゃねえよ!」
隼人の頬を平手でパンと叩いて挟み込む。そのまま顔を思い切り引き寄せ、キスをしてやる。
ムカつく。
あの夜だって、勝手に「抱かせろ」って言い寄ってきて、それっきりじゃねえか。
人の気も知らねえで。
素直に抱かれてやるんじゃなかった。おかげでこっちは、ずっと、ずっと。
「……っ、ふ、ン……!」
あ、てめ、だから舌入れンな、俺が先に——。
別に、「抱かれたい」ってワケじゃねえからな! てめえがどうしても俺を「抱きたい」ってんなら、話に乗ってやらねえこともねえってだけだからな!
そう啖呵を切りたかったが、実際は抱きしめられて胸の中が苦しくなって、どうしようもなくって、ただ隼人にしがみついただけだった。