隼←竜。つきあってません。
竜馬は隼人への好意に無自覚な状態。初対面のとき、「こいつ、今まで会った奴らと全然違う」と直感した竜馬が、弁慶との会話の中で、実はそれは恋だった…と気づくお話。
竜馬の一人称で進みますが、地の文はセリフ口調。約2,000文字ちょい。当面サイトのみで掲載、あとで似た話でまとめるか、気が向いたらpixivにあげます。
・4話直後。三人一緒にご飯を食べたことがまだない設定。
・竜馬は子供の頃からサーガばりにお父さんから厳しい稽古をつけられている設定。
・竜馬との会話の中で、弁慶がミチルさんに対し「一目惚れ」と言う場面があります。
・隼人は豚肉料理をよく食べている設定。
◆◆◆
勘はいい。たぶん、人の十倍くらいは。
何せ、ガキの頃から親父に鍛えられた。飯を食っているときでも道場の掃除をしているときでも、布団の中でいびきをかいているときですらも拳や蹴りが飛んできた。躱せなければ痣が増える。ヘタをすりゃ骨が折れる。だから毎日、瞬時の判断ってヤツをやってきた。
それに、土地柄もあっていろんな人間を見てきた。嘘をついている目や、隠し事をしている口元はすぐわかる。本当は弱えクセに強がってるヤツなんか丸わかりだし、手合わせしなくったって、ちょっとした身体の動かし方でどんな力量かぐれえわかる。
だから——。
頬づえをついて眺める。弁慶が俺の視線の行く先に気づいた。
「お、隼人じゃねえか」
隼人はトレイを持って列に並ぶ。少し前までイカれた集団の頭をやっていたのに、おとなしく食堂の列に並ぶってのはどういう気持ちなんだか。それはさすがにわかンねえ。
でも、今日の機嫌はわかる。ありゃ結構いいほうだ。いっつもコンピューターと睨み合いしてっけど、今日は「でーたのちゅうしゅつ」ってヤツがうまくいったみてえだな。
「あいつ、食堂に来るんだな」
弁慶は振り返ったまま、じっと隼人を見ている。
「飯に誘っても来ねえしよ。いっつも何食ってんだろな」
弁慶はしょっちゅう食堂に出入りしている。それなのに出くわさないなんて、よっぽどタイミングが合わねえのか。
まあ、俺は知ってっけどな。
隼人は豚肉をよく食っている。魚より肉。鶏肉も食うには食うけど、豚肉のほうが多い。生姜焼き定食、とんかつ定食、豚しゃぶ定食に角煮丼。豚好きなのか、ほかの食いもんが苦手なのかまでは知らねえ。
ん、いや、炒飯はよく食ってンな。ここの炒飯はなかなかイケる。俺も好きだ。
あ、今日は酢豚だ。これは割と珍しいかもしんねえ。
「……隼人も普通のもん食うんだな」
弁慶が感心したように呟いた。
「何だ、それ」
あんまり妙な言い方をしてきたもんだから、思わず吹き出しちまった。
「それじゃ隼人が普通の人間じゃねえみてえ——」
笑いながら言って、ああ、普通じゃねえな、と思い返す。
隼人は、俺が見てきた中で一番ヤバい人間だ。一応、人間の部類。ただし、「とんでもねえ」がつく。
出会って一瞬でわかった。
ほかのヤツとは違う。
何がどう、なんて細かいことは知らねえ。けど。
こいつだけは違う。特別だ。
俺の勘。
「あ」
弁慶の声で我に返る。隼人も俺らの視線に気がついたみてえで——。
ふいっとそっぽを向いて、壁際の席に向かっていく。
「相変わらず愛想がないヤツだな」
なあ、と弁慶は俺に振る。
「そりゃ、俺らに比べりゃあな。つかよ、あいつに愛想なんてあったら気持ち悪ぃだろが」
弁慶はちらっと隼人を見て「確かに」と頷いた。
「あいつ、顔はいいもんな。……あ、頭もいいか。それで愛想までよかったら、さすがの俺もちょっと負けそうだな」
「は?」
「ここの女の子たちが、キャアキャア言いそうじゃねえか。といっても、俺のミチルさんは靡かないだろうけどよ」
「おい、『さすがの俺も』とか『ちょっと』とか言い過ぎじゃねえのかよ。あ? それに『俺のミチルさん』だあ?」
「ミチルさんは俺の観音様だからな」
弁慶がうっとりと目を細める。どうやら俺が知っている早乙女ミチルとは違う女が見えているらしい。
「ミチルさんはよ、そんな浮ついた女じゃない。俺にはわかる」
「わかるって……ずいぶんと鬼娘のこと買ってンじゃねえかよ。そんなに好きなのか? 本気で? あの鬼娘を?」
弁慶は「ああ」と真面目腐った声で答えた。
「一目惚れなんだ」
「——ひとめぼれ」
俺は唖然とする。そんなもん、本当にあるのか。
「あ、信じてないだろ」
「いや、ま、最初に鬼娘を見たときのおめえ、確かにボーッとしてたけどな」
「ああ。思わず目と心を奪われてしまった」
何でか弁慶は手を合わせる。
「仏に仕える身なれども、さりとて美しいものを見れば美しいと感じ、その美しいものを愛でて——」
「あー、はいはい、わかったわかった」
「何だよ、せっかく俺のこの胸の内を告白してやろうと思ったのに」
「ンなもん、いらねえよ」
右手でしっしっと追い払う。聞かされてたまるか。
しっかし、どうにもわからねえ。
「……一目惚れ、ねえ」
「まあ、お前にはわからないかもなあ〜」
首を傾げた俺を見て、弁慶はニヤリと笑った。
「理屈じゃない。出会った瞬間にわかるんだ」
「ほーん」
俺は小指で耳穴をほじりながら、話半分で聞き流そうとした。
「ほかの女とは違う、ってピンとくるんだ。勘だよ、勘」
「……へえ」
「何がどう、なんて細かいことはわからない。けど、この女だけは違う、特別だって、そう思うんだ」
「……」
「それでな、気づくとその女のことばっかり考えたり、目で追ったりしちまうんだ」
俺は隼人に視線を向ける。隼人は黙々と飯を食っていた。相変わらず、箸の持ち方が綺麗だった。
ふと隼人が顔を上げる。まばたきをひとつして、それからこっちを見て——。
「————ッ」
突然、呼吸が変になった。急いで目を逸らす。
「竜馬?」
「いや……何でもねえ」
鼻の下をこすって誤魔化す。弁慶は気づいてねえようだった。
今のは何だ。急に息ができなくなった。
弁慶は何つってた?
出会った瞬間にわかる? ほかとは違う? 勘? 特別?
それって——。
頭の中がこんがらがっていく。心臓の音が速くなって、大きくなってくる。まさか、そんなはずはねえ。これは、そういうんじゃねえ。
繰り返しながら、こそっと目をやる。
隼人はもう、何事もなかったかのように飯を食っていた。
目が合った気がした。その瞬間、胸の中がヘンになった。初めての感覚だった。
「……ああ、わかンねえよ」
俺は呟く。
だって、そうとしか言いようがねえ。
勘はいい。人よりずっと。自信がある。
けど、人を好きになったことなんてねえ。だから弁慶の言うことなんか、わかンねえ。
ちっともわかりゃ、しねえ。