隼(無意識)⇄竜(うっすら意識)、つきあってません。
ものの弾みでセックスしたら相性がよくて何となくセフレ状態になっているふたり。竜馬の「おめえ、俺のことが好きなのか?」という問いから会話を重ねるうちに妙な感情が自分の中にあると気づき始める隼人のお話。まだ恋心を自覚する手前。約4,000文字。pixivには気が向いたらあげます。
・竜馬が隼人に過去の恋人の有無について訊ねるシーンがあります。隼人は童貞ではない設定。でも恋人はいなかったです。
◆◆◆
いつまでもまとわりつく視線に、とうとう隼人が口を開いた。
「さっきから何だ」
眉をひそめ、鬱陶しそうに訊ねる。竜馬からは、
「あー……、おお」
と気が抜けた相槌が返ってきた。隼人の顔が遠慮なしにしかめられる。
「言いたいことがあるならさっさと言え」
声にも刺が宿る。竜馬はその険に動じる様子もなく、不思議なものをぼんやりと眺めるような表情で隼人を見つめていた。
「ああ——おめえよぉ」
隼人とは対照的に呆けた顔つき。声までも間延びしてふわふわとしている。まどろっこしさに隼人が舌打ちをしようとしたときだった。
「おめえ、俺のことが好きなのか」
思ってもみなかった問いに、隼人の動きが止まる。
「…………は?」
切れ長の目が見開かれる。目だけでなく口もぽかんと開けて、伶俐な隼人らしからぬ姿となる。
「…………なぜ、そう思う」
「ン……何となく」
ふたりとも、奇妙な浮つきを感じながら言葉を交わす。
「何となく……?」
「だって、よぉ」
ものの弾みでそういう関係になった。はじめはふざけ合いの延長と認識し、どちらも一回きりだと思っていた。それが「相性が合う」とはこのことなのか、触れ合った快感がどうにも忘れられず、どちらからともなく二回目を選択した。
それが「運の尽き」だったかはわからない。顔を見合わせ、目で合図する。それで通じる。そんな関係が始まってしまった。
ずるずると、だが当人同士は割り切っていると信じ込んで——もしくは信じ込もうとして——三箇月が経とうとしていた。このままきっと過ごして行くのだろう、そんな空気が流れ始めた頃に、竜馬のこの問いだった。
「おめえ、何だか優しくなった気がする」
「優しい」など、隼人を評する言葉のうち、最も縁のないものだろう。隼人もそれを理解しているのか、怪訝な、まるで珍奇な出し物を見るような目つきを竜馬に向けた。
「自覚ねえのかよ」
隼人は三秒ほど考え、「ない」と答える。
「別に、前と変わらんだろう」
いくら相手が頑丈でも、局部に触れるときには気を遣うのは当たり前だし、それを優しいと言われるのも違う。それどころか昂って首筋に歯を立てることもあるし、勢い余って壁やベッドフレームに手足を押しつけてしまうこともある。自身もあちこちをぶつけるし、翌朝、互いの脛や膝小僧に青痣を見つけ苦笑するぐらいなのに、どこが「優しい」のだろうか。
わずかに首を傾げた隼人に、竜馬が不満げに唇を突き出した。
「ま、わかンねえならいいけど。……つかよ」
「何だ」
「おめえ、つきあったヤツとかいんのかよ」
「いない」
「好きな女……男でもいいや、ひとりぐれえいなかったのか」
「いない」
「けど童貞じゃなかったろ」
「ああ」
「面だけはいいもんな。モテただろ」
「いや」
「嘘ばっか」
「嘘じゃない。こっちの意志とは関係なく無遠慮にベタベタとくっついてくるくだらん奴らはいたがな」
「うわ、ひっでえ言種」
隼人はふん、と鼻を鳴らす。
「手駒になるわけでもなし、こちらには何のメリットもない」
「でも、寝たんだろ」
「そいつらとは寝ていない」
「何で」
「そんな奴と一回でも寝てみろ。周りには俺のイロだと嘯いて、終始つけ回されて、こっちはたまったもんじゃねえ」
今にも唾を吐きそうなほど顔を歪めた隼人に、竜馬が思わず吹き出した。
「——っくは、ははっ」
横目で睨む隼人をよそに、楽しげに笑う。
「お、おめえがンな嫌がるぐれえつきまとってくるヤツって……ふふっ、相当肝が太えンだろうな、はははっ」
笑い止まない竜馬に、隼人は今度こそ苛立ちの舌打ちを投げる。
「いい加減にしろ」
「だ、だって、よぉ……ひひっ」
腹を押さえて、上体を折り曲げるようにして笑う。隼人はもう一度、もっと大きな音で舌打ちをした。
「わ、悪ぃ……くふっ」
竜馬は笑い過ぎて押し出されてきた涙を拭い、最後にまた吹き出した。
† † †
「なあ」
情事のあと特有の気怠さを含んだ声で竜馬が呼びかけた。
「さっきの話の続きだけどよ」
脱ぎ散らかした服を億劫そうに拾い、これまた緩慢な動きで身に着けていく。
「さっき?」
隼人がTシャツを着ながら目線をくれる。
「俺が笑い過ぎて止まっちまった話」
「ああ——何だったか」
「ん、おめえの、その……ええと、好きなモンの話」
「好きなモノ?」
「おう。たとえば……っと、おめえ、昼によく生姜焼き定食食ってるじゃねえか。あれ、好きなんじゃねえの」
「いや、特にそういう理由で食っているわけではない」
「じゃあ月見うどんは」
「ほとんど待ち時間なしに出てくるから、頼んでいるまでだ」
「コーヒーは? よく飲んでんだろ、ブラック」
「単なる眠気覚ましだ」
「じゃあ、たまにチョコ食ってんのは」
「ただの糖分補給だ。脳味噌ってのは、かなりエネルギーを消費するからな」
「でも美味いだろ」
「多少不味くても構わんが——そうだな、同じ食い物なら美味いほうがいい」
そこまでやりとりをして、竜馬が口を噤んだ。見れば、口が盛大にへの字を描いていた。
「何だ」
「…………何つうか、おめえ」
竜馬があきれたような、それでいてどこか憐れむような視線を送ってきた。
「人生、面白れえのかよ」
「お前に人生について問われるとはな」
「だって、好きなモン一個か二個ぐれえねえと、つまンねえだろ」
「全部、食い物だな」
「は?」
「お前が訊いてきたモノ」
「え」
「お前は食い物があれば人生楽しくて面白くて、倖せ、か」
「……い、いやいやいや、いくら俺だってそこまで単純じゃねえぜ。たまたまだ、たまたま。じゃあほれ、何かいいなって思う、ええと、音楽とかバンド、とか? 何回も観てる映画とかよ。おめえ頭いいし、好きな本ぐれえあんだろ。あとは……あとはそう、好きな動物とか」
「ない」
「ンなこたねえだろ。ちゃんと考えろよ。何かあるだろが」
隼人はゆっくりと瞳を巡らせ沈思する。
そして。
「……いや」
首を横に振った。
考えてみたが、隼人にしてみればそうとしか答えようがなかった。
「…………マジか」
竜馬が茫然とした顔つきで呟く。
「……おめえといると、何だか宇宙人と話してるみてえ」
「ヒトより、そっちのほうが近いかもしれんな」
「今のは冗談か?」
「いいや、真面目に答えた」
「——」
竜馬は未知のものを少し離れたところから観察するような眼差しを向けた。隼人はあえて、その視線を真正面から浴びる。
「……」
じっと見つめ返す。
次第に、竜馬の表情がむず痒そうになり、目線が泳ぎ始める。やがて少しずつ、不機嫌そうにむくれていった。
それでも隼人は目を離さない。注がれる視線にたまりかねた竜馬が顔を背けようとしたとき。
「……お前は」
隼人が口を開く。ぴた、と竜馬の目の動きが止まった。
「お前は、俺のことが好きなのか」
「……は?」
再び、竜馬の目線が泳ぎ出す。
「な、なに、言って」
「俺のことが好きなのか、と訊いている」
「はあっ⁉︎」
竜馬の声が裏返る。
「なっ、何だそれ! いきなり何言ってやがる!」
「図星か」
隼人がクッと笑う——言い返そうとした竜馬の顔に、みるみるうちに血が上っていく。
「おっ、俺は……っ」
「生姜焼き定食」
「はっ?」
「月見うどん」
「え」
「ブラックコーヒー、チョコレート」
ずい、と隼人の顔が近づく。竜馬は反応しきれず、ただ息を呑む。
「俺のことを、よく見ているな」
「————」
「それに、音楽に映画に本に動物か。俺の好きなモノでも知りたかったのか? ああ、俺の過去も気になるか。俺がどんな奴に興味を持ったか、知りたがっていたな」
「い、いや、それは」
「それとも——」
隼人の声が竜馬の反論を押さえつける。まるで芝居じみた間が一瞬、流れる。
「……それとも、俺に『好きだ』と言って欲しかったのか?」
まるで二時間ばかり前の隼人のように、竜馬の目が見開かれる。その有り様を確かめて、隼人がニヤリと笑った。
「……な、てめ、え」
竜馬の身体がわなわなと震え出し、我慢の限界が訪れる。
「か、勝手に言ってろ‼︎」
腰掛けていたベッドから勢いよく立ち上がる。身を翻したその腕を隼人が掴み、
「また明日」
引き寄せ、耳元でささやく。
「待っている」
唇が、耳の縁に触れる。竜馬の顔は見えない。だがその感情の波は手に取るようにわかった。竜馬の肌が、耳の裏側だけではなく、首元まで真っ赤に色づいていく。
その景色は、隼人の感情にも細波を引き起こした。
「——」
思わず、首筋に口づけていた。
ほんの一瞬だけ、世界が止まった。不思議な感覚だった。竜馬が隼人の手を振り払い、再び時間が動き出す。
「も、もう来てやんねえからな!」
振り向かずに言った声には、震えが混じっていた。緊張、動揺、混乱。竜馬の心中を想像して、また隼人の中に細波が立った。
駆けていく竜馬の靴音がまだ耳に残っていた。隼人は胸の中に湧いた感情を考える。
竜馬とは、己にとって何なのか。
そもそも——今まで、こんなふうに立ち止まることも、思うこともなかった。他人と交わることもなかった。すでにこの時点で、単なる肉欲の解消相手という枠をはみ出してしまっている。
竜馬をからかうのは面白かった。時に苛つきもするが、気にも留めない存在であれば何の感情も湧かない。少なくとも、隼人の中には竜馬への興味がある。それは間違いない。だからこそ「また明日」などと、したこともない誘いをしてしまった。
いつからだったのか。隼人自身が気づかなかった芽生えを、竜馬は変化と感じていたのか。
手のひらを見つめる。咄嗟に掴んだ竜馬の腕は、いつもより熱かった気がした。
それに、口づけた首筋も。
もう来ない、と竜馬は言ったが、きっと来るだろう。来なければ、腕を掴んで引き寄せるまでだ。
「…………」
まだ、何も知らない。
けれども再び竜馬に触れたいという素直な欲求だけは、確かに隼人の中に存在していた。

