Gimme That !

新ゲ隼竜

隼→竜、つきあってません。
夜更けの所内、隼人は竜馬に出くわす。竜馬は売店が臨時閉店なのを知らず、空きっ腹を抱えてへこんでいた。そこで食べ物をねだられ、自室への訪問を許す隼人。竜馬はそのときに食べたチョコレートの味が忘れられず、後日再び隼人のもとへ訪れる。バレンタインネタ。キスまで。約6,800文字。隼人寄り視点。あとでpixivにもあげます。
・隼人のほうが思いを自覚しており、ちょっと狡いこと考えたり、ちょいとからかってやろうかと思ったり、実際にグイッといく感じ。
・竜馬は隼人に対し「嫌いじゃねえ」「まあまあ暇つぶしのできる相手、でもいけ好かないところもある」って感じ。これから意識して、好きを自覚していく距離感です。
・お話の後半が2/14当日です。
・タイトルの「Gimme」は「Give me」のスラングです。友人間とか、近しい間柄で言う感じで「それちょうだい!」「それくれよ!」「よこせ」みたいなニュアンスです。

◆◆◆

 うぉん、と微かに聞こえた。妙な鳴き声に隼人は足を止める。
 張り詰めた気配もなければ、異形の爪音もない。何より、自分の勘が凪いでいる。敵襲でなければ何だ、とこうべめぐらせる。角の向こうは売店だ。冷蔵ケースのコンプレッサーの音か。
 いや、と足を向ける。生き物の鳴き声だった。いつもなら気にならないが、今夜は違った。
 しんとした通路に隼人の靴音だけが響く。角が近づくにつれ、奥のスペースが見えてくる。シャッターが下りて薄暗くなった売店前に、竜馬の姿があった。
 しゃがんで——力なく、まるで落ち込んでいるように——臨時閉店と書かれた貼り紙を見つめている。その顔がゆっくりと隼人に向けられた。
「……隼人か」
 表情で察する。やはり落胆している。
「夜食を買いに来て売店が休みだった、か」
「……ったく、こんなときに限って、だぜ」
 食堂は0時から朝5時まで閉まる。売店だけは24時間開いているから、夜間に非常食や甘味を求める人々のオアシスとなっていた。
「一日閉まると昨日の朝、全体連絡があっただろう」
「はあ⁉︎」
 竜馬がバネ仕掛けの玩具の如く立ち上がる。
「聞いてねえぜ」
「お前が聞いていようがいまいが、あった。それに、食堂の掲示板にも貼り紙がしてあっただろう」
「え、マジで」
 隼人はそれには答えず、黙って竜馬を眺める。さっきまで横になっていたのだろう、ところどころ髪の跳ねが潰れている。よれたタンクトップ、ハーフパンツにサンダル履き。さては腹が減って眠れずに、あるいは中途覚醒して眠れなくなり、ベッドの中で悶々としていたのだろう。
「……マジかあ」
 んお、とも、ううんとも聞こえる唸り声をあげて、竜馬が再びしゃがみ込んだ。先の奇妙な鳴き声は、この失意のうめきだった。
「……おめえは?」
「通りかかっただけだ。売店が休みのはずなのに、こっちから妙な鳴き声が聞こえたんでな」
「妙な鳴き声?」
 隼人が流し目をくれる。受けた竜馬はすぐにムッとする。
「あンだよ」
「狸か野良猫でも迷い込んでいるのかと思ってな」
「ああ?」
 郵便物や食料などを運んでくるトラックに紛れ、たまに街や山裾からがやってくる。研究所の中は入り組んでいて薄暗いところも、狭い隙間も、あたたかい場所もある。そこらに棲みついた獣がうろついているのかと思ったら、違う獣・・・だった。
 自分のおかしな勘にあきれながらも、不思議と時間を取られたことへの苛立ちはなかった。
「それで、どうする気だ」
「どうって」
「水で誤魔化すか、自販機で何か飲み物を買うか」
「……あー、自販機ねえ」
「コーラでもココアでも、糖分を入れれば空きっ腹はマシになる」
「飲むモンよりも、何か食いてえンだよなあ」
「なら、弁慶のところにでも行くか」
「んー」
 竜馬がガリガリと頭をかく。
「弁慶なあ。……あいつ、菓子でもカップラでもたんまり持ってんだけどよお」
「……何だ」
「あいつ、一回眠っちまうとなかなか起きねえうえに、すっげえいびきでよお」
 太い眉が、勘弁してくれとばかりに八の字になった。
「この時間じゃ、いくらドア叩いたってインターフォン押したって起きやしねえ。部屋ん中からいびきが聞こえてくるだけだ」
「そうか」
 いつもなら、とっくに踵を返している。いや、そもそも素通りしている。自然と何か・・を待っている己に気づき、隼人は竜馬から見えないほうの唇の端をわずかに上げた。
 竜馬の腹が、ぐう・・と鳴った。その音を追って、竜馬の溜息が落ちた。
「……なあ」
 案の定、竜馬が見上げてくる。
 普段は近づいてこないくせに、暇を持て余したり遊び相手が欲しくなると寄ってくる。
「おめえんとこ、行っていいか」
 わざとなのかそういうタチなのか。どこか甘えるように声が柔らかくなる。誰にでもそうなのか。
「来て、どうする」
 少しだけ突き放してみる。
「何かあるだろ」
「何か、とは」
「すっとぼけンなよ。食いモンだ、食いモン。なあ」
 立ち上がり、傍にくる。汗まみれのときとも、風呂上がりのときとも違う。声と同じようにほのかに柔くて甘い匂いがした。隼人の胸の中がざわりと蠢く。
「……ない、こともないが」
 いつになく、キレの悪い返しだった。けれども竜馬は気づかない。
「やっりい! 何か食わせてくれよ」
 力のなかった目が輝き出す。
「なあほれ、行こうぜ」
 ぐい、と隼人の手を引っ張る。さっきはムッとして睨んできたのに現金なものだ、と隼人は内心笑い——それは自分も同じで、もしかすると竜馬よりも甚だしいかもしれないと思い至り、自然と苦笑いが浮き上がった。

 ドアのロックが解除されると、部屋の主人あるじよりも先に竜馬が踏み込む。許可も取らずにロッカーを開け、デスクの引き出しを開け、小さなキャビネットを開け、結果、カップラーメンふたつ、エネルギーバー三本、ビスケットの袋をひとつ、小魚とナッツ類が入った小袋四つに、大粒のチョコレートの包みをふたつ確保した。
「さあて、何から食おうかな」
 デスクに並べた食糧を前に、手揉みする。
「まずはカップラだろ。えーと……ん、醤油かな。湯入れて待ってる間にこの小魚食って、デザートにチョコ食って、それで足りなかったらビスケット……ってとこか」
「全部食う気か」
「あ? 全部じゃねえよ。俺、この何とかバーってやつ、モソモソすっからあんま好きじゃねえンだよ。だからこれはおめえに残しといてやる」
「元は全部俺のものだぞ」
「だから全部は食わねえってるだろ。カップラだってほれ、こっちの味噌は残しといてやるから」
「そういうことを言っているんじゃない」
「じゃあ何だよ。ハッキリ言えよ」
「提供者に感謝のひと言もないのか」
「だって部屋に入れてくれたっつーことは、そういうことだろ」
 隼人の眉がクッと歪んだのを気にも留めず、竜馬はカップラーメンのフィルム包装を剥がしていく。
「ちょうど俺の席もあることだしな。ゆっくりさせてもらうぜ」
 身体を揺らす。簡素な折りたたみ椅子がギシギシと鳴る。ロッカーの中から目ざとく見つけたものだった。
「俺を部屋に入れたのが運の尽き……ってやつだ」
 かやくの袋を開けながら、竜馬がニシシ、と笑った。
「けど、まあ、マジで腹減ってたからな。おめえが通りかかってよかったぜ。サンキューな」
 そう言って隼人を見る。
「……あンだよ。これじゃ足りねえってンのか。しょうがねえなあ。……『隼人くぅん、どうもありがとう!』」
 語尾にハートマークがつくような猫撫で声で竜馬が小首を傾げた。不快そうに目元を歪めた隼人とは対照的に、鳶色の瞳が楽しそうに揺らめいた。
「『いつも優しくてカッコイイ隼人くぅん、好き好き大好き、愛して——』」
「る」を言い終わらないうちにブフッと吹き出し、竜馬はポットに向かった。

   †   †   †

 靴音に気づいた竜馬がこちらを見る。
「よお」
 ニッと笑う。その声に柔らかさを感じて、隼人は思わず息を止めた。
「……何の用だ」
 発声まで一瞬、溜めができる。隼人は内心舌打ちをしながらも、表面上は無関心を装う。
「そこにいられたら邪魔だ」
「へへ」
 ドアを背もたれにしていた竜馬が立ち上がる。
「これ」
 右手に持っていた袋を隼人に差し出す。小魚とナッツ類が入った小袋の詰め合わせパックだった。
「こないだ全部食っちまったろ。さすがにこれから一生『全部食いやがって』なんてチクチク言われたら面倒だからな」
 全部食べたのはチョコレートも同じだがな、とは思いつつも、竜馬にしては気が利いたお返しに免じ、隼人は黙って受け取った。
「それでよぉ」
 用は終わったものとドアのロックを解除していると、背後から竜馬の声がした。最後の数字を打ち込む指が止まる。
「……何だ」
 振り向かずに問う。わずかに声が揺らいだと思ったが、きっと竜馬には気づかれていないだろう。
「あのチョコ、もうねえのか」
「……チョコ?」
「ああ、あのでっかい丸いやつ。あれ、すっげえ美味いな。また食いたくなって売店に行ってみたんだけどよ、どこ探してもねえんだわ」
「あれは——」
「ここで買ったンじゃねえのか」
「街で買っている」
「街ぃ? おめえ、いつの間に出掛けてンだよ」
「早乙女の頼まれ事のついでだ」
 時折、早乙女博士に頼まれて宅配業者紛いのことをする。記録媒体が入っているらしいツールケースや小さな保冷ボックスを街で黒スーツの男たちに手渡し、代わりに書類が入っているであろう封筒を受け取る。政府関係者なのだろう。何回目のときだったか、どこから嗅ぎつけたのか、ミチルに追加で用事を頼まれた。麓のコーヒーショップで豆を調達するよう言いつけられ、幾許いくばくかの謝礼を約束された。改めて買うものを探すのも手間だ、とショップ内を見回し、目に入ったチョコレートを手に取った。
 これが存外に美味く、作業中のいい気分転換と糖分補給の元となっていた。以来、麓に下りるたびに買ってくるようになったのだった。
「なあ、まだ残ってンのか」
「どうだったかな」
 ついと目を逸らしながらはぐらかす。想定通りに、竜馬が釣られる。
「ねえのか? んじゃ次はいつ、街に」
 前のめりで訊いてくる。
「さあて」
「わかンねえのかよ」
「早乙女と、向こう——政府の奴ら——の都合次第だからな」
「ならよ、鬼娘の使いは」
「行きたいなら、お前があの女に頼むんだな」
「俺が?」
「当たり前だろう。『街に出掛けたいから、何かお使い事はありませんか』とでも訊いてこい」
「——」
 竜馬が不機嫌そうに目元を歪めた。
「許可が取れたら、車を出してやる。俺もあのチョコは気に入っているからな」
「……うぇ」
 ミチルの渋い表情を思い浮かべたのか、竜馬が苦いものを噛み砕いたような顔つきになった。
「それにしても」
 隼人は竜馬を見下ろす。
 当然、もらえると思っているところが図々しい。
「……あンだよ」
 隼人のじろりとした目つきに、竜馬の唇が不満げに尖る。
 図々しくも、竜馬らしい。それに。
「いいや。……もしかしたら引き出しの奥に、ひとつくらいあったかもしれん——探してやろうか?」
 途端に竜馬の表情が明るくなる。
「マジで⁉︎」
「ああ」
「あったら食っていいのか」
「ああ」
「やっりい‼︎」
 喜色満面とはこのことだ。まだあると決まったわけでもないのに、もうチョコレートを手に入れた気でいる。
 あまりの単純さに、苦笑が漏れ出る。隼人を微塵も疑っていない。だからきっと、
「なあ、早く中に入れろよ」
 こんなふうに上着の裾を引っ張るような、そんな甘えた声が出せるのだろう。
「……ああ」
 タイムオーバーとなり入力がリセットされたドアパネルに改めて暗証番号を打ち込む。
 ピッと軽快な電子音が鳴って、隼人の部屋へのロックが解除された。

「なあなあ、早く探せよ」
 遠慮する、という概念すらない。竜馬はそわそわと落ち着かない。自由にさせていたら、引き出しという引き出しを開けてひっくり返しそうだった。隼人は、
「待て」
 と、まるで犬に言い聞かせるようにして、壁に立て掛けてある折りたたみ椅子を指差した。竜馬は何か言い返そうとして半歩踏み出すも、すぐに従う。
 それが「隼人を気遣って」ではなく「チョコレートのため」なのは明らかで、あきれるを通り越していっそ清々しいほどだった。
 隼人はデスクに向かうとノートパソコンのキーボードを叩いた。待機状態だった画面に何かのデータが現れる。切れ長の目が素早く画面上を撫でて、右手が軽やかに動いた。竜馬は壁際でおとなしく折りたたみ椅子に座っている——が、抜け目なくノートパソコンと隼人の横顔を見比べていた。
「……」
 竜馬が少しだけ尻を浮かせ、座面を前に引っ張る。ず、と椅子の脚が床をこする音がした。止まって腰を下ろし、様子をうかがう。ず、ずず、と、椅子の脚先が音を立てる。隼人が横目で見ると、小さくニッと笑った。視線をパソコンに戻すと再び摩擦音が立った。
 じりじりとデスクに近づいてくる。今はまだ静かだが、あと一分も経てば隣までやってきて、その口から「まだかよ」と文句が出始めることは想像に難くなかった。隼人は幾度目かの苦笑を滲ませながら、
「探してやるから、じっとしていろ」
 と、ようやく言ったのだった。

「ひとつなら、ある」
 その声に、首を伸ばして隼人の手元をうかがっていた竜馬が浮つく。
「うぉ、やった! 俺にくれるンだよな? 食っていいンだよな?」
 言いながら思わず立ち上がる。隼人は制するように目を細め、視線を動かして座れと促した。
「……っと。わかったっつーの」
 唇を尖らせながらも、竜馬の嬉しそうな顔は変わらない。本当に無邪気な子供のようだった。
「約束したからな。お前にやる」
「へへっ、やったぜ」
「それより」
「あ?」
「今日が何の日か、知っているか」
「へ? 今日?」
 竜馬の目がくるりと動き、天井を見上げる。
「あ? んー……」
 しかし、隼人の手元からカサカサと包み紙を開ける音が聞こえてきて、竜馬の集中は続かなかった。
「何の日でもいいや。早くくれよ」
 うきうきと弾むようなトーンのあとに、折りたたみ椅子を引きずる音が続いた。膝頭が隼人の腿に触れる。
「……目を瞑っていろ」
「へ?」
「いいから、目を瞑れ」
「え、何でだよ。まさか、ほかのチョコで誤魔化そうってのか」
「嫌なら俺が食う」
「わっ、待て——おら、これでいいだろ」
 慌てて竜馬がぎゅっと目を閉じる。
「おう、それで次は何だってンだ。『あーん』か? ほれ、あーん」
 チョコをダシに遊ばれていると自覚しているのか少しばかりヤケクソ気味に、そしてねだっている立場をわきまえているからかノリを合わせ、竜馬が口元をさらした。
 カサリ、と紙の音がする。
 キ、と隼人の座っていた椅子が軋む。
 竜馬がチョコレートを受け入れようと顎を上げる。
 そして。

「————」

 竜馬の目が開く。
 明らかにチョコレートとは違う。違和感の正体に気づいて、鳶色の瞳が混乱の軌道を描いた。
「————っ⁉︎」
 それでも、咄嗟には動けない。拳や蹴りが飛んできたならば勝手に動くはずの身体も、突然のキスには無防備だった。
 隼人の唇が離れる。
 竜馬は目を白黒させて——粘膜を撫でていった隼人の舌の感触に、まだ翻弄されているようだった。隼人が口を開く。
「今日はバレンタインだ」
「…………え」
「チョコをもらうなら、『お返し』するのは当然だろう?」
「…………おか、えし」
「俺からチョコをもらうんだ、相応のお返し・・・・・・がないとな」
 未だ混乱から抜け切れない表情で、竜馬が必死に言葉の意味を考える。
 考えて——。
「な゛ッ……!」
 勢いよく立ち上がる。はずみで、折りたたみ椅子が後方に倒れた。
「……っ、て、め……っ」
 隼人の目の前で、竜馬の顔が真っ赤になっていく。ここに至りようやく、隼人の口元に苦笑ではない笑みが浮かんだ。
「俺の部屋に入ったということは、そういうことだろ」
「なん——」
「俺の部屋に入ったのが運の尽き……ってやつだ」
 先日、傍若無人に振る舞った竜馬自身の言葉を引用する。
「チョコひとつなら、これくらいが妥当だろう」
 立ち上がり、左手で竜馬の顎を捉える。びくりと身を強張らせた竜馬に顔を寄せる。そして戸惑う唇に、約束のものを押し当てた。
「ン、んあ」
 大粒のチョコレートを口の中に押し込む。たちまち、竜馬の口の中は甘さでいっぱいになった。
「……」
 竜馬が睨む。だが顔は赤いままで、ちっとも迫力が宿っていなかった。
「俺からのチョコだ。ちゃんと味わえよ」
 今にもキスしそうなほど近づくと、竜馬は目を見開いて後退あとずさった。もごもごと口が動く。
「……ひゃ、ひゃはらっへ、はっへひ」
「不満か?」
「あ、あはひはへ——」
 当たり前じゃねえか、と言いたいのに、チョコの塊が邪魔をする。かといって、やっとありついた一粒を、じっくり味わいもせずに飲み込むのは勿体無い。
 そんな竜馬の葛藤が、隼人には手に取るようにわかった。
「勝手にキスしやがって。何が『お返し』だ、ふざけンな!」——目つきがそう言っている。隼人からフッと笑いが零れ出る。
「そうか。お返しはホワイトデーだったな。まだ早い。なら、一旦返そう」
「んあ?」
 何事かと竜馬がまばたきをする。その隙をかすめて、隼人の唇が再び触れる。今度は軽く、撫でるように。
「————っ」
 二度も唇を奪われて、竜馬は茫然と立ちすくむ。隼人は己の唇にほのかに移った甘い味を、ゆっくり舌の先で舐め取った。