達人が生き残っている世界線。つきあってます。
ふたりの関係を知っているミチルと、そのことに気づいた竜馬と達人。三人それぞれのお気持ち話。少々暗め。キスまで。約5,000文字。2021/11/11
◆◆◆
いい大人がしょげ返っているのは、情けなくも可愛らしい。
だから思わず笑ってしまった。
「りょーうーまぁー」
すぐに恨めしげな声があがった。
「お前、笑うなよなぁ」
はああ、と達人の口から大きな溜息が押し出される。
「だってよぉ」
《いつもは頼れるしっかり者の達人兄さん》が形無しである。
「——いや、悪ぃ」
気安さから、ついからかいたくなる。その気持ちを抑え、達人の話に耳を傾けた。
ミチルのことだった。
最近やけによそよそしい。それどころか、口調と態度に険があるという。
「あの日じゃねえのか」
デリカシーもへったくれもなく竜馬が言う。ミチルがいたなら、ヒールで爪先を踏まれるくらいはしただろう。
「いや、ずうっとなんだ。徐々にひどくなって、もう三ヶ月くらいにはなると思う」
「ふーん、……じゃあ、男だ」
「え」
達人はそのまま、たっぷり十秒は置き人形と化した。
「……え?」
そして忙しなくまたたきをし、再び間の抜けた声を出した。
「アンタにバレたくないとか」
「い……いやいやいやいや——あ、あれ?」
「どうかしたか?」
達人は少し考える。
「……いや、最初はあり得ないと思ったが、逆に、それが本当なら俺は安心する」
ミチルは父を「家庭を顧みなくなった」「エゴイスト」と評し、鬱屈した思いを抱えている。それゆえ、自分が家族を持つことには否定的なように思えた。もともと気丈な性格なので、素直に弱みを見せようとはしない。だから、そんなミチルを優しく支えてくれる男性がいるのなら、それこそ慶事ではないか。
「な、そうだよな?」
竜馬に同意を求める。
「そんないいことかはわかンねえけど。……相手、隼人だったりして」竜馬が笑う。
「……隼人、かあ」
達人は首を傾げ、天井を睨んで何か考える。
「俺の義弟……?」
「弁慶ならどうよ」
「うーん」
目を瞑り腕を組む。しばし唸ってから、
「無理だ。どっちも想像できん」
頭を横に振った。
「本人に訊いてみりゃいいだろ」
もっともであるが、今の達人には難しいことだった。
「いや、本当に前と違うんだ。これ以上嫌われるのも、ちょっとな」
太い眉を下げ、寂しそうな表情になる。竜馬は達人の手を取り引っ張った。へっぴり腰で達人が立ち上がる。
「お、おい」
「ぐだぐだ言ってても何も変わンねえだろ」
「けどな」
「いーから。いざっていうときゃ、助けてやっからよ」
「お前、それはそれで火に油を注ぐだけじゃないのか」
「何を」
竜馬が頬を膨らます。
「いーから、ほれ!」
達人の手を握り、歩き出した。
† † †
「ミチル」
結局、竜馬に促され、自分でも確かめたくて達人はミチルの部屋を訪ねた。
「兄さん」
そのあとに、小さく溜息が聞こえた気がした。少しだけ怯む。けれどもふたつ深呼吸をして、気を持ち直した。
「その、何だ。最近……話せていないから」
「特に、話すことはないわ」
「ゔ」
詰まる達人を扉の陰から竜馬が見ている。ジェスチャーで「行け、言え」とけしかける。
気配にミチルが気づき、視線を向ける。竜馬の姿を認めて、目つきが急に鋭くなった。
「——あ」
竜馬の口から思わず驚きが漏れた。
「……ミチル」
達人が呼びかける。
「その…………お前が妙によそよそしい、から……何かあったかと心配で」
その言葉にミチルの目つきが少しだけゆるむ。ゆっくりと顔を向け、達人をじっと見つめる——素直に向き合うように。
だがそれはわずかの時間だった。すぐに目を伏せ、顔を背ける。
「何もないわ。大丈夫」
硬い殻で覆ったような響きだった。こうなると、達人にはどうすることもできない。小さな頃から父親譲りの頑固さを見ていたからわかる。
「そう、か」
静かに呟く。諦めが滲む響き。
「……夜更けに悪かった。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」
達人は背中を向けた。
「兄さん」部屋を出る寸前、ミチルの声が追いかけた。
「どうした?」
振り向く。目が合った。ミチルは一度、視線を外す。それから再び達人の目を見た。
「……ありがとう」
ミチルの瞳がわずかに細められた。
「ああ。おやすみ」
「……ええ、おやすみなさい」
それで終わりだった。
† † †
自室に戻った達人はソファの上で悄然と項垂れていた。
「見ただろう? ああなんだ。避けられている」
「けど、達人のことが嫌いなワケじゃねえだろ」
目も合わせるし、会話もする。毛嫌いとかではなく、何か気を遣っているような、あえて距離を取っているような雰囲気だった。
「そうなんだとは……思うが」
声は弱々しい。竜馬はしばしの沈黙のあと、切り出した。
「たぶん、逆だ」
間があって、達人が意味を訊ねる。
「えーと、な。……俺にムカついてる」
竜馬はガリガリと頭をかく。自分で言うのは気恥ずかしいし、罪悪感も少なからずあった。
「どういう、意味だ……?」
「俺とアンタの仲が面白くねえ」
「え……」
「俺たち、ちょうど三ヶ月くらいだろ」
告白し合い、キスをして、身体を重ねた——。
「え、ええっ……?」
達人の目がまん丸になる。
まさか、ミチルが。
そう、浮かんでいる。
「あのな」
竜馬が歩み寄り、達人の前に立つ。
「あれ、新宿でよく見た目だわ」
太客を奪られたホステス。本気で惚れたホストへ一番に貢ぎきれなかった女。優柔不断な彼氏を奪り合う女。好きな男を奪われたくない必死な目、奪われたあとの恨みがましい目。
「ま、さすがに髪の毛引っつかんで顔に爪立てるような真似はしねえだろうがよ」
「……見たのか?」
爪を立てるように両手の指を動かした竜馬に、達人が苦笑する。
「見た。すごかったぜ。……へへ、大好きな兄さんを奪った男——俺、目の敵だな」
「そんな、竜馬——」
竜馬には達人の狼狽が手に取るようにわかった。ミチルには悪いと思うし、達人はこれから事あるごとに板挟みになるだろう。
けれども、自分の思いは偽れない。
「ミチルには悪ぃが、俺はアンタと離れられない」
屈んでキスをする。
「……竜馬」
達人は竜馬の腰に腕を回す。
「俺もだ」
ぎゅうっと抱きしめる。竜馬の手が、達人の頭をそっと撫でた。いつもは朗らかな達人の口元から溜息が落ちる。
「……そうか。早く、また…………けど、当分、このままだろうなあ」
しばらく叶えられそうにない願いに、達人の声が掠れた。
† † †
同じ頃、ミチルの口からも溜息が零れていた。
傍から見れば達人と竜馬はそれこそ仲のいい兄弟のようだった。だが、そうではないとわかっていた。
達人への思慕はもちろん兄へのものだ。ただ、一般よりは特殊な家庭環境のせいで、より依存していることを自覚していた。
相手が誰であれ、達人に恋人ができたとなれば、きっと少なからず嫉妬したと思う。けれども、決して今と同じ心境にはならなかったろう。
「流竜馬」だけは特別だった。
嫉妬以上に、厄介な感情を抱えてしまった。
達人がこの世から消えてしまうのではないか、という不安がずっと胸の中に渦巻いている。ふたりの関係に気づいたときから、とめどなく噴き出しては身体の中を黒く濁らせている。
この研究所にいる限り死の危険はつきまとう。その「可能性」が流竜馬とパートナーになることで「確定的な未来」に変貌してしまう気がする。
達人は一途だ。何事にも真正面から向き合い、常に全力で前に進む。そんな姿は誇りだが、不安の種でもあった。いつでも自分のことは後回しなのだ。
だから、達人は正義感と愛情から竜馬とゲッターロボを守るだろう——早乙女博士とミチルを守る以上に。
達人が望むのなら、そうさせてやりたい。
だが、本当にそのときが来たら。
もしたったひとりの兄が目の前で死んだら。今はただひとりといってもいい自分の理解者が「流竜馬」をかばって死んだら。
長い、嘆息。
彼を恨みたくない。
そんな乾いて不毛な人生は送りたくない。しかし、自信がまったくなかった。
ほかの人間相手ならここまで思わないだろう。
ファイルを手に取り、開く。
竜馬に関する記録が綴じられていた。
身体能力は「超人」「普通ではない」どころではない。「異常」でしかなかった。ゲッターロボの操縦も、勘がいいというよりは本能的に嗅ぎ取っている。早乙女博士が入れ込み、わざわざ新宿まで品定めに行くはずだった。
「……」
まるで、ゲッターに乗るためにいるような存在だ。
それに、あっという間に覚悟を決めて前進する勇気は達人と似ている。
竜馬の、無茶な闘い方や普段の言動を思い返す。
確かに勇気には違いないが、蛮勇と表現したほうが的確だ。ミチルからすれば「危うい」としか評せない。
周りを見ない。理が通用しない。自分が決めたことを押し通そうとする——たとえどんなに不利な状況でも、いくら反対されようとも。
恐ろしかった。
たとえるならゲッター線に取り憑かれている己の父のように、闘いに取り憑かれている。ゲッターロボに乗ることが当然で、そこに生き甲斐を見出しているようにさえ見える。
達人もそんな竜馬に取り憑かれたのだろうか。
もし兄も父も死んだのなら、自分も憑かれるのだろうか。
こんなふうに考え続けるよりは、狂えるほうがいっそ倖せなのかもしれない。
そもそも、ゲッター線とは何なのか。鬼とは何なのか。ゲッターロボは人類にとって真に必要なものなのか——。
ファイルを書棚に戻し、冷めきったコーヒーを一口飲む。デスク上の写真立てをじっと見つめる。もう、同じ家族写真は撮れない。
時折、ゲッターロボは厄災の化身なのではないかと思う。
「流竜馬」はその申し子なのではないか。
彼に生命を救われているのは確かで、これから先も彼が先頭に立って闘うことで、自分たちは間違いなく生きながらえる。それなのに、本能的な恐怖を感じる。
これが杞憂であればいい。
また深く息を吐き、ミチルは願った。
† † †
「気になるか」
ぼんやりと缶ビールに印刷された文字を眺めていると達人が声をかけてきた。
きっとこんなときは、窓の外を見つめていたらサマになる。月と星が出て、淡い光が山肌を照らしていたら満点だ。
けど——。
竜馬は手にしたビールを飲み干し、缶を潰した。
立地のほかに防御の面からも、研究所には窓のない部屋が多い。達人の部屋もそうだった。
——窓があっても、そんなガラじゃねえし、な。
小さく笑って、達人を見やる。妙に心配そうな顔をしている。
「ならねえ、って言ったらウソだな」
正直に伝えると、達人は少しだけ安心したように表情を和らげた。嘘をつくこともつかれることも嫌いな、達人らしい。
「でもよ、あれはミチルの心の問題で、俺がアンタを好きなのは変わンねえ。どうしようもねえモンは、考えるだけ損だ」
「そう、か。……そうだな」
「ああ」
ミチルの鋭い視線。目が合って、その奥に潜む感情が嫉妬だけではないと気づいた。だが、達人は知らなくていいことだ。
「達人」
傍に寄る。
ソファに座っている達人に、真正面から跨った。首に腕を巻きつける。
「な、今日はしねえのか」
「……お前が乗り気じゃないかと思って」
背中に大きな手が回される。ちゅ、と竜馬の首元に優しく唇が触れる。
「ん……むしろ、したほうがよく眠れるし、胸ン中もスッキリする」
竜馬は唇にキスを返す。
「だろ?」
いたずらっぽく訊くと、達人の頬がゆるんだ。
「……するか」
「ン」
ふたりは見つめ合い、くすくす笑った。
倖せな時間。
竜馬は達人に身を任せる。こんなふうに、全部を預けられる相手に初めて出会った。ありのままを受け入れてくれる。素の自分を求めてくれる。その嬉しさを知った。
叶うならこのままでいたい。
——安心しろよ。
胸の内で呟く。
——おめえの兄貴を奪ったりしねえよ。
絶対に、達人は連れて行かない。
決めていた。
だが、達人の性格はわかっている。いつも自分は後回しで、それでどんな窮地に陥るかもしれないのに、なりふり構わず人を助けようとする。
きっと、竜馬の危機には咄嗟に飛び込んでくる。笑ってしまうほどに必死の形相で、竜馬を死の淵から引っ張り上げようとするだろう——入れ替わりに自らが奈落に落ちようとも。
——そのときが来たら。
竜馬は目を閉じる。達人の吐息が耳元にかかる。
そのときは手を振りほどき、腕を引き剥がし、思いきり突き飛ばすだけだ。いくらでも罵倒して、殴ってでも。
たとえ最期に見るのが哀しみと恨みに満ちた達人の顔であっても。
だから今だけは、達人を独占していたい。息ができなくなるほど、抱きしめられていたい。
「たつひと」
甘く呼んで、誘う。
「りょうま」
熱に満ちた声が応える。
ふたりの指が絡み合う。
「永遠」はない。
知っている。
けれども、願わずにはいられない。
明日も、明後日も、一年後も——ずっと、ずっと。