達人が生き残っている世界線。つきあってます。
後方支援&雑務処理でお疲れの達人兄さんにマッサージをしてあげる竜馬のお話。いちゃラブ。
寝てしまった兄さんを見てちょっと感傷的になる竜馬つき。キスまで。
おふざけで竜馬が風俗っぽいトークをするシーンがちょろっとあります。約5,000文字。2022/4/17
※整体師、マッサージなどの呼称については細かいことは言いっこなしで!
※竜馬の道場のほねつぎの看板、この話を書く時すっかり頭から抜けてました。
一岩さんは竜馬に事細かに急所のこととか人体のつくりとか教えなさそう(言っても1回きりか稽古で身に着けろタイプ)だと思っている&子供の頃、近所の人達に可愛がられ肩揉みとかはしてたと思ってるので、それで竜馬がマッサージ上手い背景を書きました。
一岩さん、整体もやってたらちょっと文章変わるところありそう。もし達竜web再録本出すぞってことになったら修正するかもしれないです。
でもこの話はこの時に一生懸命考えて書いたので、このままにします。
◆◆◆
少しだけ達人の顔に不安の色が浮いていた。
吹き飛ばすように竜馬が明るく笑う。
「大丈夫だって。俺、巧いンだぜ」
言い終わらぬうちにうつ伏せ寝の達人に跨った。
「おい、明日ギックリ腰ってのは勘弁してくれよ」
「心配し過ぎだっつーの」
「本当か——お?」
く、と腰を軽く圧すと、「ん」と達人から声が押し出された。
「力任せはよくねえンだよ」
軽くなぞるように、それでいてじんわり圧をかけるように竜馬の手のひらが動いた。
「お、お……。竜馬、これ……気持ちいい」
「だろ? っつーか、おめえ凝り過ぎ」
「ん……っ、今はデスクワーク中心だし、な……っ」
「こりゃ一回やそこらじゃほぐれねえぞ」
「そんなら……金は払うからまた、ん、あ……やってくれ、よ」
「高いぜ」竜馬が吹っかけると、
「金なら、ある」達人がニヤリとした。
静けさのあとで竜馬が小さく吹き出す。
「お客さん、気前いいね」
「ふふっ、使うところがないもんでね」
「なら、指名されてやってもいいかな」
おどけながら手を滑らせていく。
手は徐々に背中を上り、肩甲骨の辺りに差しかかる。
「お、ぐ……っ」
達人が呻いた。
「うわっ、ガッチガチじゃねえか」
「っん、運動もしてるんだけど、な……っ」
「働き過ぎだ」
優しく、けれども揉みほぐす力は残したままマッサージをする。繰り返すと少しずつ達人の身体がゆるんでいくのを感じた。
「ほんとは蒸しタオル乗っけてえンだけどな」
「あー、それは効きそう……けど、寝そうだ、な」
「ちっとぐれえ寝たっていいじゃねえか。まだ——十時だし」
壁時計と達人、デスクに積まれている書類を見比べる。
「いや、できるだけやっておきたい、から」
「だから凝るンだぜ」
下から「そうだな」と苦笑いが起きる。
「もし寝てしまったら、起こしてくれよ」
「おう、任せとけ」
「ん、本当に巧い、な」
はあ、と息を吐いて達人が目を閉じる。
「まぁな、これで小遣い稼ぎしてたからな」
「小遣い、稼ぎ?」
「ああ」
子供の頃、華やかな店の路地裏は庭で遊び場だった。ほとんどの時間は空手の稽古に費やされていたが、それでも合間を縫ってはちょろちょろと走り回り、見える景色を楽しんでいた。時間帯によって街の表情はがらりと変わる。行き交う人々の装いも雰囲気も変わる。それがとにかく面白くて、登下校時は元より、朝晩の走り込みの際にも覗きに行ったほどだった。
近所の人々はもちろん、喫茶店や食堂、スナック、キャバレー、質屋に電気屋、昔からの店の主人たちは「流さんちの」とわかって、時折お菓子をくれたり、おかしな話を提供しては竜馬を笑わせ可愛がった。
そのうち「肩揉みしてくれないか」と頼まれ、駄賃をもらうようになった。小遣いも魅力的だったが、褒めてもらえるのがとにかく嬉しかった。
「親父にゃ褒められたことねえからな。だから嬉しくってあれこれ工夫してたら、もっと褒められるようになった」
自分でも身体を動かしているから筋の集まりや流れはわかる。稽古時のウォームダウンを活かせたし、逆に取り入れることもあった。それにいろんな年代、体型の身体に触れるのはいい経験になった。
「どうりで、ん、巧いはずだ」
「だろ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「時間と金だけかかって揉み返しのお釣りがくるヤブ整体師より引っ張りだこだったぜ」
「あははっ、そうだろうな」
達人が身体を任せてくれている。おまけに褒められた。
嬉しくて、楽しい。
「……でけえ背中」
す、と撫で下ろす。手の輪郭に沿ってワイシャツの生地に小さな畝皺が生まれ、一緒に滑り落ちる。
朝はぴしりと決まっていたワイシャツはすっかりくたびれていた。その下の肉体には数えきれないほどの傷痕がある。
慈しむように、そっとさする。
「ん?」
「……」
「竜馬?」
「…………ン」
竜馬が覆いかぶさる。
「りょ、竜馬⁉︎」
「へへ、少しだけ」
きゅ、としがみつく。
いつでも、達人の背中は大きくてあたたかい。竜馬を安心させる。
目を閉じ、耳を押しつける。
「達人の心臓の音——すげえどきどきしてンな」
くすりと笑うと「ゔ」と妙な低音が発せられた。
「ほ、ほら、あの、マッサージで……ほらっ、血行がよくなったから」
「ほんとかよ」
「ほ、ほかに何があるっていうんだよ」
「……すけべなこと考えたろ」
「な⁉︎」
「あ、もっと速くなった」
「〜〜っ、こら、竜馬!」
「へへっ、お客様ァ〜、だいぶ凝ってますねェ〜」
ぴとりと密着したまま、肩を揉む。
「これは普通のマッサージじゃほぐれないと思いますので、スペシャルコースをおススメしまァす」
わざと普段より鼻にかかった声で遊ぶ。
「お高くなりますが全身を揉みほぐすので、ものすごーく効きますよォ」
それから、耳元に這い寄る。
「ほかにも」
「……ん!」
息がかかり、達人の肩がびくりと動いた。
「裏コース、ありますよ」
ささやいた。
「んっ……、う、裏、コース?」
語尾が裏返る。戸惑うような、不安げにも見えるような表情で達人が振り仰いだ。ほのかに顔が赤い。
「そ。裏コース」
竜馬の大きな瞳にいたずらな光が浮かぶ。それとは逆に、達人の目が泳ぐ。
「そ、それは……」
「お兄さん、俺の好みだからお店に内緒でサービスしちゃおっかな」
ちゅ、と左耳の縁にキスをした。
「……っ!」
達人が拳を握り、身体を強張らせる。直後、かあっと肌の赤みが強くなり、耳まであっという間に染まった。
「りょ、竜馬……っ」
「にへへっ、雰囲気あンだろ」
「ば、か……っ」
ぼすっと枕に顔を埋める。
「お?」
「…………っ」
「達人?」
顔を覗き込むが、見えない。
「…………ぅ、ま」
「ン?」
「俺……まだ仕事が残ってるんだ」
快活な達人にしては珍しく、か細い声だった。
「だから、その」
竜馬が不思議そうに首を傾げる。
「その」
枕からチラリと顔が覗く。
「……煽られると、困る」
戸惑いと、熱を押し込めた瞳。息苦しそうに竜馬を見つめる。
「——あ」
やり過ぎた、と直感する。急いで身体を浮かせて手を離す。
「悪ぃ!」
男同士だからわかる。ばつが悪くなり、竜馬の口がへの字になった。
「……あとで責任取ってもらうからな」
達人が唇を尖らせる——まるで不満げなときの竜馬のように。
「お前が言い出したんだぞ」
「せ、せきに……ん?」
「裏コース、ちゃんとしてくれよ」
微妙に責めるような、それでいて茶化すような響きで達人がねだった。
「……あ」
一拍遅れて今度は竜馬の顔が赤くなる。思いつきのいたずらが現実味を持つと途端に気恥ずかしくなった。まともに顔を見られなくなり、おどおどと視線をさまよわせる。
「——くっ」
やがて、竜馬を見つめていた達人が吹き出した。
「お前、自分で言ったくせに——ははっ」
屈託なく、笑う。
「いつもの強気はどうした? 竜馬?」
からかい口調とともに達人の目が細められた。竜馬はむう、と唇を突き出して膨れる。そして恥ずかしさを振り落とすようにしきりにまばたきをした。
「楽しみだな、裏コース」
「……っ、そっちこそ、忘れンじゃねえぞ!」
達人のダメ押しに、赤面したまま竜馬が啖呵を切る。
「たっ、達人が腰抜かして立てなくなるぐれえ、どすけべな裏コースしてやるからなっ!」
びっと指差すが、照れながらの行為は迫力がない。むしろ達人に「可愛い」と言われる部類だ。
「ああ、楽しみにしてる」
柔らかい眼差しで見つめられ、竜馬はそれ以上ものが言えなくなった。
「ふふっ」
達人もそこまでにして、
「じゃあ、普通コースはもう終わりかな?」
ゆっくりと身体を起こした。
「あっ」
咄嗟に竜馬の手が背中に添えられる。
「まだ」
「ん?」
「その、まだ終わってねえから」
「でも結構ほぐれたぞ」
肩を回し、腰を軽く反らす。
「うん、だいぶ楽になった」
「いや、もう少し」
「お前が疲れるだろ」
「大丈夫だから、もっと揉ませろ」
「……そこだけ聞くと、すけべだな」
達人が微笑んで、竜馬の頬に軽く口づけた。ぴくん、と一瞬竜馬が緊張し、それからくすぐったそうに首をすくめる。
「それなら、お願いしようかな」
もう一度、今度は唇にキスをする。竜馬は安心したように目を閉じて受けとめる。
「ン……今からはふざけねえでちゃんとやるから」
「頼む」
「任せろ」
「……ああ」
互いを見つめて、笑い合った。
† † †
「うしっ」
ふうっ、と大きく息を吐く。指先だけではなく身体全体を使ってのマッサージなので、結構な運動だ。竜馬のタンクトップにはうっすらと汗が滲んでいた。
「やり過ぎるのもあんまよくねえからな」
臀部から背中、肩へとゆっくりとさすり上げる。
「近いうちにまた揉んでやるよ。今度は足のほうからやってやる……ん?」
反応がない。手を止める。
「達人?」
そっとうかがうと寝息が聞こえてきた。
「……」
身体に触れないように注意し、跨っている脚を引き戻す。時計を確認する。
少しくらいなら達人も許してくれるだろう。せっかく気持ちよくなってくれたのだから、本当ならこのまま休んで欲しい。
達人の左側にぽすりと横たわる。
整った顔がすぐそこにある。
——いい、男。
見惚れる。
キリッとした眉。涼しげで、それでいて優しそうな目元。いかつい、とまではいかないが、形のいい鷲鼻はそれだけで男前だ。いつでも的確で頼れる指示を出す唇は——。
「……」
同じ唇、同じ声で竜馬への愛を紡ぐ。
わずかな時間、閉じられた空間の中では、自分だけの達人。
「……達人」
頬に触れる。指を離して、目覚めないか確かめる。それからまた、そっと。
あたたかい。
傍にいられるだけでいい。心の淵が溢れそうなくらいに満たされる。
「……」
もそもそと近づくと額に軽く口づけた。
唇から達人の体温が染みてくる。それだけで、胸の奥がきゅっとして切なくなった。
「たつひと」
もう一度、静かに呼んでみる。
——あ。
聞こえているかのように、達人が微笑んだ。穏やかで、竜馬を和ませる顔。
いちばん近くでこんな顔が見られるなんて。
——達人。
倖せなのに、なぜか泣きたくなった。すぐに達人の寝顔がぼやけてくる。
——俺……ヘンだな。
じわりと湧いたものをこらえようとするが、駄目だった。
右の目頭に溜まった涙が溢れて鼻梁を横切る。遅れて左の目尻から熱いものが。
ひとつ、ふたつ。
肌を伝い、白いベッドシーツに染み込んでいく。
「……っ」
達人といると、こうだ。
初めてのときも嬉しいのに泣いてしまった。竜馬が意地を張るあまり、くだらないことで言い合いになったときも。不意に「好きだよ」と耳元で告げられたときも。
どうしてか、涙が出てくる。
ふたりきりでいるときだけ。
今達人が目を覚ましたら、竜馬を見つけてきっと微笑む。そのあとで涙に気づき、慌てふためくだろう。
それから竜馬を強く抱きしめて「どうした」「俺にできることはあるか」と訊ねる。いつだってそんなふうに竜馬の心を大事にしてくれる。
達人のことだから、わかる。
涙を拭って、改めて恋人を見つめる。
目蓋の下で眼球がしきりに動いていた。何の夢を見ているのだろうか。
「…………ょうま」
——え。
「ん……りょう、ま」
微かに聞こえてきた。
「たつひ——」
続けて「こら」という声も。
「…………」
夢の中でも竜馬と一緒にいる。しかも、どうやらその自分は現実と同じように、達人をからかうか困らせるかして——。
本気で怒っているわけではなく、どうしたものか、と眉尻を下げた表情が思い浮かぶ。
「……ふふ」
自然に笑みが零れた。
眠っていても、達人の傍に自分がいる。倖せでたまらない。
「達人……好きだ」
ささやくと、またほろりと涙が落ちた。
もう少し。
あと五分だけ、こうしていたい。
明日のことは知らない。
自分たちには『今』があるだけだ。
だからいちばん近くにいたいと、心から願った。