たからもの

新ゲ達竜

達人が生き残っている世界線。つきあってます。
達人に誕生日プレゼントをあげたいと思い立ち、こっそり誕生日を調べたり何がいいか色々考える竜馬のお話。キスまで。
・誕生日がどうしてもわからず、最終的にミチルさんの助けを借ります。
・ミチルさんはふたりの仲に気づいてます。自分からは干渉しないタイプ。でも割と優しい。
・写真を撮るシーンがありますが、デジカメです。
・公式設定の誕生日がわからないので、具体的な日にちはぼかしたままにしています。
・誕生日が判明するのはその日の3日前というご都合主義でございます。
・少しですが給料・お手当出てる前提です。
約9,500文字。2022/9/22

◆◆◆

「初めて」で戸惑うのは達人が相手のときだけだ。それもつきあって数箇月、だいたいのことは済んだと思っていたのに、まだ「初めて」が出てくる。
 食堂で何気なく耳にした会話がきっかけだった。所員同士が誕生日について話していた。この歳になると祝われてもあまり嬉しくない、いつどうなるかわからないから誕生日を迎えられたら嬉しい、プレゼントは嬉しいけどお返しに困る、そんなことを言い合っていた。
 誕生日。
 宙を仰ぐ。自然に首が傾げられ、唇がつんと尖る。
 人におめでとうと言ったこともないし、言われたこともない。もしかしたらずっと幼い頃はそういう日もあったかもしれない。けれども覚えていなかった。恋人もいなければ記念日なんてまず関係ないし、正月や子供の日、盆にクリスマスといった世間一般の行事もイベントも稽古の記憶しかない。
 だから普段と違う日の存在が不思議だし、その瞬間はどんな感じなのか、想像できなかった。
 達人は嬉しいだろうか。
 きっと、竜馬が「おめでとう」と言うと素直に喜んでくれるだろう。そういう男だ。
 何か欲しいものはあるのだろうか。
 せっかくならプレゼントをあげたい。一度くらい、そういう機会があってもいい。
 そこで眉間に深い皺が寄った。
「……ぷれぜんと」
 一般的に何を贈るのか。それすらもわからない。ましてや恋人だ。
「え、と」
 記憶を辿る。新宿マチで見聞きしたプレゼント——アクセサリー、花束、シャンパン、トイプードル、マンション。華やかで、雑多な風景とともに思い出す。
「違うな」
 結婚指輪のように、常に身につけられるお揃いのアクセサリーなんかはありだとは思う。しかし現実問題として、ネックレスも指輪も戦闘においては怪我の要因になる。それに慣れないものをつけるのは正直ストレスだし、できるなら避けたい。ほかのものは——もらっていたのは夜の店勤めの女性たちだ。自分たち向きではない。
「……あれ?」
 一番大事なことにやっと気づく。
 誕生日がいつか知らない。
「ええと」
 今までのやりとりを懸命に思い返すが、そういう話をしたことがなかった。春生まれ、夏生まれ、といった大雑把な括りでも話題にしたことはない。
 もう過ぎていたら? 来年まで待つ? 明日のこともわからない毎日の中で?
 いや、過ぎていても自分が祝いたいなら祝えばいいのではないか。
「そうじゃねえ」
 まず誕生日を確認するのが先だ。
 どうやって?
 だがすぐに解決策が浮かんだ。
 竜馬はひと通り頭の中でシミュレーションをし、にんまりと笑った。

「なあ、その所員証っての? 見せてくれよ」
 言うが早いか白衣の胸ポケットからカードケースを取り出す。ストラップが引っ張られ、達人の首が前に出た。
「お、おい」
「ン、ちっとだけ」
 素早く目を走らせる。顔写真、名前、所属先、血液型はあるが生年月日がない。裏返す。そこにもない。
「急にどうした」
「……いや、おめえの写真写り、どうなンかなって」
 あらかじめ考えておいた答えを言う。それでも落胆の色は隠せず、わずかにトーンが落ちた。
「竜馬?」
「ン、何でもねえ」
 慌てて所員証を胸ポケットに押し込む。それからじっと達人を見つめた。戸惑いながらも優しさが滲む瞳が見つめ返してくる。竜馬が好きな眼差し。
「本物のほうがカッコいいな」
「え」
 それは用意していた科白ではなく、今、本心から出たものだった。周囲に目を配る。廊下には誰もいない。ネクタイを掴んで引っ張った。
「うん?」
 近づいた唇に軽いキスをして手を離す。
「な……」
 不意の口づけに達人の目が泳ぐ。竜馬は上目遣いで笑い、達人がそれ以上口を開く前に「じゃあな」と置いて踵を返した。

   †   †   †

 さて、どうしようか。
 本人に訊くのはナシ。野暮過ぎる。訊いたとして、あの目で「どうした?」と正面切って問われて、うまく誤魔化せる自信がない。せっかくだから内緒にしておいて驚かせたい。
 所員の誰かに訊こうか。誰かしら知っているとは思う。けれどもその「誰か」が問題だ。手当たり次第はいくら何でも避けたい。口外しない約束を取り付けても、人数が多ければそれだけリスクは高まる。「流さんが達人さんの誕生日がいつかって聞き回ってましたよ」なんて本人の耳に入ったら恥ずかしいし、カッコ悪過ぎる。ナシ。
 ミチルは? たぶん、ふたりの関係を知っている。にもかかわらず騒ぎ立てることはしない。単に色事に興味がないだけかもしれないが、変に気を遣わずに済むのでありがたい。隠すような情報でもないから、きっと訊ねれば答えてくれるだろう。ついでに達人の好きなもの、嫌いなものを何でもいいから訊いておこうか。
 いや。
 人に頼るのは好きじゃねえ。
 けどよ。
 こうしている間にも時間は過ぎる。正直、好きではないが、どうしようもない場合は誰かを頼らざるを得ない。
 足先がミチルの研究室へ向く。
 しかし歩き出して数メートル、廊下の角まで行くとぴたりと止まってしまった。
 何となく負けた気になる。
「何に」と問われれば困ってしまうが。
「……んん」
 腕組みをして考える。
 ほかに方法はないか。もっと自分ひとりでできることはないか。
 所員の個人データが確認できるもの。名簿があるはずだ。どこに?
 ああ、そうか。研究所のサイト内にあるはずだ。どうやって見るンだっけな。いいや、まず探してみるか。
「おし」
 ふうっと息を吐き出し、自室へ引き返した。

「あら、珍しい」
 面白そうな表情は、からかいが潜んでいるとしても不機嫌なものよりもマシだった。
「なあ、それの使い方教えてくンねえか」
 デスクトップパソコンを指差す。
「部屋にあるやつ、電源入れてよ、何か画面が出たのはいいンだけどよ、ぱすわーどっつーのがわかンねえ」
「デスクの中に初期設定のパスワードと再設定の手順書が入っていたはずだけど」
「マジか」
 ミチルはあきれ顔になる。
「捨てたの?」
「たぶん……ゴミかと思って」
 部屋を割り当てられた日に捨てた気がする。そう言うとミチルはふう、と溜息をついた。
「まあ、流君なら仕方ないわね。必要ならすぐ確認できるから、メモを書いてあげるわ」
「ん、それでもいいンだけどよ」
「何よ」
「またわかンねえとこがあるたびに聞きに来るのもあれだからよ、ここでちっと教えてくンねえか」
 遠慮がちに乞う竜馬に、今度は驚く。
「流君がそうまでして調べたいこと?」
「い、いいじゃねえか」
「別に悪いなんて言ってないでしょ。物珍しくって」
 くすりと笑われ、胸の奥がむず痒くなる。
「それで、教えてくれンのかよ」
「いいわよ。面倒事は嫌だけど、そのくらいならどうってことないわ」
「お、おう」
「じゃあここに座って。調べ物くらいならこのまま使っていいから」
「ぱすわーどは?」
「私のアカウントで入っているからいらないわ」
「あ、あか、うん?」
「私のを貸してあげるから、必要ないってこと。ほら、早くして」
 促され、椅子に座る。
「何を調べたいの? 研究所内のこと? それとも外部サイトで買い物でもしたいの?」
研究所ここのこと」
「それなら、設備の位置を確認したいとか内線番号を知りたいとか、もう少し具体的に教えて欲しいわね」
「——ええと」
 正直に言おうか一瞬だけ迷ってやめる。
「名簿……みたいなモン」
「『みたいな』?」
「身長とか、体重とか、あと……ええと、足のサイズとか?」
「何? 他人ひとのそんな情報」
 ミチルの声が硬くなる。
「一応、そういうデータは所員の健康状態に関わるものでプライバシーの領域だから、管理者権限でしか閲覧できない規則になっているのよね」
 何を言っているのかよくわからなかったが、難色を示されているのは理解した。
「……所員証ってやつに血液型しか載ってなかったからよ」
「それは何かあったら輸血のときに必要だからよ」
「……ああ、そういうことか」
「流君?」
「いや、わかった」
 席を立つ。全部が自分に跳ね返ってくるのなら無理を通す気にもなるが、これは違う。ルールをねじ曲げてまで知ろうとは思わない。
「別に、そこまでして知りてえワケじゃねえから、大丈夫だ」
 邪魔したな、と短く告げ、扉に向かった。仕方がない。
「ねえ」
 自動扉が開く寸前、ミチルが呼びかけた。
「規則を破る気はないけど、『妹』としてなら答えられることもあるわよ」
 思わず振り向く。
「調べたいことって、そういうことじゃないの?」
 竜馬が何も言えず口を開けたままになっているのを見て、
「今度、コーヒー奢ってよね。私はブラック派なんだけど」
 ミチルが小さく微笑んだ。

   †   †   †

 昔から物への執着はなかった。ないものはないし、手にしてもいつかは壊れるし、消える。肌身離さず持つような物があったとしても、あの世まで持っていけるわけでもない。質素な生活だったからそう思うようになったのかもしれない。
 だからといって物への思い入れを否定しようとは思わない。大事なものは人それぞれだ。それに——。
 司令室の中、さりげなく達人を観察する。
 つきあう前からこうやって盗み見していたな、と思い出す。あのときは手の動きや背中の広さ、笑う口元なんかを追っていた。つきあい出してからは指先の行方や言葉を紡ぐ唇に情事の光景が重なって、恥ずかしさに襲われて視線を外したり、ぼうっと見惚れていたり。
「……」
 改めて全身を眺める。今は竜馬の気持ちを表せる物、達人が喜ぶような物をあげたいと思っていた。
 普段から使ってもらえる物はどうだろう。身につけるなら白衣、ワイシャツ、ネクタイ、ベルト、パンツ、靴下、ハンカチ。必要だから間違いがない。しかも売店で全部手に入る。ただし、特別感はない。
 もし通信販売を利用するなら時間がかかるとミチルから聞いていた。購入対象と販売会社を申請する必要があり、事務方で発注、荷物が届いたあともセキュリティのチェックが必須だという。誕生日が過ぎていないのは運がよかったが、逆に近過ぎて日数的にどうしても間に合わない。
 それなら、何か料理を振る舞おうか。いいや、炒飯や野菜炒めならそれなりに作れるけれど、特別というほどでもないな。
 ああ、靴か。なかなかいいかも。いっそのこと打ち明けてしまってもいいかもしれない。それなら当日には間に合わないけれど、大っぴらにサイズ確認ができる。でも履き心地まではさすがにわからない。合わない靴は最悪だから、やめたほうがいいか。
 クリップボードに挟んだ資料を読みながら、達人は何かを書き込んでいく。
 ボールペン。ええと、あれ。確か高いペンあったよな。ウン万円するやつとか。あんまり高いものは無理だけど、あれなら使うたびに自分を思い出してくれるかもしれない。
 白衣の胸ポケットには安価なノック式のボールペンがもう二本、収まっている。竜馬は近づき、邪魔にならないように後ろに控えた。
 やがて、真剣な表情がゆるんだ。手が止まって、振り向く。
「おう、お疲れさん」
 達人が笑顔になる。目の当たりにした途端、胸の奥にぽっと火が灯った。抱きつきたくなるけども、人の目があるので我慢する。
 けれども、ほんの少し見つめるくらいはしたっていいだろう。
 甘えるような眼差しに達人は優しく笑い返した。
「どうした?」
「ン」
 胸を指差す。
「何本持ってンだよ、それ」とからかう。
「うん?」
「そのボールペン」
「ああ、これ」
「そんなにいるか?」
「いるんだな、これが」
 右手の中でカチリと音がしてペン先が引っ込んだ。そのペンを胸ポケットに差す。合計三本。
「よく置き忘れるし、キャップだけなくすこともあるし、こういうのが一番使いやすい」
「へえ」
「万年筆とかは憧れるけど、高いペンはなくすのが怖くて使えないな」
 高級ペンも残念ながらナシ。引き出しの奥に仕舞われてしまったら意味がない。ほかに何か考えないと。
「そんなら、ボールペン百本セットとかもらったら嬉しいか?」
「おお、それは嬉しいけど」
「けど?」
「その分、働くのかぁ」
 おどけた言い方に、あちこちから笑い声があがった。

   †   †   †

 訓練は順調だった。スケジュールの遅延もない。今のところ鬼の気配もない。達人には昨晩のうちに「明日、泊まりに行くからな」と伝えている。夕刻が迫るにつれ、抑え込んでいた気持ちが顔を覗かせそうになっていた。
 もう少しだけ我慢しないと。ここで何かヘマをやらかしたら予定が狂ってしまうかもしれない。昨日いっぱいかけてやっと決めたプレゼントなのだから、できるなら——いや、絶対に今日、渡したい。
『これで最後だ。集中しろよ』
 達人の指示が飛ぶ。
「任せとけって」
 はやる気持ちをなだめながら、竜馬は操縦桿を引いた。

「よし、じゃあ今日はここまでかな」
 達人の号令で、司令室内に安堵の溜息と緊張がとけた声が広がる。
「ほら、そんなに一斉にダレない。いつ敵襲があるかもしれないんだからな」
 苦笑しながらも、達人の表情も和らいでいた。
 システムの微調整や機体の整備は必要だし、モニタリングする項目は山程ある。気を抜けないのは当然だが、それでも訓練や性能テストが済むと胸を撫で下ろすのは誰も同じだった。
「お前たちも、お疲れ様」
 パイロットたちにも笑顔が向けられた。
「明日はミサイルのテストを追加するから、よろしくな。じゃあ、今日は終わりだ」
 聞くなり隼人は司令室を出ていく。いつものことだ。弁慶も「腹減ったなあ」とぼやいて続く。竜馬は少しだけ達人の姿を眺めてから背中を向けようとしていた。
 複数の所員が立ち上がり、達人のほうへ向かうのが目に入った。
「お、何だ、どうした」
 何事かと目をしばたたかせている達人を取り囲むと、「せーの」と小声で合図が出された。
「達人さん、お誕生日、おめでとうございます!」
 いくつもの声が重なる。
「クッキー焼いたんです」
「これは俺たちから!」
「特Aランチ十回分の食券です」
「少しですけど、どうぞ!」
 口々に、小さな包みを差し出す。中には小振りな花束もあった。
「……そういえば……そうか」
 達人はぽかんとしたあと、呟いた。
「いやだ、達人さん、自分の誕生日忘れちゃったんですか」
「いや、だって、研究所ここに閉じこもっていると季節感もないしな。気づいたら五歳くらい歳を取ってそうだ」
 くすくすと笑いが起きる。
「ああ、ありがとう。せっかくだから、ありがたくもらうよ」
 言いながら、ひとりひとりと挨拶を交わしていく。達人も、周りに集まった人々も笑顔で嬉しそうだった。
 竜馬は遠巻きに、初めての光景をじっと見つめていた。

   †   †   †

「だいぶ待ったのか」
 ベッドでくつろいでいる竜馬を見て、達人が申し訳なさそうな顔をした。
「すまない」
「いいや、時間決めてなかったし、俺が勝手に早く来ただけだから」
「少しだけ喫茶室に来てくれないかと言われて、断るわけにもいかなくて」
 見れば紙袋やらビニール袋やらを手にしている。中にはプレゼントが詰まっているのだろう。
「ケーキももらってきたから、あとで一緒に食べよう」
「すげえ。モテまくりじゃねえか」
「みんな、こういうちょっとしたイベントが楽しくて仕方がないんだよ」
 研究所ここにいる限り平穏な日常とは無縁だ。だからこそ解放感を味わえる瞬間は逃したくない。けれどもきっと、それだけではない。
「……みんな、達人のことが好きなンだろ」
 取り囲む人々の笑顔を思い浮かべる。
「そうかな」
「そうだって」
「……それなら、嬉しい」
 言葉とは裏腹に、達人の表情がわずかに曇った。
「達人?」
「……ああ」
 テーブルの上にゆっくりとした動作で荷物を置く。
「あンだよ、嬉しくねえのかよ」
「いや、そうじゃない。嬉しいんだ。……けど」
「けど?」
 たくさんのプレゼントを見つめて、溜息が零れた。
「……早乙女研究所うちじゃなければ、もっと楽しかっただろうにって」
 純粋に、明日を楽しみに眠りに就けるだろうに。
「……達人」
 溜息の理由を察する。
 達人は自分ひとりと引き換えにこの闘いが終わるのなら、喜んで生命を差し出すのだろう。それができないもどかしさと苦しさが滲み出ているかのようだった。
「達人」
 ベッドから飛び降りて駆け寄る。
「え、竜——」
 真正面から勢いよく抱きつく。
「せっかくみんなに祝ってもらったンだろ? 湿っぽいのはナシだ、ナシ!」
 ぎゅうっと腕に力を込める。
「考えたってどうしようもねえことは考えるだけ損だかンな。今日ぐれえ面白えことだけ考えようぜ」
「……竜馬」
「な」
「…………ああ、わかった」
 達人の手が竜馬の頭をそっと撫でた。
「おし、そんならよ」
 竜馬が見上げて笑う。
「おめえ、カメラ持ってるよな」
「え」
「デジカメ」
「ある……けど」
「出してくれよ」
「あ、ああ」
「早く」
 手を引いてデスクまで行く。
「どこに仕舞ってンだよ」
「ああ、確か……」
 デスク脇の引き出しを開ける。
「ええと、こっちか」
 別の引き出しを開けると、奥のほうにカメラがあった。
「電池は……っと、まだ大丈夫だな」
「な、撮ろうぜ」
「え?」
「一緒に撮ろうぜ。ほら、早く」
 竜馬は達人の袖を引っ張る。ベッドまで行くと飛び乗り、隣の場所をぼすぼすと叩いた。達人は何が何だか、と言わんばかりの表情で、それでもカメラのモードを調整する。
「十秒タイマーでいいか?」
「おう。撮れりゃ何でもいいからよ。あ、日付けも入るようにしてくれよ」
「わかった。ちょっと待ってろよ」
 サイドテーブルにカメラを置き、覗き込んで位置を確認する。
「竜馬、もう少し左に……そこ」
 タイマーをセットし、急いで竜馬の隣に座る。
「そろそろだぞ」
 タイマーランプが点滅を始めた。竜馬がそっと身体を押しつける。すると、肩を思いきり抱き寄せられた。
「……っ」
 びくりと強張る。隣を見ようとした瞬間に「ほら、カメラ」と言われ、レンズを見つめる。直後、フラッシュが光った。
「目、瞑らなかったか」
「だ、大丈夫」
 むしろ見開いて変な顔になっているかもしれない。達人がカメラを手に戻ってくる。
「さて写りは……どうだ?」
 同時に覗き込む。ふたりとも満面の笑みとはいかない。緊張の中に淡い笑顔。
「……」
「……」
 顔を見合わせる。
「……撮り直すか?」
 竜馬が訊く。
「お前が嫌じゃなければ、このままで」
 達人が答える。
「初めて撮ったふたりの写真だから」
「……達人がそう言うンなら」
 ぎこちなさが恥ずかしい。けれども、この瞬間のふたりはこの先二度と存在しない。それを思うと撮り直しは考えられなかった。
「達人」
 枕の下に隠していた赤い包みを取り出す。
「おめえに」
「俺に?」
 ハガキよりは一回りほど大きく、一センチ少々の厚みがある。ラッピングされてはいるが、角が飛び出ていたり不自然な皺が寄っていてお世辞にも綺麗とは言えない。リボンシールもないし、大胆に貼りつけられたセロハンテープは曲がっている。明らかに慣れない者が包んでいた。
「これ……」
 達人が包みと竜馬の顔を何度も見返す。
「竜馬が……?」
「い、いいからさっさと開けろよ」
 気まずさと照れくささで落ち着かなくなる。竜馬は手の甲で視線を払った。
「おら、早く開けろって」
 赤くなった顔でむくれる。達人は微笑むと包装を丁寧に剥がし始めた。竜馬の指が焦れたようにもぞもぞと動く。
「な、なあ、ンなゆっくりしてねえでいいからよ、破いちまえよ」
「やだ」
「なっ」
「お前にもらったものだから、この包み紙も取っておく」
「〜〜っ」
 達人はくすりと笑うと最後のテープを剥がした。
「何だろ」
 シンプルな木製の写真立てが現れる。
「これ……」
 達人が竜馬を見る。
「ええと、その」
 思わず目を逸らしてしまう。達人は黙って言葉の続きを待っていた。
「……誕生日プレゼント」
「え——」
「今の写真と、これと」
 達人の目が見張られた。
「ン……その、誕生、日」
 何もかもが初めてで、心が浮つく。身体も所在なげに小さく揺れ動いていた。
 深呼吸する。息を吐いたあと、くっと止めて顔を上げる。達人の顔を見て一気に声を押し出した。
「誕生日、おめでとう」
「…………竜馬」
「あっあのよ、ほんとはよ、もっといい感じの写真立てにしたかったンだけどよ、取り寄せに時間がかかるみてえで」
 けど、と頭をかく。
「どうしても今日、渡したかったから……売店のやつになっちまったけど」
「……」
 達人は無言で写真立てに視線を戻す。真面目な顔つきで何事かを考えているようだった。
「……達人?」
「うん」
 少しだけ不安に思い始めた頃、穏やかな声と笑顔が返ってきた。
「いや、こういうこともあるんだなって」
「…………え?」
 立ち上がり、デスクに向かう。
「ほら」
 写真立てを置く。
「……あ」
 隣に並ぶのは、早乙女家の家族写真。その写真立ては竜馬があげたものとまったく同じだった。
「実はこれも売店で買ったんだ」
 幾度も目にしていたはずなのに、写真ばかり見ていて気づかなかった。
「写真を撮ったとき間に合わせでこれを買って、別のを買おうと思ってたんだ。けど忙しくって申請を後回しにして、結局ずうっとこのまま」
 木のフレームを指でなぞりながら苦笑する。だがすぐに晴れやかな笑みに変わる。
「こっちのほうが、お揃いでいいな」
 達人が大事にしている写真の横に、もう一枚。自分の居場所ができる。急に胸が詰まった。
「売店にプリント機があるから、さっそく出してくる」
「え? 今から?」
「今から。だって、誕生日プレゼントなんだろ。せっかくなんだから、すぐ飾りた——そうだ、竜馬」
 達人の声が跳ねる。
「この写真立て、俺も買うよ」
「え」
「お返し。写真を二枚プリントするから、お前の部屋にも飾ってくれないか」
「————」
「嫌じゃなければ、お前ともお揃い」
「……けど、お、俺」
 何だか妙な震えが湧いて、うまく言葉が出てこない。
「た、誕生日、その、まだ先……だし」
「それとは別。これは今、俺が嬉しいからしたいんだ。……竜馬」
 達人が破顔する。目も心も奪われる。
「ありがとう」
 聞いた途端、涙が浮かんできた。
「えっ、竜馬⁉︎」
「——え、あ」
 急いでまばたきを繰り返し、涙を散らす。
「俺、こういうの初めてで……何か、よくわかンねえ」
 睫毛が濡れて視界がぼんやりする。胸の奥がじりじりして、身体が熱くなる。頭の中までぼうっとしてきて、何か言おうと考えても言葉がほどけて逃げていってしまう。
「竜馬」
 達人が傍らに来て、手を取った。
「嬉しい。本当に、ありがとう」
 額に口づけられる。
 このままだと本格的に涙が出てきそうな予感がして、竜馬はぎゅっと目を瞑った。
 笑顔も、ぬくもりも、キスも。
 自分がプレゼントをあげる側なのに、もらってばかりいる。本当にこれでいいのだろうか。
 ああ、でも。
 嬉しい。達人がお揃いにしたい、と願ってくれたことも、ありがとうの響きも。
 所員たちの嬉しそうな顔の理由がわかった気がした。

 いつか。
 たとえあの写真が色褪せても、失われても。

「竜馬」
 唇にキスを感じた。
 またひとつ、大切なものが増えた。

 いつまでもずっと消えないで、竜馬の奥に残る、もの——。