達人が生き残っている世界線。つきあってます。ハロウィンネタ。
忙しい達人にお菓子の差し入れを持っていく竜馬のお話。達人は仕事が長引き3徹中でへろへろ、受け答えが噛み合わなかったり欲求がだだ漏れ状態です。
ただのいちゃラブ。キスとお尻お触りまで。約4,400文字。2022/10/31
※なお、通路の監視カメラはしっかりお仕事をしている模様\(^o^)/
◆◆◆
飴玉を齧る。小さく、薄くなった飴は簡単にぱり、と割れた。
つまらない。
いや、そう思ってはいけない。
一度説明をされたが、よくわからなかった。研究所の何とかのシステムの何とかというプログラムをどうにかするという話で、とにかく重要な仕事だということは理解した。達人は幾人かの技術者と一緒にメインコンピュータの制御室に籠りっきりらしく、訓練の指揮はミチルが執っていた。
いつも顔を合わせているから、一日姿が見えないだけで変な気分になる。二日会えないと妙にそわそわして、視界の端に白衣が入ると反射的にそちらを見てしまう。三日も経てばあの笑顔を求めて視線をさまよわせてしまう——。
大事な仕事をしているのだから、不満なんて持ってはいけない。竜馬にできるのはゲッターロボに乗ることと、達人が戻ってくるのを待つことだ。
それでも姿をひと目見たくて、時間を共有したくて、ほのかな期待を連れて制御室があるエリアに入り込んだ。
† † †
しんとしている。
もう作業は終わったのだろうか。それともまだ続いているのか。
「——」
続いていても、自分には何もできない。もっと頭の出来がよければ何かしら力になれたかもしれないのに。ないものねだりとわかっていても歯痒く感じる。
口の中でかり、と飴が砕けた。
通路を進んで右折すると前方に扉が見えた。当然、パスコードを入力するパネルがついている。与えられた権限で入れるだろうか。
とりあえず試してみようか、と考えていると、扉手前の曲がり角から所員がひとり出てきた。パネルの前に立ち操作する。
竜馬の目が見張られた。
パネル上部に顔を近づけている。生体認証だ。ランプが緑色に点灯し扉が開く。その奥にもうひとつ扉があった。もちろん、認証用のパネルつき。
閉まっていく扉をぼんやりと眺める。あれは無理だ。
「……」
扉が閉じられ、一帯は自分の気配だけに戻る。
いくら待ったところでどうにもならない。ふう、と息をつき回れ右をする——と、白いものが視界をかすめた。
——あ。
ほんの一瞬だけでもわかった。
——達人。
急いで振り返る。白衣の裾が翻り、大きな背中がこちらに向けられた。間違えるはずがない。ふやけた意識がきゅっと引き締まる。
——会えた。
心の輪郭がくっきりと浮き上がり、跳ねる鼓動に震える。わずかに形を残している飴を舌で掬っては齧り、竜馬は扉へ進む背中を追いかけた。
「達人!」
呼び掛けに足が止まる。飛びつくのはさすがにやめて、小走りで傍まで行く。
「なあ、達人」
振り向くのに合わせ、声をあげた。
「トリック・オア・トリート!」
だが竜馬の笑みはすぐに消える。
「あ……」
呑気に口にしたことを後悔する。腫れぼったい目蓋、充血した目とその下のクマ、少しやつれた頬に張りのない肌、たぶん二日は剃っていない髭。
「竜馬」
それでも、くたびれた表情が明るくなる。
「わ、悪ぃ」
思わず謝る。
「ん? 何が?」
達人は目を細めて首を傾げる。眼差しはいつもと変わらない優しさだった。
「し、仕事、忙しいンだろ……?」
——何言ってンだ、俺。
咄嗟に当たり前のことを訊ねてしまった。どうしていいかわからずに視線がさまよう。達人は不思議そうに竜馬を見つめ、それからゆっくりと天井を見上げた。
「ああ、そうだな」
どこか間延びした受け答え。だいぶ疲れているのだと思った瞬間、
「忙しい」
呟きとともに正面から抱きしめられた。
「——ッ」
身じろぐと、もっと強く抱きしめられた。どうにも動けなくなる。
「…………達人」
会えなかった時間にできた隙間は瞬時にぬくもりで満たされる。けれども自分だけが倖せを受け取るのは何だか後ろめたかった。
達人の肩越しに天井を見つめていると、右の首元に呼気を感じた。くすぐったくてぴくりと肩が上がる。だが解放してもらえない。
ふ、と息がまた首をかすめた。次いで、すうっと大きく吸い込む音。
「……竜馬の匂い」
「な」
首元に鼻をこすりつけてくる。
「竜馬」
「ま、まだ風呂に入ってねえから、汗臭えぞ」
しかし達人は離れない。
「……仕事、大変なンだな」
互いの部屋以外でこんなにも甘えてくる達人は初めてだった。人目がないとはいえ、生真面目な達人がここまでになるのだから、相当きつい作業なのだろう。
「もう三日、寝ていない」
「三日……って」
「あと少しで終わるんだけどな。細かい修正がぽろぽろ出てくるんだ。だから仕切り直そうと思って、顔を洗ってきたところだ」
「……そっか。お疲れさん」
背中に手を回し、抱きしめ返す。自分ができるのはこれくらいしかない。
一分もそうしていただろうか。達人が口を開いた。
「……ところで、さっき何て言ったんだ?」
「トリック・オア・トリート」
「トリック……トリー……トリ」
もごもごと聞こえてくる。
「今日ってハロウィンなンだってよ。さっき売店の前通りかかったらよ、レジのおばちゃんに声かけられて。それでな、飴くれたンだぜ。へへっ、いいよな、『トリック・オア・トリート』」
教えてもらったフレーズを繰り返す。
「いつもならおめえからもらうとこだけど」
達人の白衣のポケットにはビスケットやチョコレート、ガム、飴玉、ナッツに小魚、カリカリ梅やらの小袋が入っている。まとまった休憩時間が取れないときや気分転換したいときにつまむためだ。よく竜馬にもくれるし、隼人や弁慶、ほかの所員にも配っている。
「な、言ってみろよ」
「うん?」
「トリック・オア・トリートって、言ってみろよ」
ズボンの左ポケットには売店で買ったハロウィン用のお菓子が入っていた。達人のポケットの中と同じ、小さなお菓子の詰め合わせだ。
「……俺に、くれるのか? お菓子」
首元に顔を埋めたまま訊く達人に、竜馬は笑う。
「おめえのポケットがそろそろ空っぽになってるかもなって思ったからよ」
「……」
「達人?」
「…………」
「なあ、おい」
ポン、と軽く背中を叩く。
「……トリック・オア・トリート」
「おう、ちょっと待ってろ」
左手をポケットに突っ込む。オレンジ色のリボンで彩られた包みがちらりと覗く。同時に、達人の唇が首筋に吸いついた。
「ひゃッ⁉︎」
舌先でくすぐられ、びくんっ、と身体が跳ねる。しかし達人の腕に囲われ、それ以上は身動きできなかった。
唇が離れ、達人が竜馬を見る。
「しょっぱい」
「あ゛ッ⁉︎」
今日は朝からずっと訓練だった。日が沈み始めた頃にようやく解放され、飯か風呂かで迷いながら歩いていたら売店で声をかけられた。そうして今に至るのだから、汗臭いのは当然だ。だからさっきもそう言った。
それを味見されたのだから、恥ずかしいにも程がある。竜馬は真っ赤になって睨みつけた。
「な、な、何言ってやがる!」
「お菓子をくれるんだろ」
「……ッ、そっちじゃねえよ!」
悪びれない様に思わず叫ぶ。達人はきょとんとし、ぱちぱちとまばたきをする。
「ハロウィンっつったろ! お菓子かいたずらかってことだよ!」
「ああ——そうか、ハロウィン」
達人が今度はにっこり笑う。
「お菓子か、いたずら」
「そうそう。お菓子をくれなきゃいたずらする——おわッ‼︎」
手が一気に背中を滑り下りて尻を鷲づかみにした。
「なっ、ばっ、て、てめっ……ンっ!」
「していいんだろ」
「ンなっ⁉︎」
大きな手がぐにぐにと尻を揉みしだく。
「いたずら」
低い声が耳に押し込まれ、身体の内側をくすぐった。力が抜けていく。
「——ッ、だ、誰か来たら、あっ、んっ、どうす……っんぁ」
「これはパイロットの体調チェックだから大丈夫」
「わ、ワケわかンねえこと……っ、あ、あっ」
いつだって達人に触れられるのは嬉しい。けれどもここは通路の真ん中だ。いつそこの角から所員が現れるか、扉が開くかわからない。見られてしまうかもしれない焦りと達人の指先からもたらされる気持ちよさに震える。
「ん、ん……、は、早く戻れ、よ……!」
「もう少し」
「あ……っ、こンの、すけ、べ!」
やめさせようと背中を強く叩いているつもりだが、パシパシと軽い音しかあがらない。その間も達人の指は竜馬の双丘を弄ぶ。
「仕事……終わったら、あ、ン、触らせてやる……から……」
ぴたりと指が止まる。
「本当か?」
「ン、……だから」
小声で促すとようやく達人が身体を離す。竜馬は急いでポケットから包みを取り出し、達人の胸元に押しつけた。
「こっち食えよ」
「——ありがとう」
達人は竜馬の手ごと受けとめる。
「……おうよ」
竜馬の瞳には熱が浮き始めていた。手を引き戻し、悟られまいと目を伏せて斜交いに俯く。
「じゃあ、これ食べてもうひと踏ん張りしてくる」
達人のキスがまだ赤い頬に触れた。
「終わったら、続きをしよう」
「……ちゃんと寝てからだ」
「膝枕してくれるか?」
甘えた声にちらりと視線を上げる。疲れ切っていた達人の目に生気が戻っているように見えた。顔色もよくなった気がする。
——……そうか。
自分にしかできないこと、自分だからこそできることがあるのだと気づく。
「……膝枕でも、抱き枕でもやってやるよ」
ぼそりと答える。それから達人の顔を両手で挟み込んで引き寄せた。
「え、竜——」
背伸びをしてキスをする。
「……俺、まだ体力余ってるから分けてやる」
口づけは数え切れないほどしているのに、それでもまだドキドキする。
「事故とか、気をつけろよ」
「……大丈夫。今やってるのは危なくないから」
達人が微笑む。無精髭が伸びていても、どれだけくたびれていても、達人は達人だ。見惚れていると、キスのお返しをされた。
「ん……んぅっ!」
舌が潜り込んできて、いたずらをするようにひと撫でして逃げていく。
「……っ」
一瞬の出来事に目を見開いて硬直していると、再び唇が迫ってきた。
「…………ン」
さっきよりももう少しだけ深く、長く。
恋人同士のキスを終えると、達人は自分の上唇をぺろりと舐めて竜馬を見つめた。
「甘い」
「へ?」
「苺の味がする」
「え、何言って、あ」
もらった飴玉の味。
キスの余韻で上気していた肌が見る間に深い赤に染まっていく——鮮やかに色づいていく苺のように。
「やっぱり、竜馬がお菓子じゃないか」
達人が嬉しそうに笑った。