達人が生き残っている世界線。つきあってます。
竜馬が売店でチョコを買って達人の部屋を訪ねるも、達人がもらったたくさんのチョコを目の当たりにして複雑な気持ちになってしまうバレンタインのお話。
ちゃんとハピエン、いちゃラブ。約3,800文字。2023/2/14
◆◆◆
テーブルの上を見て竜馬は口を開ける。
「ん? ああ、これ」
達人は少しだけ眉を下げる——照れくさいのか、困っているのか、わからない。
「今日ってバレンタインだったみたいで」
「みたいで、って」
竜馬の突っ込みに苦笑いする。
いつもそうだった。昼夜なく駆けずり回っているせいで曜日や日付の感覚が薄い。「装甲板の耐久テストは十五日からするぞ」「今からきっかり三時間後にエンジンの再起動を」「二十日からは父さんの代わりに学会に出ないと」と予定は頭に入っているのに「今日って何日だっけ」と訊くのはしょっちゅうだった。当然、ゲッターロボと関係のない季節ごとのイベントは眼中になく、挙げ句は自分の誕生日も忘れている始末だった。
決して小さくはない紙製の手提げ袋ふたつからプレゼントを取り出しては付箋に何かを書き込んで貼っていく。包みの大きさも色も様々で、見る間にテーブルが賑やかになった。
覗き込むと、付箋には差出人と思われる名前が書かれていた。
「すぐにこうしておかないと、誰からもらったのかわからなくなるから」
「この、色が違うのは?」
「担当ごとに分けてある。ピンクの付箋は管制室、黄色は整備班、青はええと、開発チームだな」
几帳面な達人らしい。ホワイトデーにはお返しをあげるのだろう。
いや、達人のことだから付箋の相手にはハンカチか何かを特に渡して、所員全員に「お返し」という枠も関係なしにお菓子を配るんじゃなかろうか。
きっとそうだ。
「……」
竜馬は達人の横顔を眺めたあとでプレゼントの山に目を移した。華やかな模様の包装紙、シンプルだけれども品のいいラッピング、キャンディ型やハート型の可愛らしい形状、靴下やネクタイと一緒なのかチョコにしては大きなサイズ——どれも贈る側の気持ちがこもっているのが感じられた。
「モテ過ぎンのも、大変だな」
添えられたメッセージカードを読んでいた達人が困ったように首を横に振る。
「そういうのじゃない」
けど、と続けたいのを竜馬はこらえた。その右手はこの部屋に入る前から後ろに回され、達人の視界から隠されている。
「……どうした?」
普段の快活さが見えない竜馬に訝しげな声があがる。
「……ン」
「竜馬?」
達人が立ち上がり、近づく。竜馬は逃げるように顔を横に向けた。
沈黙がふたりの間に流れる。
やがて、
「…………これ」
顔は背けたまま、竜馬が右手を前に出した。差し出されたものに、達人の目が大きくなる。
「竜馬、これ——」
「おめえに、チョコ」
ほのかに頬を染めて、少しだけむすっとした表情で竜馬が呟く。
「お前が、俺に?」
黙って頷く。
「…………竜馬」
右手にあたたかさが重なった。
「ありがとう」
「ン」
だが目を合わせられない。
「竜馬? 何だ、照れてるのか」
「……まあ、ちっとは」
照れくさいのもある。けれども、それより——。
達人が「あ」と気づく。
「お前、もしかしてヤキモチ焼いてるのか?」
竜馬の肩がぴくりと揺れた。
「そうなのか?」
「ン……、まあ、それもちっとは」
別に達人を奪られるとは思っていない。恋人のことは信じている。それでも本気が入り混じってそうなプレゼントを目にすると何だか胸の奥がモヤモヤするし、みんなに慕われている達人を独り占めしている自分がどことなくズルをしているように思えて妙に居心地が悪かった。
それに。
ちらりとテーブルの上を見やり、すぐに視線を戻す。
「…………俺の、売店のだけど」
ぼそりと落ちた。
きゅ、と唇を噛む。
こんなことを言ってしまう自分が情けない。
「……竜馬」
俯いてしまう。
自分のはバレンタイン用に包装されているとはいえ売店の一角に積まれていた安価なチョコレートで、達人がもらった山の中に同じ包装紙は見当たらない。
気持ちが大事だ、というのは何かにつけ聞く言葉で、確かにそうだと思っている。誰かと比べるものでもないし、見た目や金額で気持ちを量るのは最低だと思う。
それでも、気後れしてしまった。
高級ブランドでもなければ手作りでもないし、添えるメッセージカードもプレゼントもない。そういうガラではないし、無理に背伸びをすればどこかに皺寄せが来る。達人にも気を遣わせたくない。だから「これがいい」と自分で決めたものなのに、見劣りすると感じてしまった。それがそのまま自分の心を表しているようで、いたたまれなくて仕方がない。
「竜馬が俺のために選んでくれたものだろ。何だって嬉しいよ」
小さく頷く。達人がそう言ってくれるのはわかっていた。本心からの言葉ということも。だからなおさら、言わせてしまったのが情けない。
「竜馬」
達人の手が頬を包む。竜馬は目を閉じてぬくもりを受け取る。口元が何かをこらえるように引き結ばれた。
その手から伝わるあたたかさは、いつも竜馬の心を撫でて、震わせる。
「……ン、悪ぃ」
強張りがほどけていくように、竜馬の唇から細い溜息が零れた。
自分はまるで子供だ。
構って欲しくて、自分だけを見て欲しくて、いじけて詮無いことを言っている。達人が優しいから、全部受けとめてくれるから、心に仕舞っておけなくて際限なく甘えてしまう。
「おめえとつきあってから……何か、その、情けねえとこばっか見せてる」
書類に判を押している傍をうろついて気を引いてみたり、キスの途中で仕事に戻らざるを得なくなった達人に拗ねてみせたり、一時間だけの逢瀬に「あともう五分」と無理を言ってみたり。
本当はもう少し、大人になりたい。達人の負担になりたくない。
「俺は、嬉しいけど」
「え」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「竜馬がそれだけ俺を好きでいてくれるんだなって、心を許してくれているんだなって、嬉しくなる」
目が合う。
「——」
「竜馬」
額に達人の唇が触れた。
「ありがとう」
「——お、おう」
一瞬で全身に熱が回る。その熱にかき混ぜられて、あっという間に胸の中の澱が消え失せた。
「……」
自分を見守るような眼差しを見つめ返す。曇りが晴れた表情を確かめ、達人が口を開いた。
「『情けない』でいったら、俺も同じだ」
「……同じ?」
「ああ」
竜馬の頬をそっと撫でる。
「実はさっき竜馬がヤキモチを焼いてくれたんだと思ったら……、すごく気分がよかった」
申し訳なさそうに告白する。
「俺のこと、独り占めしたいって思ってくれたのかなって。竜馬が嫌な気持ちになっているのに、喜んでた。情けないっていうか、みっともないな。……すまない」
竜馬はゆっくり首を横に振って大丈夫だと示す。それから、返事の代わりに抱きついた。
「……竜馬」
強く抱きしめられる。嬉しさが胸の奥から込み上げてきた。
達人といると、おかしなことばかり起きる。自分でも知らなかった感情が次々に湧いてきて、揺れたり流されたり呑み込まれそうになる。達人の言葉ひとつ、指先の行方ひとつで安心したり乱れたりもする。
「竜馬」
今は自分の名を呼ぶ優しい響きに心地よさを感じていた。
「俺には、我慢も遠慮もしなくていいからな」
「…………ン」
「どんな竜馬でも見たい」
そんなふうに言われたら、また情けない姿をさらしてしまいそうだった。
「……わがまま言いまくるかもしンねえぞ」
「おう、どんどん言ってくれ。ただ、どうしても叶えてやれないこともあるから、それはわかってくれ」
「ンなの、わあってるに決まってンだろ」
「……そうだな」
達人はいつも大きくてあたたかい。竜馬はたくましい胸板に頬をすりつけた。
「な、達人」
「何だ?」
「……キスしてくれよ」
上目遣いでねだる。
「わがまま、言っていいンだろ」
すぐに達人の表情がゆるむ。
「お前、それでわがままのつもりか?」
「へ?」
唇が下りてきて、軽く竜馬に触れた。
「無理難題でもないし、俺が嫌がることでもない。むしろ」
また、小さなキスが生まれる。
「俺だってお前にキスしたい」
「ン……、じゃあ」
ほんのり赤くなった顔で竜馬が言い直す。
「……今日はこのまま、泊まってく」
言い終わると同時に真っ赤になる。達人は「もちろん」とキスで返す。
「俺が帰さない」
「——っ」
「もう、終わりか? 全然わがままじゃないぞ」
「……っ、そ、そんならっ」
ぎゅ、と白衣を握りしめる。
「そんなら、こ、今晩はっ、ね、寝か……っ、寝かさねえ、から……っ!」
意を決して、思いつく限りのわがままをぶつけた。
「——竜馬」
一瞬の間があって。
「ああ。全部、お前の望む通りに」
めいっぱいの笑顔に、竜馬の目が釘付けになる。
「竜馬、好きだよ」
唇が近づく。
「お、俺も、たつ——」
応える前に、情熱的なキスが竜馬を攫った。