達人が生き残っている世界線。つきあってます。
博士の代理で対外的な会合に出席後、お姉ちゃんのはべるお店に連れてかれた兄さんが服に香水の匂いをつけて帰ってきて竜馬が嫉妬するお話。
喧嘩はしません。いちゃラブエンド。キスまで。
・お姉ちゃんにもらった名刺を達人が捨てるシーンがあります。
・お店はお姉ちゃんが気安い感じのキャバクラっぽい想定。
・早乙女研究所は一般向けには宇宙線の観測と検出、有効利用のための研究をしていると謳っています。
・達人は途中までタクシー、迎えに来てもらった研究所の車に乗り換えて帰ってきた設定。
・達人が自分のことを「もうオジさんだよ」と自虐気味に言うシーンがあります。達人の年齢は28〜33歳くらいと想定しているので、お好きな年齢orお好きな竜馬との年齢差で脳内変換してください。
約7,000文字ちょい。4/16、pixivにも載せました。
◆◆◆
すん、と小鼻が動く。続いて眉が不快そうに蠢いたのを見て、達人は後悔した。
「あー、りょ、竜馬」
「あン?」
「こ、これはだな」
「ああ」
「ええと、その」
「ああ」
だが至近距離でまっすぐに向けられる眼差しに、「う」と短く呻いて言葉を失ってしまった。
竜馬は特段、責めるような目つきでもない。「おかえり」と言ったあとは、ただじっと達人の言葉を待っている。それでも機密を尋問されているような緊張と居心地の悪さを感じてしまう。いつもなら部屋の扉が開いて竜馬の姿が見えれば嬉しい。それなのに、今夜は来ていなければいい、と一瞬だけでも思ってしまったのだからなおさらだった。
乾いてへばりつく喉を懸命に開こうとする。さらりと「はしご酒で参ったよ」と笑い、竜馬の顔色次第では「当然、何もないから」と念のため付け加えればいいだけだった。
けれどもそれすらも言い訳じみていないか、余計にあたふたとしている様が誤解を与えないか、心配しているうちに時間だけが過ぎる。痺れを切らした竜馬がとうとう口を開いた。
「ジジイの代わりにあちこちの飲み屋引っ張り回されて、どうせ最後はキレイな姉ちゃんがいる店に連れてかれたンだろ」
スーツの胸元に鼻先をつけんばかりにして匂いを嗅ぐ。
「女がいる店、行ったンだろ? すげえ香水くせえぞ」
「え、あ……ああ、ああ」
達人はブンブンと何度も頭を縦に振る。必死さに竜馬が吹き出す。その様子に達人は少しだけほっとした。
「あの、これは、竜馬」
「どうせおめえと一緒ならモテるって思われたンだろ」
「は? ……モテる?」
「ああ。だってよぉ」
竜馬は一歩離れて腕組みをし、達人を上から下まで眺めた。
パッと見はいかついけれども目元は優しそうだし、実際優しい。身体もガッチリしていてたくましい。頼りがいがありそう。明るくて物知り。でも、でしゃばりじゃない。それと、笑うと妙に可愛い。
「おまけに某研究所の次期所長。肩書きまであったらそういう店じゃなくてもモテるわな」
滔々と述べる。
「今日の集まりって、周りはほとんどおめえより歳上だろ?」
「あ、ああ」
「若いおめえを連れてったら店の姉ちゃんたちが寄ってきて、おこぼれに預かれるかもってスケベ心を出したヤツでもいたンだろ。それか、おめえに恩を売っときたいと思ったか」
「恩……?」
達人はぽかんとする。
父親の代理として対外的な場に出ている身としては、周囲への気配りと、粗相がないか己の振る舞いを逐一確認するだけで精一杯で、とてもそこまで考える余裕はなかった。そういえばやたらと親しげに話しかけてくる二人組がいて、最後まで一緒だったな、と思い出す。精密測定器メーカーだと名乗っていた。しきりに「早乙女博士は」「早乙女博士なら」と訊ねてきていた。
「そうか」
あれは情報や発注を得るための関係づくりの一環なのか、と腑に落ちる。
なるほどと感心の眼差しで竜馬を見る——と、当の本人は飄々とした顔で「どれどれ」と達人の胸元に手を滑り込ませてくるところだった。
「えっ」
虚をつかれている間に引き抜かれた指にはカードが挟まれていた。
「三枚か」
マジシャンのようにぴらりと広げる。
「え、名刺? いつの間に」
「姉ちゃんが隣につくだろ。こうして」
竜馬が右隣に陣取り、ぴたりと身体を密着させる。
「早乙女さん、何かスポーツされてるんですか? すごい筋肉。ちょっと触っちゃお」
「——」
右手を胸元に当て、そっと滑らす。
「こんな感じで」
指先で上着の内ポケットに名刺を押し込む振りをする。達人の目が丸くなった。
「どうよ」
「あ、ああ。本当に、そんな会話をした」
実際は腕を組まれ胸を押しつけられたのだが、そこまでは言えなかった。
「あとは……え〜、早乙女さん奥様いないんですか、彼女も? じゃあ寂しくないですかぁ? 私、立候補してもいいです〜」
甘ったるい声で右腕に抱きついてきた竜馬に達人は苦笑する。
「な?」
「本当に見てきたみたいだな」
「だってよぉ、店の姉ちゃんはそれが仕事だかンな」
からからと笑う。
「気分よく飲んで、金を使ってもらう。次に繋がればなお善し、ってな。これでも俺、新宿育ちだし。何ならもっとえげつねえやり方も知ってっけどな」
「そ、それは御免被りたい」
「へへ」
普段と変わらない竜馬に見える。あれこれ心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。達人はそっと胸を撫で下ろした——その途端。
「それはそうと、好みの女はいたか?」
会話は終わらず、続いた。達人は「へ?」と間抜けな音を返す。
「誰かいい感じの姉ちゃんはいたのかよって話」
「いい感じ……って」
「また会いたいって思うような女」
「いや、俺はそんな」
「えーと」
竜馬が名刺を広げる。
「名前は……っと」
「——っ」
達人は咄嗟に手を伸ばし、名刺を奪い取った。
「あっ」
「——捨ててくる」
そう言い残して大股で部屋を出ていく。
「捨ててって……」
竜馬は呆気に取られて扉を見つめていた。
一分ほどで達人が戻ってくる。通路のところどころに設置されているダストシュートまで行ったのだと竜馬が気づいた。
「何も外に行かなくったって、ここにゴミ箱あンだろ」
「お前の目に入るだろ」
「別に気にしてねえよ」
「俺が気にする」
「ふーん」
からかいを含んだ声音に、達人の目元が不審げなラインを描く。
「なあ」
竜馬が後ろ手で傍まで来る。いたずらを仕掛けてくるときと同じ姿勢に、達人が思わず半歩下がる。竜馬はすかさずその距離も詰めて見上げ、
「あんまりオタオタしてると、ほんとに何かあったンじゃねえのって勘繰っちまうぜ」
ゆるく笑った。達人の顔色が変わる。
「な、何、言って……」
「怒らねえからよ、行きたいなら別にまた行ったって構わねえぜ」
達人が息を呑み——すべての動きが止まる。
「行くとこわかってるし、達人が浮気するなんて思ってねえから」
な、と胸元をつつこうとして、今度は竜馬が動きを止めた。
「——ぁ」
鳶色の瞳が曇り、笑みを零していた唇が強張る。さらに、
「竜馬」
硬く尖った声で呼ばれ、全身を緊張させた。
「……竜馬」
大きな手が肩をつかむ。
「つきあいでどうしようもなかったんだ。そうでなきゃ、行く訳ないだろ!」
「お、おう……」
「お前がいるのに」
達人の瞳が歪んだ。ひどく叱責を受けた子供のように苦しげで寂しげな眼差しに竜馬の表情も翳る。
「あ、え……と、悪ぃ。その、おめえがあんまりワタワタしてっから面白くて……つい」
上着の裾をぎゅ、と握る。
「ほんとに怒ってねえし、疑ってもいねえから、その」
達人が小さく溜息をついた。上着をつかんでいる竜馬の手を握り返す。
「俺こそ、大きな声を出してすまない。……やっぱり飲み過ぎたみたいだ。酔い醒ましにシャワー浴びてくる」
頬にキスをしかけて、やめる。優しく竜馬の手を引き剥がすと、そそくさとバスルームへ消えていった。
† † †
ぼんやりと達人の背中を見送って——水音が微かに聞こえてきて竜馬が我に返る。軽く頭を振って決まりの悪そうな表情を追いやった。
周囲の匂いを確かめる。達人のスーツを嗅いだときと同じように眉をひそめると、おもむろに壁際に向かい、空調パネルの換気スイッチを【最強】に合わせた。
ゴウ、と音がして、明らかに空気の流れが変わる。竜馬は天井の換気口をしばらく眺め、それから所在なげに部屋の中央をぐるぐると回り出した。
竜馬にしては気難しい顔つきで歩き回ったあとで、出入口に向かう。扉を開け、ひょこりと通路を覗き込む。
一番近くのダストシュートはこの通路の突き当たり、角のところにある。投げ込まれたゴミは地下に集められ、金属類と選り分けられて焼却処分される。あの名刺もおそらく、明日の夜には灰になっているだろう。
「……」
しばし通路の奥を見つめてから、竜馬は部屋の中に戻った。
† † †
風呂上がりの気配を察知して、ベッドに寝そべっていた竜馬が起き上がる。空調を元に戻し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すとまたベッドに戻って腰掛けた。
「ふう」
ハーフパンツ一枚の達人が髪を拭きながら出てくる。酔いも惑いも洗い流されたような、すっきりとした顔つきだった。
「達人」
竜馬が放ったペットボトルを難なくキャッチすると、笑顔を覗かせる。
「ありがとう」
「おう」
ふたりの間からはぎこちなさも消えていた。
ペットボトルを呷り、達人が息をつく。
「やっと落ち着いた」
「出てったの朝早くだったもんな。お疲れさん」
「ああ。何というか、気疲れした。最近は徹夜も堪えるようになってきたし、俺も歳かな」
「オッサンみてえなこと言ってンじゃねえよ」
「もうオジさんだよ」
「まだだろ」
「そうかな」
「オッサンって、四十ぐれえのイメージ」
「それならまだだけど、そう言っているうちにあっという間になりそうな気もする」
壁際の姿見に正面、側面と身体を映し、まじまじと見つめる。
「まだ腹は出てないけど、竜馬に愛想尽かされないようにしないとな」
「あンだよ、それ」
「だって、あんまりオジさんは嫌だろ」
竜馬はきょとんとし、それから一蹴する。
「別に、そういうのでつきあってるワケじゃねえし」
「そうかもしれないけど」
達人が竜馬の左隣に腰を下ろす。
「でも、カッコ悪くなったな、なんて思われたくないし」
「んー……」
目線が達人の顔から徐々に下がり、また顔に戻る。
「まだまだ全っ然イケるぜ」
「本当か」
「ああ。ま、俺は達人なら何歳でもいいけどな。歳食ったら食ったで、もっと渋い感じになンだろうし」
ニッと笑う。つられて、達人の口角も上がった。
「……風呂上がりの匂い」
すん、と小鼻が動く。竜馬の表情は穏やかで、もう訝しげにたわむことはなかった。
「さすがに香水の匂いはもうしないだろ?」
それでも自信なさげな眉の角度で達人が訊ねる。竜馬は「どれどれ」と身を乗り出し、鼻先を達人の首元にぴたりとつけた。
「りょ——竜馬」
「ン……、達人の匂いだけ」
甘えるように、鼻先をこすりつける。
「……竜馬」
達人は軽く黒髪を撫でた。
「実は、そのまま帰ってきたらお前に誤解させると思ってな」
苦笑いしながら切り出す。
タクシーの中で香水の匂いに気づき、はじめは漫画喫茶にでも寄ってシャワーを浴びようかと思った。けれども風呂上がりの香りがしていたらそれこそホテル帰りかとあやしまれる。おまけに匂いは衣類自体にもついている。それならビジネスホテルで一泊し、コインランドリーでワイシャツを洗おうか。
「でもスーツにも匂いは移っているし、消臭剤もあまり効かなそうだし、朝帰りのほうがよっぽど誤解を招くし……って」
「確かにな」
「内心、びくびくしながら帰ってきた」
「それで」
帰ってきたときのおめえの面ったらよ、と竜馬が思い出し笑いをした。
「ずいぶん青い顔してっからよ、ゲロ吐くの我慢してンのかと思ったぜ。ってか、俺がそんなにヘソ曲げるって思ってたのかよ」
「あー……、変な誤解をされるのも嫌だったし、その……嫌われたくないだろ」
自信なさげに達人が唇を尖らせる。竜馬は「あンだよ」と大きな背中をバシリと叩いた。
「ぅわっ」
「そんぐれえで嫌いになんてなンねえよ」
「……本当に?」
「逆に、あれこれ小細工して嘘つかれるほうが嫌だね」
「そ、そうか」
「ああ」
ようやく、達人が心からほっとする。肩の力が目に見えて抜けていく。
「よかった……」
「なーんか、大げさだぜ」
「そんなことない。本当に心配だったんだ。ほら、さっきお前、『好みの女はいたか』とか『行きたいなら別にまた行ったって構わない』とか言い出すから」
「え……あ、ああ」
「怒っているのかと思って」
「……いいや」
「だから、ほっとしてる」
竜馬の形のいい額を指でなぞり、そこにキスをする。
「——あ、酒臭くないか」
「こんぐれえどうってことねえ。……っつうか」
「うん?」
「その……、俺のほうが悪ふざけし過ぎたンじゃねえかと」
竜馬が遠慮がちに上目遣いになる。
「何か煽ったみてえになっちまったしよ、おめえも嫌そうにしてた、から」
「あれは——自分が情けなくて。お前に苛ついた訳じゃない」
達人の右腕が竜馬を抱き寄せる。
「いろいろと悪かった」
「……ン」
「俺には竜馬だけだから」
頭を撫でる。跳ねた髪の先を指で梳くと、竜馬はおずおずと、それでも安心したようにもたれかかってきた。達人は愛おしげに黒髪に口づける。
「……なあ、達人」
「どうした」
「俺……」
もじ、と竜馬の指が動く。
「その……香水の匂いがして…………正直、ムカついた」
「……ああ」
「何もねえってわかってたけどムカついたし、そんぐれえでムカつくなんて思ってもなかったから余計モヤモヤするし……」
「うん」
「だからつい、口が滑ってよ」
「じゃあ、あれってヤキモチだったのか」
竜馬は俯き——こくりと頷く。
「それは……本当に悪かった。ごめん」
よしよしと達人の手が慰める。
「……けど正直、ヤキモチはちょっと嬉しいかな」
「え」
「全然嫉妬されないのも……その、寂しい気もするから。竜馬に嫌われたら元も子もないのに、変な話だよな」
「……それだったら、俺も」
くい、とハーフパンツの裾を引っ張る。
「ちゃんと達人の『恋人』してンだなって思ったらよ、ムカついてるクセに何か妙〜にいい気分だったンだよな」
見上げて、竜馬がはにかむ。
「ヘンな感じだった」
「——ふふっ」
「……へへ」
そろそろと、互いに面映ゆげに笑う。
「じゃあ、今回のことは許してくれるか」
「許すも何も、達人は引っ張り回されただけだろ」
「うん、まあ、そうなんだけど」
「でもとりあえず言っとかねえと収まらねえってか。……許してやる」
「うん、ありがとう」
「つきあいならしゃあねえからな」
そう言って、達人の頬を両手でぺちりと挟み込む。むにむにと軽く押して、
「だからって、ハメ外すなよ」
少しだけ拗ねたように、それでいてからかうように、竜馬の瞳が揺れた。
「……大丈夫」
直球の嫉妬に、達人が諭すようにゆっくり答える。
「それに、お前が心配するほどモテないって」
「ほんとかよ」
「お前だって言ってたろ。『姉ちゃんはそれが仕事』って。ああいうときくらいしか本当に俺、モテないし」
「……そりゃみんな、見る目ねえな」
「ははっ」
「このまま俺以外……誰も、見る目がねえままならいいな」
「竜——」
口づけが達人に触れる。
「ずっと、俺が独り占めだ」
「竜馬……」
再び唇が重なろうとした瞬間。
「——あ、そういえば」
達人がはたと気づく。
「さっき、たくさん褒めてくれたよな」
「ン?」
「俺のこと、優しいとか頼りがいがありそうとか、可愛いとか」
「……ッ」
「ほかにもあるのか?」
「えっ」
「お前の見る目、ってやつ」
見つめられ、竜馬の視線が落ち着きをなくす。
「あるんなら、聞いてみたいな。……竜馬?」
「そのっ」
「うん」
「え、と……鬼と闘うとき……、作戦外さねえし、指示もわかりやすくてこっちが動きやすいし、頭いいンだなっていっつも思ってる」
「うん」
「あと……」
竜馬の顔が赤くなっていく。
「真剣な面で書類とかモニタとか見てるときが……すげえカッコいい」
達人がくすぐったそうに「うん」と頷く。
「あと、ええと、足の爪の形が可愛い」
「そこか」
くっ、と達人が笑う。竜馬の目が笑顔に吸い寄せられる。
「——それ」
「うん?」
「その、笑うと——あ、これはもう言った」
「じゃあ、それで全部か?」
「ん、と……こ、声、が」
「声?」
竜馬の表情が、照れくさそうな、身の置きどころがなさそうな、頼りげのないものに変わっていく。
「……その声……すげえ……好き」
「あとは?」
「……あと、は」
「竜馬」耳元でささやく。竜馬の身体がぴくりと跳ねて咄嗟に離れようとする。その腰を抱きとめて——引き寄せる。
すう、と息を吸い込む竜馬は微かに震えていた。
「手が…………手が、好き、だ。でかくて、あったかくて」
達人の左手が伸びて、大きな手のひらで竜馬の頬を包み込む。竜馬の目が切なげにきゅっと閉じられた。
「まだあるか?」
親指の腹が優しく頬を撫でる。湯上がりの火照りを保った手に、別の熱が加わって竜馬に伝播していく。堪え切れないように、竜馬の唇から吐息が落ちた。
「その……」
薄く開けた目に、今にも零れそうなほどの思いが滲む。
「その、……俺のこと見て名前……呼んでくれるのが、すげえ、好き」
「……りょうま」
「——ッ、ン……!」
言葉が本当である証に、竜馬の身体が悦びに打ち震える。その様を目と肌で感じるのは、達人にとっても悦びだった。
「達人は、その」
「ん?」
「その……達人は俺のどこ、が……」
真っ赤な顔で恋人の心を不安げに訊ねるいじらしさに、達人の瞳にも溢れんばかりの熱が宿る。竜馬が好きだと言った声が優しく流れる。
「全部」
言うなり口づける。
「んン、な、それ……!」
竜馬が達人を押し戻す。
「うん?」
「それ、狡ぃ」
「狡い? 何が?」
また口づけが降る。
「ン、だって、それ」
「ん…………それ……?」
「は、あ……ん、んン……っ」
とうとう達人の両腕にすっぽりと抱きすくめられる。もう、その胸の中以外に竜馬の行き場はない。
「お、俺だって達人の全——んぅ」
抗議と告白の続きは、達人の深いキスに溶けていった。