竜馬に対して複雑な思いを持っているミチルさんのお気持ち話。
11話、竜馬が出戻って、弁慶がゲッ〇ーの破壊行動に出るまでの間の設定。期間が3日前後あったら、こんな夜もあったかもな、と思い書きました。隼人も出てきますが、隼ミチではありません。約3,000文字。2021/8/15
内線が鳴る。
「ええ、そう——新宿のデータはそのまま使えない。……ええ、そうね、そのくらいで抑えて。それからジャガー号とベアー号は——」
受話器を置くとまたすぐに鳴り出す。
「はい。……いいえ、そのまま待機して、すぐに動けるようにしておいて。ええ、パーツはすべて予備を」
「早乙女です。……ええ、わかりました。はい、それで」
所内の連絡だけでもこれだ。加えて外線も入る。ゆっくりと考える暇もない。
深い、深い溜息をつく。
こうして押し出さないと、胸の中がいっぱいになって呼吸もままならなくなる。
それでも、どうしても溺れそうなときもある。
もう、逃げたい。
全部、忘れたい。
そんなときは頭の中に声が響く。
『おめえの兄貴の死を穢すンじゃねえ』
それは男の印象よりも遥かに繊細な言葉だった。
ゲッター絡みの面倒事や父の身勝手さに振り回され、もう嫌だとすべて投げ出そうとすると決まって聞こえてくる。
そう言った流竜馬には感謝している。
兄を無駄死にと憐れまずに済んだし、父を本気で憎むに至らなかった。兄の死を素直に悼めたし、彼がゲッターロボに乗って闘っているうちは兄の意志が受け継がれていると誇らしくすら思える。自分ももう少し、と気力を取り戻せる。
けれども——。
唇を噛む。
ゲッター線がすべての元凶だ。
あれが父を狂わせ、家族を[[rb:歪 > いびつ]]にした。結果として兄を奪った。
流竜馬の存在はゲッターロボを父の理想に近づける。それでますます父は遠く——私から離れていく。こちらを振り向かず、そして、流竜馬ばかりを見つめて。
本格的に鬼の研究を始めたのは、解決の糸口を見つけられたら、という一心からだった。
楽に倒せる方法があれば、あいつらの目的がわかれば、[[rb:因 > もと]]を断つことができたら。
そうすれば、兄は死と隣り合わせの毎日から解き放たれる。父は立ち止まり家庭に戻ってきてくれる。
ずっと、そう思えばこそ。
——頑張ってきたつもりだったのに。
軽い眩暈を覚え、デスクに手をつく。顔を上げると、家族写真が目に入った。まだ、平和だった頃の写真——私の好きな。
母はすでにここにはいない。兄もいない。父も消えたと同然だ。
永遠に、戻れない。
何のための人生なのか。
拳を握ると、また内線が鳴った。
† † †
「これでいいわね」
一通り書類に目を通し、責任者の承認待ちのものは判を押した。あとは——。
どうしても父の元へ持ち込まなければならない件がひとつふたつ。
「……ふう」
溜息ばかりが口をついて本当に嫌になる。
新炉心のテストを見て理解した。
父はもう止まらない。
そして新宿が壊滅状態になり、何もかもがおかしな方向へ進み出しているとはっきり感じた。けれども、止められない。ああするしかなかった、と思おうとする自分もまた、おかしくなっているのかもしれない。
ゲッターロボが必要なのはわかる。だが何故、私たちが背負わなければならないのか。
ゲッター線さえなければ。
誰の、何のせいにすれば、楽になれるのだろうか。
「——」
こめかみの奥がずきずきと痛み出した。
——駄目ね。少し休まなきゃ。
涼しい空気を求めて部屋を出た。
ポケットからライターを取り出し、煙草に火をつける。
ゆっくり吸い込み、吐く。
少しだけ頭痛が和らいだ。
同じひとりでも、執務室に籠っているより心が軽かった。
二本目に火をつけると声がした。
「珍しいな」
神隼人だった。
「火気厳禁じゃないのか」
近づいてくる。
「センサーは切ってあるわ」配電盤を指差した。
「それに引火物もないし、ここは物置同然だから滅多に人は来ない」
「フン」
男は鼻で笑い、それから「一本もらえるか」と訊いてきた。
「軽いわよ」
「吸えりゃ、何でも構わん」
箱の蓋を開け、差し出す。
「はい」
ライターを渡す。
「あまりドックの方に寄らないでね。メインデッキからこっちの蛍火が見えるから」
軽く釘を刺した。
並んで煙草をふかす。
正面には、ゲッターロボの横顔。
「よく来るのか」
問いが発せられた。
「たまにね」
また、煙草をふかす。
「ほら、正面」
彼は顔を上げる。私は右腕を伸ばし、人差し指で四角を描く。
「ここから見ると、額装されているみたいなの」
ドックへ続く開口部がちょうど、額縁のように見える。
「あれが現実のものじゃなくて、一枚の絵だったらいいのにって思うときがあるわ」
「……」
「気に入らなかったら裏返したり、中の絵を取り替えたり、額縁を外すことだってできるもの」
だが、あれは人の心を和ませるような美しい平面の絵ではない。
じっと見つめる。物言わぬ、[[rb:傀儡 > くぐつ]]。
見たくなくても、見せつけられる。
じりじりと煙草が短くなった頃だった。
「早乙女は——博士は竜馬が戻ってくると確信していた」
神隼人が切り出した。
『ヤツは必ず戻ってくる』
『アレはゲッターから逃れられんようにできておるのだ』
「そう、言っていた」
「ゲッターから……逃れられない……」
不穏な言葉に眉をひそめる。
「もう一本、いいか」
「ええ」
携帯灰皿を取り出し、吸い殻を回収する。それから二本目の煙草を渡した。
「あなたは何の調べ物?」
「ちょっとな」
相変わらず、食えない男だ。
苦手ではない。その頭脳は純粋に称賛するし、研究所の一員になってくれて頼もしい。馴れ合いにならないだろう距離感は好ましい。
「あんたは?」
「ちょっとね」
聞くと口の端が上がった。
「よほど参っているのか」
「心配してくれるの?」
「今は大事な指揮官だからな」
そうね、と短く答える。らしくない質問をしたと思った。
「あなた……流君を羨ましく思うことはない?」
だから、一番知りたいことを訊いた。
「……わからない」
彼にしては曖昧で、自信なさげな響きだった。
「わからない?」
「ああ」
ふう、と煙を吐き出す。
「あいつは多分……ゲッターに見込まれている。何故、あいつだけが、何故、俺でなく、そういう思いはある。……だが、俺は竜馬になれるわけじゃない。そこは羨んでも違う」
「……憎めたら、きっと何もかも簡単なのにね」
「そうだな。ただ……憎み続けるのは非効率だ」
「ええ、そうよね」
それでも「選ばれなかった」者たちは、もがき、手を伸ばすのだ。
もう一本、煙草を取り出す。
つらい。
哀しい。
煙草を持つ指が震える。誰かの胸にすがって辺り憚らず泣き喚いたら少しは気がまぎれるだろうか。例えばこの男——。
——いいえ。
誤魔化せるのはほんのひとときだけで、我に返ればただ惨めなだけだとわかっていた。
複数のライトに照らされて陰影が濃いゲッターロボはひどく不気味だった。父の心を喰い、兄の生命を喰い、そして次は誰の魂を喰うのか。
誰が「取り残される」のか。
——寂しい。
涙が出そうになった。
だから、その前に煙草の火を消して立ち去ることにした。