いい兄さんの日!

新ゲ

新ゲ達人さんが生き残っている世界線。ゲッターチーム3人それぞれと達人さんとのちょっとしたお話。
最後はみんなでお酒飲んでご機嫌でAV鑑賞するので注意です。AVのタイトルを隼人が淡々と読み上げます。ミチルさんも少し出番あります。口や態度に出す出さないの差はあれど、みんな兄さんを慕ってます。平和なお話。約7,000文字。『いい兄さんの日』にちなんで。2021/11/23

◆◆◆

 一、隼人の場合

 誰が訪ねてきても、何を問われても変わらない。その夜も、隼人は一心不乱にゲッターに関わる数値を見つめていた。
「まだやっていたのか」
 二時間前にも聞いた声。
「若いってすごいな」
 コツコツと近づく靴音。さっきは入り口で声をかけるだけだったのに。
 面倒だ。だが少しの時間、雑音がするだけだ——。
 隼人は言い聞かせる。
「……?」
 しかし、音よりも匂いに気を取られて思わず手を止めた。
「食べろ」
 ことりと置かれるトレイ。
「——」
 豚汁とおにぎり。
「お前、あんまり飯食ってないだろ」
「……必要な栄養は摂っている」
「カロリーと栄養素だけ摂っててもな。人間、あったかい飯食わないとな、いざっていうときに力が出ないんだぞ」
 そんな話、聞いたこともない。隼人は目をディスプレイに戻す。
「お前もあと何年か経ったらわかるぞ。若いときの無茶はほんと、身体に響く」
 明日の生命もわからないのに、何年も先のことなんかわかるわけがない。言おうとして顔を上げる。
「ん?」
 目が合う。
「——」
 穏やかな瞳でまっすぐに見つめられ、瞬時に居心地が悪くなる。慌てて目を逸らす。
 苦手だと真底思う。どんなに無視しても睨んでも、近寄ってくる。敵意に満ちた眼差しなら決して逸らしはしない。だが好意しかないものを、どう扱えばいいのかわからなかった。
「若い男が根を詰めてて、腹が減らないわけないんだ。冷めないうちに食え。おにぎりは鮭と梅干しだ」
 トレイをそっと押した。
「……」
「食器は食堂に返しておいてくれればいい」
 勝手に持ってきたくせに、人に返しておけというのか。そもそも、食べるとは言ってない——。
 口を開きかける。
 けれども自分を見つめる目があまりに優しくて、また何も言えなくなる。
「じゃあな、あまり無理すんなよ」
 顔をくしゃりとさせ、達人は身を翻す。
「…………」
 あとには、味噌の香りが魅惑的な豚汁と、夜食にちょうどいい大きさのおにぎりがふたつ。
「……ちっ」
 調子が狂う。腹が立つ。
 思いながら、隼人はお椀に手を伸ばした。

   †   †   †

 ロッカーを開け白衣を取り出す。糊の効いた仕事着は、さらに気を引き締めてくれる。
「うしっ」
 パシンッ、と両頬を叩き、身体の全部を起こす。これできっと何時間後には無事に白衣を脱げるはずだ。
「ん?」
 指先が触れた場所に違和感があった。かさりとした、紙らしき感触。
「あれ?」
 念のため、ロッカー番号を確認する。間違いなく自分のものだった。
「……」
 右のポケットをまさぐると、やはり紙が入っていた。ふたつ折りにされた堅めの白い用紙。一緒に洗濯をしたならこうではない。間違いなく、あとから入れられたものだ。
 開いて目線を落とし——達人は破顔する。
「……あいつ」
 細く、だが整った文字で、
『うまかった』
 とだけ書かれていた。
「あいつ」
 もう一度言い、今度はくっくっと声を出して笑った。

 二、竜馬の場合

 ぐえ、と竜馬が首を絞められたアヒルのような声を出した。
「……達人ぉ」
 じっとりとした目で見上げる。
「これくらい、できないとな」
 顔を合わせるなり引きずられるように修理ドックに連れ込まれた。ゲットマシンの前まで来ると、工具箱を押しつけられる。
「本当はちょっとした修理ができるまでになって欲しいんだが、軽い整備程度でもいいから」
 そう言われると、バカにされているようで腹が立つ。
「ふざけンな、人をつかまえておいてバカにするなンて」
 唇を突き出して横を向いた。
「ははっ、していないさ。ただ、できないと困るのはお前だ」
 竜馬がさらに膨れる。
「ちょいとした整備や修理ぐれえ、しなくて済むように造ンのがおめえらの仕事だろ」
 聞いて、達人が息を呑む。
「……ン?」
 思わず見る。達人が少し苦しそうに、哀しそうに笑う。
「そうだな。本来なら、そうあるべきなんだが」
「……あンだよ」
「実際には難しいし、整備や修理をしてやれる人間も、研究所も、いつまでも無事だとは限らない。だから」
「——」
 大きな手が伸びて、竜馬の頭をわしわしと撫でた。
「少しでも自分でチェックできるようにしておけ」
 いつもなら「そんなシケた話」と笑い飛ばすところだ。
 だが。
「……わあった」
 達人を困らせるのは本意ではない。竜馬は素直に返した。
「やるだけやってみるから、責任持って教えろよ」
「おう」
「それから」
 竜馬がにっと笑う。
「何だ」
 達人もにっこりと返す。
「今日、昼番だろ? 夜、[[rb:面 > ツラ]]貸せよな」
 その目が意味ありげに細められた。

   †   †   †

 達人の顔に緊張が走る。
「遊びに来たぜ」
 開口一番、竜馬の科白。そのままずかずかと部屋の中に入る。
「お、おい」
「嫌か?」
「え? 嫌? いや、そんな、え?」
「なら、いいだろ? せっかく遊びに来たンだ」
「あそ……び?」
 事情が飲み込めない。怪訝そうに眉をひそめた達人を、竜馬は面白そうな顔で眺めた。
「これ、土産」
 缶ビールや紙パック焼酎の入ったビニール袋を掲げる。どれだけ買い込んできたのか、二袋もある。
「お、おう……」
 視線が泳ぐ。
「……仕返し、じゃないのか?」
「は?」
 竜馬が首を傾げる。
「昼間の」
「昼間? ああ、整備のことか」
 小さく笑う。
「俺、そんな器小さくねえし」
「……」
「とにかく、今日はぱーっとな、ぱーっと!」
 いったい、何が「ぱーっと」なのかさっぱりである。
「え? え?」
 戸惑っていると再びインターホンが鳴った。

 三、弁慶の場合

「——はい」
 モニタをつける。
『達人さぁん』
 特徴のある太い声。
「弁慶じゃねえか」
 竜馬はモニタを横から覗き込む。果たして、画面いっぱいに弁慶の顔が映し出されていた。
「アイツ、顔デカ過ぎ」
 ぐふっと竜馬が吹き出した。
「達人さ——あれ」
 扉が開く。竜馬を認めて弁慶が不思議そうな表情を作る。
「竜馬?」
「おめえもか」
「何のことだ? 俺は達人さんにこれを返しに——あ」
 持っていた紙袋をちらりと見せるが、すぐに後ろ手に隠す。
「あン?」
 しまった、と言わんばかりに弁慶が目を逸らす。口元がくいと結ばれ、鼻穴がふん、と広がった。
「……」
 竜馬は達人を見る。
「……」
 同じように目を逸らした。
「……何だ、おめえら」
 弁慶の傍に寄る。背後に回り込もうとすると、弁慶の巨体も合わせて円を描く。背中に隠したものはよほど見せたくないらしい。
「あンだよ」
 竜馬は見る間に不機嫌な顔つきになっていく。
 こりゃあ参ったな。
 そう、弁慶の顔にありありと浮かぶ。助けを求めるようにちらと達人に視線を投げるが、達人もどうしていいかわからず、首を小さく横に振っただけだった。
 しばしの間、見合う。
「……あー、お前ら」
 尖っていく空気をまずいと感じ、なだめるように達人が声をかける。そのとき、またインターホンが鳴った。
「お、隼人じゃねえのか」
「隼人? 何で」
 今の今まで妙な感じで向かい合っていたふたりは何事もなかったかのように話し出す。
「今晩、達人ンとこに酒持って行くからなって言った」
「隼人は?」
「予定あるってだけ」
「じゃあ隼人じゃねえだろ」
「いや、隼人だって。アイツ、素直じゃねえから」
 まったく意味がわからない。達人と弁慶は顔を見合わせて、互いに小首を傾げた。
「いいから、確認しろよ」
「あ、ああ」
 促され、達人はモニタを見る。
「ほらな」
 竜馬が得意げに胸を反らした。
「へへ、あの無愛想トンチキ野郎め」
 からかいたいのだろう、竜馬は扉に向かって歩き出した。
「……達人さん」
 竜馬を気にしつつ、弁慶が近寄り小声で呼びかける。
「これ」
「おう」
 達人も小声で応じる。さっと紙袋を受け取り、背後に隠した。
「どうだった?」
 達人の問いに、弁慶は鼻の下を伸ばしながら右手の親指を立てた。
「だろ? あそこのレーベルはな、だいたい何でも当たりだ」
 達人も左手の親指を立てる。
「お礼に、俺のお気に入りも二枚入れといた」
「マジか、そりゃ楽しみだ」
 ふたりは目尻を下げて、笑い合った。

 四、男ども四人の場合

 ビニール袋をぶら下げた隼人を伴い、竜馬が戻ってくる。
「しっかし竜馬の野郎、何で隼人だってわかるんだ?」
 弁慶は首をひねる。
「……何だか」
 達人が苦笑する。竜馬は笑顔、隼人は仏頂面。隣を向けば弁慶が状況を理解できずにきょとんとしている。
「お前ら、本当に面白いな」
「人の面見て何笑ってンだよ」
 ぷうと竜馬がむくれる。
「いや」
 くすくすと、なおも笑う。
「ふーん」
 と、竜馬の目つきが鋭くなった。
「いよっと」
 素早く達人の背後に移動し、紙袋を奪い取る。
「あっ」
「へへっ」
 無遠慮にがさがさとあさる。
「あー……」
 観念したように、弁慶は右手で顔を覆う。
「何だこれ」
 竜馬は手にしたものをまじまじと見つめる。そして裏返す。
「すげー乳」
 達人も天井を仰ぎ、目を瞑る。
「まだある」
 同じようなパッケージを取り出す。全部で五つ。
「ん。……隼人ぉ、これ読めっか」
「……『未亡人、濡れた法要——絶倫坊主が成仏させます』」
「ああ」
 じいっと眺めて、
「確かにそんな感じだな」
 ふうん、とさして興味もなさそうに袋に戻した。
「おめえらの好みってよくわかンねえな。隼人は?」
「……この中で、ということならそれ」
 パッケージの背表紙を全部確認したあとで一番上を指差す。黒のボディスーツに身を包んだ女性。
「読めねえ」
「『堕ちたエリート潜入捜査官、恥辱の二穴責め』」
「へえ、やっぱりな」
「やっぱり、とは」
「元テロリストだもンな。潜入とか返り討ちとか好きそう」
「……この手のものにしては、小道具がちゃんとしている」
 女優が構えている銃をトントンと指で示した。
「ああ、そういう見方もあンのか。じゃあこれ借りてけば? ほれ、結構すげえセットだぜ」
「言ってろ」
 隼人は興味なさそうにふいと横を向いた。だが竜馬は意に介さずなおも訊ねる。
「なあなあ、こっちは何て読むンだ?」
「……『爛れた関係——論文査読は白衣の下次第』」
 何であれ頼られれば悪い気はしないのか、横目でちろりと見て教える。
「おめえら、こんなン見てンだな。仲よく貸し借りして」
 竜馬は一枚を取り上げてひらひらと振る。ふたりは無言で素知らぬ顔。
「つうか、この状況でシラ切るつもりかよ」
 あきれたように言う。
「ムダなこたぁやめて、せっかくだからよ、ビール飲みながら見ようぜ」
 少しの間を置き、竜馬以外の全員が「は?」と声をあげた。
「あン? いいじゃねえか」
「りょ、竜馬。そもそも、今日は何なんだ」
 達人がうろたえる。
「今日って何の日か知ってっか?」
「今日? 11月……ええと」
 壁のカレンダーを見る。
「にじゅう、23日……か?」
「おめえ、日にちもわかンねえのかよ」
「ここじゃ土日も祝日もないからな。……うん? 勤労感謝の日か」
「ああ」
 弁慶もカレンダーを見て納得したように頷いた。
「それでか」
「ちげえよ」竜馬は首を横に振る。
「?」
「今日は『いい兄さんの日』らしいぜ」
 どうだ、と言わんばかりに竜馬の鼻穴が膨らんだ。
「いい……」
「兄さんの日」
 達人と弁慶が顔を見合わせる。
「女子所員が食堂で話してた。ちょうど隼人もいたからよ、言ったンだよ。今晩、達人ンとこ行くからなって」
「お前、それでよく来たな。予定あるって言ってたんだろ?」
 弁慶の問いに気まずいのか照れくさいのか、隼人は眉間に皺を寄せて小さく鼻を鳴らしただけだった。
「あとでおめえも呼ぶつもりだったンだけどよ。放っておいても来たからな」
 にひひ、と弁慶を見て竜馬が笑う。
「隼人が好きみてえだから、これにしようぜ」
 潜入捜査官のDVDを弁慶に手渡した。
「好きとは言ってない」
「嫌いじゃねえンだろ」
 突っ込まれ、隼人は口をつぐむ。竜馬は隼人が持っていたビニール袋を引ったくった。
「細けえことは抜きにして、せっかく酒も買ってきたンだ。隼人のは——やりぃ、さきいかとチーかま、柿ピーにポテチ。完っ璧じゃねえか」
 満足そうに頷く。
「な、達人」
「……え?」
「飲もうぜ」
 三人の視線が達人に集まった。
「……」
 茫然としていた達人だったが、幾度か目をぱちぱちとさせ、そのあとで嬉しそうに「ああ」と頷いた。

   †   †   †

 やかましいことこのうえない。
 床には空き缶がそこかしこに転がっている。1リットルの焼酎も、男四人にかかればあっという間だった。今は達人が「とっておきだぞ」と書棚の陰から出してきた日本酒を全員であおっていた。
「なあ、弁慶」
 竜馬がいつもより高く、大きな声で訊く。ご機嫌な証拠だった。
「おめえ、女の尻と胸と、どっちが好きなンだよ」
「どっち? ええ? んんん〜っ」
「片方しか永久に触れないなら、どうなんだ」
 今度は反対側から隼人が訊く。
「ええっ」
 太い眉毛を下げ、弁慶は本気で悩んでいるようだった。達人はにこにこと笑みを浮かべながらその様子を眺めている。
 すると、竜馬がニヤつきながら振り向いた。
「達人はどうなンだよ」
「えっ、俺⁉︎」
「ほれ、こっちとこっち」
 竜馬がAVのパッケージを見せる。片方は豊満な胸元も露わな熟女、もう片方はスーツ姿で張った尻を突き出した女社長。
「ううん、そうだなあ〜」
 腕を組み、真顔になる。
「どちらかと言えば——」
 右手を動かした瞬間、

「大層な御身分だこと」

 空から声が降ってきた。
「…………」
 しん、と男たちが静まり返る。
 身じろぐ者はいない。
 嫌な間が室内を支配する。テレビからはアンアンと大げさにも聞こえる女優の喘ぎが流れ続けていた。
「お酒を飲みながらアダルトビデオ鑑賞会ねえ」
 刺したあとで傷口をぐりぐりとえぐるような、ひどく尖って冷たい声だった。
「あ!」
 弁慶が叫んで勢いよく立ち上がり、巨体でテレビを隠しながら振り向く。同時に隼人はリモコンをつかみテレビの電源を切る。竜馬は素早く達人のコップとお茶のペットボトルを入れ替えた。
「や、やあ、ミチルさん!」
 坊主頭を撫でくり回しながら、弁慶が口を開いた。
「今日は『いい兄さんの日』らしいですよ! 我々も日頃お世話になっている達人さんをねぎらいに来ていてですね! それで——それで、……あぁ」
 だが射抜くような視線に負ける。
「あら、そう」
 凄絶、と言えばいいのか。
 その笑顔を目にした誰もが戦慄を覚えた。
「まあ、モノに罪はないから、圧し折るなんて下品な真似はしないわ」
 蔑むようにAVのパッケージを見下ろす。
「それより兄さん」
「は、はいぃっ」
 達人がびっと起立する。
「メール、見ていないのかしら。急な用事で夜番に欠員が出るから、今日は明け方までの勤務に変更のはずだけど?」
「——っ‼︎」
 瞬時に顔が青ざめる。
「……まあ、その状態で出て来られても困るから、私が代わりに出るわ」
「はっ、はっ、はひぃ……」
 情けない返事をしながら、達人は目を合わせないように天井を睨んでいた。
「達人兄さん」
「はいっ!」
 ミチルがふ、と微笑む。
「そろそろ、新しい電子顕微鏡が欲しいのよね」
「でっ、電子顕微鏡!」
「そ。だいぶくたびれてきていてね。念のため用途を伝えるけど、鬼の脳をスライスして、もっと細部まで観察したいのよ」
「つっ、次の予算で最優先扱いにさせていただきますっ!」
「あらぁ、嬉しいわ」
 くすくすとミチルの笑い声が部屋に響いた。

「こ……殺されるかと思った」
 竜馬が床に転がる。ぷう、と詰めていた息を吐く。
「たぶん俺……人生で初めて玉ヒュンした……」
「……な、何だよ、玉ヒュンって」
 弁慶が覇気のない声で訊く。
「おっかなくて、金玉がヒュッてなる」
「あ……わかる」
 肩をすくめ、股間をそっと押さえた。
「けどよ、お前……ミチルさんの顔を真正面から見てないだろ……」
 巨体がぶる、と震えた。
「相変わらず美人だけど……あれ、お不動様も真っ青になって逃げ出すぞ……。すんげえ、こ、こ、怖かった……」
「とんだ災難だったな」
 一方の隼人は余裕の笑み——だが目は泳ぎ、片頬が引きつっていた。達人は直立不動のまま、口から魂が抜け出たように呆けている。
「……まあ」
 隼人がAVのパッケージを見やる。
「このラインナップだからまだあれで済んだのだろう」
「へ……? ど、ど、どう、いう……?」
 ようやく、達人が声を絞り出した。
「この中に妹物があったら、きっと俺らまとめて地獄行きだ」
「…………」
「脳味噌スライスされて、顕微鏡で覗かれてたかもな」

 男ども四人は顔を見合わせ——生きていることに安堵の息を漏らした。