Starlight

拓カム

2023/1/21開催ゲッターロボアークwebオンリー【Get a Destiny2023】で展示・PDF配布したお話。拓馬←カムイ。ふたりで星空を眺めるお話。カムイの一人称。約2,700文字。
◆イベント用の原稿を載せています。pixivに現在置いてあるものと一部会話が異なります。

◆◆◆

 自分に向けられる視線。いつものことだ。
 目を閉じて心を静める。だが強い視線をずっと感じていた。

 鬱陶しい。
 不愉快だ。
 腹立たしい。

 ぎろりと睨んでやれば、きっとこいつも目を逸らす。おぞましいもの、忌まわしいものを見たと言わんばかりの色を瞳に浮かべて。

 けれども、違った。

「ワケのわからんモンが目の前にいたら見るのが当たり前だろうが!」
「お前の顔は珍しいんだよ。人間なのかハチュウ類なのか。何でトカゲ野郎がここにいるんだ!」
「しかもゲッターに乗ってるだと? どうすりゃこんなフザケたことになる」

 あまりにも率直な言葉だった。それに、一歩も引くものかという意志——むしろ闘志に近いだろうか——を隠そうともしなかった。その目には不安も、怯えも、嘲りも、おごりも、憐れみもない。
 ただまっすぐにこちらを見ていた——初めて目にした星々の光のように。

   †   †   †

 傍らに立った男を見る。
 視線に気づいて拓馬がこちらを向く。
「何だ?」
 人懐っこい笑顔と声。自分にないもの。
「……カムイ?」
 それには応じず、無言で見つめる。徐々に拓馬の表情が変わっていく。不思議そうに、怪訝そうに、少し気まずそうに、微かに照れくさそうに、おどけて、最後はむすりとして。
「おい、何か言えよ」
 眉毛も、まばたきも、唇も、動きは感情と直結している。これも、自分にはないもの。
「何でもない」
 ふいと顔を背ける。すると拓馬が眼前に回り込んできた。
「何でもねえことはねえだろ」
 ずい、と身を乗り出す。近い。
 この距離感のなさも、強引さも、自分にはないもの。
「俺とお前の仲だろ。何かあったんなら相談に乗るぜ。解決まではできなくてもよ、気が軽くなるかもしれねえぜ」
 自信満々に親指を立ててニッと笑う。
「そういうのをおせっかいと言う。それに俺とお前の仲は——アークのパイロットというだけだろ」
「運命共同体だろ。『だけ』ってことはねえさ」
 そう言って、俺の左胸を拳で軽く突いた。
「——」
 まっすぐな目と向き合う。
「だろ?」
「…………ああ」
 それで満足したのか、拓馬はまた俺の左隣に戻った。
 並んで景色を眺める。星の明るさで山々の稜線が浮かび上がっている。太陽の下で見るのとはまた趣が違う。
「あ」
 やがて、拓馬が声をあげた。
「もしかして、俺って邪魔か」
「……むしろ、お前が俺に用があったんじゃないのか」
「ん、いや。別に用はねえけどよ」
「けど?」
「お前がここでボーッとしてんのが見えて……三十分経ってもそのまんまだったからよ、何かあったのかと」
「…………」
「だから声をかけた」
 どことなくきまり悪そうに見える。
「ひとりで考え事したいってんなら戻るし」
「星を……景色を見ていただけだ。それに、ここは誰の場所でもないし、ひとりになりたければ勝手に去る」
 聞くと「そうか」と、ほっとしたように息をついた。
「んじゃ、今もここにいるってことは、俺と一緒にいたいってことだよな」
「都合よく考えられる頭だな」
「そのほうが楽しいだろ」
「…………それもそうだな」
 そうしてまた、夜の空気に身を委ねた。

 早乙女研究所に初めて来た日だった。長い時間をかけて施設を案内され、大勢の人に会い、最後にこの展望デッキに辿り着いた。扉が開いた瞬間、蓄積された緊張と疲労が一気に吹き飛んだのを覚えている。
 夜空に圧倒された。
 首が痛くなって、もう限界だというところまで天を向き、口を開けていた。
 本当の星空。
 ちょうど新月で、星々の明かりがまさしく降り注いでいた。空に限界はなく、そのまま宇宙に繋がっている。本物は、こんなにも美しいのかと思った。
 恐竜帝国でも星空は見えた。ハチュウ人類が地上で繁栄を極めていた頃の日照サイクルと天候が再現された温室があったからだ。ドーム状の天井に、太陽と月が交互に昇る。夜には星を伴って。時期によっては北半球と南半球の星空が入れ替わった。
 ただ、あれはあくまでも精巧な作り物でしかなかった。
 初めこそ感激したが、すぐに言い知れぬ寂しさを抱えるようになった。あの空には限りがあるのだと、星々もスイッチひとつで入れ替えできる味気ないものなのだとわかってしまい、無邪気な時間はあっという間に終わってしまった。
 だからこそ余計に、初めての夜空は衝撃的だった。興奮で全身が熱くなった。
 そして見入っているうちに、自分の身体が浮いて、少しずつ溶けていくような感覚に襲われた。自分が自分でなくなるような気がして、果てのない宇宙にそのまま吸い込まれていきそうで、それはとても魅力的で、同時に——怖かった。
 拓馬の目は、星と同じだ。
 あのとき・・・・——。
 視線が心の中にまっすぐに突き刺さった。それはずっと奥のほうに隠している思いや気づかなかった感情すらも否応なく引きずり出そうとするかのような力強さで、誰かの、あんなに剥き出しの本気に触れたのは初めてだった。

 怖いと思った。
 それから、
 羨ましいと思った。

 拓馬の表情はくるくる変わる。感情の起伏も激しい。けれども奥深いところはぶれることがない。自分も毅然と前を向いているつもりだけれども、時折不安になる。
 揺るがずにいたい。拓馬のように、まっすぐ立っていたい。まっすぐ進みたい。
 あの星の明かりのように。

 天を仰ぐ。
 たくさんの星が全方位から目に飛び込んでくる。何度見ても飽きることはない。時折薄く雲がかかるけれども、それでも今夜は一際、美しく見える。
「……すげえな」
 隣から感嘆の声が聞こえた。横目で見ると拓馬も天を仰いでいる。口を開けて、まるであの日の自分のように。
「明日はもっと雲が少ない予報だ。それに新月だから、星空が一番綺麗に見える」
「本当か」
 顔がこちらを向きそうだったので、急いで目を空に戻す。
「なあ」
 顔の左側に視線を感じた。気づかないフリをする。
「それなら、明日もここに来るんだろ?」
「さあな」
「じゃあ、俺も来ようかな」
 じわじわと体温が上がっていく。気づかれたくない。
「……好きにしろ」
「なら、そうするぜ」
 たぶん、普段よりも素っ気ない言い方になった。だが拓馬は普段と変わらない明るさだった。
「な、カムイ」
「何だ」
「キレイだな」
 思わず隣を向いて——目が合う。
 星が瞬く。

 手を伸ばしても届かないとわかっている。けれども——だからこそ欲しくなる。触れたくなる。
 今夜はほんの少しだけ、空が近い。

「ああ、そうだな」
 再び夜空を見つめて答える。
「……綺麗だ」

 いつか。
 あの星が掴めたら、いいのに——。